乾巧は四度目の生を生きる   作:北崎二代目

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ねぷねぷコネクトでカオス化したティアラがまた不良になっていて驚きました。コンパイルハートでは彼女の性格が変わる=不良になるという図式でも成り立っているのでしょうか。気になります。それにしてもあんな姿になったティアラがファングたちとどう絡んでいくのか今から楽しみですね。

あ、ちなみに公式ツイッターではハーラーさんがカオス化した姿を一足先に拝めるので皆さん是非ともフォローしましょう(ダイマ)


終わりはまだここではない、だから彼らは絶望しない

 巧と三原は夜のカヴァレ砂漠をバイクで疾走する。ファイズとデルタ。二人のライダーはフォトンストリームとブライトストリーム、紅と白の光を発し夜闇を照らしていた。

 

「くそ、すっかり暗くなっちまった」

 

 日の沈んだ砂漠は恐ろしい寒さだ。日中は服を着るのも億劫になる灼熱の炎天下も夜になれば空気も凍るような極寒の氷点下となる。通常の人間ではまともに活動するのは不可能だ。夜になるまでは生身でいた巧たちも堪らず全員変身していた。

 

「儀式までに何とか間に合うと良いんだけどな。エフォール、晴人たちがどうなっているか分かるか?」

 

 ファイズは空を飛んでいるエフォールに視線を向ける。長い間休憩していたおかげで彼女の体力は全快していた。エフォールは右目に装着された眼帯の機能を利用して遥か前方で繰り広げられている晴人たちの戦闘を覗き見る。相変わらず便利な眼帯だ。それにしても暗視に望遠鏡にレーダーとこれだけの機能を兼ね揃えた眼帯を作ってドルファは何をしたいのだろう。戦争でもするつもりなのか。巧は疑問に思った。

 

「ギャザーと晴人が戦ってる。ガルドは妖聖、ハーラーはバハスと戦っている、みたい」

「全員無事なのか?」

『無事、とは言えませんね・・・・・・! 晴人さんはともかくお二人、特にガルドさんがかなり追い込まれていますよ。早いところ増援に向かわないと不味いですね』

「・・・・・・おい、スピード上げるぞ」

「言われなくても分かってる」

 

 道中での妖聖との戦闘で疲弊しているガルド。そんな中で近接中心の彼が複数の敵と交戦するなんて無謀である。死にに行くようなものだ。急いで助けに向かわなくてはならない。ファイズとデルタは互いに頷くとバイクの走る速度を速めた。

 

「なに、あれ」

 

 急ごうと決めた矢先にエフォールが空中で停止した。このままだとはぐれてしまう。二人は慌ててバイクを止める。振り向くと彼女はぼんやりと空を見上げていた。いったい何を見ているのだろうか。

 

「どうした、エフォール?」

「こんなところで道草を食っている暇はないと思うけど・・・・・・」

「あれ、見て」

 

 エフォールの視線の先にはカヴァレ砂漠の聖域があった。聖域から天高く伸びる光は空に向かって一直線に突き進んでいる。確かにあの光はおかしいものだろう。普通のものではない。だがそれはさっきからずっと聖域にあったものだ。驚くほど何かが変わっているようにな見えないが・・・・・・。首を捻っている巧と三原にエフォールはもっと上だと言った。空を飛んでいるエフォールと地上を走る二人では見ている景色が違うのだ。彼らは視線を下から上へと上げる。

 

 そして二人は驚愕する。

 

「なんなんだよ、あれは!?」

「月、が割れようとしている?」

 

 月に亀裂が生じていたことに。いや、おかしい。巧は気づく。あれは月ではない。今宵は満月ではなく真月。月のない夜であるはずだ。本来なら月が存在することはありえない。ならあれは一体何なのだろう。縦長に丸い球体はまるで生物の繭のようにも見える。まさか何かが生まれようとでもしているのか。巨大な、ナニかが・・・・・・。気味の悪い想像をしてしまった巧はぞわりとした寒気を感じた。

 

「どうなってんだよ!?」

 

 世界滅亡の前触れとも思える異変に巧は大きく動揺する。いくら彼がライダーとして戦ってきたために超常的な現象に慣れているといっても限度がある。あまりに理解の追い付かない現象に彼は叫ばずにはいられない。

 

「落ち着けよ、乾。叫んだって何も変わらないだろ」

「あ、ああ。わりい」

 

 三原に肩を叩かれた巧は正気を取り戻す。確かにあまり状況は良くないのだろう。明らかな異変に恐怖を感じるのも仕方がない。だがここで立ち止まっている訳にも行かないのだ。

 

「・・・・・・ってなんでお前は落ち着いてんだよ」

「俺も成長したのさ」

「変わりすぎだろ」

 

 こんな時に真っ先に怯えるタイプの三原が冷静なことに巧は驚く。十年という時は長い。だがそれでも変わりすぎではないだろうか。良い意味でも悪い意味でも一般人代表だった今までの彼なら間違いなく家に帰りたがっている状況なのに。いや、むしろ元々が少し臆病すぎただけなのかもしれないのだけど。

 

「あの娘だってあんまり動じてないじゃないか」

「あいつは別だ。普通の子どもじゃねえ」

 

 バカにされた気がした三原はエフォールを指差す。彼女は光の繭の正体が気になるのか目付きを鋭くしてじっとそれを眺めていた。並の人間なら直視するだけでも精神的なダメージを負うであろうものをじっくりと眺めるとは流石はエフォールである。しかしながらどれだけ眺めていても繭の正体は掴めないのか彼女は首を傾げていた。

 

「どこが普通じゃないんだ?」

「・・・・・・よし、ここで怯えていたって仕方ねえよな。行くぞ、エフォール」

「うん。嫌な予感がするから急ごっ!」

 

 あれがなんなのか。それは聖域に向かえば分かることだ。巧たちは聖域に向かって再び走り出した。

 

「だからどこが普通じゃないんだよ!」

 

 元暗殺者なところだ、とは成長しても一般人代表の三原には口が裂けても言えなかった。

 

 ◇

 

 カヴァレ砂漠・聖域

 

 白銀の光と漆黒の闇が激しくぶつかり合う。何度も何度も、激突するだけで何かが爆発したような轟音が鳴り、とてつもない衝撃が発生する。信心深い者がこの光景を見れば天変地異が巻き起こったと発狂するだろう。だがこれは決して天変地異などではない。二人の男によって起こされた戦いだ。希望と絶望。それぞれの想いを背負った戦士。仮面ライダーウィザード・インフィニティースタイルと妖聖ギャザーがこの聖域にて戦いを繰り広げていた。

 

「中々やるやないか・・・・・・!」

 

 ギャザーは晴人を睨み付ける。何という強さだ。ウィザードの奥の手は想像も絶する力を秘めていた。どれだけ斬りつけようとも傷一つつかない鉄壁の鎧。鋼鉄をも切り裂くアックスカリバーの斬撃。そしてその手に装着されたインフィニティーリングを筆頭とした指輪から放たれる多彩な魔法。どれを取っても最強と呼べる代物だ。

 

 唯一魔力の総量こそギャザーに比べれば雲泥とも言える差があるが、インフィニティースタイルとなった彼には自動的に周囲の魔力を集めて半永久的に回復する能力があった。使えば使うだけ減っていくギャザーと違ってウィザードは湯水の如く魔法を使うことが出来る。最強の姿となったウィザードは神に最も近い妖聖であるはずのギャザーですら追い詰めていた。

 

「はあ・・・・・・はあ! お前こそ前より強くなったんじゃないか?」

 

 しかし、ウィザードは圧倒的に有利でありながらも苦戦を強いられていた。戦いが長引きすぎている。インフィニティースタイルはその絶大な力と引き替えに肉体に掛かる負担が大きい。戦えば戦うだけどんどん疲労が蓄積されていく。あくまで魔法が使える以外は人間である晴人には限界があった。そしてその限界は刻一刻と迫っている。出来ることなら早いところ決着をつけなければならない。ウィザードはアックスカリバーを握る手の力を強めた。

 

「それはどうやろなあ。あんさんが弱くなっただけとちゃうん?」

 

 ギャザーは口元の血を拭うとニヤリと笑う。どれだけ強い力を秘めていても自分と比べれば人間である晴人の体力は圧倒的に少ない。彼は時間を稼ぐために防御に徹している。時間が経てば経つほどに勝機が見えてくる。彼はウィザードの弱点に気づいていた。

 

「確かに弱くなったかもな。でも俺はお前に負ける訳にはいかない!」

 

 ウィザードはアックスカリバーによる無数の斬撃をギャザーに向けて放つ。彼は敢えてそれを受け止めた。ギャザーの身体から血が噴き出す。いや、これではダメだ。彼に大きな傷を与えながらも晴人は内心で舌打ちする。この程度のダメージではギャザーを倒せないことを彼は知っていた。

 

「『ハイヒール』」

 

 ギャザーの傷が一瞬で癒える。彼には晴人と違って回復魔法があった。どれだけダメージを負おうがそれが致命傷でもない限り回復することが出来る。そして自爆をしながらも生き残った彼からすればウィザードの斬撃も致命傷には至らない。

 

「ハン! ワイを止めたきゃ殺すことやな!」

 

 これがウィザードが彼に苦戦しているもう一つの理由だ。ギャザーに魔力がある限り誰も彼を倒すことは出来ない。持久戦になれば不利になるのは晴人である。しかし、ギャザーを倒すには持久戦を挑むしかない。これでは彼が勝てないはずだ。一撃で殺すのなら話は別だが。

 

「そんなこと、出来る訳ねえっつーの。俺はお前を絶望から救ってみせる」

 

 ギャザーを殺すために自分たちは戦っているのではない。彼を止めるために戦っているのだ。本来ならギャザーは心優しき青年なのである。愛する者を失った深き絶望から彼はこうなってしまったのだ。このままギャザーを斬れば絶望を胸に秘めたまま彼は死んでしまう。そんなことさせたりしない。絶望を希望に変えるのが自分の仕事だ。絶望を絶望のまま終わらせたりは絶対にしてたまるものか。

 

「この期に及んでワイを救おうと考えてるなんて呑気なもんやな。あれを見てみい」

 

 ギャザーは視線を天へと向ける。繭にも見える光の球体、巧たちが驚愕していたものに彼の視線は注がれていた。

 

「なんだ、あれは・・・・・・!?」

「あれこそが女神様が眠りについている真の聖域や。これはあの聖域を召喚するための依り代にすぎないんやで」

 

 あれが女神の本当の聖域・・・・・・。晴人はその不気味ながらも何処か神々しい光を放つ繭を静かに見つめる。神は本当にいたのか。魔法の力さえなければ普通の人間である彼はあまり信心深い訳ではない。だがこうして目の前に神という存在が現れると不思議と畏敬の念が沸き上がってくる。だからといってみすみす女神復活を許したりはもちろんしないのだが。

 

「さあ、これで悠長なことは言ってられなくなったやろ。殺す気で来いや!」

 

 こうして女神の復活が目前になれば形振り構う余裕はあるまい。繭へと視線を向けるウィザードにギャザーは挑発的な笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・嫌だね。俺はアイツと約束したんだよ。絶望を希望に変えてみせるって誓ったんだ。こんなところで簡単に諦めちまう奴が誰かの絶望を救えるはずがないだろ?」

 

 それを知って尚も晴人はギャザーを殺したりはしない。己と同じように大切な人を失い、絶望の淵に立たされている彼を救えるのは自分しかいないのだ。ここで諦めてしまえば過去の自身に示しがつかない。それだけは絶対に嫌だ。

 

「・・・・・・あんさんもしかしなくてもアホやろ? 世界が滅びる目前なのにラスボスを殺せない勇者なんて見たことないわ」

「悪いね。俺、勇者じゃなくてライダーだから!」

「なんや、それ・・・・・・!」

 

 切羽詰まっているにも関わらず飄々とした態度を崩さないウィザードにギャザーは苛立ちを覚えた。

 

「ふん、どいつもこいつもあまっちょろい奴らばっかやな。・・・・・・ほんまヘドが出るわ!」

「うおっ!」

 

 怒りに身を任したギャザーが魔法を放つ。巨大な闇の魔力の塊をその身に受けたウィザードが吹き飛ばされる。ついに恐れていた事態が起きてしまったか。ここまで防御に徹していたギャザーが一転して攻撃に打って出た。先述の体力の低下によって彼とウィザードの差がついにゼロになったのだ。これで勝敗は分からなくなってきた。

 

「ははは! こっからはワイのターンみたいやな!」

「ぐっ!」

 

 動きが鈍くなればこちらのものだ。ギャザーはクロックアップによる時間の流れを操作した超高速の殴打を放つ。ウィザードはそれを回避せずに頑強な装甲で受け止める。クロックアップと同じく時間の流れを操れるインフィニティーリングを使えば回避も不可能ではないが、これ以上に体力が減ってしまえばギャザーを止めることが出来なくなってしまう。

 

「いてて・・・・・・!」

 

 なけなしの体力と引き換えにウィザードは肉体にダメージを受けることになる。どんなに頑丈な鎧でも衝撃までは吸収出来ない。腕や足、全身に打撲傷を負う。回復魔法が使えるギャザーならともかくそれが使えないウィザードにとってこのダメージは痛い。彼は膝をつく。

 

「休んでる暇はないで。まだまだこっからが本番や」

「・・・・・・言われなくても!」

 

 無数の剣がウィザードに降り注ぐ。彼はアックスカリバーによる高速の剣技でそれを弾き飛ばしていく。しかしそれも完璧ではない。流石のインフィニティースタイルと云えど豪雨のように飛来してくる剣を完璧に防ぎ切るのは不可能。弾き切れなかった剣が彼の身体をますます傷つけていく。

 

「晴人はん!」

「おっと」

「どきぃ!」

「ふふ。ここから先には行かせませんよ」

 

 このまま晴人を回復させないのは不味い。風を身体に纏い妖聖の包囲網を強引に潜り抜けたガルドの行く手をクーコが阻む。これでは助けに入ることが出来ない。邪魔をするな。怒気を込めて彼はクーコを睨み付ける。今すぐにもこの鎌で斬りつけてやりたいがどうも彼女は他の妖聖と様子が違う。何というか、クーコには敵意を感じられない。彼女は迂闊に斬ってしまってはならないとガルドの直感が囁いていた。

 

「そんな目で見ないでください。これはあなたたちを救うためでもあるんですよ」

「なんやと?」

 

 ガルドの意思を汲み取ったのかクーコが微笑む。こんな状況でなければ世辞の一つでも送りたくなる可愛らしい表情だ。こんな状況でなければ、だが。彼は怪訝な目でクーコを見つめる。自分たちのためだと? どういう意味だ。彼は問う。

 

「ギャザーさんの作る世界は誰も傷つくことのない理想郷なんです。人間は悲しみも不幸も感じません。ギャザーさんの管理の下幸せな人生を享受出来ます。そして何より人間によって妖聖が虐げられることがないのです。誰もが幸福になれる世界を作ってくれるんですよ、うふふふ」

 

 先ほどまでの幼さを残す笑みとは打って変わってうっそりと笑うクーコにガルドは絶句する。ここまでギャザーに洗脳されてきた妖聖たちとは明らかに違う。あくまで憎しみから戦う彼らは人間を滅ぼすことが目的であり、その終着点は己の自由である。果たして人間を滅ぼして自由を手に入れられるかは不明なのだが、それはまた別の話だ。

 

 クーコは言動から察するに人間に憎しみを抱いてないようだ。それどころか人間を救いたいと思っているようにすら感じられる。無論ギャザーが世界を支配した先に待っているのは絶望でしかないのだけど。彼女自身からはそれが希望に満ち溢れた世界に見えているようだ。

 

「あ、アホぬかせ! 人の心を奪った世界なんて誰も幸福になれるはずないやろ!? 心がなければ飯を美味いと感じることも、幸せって感じることも出来ないんやぞ!」

『そうよ! 心のないガルドちゃんなんてガルドちゃんじゃないわ! ガルドちゃんはガルドちゃんだから私は幸せなのよ!』

「そうですか・・・・・・」

 

 心を失うなんてまっぴらごめんだ。ガルドはクーコに鎌を向ける。戦いにくいが出来るだけ傷つけないように彼女を倒せば良いだけだ。それが出来る余裕があるかは捨て置き。彼は視線を周囲に向ける。再び妖聖たちが自分を囲んでいた。ここは自爆覚悟で竜巻でも使うべきか。それとも一旦距離をとるか。彼は思案する。

 

「・・・・・・残念です、ドォンさん」

『グオオオオオオオオオオオオ!』

「っ!? こいつ、いつの間に────!?」

 

 砂の中から突如として飛び出したドォンにガルドは吹き飛ばされる。ボゥアー以外にもまだこんな戦力が残っていたのか。口に入った砂を吐き出しながら彼は驚愕する。

 

「皆さん、今です!」

「う、うわあああああああ!?」

 

 うつ伏せに倒れたガルドを妖聖が群がるように取り囲む。彼は無数の攻撃魔法にその身を傷つけられていく。ドォンとクーコを除けば低級の妖聖しか残っていなかったのが不幸中の幸いだ。フューリーフォームの鎧を纏っていたおかげでダメージはあまりない。だがいくら一撃一撃の威力は低くとも一辺に喰らえば話しは別だ。このままだとそう長くは保たないだろう。

 

「ガルドくん!」

 

 ハーラーはガルドから妖聖を引き離そうと銃口を向ける。

 

「お前さんはまず自分のことを心配するんだな」

「うわっ・・・・・・! どいてよ、バハス!」

 

 眼前に振り下ろされた斧にハーラーは瞠目する。咄嗟に後ろに跳んでいなければ真っ二つになっていただろう。バハスはパートナーであった彼女にも容赦をしなかった。殺されそうになったハーラーは冷や汗を流す。

 

「どいてほしけりゃオレを倒すことだな。今のオレとお前は敵同士だろ?」

「そんなの、出来るはずないよ」

「なら大人しく死ぬことだな」

「それは無理!」

 

 バハスの猛攻をハーラーは辛うじて回避していく。これではガルドを助けることも、ウィザードを助けることも出来ない。ハーラーは彼を悲しそうに見つめる。本当にバハスを倒すしかないのか。彼女の銃を持つ手が震える。

 

「お願いだから目を覚まして! こんなの絶対に妖聖の為になったりしないってば!」

「・・・・・・」

 

 ダメだ。どう頑張っても撃つことが出来ない。親のように思っていたバハスを撃つなんて絶対に無理だ。ハーラーはただ叫ぶことしか出来なかった。そんな彼女をバハスは無言で見つめる。そこには一切の感情も感じられない。洗脳は解けそうになかった。彼はハーラーに向けて静かに斧を振り下ろした────。

 

 ◇

 

「ふっ、お仲間も大ピンチみたいやなあ」

「・・・・・・そうか? 俺はそうとは思ってないけどな」

「はあ? あんさん、周りが見えてないんか? どこをどう見たら余裕があんねん」

 

 ダイヤモンドよりも硬いアダマントストーンに罅の入ったウィザード。彼は傷だらけになっていながらも不敵に笑っていた。何を考えているのだろう。ギャザーは怪訝な表情を浮かべる。まさか、まだこの状況を打開できる切り札を隠しているとでも言うのか。自分すら知らない未知の魔法を使うウィザードならありえないことはない。ギャザーは彼への警戒心を更に高める。

 

「ははっ、何言ってんだ? 周りを見えてないのはお前だろ。俺ばかり見ていて良いのか?」

 

 その警戒心が裏目に出たのだろうか。

 

 

 

 

 

「────殺殺殺」

 

 ギャザーは背後に接近した新たな敵に気づかなかった。

 

「何っ!?」

 

 小さくも濃密な殺意を感じたギャザーは慌てて振り向く。夜の闇に紛れながらも確かな存在感を放つ死神────エフォールがそこにはいた。彼女は鎧に装備されている砲塔にエネルギーを込めてギャザーに向けている。凄まじい魔力だ。あれをまともに食らったらギャザーでもただではすまないだろう。

 

「振り向くな、と私は言ったよ」

『limit attack スーパーノヴァ』

「ぐわあああああああ!」

 

 青白く巨大なレーザーがギャザーを飲み込んだ。スーパーノヴァ。エフォールの放つ最強の必殺技だ。あまりに強大なその威力は山の地形を変える規模にまで及ぶ。驚異の自己再生能力を誇るギャザーでもこの攻撃をまともに喰らえば一溜まりもない。

 

「ギャザーさん!?」

 

 一部始終を見ていたクーコは悲鳴を上げた。ギャザーに対して絶対的な信頼を抱いている彼女とて目の前で必殺技を受けた彼を見れば流石に動揺する。万が一にもあり得ないが最悪の姿を想像したクーコは顔を青くした。

 

「よくもギャザーさんを・・・・・・!」

 

 クーコはガルドに襲わせていた妖聖をエフォールにけしかけようと指示を出す。彼から何体か妖聖が離れ、エフォールへと向かっていく。

 

「もう、お前らの好きにさせる気はねえんだよ」

 

 ────complet

 

 そこにアクセルフォームとなったファイズが立ち塞がった。

 

「生きていたんですか。・・・・・・はあ、まったく使えない人たちですね」

 

 足止めとしての機能をまったくと言っていいほど果たせなかったオルフェノク。数倍以上の戦力を持っていながら殆ど戦力を削ることすら出来なかった彼らにクーコは苛立ちを覚えた。三原の手助けさえなければ巧たちを壊滅寸前まで追い詰めた彼らからしたら理不尽な怒りなのだが。妖聖もオルフェノクも人間と変わらず結果が全てである。その結果がこの有り様では役立たずとしか言いようがない。

 

「何人来ようが同じです。誰にもギャザーさんの邪魔はさせませんよ!」

 

 クーコは雪崩のように激しい猛吹雪をファイズに向けて放つ。この魔法が直撃すればソルメタルによって固められた強固な装甲だろうと関係なしに凍りつくだろう。高い物理防御を誇りながらも、その反面魔法防御に圧倒的に弱いファイズにこの魔法攻撃は痛い。当たればの話だが。

 

「寒いのは嫌いじゃない」

 

────start-up

 

 アクセルフォームとなった今のファイズに脅威などない。彼はファイズアクセルのスイッチを押す。高速の世界に突入したファイズは眼前に迫った吹雪を軽々と回避する。

 

「なっ、消えた!?」

 

 端から見れば姿を消した彼にクーコは驚愕した。まさかギャザーのように時間を操っているとでもいうのか。いったいどこに行ったんだ。視線を右往左往と周囲に向けた彼女は更に驚く。

 

「み、皆さん」

 

 洗脳された妖聖の仲間が紅い三角錘状のエネルギーに次々と貫かれていたからだ。・・・・・・アクセルフォームの真骨頂は大軍との戦いにこそある。平素と違ってフォトンブラットのエネルギーが過剰なまでに満たされているこの姿は、戦車を一撃で破壊するクリムゾンスマッシュを連発することが出来るのだ。単純な能力だけならあのブラスターフォームにすら匹敵するだろう。あくまで低級レベルの妖聖を倒すには十分すぎる力である。

 

 これでガルドを襲っていた妖聖は彼女と土に潜って難を逃れたドォンを除いて壊滅だ。クーコは眉を顰める。ファングや晴人以外にまだこんな絶大な力を使う者がまだ残っているなんて思ってもいなかった。完全に予想外だ。

 

 ────time out

 

 ────reformation

 

「大丈夫か、ガルド?」

「た、助かったわ、巧はん。あー、ほんまに死ぬかと思った・・・・・・」

 

 ファイズは傷だらけになったガルドに傷薬を投げ渡す。彼はほっとため息を吐くとそれを一気に飲み干し、己の傷を癒す。流石に一方的に蹴る殴るを繰り返されるのは鎧を纏っていても辛かった。巧の助けがなくては本当に死んでいたかもしれない。ガルドは彼に心から感謝した。

 

「せや! 巧はん、ハーラーはんがピンチなんや。ワイのことはええから助けに行ってくれ。バハスはんを止めないとあかん」

「心配するな。そっちには俺の昔からの仲間が向かった」

「昔からの、仲間?」

 

 ガルドは首を傾げる。巧は記憶喪失だったのではないのか。ファングと出会う前の記憶はないと過去に聞いた覚えがあるのだが。なら昔の仲間とは一体・・・・・・。ガルドはハーラーとバハスに視線を向けた。

 

「────間に合ったみたいだな。大丈夫か?」

「た、助かったよ。それより君は?」

 

 ハーラーは白色の光を放ち輝く戦士の背中に目を丸くする。斧がハーラーを切り裂くかどうか、本当にギリギリのタイミングで彼女を救ったのは三原の射撃だった。正体不明の救世主にハーラーは困惑混じりに頭を下げる。

 

「・・・・・・どうしてオルフェノクが人間の味方をしている。巧みたいに王ってヤツに歯向かう気なのか?」

 

 後一歩でハーラーを斬れたというのに彼の銃撃によって攻撃を弾かれた。バハスはファイズに酷似した白い戦士を睨み付ける。ファイズでも、サイガでも、カイザでも、オーガでも、ライオトルーパーでもない。これまでに見たことのない新たなライダーの登場に彼は驚愕する。

 

 敵の立場になって分かったがライダーになれるのは一部の例外を除いてオルフェノクだけらしい。ならば目の前にいるこの男もオルフェノクなのだろうか。だとしたらどうして自分の首を絞めるような真似をするのか、まったく理解が出来ない。ギャザーやシャルマンと敵対する行為は自らの滅びに直結するのだから。

 

「違う。俺は君たちみたいに特別な力がある訳でも、ましてや乾みたいにオルフェノクって訳でもない。・・・・・・普通の人間だ」

 

 デルタは静かに構える。普通の人間を自称しながらも彼が放つ雰囲気は紛れもなく強者のそれであった。本気を出さねば勝てる相手ではない。バハスの目付きが変わる。

 

「人間ならオレの敵ってことで良いんだな?」

「お前が人間の敵ならな」

「ならお前はオレの敵で間違いない」

 

 身を削ってまで愚者を守ろうとする心優しき怪物よりはただの人間の方がやりやすい。バハスはデルタに斬りかかった。

 

「・・・・・・あの人が巧はんの昔からの仲間なんか? 」

『なんだか随分と頼りがいのありそうな人ね。アポローネスさんみたいに責任者のある大人って感じだわ。巧ちゃんにあんな仲間の人がいたなんでびっくりだわ〰!』

「ああ。俺もびっくりだ」

 

 まさか初対面の人間から頼りがいのあると言われるレベルにまで成長するとは。帰巣本能に刈られていた頃のかつての三原の姿を嫌になるほど知っている巧は何度目か分からない驚きに襲われた。

 

 まあ過去の戦いでも三原は意思の強さを見せる一面があったし、こうして十年近くの時を経れば頼りがいのある大人になるのもおかしくはない。彼もまた死線を潜り抜けたライダーなのだから。過去の戦いでも早い段階でデルタに変身していたらこのように成長した三原を見れたのかもしれない。

 

『グオオオオオオオオオ!』

「っ! 見てる場合じゃねえな」

 

 砂の中から飛び出したドォンの牙がファイズを襲う。彼は横に転がってそれを回避する。まだ自分たちの敵を完全に倒した訳ではないのだ。他人を心配している余裕などない。今はただ目の前の敵を倒すだけだ。巧はガルドに視線を向ける。

 

「やるぞ、ガルド」

「がってん!」

 

 巧とガルドは互いに頷くとドォンに向けて駆け出す。

 

『グオッ!』

 

 ドォンの口から暗黒の弾丸が吐き出された。ファイズは弾丸の中を掻い潜り、彼の顔面へと跳んだ。弾幕の中を無策に突っ込むのは危険かもしれないが直撃の心配はしない。必ず背後のガルドが弾幕を迎撃してくれると巧は信じているからだ。彼の鎌鼬がドォンの弾丸を相殺するのを横目にファイズはその手にファイズショットを装着した。

 

「タァァァァ」

 

─────exceed charge

 

「グガァァァァァァァァァァ!」

 

 グランインパクト。フォトンブラットを纏った必殺の拳だ。ファイズが放ったその一撃はドォンの鼻先を掠める。高純度のエネルギーを生身に喰らった彼はあまりにも激しい痛みに耳をつんざくような叫び声を上げる。流石のAランク妖聖も生物にとって凄まじい猛毒であるフォトンブラットには耐性がないようだ。

 

「よっしゃ! いくでー!」

『attack effect 魂砕き』

 

 仰け反ったドォンの懐にガルドが飛び込む。身の丈を越える巨大な斧は暴風で覆われ、ドォンの鋼のように硬い甲殻すら容易く砕く。腹部に大きく亀裂の走ったドォンはゴロゴロとのたうち回る。今がチャンスだ。ガルドは宙に跳んでいるファイズに死線を向ける。

 

「今や! 巧はん!」

「ああ」

 

 ドォンの装甲はガルドの斧によって完全に砕かれた。後は必殺技を当てるだけだ。装甲が砕けた今の彼に攻撃すれば大ダメージ与えられるだろう。ドォンを倒すチャンスだ。ニヤリと笑ったガルドにファイズは頷く。

 

────exceed charge

 

 ファイズはガルドが作ったドォンの亀裂に向けて再びグランインパクトを叩き込む。この状況で必殺技から必殺技に攻撃を繋げるとは見事な連携だ。

 

 進化した人類であるオルフェノクですら葬るフォトンブラットの攻撃は少し掠めただけでも効果抜群である。それが直撃すればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

「ォォオオオオ・・・・・・」

 

 青い炎を吹き上げたドォンは静かに崩れ落ちる。

 

「やったで、巧はん!」

「おう」

 

 強敵を倒した二人は拳をコツンと合わせた。ドォンに二度も煮え湯を飲まされたガルドはよほど嬉しかったのか巧の首に腕を回している。

 

「ど、ドォンさんまで・・・・・・!」

 

 ドォンという最後の切り札まで倒されてしまった。詰みだ。ギャザーの安否の分からない今、残された戦力は自分とバハスのみ。その自分たちにしても二人のライダーに確実に追い詰められている。ここからの逆転は不可能に近い。

 

「あとはあんただけだな」

「かんにんしぃ」

 

 ファイズとガルドはクーコを睨む。

 

「くっ・・・・・・!」

 

 不可能に近いとしてもクーコは諦めない。いや、諦められなかった。自分たち妖聖は人間たちと完全に敵対している。このまま大人しく降参したところで彼らは妖聖を許したりはしない。己に危害を加えた者は容赦なく排除するのが生きとし生ける者の本能だ。だからこそ妖聖は人間を滅ぼそうとしたのだから。今度は自分たちが滅ばされる番だ。だからクーコが引き下がることなど不可能だった。

 

「・・・・・・しゃーないわ。少しだけ痛い目を見てもらうで」

「おい、ガルド」

「ワイかて不本意や。せやけどなりふり構っていられない」

 

 だからといって彼らも黙って見ている訳にはいかない。このままギャザーに協力する者が残っていれば女神が復活してしまう。時を戻すことすら可能とする女神の力は脅威だ。その力を彼のように人間に憎悪を持った者が願いを叶えれば確実に人類は滅ぶだろう。ギャザーによって引き起こされた今回の騒動はもはや満身創痍の敵ですら見逃すことは許されない段階まで来ていた。ガルドはクーコに飛びかかる。

 

「まだです! まだ終わった訳ではありませんよ!」

「うっ!」

 

 クーコの間合いに入ったガルドは巻き起こった猛吹雪に思わず目を瞑る。

 

「ガルド!」

「これくらいへっちゃらや! 逃がさへんで!」

 

 例え視界を封じられても目の前にクーコはいるはすだ。ガルドは怯むことなく次々と攻撃を放つ。しかし、数撃ちゃ当たるとがむしゃらに振った彼の鎌は虚しく空を斬るだけであった。

 

「ち! どこに行ったんや!」

 

 吹雪が治まると目の前にいたはずのクーコはいなくなっていた。彼女を逃がす訳にはいかない。ガルドはキョロキョロと周囲を見渡しながら叫んだ。

 

「落ち着け。行くとこなんて限られてんだろ」

「・・・・・・女神のとこか!」

 

 このままではクーコに女神の力を奪われてしまう。二人は急いで聖域へと向かう。

 

「ごめんなさい、ギャザーさん。もうこうするしか方法がないんです」

 

 クーコは無数のフューリーが突き刺さった祭壇の前に踞つく。

 

「・・・・・・あなたは何をする気なのですか?」

 

 祭壇に縛り付けられていたリタはクーコを睨み付ける。本来なら彼女の力を以てすればクーコの心を読むくらい造作もないはずであった。しかし、今のクーコは心の中に様々な感情が渦巻いていて何を考えているのかまるで分からない。辛うじて断片的に分かったことは女神に対してとても良くないことを考えていることくらいである。

 

「ふふっ、私が神になるんですよ」

 

 リタの問いかけによってクーコの感情は一つに収束していく。彼女はどうやらギャザーの願いを自分が叶えてやるつもりらしい。神になるという願いを、だ。

 

「そんなことが、本当に出来るとでも? 不可能です。あなた、死にますよ」

 

 ただの妖聖が神になるなんて不可能に決まっている。神は生物の次元を越えているのだ。時を巻き戻し、死者を生き返らせ、世界を手中に治める。神というのはこれだけの奇跡を可能とするのだ。そんな存在に無理になろうとすればその先に待っているのは死あるのみである。何と愚かなことなのだろうか。リタはどうしてクーコがそのような行動に出るのか理解出来なかった。

 

「出来る出来ないじゃありません。やるかやらないかなんですよ。私はギャザーさんのためなら身を滅ぼす覚悟なんてとっくに出来ているのですから」

「・・・・・・何故あなたは彼のためにそこまで尽くせるのですか?」

 

 命を賭けるなんてそんなに簡単に出来ることではないだろう。確かに大切な人のために身を尽くす行為は悪いことではない。自己犠牲を出来る者は美しいとすら思う。だけどそれは当人が生きているからだ。本当に身を尽くすことになっては意味がない。死んでしまえばそこには何も残らないのだ。それなのにクーコはどうして躊躇うことなく命を賭けてしまうのだろう。リタは疑問に思う。

 

「・・・・・・外道のようなフェンサーが私のパートナーだった。フューリーを奪うためなら手段を選ばず、躊躇いなく人を殺す野蛮な男。そんな男とパートナーになってしまったせいで私は奴隷として扱われていました。今思い出すだけでもおぞましい・・・・・・!」

 

 クーコは青ざめた顔で己の身体を抱き締める。女性が己の身体を抱く、それだけで何をされたのかリタは理解してしまう。

 

「けれどもギャザーさんは私を救ってくれた。あの男を殺し、私に命を与えてくれたんです。それだけじゃない。私のように外道に苦しめられている同胞が自由に生きていける世界を作ると約束してくれた」

「・・・・・・それがあなたがギャザーに従う理由なのですか」

「ええ。だから、あの人に与えられた命・・・・・・ここで散るのも悪くないです」

 

 クーコは真剣な目でリタを見つめる。ギャザーのためならここで死んでも構わない。その気持ちに嘘はないようだ。ここまで固い意思を持っているなら何を言っても彼女は止まらないだろう。クーコは命を賭けて彼の願いを叶える気だ。・・・・・・ならば女神に選ばれた自分がすべきことは一つしかない。

 

「仕方ありませんか」

 

 リタはため息を吐くと己の魔力を解き放つ。強大な魔力は光の柱となって天上に出現した女神の聖域へと向かっていく。

 

「その柱に飛び込みなさい。今の女神様は抜け殻の状態・・・・・・神になりたければアリンさんの代わりにあなたが女神の器になれば良い」

「・・・・・・止めなくて、良いんですか」

「止めてほしいのですか?」

「い、いえ。ただギャザーさんをあれほどまでに心配していたあなたがどうして私の願いを叶えてくれるのか気になって・・・・・・」

 

 クーコは驚く。いくらなんでも呆気なさすぎる。殺すことも覚悟していたというのに。まさかこんなにも簡単に願いが叶うとは思ってもいなかった。これまでのリタの言動を考えれば彼女が驚愕する理由としては十分である。

 

「私がすべきことは資格がある者を導くこと。その資格を持っているのはあなたです。なら私がしなければならないのはあなたを導くことであり、願いを拒むことではありません。それを拒む権利があるのは女神様だけです。ただの鍵である私にはありません。無論、出来ることならあなたやギャザーが止まってくれることを私は願っていますけど。どう考えてもあなたたちに神を御する力はないですからね」

「それは、無理な相談ですね。・・・・・・ですが心配してくれてありがとうございます」

 

 クーコはリタを見る目を変える。やはり彼女は神に選ばれた特別な存在なのだ。どれだけ間違った考えを持った相手を前にしても私情を挟む気が一切ない。全ては女神のあるがままに。世界が滅びるかもしれないのにその使命を全うする姿は尊敬に値するものだ。

 

「まさか感謝をされるとは思ってませんでしたよ。・・・・・・ご武運を祈っておきます」

 

 その期待に応えられることを願うばかりだ。クーコは光へ向けて足を進める。

 

「待て!」

「何をする気なんや・・・・・・!?」

 

 ファイズとガルドが祭壇へと駆け込む。そして彼らは目を見開く。この光の柱はなんなのだ。まさかもう手遅れだとでもいうのか。尋常ではない光の魔力は彼らに焦りをもたらす。

 

「ふふっ」

「「っ!?」」

 

 クーコは振り返る。その顔に見る者を魅了する笑みを浮かべて。何を考えているのだ。こんな時にどうして笑っていられる。二人にはまるで理解出来なかった。困惑している彼らを尻目にクーコは降り注ぐ光へと飲み込まれていった。

 

「あなたたちのような優しい人がパートナーだったら私も・・・・・・なんてね。この身を捧げます。女神様、どうか私にあなたの力を貸してください」

 

 

 

 

────そして女神が復活する。

 

 ◇

 

「ここまでみたいだな」

 

 ウィザードはアックスカリバーの切っ先をギャザーに向ける。エフォールの必殺技は彼に完全に直撃していた。全身が焼け焦げ満身創痍になった彼は回復することすら出来ずに仰向けにぼんやりと倒れている。もはや勝負は決したも同然だった。

 

「何を、見ているの?」

「・・・・・・」

 

 返事はない。エフォールは彼の顔を覗き込んだ。その瞳からは光が感じられずただひたすらに深い闇に支配されている。まるで殺意に囚われていた過去の自分のように。彼女は嫌な予感を覚えた。

 

「・・・・・・大人しく降参しろ。今ならきっと間に合う。お前にはまだ希望があるはずだ」

「・・・・・・」

 

 返事はない。晴人が声を掛けてもギャザーはこちらを見ようともしない。彼が見ているものは自分ではなく空に浮かぶ光の繭であった。晴人はギャザーに釣られて空を見上げる。繭から放たれる神々しい光に彼は目を細めた。

 

(あと、どれだけの時間があるんだ?)

 

 女神復活の儀式は依然として続いている。もしも彼女が復活し、彼らがその力を手にしたのなら晴人ですらどうすることも出来なくなるだろう。この状況は皆既日食が起きた『あの日』に似ている。途端に彼は嫌な予感を覚えた。ここまで追い詰めて敗北を認めないのなら、ギャザーを絶望から救うことを諦めるしかないのだろうか。

 

「・・・・・・希望なんてあるはずがないやろ」

 

 ポツリと呟かれた言葉。二人はハッとしてギャザーへ視線を向ける。彼は憤怒に満ちた表情でウィザードを睨んでいた。

 

「っ!?」

 

 これまでに感じたことのない殺気に晴人は言い様のない寒気を感じる。神に最も近い男の本気の殺意は人々の英雄の象徴たるライダーですら恐怖を抱くものであった。

 

「あんさんは確かにたくさんの人間を絶望から救ってきたんやろなあ。希望の魔法使いを謳うだけはあるわ。せやけどな・・・・・・絶望から救えなかった人間もおるんとちゃうか?」

「─────っ!?」

 

 晴人は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。ニヤリと笑ったギャザーに彼は表情を変える。晴人が心の奥底に押し込んでいた深い闇にギャザーは気づいていたのだ。・・・・・・これまで数多くのゲートと化した人々を救ってきた晴人だがギャザーの言うように救うことが出来なかった人々がいる。

 

「鬼のように強いその姿を見れば分かるわ。あんさんはその力でワイみたいな悪者と戦ってきたんやろ。善人を守るために。ははっ、あんさんと戦った悪者は一体どうなったんやろうなあ?」

「・・・・・・俺が倒した」

「倒した? 殺したの間違いやろ」

 

 そう。ウィザードは人間を殺している。ファントムになってしまった人間だ。ゲートを狙って襲ってきた彼らをなし崩し的に殺めているのだ。いや、それはウィザードに限った話しではない。ライダーは、英雄と呼ばれる戦士たちは守りたい何かのために常に殺さなくてはならない相手がいる。

 

 どれだけ綺麗に着飾っても現実はフィクションの世界とは違う。ライダーは人を守るために人だった化け物を殺しているのだ。優しき心を秘めた彼らがその手で切り裂き、その足で貫いた怪人の感触はずっと胸の中に罪の形として残り続けるだろう。それでもライダーは罪を背負いながら戦い続ける。戦い続けなくてはならない。戦えない全ての人々のために。

 

「だから、なんだって言いたいの?」

「エフォールちゃん、落ち着け」

 

 エフォールは弓を向けてギャザーを睨む。元暗殺者である自分ならともかく、そんな自分を受け入れてくれた仲間たちを人殺し呼ばわりすることは許せない。

 

「希望を守るために絶望を犠牲にしておきながら、絶望そのものであるワイを救うなんて不可能ちゅーことや」

 

 怒りに目を細めたエフォールを彼はフッと鼻で笑った。

 

「希望と絶望は相容れるはずがないねん。それなのに希望があるだのなんだのって・・・・・・ワイからすればあんさんこそただの悪者や」

「違う。私たちは悪者なんかじゃない」

「だったら弓を下ろせや、アホ。ズタボロの相手に武器を向けてる奴らのどこが正義の味方やねん」

 

 一理ある。エフォールは渋々と武器を下げた。彼女の一歩前にウィザードが出る。満身創痍のギャザーに何か出来るとは思えないが万が一のこともある。念のために防御力の高い自分が前に立っておこう。

 

「・・・・・・俺だって大切な人を失ったことはある。でも、だからって俺はお前みたいに復讐する気はない。あいつのために希望を持って生きていくって決めたからな」

「それが本当にその子のためになると、本気でそう思っとるのか?」

「思ってるさ。あいつだけじゃない。エルモちゃんだって絶対にこんなことを望んだりはしないと思うぞ。お前が何時までも自分の死に縛られないで前を向いて生きていってほしいって思ってるはずだ」

 

 本当にエルモがギャザーを愛していたのならそれを望むはずだ。愛する者が復讐鬼になって喜ぶような人格破綻者なら彼はこうもおかしくなったりはしない。本当にとても優しい子だからこそギャザーは復讐に囚われることになったのだ。ならばそれを自覚してもらうことが出来れば彼は止まるはず。晴人はそう思っていた。

 

「そんなもん百も承知や。それでもワイには止まるなんて選択肢はない」

「・・・・・・どうしてだ?」

 

 それでもギャザーが止まることはない。何故だ。エルモが悲しむというのに彼はどうして諦めない。愛する者が望まぬ戦いに意味など何もないではないか。晴人は困惑した。

 

「なら聞くけどな。ここでワイが諦めたらエルモは生き返るんか? 人間に傷つけられた妖聖たちは救われるんか? 愛する者を失って、仲間たちが傷つけられていくこの世界に希望があると、そう思っとるのか?」

「それは・・・・・・」

「死んだ相手のことを思っているなら諦めるなんて選択肢、ハナから存在するはずがないねん。『あの人の分まで前を向いて生きよう』とか自分を慰めているだけやろ。本当に大切ならな、昨日理不尽に死んでいったその人が本来迎えるはずだった明日を作るべきやないのか?」

「・・・・・・」

 

 何を言えば良いのか分からない。自分だって同じように愛する者を救えなかったことを悔いているのだ。晴人は胸に突き刺さるような彼の強い意思に言葉が詰まってしまう。ギャザーが望んでいるのは死んでしまった愛する者や仲間たちが自由に生きていけるような世界を作ること。人間に殺されたエルモ、人間に傷つけられた妖聖。彼らが迎えるはずだった明日のために彼は戦っているのだ。そんなギャザーを止めることが本当に正しいのか、かつての悲劇を思い出して動揺していた晴人は分からなくなってしまう。

 

「ワイは絶対に止まる訳にはいかん。この戦いに勝って、この世を妖聖が自由に生きていける世界に変える。それが昨日死んでいったエルモに、仲間に出来る唯一の手向けや。そのためならワイは・・・・・・神にだってなってやるわ!」

 

 ギャザーは両手を広げて叫んだ。ウィザードとエフォールは咄嗟に後ろに飛び退く。嫌な予感がする。いったい何をする気だ。警戒心を露にし、身構えていた二人は目を大きく見開く。なんと彼の身体に次々とフューリーが突き刺さっていくではないか。まるでフェンサーがフェアライズした時のようだ。あまりの不測の事態に彼らは驚愕する。

 

「フューリーが、ギャザーに集まっていく・・・・・・?」

『ま、まさか! この場にいる全てのフューリーと融合するつもりですか!?』

「なに!? よっ、よせ! そんなことをしたらどうなるか分かっているのか!?」

「知るか! ワイは絶対に神の力を手にしてこの世の支配者となる! もう二度とエルモのように傷つけられる妖聖がいなくならない世界を作るんや!」

 

 無数の魂を一つの身体に重ねるなんて不可能だ。如何に最強のSランク妖聖とて肉体が耐えられるはずがない。どう考えても無茶である。このままではギャザーは死んでしまう。それだけは絶対にあってはならない。人間に絶望したまま彼を死なせてたまるものか。ウィザードはアックスカリバーを振り上げた。

 

「無駄や!」

「うおっ!?」

「きゃっ!」

 

 ギャザーの身体から溢れ出た漆黒の波動にウィザードとエフォールは吹き飛ばされる。単純な魔力の放出だというのにとてつもない威力だ。まだこんな力を隠していたというのか。まるで暴風のような力の奔流に彼は思わず後ずさる。このまま不用意に魔力の波に飛び込めばウィザードですらタダでは済まないだろう。最強フォームであるインフィニティースタイルですら近づくことが許されないとは何という魔力だ。これまでに経験のない己を越える魔力を放つギャザーに晴人は戦慄した。

 

「くそ、こうなったらもう手加減出来ないぞ・・・・・・死ぬなよ!」

『ターンオン!』

 

 依然としてギャザーは魔力を放ち続けている。治療は後ですればよい。致命傷を負わせる覚悟で彼の暴走を止める。ウィザードはアックスカリバーをカリバーモードからアックスモードへと持ち変える。

 

「フィナーレだ・・・・・・!」

『ハイタッチ! シャイニングストライク キラキラ!』

 

 ウィザードは巨大になったアックスカリバーを振り回すと高々と跳び上がった。ドラゴンシャイニング。ありとあらゆる邪悪を叩き斬るウィザード・インフィニティースタイルの必殺技だ。今のギャザーを倒すには自分もこの切り札を出すしかない。数多くの絶望を切り裂いてきた希望の一撃が彼に振り下ろされた。

 

「ぐっ、ぐぐぐぐぐ!」

 

 ウィザードの腕が激しい衝撃に震える。闇のオーラを纏ったギャザーにアックスカリバーの刃が通らない。硬い。ありえないことに彼の放つ魔力はなんと質量を伴っていた。バリアのようにギャザーを覆う魔力にウィザードはアックスカリバーごと吹き飛ばされる。

 

「うおおおおおおおおお!」

『ハイハイハイハイハイタッチ! プラズマシャイニングストライク キラキラ!』

 

 このまま押し負けてたまるものか。ウィザードはアックスカリバーを放り投げるとそれに更なる魔力を込めた。プラズマドラゴンシャイニング。ドラゴンシャイニングを越えたウィザード・インフィニティースタイルの最強の必殺技だ。更に膨大になったアックスカリバーが放物線を描きながらギャザーを襲う。

 

「・・・・・・フンッ!」

 

────バキリ

 

 何がへし折れるような音が鳴った。

 

「なっ・・・・・・!?」

 

 晴人は驚愕に目を見開く。驚くのも無理はない

 

「────どうした、何ヲそんなに驚ロいとる?」

 

 ダイヤモンドよりも強固なアックスカリバーがギャザーの腕によって粉砕されていたのだ。いや、今の彼をギャザーと本当に呼称して良いのだろうか。闇が晴れるとそこに今までのギャザーはいなかった。

 

「だから無駄って言ったやろ」

 

 ギャザーは闇そのものとも思える異形の姿に豹変していた。人の形を成していながらも全身が真っ黒に染まった彼は例えるなら地面に写った影だ。唯一光を放つのは二つの眼孔のみである。放たれる底知れぬ禍々しき暗黒の波動は彼の足元にあった花を枯らす。・・・・・・今のギャザーはもはや妖聖ではない────怪人だ。

 

「クハハハ! 凄いパワーや。まるで神にでもなった気分や・・・・・・!」

 

 ギャザーは怪人と化していた。異世界からやって来たオルフェノクや先天的な怪物であるモンスターとは違う。正真正銘この世界で新たに誕生した怪人だ。

 

「・・・・・・なんなんだよ、その姿は?」

 

 ウィザードは怒気の感情を込めてギャザーを睨み付ける。その感情には一種の諦念と落胆が混ざっていた。彼には分かる。力なき者が触れれば命を落とすこの力ではどうやっても正しき世界を作れるはずがないと。ギャザーを止めなければ待ちわびているのは滅びでしかない。ここまで来てしまえば晴人でも諦めるしかない。彼は一線を越えてしまったのだ。

 

「あァ? なにか言ったんか?」

 

 ギャザーは緩慢な動きでウィザードを視界に捉える。

 

「その姿はなんなんだ!? お前は愛する者が傷つかないで済む世界を作りたかったんじゃなかったのか!? なのに・・・・・・なのにどうしてそんな壊すことしか出来ない力を使おうとするんだ!」

 

 ウィザードはウィザーソードガンを召喚すると、ギャザーに飛び掛かった。

 

「お前らを見ていたら人間を管理するのは不可能やって気づいたわ。・・・・・・なら壊すしか方法がないやろ」

「っ!?」

 

 何があった。ウィザードは困惑する。気づいたら宙に浮いていた。彼は己に起きた事態を理解出来なかった。腹を殴られて吹き飛ばされたのだと理解したのは胸の苦しみで酸素が無理やり吐き出されてからだ。何というスピードなのだ。ギャザーの攻撃はインフィニティースタイルを以てしても視認出来なかった。

 

「ワイはエルモに頼まれたんや。あの狂った村で全てを壊してくれってな。その約束を果たすには人間を皆殺しにするしかないやろ。あいつを壊したのはフェンサーでもオルフェノクでもなく普通の人間なんやからな」

 

 うつ伏せに倒れたウィザードにギャザーがゆっくりと近づく。彼は何とか立ち上がろうとするが足に力が入らないのかがくりと崩れ落ちる。たったの一撃にも関わらず立てなくなるほどの大きなダメージを受けたのか。どうやら自分はとんでもない判断ミスをしたようだ。首に手を掛けられたウィザードはじわりと嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「関係ない人まで、巻き込むな」

 

 首を絞められて呼吸が出来ない。朦朧とする意識の中、ウィザードは辛うじて言葉を絞り出した。

 

「それは無理な相談や・・・・・・一番たちが悪い連中を残しておくはずがないやろ」

「グハッ!」

 

 ウィザードは地面に転がる小石のように無造作に蹴り飛ばされる。攻撃されていながらもギャザーから敵意が感じられなかったことに彼は驚く。ギャザーを追い詰めていた自分も今となっては敵意など抱く必要もないようだ。彼から受けたダメージによって変身の解けた晴人は苦悶の表情を浮かべた。

 

「おい、もう終わりなんか?」

 

 ギャザーが目の前にいるというのに視界が曇っていく。気を緩めれば今にも意識を失ってしまうだろう。もう限界だ。長く変身しすぎた。これ以上は戦えそうにない。晴人は膝をつく。

 

「終わって、たまるか・・・・・・!」

 

 それでも諦める訳にはいかない。ファングがいない今、ギャザーを止められるのは自分しかいないのだ。このまま自分が倒れてしまえばこの世界の人たちが滅ぼされてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。例えこの身が朽ちることになろうとも。晴人はふらふらとした足取りながらも立ち上がる。

 

「ボロボロになりながらもそれでもまだ立ち上がるか。かっこええなあ。まるでヒーローみたいや。けど残念やなあ」

 

 傷だらけになりながらも鋭い眼光を放つ晴人をギャザーは小馬鹿にしたように鼻で笑う。晴人は彼の不気味な笑い声に時が止まるような寒気と、そして言い様のない嫌な予感を覚えた。

 

「もう手遅れや」

「くそ! 間に合わなかったか・・・・・・!」

 

 その予感は当たった。空を見上げた晴人はどうしてギャザーが笑っていたのか理解する。

 

『Laaa♪』

 

 ─────女神再誕の時が来たのだ。晴人は見た。光の繭が割れ、欠片となって空から崩れ落ちていく神々しい光景を。夜の闇に包まれていた世界が光に染められていく奇跡を。そして空から舞い降りた美しき聖女の姿を。ああ、何と神秘的なのだろうか。

 

「あれが、女神・・・・・・!」

 

 天から出現した巨大な聖女を前に晴人は驚愕に顔を染める。

 

「違う・・・・・・」

「えっ?」

 

 ポツリと呟かれたエフォールの否定に晴人は目を見開く。

 

「・・・・・・あれは」

 

 エフォールは目の前の女神の姿に違和感を覚えた。彼女はゴッドリプロダクト────神々の封印を解いていく過程で幾度となく女神の姿を目撃している。何かがおかしい。エフォールは記憶の中の女神と目の前の存在を照らし合わしていく。・・・・・・そうだ。自分の知っている女神の髪の色はアリンと同じ桃色であり、金ではない。

 

「あれは、女神様じゃ、ない?」

「どういうことだよ?」

 

 あれほどの力を持った存在が神でないのなら何を神と呼べばいいのだろう。エフォールと違って女神を見たことがない晴人は首を捻る。彼がそう思うということは少なくとも単純な力だけなら本物の神と思って良いだろう。ならあの金色の聖女は一体何者なのだろうか。彼らは困惑した。

 

「ワイが教えてやってもええんやけど・・・・・・気になるならヤツらに聞くんやな」

 

 ギャザーは視線を女神へと向ける。彼女は何かを掴むとこちらに放り投げた。

 

「くっ・・・・・・!」

「いたた!」

『巧さん! それにガルドさんも!』

 

 それは巧とガルドであった。彼らはその身体を強く地面に打ち付け、変身が解けて咳き込んでいる。慌てて晴人とエフォールは二人を抱き起こした。目立った外傷はなさそうだ。ここが砂漠でなかったなら大ダメージを受けていただろう。

 

「お、お前ら・・・・・・無事だったか」

 

 巧は晴人たちの姿を認識すると力なく笑う。

 

「なあ、あれの正体はなんなんだ?」

「あれは、ワイらと戦っていたクーコはんや」

「ヤツが俺たちの目の前で女神になった」

「なにっ!?」

 

 晴人は驚愕する。ギャザーの横にいた少女があの女神の正体など信じられない。自分たちが目を離した隙に何があったというのだ。

 

「クーコさんは女神様と融合を果たしました」

「リタちゃん・・・・・・」

 

 晴人の疑問に答えたのはリタであった。彼女は拘束を自力で破壊してこちらに飛んで来たようだ。敵の目的が達成された今なら逃げることのリスクはない。最もこうなってしまってはどこへ逃げても結果は同じなのだが。

 

「それは本当なのか?」

「ええ。ですがクーコさんは神の力を制御することは出来なかったようです。彼女は女神様の中で眠っています。今の彼女は本能の赴くままに動く動物のようなものです」

「ああ。あいつ、暴れ馬みたいに手当たり次第に暴れてやがった」

「それに巻き込まれてワイらもこの様や」

 

 やはりクーコはリタの言っていた通り神の力に飲み込まれてしまったようだ。

 

「ワイだって制御出来るかは怪しいんやからな。Bランク妖聖のクーコに出来るはずがないわ」

「どうして他人事みたいに言えるの・・・・・・?」

『仲間じゃなかったんですか?』

 

 エフォールと果林はそれが当然とばかりに冷静に分析するギャザーが信じられなかった。クーコは彼のために身を滅ぼす道を選んだのではないか。それなのに何故こんなにも無関心でいられる。ギャザーは少なくとも妖聖には優しかったはずだ。

 

「何言ってんねん。ワイはそこまで薄情じゃないわ。最初から言ってるやろ。神になるのはワイやって。クーコを見捨てたりする訳ないやん」

「ギャザー。あなた、まさか・・・・・・」

「そのまさかや」

 

 ギャザーはニヤリと笑って頷くと翼を広げた。

 

「守る価値のある世界も、行く末を見届けるべき人間もこの世にもうおらんやろ。滅ぼすべきなんや、こんな世界!」

「待ちなさい! 待って! ギャザー、それだけは絶対にダメです! あなたは己の使命を放棄する気ですか!?」

 

 ギャザーの意図に気づいたリタは彼に手を伸ばした。しかしその手は虚しく空を切る。時の流れを自在に操る彼を止める手立ては先ほどの儀式で魔力をほとんど使い果たしたリタに、度重なる戦闘のダメージで体力を失った巧たちにはなかった。

 

「このままでは、世界が終わってしまう・・・・・・」

 

 リタは絶望に顔を染めた。

 

「数千年ぶりやな、女神」

『La?』

 

 ギャザーは女神の眼前に転移した。宛もなくただ宙を漂っていた彼女の視線がギャザーへと向けられる。本来なら慈愛に満ちた女神の瞳からは何も感じられない。底無しに広がる空虚を越えた虚無の視線に流石の彼も僅かながらの恐怖を感じた。彼女に飲み込まれてしまえば自分の存在が消えてしまうのでないかと。ギャザーは慌てて首を振る。

 

「ありがとな、クーコ・・・・・・それにみんな。お前らがいればワイも怖くないわ」

 

 恐れることはない。この身は無数の妖聖と融合しているのだ。共に戦うことを誓った友たちと一緒ならば不可能なことなんてない。自分たちは必ずこの世全ての人間を滅ぼせるはずだ。ギャザーは不敵に笑う。

 

『Laaa』

「女神! お前には願いを叶える力があるんやろ!? ならワイを、妖聖たちの願いを聞けぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ギャザーは先ほどリタをも上回る強大な魔力を放つ。果てしない闇が彼を、女神を飲み込む。周囲一帯が暗黒の霧に包まれた。カヴァレ砂漠は夜を越えた常闇の世界へと変貌する。

 

「ギャザー、なんてことをしてくれたんです・・・・・・! 『人間を滅ぼせ』なんて願いを叶えてしまえば女神は全ての人間をこの世から消すまで止まりませんよ・・・・・・」

 

 ギャザーを追うように瞬間移動したリタは、目の前に広がる闇を前に両膝をついてしゃがみ込む。自分の予想していた中でも最も最悪な事態になってしまった。ああ、もうどうすることも出来ない。彼女は悔しさのあまり握りしめた拳に力が入り、血が流れているのにも気づかなかった。

 

「・・・・・・止めることは、出来ないのか?」

「せ、せやで。ワイら皆で戦えば・・・・・・」

「勝てる、かも」

 

 これまで見せたことのないリタの取り乱した姿に巧たちは呆然とする。確かに女神の力は絶大だ。どれだけ低く見積もっても自分を苦しめたあのオルフェノクの王と同等。ブラスターフォームを使ったとしたもファイズだけでは勝つのは不可能だろう。だが彼は一人ではない。ここには晴人たちもいる。全員で力を合わせれば決して力の及ばない相手ではない。しかし、リタは首を振った。

 

「あなたが戦ってきたオルフェノクの中に滅亡した世界を一から作り直せる存在はいましたか?」

「それは・・・・・・」

「女神にはそれが出来るんですよ。この世界を作ったのは彼女だということを忘れないでください。皆で戦えば勝てるなんて考えは上辺だけの力しか見えてない証拠です。あなたたちが束になったところで世界を作ることも、世界を滅ぼすことも不可能です。ですが女神はそのどちらも可能なのですよ」

「・・・・・・」

「次元の違う存在に対して勝とうなんて、ましてや戦おうなんて甘い考えは捨てなさい。不確かな希望はただの絶望でしかないんですよ」

 

 何も言い返せない。リタから向けられるじめりとした視線に巧は、彼らは無言になってしまう。もはや世界はどうにもならない状況に追い込まれてしまったのだ。自分たちはここで終わる運命なのだろうか。巧は、あの晴人までもが絶望的な空気に飲まれつつあった。

 

「・・・・・・だったら、だったら私たちに黙って滅びろって言うんですか!?」

 

 静寂を打ち破ったのはフェアリンクを解除した果林であった。彼らの視線が人の姿になった彼女に向けられる。

 

「エフォールの人生はまだこれからなんですよ!? 学校に行って、友達を作って、恋をして・・・・・・そんな素敵な人生が待ってるんです! それなのに、それなのにこんなところで終われと言うんですか!? そんなの嫌です!」

「果林さん・・・・・・」

「私も、私だって嫌です! まだやりたいことがいっぱいあるんです! だから、だからっ・・・・・・!

 

 普段は大人しい果林が必死になって叫ぶ姿にリタは目を見開く。

 

「このままただ諦めて自分の死を待つなんて絶対に認められません! 私は戦います! 例えその先に待っているのが絶望だったとしてもっ! 少しでも可能性があるなら希望に縋ってみせます!」

「果林さん・・・・・・!」

 

 こんなところで諦める訳にはいかない。果林の強い意思がリタの心を震わせる。それは彼女に限った話ではない。絶望に向かいながらも希望を信じる果林の姿に巧たちは崩れかけていた心を繋ぎ止める。

 

「リタ、俺たちは最後まで戦わしてもらうぞ」

 

 諦める訳にはいかないのは自分たちも同じだ。例えこの先にあるものが破滅であろうと最後まで足掻いてやろうではないか。決意を固めた巧はリタに手を差し伸べる。

 

「本当に戦うのですか?」

 

 リタは巧の手を見つめながら呟く。それは彼にではなく彼らに聞いているのだろう。晴人たちは静かに前に出る。

 

「・・・・・・私も戦う。果林が戦うのに、パートナーの私が逃げる訳にはいかないもん」

「ワイもや! 戦う力を持ってるのはワイらしかおらんねん。そのワイらが諦めたら誰が戦えない人たちを守るんや?」

「ガルドの言う通りだ。不確かな希望そのものである俺たちが戦わなかったら、その先にあるのはただの絶望でしかないじゃないか。俺はそんなの認めない。もう二度と誰かを絶望に落としたりしないって約束したからな」

 

 待ち受けているのが例え絶望であろうと戦う覚悟は出来ている。決意を固めた晴人たちは力強く頷く。

 

「・・・・・・分かりました。私も一緒に死にましょう」

「一緒に戦う、の間違いだろ?」

「ふふっ、勝負になると良いですね」

 

 リタは微笑を浮かべると巧の手を取った。

 

 その瞬間。

 

 

 

「─────アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 甲高い悲鳴と共に女神が闇の中から飛び出した。彼らは咄嗟に身構える。

 

「っ!?」

「そんな、アホな」

「あれは・・・・!?」

 

 信じられない。あまりに理解しがたい光景に巧たちは目を見開く。彼らは女神と共に現れた存在に視線を釘付けにされた。

 

「アリン!?」

 

 アリンがそこにはいた。他人の空似ではない。魔方陣から出現した彼女はどう見てもアリンであった。赤い服に赤い髪、無機質な目をしていることを除けば巧たちの記憶と寸分違わぬ姿をした妖聖の少女を前に彼らは驚愕する。どういうことだ。彼女はファングと共に行方を眩ましたはずではないのか。それにどこか様子がおかしい気がする。彼らは強く困惑した。

 

「どうしてアリンがここに!?」

「いや、よく見ろ! あれはアリンちゃんじゃない!」

「嘘・・・・・・!」

「な、何人おんねん!?」

 

 アリンらしき存在に追随するように次々と同じ魔方陣が出現していく。気づけば巧たちは無数の彼女に取り囲まれていた。

 

『願いを聞き届けました』

『我らが使命はただひとつ』

『この世全ての人間を抹殺すること』

 

 四方八方から聞こえる不穏な言葉の羅列に巧は冷や汗を流す。

 

「おい、こいつらアリンそっくりのくせに賢そうだぞ!」

「そこは気にするとこやないやろ!?」

『どうしてアリンちゃんがあんなにたくさんいるのかしら?』

「あれはギャザーの願いが作り上げた人類を滅ぼす破滅の化身。本来なら女神を守るはずの防衛装置のような存在です!」

「俺たちが封印を解く時に戦ってたヤツか!」

 

 巧はゴッドリプロダクトを行う時に度々交戦していたモンスターの姿を思い出す。どうしてアリンの姿をしているのかは不明だがあれと同じ存在だというのなら目の前にいる彼女は相当に厄介な力を持っているに違いない。それが数え切れないレベルで出現していることに彼は頭痛を覚える。

 

「・・・・・・本物とか、紛れてたらどうしよう」

『エフォール、その冗談はシャレになりませんよ。皆さんが非常に戦いにくそうな顔をしてますから』

「気を紛らわせようと思って・・・・・・」

「こんな時にふざけてる場合か! 来るぞ、気をつけろ! ・・・・・・変身!」

『フレイム プリーズ! ヒーヒー! ヒーヒーヒー!』

 

 破滅の化身の大軍が彼らに襲いかかる。大軍を相手にするのに最も慣れているだけあって晴人の判断は早かった。彼は瞬時にウィザードへと変身すると先陣を切って彼女たちを迎撃する。

 

「ワイらも行くで、巧はん! フェアライズ!」

「ああ、変身!」

 

────standing by

 

────complete

 

「エフォール、援護は頼んだ!」

「うん!」

 

 ガルドと巧も変身すると破滅の化身の大軍へと飛び込んでいく。エフォールは弓を構えると背後にいるリタへと視線を向けた。

 

「リタ、私たちはどうすれば良いの?」

 

 その疑問が出るのは至極当然のことであった。突然現れた敵となし崩し的に戦闘になりエフォールは、彼らは困惑している。知りたいのだ。どうすればこの世界を守れるのか。どうすれば自分たちは生き残れるのか。終焉を迎えつつある世界の中で、その答えを知っているのはリタしかいない。彼女は目付きを鋭くすると叫ぶようにこう言った。

 

「大本を叩けば破滅の化身は消滅します。だから女神様を倒しなさい。何がなんでも、やらなければ全て終わります。負けても終わります。生き残りたいのなら・・・・・・絶対に勝ちなさい!」

 

 巧たちは力強く頷いた。

 




久しぶりの投稿になってすいません。そして待ってくださってありがとうございます

本当はもう少し早く投稿出来そうだったのですがちょっと平成ジェネレーションズと仮面ライダーマッハを観てからじゃないと今後の展開に支障が起きそうなので当初の予定から慌ててストーリーを少し変え、これだけの時間が掛かってしまいました。

次回の更新は年末で非常に忙しいので何時になるのか未定ですが出来るだけ早く投稿出来るようにがんばります

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