それはそうと海堂直也役の唐橋充さんが結婚したそうです。おめでとうございます。
「どうして君がここにいる。ギャザーさんの自爆で死んだんじゃなかったのか?」
既の所で剣を受け止められたシャルマンは問う。何故だ。ギャザーの自爆に巻き込まれて死んだはずのファングがどうして生きている。他のメンバーならともかく絶対にありえないと思っていた彼の登場にシャルマンは驚愕した。
「俺は死なねえよ。俺が死んだらお前みたいな奴からティアラを守れねえだろ」
「ファングさん・・・・・・!」
「隠れてろ。お前は絶対に俺が守る」
ファングはニヤリと笑う。やっぱり彼は自分がピンチになったら助けに来てくれた。木陰に隠れるとティアラは目元にうっすらと涙を浮かべると儚げな笑みを浮かべる。
「理由になってませんよ・・・・・・まあ良い。どのみちあなたとは決着をつける気だったんだ」
「俺もお前とは決着をつけたかったんだ、ピアニスト!」
「ふっ。僕と同じですね、ウェイターくん!」
シャルマンはファングに斬りかかった。アリンのいない今の彼はフェンサーではない。普通に戦えばフェンサーのシャルマンの方が圧倒的に有利だ。にも関わらずファングは真っ正面から迎え撃つ。無謀。普通なら誰もがそう思うだろう。だが意外なことに彼はシャルマンと互角に渡り合っていた。
それもそのはず。単純な接近戦では必殺技を使うことに特化したシャルマンの剣よりも斬ることに特化したブレイズの剣の方が圧倒的に斬り合いに強い。拮抗した実力の持ち主同士の戦いは優れた武器を持った者がアドバンテージを持つ。
とは言ってもフェンサーのような特殊能力が使えないとなるとやはり不利には変わらないのだが。力に差があるなら経験の差で埋めるだけだ。これまでの戦いで培ってきた勝負感によってファングはシャルマンとの差を限りなくゼロに近いまでに持ち込ませていた。
「お前はなんでティアラを殺そうとする?」
勢いの乗った刺突がシャルマンの胸を狙う。完全に懐に潜り込んでいる。避けさせるつもりがない。気合いの込められた一撃だ。元仲間と云えどファングは容赦をする気はなかった。自分の死はそのままティアラの死に直結する。何時ものように手加減なんてしていられない。多少の怪我は覚悟してもらう。
避けられないのなら受け流すだけのこと。シャルマンは剣先を予測すると斜めに剣を振る。衝撃が加わったことでファングの矛先が逸れた。彼の態勢が僅かに崩れる。好機。今度はシャルマンが彼の間合いに踏み込んだ。
「ティアラさんの正体を知ればファングくんだってそうするはずです。君は知らないから言えるんだ。彼女には犠牲になってもらうしかないんですよ」
真横に振り抜かれた剣。態勢が崩れた状態から回避するのは不可能。ここは防御するしかない。ファングは一瞬だけ剣を盾にすると衝撃に身を委ねて後方に跳んだ。シャルマンは滑り込むように懐に潜り込む。
胸に向けられて一直線に突きが放たれる。このまま直撃したら不味い。ファングは咄嗟に後ろへ倒れ込むとそのまま足を蹴り上げた。攻撃の回避と共にシャルマンの剣がその手から離れる。しまった。彼は宙を舞う剣を慌てて掴む。時間にすればほんの一瞬。ファングはその僅かな隙を見逃さなかった。
「・・・・・・だからなんだ? ティアラがどんな存在だろうと俺は絶対に犠牲にしたりなんてしない。俺の中でティアラを斬るなんて考えは最初からないんだよ!」
「がふっ!」
ファングの蹴りがシャルマンの腹に深々と突き刺さった。岩のように重く鋭い一撃だ。彼の身体から酸素が一気に吐き出される。勢いよく吹き飛ばされたシャルマンの首にファングは剣を突きつけた。
「勝負あったな」
余計な抵抗を見せれば斬る。ファングはその手に持った剣のように鋭い殺気をシャルマンに向けた。勝敗は決したようなものだ。少しでも不審な動きを見せればシャルマンは斬られるだろう。まさに生殺与奪を握られた状態だ。
「それはどうでしょうね?」
それでもシャルマンは不敵な笑みを浮かべていた。何故だ。どうしてこんな状況で笑っていられる。勝負は決したも同然なのだぞ。ファングは怪訝な目で彼を睨む。
「・・・・・・まだ続ける気か」
「ええ。どうぞ続けてください」
続ける、だと。首に剣を向けられているシャルマンにこれ以上はないはずだ。ファングの言っているように既に勝負は決している。それこそ勝負をこのまま続けるというならその先に待っているのはシャルマンの死だけだ。
まさか本当に死ぬ気だとでもいうのか。いくら敵になったとはいえ元仲間を殺すなんてファングには出来なかった。どんな姿になろうと斬るなんて考えは最初からない。それは何もティアラだけの考えではない。彼の守りたい大切な人々。仲間全員に当てはまることだ。それは自分を裏切ったシャルマンであろうと変わらない。ファングの剣を持つ手が僅かに震えた。
「やはり君に僕は斬れないようですね」
戸惑いを隠せないでいるファング。シャルマンの剣が躊躇した彼の顔を襲う。不味い。咄嗟に顔を反らす。ギリギリの回避となったために彼の頬を剣が掠める。ファングの頬がダラダラと流血した。危なかった。後少し遅れていれば直撃していただろう。ファングは冷や汗を流す。
「いってえな・・・・・・!」
本当に殺す気なのか。それが平和な世界を作ろうとする奴の行動であっていいのかよ。内心で舌打ちしつつファングは袖で血を拭う。せっかくあの店主から新しい物を貰ったというのにもう汚してしまった。彼はシャルマンを睨んだ。
「これが僕と君の差なんですよ」
「・・・・・・なんだと?」
「僕は君と違って甘くはない。誰であろうと、例えかつての仲間だろうと斬れる。この世界の『王』になる覚悟があるんですよ」
シャルマンが口角を吊り上げる。ファングは彼の背後に人ならざるナニかが見えた気がした。どうしてここまでシャルマンは変わってしまったんだ。前の世界で彼に一体何があった。どうやったら短い期間でここまで異常になれる。今まで見てきたどんな人間よりも不気味だ。彼の全身がゾクリと総毛立つ。
瞠目しているファングに向けてシャルマンが高速で接近した。本能的に彼は剣を頭上に構える。次の瞬間ビリビリとした激しい衝撃が彼の腕を襲った。シャルマンの斬撃だ。後少し遅れていれば真っ二つになっていただろう。なんて速さだ。先ほどよりも遥かに俊敏である。まだこんな力を隠していたのか。ファングは驚愕した。
「本気を出していないのはファングくんだけじゃないんですよ」
「ち、バレてたか。俺様が本気を出してないって」
「ええ、ずっと前から気づいてましたよ。ファングくんは人間相手には絶対に本気で戦ったりはしないと。君は人を殺すことに抵抗があるんですよね」
自分の弱点が知られているとは。短い期間だったがやはりシャルマンは仲間だったらしい。・・・・・・ああ、余計なことを考えてしまった。これでますます本気が出せなくなったではないか。ニヤリと笑う彼にファングは眉を顰めた。
「そんな顔をしないでください。別に本気を出してもらっても構いませんよ。僕が勝つ自信があるので」
「おあいにく様。お前レベルの相手に本気を出したら加減が出来なくて殺しちまうんだよ。こちとら先生の教えで剣を使うなら人を守るために使えって言われてるんだ。殺しに使ったりは絶対にしねえよ」
人を殺すために剣を使わない。それはファングが師の剣崎と交わした約束だ。この約束は少年時代のちょっとした口約束程度のものだった。だが今に至るまでずっと守ってきたものだ。
これまでも何度か凶悪な敵と戦うことはあった。それでもファングは命を奪うことに力を使ったりはしなかった。彼自身が誰かを殺したいなんて思っていないし、殺すに値するほどの理由もない。バーナードの時ですらファングは彼を殺さなかった。罪を憎んで人を憎まず、彼の根底にはその考えが根付いているのだ。仲間でも殺されない限りファングはその考えを絶対に変えたりはしないだろう。
「剣を持ちながら人を殺さない? まだそんな生ぬるいことを言っているんですか。本当に甘い男だ。君のその浅はかな信念がどれだけ愚かなことかその身を持って知るが良い! 『フェアライズ!』」
シャルマンは真っ白な鎧をその身に纏う。フューリーフォーム。フェンサーにとってはなること自体が必殺技と言っても過言ではない力だ。その姿になるということは本当にファングを殺す気なのだろう。
ファングはシャルマンが光に包まれている間に木の陰に隠れた。どうする。こうなってしまったらもう自分も本気を出すしかない。出せなければ死ぬのは自分だ。距離をとりながらも感じる圧倒的な力を前に彼は嫌な汗が流れるのを感じた。
『ファング、シャルマンは完全に敵になった。お前の主義は知っているがそんな悠長なことを言っている余裕はないぞ。やらねばやられる。・・・・・・まだギャザーとの戦いが残っているんだ。こんなところで終わっている場合ではない。何がなんでもヤツを倒すしかないぞ』
「倒すって簡単に言ってくれるじゃねえか。仮に殺す気で挑んだってシャルマンはフェアライズしてんだぞ。今の俺が勝てる相手じゃねえよ」
実力が互角の者同士が戦えば勝つのはより強い力を手にしているものだ。それは時の運だったり、精神的な優位性だったり、地の利だったり端から見ると分かりにくい要因が重なったことで勝負が決まる。今回の場合は決め手が非常に分かりやすい。フューリーフォームがあるかないかの差。それだけだ。
「俺が勝つならあいつがフューリーフォームになる前にケリをつけるしかなかったんだよ。くそ、認めたくねえけど本当に浅はかな信念だな・・・・・・!」
逆に言ってしまえばそれだけで勝敗が決するのだ。どれだけ運があろうと、精神的に優位に立とうと、地の利を活かそうとフューリーフォームを前にすれば全て無意味と化す。要するにパートナーであるアリンがいないファングの負けはもう決まったということだ。
『諦めるな。まだお前は負けた訳ではないだろう』
「・・・・・・じゃあ、あいつに勝つ方法でもあんのかよ」
『ああ』
どうしてそんな簡単に頷けるんだ。ブレイズには何か勝算があるのだろうか。そうだとしたら是非とも教えてもらいたい。残念ながらどれだけ自分自身で考えてもまったく勝算が思い浮かばなかった。ファングが悩んでいるとブレイズが口を開く。
『・・・・・・お前にはまだ戦う力が残っている。アリンに言われたことをもう忘れたのか?』
『そうだよ。きみにはわたしたちがいる。あんなへなちょこなふゅーりーふぉーむなんかにまけたりしないよ!』
「お前ら二人でどうやってあいつに勝つんだよ。俺にはそのへなちょこフューリーフォームだってないんだぞ」
確かに普段のファングならシャルマンのフューリーフォームをへなちょこ扱いするのは容易い。なんせ彼のフューリーフォームは通常のフェンサーとは一線を隠すもの。漆黒業火の騎士。神々の力と融合したあの鎧の力は絶大だ。半ばドーピング気味に強化されたドルファ四天王の物すら軽々と上回る。本来ならシャルマンが真っ向から挑んで勝てる相手ではない。
そもそもこの力を手に入れる前からファングのフューリーフォームはシャルマンや他のフェンサーよりも遥かに強力なものなのだ。流石に神々の力には劣るが三つのフューリーと融合した紅炎真紅の鎧の力だって十分に強力な・・・・・・。
「いや、まてよ。もしかしたら・・・・・・!」
ファングはこの状況を打開する一つの可能性に気づいた。それが本当に出来るのかは分からない。だがもしもこの考えがブレイズたちと同じものならシャルマンにも勝てるはずだ。彼は視線をその手に向ける。
『ふ、気づいたか。我らがお前の傍にいることの意味に』
「ああ、分かったよ。俺にはまだ戦う力が残ってるんだってな」
『もう、ファングはほんとにおばかさんだね! きづくのがおそいよ!』
勝利への算段はついた。後は思うように事が運ぶことを祈るしかない。どのみち何時までも隠れていてもじり貧になるだけなのだ。当たってそのまま砕いてやる。ファングは彼を探すために周囲を窺っていたシャルマンの前に飛び出す。
「自ら率先して出てくるなんて気でも触れたんですか? あなたの敗北は決まった。無駄死にするだけですよ」
「俺は正気だ。別に気なんて触れてねえよ。勝利を確信した。だからお前の前に出て来たんだよ」
「それこそ頭がおかしくなった証拠だ。どうやって生身の君がフェンサーであるこの僕に勝つと言うんです。そんな方法があるなら是非見せてもらいたいものですよ」
圧倒的な力をその身に纏ったシャルマンは不敵に笑う。フェンサーと生身の人間の力の差。それを誇示するように彼は剣を振った。光の波動が放たれ、無数の木々が薙ぎ倒される。山の麓が一瞬にして更地になってしまった。恐ろしい力だ。このまま生身のファングが戦っても到底敵う相手ではない。
────このままなら、だが。
「・・・・・・お望み通り見せてやるよ」
ファングはブレイズとキョーコ、二本の剣を宙に向かって放り投げる。彼は重力に従い弧を描いて落下する剣を見上げ、両手を広げた。吸い寄せられるように向かってくる二つの剣に、二人の魂に呼応するようにファングはその言葉を口にする。今まで何度も叫び続けたフェンサーの証であるその言葉を。
「────『フェアライズ!』」
ファングの身体を二つの剣が貫いた。
◇
その頃都市ゼルウィンズでは。
「くっ!」
「お主も中々やるのう。この私を相手にここまで食い下がるなんて見事だ。称賛に値してやろうではないか」
アポローネスはギズミィと激闘を繰り広げていた。流石はAランク妖聖と言えるだろう。多種多様な魔法によって彼に一切の隙を与えず見事に翻弄している。相性が良いのもあるがギズミィはあのアポローネスを相手に優勢だった。
「・・・・・・すぐにその鼻の柱をへし折ってやる」
「出来るものならさっさとやることじゃな。女神復活のタイムリミットは迫っているのだぞ」
ギズミィが無数の魔力の弾丸を発射する。アポローネスは駆け出す。持ち前のタフさで弾幕をその身に受けながらも何とか彼は彼女の元まで強引に接近する。アポローネスの剣がギズミィに向けて振り下ろされた。高速の一撃を彼女が回避するのは難しい。当たる。普通の人間ならそう思うだろう。だがこの攻撃が彼女に届くことはない。
ギズミィの発したバリアによって阻まれてしまうからだ。アポローネスは彼女の眼前に出現したバリアに舌打ちした。固い。ギャザーが発動したものと同等レベルの装甲だ。並大抵の攻撃では打ち破ることは不可能だろう。どうやって破る。彼は放たれた闇の波動に吹き飛ばされながらも思案する。
「マリアノ、てめえはどっちが勝つと思う?」
「贔屓目に見るならアポローネス。客観的に見るならあの妖聖さんかしらね」
「つまりは、妖聖ってことか」
ライオトルーパーや他の妖聖を撃破したザンクとマリアノが彼らの戦いを見つめる。既に街中に出現したギャザーの刺客は彼らやドルファの兵士、そして正体不明の『仮面』の戦士によって鎮圧されたという情報が入っている。僅かばかりの残党はいるだろうが数の暴力に頼らなければライオトルーパーなどただの一兵士にすぎない。完全に駆逐するのにそう時間は掛からないだろう。
この街に残った強敵はもはやギズミィを残すのみ。彼女を倒せば街での戦いは終了と言っても過言ではない。二人はすっかり観戦モードに入っていた。
他の仲間の手伝いに行かないのか、と疑問に思う者もいるかもしれない。しかし、もしアポローネスが破れるようなことがあればギズミィが野放しになってしまうのだ。ドルファ四天王レベルの怪物が街で暴れれば壊滅的な被害を出すことになる。したがって二人はこの場から動くことが出来ないのであった。
「手を貸して差し上げましょうか?」
「それともそのままくたばっちまうかァ?」
「余計なマネをするな。こいつは私の獲物だ!」
追い詰められたアポローネスを見かねた彼らが助け船を出そうと武器を抜く。手出し無用。あくまで一騎討ちの勝負を望む彼は二人を睨み付けた。
「てめえがくたばろうが知ったこっちゃねえがこれだけは言わせてもらうぜェ。どっからどう見ても一人で勝てる相手じゃねえだろォ。実力以前に相性が悪すぎんだよ。バカかァ?」
「それが本当に余計なら言わないのだけれど。ザンクの言う通りですわ。あなた、最悪死にますわよ」
別にマリアノは野次を飛ばしている訳ではない。冷静に戦力を見極めた結果だ。アポローネスがバリアを破るのは不可能で、ギズミィの遠距離攻撃を防ぐのも不可能。ただ一方的にダメージを受け続けるだけ。これでどうやって彼が勝てるというのだ。
アポローネスがギズミィを倒すには自分たちの協力が必要不可欠になるだろう。一人で戦うのはあまりに無謀。今のアポローネスは勝てない相手にただ意地を張っているだけだ。
「断る」
それでもアポローネスは首を振る。彼はフェンサーである前に誇り高き武人だ。例え己が圧倒的に不利な状況であろうと二人を頼ったりはしない。自分から他人へ手助けすることはあっても、他人から自分への手助けをしてもらう気など毛頭ないのだ。
ファングたちと共に戦うことになってからもその意志は変わらない。彼はオルフェノクやモンスターとの戦闘でも目の前の敵を挑発するような行動をとって自分を率先して標的にさせる。誰かを盾にするくらいなら自分が盾になる。それはアポローネスの誇りの高さの証明だ。
「・・・・・・勝手にしやがれェ。もう一度言うが俺はてめえがくたばろうが知ったこっちゃねえ。くたばったら俺がそこの妖聖をぶっ殺すだけだ」
「ふ、言ってくれるではないか」
「おお、怖い怖い。まるで猛犬のようじゃな。心配せずともそこの男を殺したら次はお主の番じゃ。お主にはギャザーがああなった責任の一端がある。楽に死ねると思わぬことじゃな」
「はあっ? ギャザーって誰だァ?」
「今回の黒幕、かしら」
聞き覚えのない名前にザンクは怪訝な表情を浮かべる。知らないのも無理はない。今回の騒動について彼は詳細な情報を得ていなかった。ここにいるのもドルファから緊急事態が起きたと呼び出されたからだ。しばらく都市ゼルウィンズを離れていた彼は何がなんだか本当に分からなかった。マリアノだって全容を把握している訳ではない。この場で事態をきちんと理解出来ているのはアポローネスだけだ。
「てめえは何か知ってんのか、アポローネス?」
「ああ、全てな。・・・・・・この女との決着を着けたら教えてやる。だから黙って見ていろ」
「ち、だったらとっととケリをつけろ」
「ふ、言われなくても分かっている。さっさと終わらしてやろうではないか」
アポローネスは退屈そうに頭を掻くザンクにニヤリと笑う。何か秘策でもあるのか。あそこまで苦戦していたギズミィを撃破するなんて不可能だ。ここまでアポローネスの敗戦が濃厚と見ていたマリアノは彼がどうやってギズミィと戦うのか気になった。
「ほう、どうやって私を倒すつもりだ。敵の私が言うのもなんなのじゃが大人しく奴らと協力した方が良いのではないか? ここまで十分にお主の実力は見させてもらった。だがやはりお主は一介の人間にすぎん。どう考えても私に勝つのは不可能だ」
「私を見くびるな。ただの人間だと思うなよ」
「なら私をただの妖聖だと思わぬことじゃな」
ギズミィが不敵に笑う。何をする気だ。アポローネスは身構える。その瞬間彼は宙を舞った。何らかの攻撃に吹き飛ばされたようだ。目視出来なかった。どんな攻撃を受けたのかまったく分からない。腹に走った激しい痛みに彼は顔を歪める。
「ぐおっ・・・・・・!」
「ふむ、確かにただのフェンサーではないようだな。そのまま腹に穴を空ける気だったのだが・・・・・・。耐えるとは予想外だ」
ギズミィは膝をついたアポローネスを見下ろす。耐久力がとにかく高い男だ。フェンサーとしてはまだまだ未熟だが剣と受け身や防御の技術は既に完成されている。腐っても彼はドルファ四天王のようだ。
「・・・・・・その程度の攻撃で私を貫けると思うなよ」
アポローネスはギズミィを睨む。黒い魔法の玉。彼女の両の掌に浮かび上がったそれが先ほどの攻撃の正体だ。あの黒い玉が砲弾のようにアポローネスを襲ったのだろう。頑強なフューリーフォームの鎧に包まれていなかったら本当に腹に穴が空いていた。強がってはいるがこのまま戦っても勝ち目はない。
「やはりあれを使うしかないか」
この状況を打開するには『あの力』を使う以外の方法はない。アポローネスはフューリーフォームを解除した。
「なんじゃ負けを認める気になったのか? 今さら降参してもお主を見逃す気はないぞ」
「誰が負けを認めたりするものか。ここから本気を出すだけだ」
「・・・・・・ほお、つまり今までのは手加減をしていたと。お主はそう言いたいのか」
ギズミィの目付きが鋭い物に変わる。ここまでの戦いで分かっているだろうが彼女はライダーやドルファ四天王にも匹敵する強者だ。その強さに身合ったプライドも持ち合わせている。そんな彼女にとって実力を隠して戦われていた、その意味はあまりに大きい。愚弄されたも同然だ。
「無論だ。女や子ども相手に本気で戦う気などない。その気になれば貴様など一瞬で捻り潰してくれる」
「調子に乗るなよ。お主、まさかとは思わんが・・・・・・私を挑発しているのか」
「そうだと言ったらどうするんだ?」
アポローネスはニヤリと笑う。安っぽい挑発。これがファングや北崎なら同じような挑発で返しているだろう。しかし、プライドの高いギズミィは違う。強者である彼女にとって見下されるという行為は未知のものであり、そしてとても不快なものであった。
「・・・・・・不愉快じゃ、死ね」
不快感に顔を歪めたギズミィは黒い玉を放つ。
「ふ、どうした? 攻撃が単調になっているぞ」
アポローネスは咄嗟に剣を盾にしてそれを防いだ。来ると分かっているのなら受け止められない攻撃ではない。頭に血が上っていれば読めない軌道ではない。いけるぞ。これならまともに戦える。彼の挑発は実に見事に良い方向へと働いていた。
「私を舐めた罪、その命を持って償ってもらおうではないか」
「っ!」
そう思ったのも束の間。ギズミィの魔力がゴッと高まる音が鳴った。彼女の身体から紫色の光が溢れ出る。アポローネスが本気じゃないというのならギズミィもまた本気ではなかった。彼女の周りに数えきれないほどの無数の黒い玉が出現する。これほどの力をまだ隠し持っていたのか。アポローネスは内心で舌打ちした。ここまで増えたら単調な攻撃だろうとなんだろうと回避は不可能だ。
「ならば突撃するのみだ!」
アポローネスは剣を構えるとギズミィに向けて駆け出した。
「愚かな。この私を相手に一直線で突っ込むなど血迷ったか! 死ぬがよい!」
ギズミィの出現させた黒い玉が一斉にアポローネスに向っていく。四方八方。ありとあらゆる方向から放たれた攻撃から逃れる術はない。彼は暗黒の竜巻に曝される。肉片すら残さず塵になってしまえ。ギズミィは暗い笑みを浮かべる。
「・・・・・・一つ訂正しておくことがある」
「な、なんじゃと!?」
闇の中から聞こえるアポローネスの声にギズミィは動揺する。バカな。あれをまともに喰らって生きている人間などいるはずがない。最大級の威力を持った魔法だ。バリアでも使えば話しは別だが少なくとも彼にはあれを防ぐ手段はない。彼女は瞠目した。
「私はただの人間ではない────」
暗黒の竜巻の向こうで何かが揺らめく。目を凝らすとそれが龍のような頭部を持った人間の人影だと言うことが分かる。いや、それを果たして人と称して良いのだろうか。・・・・・・なんだ、あれは。ギズミィの警戒心が高まる。アポローネスを飲み込んでいたはずの闇の魔力の暴風が人影に吸収されていく。
「────私の身体は、魂は剣そのものだ」
闇が晴れる。そこにいたのはアポローネスではない。黒い戦士だ。龍人のような顔。ライダーのようにスマートで、それでいて生物的な身体つき。その身に纏った鎧は深き闇を装甲にしたものだ。その手に握られた二本の小振りな剣は強大な魔力を秘めている。深淵漆黒の鎧。アポローネスが過去の世界で一度だけ使った強引に融合係数を高める禁断のフューリーフォームだ。
「終わらせるだけの力はありそうだな」
「そうね。アポローネスったらあんな隠し球を持っていたなんて知らなかったわ」
ザンクとマリアノはアポローネスの強化フューリーフォームに僅かばかりだが目を見開く。彼が変身したそれは同じく強化フューリーフォームを使っているはずの自分たちのものすら上回る。ギズミィを倒すと豪語するだけの力が今のアポローネスにはあった。
「そんな切り札を隠しておったのか・・・・・・!」
膨大に膨れ上がったアポローネスの魔力にギズミィが驚愕した。この姿になった彼はドラゴンオルフェノクとなった北崎ですら越える力を持っている。圧倒的な威圧感だ。例外を除けば最強のAランク妖聖である彼女ですら背筋が震え上がる。
「どうした、震えているぞ?」
「くっ、小癪なぁァ!」
ギズミィは黒い魔法の弾丸を放つ。先ほどの黒い玉よりも更に強い魔力が込められている。直撃すれば間違いなくアポローネスを貫く、はずだ。彼女は強い意志を込めてその魔法を放った。ゆっくりと近づく彼の胸にそれは直撃する。
「無駄だ。貴様の攻撃はもう私には通用しない」
確かに攻撃は直撃したはずだ。だがアポローネスは無傷だった。弾丸が触れた装甲から飛び散った火花がなければ直撃したことにすら気づかぬだろう。並大抵の攻撃ではなかったというのに何という装甲だ。ファングの必殺技すら防ぎ切っただけはある。防御力だけなら彼のフューリーフォームすら越えるかもしれない。
「そのセリフは私の全力を受け止めてから言うのだな!」
ギズミィは両手を頭上に掲げる。彼女の手の中に巨大な魔力が集まり出す。例えるならそれは闇そのもの。彼女にとってまごうことなき最強の魔法。アーティフィカルダーク。闇属性最大級の魔法だ。広範囲に及ぶその魔法はこの近辺一帯を消し飛ばす程の威力を秘めている。
「ザンク、今すぐフェアライズして私の盾になりなさい!」
「はァ!? ふざけんじゃねえ、無駄にデケェてめえが盾になれよォ!」
『言い争っている場合じゃないでしょ! あんたら逃げないと死ぬわよ!』
このまま近くにいたら不味い。ザンクたちは全速力でギズミィから離れる。あんなもの魔法ではない。もはや殲滅兵器のレベルだ。幸いなことにあの規模の魔法を発動するにはチャージまで少し時間が掛かる。超人的な身体能力を持ったフェンサーならその効果範囲から離脱するのは余裕だ。
「大変ですわ、ザンク。アポローネスが来てませんよ!」
「あァ? あいつ逃げねえのかよ。まさか、受け止める気なのか・・・・・・?」
安全地帯に移動した二人はアポローネスがいないことに気づく。振り返えれば彼はギズミィの前で静かに仁王立ちをしていた。いくら今までよりも遥かに頑丈な鎧を纏っていると言ってもタダでは済まないだろう。
「さっさとトドメを刺せば良いものを。律儀に攻撃を待っている男など初めて見たぞ」
「ふ、貴様の攻撃は効かぬと証明するには受け止めなければならないのだろう?」
「・・・・・・面白い。ならば証明してみせろ」
ギズミィはアーティフィカルダークを放った。アポローネスの身体をとてつもない破壊力を秘めた闇が飲み込む。彼を中心に激しい爆発が巻き起こる。
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
遠く離れていたはずの二人までその余波に大きく身体を 揺さぶられる。やはり今までの魔法の比ではない。流石に自分たちもこれを喰らっていたら死んでいたかもしれない。たった一人を殺すためにこんな大規模な破壊をするなんて恐ろしい妖聖だ。
(ふ、私も所詮はただの妖聖だったのか)
戦慄する二人とは裏腹にギズミィは自嘲げな笑みを浮かべた。たった一人を殺すためにこれほどの魔法を放ったことを後悔しているのか。いや、違う。己の無力さを嘆いたのだ。
「・・・・・・もう一度言おう。貴様の攻撃は私には通用しない」
そのたった一人すら殺せていないのだから。アポローネスはアーティフィカルダークをその身に受けながらも無傷だった。どれだけ固いんだ。今のは流石にファングや北崎でも直撃すれば無事では済まなかった。ギズミィも彼を倒せる確信があったからこの魔法を発動したのだ。それなのにアポローネスには一切のダメージがない。
「見事じゃ。お主の勝ちだ、斬れ」
完敗だ。自分の放てる最強の攻撃すら防がれてしまった。こうなってしまったらもはやギズミィがアポローネスに勝つ手段はない。剣を構えた彼を前に彼女は静かに目を閉じる。
「言われなくても斬らしてもらう。だが、その前に一つ聞かせてもらうぞ」
「・・・・・・なんじゃ」
「貴様ほどの実力者が何故ギャザーに従う? この戦いは貴様に、いや妖聖にとってあまりに無意味だ」
アポローネスは疑問に思っていた。今回の戦いは妖聖にとってメリットがない。仮にギャザーが理想とする世界を作ったとしよう。確かに人間という邪魔な存在がいなくなれば妖聖は自由に生きられるようにはなる。だが果たして彼らにとってその世界は本当に幸せなのだろうか。
妖聖は高い知能を持ち、人間に近しい存在だ。人々が作った文明の恩恵に彼らもまた依存していた。人のように食事をし、人のように屋根の下で眠る。そんな彼らから人間の作った文化を奪ったらどうなるだろうか。セグロのように魔物の姿を模した妖聖ならともかく人間に限りなく近い妖聖がいきなり原始時代に遡って生きていけるとは思えない。どう考えても現実的ではなかった。
「他の奴らのことは知らん。私はただ退屈だったからギャザーに協力しただけじゃ」
「退屈、だと? まさか貴様はそれだけで世界を滅ぼすつもりだったのか?」
「それだけだと? ふざけたことを言うでないわ。刹那の時を生きる人間に悠久の時を生きている私の心が分かってたまるものか」
ギズミィがギャザーと手を組んだのは己の退屈を解消するためだ。気が遠くなるほど生きてきた彼女にとって流れる時ほど虚しいものはない。空虚な退屈に支配された彼女はもはや文明も自由もどうでも良かった。そんなもの求めていたのなんて二百年くらい過去だ。今の彼女が求めるものは己の欲を満たしてくれる刺激のみ。そんな彼女にとって人間に全面戦争を仕掛ける戦いはかつてないほどに刺激的だった。
「・・・・・・ふざけているのは貴様ではないか。貴様が数百年、あるいは数千年退屈している間に人々はこの世界を作り上げたのだ。争いながらも共に支えあってな。その間、貴様は何をしていた? 何もしていないのだろう」
「なにが言いたい?」
「己の怠惰にただ身を委ねていてはどんなに優れた魂とて錆び付いてしまうということだ。貴様は随分と錆び付いてしまったようだな。・・・・・・長い時を生きる貴様なら人には出来ないことが山ほどあったはず。刹那の時を生きる人間が世界を作り上げたんだ。悠久の時を生きる貴様ならなんだって出来るはずさ。世界を変えることだって不可能ではない」
「・・・・・・世界を、変える?」
「ああ。お前は世界を変えるほどの力を持っているではないか」
ギズミィはその言葉を胸の内で反芻する。そうだ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろう。退屈なら自分が面白くすれば良いだけではないか。思うように望んだ世界を作る力が自分にはあったんだ。
ああ、なんで私は退屈なんてしていたのだろうか。こんなにも面白そうな暇つぶしがあったというのに。ギズミィは後悔した。だが幸いなことに時間は山ほどある。今からでも遅くはない。もう一度やり直してみよう。彼女はそう思った。
「少しは良い面構えになったではないか。次に目覚める時はその力を正しいことに使うのだな」
アポローネスはギズミィに剣を向ける。
「ふ、人間よ。お主らも間違わぬことだな。今回は間違っていたが次は人間を滅ぼすことこそが本当に正しい選択になるかもしれんぞ」
「かもしれんな。私から見ても人間はどうしようもない程に傲慢で愚かだ。・・・・・・だが人が過ちを犯したのならそれを正すべきなのもまた人だ。お前たちが手を出す必要はない」
「それを今ここで私を斬ろうとしている人間が言えた立場なのか?」
人間を裁くのが人間ならば、妖聖を裁くのは妖聖でなくてはならない。アポローネスの矛盾した発言にギズミィは皮肉的な笑みを浮かべた。それでも彼が意に介した様子はない。間違ったことは言ってないはずだ。何故反応しない。ギズミィは怪訝な表情を浮かべる。
「忘れるな、私はただの人間ではない。フェンサーだ。人間としてではなく妖聖と共に戦うフェンサーとして貴様を斬らしてもらう」
『グルルル!』
「・・・・・・これは一杯喰わされたわ」
アポローネスはギズミィに剣を振り下ろした。切り傷のついた彼女の胸から何かが溢れ出す。真っ赤な鮮血ではなく、紫色に輝く光。アポローネスはその光にそっと触れた。暖かな力を感じる。これがギャザーから妖聖たちに与えられた魔力なのだろう。魔力によって光輝くギズミィは神秘的な美しさを醸し出していた。
「気を付けるのだぞ。我らが単独で活動出来るのはギャザーに力を与えられたからじゃ。あやつは妖聖が減れば減るほどに力を取り戻していく。以前より遥かに強い。私を倒したお主ですら軽々と捻り潰されるだろう。あの中で一番強そうだった宝石の若造でも勝てるかどうか」
とんでもない強さを誇っているギャザーがまだ本来の実力を発揮していなかった。衝撃の事実が明らかになる。それでもアポローネスは相変わらず意に介した様子はなかった。例えギャザーがまだ真の実力を見せていなかったとしても彼は恐れたりはしない。
「心配いらん。聖域にはおそらく私に勝った男がいる。奴ならSランク妖聖だろうと神々であろうと倒してみせるさ」
ギャザーよりも強い男を知っているのだから。ギズミィは僅かに呆気にとられる。だがすぐに口元に笑みを浮かべた。自分に勝ったアポローネスがそう言っているのだ。その彼に勝った男ならきっとギャザーを倒すことも不可能ではない気がしてくる。最もギャザーが倒される姿を想像出来るかと聞かれればそれを断じることも出来ないのだけど。
「武運を祈るぞ、人間よ。では、さらばだ」
だけど少しでも可能性があるのなら。ギズミィは人間の勝利を願うことにした。彼女はアポローネスにそう言い残すと静かに崩れ落ちる。魔力を失った彼女はフューリーに戻った。それと同時に彼もフェアライズアウトする。この形態はあまりにも負担が大きい。寿命が削れたような強い疲労にアポローネスは座り込んだ。
「終わったのかァ?」
「無事に決着はついたようね。それ、あの妖聖さんのフューリーなのでしょう?」
「ああ、私の勝ちだ」
戦いは終わった。様子を窺っていたザンクとマリアノがアポローネスの元にやってくる。とっくに逃げたと思っていたが近くでちゃんと見ていたのか。彼はフッと笑みを浮かべる。
「全てを話してもらうわよ」
「あの女が言ってたギャザーってヤロウが何の目的でこんな騒動を起こしたのか、それにこの俺がどう関係しているのかなァ」
「時間がないんだ。すぐに説明してやる」
アポローネスは今回の事件の顛末について二人に説明した。
◇
「────『フェアライズ!』」
ファングの身体を光が包み込む。
「変身完了!」
片耳片翼。機械仕掛けの鎧が彼の上半身を覆った。シャルマンは目を見開く。今のファングでは絶対に出来るはずがないフェンサーの能力を行使したからだ。フェンサーと妖聖が一体となった証────フューリーフォーム。この絶望的な状況下で彼は奇跡の変身をしたのだ。驚愕しないはずがない。
「へへっ、これで俺も戦えるぞ」
ファングは不敵に笑う。これまで何度も味わって来た膨大な力に比べればこのフューリーフォームの力はあまりにも小さい。纏っている鎧だって一番最初の灼熱深紅の鎧よりも遥かに簡素で頼りのないものだ。だが不思議と恐怖はなかった。自分にはまだ戦う力がある。ティアラを守ることが出来る。それだけで胸の内から力が溢れ出て来るのだから。
「バカな! アリンさんもいない君がどうやってフューリーフォームに・・・・・・!?」
「俺の傍にいる妖聖はアリンだけじゃない。相棒はあいつだけだけどな。ブレイズとキョーコだって妖聖で俺の仲間だ。フェアライズしたっておかしくはないだろ?」
今までもアリンを介してだがブレイズたちと融合したことは何度もあった。彼女がいなくともフューリーフォームになれる可能性はゼロではない。ファングはその可能性に賭けたのだ。そして賭けは見事に成功した。だから彼はこうして妖聖と融合した証明である鎧を纏っている。そこにおかしいことなんて何もない。
「おかしいんですよ。本来、フューリーフォームはフェンサーと妖聖の魂が繋がってる証なんです。仲間の妖聖だから。それだけでそんな簡単にフューリーフォームになれたりはしない」
だからといって理論的に考えれば何もかもが無茶苦茶なのだが。それは三つのフューリーと合体した時から言われていることだ。今に始まった話ではない。
「ごちゃごちゃとうるせえんだよ、めんどくせえ。だったら何で俺がフェアライズ出来たのか説明してみろよ」
「・・・・・・なんだって良い。所詮は低級妖聖の寄せ集め。僕の勝利は揺るぎないものだ!」
予想外の事態にシャルマンは動揺を隠せない。それでも急場凌ぎのフューリーフォームに比べたら自分のものの方が遥かに優れているはずだ。彼は勢いよく接近するとファングに袈裟斬りを放つ。目にも見えぬ高速の一振り。優れた実力を誇る剣士であっても人間である内は絶対に目で追うことの出来ない斬撃だ。
「どうした、寄せ集めじゃねえのか?」
斬撃はファングの召喚した片刃の剣に難なく受け止められた。少なくとも普通の人間よりは感覚器官が強化されているらしい。戦力を分析するために多少は加減をしていたが自分の剣を見極められている。スペック差を考慮してもやはりファングは油断ならない相手だ。シャルマンは敵意をより強めた。
「見せてやるよ。これが寄せ集めの力だ!」
今度はファングが攻撃に打って出る。真っ直ぐに振り抜かれた剣。不規則な軌道で放たれたその斬撃は先ほどのシャルマンのものより速い。
向こうが受け止めたならこちらも同じように受け止めるまでだ。シャルマンは斬撃を剣を横に向け受け止める。
「これが寄せ集めの力ですか?」
「・・・・・・やっぱそう上手くはいかねえか」
全力で放った一撃をあっさり防がれた。態勢を崩すつもりだったのだが。ファングは舌打ちする。力で押しきれそうにない。同じフューリーフォームでもパートナーとそれ以外ではかなりのスペック差があるようだ。正攻法で挑むのでは勝てる可能性は限りなく低いだろう。
「なら・・・・・・燃えろ!」
『ちゃっか!』
「っ!」
ならば搦め手を使って挑むのみだ。ファングは鍔迫り合いになっていた剣に魔力を込める。まるでフルスロットルでアクセルを踏み込んだかのように刀身が激しく燃え上がった。獲物を狙う蛇のように放物線を描いた炎がシャルマンに襲いかかる。彼は僅かに目を見開くと後ろに跳んだ。
「今のは少し予想外でした。そんな器用な芸当が出来るなんて思ってもいませんでしたよ」
シャルマンは肩に視線を向ける。完璧に避けたと思ったが僅かに炎が掠めていたらしい。装甲を突き抜けて彼の真っ白なコートが焼けていた。火傷を負った彼は挑発的に笑いながらも少しだけ苦悶の表情を浮かべる。
「俺様は天才なんだ。その気になれば魔法だって余裕で使えるぜ」
「魔法しか使えないの間違いでしょう? 今の攻撃が必殺技なら僕は敗北してましたよ。でもこれはただの攻撃魔法ですよね」
「嫌味な奴だな、お前」
ファングは吐き捨てるように言った。頑強な鎧に包まれていても防いでくれるのは物理的な攻撃だけ。魔力を使った攻撃までは防ぐことが出来ない。牢屋でのアポローネスとの戦いで彼はそれを学んでいる。フェンサー同士の戦いで鍵を握るのは魔力を使った攻撃なのだ。所謂必殺技や魔法である。
今まではアリンの力で必殺技が使えていたからあまり得意ではない魔法は必要なかった。だが彼女のいない今となってはシャルマンに有効的なダメージを与えるのは炎の魔力を纏ったこの剣しかない。
「どうやらフューリーフォームに変身しただけでフェンサーとしての能力は使えないみたいですね」
「っ!」
気づかれてしまった。ファングは内心で舌打ちする。パートナー以外の妖聖と融合したこのフューリーフォームはあくまで鎧を纏っただけのものでフェンサーとしての技や能力は使えない。片方しかない翼がその証明だ。今までの鎧と違ってファングは飛ぶことが出来ない。そこには身体を守るという本来の鎧としての機能しかないのだ。
「・・・・・・だからなんだって言うんだよ」
「決まってるじゃないですか」
シャルマンは嗤う。ファングは背筋にぞくりとした寒気を感じた。
「今度こそ僕の勝利が決まったんですよ」
『attack effect サンライトスラッシュ』
「うっ!」
太陽のような輝きを放つ剣がファングに襲いかかる。眩しい。だが戦闘中に決して目を閉じてはならない。優れた剣士に一瞬でも隙を見せれば付け込まれてしまう。そう頭で理解しているはずなのに彼はあまりの眩しさに目を伏せる。次の瞬間、無数の斬撃が怒濤の勢いでファングを斬りつけていく。
「ぐおっ!」
「むっ、仕留めそこないましたか」
ファングの身体から鮮やかな血が噴き出す。咄嗟に胸と首を庇ったことで急所への致命傷は避けられたが全身に傷を負ってしまった。激しい痛みの走った足に彼は苦悶の表情を浮かべる。見れば太腿の付け根からだらだらと血が流れていた。これでは立つことも儘ならない。ファングはぐらりと片膝をつく。
「ファングさん!」
「来るな、ティアラ!」
急いで傷を治療しなくては。ティアラはファングに駆け寄ろうとする。ダメだ。こっちに近づいてはいけない。シャルマンの狙いは自分ではない。間違いなく彼女だ。このままティアラを彼の前に立たせてはいけない。痛みを堪えてファングは叫んだ。
「俺は大丈夫だ。だから離れてろ」
「で、ですがその傷では・・・・・・!」
「へへっ! これくらいハンデだ、ハンデ。へなちょこフューリーフォームを相手にするにはちょうど良いんだよ」
それが強がりなのは誰がどう見ても明らかだった。満身創痍の状態で自分よりも強い相手に勝てるはずがない。無理やり立ち上がろうとするファングを守るようにティアラは彼の前に立つ。
「何時も守られているんです。たまには守らせてくださいまし」
「無理すんじゃねえよ。お前、さっき殺されそうになってたんだぞ」
「今殺されそうなのはあなたではないですか」
このまま黙って見ている訳にはいかない。ティアラは薙刀をシャルマンに向けて構える。その手はカタカタと震えていた。強がりなのはどうやらファングだけではないようだ。
「心配しなくてもお二人とも仲良く殺して差し上げますよ」
「それはお断りしますと先ほども言ったはずですわ!」
シャルマンの斬撃をティアラは防御する。
「・・・・・・やはりティアラさんは僕を拒絶するのですね」
「当たり前ですわ。どうして私があなたを受け入れなくてはならないのです? 私を殺そうとするあなたを!」
鍔迫り合いになりながらもティアラはシャルマンを睨み付ける。
「過去の世界では、僕を受け入れてくれたじゃないですか!」
「きゃあっ!」
怒りに任せた一振りがティアラの身体を吹き飛ばす。やはり彼女ではシャルマンの相手をするのは厳しい。向こうは何があっても彼女を殺すつもりなのだ。そこに込められた執念はシャルマンを激情の修羅へと変えるほどのもの。優しき少女であるティアラが戦うには荷が重すぎる相手だった。体勢の崩れた彼女にシャルマンが斬りかかる。
「・・・・・・今なんて言った?」
「っ!?」
とても動ける足の傷ではないはずなのにファングは立ち上がってシャルマンの剣を阻んだ。流石の彼でも手負いの状態で割って入るのに無理がある。勝敗は決まったも同然。先にトドメを刺してやろう。ニヤリと笑うシャルマンに鋭い殺気が突き刺さる。彼の気配が変わった。並々ならぬナニかを感じたシャルマンは後ろに飛び退く。
「お前がティアラを殺したのか?」
ファングはシャルマンの着地点に素早く回り込む。振り上げられた剣を彼は慌てて防御した。強い力が込められていたのかシャルマンは吹き飛ばされる。今のが直撃したらタダでは済まなかった。クルリと着地した彼は冷や汗を流す。今までとは明らかに攻撃の質が違う。
「・・・・・・そうだと言ったら?」
「殺す」
短い返答。その言葉が示す意味はあまりに大きい。シャルマンは今まで誰も殺そうとしなかったファングに殺意を持たせてしまったのだ。誰も見たことがない殺意に満ちた彼の姿がそこにはあった。シャルマンは僅かに後退る。本気どころでは済まない。今のファングは超本気だった。
「くっ!」
ファングの目にも止まらぬ高速の剣舞にシャルマンは翻弄される。腕を、足を、胸を、一点に集中することなく不規則に放たれる斬撃は予想することが出来ない。先ほどまでのシャルマンの優勢が嘘のようだ。己を傷つけられた意趣返しとばかりにファングは彼の身体を斬りつけていく。
「どうしてティアラを殺したんだよ?」
悲しみ、怒り、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が込められたファングの冷たい目がシャルマンを睨み付ける。怪しいとは思っていた。ティアラの死ぬ直前まで傍にいた彼が行方を眩ましていたのだ。疑わない方が無理がある。だからこうなることは予想出来たはずだ。にも関わらず疑惑が確信に変わっただけで強い怒りがファングの内から沸き上がってくる。この男を、ティアラの命を奪ったシャルマンを殺してしまいたい。どうしようもない殺意に彼は支配されていた。
「世界を守るためだ。ティアラさんがいれば世界はいずれ闇に染まり、そして滅んでしまう」
ファングが殺意に支配されるのならシャルマンは屈折した正義感に囚われていた。全ては世界平和のために。バーナードやティアラのような存在がいる限りこの世から悪がなくなることはない。悪は一つ残らず消す。過去に何があったのかは分からないが何がなんでも悪のない世界を作るという強い執念がシャルマンにはあった。そのためなら彼は仲間であろうと殺す覚悟を持っているのだ。その想いの強さは激情に囚われたファングにも匹敵する。
「だから僕はティアラさんを殺す。世界を守るために!」
客観的に見ればシャルマンの選択は正しい。一人の人間のためだけに世界を捨てて良いはずがないのだ。世界を守るためなら大切な人間だろうと犠牲に出来る。それは普通の人間には絶対に出来ない選択。英雄と称えてもいいレベルの行動だ。それしか本当に手段がない場合なら、だが。
「・・・・・・俺はティアラを守るために戦わせてもらうぜ」
客観的に見たらファングの選択は正しくはない。世界を犠牲にしてまで生き残る価値のある人間なんてこの世にはいない。ティアラが本当に世界を滅ぼす存在なのだとしたらシャルマンの考えこそが正しい判断なのだ。ファングだってそれは少なからず理解している。だが彼は大切な人を犠牲にしてまで生きていくつもりなんてなかった。大切な人たちと生きていく。そのためなら世界を敵に回したってファングは構わない。その覚悟を間違ってると断じることが出来る者は果たしているのだろうか。
「良いでしょう。僕とファングくん、世界とティアラさん。どちらの選択が正しいのか剣で決着をつけましょう」
「・・・・・・やってやろうじゃねえか。絶対にティアラは殺させねえぞ」
ファングはシャルマンに果敢に斬りかかる。フェンサーである彼は自由自在に武器を変化出来る。その能力が使えないファングがシャルマンを相手にするには間髪入れずに連撃を繰り出すしかない。アリンと出会う前はそうやって戦っていた。フェンサーとその身一つで戦う場合一瞬の油断が命取りとなるのだ。
幸いなのはシャルマンが得意な武器がファングと同じく剣であったことだ。それ以外の武器で攻撃を仕掛けられても不意を打たれることはまずないだろう。これがティアラのように薙刀だったらファングは圧倒的に不利であった。
「鬱陶しいですねえ」
『attack effect ホーリーペネトレイター』
気をつけなければならないのはこの必殺技だけだ。ファングは後ろに飛び退くと正眼に剣を構える。シャルマンは無数の槍を背後に召喚すると彼に向けて射出した。一つ一つがモンスターを一撃で仕留める破壊力を秘めた必殺の槍だ。人間が喰らえば紙風船のように破裂するだろう。鎧を纏ってるとはいえ絶対に当たってはならない必殺技だ。ファングは槍の弾丸を剣で弾き飛ばしていく。
「槍にばかり気をとられていると足元をすくわれますよ!」
「なにっ!?」
いつの間にか背後に回り込んでいたシャルマンはファングに殴りかかる。まさか必殺技をブラフに直接殴りかかってくるとは。完全に予想外だ。容赦なく彼の拳を受けたファングは大きく吹き飛ばされる。フューリーフォームの力ならただの拳でも受けるダメージは大きい。彼の身体からバキリと何かが折れる音が鳴った。
「もらった!」
『attack effect アッパーストリーム』
うつ伏せに倒れたファングにシャルマンが飛びかかる。彼の拳が直撃した時にファングの腕から剣が離れた。またとないチャンスだ。シャルマンはその手にランチャーを召喚する。アッパーストリーム。彼が使う技の中でも最も威力のある必殺技。丸腰の彼にこの技を防ぐ手段はない。
「俺にはもう一本あるんだよ!」
「っ!」
本当に丸腰ならば、だが。ファングはその手に両刃の剣を召喚すると振り向きざまにシャルマンのランチャーを叩き落とす。矛先を失った銃口から光が溢れ出る。それはまるで光の暴風だ。とてつもない破壊力を秘めたエネルギーの雨が降り注ぐ。誰を狙った訳でもなく無差別的に降り注ぐ。こんな中で戦闘など出来ない。ファングとシャルマンは全速力でランチャーの射程から離脱する。
「今度は俺の番だ」
「くっ!」
うってかわって圧倒的に有利になったファングがシャルマンに剣を振り下ろす。これ以上のダメージを喰らえば形態を維持出来ない。彼は懸命にファングの斬撃を避けていく。
「このままでは・・・・・・!」
「うおっ!」
何としてでも不利なこの状況を打開しなくては。シャルマンは勢いよく機械翼を噴射させるとタックルを繰り出した。彼の肩が腹に突き刺さったファングは僅かによろめく。チャンスだ。シャルマンはその勢いのままに剣へと手を伸ばした。
「もう容赦しませんよ!」
『attack effect グリントエッジ』
「くっ!」
再び剣を手に取ったことで形勢が逆転する。シャルマンは空を飛ぶと燕のようにファングを宙から攻め立てる。飛べない彼に空中からの攻撃を防ぐ手立てはない。ただただ一方的にファングはシャルマンの剣をその身に喰らっていく。
「ふ、ここまでのようですね」
崩れ落ちたファングにシャルマンは勝利を確信する。彼はその手の平に濃密な魔力を集め出す。限界を超えた必殺技────リミットアタック。己の魂すら削りかねない鎧を纏っている時のみ使える最強の攻撃。シャルマンは強力なモンスターすら軽々と葬るそれをファングに向けて放とうとする。一人の人間に対して使うにはあまりに強大な一撃だ。
『ファング、立て! 立たねば死ぬぞ!』
『だいじょうぶ! ファングはまだほんとうのちからをだしてないだけ! きみならかてる、かてるよ!』
「分かってる。こんなところで負けてたまるかよ・・・・・・!」
逆に言えばここまでやらないと彼を殺すことは不可能とも考えられるのだが。ともかくファングはこのままシャルマンの必殺技を喰らえば死ぬ。何とか回避しなくては。彼はシャルマンを睨み付けると痛む身体に鞭を打って強引に立ち上がった。
「何度立ち上がろうとしても無駄だ。世界を平和にするその日まで僕は絶対に負けたりしない。過去の世界で誓ったんだ。僕は今度こそ世界を守ると! 邪神のいない、悪なき世界を作ると! そのためならかつて愛した女性だろうと僕は殺してみせる!」
「うるせえな! てめえはただ諦めただけだろうが!」
ファングは怒りに顔を染める。シャルマンの言いたいことも少しは分かる。世界は確かに守らなくてはいけないものだ。彼にだって世界を守りたいという気持ちはあった。だが大切な人を殺してまで作り上げる悪なき世界に何の意味がある。どう考えても無意味である。誰もがみな心の中に悪を宿しているのだ。ティアラ一人でそれが変わるとは思えない。
どんなに優しい心を持っていても人は一瞬で悪になってしまう。ちょうど今回の騒動の黒幕であるギャザーや人類を滅ぼそうとしたかつての木場勇治のように。少しでも道を踏み外せば人は簡単に悪になってしまうのだ。
でもだからこそ誰にだってやり直すチャンスはある。逆もまた然り。善が悪になるのが一瞬ならば悪が善になるのもまた一瞬なのだから。
「僕が諦めただと?」
「ああ、そうだ。ティアラは諦めなかったぞ。世界中の人の幸せを願っていた。悪人だって救おうとしてたんだ! お前は諦めたんだよ。悪人を救うことも、ティアラを救うこともな!」
「・・・・・・それしか選ぶ道はないんですよ」
「どうしてそんなことが分かる? くだらねえんだよ! 世界を救うためだのなんだのって! 確かに世界は大切だよ! でもなあ、本当に大切な人なら────」
ティアラを殺させたりなどするものか。今度こそ絶対に守ると誓ったのだ。彼女の命を、彼女の夢を。だからファングは絶対にシャルマンに負ける訳にはいかない。目の前にいる大切な人を救うことすら諦めた男に負ける訳にはいかなかった。
「────世界とだって天秤にかけて良い訳ねえだろ!」
ファングは力の限り叫んだ。
────行くわよ、ファング!
「・・・・・・えっ、アリンさん?」
その時、ティアラが背負ったアリンの剣が僅かに光輝いた。彼の意思に呼応したかのように。
「俺はティアラも世界も諦めねえぞ。どんなに絶望的だろうと足掻いて足掻いて足掻き続けて両方とも救ってみせる!」
ファングの鎧が灼熱の業火に包まれる。足りない片翼を補うように翼を形づくる。やがて炎が収まるとそれまで身に纏っていた彼の鎧が黄金に輝いていた。黄金のフューリーフォーム、この姿こそがキョーコの言っていた本来の力なのだろう。ファングは片耳両翼の鎧をその身に纏った。
「なっ!? フューリーフォームが進化した!?」
シャルマンは目を見開く。満身創痍で必殺技すら使えないファング。逆転なんて万が一にもあり得ない。もはや彼の敗北は決まったようなものだった。だがその万が一が起きたのだ。フューリーフォームの変化。この土壇場で起きた奇跡を前に驚愕せざるを得なかった。
「まだだ。まだ終わった訳じゃない。邪神の誘惑に負ける訳にはいかない。僕は平和な世界を作らなくてはならないんだ!」
『limit attack サンライトフレア』
例え姿が変わっていてもこちらが優勢なのには変わりない。このまま必殺技で押し切る。シャルマンはファングに向けて己が持つ最強の必殺技『サンライトフレア』を放つ。ありとあらゆる魔を滅する光が雷と成ってファングに降り注ぐ。流石に最強と呼ばれるだけのことはある。その威力は絶大だ。喰らえば今のファングでは一溜まりもない。
「いくぞ、お前ら!」
『ああ!』
『うん!』
ファングは翼を広げると宙へと舞い上がる。当たらなければどうってことはない。どんなに強力な攻撃も避ければ良いだけだ。彼は不死鳥のように鮮やかな炎の翼を自在に操り、光の雷を回避していく。包囲網のように雷に囲まれていても当たる気はしない。身体が羽根のように軽い。胸の内から溢れ出る何処までも大きな力がファングを突き動かしていた。
「もう容赦しねえぞ!」
「くっ! それはこっちのセリフです!」
『attack effect サンライトスラッシュ』
急接近してきたファングをシャルマンは迎え撃つ。光を纏った剣で彼はファングに斬りかかる。魔力を纏った攻撃。先ほどまでのファングには防ぐ手立てはなかった。だが今は違う。彼は軽々とその剣を受け止める。もう必殺技は怖くない。この剣で相殺すれば良いだけだ。ファングが両手に持った二つの剣は強力な魔力によって激しく燃え上がっていた。魔力には魔力が一番だ。炎の魔力を纏ったファングの剣はシャルマンの剣の攻撃を防ぐ盾となっていた。
必殺技が脅威でなくなれば有利になるのはファングだ。二刀流となった彼は舞い踊るような剣技でシャルマンを追い詰めていく。元々実力では本気を出したファングの方に分があったのだ。使える能力が対等になれば手数の多い彼がシャルマンを上回るのは当然のことである。無数の斬撃を浴びたシャルマンは大きなダメージを負う。
「ならば・・・・・・!」
これ以上斬られる訳にはいかない。シャルマンは高々と飛び上がった。普通の必殺技が効かないのならもう一度あの最強の必殺技を使えば良いだけだ。だがファングも彼が何をしようとしているのか気づいていた。そうはさせるか。彼は追随するように翼を広げる。
「くらえ!」
『limit attac『させねえよ!』』
「ぐあっ!」
高速で飛翔したファングの剣がシャルマンの腹に直撃した。激しい衝撃で落下する彼をファングは更に追撃する。空中で一回転しながら急降下するとシャルマンの背中に斬撃を叩き込んだ。彼は地面に強く背中を打ち付け、フューリーフォームを強制的に解除させられる。元々ほぼ限界だったシャルマンは全身に電流が流れたような激痛に顔を歪めた。とてもではないがもう身体は動きそうにない。
「今度こそ勝負あったな」
立ち上がろうとしたシャルマンの首にファングは剣を向けた。ここまでか。もはや打つ手は何もない。彼は肩を竦めた。
「・・・・・・酷いじゃないですか。当たり所が悪かったら僕は死んでましたよ」
『当たり所が悪かったからお前は生きているのだ』
「・・・・・・はは。僕は少し君たちを怒らせすぎたみたいですね」
『気づくのが遅すぎたな。あの時、素直に負けを認めていれば良かったものを』
ブレイズの冷たい声にシャルマンは苦笑を浮かべた。
「うおおおおおおおおおお!」
ファングは剣をシャルマンに向けて振りかぶった。
「────ファングさん、ダメです!」
ティアラの制止の声にファングはピタリと剣を止める。あと少しでもその制止が遅ければ彼はシャルマンにトドメを刺していただろう。彼の眼前で剣は止まっていた。
「どうして止めるんだ、ティアラ?」
「・・・・・・私はファングさんが誰かを殺す姿なんて見たくありませんわ」
「でも、こいつはお前を殺そうとしたんだぞ」
「それでもです。ファングさんの剣は人を殺すものではありませんわ。たくさんの人たちを守るものです!」
ティアラはファングに優しく微笑む。彼女の力強い瞳にファングはハッと目を見開く。そうだ。自分の剣は誰かを殺すためにあるのではない。誰がを守るためにあるのだ。このままシャルマンを斬ればその信念を曲げてしまうではないか。
でもシャルマンはティアラを殺した。いくら何でもこれはそう簡単には許せることではない。それに彼はオルフェノクとも手を組んでいる。このまま野放しにするのは危険だ。何をまた仕出かすか分かったものではない。やはり斬るべきなのではないのだろうか。
「ファングさん、私はここにいます。あなたの目の前でこうして生きていますわ」
「ティアラ・・・・・・」
「だからファングさんがシャルマンさんを斬る意味はないんですよ」
本来シャルマンに殺されるはずであったティアラが生きている。それはファングが過去の世界での悲劇を変えた何よりの証明だ。そう考えれば確かに彼を斬る意味はないのかもしれない。それでもやはりオルフェノクのことは脅威だ。
「それにシャルマンさんを斬ったところでオルフェノクが人を襲うのには変わりませんよ。むしろ彼を殺したことでオルフェノクに付け狙われる可能性のが高いでしょう。だからファングさんが無理をしてまでシャルマンさんを斬る意味はないんですよ」
「別に、俺は無理なんて・・・・・・!」
「してるじゃないですか。その手に持っている剣が無理をしている証拠ですわ」
証拠? ファングは剣を握っている手に視線を向ける。彼はキョーコの剣を逆さまに持ち返えていた。確かに無理をしていたようだ。仮にこのまま剣をシャルマンに振り下ろしたとしても、峰打ちでは彼を殺すことは出来ない。どんなに憎い相手でも結局ファングは無意識に殺すことを躊躇っていたようだ。
「・・・・・・ははっ、これじゃ確かに殺せねえよな」
「だから言ったじゃないですか」
苦笑を浮かべるとファングは剣を下ろす。やはりこの剣で人を殺すのは無理なようだ。ティアラの言っていた通り何かを守るためにファングの剣はあるのだから。どれだけ許せない相手であっても殺すためにあるのではない。
「おい、シャルマン。次はねえぞ。二度と俺たちの前に現れるな。オルフェノクたちにも伝えとけよ。まあ、何度来ても今日みたいに返り討ちにしてやるだけだけどな。そっちのが手間が省けるんだよ」
ファングは俯いているシャルマンを睨んだ。いくら斬るのを止めたからと言ってこのまま黙って見逃すつもりはない。少なからず彼のバックに存在するオルフェノクたちに牽制を入れておこう。リーダーの役割を担っているシャルマンが敗北したことを知れば彼らの士気にも影響が出るはずだ。そういう意味では彼を生かしている方がメリットは大きいだろう。
「・・・・・・何故です?」
「はあ?」
「僕は君たちを殺そうとしているんですよ! どうして僕を生かしておけるんですか!?」
シャルマンが顔を上げる。彼の目は怒りと困惑に染まっていた。どうして斬らないんだ。理由はどうあれそれだけのことをしてきたというのに。ファングにとって何よりも守りたかったティアラを過去の世界で殺したのは自分だ。今の世界でも殺そうとしていた。それなのに何故彼は自分を生かしておけるのだ。
「お前が許せねえからだ」
「えっ?」
ならば何故斬らない。許せない男が目の前にいるのに。自分だったら大切な人を殺した相手がいたら間違いなく斬っている。
「お前は平和な世界のためにティアラを殺したんだろ。世界のためなら多少の犠牲は仕方ない。それは正しいのかもしれねえよ。手段を選んでる場合じゃねえからな。・・・・・・でも俺はそれが許せねえんだ。本当に世界を救うような英雄なら悪あがきだろうと何だろうと大切な人を犠牲にしないで済む道を探さないでどうすんだよ」
「そんなこと出来るはずがない!」
「出来るさ。俺は足掻き続けて本当に両方とも救った人を知っている」
ファングの脳裏に師の姿が浮かび上がる。世界と友。どちらかを犠牲にしなくてはならない絶望的な状況を覆した男を彼は知っている。最後まで諦めなかった英雄を知っているのだ。だからファングは諦めてしまったシャルマンがどうしても許せなかった。
「それが僕を生かすこととどう関係があるんです?」
「関係あるさ。俺がティアラを守るために誰かを殺しちまったらお前と同じになっちまうだろ」
「僕と同じに・・・・・・」
「お前をただの悪人にするつもりはねえよ。俺にとっては許せないことでもお前なりに悩んで世界を救う道を選んだんだろ。・・・・・・だけど俺はお前と同じ選択はしない。どっちかだけじゃない。ティアラも世界も両方救う。そう誓った。だから俺はお前を殺したりはしない。守りたいもののために誰かを犠牲にするお前とは違うって証明するためにな」
無言のシャルマンにファングはニヤリと笑う。気づけば彼の心の中で渦巻いていたシャルマンへの殺意は嘘のように消えていた。二度と現れるなと言ったがもしもまた彼と戦うようなことがあればもう一度仲間になれと誘うのも悪くない、そんなことを思いすらしていた。
「急ぎましょう、ファングさん。ギャザーさんが女神を復活させようとしています」
「ああ。じゃあな、シャルマン。掴まれ、ティアラ」
何時までもここに留まっている暇はない。今回の戦いにおいてシャルマンは敵の一人でしかない。まだ戦いは終わっていないのだ。ファングはティアラを抱き抱えると聖域に向けて飛び立った。
残されたのはシャルマンだけだ。
「両方とも救う、か。僕はそんなこと考えてすらなかったな」
シャルマンは自嘲げな笑みを浮かべた。世界を平和にするためなら誰であろうと斬る。全ては悪なき世界のために。その覚悟を持って今まで生きてきた。理想の世界を作るためならそれが正しいとすら思っていた。この考え自体が間違っていたのかもしれない。彼の胸中に後悔の念が渦巻いていた。
「ファングくん、君はティアラさんも世界も本当に両方救うつもりなんですか?」
それが出来たらどんなに素晴らしいことか。大切な人も世界も両方とも失わずに済むのだとしたらそれが理想だ。だがそんなことは出来るはずがない。ティアラという存在がある限り世界に平和が訪れることなど不可能だ。だからこそ自分は過去の世界で彼女を・・・・・・。
「いや、一つだけ方法がある────」
「────僕が死ねば良いんだ」
シャルマンは己の胸に剣を突き刺した。真っ赤な血がドバりと溢れ出て彼は静かに崩れ落ちる。シャルマンは墨汁のように真っ黒な闇に彩られた漆黒の世界に意識を飲み込まれた。彼は死んだ。
────そしてシャルマンは生まれ変わった
今回登場したファングのフューリーフォームはオリジナルではなく両方とも無印ゲーム版のものです。強さ的には最近の映画によくある仮面ライダージョーカーや超デットヒートドライブなど急ごしらえのライダーみたいなものです。どっちもカッコいいですよね、あれ。
これでようやくゲーム内で登場するファングのフューリーフォームが全回収出来ました。作品を書く前に決めていた一つの目的がまた一つ達成出来て嬉しい限りです。
前書きでも言ったように次回はもう少し早く投稿出来るようにがんばります。
・・・・・・ここまでやっておきながら唯一全ての必殺技を回収出来たのがシャルマンという事実にびっくりしています。せめてファングとティアラは全回収したいですね。