…遠くのほうでかすかに声がするのをカカシは捉えていた。
だが、体が動かない…。
自分がどうやらベッドに横になっていることは分かる。
そしてその感触が馴染みあることから、どうやらあの戦いが終わり、自宅にいるらしいと悟る。
聞こえてくるその声から、皆無事のようで、ほっとする…
…サスケは…
その存在を案じた時、カチャリとドアが開く気配…。
「カカシ…いるか?」
サスケの声だ…。
無事か…
「…っ?」
部屋の状況を見て、サスケが一瞬息を飲む。
「どうしてカカシが寝てる…。
それに上忍ばかり集まって…何をしてる…一体なにがあったんだ」
「いやぁ、何も」
ガイがごまかす。
しかしそのすぐあと、誰かが部屋に駆け込んできた。
「あのイタチが帰ってきたって話は本当か?
しかもナルトを追ってるって!」
「ちぃっ」とガイが舌打ちし、一瞬の間を置いて、
「…っ…!」
サスケが部屋から走り去る気配…
くそっ…サスケ!
カカシは何とか体を動かそうとするが、まったく反応しない。
「なんでこうなるの!」
ガイが声を荒げる。
「…う…ガ…イ…」
何とか必死に声を絞り出すカカシ。
「カカシ!起きていたのか」
「頼む…サス…ケ…を」
今イタチに会ったら…あいつは…
「たの…む」
「わかった!まかせろ!」
ガイがさっと姿を消し、サスケを追った。
…サスケ…行くな…
カカシ…
それはカカシを呼ぶサスケの声…
サスケ…どこにいるんだ…
また、迷っているのか…
オレはここだ…ここにいるから…
幾度となく聞こえるその声を感じながら、カカシの意識は深く…落ちた…
どれほど時間がたったのか…
ふと、カカシは額のあたりに、優しいぬくもりを感じていた…
…この温かさはなんだ…
どこか懐かしい…
瞼の向こうから、かすかに薄緑色の光が見える…
…このチャクラは…
カカシはゆっくりと目を開く…
徐々にひらけていく視界に映ったのは、驚くべき人物だった…
「綱…手…様?」
そこにいたのは里を出て久しい、初代火影の孫、綱手だった。
いまだすっきり晴れない頭を抱えながら体を起こすと、綱手の後ろにはガイと、ニカッと笑うナルト。
…そうか、自来也様との旅は、次期火影に就任してもらうために、綱手様を探す目的でもあったな…。
無事見つけたんだな…
ナルトの無事な姿を見て安堵し、ハッとする。
「サスケは!」
「サスケも先生と同じ術にかかって、ずっと寝てたんだってばよ。
んでもよ、さっき綱手のばぁちゃんに治してもらったから、もう大丈夫だってばよ!」
カカシの心配そうな表情に、綱手は力強くうなずきを返す。
「…ありがとうございます」
深く頭を下げる。
しかし…サスケにも…月読を…
…イタチ…っ!
カカシの目が怒りに震えた。
「しっかしまぁ…」
そんなカカシの頭上から、呆れた口調で綱手の言葉が降る。
「なっさけないねぇ…
たかだか二人の賊にやられたっていうじゃないか。
天才だと思ってたんだけどねぇ」
「…すみません…」
カカシは不甲斐なさに顔を引きつらせて答えながら、ナルトが何とも言えない不安そうな表情を浮かべていることに気付く。
「どうした…ナルト」
ナルトはギュッと両手を握りしめ、額に汗を浮かべて言った。
「…カカシ先生…
あのイタチってやつ…あの強さ…なんなんだってばよ…
サスケの千鳥を…一瞬でかわして…」
やはり千鳥で…
しかし、習得したばかりの千鳥では、確かにイタチには通用しないだろう…
「それに…エロ仙人の術からも…簡単に」
「…そうか…」
自来也先生の術すら退けたか…
イタチの力に、カカシは一瞬背筋が冷たくなった。
「ま、お前は何も心配するな。
オレがなんとかするから」
笑顔でそう返して、サスケのところへ行こうと立ち上がるが、よろけて綱手に支えられ、ベッドに戻される。
「まだ無理だ。
なにせ2か月近く寝たきりだったんだからねぇ。
いくらあんたといえども、リハビリが必要だよ」
「そ、そんなに…」
カカシは時間の経過に驚き、里の現状を危惧する。
「ガイ!里は…!」
「心配するな。
あれ以降は特に里に変わったことはない」
「そうか…」
ほっと息をつくカカシに綱手が目を細めてフッと笑う。
「ま、とにかく…もう少し寝てな。
サスケとやらにはあの子がついてるし、しばらくそっとしといてやりな」
…サクラか…
「わかりました…」
「あ、あのぉ綱手様!」
ガイがそわそわしながら声をあげる。
「早く!わが弟子、リーのところへ!
あいつの怪我を見てやってください!」
「ああ。そうだったね。
じゃぁね、カカシ。
復活したらガッツリ働いてもらうからね」
その力強い笑顔に、カカシは心から安堵した。
この人が来てくれたなら、里は大丈夫だ…
「覚悟してます」
その答えに、綱手はひらひらと手を振りながら出て行った。
「んじゃ、カカシ先生、オレも行くってばよ。
イルカ先生と約束してんだ」
「ああ」
「あ、ちなみに、サスケは一番奥の部屋だってばよ」
そう言い残してナルトも病室を出て行った。
カカシはその背を見送り、
「2か月近くも寝ていたのか…」
つぶやきながら窓の外を眺め、思い出していた…
あのイタチの強さを…
かつて暗部でともに従事したときは頼りになる存在だったが、敵にするとなると…
額から汗が一筋走る。
あの頃とは比にならないくらい力をつけていた…
「イタチ…」
もしあのまま、この里に尽くす忍として生きる道を選んでくれていれば…どんなに心強い存在だっただろう…
カカシは暗部でのイタチの働きを評価し、物事の本質を見抜く力に尊敬の念すら持っていた…。
そのイタチがあの恐ろしい事件を起こし、里を抜けたことが残念でならなかった…。
「いや、忍の世界に『もし』はない…な」
カカシは頭の中に浮かんだ考えを振り払うように、グッとこぶしを握りしめ、
…次は…必ず…
と、決意を刻んだ。
そして、何とか立ち上がり、サスケのもとへ向かう…
綱手にはああ言われたが、やはり気になって仕方がない…。
壁に手をつき、体を支えながらサスケの病室までたどり着く。
中を見るとサクラはどこかに出ているのかおらず、サスケがベッドに座り、じっと自分の左手を見つめていた。
カカシは息を整え、何とか平静を装って中に入った。
「よ!サスケ、起きたか」
サスケはハッとしたように布団の中に手を隠し、顔をそむけた。
「具合はどうだ?」
ベッド脇に置かれた椅子に座る。
「お互いひどい目にあったな」
サスケは黙ったままだ。
が、急に左腕が傷んだのか、腕を抱えて顔をしかめた。
「つ…っ」
「大丈夫か!」
カカシが体を支えようと手を差し出す。
しかし、
パシィッ…
音を立てて、その手がふり払われた。
「っ!」
驚いたのは、サスケのほうだった。
本当に無意識だったのだろう…
ハッとしたようにカカシの顔を見て、スッと目をそらす…。
…サスケ…
カカシはその行動に少なからずショックを受けはしたが、それ以上にサスケの心情が心配だった。
オレから教わった千鳥が、イタチに届かなかったことが原因か…
無意識に千鳥を…オレを…拒んでいるんだな…
カカシはフッと笑って、ゆっくり立ちあがる。
「また来るよ。
しばらく体を休めろ」
病室を後にするカカシの胸に不安が広がる。
幻術の後とはいえ、サスケは自分の心をうまくコントロールできなくなっている…
そこには、サスケの意思だけではない何かがあるような…そんな気がしてならなかった…。