「おい、タクシー」
「なんだよ・・・・・・」
げんなりした様子のファングが巧の背中を小突く。巧はうんざりした様子で返事をする。歩き続けてもう一時間くらい経ったか。足に溜まった砂が気持ち悪い。
「よりによってこんな砂漠でガス欠するってどういうことだよ?」
『だから俺は言ったんだ。遠回りするべきだと』
彼らはゼルウィンズ地方へ向かうのに最短の砂漠を横断しようとした。本来なら迂回するのが最善だが元来面倒くさがり屋の二人は急がば回れという言葉を知らない。バイクですっ飛ばせば二週間が一週間になるとブレイズの警告を無視した結果今に至るという訳だ。
「知らねえよ、このクソオンボロ・・・・・・」
巧はつま先でバイクを蹴った。何処か街か村に到着するまでこの鉄の馬は踵を鳴らすことはないだろう。
『ピロロ!』
「ん? 今コイツなんか喋らなかったか」
「気のせいだろ・・・・・・あー! クソ、俺は暑いのが大嫌いなんだよ」
『たっくんねこじただもんね』
巧は暑さをごまかすようにペットボトルの水を傾けた。乾いた喉が潤う。ブレイズが念のため徒歩で渡る分の装備を用意していたのが幸いし物資に余裕はある。今すぐに大事が起きることはないだろう。しかし、余裕があっても限られてるのには変わりない。何処か途中で補給出来ると助かる。
「俺だって涼しい部屋のベッドでゴロゴロしてえよ。さっさと『サンドミージ』って所まで行って休もうぜ」
ファングが地図と方位磁石を確認する。方角は間違ってないからその内たどり着くはずだ。サンドミージに着いたらバイクも直せる。サンドミージは砂漠の中に存在する大きな街だ。油田を発掘したことから近年発達を続け今では大都市にまで変貌した。ここで小休止を挟んでバイクを直そうという算段だ。
「ブレイズ、どれくらい掛かるか分かるか」
『今のペースだと夜間の休憩を考えて明日の昼間にはたどり着けるだろう』
「この地獄は明日まで続くのかよ! はー、家はねえけど帰りてえ」
「言うな、ファング。俺まで嫌になる」
巧が止めてもファングはひたすら帰りたい帰りたいと連呼した。それでも歩き続けているだけ彼にしては珍しく頑張ってると言える。ここにしっかり者の真人間がいれば今頃ファングと口喧嘩してるかもしれないと巧は思った。しかし、巧もファングが言わなかったら自分が同じことを言うと自覚している。なので彼はファングの愚痴にひたすらうんと頷いた。
「あちい!」
「暑い!」
『あっついよ~!』
『・・・・・・お前ら我慢しろ。どうせ夜になれば寒いと思うくらい涼しくなるさ』
気づけば三人はもうヘトヘトだ。いくら砂漠用の装備をつけようが暑いものは暑いから仕方がない。ただ一人冷静なブレイズは妖聖の力で時間を確認した。日がそろそろ傾く頃だ。もう少しすれば彼らも静かになるだろう。
「だがキョーコ、お前は炎の妖聖なのに何故暑がる」
◇
砂漠の夜は寒い。昼間は炎天下だが夜になればマイナスを越えて氷点下となる。その温度差は50度を越えるという。はーっと息をする。吐く息が白い。パチパチと燃える焚き火が一切の光のない暗黒を照らす。
「あー、くそ寒い」
「さみい。あったけえベッドで寝てえ」
『さみゅいよ~』
『・・・・・・まあ分かっていたさ』
ファングは震える身体を暖めるために焚き火に両手を向ける。砂漠を旅するのは経験がなかった。知識の上では万全の準備をしてきたはずなのだが実際に体験すると想像よりも遥かに厳しい寒さだ。
「・・・・・・なあ、お前のトランクん中って何が入ってんの。服、じゃないよな。開けてるとこ見たことねえ。着替えもバックパックの中だろ」
「開けてみろ。携帯とかカメラくらいしか入ってなかったよ」
「記憶をなくす前のお前は何考えてんだ。電話鳴っても分かんねえだろ、それ」
無造作に投げつけられたトランクをファングは開く。中身は巧に言われた通り今時珍しいガラパゴス携帯とカメラ、そしてベルトのバックルが入っている。ファングは携帯とベルトを掴んだ。彼の着けている皮製の物と違う金属製のベルトはどことなく機械的な印象を感じる。巧は初めてこの携帯とベルトを見た時言いようのない懐かしさを感じた。それが何なのかはいまいち分からなかったが記憶を取り戻すにはこれが重要な鍵を握っていると確信した。
「何年前のだ? かなり古そうだから分かんねえ。『スマートブレイン』っていう会社も聞いたことねえな。あ、誰かの番号とか入ってたか?」
「・・・・・・いや、初期化されてた」
「記憶を取り戻すチャンスだったのにな。残念だ」
『だが番号が変わってないならお前に電話かメールが来るかもしれん。ちゃんと肌身離さず持っておけよ』
ブレイズに言われ巧はコートのポケットの中に携帯を入れる。
「さて、腹も減ったしメシにするか」
『わーいごはんごはんー!』
「保存食だけどな」
「猫舌のお前にはサイコーだろ」
砂漠では生鮮な食料は持ち運べない。すぐに腐ってしまうからだ。故にパンやクッキー、干し肉などが主な食事になる。ファングは食べれるものならなんでも食うタイプなので問題ないが。
「しかし、砂漠ってのは何の光もないな。この焚き火がなかったら何も見えないぞ」
パンを一心不乱に貪るファングほど腹のすいてない巧は果てしなく続く砂の道を目を細める。一寸先は闇を体現するデザートロードは巧の人生初(多分)の光源を絶たれた暗黒の世界だ。もしかしたら『アレ』の目を使えばこの闇の先に何があるか分かるかもしれない。だがファングたちの目の前でアレをイタズラに使ったりはしない。本当に必要な時が来たらその時は使うが。その時は同時に別れの時になる、かもしれないのだから。なんとなくファングなら一切気にしたりしないと思う。それにブレイズとキョーコは似たようなモノだ。・・・・・・ちょっとだけこの力に前向きになれた気がした。
『ふん、何も世界は闇だけではない。光ならある。空を見よ』
ブレイズに促され巧は空を見上げた。眩いばかりの星空が広がっていた。星の海。あれは星の海だ。星という魚が無限に広がる宇宙を悠々と泳いでいる姿なのだ。手を伸ばしても決して届かぬ世界があの先にある。巧はこの世界の果てしない広さを改めて実感した。言いようのない感動を感じる。
『わ、すっごいおほしさま~』
「・・・・・・だな」
「流石は俺様の剣だ。この俺に似て視野が広いぜ」
『あれようせいざだよ~。フェンサーにこいしたけどむくわれなかった妖聖のせいざなんだ~』
巧はその場に寝っ転がる。昼間の灼熱の暑さや夜の極寒の寒さが嘘のように心地よい気分だ。このまま眠ってしまいたいがその前に寝袋を取り出さなくては。
「じゃあここで砂漠にまつわる怖い話を一つ」
「はあ、いきなり怪談か?」
星に興味がないのかファングが話題を転換する。ご丁寧に両手で幽霊の形まで作って。風情がないな、と巧は思ったがこれはこれで別の風情があると耳を傾けた。
『・・・・・・急にどうした?』
「この砂漠には妖怪砂かけ娘という想像するも恐ろしい化け物が存在するんだよ」
『妖怪なのか化け物なのかはっきりしろ』
「うるせー、妖怪だよ妖怪」
ブレイズは細かい、とファングが小突く。
「その砂かけ娘はな。砂漠で死んでいった者たちの怨念で出来てるんだ。眼球や爪、とにかく身体中の至る所から砂を出してやがる」
『ぎゃー!』
「しかもその砂に触れた者は全身のお肌が砂漠状態になっちまうんだぜ」
『きゃああああ』
キョーコはとても怯える。幼い彼女はこんな単純な怖い話を信じたようだ。子供騙し、巧やブレイズはまったく信じていない。二人の視線が重なる。くだらないと目が語っていた。明らかに作り話だ。何が怖いのかさっぱり分からない。ただ一つ肌が乾燥するところだけが恐ろしいと言えよう。
『くだらん。お前に付き合った俺がバカだった。とっとと眠った方が間違いなく有意義な時間を過ごせた』
『え、すごいこわいよ。おはださばくになりたくない~』
「いや、どう考えても作り話だろ。せめてその砂かけ娘が人を襲ったとかそれくらいやらないと怪談にすらならないだろ」
さて、もうそろそろ寝るか。ファングのせいで巧はまぶたが重くなる。彼が寝袋を出そうとするのをファングが手で制した。
「・・・・・・なんだよ」
「何寝ようとしてんだ? 砂かけ娘が俺たちを襲おうとしてるんだぜ。寝たら肌が砂漠状態になるぞ」
「はあ?」
もうそのくだらない作り話は十分だろ。巧はそう言おうと思ったが固まる。ファングが火を纏った薪を持ったと思ったら勢いよく自分に向けて投げたからだ。大慌てで巧はしゃがんだ。だが薪は巧を狙った物じゃないのか遥か後方に飛んでいった。ファング、お前は何がしたいんだ! 叫ぼうと思った巧だが薪の行方を追っている内に彼の意図を理解した。いる。何かが自分たちを見ている。弧を描いて周囲を照らしていく炎の先に人影があることに巧は気づいた。
「────殺殺殺」
怨みを込めた女の声が砂を踏みならす音と共に遠ざかっていった。
「ち、逃がしたか」
薪を拾いにファングが向かう。女がいたと思われる形跡は消えていた。武器か何かで砂を被せたのだろう。足跡は残っていない。随分と手際の良い女がいるものだ。これでは跡を追うことも出来ない。
『今のは・・・・・・何時から気づいてたファング?』
「俺たちが野宿に入ったとこからだ。どうも見られてる気がしてな。最初は気のせいかと思ったが殺気を感じて確信したよ。目的は知らねえが狙われてるってな。ずっと機会を窺ってるように見えたけど巧が寝転がった辺りで本格的に殺気が強まったからこっちから仕掛けてやろうと思ったんだよ。脅してやろう、ってな。思ったよりも用心深かったみたいだけどな」
『え、じゃああれはほんもののすなかけむすめってこ『阿呆、恐らく我らを狙ったフェンサーと考えるべきだ』あ、そっかあ』
さっきの訳の分からない作り話は巧を起き上がらせて牽制するための物だったのか。彼はファングを少し見直した。意外とやる時はやる男だな。
「一体何者なんだ、あの女」
「さあな。ただの追い剥ぎだと祈っとくんだな。俺が感づくまでに時間が掛かったんだ。また狙われたらやべえぞ。殺す気で襲われたら勝てるか分かんねえ。こっちも殺す気ならどうかは別だけどな。ブレイズ、警戒しといてくれ。あのレベルの奴とやり合うなら寝ない方が危険だ」
『承知した』
ファングにしろ巧にしろ殺し合いは出来るだけ避けたい。人が死ぬのを見たい訳がないし自分の剣で人を殺すなど考えたくもない。ファングの言っているように無差別に狙っただけと思うしかない。だがそれ以前に・・・・・・。
「この世にただの追い剥ぎがいてたまるか」
突っ込まなくてはならないことが一つあった。
◇
────間抜けな奴らがいるから殺してやろうと思った。理由なんてない。強いて言うならこの胸の中から湧き出る底知れぬ殺意を沈めるには誰かを殺すしかないからだ。
余裕だと思った。フューリーこそ持っているが不用心な男たちだったから正面からでも殺せる自信があった。だがせめてもの情けに気づかぬ内に殺してやろう。そう思った彼女はずっと機会を窺っていた。男の一人に大きな隙が出来た。やっぱり余裕だ。彼女は口元にうっすら笑みを浮かべたのを覚えている。
だが間抜けなのは彼女だった。間抜けと評価された青い目の男は彼女の存在に気づいていた。暗殺者として凄腕の実力を誇っている彼女の気配に感づいていたのだ。意図せず彼女はあぶり出された。
火のついた薪に自分の姿を照らされ彼女は大きく動揺した。気づかれていたこと。そして気づいていながら彼が『殺意』を持っていなかったことに、だ。これまでも何度も見つかることはあったが彼のように彼女の存在に気づいた輩は必ず殺意を向けていた。当然だ。殺そうとする相手と戦うには殺す気にならないといけない。そういう相手なら彼女は喜んで勝負を挑んでいた。
だが彼は違った。彼女に情けをかけていたのだ。殺そうとした相手に。彼女はどうすれば良いか分からなかった。自分が殺されそうになったら間違いなく相手を殺すだろう。殺されたくないのだから。
そう考えたら急にあの間抜けな男が底知れないナニカに見えるようになった。ずっと戦ってきた殺意を向けてくる相手よりもよっぽど恐ろしかったのである。あの男と戦ってはいけない、と彼女は感じた。
彼女は逃走した。自分で挑もうとしながら逃走するのは情けない。暗殺者のプライドが許せないのだ。狙った相手を殺せないことに。彼女は殺意の代わりにあの男に憎悪の感情を抱いた。初めてだ。こんな気持ちは。あの男のことがずっと頭から離れない。憎くて憎くて仕方がない。胸の中の殺意と同じくらい彼が憎い。
「殺殺殺殺・・・・・・」
この湧き出つ感情を消すには彼を殺すしかない。そう彼女────エフォールは思った。
ファング以外のFFFのキャラが初登場。元ネタは小説版から。エフォールは原作と少し関係が変わってくると思います。大幅な改変にはしないように気をつけています。
・・・・・・この作品のファングさん、シャルマンよりスペック高くしちゃったかもなあ