「急ぐぞ。ギャザーが女神を呼んだら終わりだ」
「私たちには時間がありません。とにかく今はカヴァレ砂漠に向かいましょう」
彼らは頷く。ギャザーを追うために巧たちはカヴァレ砂漠へ向かわなければならない。急がなくては。カヴァレ砂漠は最短でも数時間は掛かる。女神の復活までどれだけの猶予があるのか分からないのだ。何時ものようにだらだらと会話をしている暇はない。彼らは各々準備を始めた。
「これ、どうやっていれましょうか」
「ティアラ、なんだそれ。邪魔にならないか?」
ティアラは既に一杯になったバックパックの中に布に包まれた道具をいれようとしていた。このメンバーの中ではサポートに長けた彼女がアイテムは持つことになっている。必要な量の道具は揃っているのだ。出来る限り荷物は少ない方がいい。だからその道具が必要のないものならここは置いていくべきなのだが。
「これはファングさんのフューリーですわ。一緒に戦ってもらおうと思いまして」
「そっか。アリンのいたフューリーだからお守りくらいにはなるかもな」
「ダンナがいれば必勝間違いなしやな! よし、ワイが荷物は引き受けるからティアラはんはそれ持っとき!」
「ありがとうございます、ガルドさん」
そういうことなら巧も反対したりはしない。ティアラに代わってもう一人のサポート役であるガルドがバックパックを引き受ける。彼に感謝するとティアラは布に包まれたファングのフューリーを背負った。
(こうして剣を背負っているとまるでファングさんが傍にいるみたいですわ)
ティアラは僅かに頬を赤く染めるとクスリと微笑んだ。
「よし、じゃあカヴァレ砂漠に出発だ!」
『おー!』
庭の前に集合した彼らに巧が言う。準備万端。彼らは揃って返事をした。
「皆さん、いきますよ!」
『フェアライズ!』
「変身!」
『ハリケーン・ドラゴン ビュー! ビュー! ビュービュービュビュー!』
ティアラたちはフューリーフォームになり、晴人はウィザード・ハリケーンドラゴンスタイルに変身した。空を飛んでいく。現状それが一番早くカヴァレ砂漠へと向かう手段である。ウィザードは更にスペシャルウィザードリングを使って背中に翼を生やした。
『コネクト プリーズ』
「巧たちはそれに乗れ」
「助かった。ハーラー、後ろに乗れ」
「うん。ありがとうね、晴人くん」
彼らのように飛ぶことの出来ない巧とハーラーのために晴人がマシンウィンガーを呼び出す。巧は彼に頭を下げるとそれに跨がった。ハーラーもその後ろに跨がる。バジンと同じオフロードタイプか。操作に慣れたタイプのバイクで良かった。砂漠でもこれなら問題ない。彼はアクセルを握る。そういえばこの状態だとハーラーと密着することになるのではないか。彼女に腰へ手を回された巧はふと思った。
『・・・・・・巧さん、イヤらしいことを考えたら絶対にダメですからね』
どういう訳かその思考は果林に読まれていた。女の勘とは恐ろしいものだ。好意を抱いている相手の邪な感情にはとにかく機敏である。エフォールと融合していなければ可愛らしく頬を膨らましているだろう。彼女は不機嫌な声で言った。
「なんのことだよ?」
『何となく誘惑に流されないか心配になったんです。ハーラーさんはスタイルが良いですからね。・・・・・・私と違って』
「はあ?」
何が心配なんだ。巧は首を捻る。
「貴様ら、そういうのは全部終わってからにしろ。さっさと行くぞ」
「せやせや。今はカヴァレ砂漠に行くことが先決やで」
「果林、行くよ」
『分かりました。・・・・・・巧さん、絶対にイヤらしいことはダメなんですからね!』
ティアラたちは巧たちを先導するように飛んでいく。ちなみに所謂見せパンというものを女性陣は履いているので下から覗いても意味はない。もう一度言おう。意味はない。
「俺、なんか悪いことでもしたのか?」
「乙女心は難しいのさ。巧くんにもその内分かる時が来るよ」
仏頂面の巧にハーラーはニヤニヤと笑みを浮かべる。何が乙女心だ。一番乙女心とか分かってなさそうな女が何を言う。あまりにがさつでパートナーに裏切られたくせに。巧はため息を吐きながらマシンウィンガーを発進させた。
「巧くん、あれ!?」
「・・・・・・何があったんだ!?」
しばらく街道に沿ってバイクを走らせていると異変が起きた。カヴァレ砂漠へと続く西の方面の建造物から次々と火が上がる。ただの火事ではなさそうだ。人々の悲鳴や怒号が聞こえる。同じく異変を感じスピードを上げたティアラたちを追いかけるために巧はマシンウィンガーのスピードを上げた。
「な、なんて酷いことを!」
「くそっ、やっぱりオルフェノクたちは黙ってないか」
「妖聖もおる。急いどるっちゅうのに!」
「済まぬのう。ギャザーの目的のためにもここを通す訳にはいかんのじゃ」
街を襲撃していたのはシャルマンの放った軍勢だった。火事の原因は炎の妖聖、悲鳴の原因はライオトルーパーによるものだ。やはりそう易々と女神の聖域に行かせる気はないらしい。ティアラたちの姿を確認した一人の妖聖はフワリと浮き上がると彼らの前で両手を広げる。
ただならぬ風格を持った妖聖だ。普通の少女にしか見えない見た目でありながら放たれる魔力はドォンやセグロに匹敵する。彼女の名はギズミィ。Aランク妖聖だ。全力で足止めされればティアラたちでも倒すのに時間が掛かる相手である。やるしかないのか。彼らはそれぞれの得物を構えた。
「くそっ、邪魔だ・・・・・・!」
「通してくれる気はなさそうだね・・・・・・」
巧はバイクを急停止した。地上にいた彼らを無数のライオトルーパーが取り囲む。空はギズミィが、地上はオルフェノクが担当しているらしい。こうなったら戦うしかないか。巧の頬にオルフェノクの紋様が浮かび上がる。どうやって戦う。彼はハーラーに視線を向ける。ウルフオルフェノクの力は絶大だ。これだけの数のライオトルーパーとも互角に張り合えるだろう。だがハーラーを庇いながらとなると少し厳しい。
「・・・・・・仕方ない!」
「ぬおっ! 不意打ちとは中々卑怯な真似をするではないか!?」
「多勢に無勢で挑んでくる貴様らには言われたくはない!」
アポローネスはギズミィに飛び込むと手甲を纏った拳を振り下ろした。彼女は両手でそれを受け止める。しかし、威力を受け止めきれずそのまま地面に落下した。
「ここは私が何とかする! 貴様らは先に行け!」
『で、でもアポローネスさん一人でその人数を相手にするのは無茶です!』
「せやで。ワイも一緒に『たわけ! さっさと行けと言っているんだ!』せやかてアポローネスはん!」
「ここで死ぬ気はない。私は必ず追い付く!」
「それは世間一般では死ぬ人の言うセリフなんですよ! ああ、もう! とにかく絶対に生きて帰って来てくださいましね!」
「言われなくても分かっている!」
ティアラはアポローネスに頭を下げると飛んでいく。ウィザードたちもそれに追随する。
「貴様らも行け!」
『attack effect 覇』
アポローネスは地上に降り立つとライオトルーパーに向けてランチャーを発射した。無数のエネルギー弾が彼らを貫いていく。道を塞いでいたライオトルーパーはアポローネスの攻撃によって吹き飛ばされた。今なら通れるはずだ。
「助かった、アポローネス」
「礼などいらん。必ず奴らの野望を砕け」
「ああ、任せろ!」
巧は頷くとマシンウィンガーを再発進させた。
「ハーラー! バハスに謝るのだぞ! お前は確かにガサツだが思いやりのある女だ! 必ず仲直り出来るだろう・・・・・・!」
「分かったよ、アポローネスくん。私、バハスに必ず謝るから。必ず仲直りするから。・・・・・・だから君も死なないでね」
「ふ、当たり前だ。私はまだ死なん。エミリのためにも、貴様らのためにもな」
すれ違い様に微笑んだハーラーにアポローネスは力強く頷いた。
「叶わぬ約束ほど虚しいものはないと思わぬか、アポローネスとやら」
「何が言いたい?」
「お主はここで死ぬ、ということじゃ。我々と主との力の差は歴然。主の敗北は決まっているのだ」
ギズミィの背後に軍隊蟻のようにぞろぞろとライオトルーパーが集まり出す。軽く百は越えているだろう。圧倒的なまでの数の暴力だ。誰もが諦めるレベルの絶望がアポローネスの前に立ち塞がる。
「・・・・・・ふん、下らんな」
「むっ?」
アポローネスは鼻を鳴らした。何が下らない。ギズミィは怪訝な表情を浮かべた。
「私たちはこの程度で負けたりしない」
「私たち? お主一人であろう」
アポローネスはギズミィに向けて剣を振り下ろす。彼女は魔力でバリアを作ってそれを防ぐ。
「一人? ふ、有象無象が調子に乗るなよ────」
アポローネスはニヤリと笑う。ギズミィの背後で轟音が鳴った。何が起きている。振り向いた彼女は驚愕した。巨大な怪物がライオトルーパーを吹き飛ばす姿に。悪魔のようなフューリーフォームを纏った美女が街に火を放った妖聖を貫く姿に。何者だ。ギズミィは突如現れた彼らに困惑する。彼女の疑問にアポローネスが答えた。
「────ドルファを舐めるな」
ゼルウィンズの危機にドルファが黙っているはずがなかった。
「ひゃははははははは! てめえら人様の庭で暴れてんじゃねえぞォ!」
「善良な市民に手を出すなんて万死に値します。天に召しなさい!」
北崎とアポローネスがいなくとも彼らにはまだ切り札がいる。ザンクとマリアノ。ドルファ四天王の二人だ。流石にファングを苦しめてきただけはある。彼らは圧倒的な力を発揮し、次から次へとライオトルーパーたちを倒していく。
「ちっ、忌々しいフェンサーどもが!」
「ぐおっ!」
量より質。一瞬にしてアポローネスとギズミィの立場が逆転した。彼女は小さく舌打ちすると魔力のバリアを爆発させてアポローネスを吹き飛ばす。彼は空中で態勢を立て直すとザンクとマリアノの近くに着地する。着地した彼に二人はゆっくりと歩み寄った。
「ふ、久しぶりだな」
「あら、裏切り者のアポローネスさんが私たちに何の用かしら?」
「くかか、裏切り者がのこのこと死にに来たのかァ? 介錯なら俺様が一捻りでやってやるよォ」
「・・・・・・言ってくれるではないか」
再会して早々に軽口を叩く二人にアポローネスは顔を歪める。相変わらず馬の合わない連中だ。だが変わっていないようだな。目の前にいる無数のライオトルーパーを斬り伏せながら彼は少しだけ笑った。
「お前たちとこうして共に戦うのは何時ぶりになるだろうか」
「あァ? そんなことあったかァ? 忘れちまったぜェ」
「四天王結成以来ね。残念ながら今回はパイガが不参加ですけれど。所詮は有象無象。この程度の相手なら三人で十分ですわ」
『三人』か。とっくにドルファは辞めたはずなのだがな。しっかりと自分が頭数に入れられていることにアポローネスは苦笑を浮かべる。向こうも考えていることは同じらしい。彼は忌々しくこちらを睨んでくるギズミィに剣の切っ先を向けた。
「さあ来い! ドルファ四天王が相手になってやろうではないか!」
「自惚れるな、フェンサー風情が! 主らを倒すのに人形どもなど必要ない! 私一人で十分じゃ!」
◇
「皆さん、もう少しの辛抱です。この山岳を越えてしまえばカヴァレ砂漠まではそう時間は掛かりませんわ」
「何とか女神復活までに間に合うと良いんだけどな」
ティアラたちはオルフェノクに妨害されながらも確実にカヴァレ砂漠へと近づいていた。思っていたよりも早い。彼らは知らないがまだタイムリミットの日没には数刻の猶予がある。これなら何とか女神復活までに聖域に辿り着けるだろう。
ティアラたちにとって幸運だったのはドルファの兵士が街を守るためにオルフェノクと交戦してくれていたことだ。本来なら足止めされていたはずの道のりを彼らの協力によって素通り出来たのは大きい。
ドルファがゼルウィンズを守るためとはいえ自分たちと共闘してくれていると考えると不思議な感覚だ。普段はフューリーの奪い合いで熾烈な争いを繰り広げているというのに。敵の敵は味方であるだけだが善悪関係なしに人と人が共に戦う状況はエルモが愛した人間の姿を体現してるようだ。
「間に合わなかったらどないすればええんや」
「やっぱり女神と戦うしかないんじゃないか?」
「女神様と戦うなんて考えられませんわ」
世界平和を叶えるために女神を復活させようと頑張ってきたのだ。ティアラにとって悲願そのものである彼女と戦うなんて想像がつかない。女神に刃を向けるなんて自らの願いを否定するようなものである。どちらが悪だか分からない。そんなことにはなって欲しくなかった。
「それ、勝てるの?」
「知り合いに神様みたいなのはいるけど。あれと戦ったら・・・・・・多分俺でも無理かもな」
『神様と知り合いなんて晴人ちゃん凄いわねえ』
『それは凄いで済まして良いことなのでしょうか?』
異世界にやって来るのも納得の交流だ。神と知り合いなら出来ないことなどないに等しいだろう。
「それにしてもアポローネスくんは大丈夫かな?」
「さあな。・・・・・・今は他人の心配をしている暇はなさそうだぞ」
「・・・・・・みたいだね」
巧はマシンウィンガーを急停止した。
「────よお、てめえら久しぶりだなぁ」
『元気にしていたかしら?』
「ああ、久しぶりだな。出来ることなら二度と会いたくなかったぜ」
「Don't be cruel(そう邪険にするなよ)」
ヘルメットを外すと巧は彼らを睨み付ける。カヴァレ砂漠までもう目と鼻の先となったところで彼らは現れた。バットオルフェノクと冴子、そしてファイズに変身したレオ。女神の聖域を目前に最大級の敵が待ち構えていた。厄介だな。ファングもアポローネスも欠いた状況で戦うとなると厳しい相手だ。巧は内心で舌打ちした。
「晴人さんとガルドさんは先に行ってください」
「あいつらは私たちに任せて」
ティアラとエフォールが巧の隣に降り立つ。
「分かった。でも、本当に二人で大丈夫なのか?」
「せやで。それならワイも一緒に戦った方がええやろ?」
敵は三人いる。それも全員ドルファ四天王クラスの相手。力の差は歴然だ。ティアラとエフォールの二人で勝てる相手ではない。ガルドもいなければ勝算は薄い。自分も一緒に戦う。彼がそう提案するも二人は首を振る。
「誰が操真さんを案内するのですか? 私は女神の聖域がどこにあるのか知らないのですよ」
『消去法なんです。エフォールは回復魔法を使えません。道案内が出来てかつ晴人さんのサポートも出来るのはガルドさんしかいないんです。だからあなたが行ってください』
「せやけど・・・・・・」
ティアラと果林の言っていることは最もだ。でも損得勘定だけで本当に二人を置いていって良いのだろうか。ガルドは複雑な表情を浮かべる。
「行けよ。こいつらは俺が守るから安心しろ。その代わりにガルド、お前はハーラーを頼む」
「巧はん・・・・・・」
「心配すんなよ。俺はこんな奴らに負けたりしない」
「・・・・・・信じとるからな、巧はん!」
「ちゃんと追いつくんだよ、巧くん!」
ウルフオルフェノクとしての巧の強さを知っているガルドは渋々ながら引き下がる。彼はハーラーを小脇に抱えるとウィザードと共に飛んでいく。
「何を言っているのですか? 乾さんも早く行ってください。あなたを庇いながら戦うのは厳しいですわ」
「・・・・・・庇ってもらう必要はない」
「は、話しを聞いていなかったのですか!? 乾さんがいても足手まといなだけなんですよ!」
焦った様子のティアラに巧は気づく。そういえば彼女は今の世界でも以前の世界でもウルフオルフェノクとしての自分を見たことがなかった。ティアラにとって巧は普通の人間なのだ。拒絶されたら・・・・・・。巧の脳裏に僅かな不安が過る。
「これでも足手まといに見えるか────」
だからどうした。ティアラは巧がオルフェノクであろうと拒絶するような人間ではない。巧の頬にオルフェノクの紋様が浮かび上がる。
不安を感じるのは仕方がない。だが恐れるな。そのまま足を止めずに進むのだ。例え怪物として後ろ指を刺されようと迷っている間に誰かが傷つくくらいなら巧は戦う。そう決めた。だから巧は躊躇うことなくその言葉を口にする。
「────変身!」
「・・・・・・乾、さん?」
ティアラは巧が目の前でオルフェノクになったことに驚愕する。今までずっと当たり前のように人間だと思っていた仲間がオルフェノクだった。その衝撃は大きいのだろう。彼女は目を見開いている。
「こ、これはどういうことですか!? 巧さんがオルフェノク!? 何時から、何時からオルフェノクになったのですか!?」
『最初からだ。・・・・・・今までずっと黙っていて悪かったな。なんなら嫌ってくれても構わない。だから今は一緒に戦ってくれ』
ウルフオルフェノクはそれだけ言うと三人に飛びかかった。
「Here you will find only your grave」
『何言ってるか分かんねえんだよ!』
『ここが君の死に場所だってレオは言ってるのよ』
『ふん、それはこっちのセリフだ』
『ぐおっ! こいつ前より強いぞ!? それに姿が変わってやがる!』
ウルフオルフェノクのメリケンサックにバットオルフェノクが吹き飛ばされた。彼は持ち前のスピードを活かして三人を翻弄する。北崎に匹敵する力を秘めた今のウルフオルフェノクなら三体の上級オルフェノクが相手でも対等に戦うことが出来る。
「乾さん・・・・・・」
ティアラは巧と冴子たちの激闘を静かに見つめる。いくら力で上回っていても三対一では勝てるはずがない。彼は徐々に三体の連携に追い込まれていた。今すぐにでも彼に加勢しなくてはならないのは分かっている。でもその一歩を踏み出すことが出来ない。彼女の頭の中は巧がオルフェノクだったという衝撃で一杯になっていた。すぐに加勢出来たガルドが異常なだけでどれだけ心優しい者でも普通はこうなる。どうすればいい。悩むティアラの手をエフォールが優しく包んだ。
「ティアラ、大丈夫。巧は巧だよ」
「エフォールさん・・・・・・」
『姿は変わっても巧さんは何も変わってませんよ。今だって私たちを守るために一生懸命に戦ってるじゃないですか』
ティアラはもう一度ウルフオルフェノクの姿を見た。手首をスナップさせたり気だるげにダランと構える姿は巧そのものだ。かつてのように衝動に身を任せたスピード重視で獣のような戦闘スタイルとは違う。人間であることもオルフェノクであることも受け入れた巧。彼はまるでファイズのように戦っていた。
「私は一緒に戦う。人間とかオルフェノクとか関係ない。私が巧を、皆を守りたいから戦う」
エフォールは手を放すとバットオルフェノクに向けて矢を放った。
『おっと、あぶねえあぶねえ。なんだ? 嬢ちゃんが俺の相手をすんのか?』
「お前、殺!」
バットオルフェノクは矢を手で掴むと標的をウルフオルフェノクからエフォールへと変える。彼は鎌を抜くとエフォールに高速で接近した。エフォールは弓を槍に変化させて迎え撃つ。範囲の短い武器を相手にするなら長物が一番だ。エフォールの突きが胸に直撃したバットオルフェノクは僅かに仰け反る。彼女はそのままバットオルフェノクに向かっていく。
「・・・・・・ファングさん、あなたならどうしますか?」
ティアラは目を閉じてファングの姿を思い描く。以前も人とオルフェノクのことで悩んだことがある。彼はその時何を言っていただろうか。きっとそこに答えがある。彼女はファングが言っていたことを思い出す。
────お前は自分が届く範囲の人を救うことだけ考えればいい
ティアラは手のひらを見つめる。この手はきっと届くはず。巧は巧だ。彼女は笑みを浮かべて頷く。
「乾さん、私も手伝います!」
『むっ。不意打ちなんて卑怯じゃないの』
「あなたにだけは言われたくないですわ!」
ティアラは薙刀を構えるとロブスターオルフェノクに斬りかかった。彼女は大きくバックステップで後ろに跳んで回避する。その隙にティアラはウルフオルフェノクに回復魔法を掛けた。
『ティアラ! 一緒に戦ってくれるのか?』
「もちろんです。目の前で戦っている仲間を、友人を見てみぬフリなんて絶対にしませんわ! 私のこの手はきちんとあなたに届くのですから!」
『・・・・・・ふ、ありがとな』
互いに笑みを浮かべると巧はファイズに、ティアラはロブスターオルフェノクに向かっていった。
◇
写真館の中に重苦しい雰囲気が流れる。アリンの死。そのショックはあまりに大きい。ブレイズは腕を組んで無言で壁に寄りかかり、キョーコは彼の膝に抱きついて涙を堪えていた。そしてファングも座り込んで頭を押さえている。
アリンはファングにとって最も近き存在だ。家族であり、相棒であり、そして世界の運命を変えるための希望そのものだった。彼女の死はファングの希望が失われたことの証明だ。
(アリン、お前は俺の相棒じゃねえのか。一心同体じゃねえのかよ。何で勝手に消えちまうんだよ)
ティアラの死を一度経験したことでファングも仲間を失う覚悟は出来ていた。彼一人の力には限界がある。どれだけ頑張っても絶対なんてない。それでもだ。例えこの世の全てが終わる時が来たとしてもアリンだけは絶対に自分の傍にいてくれる。そうファングは信じていた。
(俺には、もう何もない。ティアラを守る力も、運命と戦う力も何も残されていない。何で、何で俺は何時も守れないんだ)
大切な人を失うのはこれで二度目だ。一度目はティアラの死。そして今度はアリンの死。何よりも大切な人の死という絶望を二度も味わったファングの心は自責の念で完全に折れた。
「・・・・・・貴様、何時までそうやっているつもりだ」
小一時間の間、売り台を占領する形でずっと俯くファングに青年が見かねて言った。ファングは顔を上げる。とても酷い顔だ。彼の目は真っ赤に血走り、ギラギラと光っている。
「・・・・・・悪かったな」
「そこを退く必要はない。街では怪物どもが暴れているんだ。今日は商売にならん」
「だったら放っておいてくれよ。あんたに俺の何が分かるんだよ!?」
ハッとしてファングは深いため息を吐いた。命を救ってもらった恩人にとる態度ではないな。八つ当たり気味に放った言葉に彼は自嘲気な笑みを浮かべる。
「俺はお前のことは何も分からん。お前は一体何に絶望している?」
「・・・・・・大切な相棒を失った。大切な人たちを守る力も失った。俺は何もかも、全てを失ったんだ。これが絶望せずにいられるかよ」
「ふむ・・・・・・。やはり俺はお前が何故絶望しているのか分からん」
「なんだと?」
ファングは青年を睨み付けた。命の恩人でなかったら胸ぐらを掴んでいただろう。彼は拳を強く握りしめた。青年はそれでも冷ややかな態度を崩さない。彼の目がファングを捉える。とても強い眼力だ。彼はまるで全てを見透かされたような気分に陥る。
「よく考えてみるんだ。そして思い出せ。お前の相棒は『本当』に死んだのか?」
「っ!」
「助けてくれたのは感謝する。だがこれ以上ファングを傷つけるような言動をとるなら『待て、ブレイズ!』・・・・・・?」
青年のデリカシーのない発言を止めようとブレイズは彼の肩を掴む。しかし、ファングはその手を止める。何か青年の言葉に引っ掛かるモノを感じた。この違和感はなんだ。とても重要な気がする。ファングは青年に言われた通りあの時のことを思い出す。
そうだ。あの自爆でフューリーが折れた時、自分はフェアライズをしていた。ファングとアリン、二人の魂は融合していたのだ。フェンサーと妖聖は一心同体。彼が生きているということはアリンも生きてないとおかしいはずだ。
「な、なあ。もしかして、もしかしてアリンは生きているのか!?」
ファングの中で小さな、本当に小さな可能性という名の希望が生まれる。彼は身を乗り上げると青年の両肩を掴んだ。
「さあな。・・・・・・お前はまだ何も失っていない。答えはお前の中にある。俺が言えるのはこれだけだ」
青年はそれだけ言うと店の奥、撮影室に入っていった。これ以上何かを語る気はないようだ。
「俺はまだ、何も失っていない」
ファングは青年に言われたことを呟く。その声はあまりに小さく街の喧騒に掻き消されそうになる。彼は窓から外を見る。遠く離れた建物から火が上がっていることに気づく。忘れていた。こうしている今もオルフェノクは街で暴れているのだ。彼らを見過ごしていてはたくさんの人が傷つくことになる。きっとティアラたちも戦っている。助けに行かなくてはならない。でも、自分には戦う力がない。今の彼はフェンサーではないのだ。仮に戦いに行ったところで足手纏いになるだけ。
それでもファングには守りたいものがある。ティアラだ。例えフェンサーでなかったとしてもティアラを守りたいとファングは思っていた。アリンは生きているかもしれない。その可能性が見えたことで彼の中で失われていたはずの想いが次々と蘇っていく。
────ファング、大丈夫。あなたはまだ戦えるはずよ
ふとアリンの声が聞こえた気がした。ファングは顔を見上げる。
「ブレイズ、キョーコ?」
ファングの目の前に二つの剣が突き刺さっていた。両刃と片刃、二本のバスタードソード。ブレイズとキョーコ。彼らがフューリーと化した姿だ。
『何をぼさっとしている。さっさと行くぞ!』
『ティアラたちをたすけにね!』
「お前ら・・・・・・!」
ファングは目を見開く。そうだ。確かに相棒は、アリンは『今』はいない。でも自分にはブレイズとキョーコがいる。まだ戦う力がある。ティアラを、皆を守れる力があるのだ。彼は二人の言葉に笑みを浮かべて頷くと剣を引き抜いた。
「よし、行く『ちょっと待て』うおっ!」
外へと飛び出そうとしたファングの首を青年が掴んだ。完全に出鼻を挫かれた。彼は息苦しさに咳き込む。何をするんだ。涙目で睨み返したファングの鼻の付け根に青年は紙袋を突きつけた。
「なんだ、これ?」
「替えの服だ。これから戦場に向かう男がそんなTシャツで良いと思っているのか?」
「・・・・・・確かに」
オルフェノクとピピンのTシャツを着て戦うのはあまりにシュールだ。ファングもそれには気づいていた。しかし以前のコートは自爆に巻き込まれてぼろぼろになっている。仕方なくこのまま行くしかないと思っていたのでこうして新しい服がもらえるのは本当にありがたい。ファングは青年に頭を下げた。
「それに着替えたら裏庭に来い。今のお前に必要なものを渡してやる」
「ああ。何から何まで本当にありがとうな」
「礼などいらん。俺は『友』との約束を果たすだけだ」
青年は無愛想だった先ほどまでの表情が嘘のように柔らかい笑みを浮かべた。あの無愛想な青年が笑うなんて嘘のようだ。友とは一体誰なのだろう。昔馴染みと言っていたピピンのことだろうか。共通の知り合いは彼くらいしか想像がつかない。
「よし、準備オーケーだ!」
『にあってるよ、ファング!』
『馬子にも衣装だな』
「後で覚えとけよ、ブレイズ」
黒にオレンジを主体としたハードコートに着替えたファングは青年に指定された裏庭に向かう。
「やっと来たか、待ちくたびれていたぞ」
「遅いよ、お兄ちゃん!」
庭に行くと青年がシートに覆われた何かの前に寄りかかっていた。彼の隣にはなんとロロもいる。何故彼女がここに。不思議そうに見つめるファングを彼女は頬を膨らまして睨む。
「ロロ! お前がどうしてここにいるんだ?」
「そこのお兄さんに訪問販売を頼まれたの。お兄ちゃんのサイズにあった服が欲しいって。あたしもお兄ちゃんに耳寄りの情報が手に入ったからナイスタイミングだったよ」
この服はロロが用意したのか。どうりで自分にぴったりだと思った。彼女ならファングの服のサイズくらい知っていてもおかしくはない。問題は青年とロロがどういう関係なのかだ。先ほどのキョーコの件といいまさかこの男・・・・・・。
「ただの昔馴染みだ」
ファングの怪しむ視線に気づいた青年は仏頂面で言った。
「何も言ってねえだろ」
「何か言いたそうだったからな」
「・・・・・・ところでロロ、耳寄りな情報ってなんだ?」
この男は心を読む力でもあるのか。睨まれたファングは視線を反らした。彼は敵に回したら恐ろしいことになりそうだ。あまり余計な発言はしない方が良い。そうファングは思った。
「その前に料金をいただきまーす」
「今日だけは後払いで良いか? 二倍にする」
「しょーがないなあ、三倍ね」
「それで良い。今はとにかく情報が欲しいんだ」
ファングはロロと契約した。
「んとねえ。ギャザーがカヴァレ砂漠の聖域で女神様を復活させようとしてるんだって。無愛想なお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが止めにいったみたいだよ」
「それは本当か!?」
「あたしは嘘つかないよ。確かな情報源があるんだから。詳しくは教えられないけどね」
料金を三倍にまで跳ね上げているのだ。嘘であるはずがない。
『急ぐぞ、ファング。ここからカヴァレ砂漠まではかなりの距離がある』
『はやくしないとまにあわないよ!』
「言われなくても分かってる。待ってろよ! ティアラ、巧」
「待て」
「なんだよ?」
今にも庭を飛び出そうとするファングを青年が止めた。
「カヴァレ砂漠までは遠い。足が必要になるだろう。餞別だ」
青年は何かを覆っていたシートを取り外した。ファングは目を見開く。
『わあ、かっこいい!』
シートの下には一台のバイクが鎮座していた。まるでヒーローが乗るバイクみたいだ。子どものキョーコは目を輝かす。青色の鋭利なシルエットのバイクは明らかに普通の物とは一線を画す。しかし、ファングはこのバイクに見覚えがあった。
「これ、先生の・・・・・・!?」
それは剣崎一真が乗っていたバイクだ。子どもの頃に彼の後ろに乗せてもらった記憶があるから間違いない。これは────ブルースペイダーだ。どうしてブルースペイダーがこんな場所にあるのだろうか。
「どうしてあんたがこれを持っているんだ!?」
「言っただろう。友との約束を果たすと。俺は剣崎と約束したんだ。弟子が困っていたら手を差し伸べるとな。これは時が来たらお前に託してくれとあいつから預かっていた物だ。受けとれ」
「先生が俺に・・・・・・」
ファングは青年を見つめる。彼には聞きたいことが山ほどある。剣崎とどこで知り合ったのか。彼は今どこにいるのか。そして青年自身の正体は一体なんなのか。だがそれを聞いている暇はない。
「ありがとう。もし先生に会ったらあの人にもそう伝えてくれ」
「言いたいことがあるなら直接言え。俺はあいつとそう簡単に会える立場ではない」
「・・・・・・ああ、そうするよ」
ファングは頷くとバイクのエンジンキーを回した。
「もう一度言うぞ。お前はまだ何も失ってはいない。大切な者を守れるか、それとも失うかはお前の意思が決めることだ。人の想いは強い。お前が願い続ければ運命だって切り開けるだろう。・・・・・・だから諦めるなよ」
「ああ、俺は運命と戦う。そして勝ってみせるよ」
「ふ、本当にお前は剣崎の弟子なんだな。全然似てないのにあいつを思い出すよ」
「俺もあんたを見てると先生を思い出すよ。全然似てないけどな」
ファングは青年と視線を交わして短く笑うとブルースペイダーを発進させた。
分からないことだらけの青年だったがファングは一つだけ分かったことがある。彼の正体だ。剣崎の友と言ったら一人しかいない。彼が己を犠牲にしてまで救った親友────。
「────ありがとう、始さん」
もう一人のジョーカーアンデット。相川始だ。
「・・・・・・行ったか」
ファングを見送った青年────始とロロは街を歩く。彼女を家である雑貨屋へと送るためだ。街は既にオルフェノクの被害は甚大なもので復興するには中々の時間が掛かるだろう。
「お兄さんも相変わらず不器用だね」
「なんだと?」
「本当はもっとお兄ちゃんの先生について聞きたいことがあったんでしょ?」
「・・・・・・ふ、それくらい自分で聞くさ」
始はばつが悪そうに頭を掻く。意外と長い付き合いになるロロには自分が何を考えているのかバレバレらしい。
『ニンゲン、ミツケタ。コロス』
彼らの目の前にオルフェノクが現れた。既に何人もの人間を手に掛けているのだろう。その身体は血に染まっていた。彼からは理性が感じられない。うわ言のように人間、人間と呟いている。
「・・・・・・えっと。もしかしてこれあたしたちのことなの?」
「恐らくな」
オルフェノクが二人に向かってくる。始は懐からカードを、ロロはその手に槍を構えた。
「すまんが大掃除に付き合ってもらうぞ。街中の汚れを掃除する」
「オッケー。料金はお兄ちゃんの眠ってる時の写真をタダにしてくれれば良いよ。お姉ちゃんたちに高値で売るから」
「相変わらず金にうるさい女だ」
◇
「Very excellent(中々やるようだな)」
ライオンオルフェノクとファイズの力を併用して戦うレオはウルフオルフェノクの想像以上の力に驚く。前回の戦いでこそ初見殺しとも言える機動力に圧倒された彼だが今回はきちんとウルフオルフェノクの能力を念頭に入れていた。戦闘に関して言えば巧は素人でこちらはプロ。冷静に戦えば負ける相手ではない。
冷静に戦えば負ける相手ではないはずだった。レオは巧に徐々に追い詰められていく。進化したウルフオルフェノクの力は彼の持っていた戦闘技術をも上回る。
(こいつ、俺よりファイズの力を使いこなしてやがる・・・・・・!)
巧もまたレオの強さに驚かされていた。彼はファイズの武装を完全に使いこなして以前よりも格段に強くなったウルフオルフェノクと対等に渡り合っている。単純な戦闘能力だけならファングや晴人にも匹敵するかもしれない。あの三人の中で一番強いのは恐らくレオだ。彼はファイズから放たれた突きを避けると後ろに跳ぶ。
『グルルル!』
小さく吠えるウルフオルフェノクにファイズは静かに槍を向ける。狼と狩人。彼らの今の力関係は正にそれだ。能力で優れた巧が勝つか技術で優れたレオが勝つか、紙一重の戦いとなっていた。二人はジリジリと距離をとる。
(エフォールやティアラは無事か?)
戦いが長期化するにつれ、巧たちは互いに分断されてしまった。前の世界のティアラのような悲劇は避けなければ。彼は意識を集中させる。ウルフオルフェノクとしての優れた聴覚が彼らの戦闘の音を聞き分ける。巧の後方からティアラの声が聞こえた。
『・・・・・・くっ、あなた中々やるじゃないの』
「あなたはあのお二方に比べると大したことがありませんわ」
『言ってくれるじゃないの』
ティアラは魔法を中心とした攻撃でロブスターオルフェノクを圧倒していた。いくら水に強い耐性を持っている彼女もエラスモテリウムをも砕いたティアラの魔法を前にはダメージは避けられない。
ティアラの心配はなさそうだ。ウルフオルフェノクはハイキックでファイズを蹴り飛ばすと木の上に飛び乗った。彼は意識を集中する。その優れた視力で遥か前方、空中にいるエフォールを発見した。
『おいおい、お嬢ちゃん。空を飛ぶなんて卑怯じゃないかい?』
エフォールはフューリーフォームの両翼を活かして空中から攻撃を仕掛けていた。バットオルフェノクは拳銃を彼女に向けて発射した。エフォールは旋回して彼の弾丸を回避すると矢を放つ。バットオルフェノクは彼女から放たれる氷の矢による飽和射撃を容赦なくその身に浴びせられる。戦況は圧倒的にエフォールのが優勢だ。バットオルフェノクは空を飛ぶことは出来ない。これでは戦闘機に拳銃で挑んでいるようなものだ。
バットオルフェノクが卑怯というのも納得だ。空にいる限りエフォールの優勢は揺るぐことはない。勝敗は明らかだ。しかし、バットオルフェノクはあくまで余裕の態度を崩さない。
「・・・・・・殺殺殺殺殺」
『お前は他にも仲間を隠している。だから飛んでいるだけだ、とエフォールは申しております。そうですよ。そちらが先に卑怯なことをしてきたんじゃないですか。だいたい戦いに卑怯もへったくれもありませんよ』
『ちっ、バレてたか』
巧はハッとする。確かにこの辺り一帯に微弱だが何者かの気配を無数に感じた。恐らくはライオトルーパーだろう。本当に小さな気配だ。ウルフオルフェノクの感覚器官を持ってしてもエフォールに言われるまで気づかなかった。流石は元暗殺者だ。彼女の気配察知能力は巧のそれを上回っていた。
『まあ良い。お前の言う通りだ』
「殺?」
『なんだ、やけに物分かりが良いじゃないか、とエフォールは申しております。ひょっとして大人しく観念する気になりましたか?』
『・・・・・・』
バットオルフェノクは拳銃を放り投げた。まさか本当に降参する気なのか。エフォールは怪訝な表情を浮かべる。彼女はこの程度で警戒心を解いたりはしない。以前として弓を構えたままだ。既に彼は多くの人々を傷つけている。バットオルフェノクに容赦をする気はない。エフォールは彼をこのまま撃ち抜くことすら視野に入れていた。警戒心が強い相手はやりにくい。バットオルフェノクは肩を竦めると両手を上げる。
『────バァカ! お前に同意したのは戦いに卑怯もへったくれもないことだけだよ!』
そしてエフォールを嘲笑った。彼女は驚愕で目を見開く。微弱だった周囲の気配が一瞬にして巨大に膨れ上がった。息を潜めていたライオトルーパーがバットオルフェノクの何らかの指示で行動を始めたようだ。
やはりバットオルフェノクは大人しく引き下がる相手ではない。エフォールは彼の胸に照準を合わせる。一撃で仕留めてやる。ライオトルーパーの武器は威力が低い。多少の攻撃はフューリーフォームの装甲を貫くほどではないはずだ。バットオルフェノクを倒すだけの時間はある。エフォールは片翼に備え付けられた砲塔にエネルギーを込める。
『気をつけろ、エフォール!』
巧の警告にエフォールは目を丸くする。上空にいる彼女は気づかないが地上にいたウルフオルフェノクにはライオトルーパーの装備が見えていた。普段のアクセレイガンとは違う。あれは、あれは不味い。彼の本能がそう告げていた。
『くそっ!』
「Do not go from here to the earlier(ここから先には行かせない)」
『ぐうっ!』
エフォールの近くに駆け寄ろうとしたウルフオルフェノクの背中にフォンブラスターの射撃が突き刺さる。不意を打たれた攻撃に彼は膝を着く。これでは彼女の元には行けない。
『battle mode』
─────サイドバッシャー。カイザの専用ビークル。それに跨がったライオトルーパーは次から次へと山の木々を薙ぎ倒して現れた。彼らは呆然としているエフォールに砲身を向ける。
『エフォール、逃げろ』
「っ!」
巧の声にハッとしたエフォールは両翼を噴射させて高速でその場から離脱する。背を向けた彼女にサイドバッシャーの砲撃が発射された。避け切れない。レーザーやミサイル。回避不能な飽和射撃に彼女は晒される。
「きゃああああ」
ダメージが限界を越えたエフォールは強制的にフューリーフォームを解除された。生身となった彼女が地上へと落下する。
『エフォール!? くそ、どけええええ』
「ウオッ!」
ウルフオルフェノクはファイズを殴り飛ばすとその身を疾走態に変えた。高速で駆け出した彼は地面すれすれの寸でのところでエフォールをキャッチする。間に合って良かった。彼はほっと胸を撫で下ろす。しかし状況は深刻だ。エフォールは身体中を火傷していて意識を失っていた。
「エフォールさん、大丈夫ですか!?」
エフォールが撃たれるのを遠目で見えていたティアラはウルフオルフェノクの元に駆けつける。
「『フルリバイブ!』・・・・・・これでもう大丈夫です」
『ありがとう、助かった』
ティアラの回復魔法によってエフォールの傷はたちまち癒える。意識こそ失われたままだが彼女の身体は完治した。
「感謝なんていりませんわ。それよりも果林さんはどちらに?」
『果林・・・・・・? そうだ、あいつは!?』
巧はハッとした。フューリーフォームを解除されたということは生身の果林も近くにいるはずだ。しかし彼女の姿は見当たらない。どこだ。彼は嫌な予感がした。
『お前の大切な嬢ちゃんはここにいるぜ』
果林はバットオルフェノクに捕らわれていた。
『果林!』
「果林さん!」
『おっと近づくなよ。嬢ちゃんがどうなってもいいのか?』
「た、巧さん、ティアラさん。ごめんなさい」
巧とティアラが駆け寄ろうとするとバットオルフェノクは果林の首に鎌を突きつけた。人質のつもりか。彼は内心で舌打ちする。これでは手出しが出来ない。
「Sorry. I am sorry, too(すまないね。俺も不本意なんだ)」
『これで形成逆転ね』
ファイズとロブスターオルフェノクはバットオルフェノクの隣に並び立つ。
『嬢ちゃんの命が惜しければ武器を捨てろ』
「私のことは構いません! お二人とも戦ってください!」
そんなこと出来る訳がない。ウルフオルフェノクは巧の姿に戻り、ティアラは薙刀を放り投げる。武装を解除した二人と意識を失っているエフォールをライオトルーパーは拘束した。
「な、なんで・・・・・・!?」
「・・・・・・お前を見捨ててまで生きていく意味はねえよ」
「右に同じく、ですわ」
『殊勝な心がけだな』
「ぐうっ!」
巧の顔にライオトルーパーの拳が振り下ろされた。
「な、何故乾さんだけを殴るのですか!? わ、私にもやりなさい!」
『勘違いしないでちょうだい』
「きゃあ!」
自分を盾にしようとするティアラの頬を冴子は張った。
『こっちは本当なら今すぐあなたを殺してやりたいのよ。でもあなたにはあなたに相応しい処刑人がいる。だから手を出さないでいるだけ。勘違いしないでちょうだい』
『おい、影山。女には手を出すんじゃねえ』
『何を言っているの、バット? あなたは黙ってなさい。あら、少しは醜い顔もマシになったんじゃない?』
バットオルフェノクの制止を無視して冴子はティアラの髪を掴む。頬を赤く腫らした彼女の顔を冴子は嘲笑う。
『こんな女のどこが良いのかしら? 子どもと変わらないじゃないの』
『おい、影山!』
『ふん、分かってるわよ』
冴子はティアラを放り投げた。彼女は意識を失ったのかガクリと崩れ落ちる。
『さあて、乾巧。交渉だ。お前が死ねばこのお嬢ちゃんとそのパートナーは見逃してやるよ』
「・・・・・・本当なんだな」
「Let's keep the promise────ヤクソクハマモロウ」
それなら躊躇うことはない。巧は無言で頷いた。
「巧さん! ダメです! 私の命なんてどうなっても良いんです! 止めてください!」
ライオトルーパーは巧を囲んで次々と暴行を加えていく。そこに喜悦の感情はない。ただ機械的に巧を傷つけていく。このままでは本当に死んでしまう。果林は目元に涙を浮かべる。
「俺、に、構うな。おま、え、は、いき、てくれ」
「嫌です! 巧さんがいない世界で私は、私は生きていけません!」
「は、は。いき、てくれ、よ、た、のむ」
泣きそうになっている果林に巧は胸を締め付けられそうになる。守ると誓ったのに自分は彼女の笑顔すら守れないのか。ファングならきっとこうはならないはずなのに。自分自身の不甲斐なさに彼は自嘲気味な笑みを浮かべる。
「巧、さん。まだ、まだ私はあなたに、何も伝えていないんです。想いを伝えてないんです。だから、だから!」
「ごめんな、果林」
巧の意識が薄れていく。ああ、出来ることならやっぱり最後は果林の笑顔が見たかった。彼は静かに目を閉じる。
「あ、ああ。いや、いやあ! 誰か、誰か巧さんを助けてください! 私はどうなっても良いですから! お願いです! 巧さんを助けてええええええええええ!」
崩れ落ちていく巧に果林は涙を流して叫んだ。
────やってみるさ、俺に何が出来るか分からないけど
救いを求める果林の胸の内から誰かの声が聞こえた気がした。彼女は着物の中に隠しておいたメモリーが光輝いていることに気づく。きっとこれが声の主だ。果林はそっとメモリーに触れた。
『ぐおっ!』
『バット!?』
次の瞬間。彼女を拘束していたバットオルフェノクの手がほどけた。誰かに蹴り飛ばされたのだ。果林はゆっくりと振り向く。
「あ、あなたは・・・・・・?」
果林の目の前には光で形作られた人影がいた。彼は一体何者なのだろう。彼女は目を見開く。人影は果林に手を向けた。きっとメモリーを渡してほしいのだろう。彼女はゆっくりとその手に握られたメモリーを人影に手渡す。人影は果林の頭を優しく撫でると代わりにトランク型の機械を手渡した。
人影は青年────三原修二へと姿を変える。グリップのような携帯電話を口元に寄せると彼はその言葉を口にした。
「変身!」
────standing by
────complete
三原の身体を白い光が包み込む。彼は白き仮面の戦士へと変身を遂げた。仮面ライダーデルタ。三本のベルトの中でも最も強力で、そして人々を狂わせる魔性の力を秘めた戦士だ。しかし、デルタの適格者である三原がその魔性に惑わされることはない。彼は果林を守るように前へ立つと戦闘態勢に入るために静かに構えた。
『どうしてあなたがここにいるのかしら?』
ロブスターオルフェノクはデルタに向けてレイピアを構える。本来ならこの世界にはいないはずの三原の出現。意図せぬイレギュラー。冷徹な彼女もこれには少なからず驚いているようだ。
「子どもが助けてって言ったんだ。だから駆けつけた。理由はそれだけで十分だろ」
────誰かが救いを求めるのなら俺たちは必ずやってくる
果林は晴人と初めて会った時に言っていた言葉を思い出した。三原も彼のように異世界からやって来たのだ。
『ふ、まあ良いわ。今さらあなた程度の相手に苦戦なんて────!?』
三原修二は弱い。過去の戦いから彼の実力を知っていた冴子は小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。しかし、その笑いはすぐに凍りつくことになる。デルタは一瞬にしてロブスターオルフェノクの眼前に接近するとその顔面に鋭い拳を放った。見えない。放たれた一撃は彼女を大きく吹き飛ばした。
どうなっている。以前までの三原修二とは明らかに強さが違う。冴子は目を怪訝に見開く。それもそのはず。今ここにいる三原はあの戦いから何年もの歳月を経て成長した戦士なのだ。今の彼は巧や草加よりもデルタを使いこなせるほどに強くなっていた。本当の意味でのデルタの適格者になったのだ。
『くっ!?』
尻餅をついたロブスターオルフェノクにゆっくりとデルタは近づいていく。冴子はその姿に北崎のような強者の圧倒的な威圧感を無意識に感じる。このままでは殺されてしまう。ありえないと分かっていても彼女は氷のように冷たい恐怖を感じた。しかもたったの一撃で。
「俺程度がなんだって?」
『・・・・・やりなさい!』
この男はさっさと殺さなくてはならない。このままでは確定していた勝利が覆されてしまう。冴子はライオトルーパーズに指令を出した。巧を取り囲んでいた彼らはデルタに向かって一斉に駆け出す。
────Fire!
────burst mode
デルタは彼の武装である銃を構えるとライオトルーパーに向けて発射する。それもただ当てるだけではない。彼らの眉間へ正確に撃ち込んでいく。何という精度だ。射撃を得意とするバットオルフェノクは驚愕する。三点バーストの弾丸をそれぞれ別々の相手の眉間に狙い打つなんて離れ技、彼にだって出来るかは分からない。
デルタの放った弾丸に直撃したライオトルーパーは次々と倒れていく。如何に頑丈な装甲と云えど頭部への衝撃まで緩和することは不可能だ。脳にダメージを受けた彼らは意識こそ失っていないが暫く立ち上がることは出来ないだろう。あれだけファイズたちを苦しめて来たライオトルーパーズをデルタは数秒で鎮圧してしまった。
「You withdraw(君たちは下がれ)」
「英語・・・・・・? まあ良いや。乾の力を返してもらうぞ」
「This is not only power for him(これは彼だけの力ではない)」
「いや、それは『それは巧さんだけの力です!』────その通りだ!」
果林の言葉に頷くとデルタはファイズに飛びかかる。戦闘のプロであるレオは冴子やライオトルーパーのように圧倒されたりはしない。軍用格闘技や空手を織り混ぜた傭兵独特の戦闘スタイルは三原のガムシャラな戦闘スタイルよりも遥かに優れている。
それでもデルタはファイズを次第に追い詰めていく。彼はファイズに殴られても蹴られても急所だけは確実に避けている。何度も攻撃を受けながらも三原にはダメージは殆どなかった。ベルトの力の差だ。スペックの低いファイズでは急所にでも攻撃を当てない限りデルタに与えられるダメージなど皆無に等しい。
「ハァァ!」
連戦を重ねて疲労が見えていたファイズに僅かな隙が生まれた。デルタの拳が彼の腹に突き刺さった。ファイズは大きくのけ反る。
「グウッ! It is secrets!(奥の手だ!)」
────complete
ファイズはアクセルフォームへと姿を変える。
────start-up
高速の世界に突入したファイズにデルタは吹き飛ばされる。宙を舞う彼をファイズは地面に叩きつける。倒れたデルタを起き上がらせると彼は怒濤の殴打のラッシュをデルタに浴びせていく。膝をついた彼にファイズはファイズエッジを構えた。ファイズエッジを振り上げたファイズの姿はまるで処刑人だ。
「────今だ! 乾! 取り戻すんだ! 全てを!」
『おう!』
「っ!?」
レオは目を見開く。ウルフオルフェノクが振り下ろそうとした自分の腕を掴んでいた。バカな。明らかにもう立てない程の致命傷を負っていたはずだ。何故。レオは困惑した。
「わ、私たちを見くびらないでください」
「あなたたちがそちらの方に気を取られている間に乾さんを回復させてもらいましたわ!」
「ざまあ、みろ」
果林は気絶から回復する目覚めドリンクをティアラとエフォールに飲ました。ティアラは目を覚ますと瞬時に巧へフルリバイブを使った。全快した彼に気づいていた三原はファイズが最も無防備になるアクセルフォームになるのを待っていたのだ。
『そういうことだ。返してもらうぞ、俺のベルトを!』
今なら取り返せる。ウルフオルフェノクはファイズのベルトを掴むと彼を蹴り飛ばした。ベルトを引き剥がされたファイズは強制的に変身が解除される。
「誰かは知らないけど助かった」
「礼なんていらないさ。君には数え切れない程の恩があるんだ。今度は俺が助ける番さ」
「まだ戦えるか?」
「もちろんさ」
巧は人間の姿に戻ると三原に手を差し伸べる。彼はその手を掴むとゆっくりと立ち上がった。
『今さらファイズの力で何が出来るというの?』
冴子は忌々しそうに二人を睨む。彼らの周りをライオンオルフェノクとバットオルフェノク、無数のライオトルーパーズとサイドバッシャーが取り囲んだ。絶望的な状況。ファイズとデルタだけで勝てる相手ではない。それでも巧は不思議と負ける気がしなかった。
「何だって出来るさ」
巧はベルトを腰に巻いた。
────555
────standing by
「変身!」
────complete
巧はファイズに変身した。久しぶりのファイズだ。彼は一瞬だけ何とも言えない感傷に浸る。そんなファイズにじわじわとライオトルーパーたちが接近していく。
「あ、あの。これを!」
「ああ、ありがとう。乾、『真理』からの預り物だ! これを受け取れ!」
三原は果林に預けていたあるものを受け取るとファイズに投げ渡した。トランク型の機械。巧はそれがどういう物か一瞬にして理解した。
「これは・・・・・・!」
「『菊池くん』からは伝言も預かっているよ。『やっぱりファイズはたっくんじゃないと!』だってさ」
────awakening
巧はファイズフォンを機械に差し込んだ。・・・・・・やっぱりファイズはたっくんじゃないと、か。その言葉を以前もどこかで聞いたことがある気がする。その時がどんな時だったかは思い出せない。でもその時も今もきっと自分は同じ返答をしていたのだろう。巧はうっすらと笑みを浮かべると変身コードを入力した。
「・・・・・・ああ、かもな!」
────555
────standing by
ファイズの身体が紅い光に包まれる。凄まじいエネルギーだ。彼を中心として放射状に放たれた光はライオンオルフェノクとバットオルフェノクを吹き飛ばす。この姿になるということは存在そのものが必殺技になるということだ。接近していた下級オルフェノクであるライオトルーパーは跡形もなく消し飛んでいた。
ファイズは姿を変える。真紅のフォトンブラッドに全身を包み込んだ最強の姿。ファイズブラスターフォーム。闇を切り裂き光をもたらす紅き閃光と呼ばれた救世主へと巧は変身を遂げた。
『アアアアア!』
「ふんっ!」
『グッ!?』
先手必勝。ライオンオルフェノクはファイズに果敢に殴りかかった。しかしその拳がファイズにダメージを与えることはない。触れただけで痛みを感じたレオは驚愕する。なんだこの力は。近づくだけで身体が崩壊していくような錯覚を感じる。恐怖で棒立ちになった彼をファイズのハイキックが吹き飛ばした。
『・・・・・・!』
何という威圧感だ。無感情だったライオトルーパーですら本能的な恐怖を感じているのか少しずつ後退を始める。ファイズは手首をスナップすると彼らに向かって歩き出す。
『ひ、怯むな。やれ!』
サイドバッシャーからミサイルとレーザーが放たれた。その砲撃は吸い寄せられるようにファイズに直撃する。激しい爆煙が巻き起こった。流石のブラスターフォームでもこれならダメージは避けられまい。バットオルフェノクはくくっと笑う。だがどうして避けなかったのだ。疑問に思った彼だがすぐにその意味を理解した。
「もう終わりか?」
爆煙の中から無傷のファイズが出てきたからだ。彼と視線が一瞬合ったバットオルフェノクは悟る。この力には絶対に勝てない。ファングと戦った時と同じだ。圧倒的すぎる力を前にはどんな兵器も小細工にしか過ぎないのだ、と。ファイズはブラスターに必殺のコードを入力していく。
────103
────blaster mode
「よくもエフォールと果林を傷つけてくれたな」
ファイズはフォトンバスターをサイドバッシャーに向けて放つ。一撃一撃がクリムゾンスマッシュに匹敵する威力を持ったその必殺の弾丸はサイドバッシャーを軽々と破壊する。
『な、なんであの力がこの世界にあるの!? ありえない、ありえないわ! だってあの力は────』
目の前にいるファイズに冴子は動揺した。認められない。ブラスターフォームがこの世界に出現してしまえば彼女の計画は完全に崩れさってしまう。それだけの力がブラスターフォームにはあった。狂ったように叫ぶロブスターオルフェノクに向けてファイズは必殺技を放つべくコードを入力する。
「夢かどうか、確かめてみるか?」
────143
────blade mode
『ああああああああああああ!』
激しい痛みが冴子を現実に引き戻す。フォトンブレイカー。スパークルカットの十倍以上の威力があるファイズの必殺技が彼女を真っ二つにした。
「・・・・・・現実だったみたいだな」
灰と化したロブスターオルフェノクに巧は冷ややかな目線を送った。
「まだやるのか?」
『っ!?』
青色の炎をバックにファイズはゆっくりと振り返る。上級オルフェノクであるはずのライオンオルフェノクとバットオルフェノクが蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。ダメだ。このままでは殺される。二人は背を向けて全速力で走り出す。
『くそ、逃げるぞ! レオ!』
『Yes, I am in danger(ああ、これ以上は危険だ)』
レオとバットオルフェノクは逃走した。
「ふう」
巧は変身を解除した。アクセルフォーム以上の負担だ。どっとした疲れが彼を襲う。まるで寿命が削れるみたいだ。多用は出来るだけしたくはないな。巧はブラスターに絶大な力を感じながらもなるべく使用を控えようと思った。
「巧さん!」
肩で息をしている巧に果林が抱きついた。
「果林、心配かけて悪かったな」
「本当に、本当に良かったです。もし、もし巧さんがいなくなったら私・・・・・・う、うう!」
「おいおい、泣くなよ。俺はここにいるからよ」
「えへへ。嬉しくて涙が出ちゃいました」
巧は泣いている果林の背中を優しく撫でた。彼女は心地良さそうに目を細め微笑みを浮かべる。綺麗な笑顔だ。泣き笑いをする果林に巧も優しく微笑んだ。
「果林、泣いてるのに幸せそう」
「これを嬉し泣きと言うんですよ、エフォールさん」
ティアラは微笑ましいものを見る目で二人を見つめた。
(これ録画しとこうかな。元の世界に帰った後で真理や海堂に見せたら面白そうだ)
「三原、先に言っとくけど撮るんじゃねえぞ」
こっそりデルタムーバーを構えようとした三原を巧は牽制する。やれやれバレてしまったか。せっかく面白い物が撮れそうだったのに三原は肩を竦める。そこで一つ違和感を感じた。
「俺、君に名乗ったけ?」
三原は一度も巧に名乗ってない。彼は記憶喪失だ。今の自分と巧は初対面のはず。門矢士によってそれを聞かされていた彼は目を丸くする。何故自分の名前を知っているんだ。そんな三原の様子に巧はニヤリと笑ってこう言った。
「真理に啓太郎。海堂にお前。・・・・・・全部思い出したよ」
「え、ええええええ!?」
三原は驚きのあまり叫んだ。記憶喪失だと思ってた巧が記憶喪失ではなかった。何を言ってるのか自分でも分からないくらいに彼は困惑する。
「こいつを使ったから思い出せたんだ。ありがとな」
巧はブラスターフォームと化した時に記憶を取り戻した。燻っていた火種が激しく燃え上がっていく感覚を彼は思い出す。眠っていた本能が蘇る感覚。かつての仲間との日々。激闘の記憶。そして自分の最期の瞬間。全ての記憶を思い出したのはこの世界で初めてファイズに変身した時以上の衝撃だった。ブラスターを使った大きな疲労感の原因は記憶を取り戻したのも原因の一つなのだろう。巧は僅かに痛む頭を押さえた。
「は、はは。本当に全てを取り戻せたんだな、乾!」
勢いで言ったことがまさか現実になるとはな。三原は苦笑を浮かべた。
「いや、まだ全てを取り戻してはいねえよ」
「え、だって記憶を思い出したんだろ」
「私たちには取り戻さなければならない人がいるんです」
「リタを助けないと・・・・・・」
「私たちは全てを取り返したことにはなりません」
巧たちは視線をカヴァレ砂漠へと向ける。怪しい光の柱が天へ、天へと伸びていた。晴人たちは間に合わなかったのか。カヴァレ砂漠に女神の聖域が出現していた。ギャザーは女神復活の儀式は完了させたのだろうか。状況は分からないが今やるべきことは一つだ。
「行くぞ、あそこに」
彼らは無言で頷いた。
ついにたっくんがブラスターフォームになりました。本当にここまで長かったです。感無量としか言いようがありません。今後もブラスターはここぞという場面で活躍する予定なのでご期待ください。
そして三原くんの登場も達成出来て良かったです。彼は本編終了から大分十年くらい経っているのでかなり強いです。北崎デルタに匹敵するくらいの強さです。今度出るライダーのゲームで参戦が決まったらしいので本当にちょうどいいタイミングでの出番になりました。デルタ好きの皆さんは買いましょう(ダイマ)
さて本編が盛り上がっていく中、次回はカイザの日(9月13日)を記念とした番外編を投稿します。カイザの日に間に合うか分かりませんけど。
ストーリーは例によって例のごとく際どいメタネタと中の人ネタに溢れたギャグとなります。たっくんがギターリストになったり果林ちゃんがドラマーになったり晴人が果林ちゃんの先輩になったりバーナードが草加になったりする内容です。ご期待ください!