「カカシ。俺に修行をつけてくれ」
中忍試験、本戦1か月前お前はオレの前に現れそう言った。
大蛇丸に付けられた呪印に頼らず、己の力で上を目指すために。
里の少しはずれにある岩場で、サスケとの修行は始まった。
「はじめに言っておく。オレがいいと言うまでは写輪眼を使うな。まずは写輪眼なしの状態で自分自身を鍛えるんだ」
カカシのその言葉に、サスケは顔をしかめた。
「俺は写輪眼の使い方を知りたいんだ」
「まぁまぁ。ちゃんと教えてやるから。んじゃ、まずは体術の修行ね」
「はぁ?なんで今更…。そんなのはいい。新しい術を教えてくれ」
体術にはある程度自信のあるサスケだ。
そう言うのも無理はない。
しかし、カカシはもう一度言った。
「まずは、体術の修行だ」
「俺の体術はあんたも知ってるだろう。必要ない」
「あのね…オレに修行つけてほしかったら、まず言う事を聞く。とにかく、オレを信じなさいって」
そう言われ、サスケはしぶしぶ従った。
カカシは、ガイの弟子であるロック・リーの体術をサスケにイメージするよう話した。
リーの体術は今、里の下忍の中でもトップクラスであり、特にそのスピードをサスケに会得させたかったのだ。
「とにかく、彼の動きをイメージしながら動くんだ。それが体にしみこむまで、今日は一日組手だ。来い!」
構えてサスケと対峙する。
「はっ!」
いきなりトップスピードに近い速さで打ち込んでくるサスケ。
瞬発力は群を抜いている。
しかし、カカシはそれを上回る速さでかわし、遠慮のない蹴りをサスケのはらにねじ込む。
「ぐぁっ!」
ずざぁぁぁぁぁ!
音を立てて地面を滑るサスケ。
「っつ…」
腹を押さえ、片手をついて起き上がる。
予選で負ったダメージがまだ完全に癒えていないサスケにとって、今の一撃は思いのほか効いた。
「サスケ。これは訓練じゃない修行だ。本気で行くぞ。死にたくなければ、お前ももっと本気で来い!」
その表情と気迫に、サスケは一瞬息をのんだ。
それは、普段自分たちに向けられたことのないものだ。
カカシがいつも倒すべき相手に向けていたもの。
…空気が痛い…
…これがカカシの本気か…
サスケはすっと立ち上がり、再び構える。
「望むところだ!」
そして地を蹴った。
「イメージしろ!彼の動きとスピードを!」
サスケの突きを…蹴りを、カカシはことごとく受け止めかわし、
「遅い!」
サスケの背後に回り込み、さっと沈み込んで掌底打ちを放つ。
間髪開けずに、前に飛び、サスケが地面に落ちる前に拳を打ち込む。
「くっ」
サスケは両腕を胸の前でクロスさせて受け止め、何とかダメージを軽減する。
砂埃を巻き上げながら着地し、足にチャクラを集中させ、ぐっと踏み込む。
ひゅっ…と空気が音を立てた。
態勢を落とし、足払いをかけ、カカシが飛び上がったところに下からこぶしを突き上げる。
しかしカカシはそれを後ろにのけぞってかわし、その勢いを利用して蹴りを繰り出す。
サスケもこれを後ろ向きに回転してやり過ごし、ついた手を軸に逆立ちのまま両足での蹴りを返す。
が、やはりかわされる。
「スピードを上げろ!極限まで速度を高めるんだ!」
徐々に上がり始めるサスケの攻撃速度。
その動きが少しずつリーの体術に近寄っていく。
一度写輪眼で真似ている事もあるが、それだけではない。
その感性の高さと、センスの良さ…
…さすがだな。飲み込みが異常に速い。
必死なんだなサスケ。
自分の容赦ない攻撃を受け、傷だらけになりながらも飛び込んでくるサスケ。
カカシはそんなサスケがたまらなくかわいく思えた。
自分に似ているところを普段から感じていたせいもあるが、自分を頼ってきたことが純粋に嬉しかったのだ。
どれほどの時間打ち合っただろうか、サスケの動きは要領を得てきたが、さすがに疲れで速度が落ちてきていた。
途中何度か休憩を挟んだとはいえ、スタミナも切れ始め、だんだんと動きにも雑さが現れ始めた。
…そろそろ限界か…
やや距離を取ってサスケを見やると、かなり息が上がっている。
それでも、その眼はまだ強い光をたたえていた。
「…く…。このぉ!」
何とか繰り出したこぶしを、カカシはパシッと受けとめ、
「よし。今日はここまでだ」
そう言って、にっと笑った。
しかし、肩で息をしながら、サスケはカカシを見上げ
「まだだ…」
鋭いまなざしで構える。
「焦りは禁物だ」
言われてサスケは唇をギリッとかんだ。
「まだ。まだ一発も当てていない…!」
にらみつけた視線の先で、カカシは平然とした様子で立っている。
砂埃や、攻撃をガードしたことで服に汚れはついているものの、一つも傷を負っていない。
「ま、当然でしょ。オレ一応上忍だからね」
そうそう簡単に食らうわけにはいかないでしょ。
今はまだね…
「とにかく、今日は初日だしここまでだ」
その言葉に、サスケは不満そうな表情を浮かべるが、
「俺は…まだ…やれ…る」
言いながらふらりと崩れ落ちた。
「おっと。大丈夫か」
その体を受け止めて、カカシはゆっくりと近くの岩に座らせる。
しばらく荒い息をしていたサスケだが、徐々に落ち着き、空を仰いだ。
「俺は…強くなれるのか」
「なれるさ」
即答し、サスケの隣に座る。
「お前は、今までオレが見てきたどの下忍より努力家で、優秀だ。心配するな。お前は必ず強くなる」
ポンとサスケの頭に手を乗せ、いつものように、ニッと笑う。
「オレの自慢の部下だからね」
トクン…
サスケの胸が波打った…
そしてかつて父親に言われた言葉を思い出していた。
『さすがは俺の子だ』
あの時の嬉しさがよみがえる…
しかし、そのすぐあと、血を流して倒れる両親の姿と、二人を殺したイタチの、あの闇に染まった瞳を思い出す。
今度はドクンッと体中の血が大きく脈打った…
グッと胸をつかむサスケ。
一瞬にして黒いなにかが心に広がり、飲み込まれそうになる。
知らぬ間に瞳は赤く染まっていた…
「サスケ!」
「…っ」
その事に気づいたカカシの声と、頭に乗せられたその手の温もりが、かろうじてサスケをつなぎ止めた。
サスケは目を閉じ、大きく深呼吸をする。
そして膝の上に手を組んで置いたまま静止した。
数分が経ち、サスケが小さくつぶやく。
「………………てる…」
「ん?」
「いつまで…手を置いてるんだ!」
頭にのせられたままのカカシの手を振り払って立ち上がり、ふんっとそっぽを向いた。
いつもの悪態と同じく、瞳もすでに元の色だ。
…戻ってきたか…
サスケに気づかれぬよう小さく息を吐き、「よっ」と 勢いをつけて立ち上がると、もう一度サスケの頭にわざとらしく手を乗せた。
「照れちゃって~」
「なっ!誰が!触るな!」
ばっ…と飛びすさるサスケ。
「素直じゃないんだからぁ」
ニヤニヤと笑いながら、カカシはサスケの背中をポンっと叩いた。
「さ、行くぞ」
「行くぞ…って、どこに…」
「そりゃぁお前、決まってるでしょ。修行のあとは風呂だよ。風呂」
その言葉に、サスケは心底嫌そうな顔をする。
「なんでオレがあんたと風呂なんか! 断る!絶対に行かないからな!無理だ!」
「あのねぇ、そんなに嫌がられると、さすがに傷つくんだけど…。あ、ちなみに。この修行が終わるまでオレのうちで過ごしてもらうから。よろしくな」
「なっ!」
絶句するサスケ。
「ふざけるな!なんのために!」
「これも修行のうちだから。来ないなら明日から見てやらないよ」
背を向けて歩き出す。
「行かないからな!」
「あ、そ。じゃ、明日から他をあたるんだな」
「くっ…」
サスケはその後ろ姿をしばらくにらみつけていたが「チィッ」と吐き捨て、しぶしぶ歩き出した。
そんなサスケをちらりと見て、カカシは先ほどのことを思い出していた。
一瞬にして心を
サスケ…お前の闇は思っている以上に深い。
そして俺のそれと似ている。
お前とは状況が違うが、オレも大切なものを数多く失ってきた。父を亡くし、師を、友を、仲間を失い…大切な人の命をこの手で奪っておきながら、オレは一人生き残った…
自分の弱さを責め、孤独に陥り、絶望し、そしてなぜ自分なんかが…と、罪悪感にさいなまれ…
その意味を求めて闇に身を置き、『任務』という名のもと多くの命を奪ってきた。
里の仲間たちとも距離を置き、つながりを持つことをも拒んだ。
なぜなら、ふと幸せを感じた瞬間に、自分だけが生きていることへの罪悪感が無意識に湧き上がり、過去の闇が…思い出したくない残酷な出来事が…恐ろしいほど鮮やかによみがえるからだ。
闇を掻き消そうと幸せを求め、その幸せが闇を呼ぶ…。
光を浴びた後の、その闇の重さに耐え切れず、希望を捨て、闇に落ち、二度と光のもとへと戻れなかった者たちを、多く見てきた。
オレだって、危うくそうなるところだった。
いや、今でも下手をすれば、すぐに落ちてゆくのかもしれない…
でもな、サスケ…
オレはお前たちと出会い、里の仲間たちに支えられて、闇が生み出す無限のループから一歩踏み出せたんだ。
お前もまだ間に合う。
終わりのないように見えるその闇にも、必ず光がさす。
堕ちるなよ
そのためにも、普通の関わりから逃げるな。
オレがお前のそばにいるから。
いつの間にか隣に並んで歩いていたサスケを見つめ、カカシは、今は亡き親友を思い出していた。
彼はサスケと同じうちは一族だった。
オビト。こいつは必ず守るよ。
今度こそ…
カカシはそう決意し、空を仰ぎ見た。
眩しいほど美しい青空に、細く長い雲が真っ直ぐに伸びていた。
里へと向かって…
まるで、彼らを導くかのように…