あの忌まわしき『木の葉崩し』から数日が過ぎ、里は復興へと急いでいた。
だか、里の勢力が落ちたと思われぬためにも任務を変わらずこなす必要もあり、里は人手不足を極めていた。
そのため、残ったものは休む時間を惜しんで働き、子供たちも、アカデミーの修復に力を尽くしていた。
まさしく総力を挙げての復興だ…。
そんな中カカシもまた、任務をはじめとし、その人望の厚さから里の多方面から頼られ、多忙な日々を送っていた。
サスケが気になるところだが、その後は呪印が暴走するようなこともなく過ごしている。
ただ、何度か会って話したが、やはり我愛羅との事は語らず、様子もおかしいままだった。
苛立ち、少し刺々しい感じをあらわにしていた。
中忍試験前、あれほど近かった距離が、急にまた離れたような…
そんな不安をカカシは感じていた。
忙しさであまり会えていないことも原因かもしれない…。
そう思い、なんとか時間を作り、昨日の夕方サスケを修行に誘ったが、やはり機嫌が悪く、サスケは来なかった。
少しそっとしておいたほうがよいかと考え、カカシは今日は朝から久しぶりにナルトと話をしていた。
サスケにつきっきりだったということもあり、少しでも時間を…との思いだった。
それに、あの我愛羅との戦いを、しっかりと聞いておきたいという気持ちもあった。
ナルトは、サクラがサスケをかばって我愛羅に立ちはだかった事や、自分が口寄せの術で妙木山のガマを口寄せして戦ったっことを嬉々揚々と話した。
二人の活躍に、カカシは成長を喜び、驚いていた。
しかし、ナルトが一番うれしそうに話したのはサスケのことだった。
「でさ、でさぁ、サスケのやつ、ぼろぼろのくせに、俺の前にサッと立って言ったんだってばよ!」
カカシの前にサスケのまねをして立ち、その口調も真似る。
「オレはすべてを一度失った。
もう俺の目の前で大切な仲間が死ぬのは見たくない!
って、そう言ったんだってばよぉ」
「サスケが…そう言ったのか…」
「そうだってばよ。
オレ嬉しくって…ちょっと泣きそうだったってばよ!」
へへへ…と照れ笑いを浮かべるナルト…
「オレ、あの時一瞬あいつがカカシ先生と重なった…」
「え?」
「先生、言ってただろ。
オレの仲間は絶対殺させやしない…って。
一緒だって…思ったんだってばよ」
「そうか」
サスケ…お前の心には、確かにこいつらがいるんだな…
そして、ナルトが言うように、本当に…オレもいるのか…
一瞬目の奥が熱くなる。
「いっつも偉そうで、オレたちのことなんか全然興味ないって思ってたからさ…。
あいつの口から、ちゃんとオレたちのこと『仲間』って聞けて…ほんとに…オレ…嬉しかったんだ…」
見るとナルトの目に小さな涙が浮かんでいた。
「先生…」
急に真剣な顔になるナルト…
「どうした?」
「あいつ…大丈夫だよな…」
その瞳には不安が浮かんでいる。
「なんかさ、あいつ…ほら…色々背負っちゃってるだろ…。
だから時々…なんていうか…遠くなるっていうか…。
うまく言えないんだけど…そういうとこあっから…オレ心配なんだってばよ…」
「ナルト…」
やっぱり感がいいな…こいつは…
サスケの揺れる心の動きに気付いていたのか…
最近特に様子がおかしいし…な…
カカシはナルトの頭に手を乗せ、わしわしと、髪を乱す勢いで撫でた。
「わっ!なんだってばよ…」
「大丈夫!」
正面からしっかりとその目を受け止める。
「心配するな。
あいつはオレたちの仲間だ。
一緒にやっていけるよ」
ナルトは心底ほっとした表情で、大きくうなずいた。
その後、カカシはしばらく里の中の様子を確認して回り、公園の前に立つサクラの姿を捉えた。
「サクラ!待たせたな」
午後からはサクラと会う約束をしていたのだ。
サクラは首を横に振り、力なく笑みを返す。
ありゃ、やっぱり一番落ち込んでるか…
誰より早くサスケの呪印の恐ろしさを目の当たりにしているサクラだ…
この間の我愛羅との戦いで、再び呪印に染まるサスケを見て、恐ろしかっただろうからな…。
普段は二人に心配かけまいと、気丈に振る舞ってはいるけれど…本心は不安だろう…
思えば、ナルトとサスケに気が行き過ぎていたのかもしれない…
本当に待たせたな…サクラ…
「ほい。まぁ飲め」
買ってきたジュースを手渡す。
「うん…」
二人は公園の前にある河原に座った。
「サクラ、この間の試験会場での幻術返し、さすがだったよ」
「うん…」
「我愛羅との戦いの時も…お前サスケをかばって我愛羅の前に飛び出したそうじゃないか」
「うん…」
「よく頑張ったな。なかなかできるもんじゃない」
「うん…」
…こりゃ…重症だな…
カカシはふぅっと息を一つ吐き、サクラに向き直る。
「サスケが心配か…?」
やっと正気のある目でカカシを見る。
「先生…」
「ん?」
「サスケ君のあの呪印…消せないの?」
切実な表情だ。
「残念だが、できない…。
封印するだけで精一杯な
サクラは泣きそうな顔でうつむいた。
「大丈夫って…先生もう大丈夫って言ったのに!」
体が小さく震えている。
「サクラ…」
「呪印を使った時のサスケ君…まったく違う人みたいで…。
自分が分からないみたいで…。どんどんなんていうか…遠くなっていくっていうか…。
最近も少し様子が変だし…私…なんだか心配で…」
ナルトと同じ不安を、お前も感じているんだな…
「サクラ、サスケがお前たちを『仲間』って言った話聞いたか?」
「え?」
その表情から、どうやら聞いていないようだ。
「あいつ…そういう所がダメなんだよまったく…」
「先生、それどういう事?」
「たぶんお前は気を失ってたんだろうな。
サスケがこう言ったそうだ。
もう俺の目の前で大切な仲間が死ぬのを見たくない!…ってね」
「サスケ君が?」
「ああ」
「本当に…」
頷きを返すと、サクラはぽろぽろと涙を流した。
「サスケ君…」
その気持ちはナルトと同じだろう。
カカシはサクラの頭にポンと手を乗せる。
「大丈夫。サスケは大切なものをちゃんと分かってるやつだよ。
ちゃんと一緒にやっていける」
「うん。…うん!」
力強くうなずくサクラ。
カカシはひとまず
まだまだ油断はできないだろうが…な…
サスケ、お前のことをこんなに思ってくれている仲間がいる…
自分が言ったその言葉を、忘れるなよ…
そして、カカシはサスケのもとへと向かっていた。
サスケとは約束はしていないが、たぶんあいつは…あそこに…
「いた…」
そこはついこの間まで二人で修業をしていた岩場…
サスケは自分が千鳥で削ったあの岩を見つめていた。
何を求めてここへ来たのか…カカシにもわからない。
だが、何かを求めていることは確かだ…。
「サスケ…」
その声に、サスケは煩わしそうに振り向く。
「何の用だ…」
…ありゃぁ…まだ機嫌悪いのね…
ていうか、なんだろうね…こいつらの
カカシは正直今のサスケにどう関わればいいのかわからなかった。
我愛羅との戦いで何かあったのは明白だが、何か今までとは違う…。
復讐に対しての感情だけではないような…そんな気がしていたのだ…
「サスケ、何に苛立ってるんだ?」
これ以上は放っておくわけにいかない。
カカシは思いきって聞いた。
「あんたには関係ない…」
あれほど開いていた心が閉ざされたか…
いや、それはない……
自分でも感情が分からず戸惑っている…といったところか…
カカシは慎重に言葉を
「サスケ、お前はオレの大切な部下で、仲間で、弟子だ」
サスケは顔をそむけたまま黙っている。
「でも、それだけじゃない。
今の俺にとってお前はそれ以上の存在だ。
だが、お前のすべては分かってやれない…。お前じゃないからな…。
言ってくれなきゃわからんこともある」
うつむいたまま、サスケは唇をかみしめる。
「言いたくなければ無理には聞かない。
でも、お前が話したくなればいつでも聞く。
何をさしおいても、時間を作る」
サスケの体から少し力が抜けていく。
「それから、今はこんな状況だからなかなかできないが、オレとお前の修行は続行中だ。
お前が言ったんだぞ、ほかの忍術も教えてくれってな。
だから、いつでもうちに来い」
見つめるその先で、サスケはただ地面を見つめていた。
カカシはサスケに歩み寄り、その手のひらに何かを乗せた。
チリン…
鈴が鳴る。
小さな二つの鈴…
その先にカカシの家の鍵がつけられていた。
「お前のだ。
いつでも勝手に使えばいい。
任務や里のことでしばらく不在が多いが、夜は大体オレも帰ってるから」
いまだ何も言わないサスケ。
カカシは、力の抜けた肩をポンポンっと優しくたたき、その場を去った。
…サスケ…お前の心は今…何を求めてる…
カカシが里に目を向けると、里の向こうに、夕日がゆっくりと沈んでいった…
その日、カカシが遅くに家に帰ると、寝室に薄明かりがともっていた。
「ん?まさか…あいつ…」
そっと中に入り、部屋を覗くと、ソファの上でサスケが眠っていた。
「来たのか…」
カカシは驚いていた。
今日はさすがに来ないと思っていたのだ。
そのことに安心より、不安がよぎる。
精神的に少し不安定か…
「いや…素直に喜ぶべきか…」
カカシはずり落ちていた布団をサスケにかけなおす。
「カカシ…」
うっすらとサスケが目を開ける。
「遅くなって悪かったな」
「…今度…」
サスケは再び目を閉じながら小さくつぶやく。
「…話す…」
そして、また眠った。
しばらく自分で考えたいんだな…
その寝顔は先ほどの荒れた雰囲気など
「オレは何をしてやれるんだろうな…」
闇の深みにはまればはまるほど、他人の声は届かない…
どんどん自分だけで道を探らなければいけなくなる…
そしてそれは、良い方向へは行きにくいものだ…
今まさに、サスケはそのふちに立っているのかもしれない…
でも、オレはお前がナルトたちに言った言葉を信じるよ。
カカシはそっとサスケの頭を撫でた。
「お休み…サスケ」
それぞれの思いを胸に夜は更けてゆく。
…里に悲しみを落としたあの戦いから皆少しずつ進みだした。
そしてこの日、
その静寂の中、宿命という名の歯車がゆっくりと動き出す…
その歯車を回す闇は、カカシが思うより深く、サスケが思うより濃く…
徐々に、そしてまるで計算されたかのように確実に…二人を引き離していった…