乾巧は四度目の生を生きる   作:北崎二代目

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草加さんが可愛い女の子を狙う殺し屋をやってたなんて知りませんでした。幻滅しました、やっぱりたっくんがナンバーワンですね


夢を奏でた牙と狼、人知れず夢を守った暗殺者

「見えたぞ、あれがサンドミージだ!」

「・・・・・・や、やっと着いたか。ファング、水をくれ」

『たっくんげんきだして~』

 

 暗殺者の襲撃のあった翌日。歩くこと数時間掛けようやくファング一行は砂漠の大都市『サンドミージ』に到着した。ファングはようやくマトモな食事にありつけると満面の笑みを浮かべ期待に胸を膨らませる。隣にいた巧は肩で息をし、乾いた喉を潤す。必要な荷物しか持たないファングと違いバイクを引っ張りながら歩くこと、前述の暗殺者のせいでなかなか寝つけなかったことが重なり巧は疲労困憊の状態になっていた。目の前に楽園があるにも関わらず彼はその場に座り込んだ。

 

「たく、せっかく美味い飯とふかふかのベッドが待ってるってのにどうした? ほら立て、バイクは俺が引っ張ってやるからよ」

「あれだけ文句言ってたのにお前は何でそんなに元気なんだよ・・・・・・」

 

 巧はファングのように図太い神経が持った男が心底羨ましいと思った。眠気と足の痛みに座り込んでいた巧はゆっくりと立ち上がる。

 

「よし、行くぞ!」

『おー!』

 

 上機嫌なファングとキョーコ。鼻歌を歌いながら歩く彼を見て巧はこの炎天下の中ひたすら歩き続けて何ともないのか疑問に思う。

 

「目的地に着くまでは帰りたい。目的地に着いたら元気に走るって何かに似てるな」 

『遊園地を前にした子供だろう』

 

 そうそうそれだ。巧はブレイズの言葉に思わず頷いた。

 

 

「デカい」

 

 巧がサンドミージを前にその感想しか浮かばなかった。砂の道はコンクリートに舗装され、高級なホテルやテーマパークなどの娯楽施設がこれでもかと敷き詰められている。石油の力とは偉大なものだ。かつては小さな村だったサンドミージがこうも変貌するのだから。とくに巨大なビル群は好景気を物語っている。あそこにはゼルウィンズ地方の世界的大企業『ドルファ』の支社もあるという。まさにバブル状態だ。

 

「うぉー、すっげえ。なんもかんもたけえ。ブランド物ばっかじゃねえか」

「そこは気にするとこじゃないだろ」

 

 どうせ買う訳でもあるまいし。ファングが求める物なんて食べ物とぐうたら過ごせる環境くらいだ。

 

「よし、決めた。俺は石油王ファングになる!」

『石油王になって何をする?』

「美味い飯食って美味い飯食って美味い飯食う!」  

 巧の予想通りだ。ある意味でこの男は欲がない。ファングの願望はその辺の子供が大金持ちになったらやりたいこととほとんど変わらない。

 

「美味い飯の為にわざわざ石油掘れるか? つか石油王として働けるか?」

「無理に決まってんだろ。・・・・・・やっぱ石油王はなしだ」

『巧、それが出来るならファングは今頃フューリーを血眼になって探している』

『ファングがほしいのはじゆうとごはんだけだもんね』 

 

 単純な男だ。だがお気楽で単純なファングだからこそ巧は共に旅をしている。ファングといればこのなくなった記憶が取り戻せる。そう前向きになれるから。

 

「そうだ、メシメシ。とっととどっかの安宿探さねえとメシにありつけねえ」

『え、あのおっきなほてるじゃないの?』

「そんな資金に余裕ねえよ。大体金持ちの前でフューリー持ち歩いてたら譲ってくれってめんどくせえだろ」

『そっか。ファングあったまいい』

 

 いくらバブルと言っても全ての住民が金持ちという訳ではない。こういう街には必ず貧民街がある。ファングたちのように金の手持ちが少ない旅人はたいていこのような場所にある安宿に泊まるのだ。所謂裏路地を彼らは歩く。

 

「お、このケバブうっめえ。おい巧、お前も食え。フルーツのジュースもうめえぞ」

「本当にそればっかだな。ああいうデカいビルよりもこういう屋台のが絶対好きだろ、お前」

「なんの食い物もねえ場所より安くてうめえ食い物がたくさんあるとこのが良いだろ」

「・・・・・・俺はビルのが好きだ。なんとなく」

 

 巧は巨大なビル群を見てるとどうにも引っかかる何かを感じていた。かつての自分はこういう街に住んでたのだろうか。無性にビルが気になって仕方がない。

 

「へー、変わってんな。お、おっさんその焼きそばくれ!」

「たく、食い物ばかり見てないで宿を探せ。・・・・・・お?」

 

 巧は一心不乱に買い食いをするファングに呆れる。そんな彼の目にある物が映った。クラシックギター。ショーケースの中に飾られたそれが少し気になる。

 

「・・・・・・ギターか」

「へー、楽器屋か。こんな街にもあるんだな」

「少し、いいか?」

「ああ見るだけなら好きにしろよ」 

 

 巧は店内に入った。店内は思ったよりも広くギターやベースなど様々な種類の楽器が飾られている。

 

「いらっしゃい! 何をお探しですか!」

 

 営業スマイルを浮かべた店員が巧に言った。

 

「悪いな。見るだけなんだ。今は手持ちがない」

「そうですか。ここに揃ってるのは自慢の楽器ばかりですから是非その目に焼き付けてください!」

 

 買わないと言っているのに随分と気のいい店員だ。巧は言われた通り自慢の楽器に目を通すことにした。

 

『ひやかしにならないかなあ?』

「ならねえよ。趣味でやってんだろ。本気で楽器売るにはいくらなんでも立地がわりいよ」

『聞こえないように話せ、お前たち』

「はっはは。お客様の仰る通りですよ」

 

 しかし、楽器を見るのなんて久しぶりだ。ファングは目の前にあったギターを手に持つ。年代物だがきっちり手入れとチューニングが済まされてる。娯楽経営と言っているが品物の品質は高そうだ。

 

「なあ、これ弾いても良いか?」

「構いませんよ」

『ファング、弾けるのか?』

「まあな。自由を求める奴ってのはロックにハマるんだよ。いわゆるセッ『キョーコに何を聞かせるつもりだ』ドラッグロックンロールってな。あ、わりい」

 

 軽く咳払いしてからファングはギターを弾く。それは砂漠という風土によく合うスパニッシュ系のメロディー。即興で弾いた割りに上手い。少なくともアマチュアレベルなら十分にその道のプロと呼ばれるレベルの腕前をファングは持っていた。

 

『・・・・・・おおっファングすごい』

「やりますねえ、お客さん」

「へへ、まあな」

 

 ギターの腕を賞賛され、ファングは上機嫌だ。だが巧は反対に浮かない表情をしている。何かが引っかかってるような顔だ。そんな巧にファングはギターを手渡す。

 

「巧、お前も弾いてみろ」

「・・・・・・俺は良いよ」

「弾けるから店に入ったんだろ、記憶を取り戻すヒントになるかもしれねえ。弾け」

 

 しぶしぶ巧はギターを受け取った。そして記憶の中に残っていた曲を弾く。それは茜色の雲を夢描いた旅人の歌だった。聴いているととても懐かしい気持ちになる。誰もが聴き入る。ファングがアマチュアトップレベルなら巧はプロでも引けを取らないレベルの腕だ。何かを思い出しそうだ。巧は失った夢のかけらを取り戻さんとその曲を弾き続けた。少し思い出した気がする。乾巧は夢を持たなかった。だから誰かの夢を守るために戦っていた。それがどういう戦いだったのかは分からない。でもその果てに夢を見つけたんだ。それだけは確信を持てる。巧はギターを弾く手を止めた。これ以上は思い出せそうにない。

 

「・・・・・・すっげえよ、お前。天才の俺よりギターうめえじゃん」

「どうだか。これ以外は弾けそうにない」

『記憶を思い出せば他の曲も弾けると思うか』

「多分な。今は無理だ。それにやる気はねえよ。ガラじゃない」

 

 だが収穫はあった。忘れていた記憶のほんの一部を思い出すことが出来たのだ。

 

『たっくんすごいよ~!』

「・・・・・・だからガラじゃないんだよ」

 

 こうやって褒められるのはむず痒い。巧は頭の後ろを掻いた。

 

「いやー私も感動しましたよ。こんな素晴らしいお客様が来るのは何年ぶりでしょう。・・・・・・そうだ! お客様方、もし良かったらそのギター差し上げますよ」

「え、良いのか? じゃあ『待て』なんだよ」

「いくらなんでも怪しいだろ。何か裏がある」

 

 クラシックギターは高価な物だ。それをいきなり渡されて喜んでもらたいのはファングくらいだろう。

 

「おっさん、何が目的だ?」

「目的なんてないですよ。どうせこの店はもうじき潰れます」

「趣味でやってんのにどうして潰れるんだよ。借金でもしてんのか」

「いえ。ここら一帯は立ち退きが決まったんですよ」

 

 これだけ人が暮らしている場所を立ち退きして何の意味がある。巧は更に問い詰めようとしたが来店してきた男たちを見て理解した。

 

「おうおう店長いるかぁ!?」

「・・・・・・はあ、また来たよ」

 

 その男たちは柄の悪そうな雰囲気とド派手なスーツと堅気の商売をしている人間には見えなかった。所謂ちんぴらというヤツだ。

 

「もうほとんどの奴らは納得してんだよなあ。後はあんたが出てってくれればデッケエカジノが作れんだよ。金だ金! なあ、さっさとこの契約書にサインしてくれよ。痛い目みないうちによぉ」

「兄貴の言う通りだ、サインしろ!」

「その話しはお断りしたじゃないですか」

「・・・・・・そりゃ潰れるわ」

 

 流石のファングでも瞬時に理解する。サンドミージから貧乏人を追い出そうとしてるのだ。これだけ金を持ってる人間が集まる街ならカジノを作れば更に金が集まる。金を持ってない奴より金を持ってる奴を優先すればそうなる。金持ちは金持ちのことしか気にかけない。そこに住む普通の人なんて石ころと変わらないのだろう。何よりたちが悪いのは立ち退きはどれだけ拒否しても最終的に強制的に追い出すことが出来るのだ。

 

「あぁっ!? てめえ何様のつもりだ! こっちが下手に出てれば良い気になりやがって! 黙ってサインすれば良いんだよ!」

「ぜんぜん下手になってなかったでしょう・・・・・・」

「あ、なに兄貴に逆らってんだてめえ!」

 

 ちんぴらが店長の胸ぐらを掴んだ。巧は慌てて止めに入る。ちんぴらの腕を掴んで引き離した。

 

「おい、やめろ!」

「ああん!? てめえも殴られてえかガキ!」

「やっちまえサブ!」

 

 拳を振り上げたちんぴらに巧は身構える。モンスターとの戦い方は知らないが喧嘩のやり方なら知っている。殴って来たら返り討ちにしてやる。巧は拳を握りしめた。

 

「おいおい。お前、俺の連れに何する気だ?」

「あ、てめえもやる気か?」

「ファング・・・・・・?」

 

 巧とちんぴらの間にファングは割って入る。

 

「俺はこいつの用心棒をやってんだ。その手を止めねえとぶっ飛ばすぞ」

「偉そうな口利いてんじゃねえ!」

「俺は偉いんだよ。お前なんかより遥かにな。いずれはぐうたら界の神になるファング様だ。逆らったら一生不眠症にしてやる」

 

 ファングはちんぴらの喉元に剣を突きつけた。ファングは彼を睨みつけた。ちんぴらは慌てて後ずさる。しかし、敵意は依然として収める気はなさそうだ。

 

「て、てめえ俺に喧嘩売るなら『やめろ、サブ!』あ、兄貴?」

『この剣が見えないのか、たわけ』

『たわけたわけ! たわけってなに?』

「や、やっぱりそうだ。そ、そいつはフューリーを持っている。ふぇ、フェンサーだ。手を出したらこ、殺される」

 

 フェンサーの力は普通の人間にとって脅威だ。手にした者は神々の一端である妖聖の力を操りモンスターだろうと難なく倒せるらしい。しかも100本集めれば願いを叶えられるという。だが選ばれた者しかその力は使えない。選ばれた強者にしか。そのフェンサーに喧嘩を売ったらどうなるかちんぴらの兄貴分は理解していた。

 

「帰るぞ、サブ!」

「あ、兄貴待ってくださいよ。畜生覚えてろよ!」

 

 ちんぴらたちはファングに怯えて逃げていった。

 

「・・・・・・行ったか。大丈夫か、おっさんに巧」

「ありがとうございます、お客様!」

「俺はなんともない。ファングがいなければ返り討ちにしてやった」

「そういう問題じゃねえよ。あいつらのバックが何者か分かんねえのに喧嘩したらやべえだろ。俺と違ってお前は普通の人間なんだ」

 

 厳密に言えばファングもフェンサーではないのでただの人間だが。フューリーを持っているからフェンサーと勘違いをしてくれて助かった。

 

「で、おっさん。あいつら何モンだよ」

 

 店主はあのちんぴらたちが何なのか説明する。元々この街は砂漠の中にひっそりと存在し音楽くらいしか取り柄のない小さな村だったらしい。村に住んでいた住民は小さく貧しいながらも楽しく暮らしていた。ある時外国から来た男にこの村の周辺には石油があるから土地を借りたいと言われた。住民は最初は反対していたが男が石油がとれたらこの村の人たちの生活を援助を保証するという約束で快く了承した。

 

「村に井戸や物資を送ってくれてこの人なら大丈夫だと思いました。でもやはり騙されていました。いざ石油が掘れると彼は途端に冷たくなりました」

 

 土地の借用書が強引に奪いとられたサンドーミージは姿を変える。先住民は追いやられホテルやビルが建てられ今の街になったのだ。この貧民街に住んでるのはその時の先住民で金持ちは後から来たのだという。

 

『恐らく今の市長がその時の男だな』

「その通りです」

『あとから来た住民の支持票で選挙に勝ち街を奪いとる。大企業がよく使う手段だ』

 

 景観を損ねるだのなんだのといちゃもんをつけ次々と先住民の家は壊された。市長の手下もあのちんぴらたちのような奴らで固められていて誰も逆らえない。先住民は諦めた。

 

「それでこの街が出来たのか」

 

 巧は腕を組む。休憩でよった街だが想像以上に胸くその悪い話しに眉を歪める。

 

「戦おうとは思わねえのか?」

『無茶を言うなファング』

「無理ですよ・・・・・・。私も祖父が残したこの店をなくしたくない一心で抵抗してますけどそれも限界で。祖父のようになるのが私の『夢』だったのにもう疲れてしまいました」

「おっさん・・・・・・」

 

 こればかりはどうにもならない。何とかしてやりたいと巧は思ったが記憶喪失で旅人の身分の自分では何も出来ることはない。

 

「ギターを受け取ってください。せめてこの店があった証を残したいんです」

「巧、もらってやれ」

「あ、ああ。ありがとなおっさん」

「行こうぜ、そろそろ日も暮れる。とっとと宿を見つけねえと今夜は野宿だ」

 

 巧は渋々店から出た。ファングもそれに続く。

 

「せめて借用書を取り戻すか市長が代わってくれれば」

 

 店長の独り言をファングたちは聞き逃さなかった。

 

 

「カレーうっめ。お前ももっと食え、美味いぞ巧」

「・・・・・・ああ」

「さっきからそればっかで全然食ってねえだろ」

「熱いんだよ!」

 

 宿に泊まった二人は食事をしていた。ファングがいつも通りがっつき巧はあまり口をつけない。

 

『ほんとうにいいのファング、たっくん?』

「しょうがねえだろ、俺たちがどうにか出来る問題じゃねえよ」

「そういうのは余計なお世話なんだよ、キョーコ。あいつらがどうにもする気がないなら何もしないのが一番なんだよ」

『そうだ、キョーコ。我らの目的はゼルウィンズ地方だ。こんなところで寄り道してる余裕はない』

 

 

 数時間後。

 

「どうにか出来る問題じゃないんじゃなかったのか、ファング?」

「余計なお世話になるんだろ、巧」

 

 深夜。ファングたちは市長の住む豪邸の前に来ていた。

 

『愚か者が。正規の手段で手に入れたのなら強引に奪ったのだろうと土地の借用書は市長のものだ』

「市長の方をどうにかすれば良いだろ」

「巧の言う通りだ。政治家なんて不祥事するのが仕事なんだから家ん中に腐るほど悪事の証拠があるだろ」

『まっとうな議員に謝罪しろ』

 

 流石に大富豪の家となると警備は厳重そうだ。黒い服にサングラスをかけた警備員を正面突破するのは難しい。第一そんなことをしたら身元を特定されてしまう。かといって針金を張り巡らされた塀の上を飛び越えるのは出来ない。

 

「・・・・・・よし、魔法使うか」

「そんなこと出来んのか?」

「俺に不可能はねえ」

 

 初めて出会った時にもファングは魔法を使っていた。巧は黒服たちにゆっくりと近寄るファングを見守る。

 

「見とけよ・・・・・・『オーバーアング』」

 

 黒服の一人に手を向けてファングは小さく呟いた。赤い幾何学模様の光が黒服を包んだ。

 

「うっ! オラア!」

「うぐっ、何をするお前っ!?」

 

 黒服は隣にいた男を殴った。殴られた男は困惑するがなおも黒服は暴れる。オーバーアング・・・・・・一時的に相手を狂わせ仲間を襲わせる魔法。

 

「おい、やめろ!」

「ヴォォォォ!」

「ひい、やめろやめてくれぇー!」

 

 ファングは門の前の警備員の何人かにオーバーアングをかける。すると警備員は仲間割れを止めるために次々と駆り出されることになった。仲間同士が血で血を洗う惨たらしい光景に巧は引きつった笑みを浮かべる。門の前が手薄になった頃、ファングは巧の傍に戻ってきた。

 

「な、上手くいったろ」

「なんも上手くいってねえよ、バカ!」

『余計事態が大混乱になっただろ、阿呆! バレたらどうなるか分かってるだろうな!?』

 

 しかし、これで正面から入り込める。抗争の中バレないようにファングたちは屋敷に潜入する。

 

「・・・・・・殺殺殺殺殺」

 

 遠くからそのファングを見つめる者がいた。

 

「あ? 今誰かの視線を感じたような」

「気のせいだろ。さっさと目当ての物見つけて逃げるぞ」

『しかし中はやけに手薄だな。あのごろつき達もいない』

 

 屋敷の中はやけに広くどこに何があるか分からない。ファングと巧は一つずつ部屋を開けて確認する。客人用の寝室ばかりで何かが隠されてそうな部屋が見つからない。手薄なのも気がかりだ。何か緊急で出張ることでもあったのか。今は考えるまい。

 

「あったよファング! しりょうしつだよ!」

「キョーコナイスだ! 流石は俺の剣」

「でかした!」

 

 実体化していたキョーコが一際大きい部屋から顔を出して言った。

 

「・・・・・・この市長すっげえ悪人じゃねえか。旅行費に車のガソリン代まで街の税金使ってやがる」

 

 資料室の中には市長の汚職の証拠が山のように溢れていた。

 

「ファングの予想通りだ。俺たちがわざわざこなくても遠からず終わってたかもな」

「ねえねえ、ほんだなのうしろにもへやがあるよ」

『ほお、隠し部屋までご丁寧に用意するとは相当な極悪人だな』

「埃っぽい部屋だな」

 

 ファングが本棚をどけて隠し部屋の中に入る。幾つものカルテのような物とフェンサー育成施設への資金援助の記録があった。ファングは目の前に置かれたそれを読み上げる。施設で行われた極悪非道な実験内容の詳細まで事細かく書かれている。投薬電流鞭打ち、人名の横に書かれた文字にファングの表情が消えた。年端もいかない子どもが拷問にかけられている写真までありファングは思わず舌打ちした。

 

「こいつは・・・・・・!」

「何が書いてある、ファング?」

「見ねえ方が絶対に良いぜ。こいつも持ってくぞ」

 

 ファングと巧が資料室から出た瞬間、警報が鳴った。

 

「ずらかるぞ!」

「ああ!」

 

 窓を開けて二人は飛び降りた。

 

「いたぞ!」

「よくもカシラを殺したな!」

『うおおおおお』

 

 着地したと同時に彼らの周りを昼間のちんぴらや黒服が取り囲んだ。ファングと巧は退路をふさがれじりじりと追い詰められる。

 

「おい、なんか勘違いされてるぞ!」

「ウゲッ!」

 

 殴りかかって来た男をハイキックで蹴り飛ばした巧がファングに言った。

 

「知らねえ! カシラなんて殺してねえよ!」

「ヒギャッ!」

 

 鉄パイプを振り上げた男の足を切りつけてファングが叫ぶ。

 

「嘘つけ、てめえらがカシラをやったんだ!」

「てめっ、離せ。ぶっ飛ばすぞ!」 

 

 ファングは昼間に会ったちんぴらに羽交い締めにされる。ナイフを持った男が突っ込む。ファングは腹に刺されないよう膝を上げる。怪我は後で治せば良い。致命傷にならなければ逃げ切るくらいは造作もない。だが手負いの状態で巧を守りきれるかどうか。ちんぴらに悪いがやっぱり彼を盾にするしかない。そうファングが思った時。

 

「ファングっ!」

『103』

『ENTER』

 

 ファングに迫ったナイフを紅い閃光が弾く。巧の携帯から発射された弾丸だった。巧は咄嗟に555フォンの使い方を思い出していた。

 

「助かった、巧! それ、そんな風に使えたのか!? もっと早く使え!」

「今思い出したんだよ!」

 

 羽交い締めにしたちんぴらを投げ飛ばしたファングが巧に近寄る。

 

「撃たれたくなかったら動くなっ!」

 

 ファングの牽制に黒服やちんぴらたちの動きが固まる。剣と違い飛び道具は当たるだけで致命傷になる。巧の肩を掴むと彼はにやりと笑った。

 

「『スモーク』!」

 

 周囲をケムリが包み込む。ファングの魔法だ。強力なモンスターが付近にいない限り必ず逃走出来る目くらましの魔法。ケムリが晴れた頃には彼らの姿は消えていた。

 

「くそ、逃がした!」

「おい、お前ら何やってた!?」

「あ、兄貴。カシラを殺した犯人がいたんだ! 昼間の男だ!」

 

 ちんぴらがファングたちを探していると兄貴分の男がやって来た。慌ててたのか汗を流している。ファングのことを知ってるはずの兄貴分は何故か怪訝な顔でちんぴらを見てこう言った。

 

「バカやろー! そいつらは違う! 犯人は『女』だ! 誰かが殺し屋を雇いやがったんだよ!」

 

 

「なんやかんや上手くいったな」

「ああ。だが見つかっちまったぞ。どうする?」

 

 手元には市長の不正の数々がある。だが盗品には変わりない。あいつらに襲撃される可能性を考えると作戦は失敗と考えた方が良いだろう。

 

「心配ねえよ。あいつらのカシラ、つまり市長は暗殺されたんだ。どうせあの屋敷の中、全部調べ回されることになるんだ。ガサ入れされたらあの資料が公衆の面前に晒されるだろ」

『我らの行動が無駄足になったと考えるとバカらしいがな』

「ま、こいつを持ち出せただけで無駄足にはならねーよ」

 

 そう言ってファングはフェンサー育成施設の中身をパラパラと捲る。発注先、というあまり良い印象を抱けない文字が目に入る。安価な奴隷を実験に使いそこからフェンサーが生まれれば高価に売りさばく。適性がなかった者は殺す。反吐が出る話である。この非道な行いを全て邪神の責任にするのはあまりに稚拙で浅はかな考えだ。

 

「ファング、フェンサーってのは人の命を奪ってでも作る価値があんのか」

 

 巧にはフェンサーがどういうものか分からない。犠牲を払ってまでフェンサーを欲しがる精神を理解出来なかった。人の死に無意味なことなんてない。そう思う巧だからこそ無意味にしようとする輩の考えが理解出来ない。

 

「・・・・・・ねえよ。誰かの命を奪うことを前提で考えてるなら願いが叶おうが多くの命を救えようが世界平和になろうがその結果に価値なんてねえ」

『犠牲になった側からすればそれは当たり前のことだ。そして世の多くの人の子は犠牲を忘れる。だからこそ非道な人間は生まれる。神の一部だった俺が言うのはどうかと思うがそれが人の罪だ』

「罪、か」

 

 ならば誰かのために戦ってその結果命を奪うのもまた罪なのだろうか。

 

───翌日

 

 新しい物から古い物。紛い物から本物まで様々な楽器が売られている店があった。意外と広々とした店内にギターのメロディーが響き渡る。神々の一部であった妖聖は静かにその曲を耳に入れる。良い音色だ。気づけば街の人々が自然と集まってきた。サンドミージの人々はかつて皆音楽を愛していた。この曲は彼らにとっての夢のかけらだ。人々の夢を奏でる者は二人。ファングと巧だ。音楽が終わると二人を暖かい拍手が迎えた。

 

「お客様、ありがとうございます。色々ありましたが何とか店を続けられそうで・・・・・・」

 

 市長の死によって今は一時的に前任者の村長が街の実権を握っている。ひとまず立ち退きを止めることは出来そうだ。奪われた土地の借用書も取り戻した。これで以前のように、とはいかないが確実に彼らの街に活気は戻っていくだろう。

 

「おっさん、良かったな。あんたの夢、今度はきちんと叶えろよ」

「ええ。祖父のように頑張りますよ」

『妖聖の俺が保証する。そなたなら必ず夢を叶えられるだろう』

 

 巧が店主の肩を軽く叩いて笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・お前ギター返して良かったのか。貰えば良かったのに」

「良いんだよ」

『たっくんじょうずなのに~』

「今はそんな余裕ないんだよ」

 

 巧とファングがこうして店に戻ってきたのはギターを返すためだった。巧は旅人だ。旅をするのにギターは邪魔になるだけ。もしも記憶を取り戻すことが出来たら、この旅の終着点にたどり着いたならその時受け取りに来ようと巧は思っていた。

 

「お前が良いならそれでいいけどよ。もしかしたら記憶を取り戻す手がかりになったかもしれないんだぜ」

「良いんだ、俺は誰かの夢を守るために戦っていた。それを思い出すことが出来た。それで十分だ」

「夢を守る、ためか」

 

 巧は何をしていたのだろうか。ファングは疑問に思った。自分が刺されそうになったあの時に巧は持っていた携帯を銃に変えファングを救った。その携帯の正体も気がかりだが咄嗟にナイフを撃ち抜いた巧が一番の謎だ。誰かの夢を守るために、戦ってきた。それはモンスターか。それともこの街の市長のような外道か。あるいはその両方か。いずれにせよこれからも旅をしていけば否が応でも戦わなければならない状況は訪れる。願うことならその時が巧の記憶が戻る時ではないように祈りたい。それは乾巧が戦いの中を生きてきたという何よりの証明になるのだから。他者を傷つけ戦う生き方は自分の命を縮めるだけだ。出来るなら記憶を失う前の巧も自分のようにぐうたら寝っ転がれて自分や他人の幸福を願える人生を送れていた。そうであって欲しいとファングは思った。

 

 

「・・・・・・殺殺殺」

 

 やっと見つけた。殺してやる。

 

 




巧がギター弾ける設定は異形の花々から持ってきました。次の話しが終わったらいよいよ本編が始まります。巧がいることで物語に多少の変化もあると思います。・・・・・・早く巧を555に変身させたいなあ。
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