けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に、カカシは気だるそうに目を開けた。
時計の音を止め、ゆっくりと体を起こし、片手で顔を抑え込む。
長く…重いため息が部屋の中に落ちた。
「夢…じゃない…な」
昨日起こった、認めがたい現実を思い出す。
サスケは里を抜けた…
あいつの心は復讐を決めたんだ…
一晩経ち、その重みは増していた。
カカシは鈍い頭痛を感じ、また横になる。
しかし窓の外に気配を感じて、そちらに目を向けビクリとする。
ガイがへばりついていたのだ。
「ガ…ガイ!
何やってんだよ…こんな早くから…」
「気持ちのいい朝だぞ!
お前も早く出てこい!
こんな朝は一勝負して、いい汗をかこうではないか!」
いかなる時も全力のガイ…
カカシのことを気にして…だろうが、カカシはため息を返した。
今のカカシにとって、テンションの高いガイは特に受け入れがたい存在だ…
「悪いけど」
カカシはサッとカーテンを閉める。
ここまで本気でガイに拒絶を覚えたことはなかった…
「あ、おい、カカシ!」
…今は…誰にも会いたくない…
カカシは布団を深くかぶった…
ガイはしばらくその場にいたが、諦めて踵を返す。
そして
「任務には遅れるなよ。
それから、綱手様からお前に伝達だ。
出立の前に火影室に来るようにとの事だ」
そう言い残して姿を消した。
…任務…
「そうだった…な」
重い体を無理やり起こす。
そして、第七班の写真から意識的に目をそむけて部屋から出る。
サスケの顔を見ることができない…
こんな事ではいけないと分かってはいるが、どうしようもできなかった。
ぼんやりとしたままで準備を済ませ、何も食べずに家を出る。
…サスケ…なぜ俺の帰りを待たなかった…
いや…なぜオレはあいつから離れたんだ…
離れるべきではなかったんだ…
その間に、いったい何があったんだ。
どうして、大蛇丸のところに…
カカシの頭の中は同じことがずっと渦巻いていた。
「とにかく…」
今回の任務は国境まで行く。
綱手様に許可をもらって、任務終了後…あいつを探しに行こう…
どんな手を使っても、連れ戻してみせる…
しかし、綱手から告げられた言葉に、カカシの決意は消される。
「カカシ、今回の任務は国境まで行くことになる。
だが…サスケを追うなよ」
静かに、低い声で言い放つ綱手。
カカシは考えを見透かされていた事と、サスケを追うなとの綱手の言葉に動揺をあらわにした。
「な、なぜです!」
「なぜ…だと…」
綱手の眉がピクリと動く。
「わからんお前ではないだろう」
しかし、カカシはきつい眼差しを向け答えた。
「…分かりません。
サスケはオレの部下です。
追わせて下さい」
さらに綱手の眉が動き、眉間にシワがよる。
「お前…ふざけておるのか…」
カカシは無言を返す。
「今の里には、任務以外のことに人員を割く余裕はない!
しかも、お前が今里を離れてどうする…。
お前は里で最も戦力になる忍だぞ!」
「しかし…」
ダンッ!
綱手が机を強く叩く。
「カカシ…
お前…仮にも火影不在中に三代目から暗部を託された身だろう!
それがどういう事か自覚しろ!」
その一喝に、カカシは両の手を強く握る。
その意味は分かっている…
三代目の想いは…
そして、今自分が里を離れることが、里を危機に陥れかねないという事も…。
先日の木の葉崩しによって、優秀な忍が幾人も失われた事は、周知の事実だ…
そんな今、カカシは多くの任務に携わり、広く知らしめる必要があった。
木の葉のはたけカカシは健在だと…
そして、その力を…。
「それに…サスケは抜け忍だ…。しかも後を追った里の仲間を傷つけた…。
本来なら追い忍を出すところだ。
それでも、まだ下忍で国の機密に関わりが無かったことや、大蛇丸に操られている可能性を考慮して、それを免れておるんだ…。
これ以上のことは、もうできない」
カカシはうつむき唇をかんだ…。
綱手はしばらくその様子をみつめ、もう一度念を押した。
「いいな。
うちはサスケを追うな」
「………………」
カカシは無言のまま背を向け、ドアを開ける。
「おい、カカシ!」
呼び止める綱手に、カカシはふりむかぬまま、そして、苛立ちを隠すことなく言葉を返した。
「分かってますよ…」
バタンと固い音をたててドアが閉まる。
綱手は大きく息を吐き出した…
「まったく…」
「だのぉ…」
窓の向こうから聞こえた声に、綱手は立ち上がり、窓を開ける。
「自来也…」
「よぉ」
手をあげる自来也を綱手はじとりとにらむ。
「いたのなら、あれに何か言ってやってくれればよいものを…」
視線の先には、集合場所へと向かうカカシ。
その背にはいまだ苛立ちを漂わせている。
「わしはそういうのは苦手だ…。知っとるだろう。
しかし…」
自来也は腕を組み、綱手と同じくカカシを見つめる。
「ちと、良くない…な…」
そして綱手に向き直る。
「綱手…頼みがある…」
「頼み…?」
目を細める綱手に、自来也は頷き、再びカカシの背を見つめた…。
任務集合時間までまだ少し時間があることもあり、カカシはあの慰霊碑の前に来ていた。
「抜け忍…か…」
改めて聞かされると、その言葉は鉛のように重い。
サスケは一体どんな気持ちであの写真を伏せたのだろう…
この里を出たその最後に何を思ったのだろうか…
「なぁオビト…。
お前なら、サスケの気持ちを分かってやれたのかもしれないな…。
オレではダメだったよ…。
お前に、あいつを守ると誓ったのにな…。
あいつは行ってしまった」
何も言わず…
あれほど近くで過ごしてきたのに…
…サスケ…
カカシの胸の中は、悔しさと、自分の無力さへの腹ただしさが溢れていた。
「オレはどうすればよかったんだ…。
どうすればいいんだ…」
しかし、答える者はいない…。
カカシは何度目かのため息をこぼし、集合場所へと向かった。
そこにはすでにガイが待機しており、もう一人…思わぬ人物がいた。
「お前…」
驚くカカシに、その人物はニコリと笑った。
「ご無沙汰してます。先輩」
「ヤマト…」
「今回は、僕もご一緒させていただきますので」
「お前が?」
過去に暗部でともに隊を組んでいたヤマト…
今も暗部所属で、通常任務に参加することは少ない…
人手不足のためか…
「よろしくお願いします」
「…ああ」
カカシは気まずく返事を返した。
火影直轄の暗部の一員だ。
すでにサスケのことは聞き及んでいるだろう。
カカシはスッと視線をそらした。
かつて部下であったイタチが里を抜け、その弟であるサスケまで…
その事実を…自分の無力さを、後輩であるヤマトに見られているようで居心地が悪かった。
そんな状況を察してか、ガイがわざとらしく声をあげた。
「いやぁ、助かるよ。
今回は二人だと聞いていたからな。心強い!
なぁ、カカシ」
肩に手を置く。
しかしカカシはその手から逃れるように、歩き出す。
「ああ。
…出立するぞ」
その冷たい空気にガイとヤマトは顔を見合わせ苦い顔をし、後に続く。
「なぁ、カカシ。
綱手様の話はなんだったんだ?この任務のことか?」
カカシの背がピクリと揺れる。
「違う。
お前には関係のない話だ」
低いその声に、二人は再び顔を見合わせる。
カカシの頭の中には先ほどの綱手の言葉が思い出されていた。
…サスケを追うな…
「………」
再び苛立ちが湧き上がってくる。
その背中には近寄りがたい重い空気があふれている。
しかし、それを気にせずヤマトとガイがカカシに並ぶ。
それぞれ子供の時からの付き合いだ。
これくらいのことでは動揺しない。
「ところで…先輩。
今回の任務内容はどういったものなんですか?」
…聞いてないのか?という表情のカカシ。
ヤマトは肩をすくめて笑う。
「なにせ、突然のことでしたからね。
とにかく、すぐに合流しろと言われてあわてて飛んできたんですよ」
しかしカカシは無言で視線を外す。
そんなカカシに代わって、ガイが説明する。
「綱手様より預かった書状を国境まで運び、岩の忍に渡す」
短い説明の中にヤマトは様々なことを読み取る。
今木の葉の里は他里から狙われやすい時期…
攻め入るための情報を必死に集めようとする輩も少なくない。
そんな中での火影の書状は内容に関わらず狙われやすい。
「厄介な任務ですね」
ため息を交じえて肩を落とす。
「簡単にはいかんだろうな…」
「ですね。
ま、先輩が一緒なら問題なさそうですけど。
頼りにしてますよ。先輩」
しかし、その言葉にカカシは気づいていない様子で一点を見つめたまま黙している。
「先輩?」
もう一度呼びかけるその声に、カカシはようやく気づき「ああ」と気のない返事を返した。
ヤマトは隣を歩くガイに小さな声で言う。
「問題ありそうですね…」
「うむ…。
どちらも、なにやら嫌な予感がするな…」
…ガイの予感はよく当たる…
一行は国境近くで綱手の書状を狙ってきた敵に囲まれていた。
木の陰に身を隠し、カカシは敵の数を探る。
…7人…か…
木々の生い茂る深い森…
その確実な位置は特定できないが、人数は割り出した。
「多いな…」
同じくガイも人数を数えつぶやいた。
相手の数が多い時のカカシとの動きは互いに言わずともわかっている。
まず陽動でガイが飛び出し、数人を引き付け、援護のために繰り出される敵の攻撃を見て、カカシがその場所を把握し撃退する。
ガイはカカシの位置を確認してから、近くの木の陰にいるヤマトに視線を投げ、自分の援護を指示する。
ヤマトが頷き、ガイが飛びだそうと身構えた。
その様子を見ながら、カカシはいまだに苛立ちを心に渦巻かせていた。
今いる場所が国境付近ということもあり、ここを通って行ったであろうサスケの影を無意識に追っていた。
…ここを超えて…サスケは…
ギリッと唇をかむ。
…オレがもっとちゃんとあいつを見ていてやれば…
オレが…もっとしっかりしていれば…!
自分への怒りが湧き上がり、衝動が止められず、カカシは知らぬ間に一人飛び出していた。
「あ、おいカカシ!」
「先輩!」
自分たちを置いて飛び出すカカシの背に、二人は動揺するが、瞬時に援護態勢に入る。
開けた場所に体をさらすカカシに、数方向からクナイや手裏剣が飛びきた。
それらをガイとヤマトのクナイがすべて打ち落とす。
しかし、間髪入れず追撃がカカシを襲う。
…が、
「木遁!木錠壁!」
今度はヤマトの作り出す木の盾がカカシの体を包み守った。
ダダ…ダタダ…
音を立てて弓矢が刺さる。
その盾の中で、カカシはチャクラを手にため、攻撃態勢に入る。
…今の攻撃で場所はすべて把握した…
「雷切!」
その手でヤマトの盾を破り、飛び出す。
そして潜む敵に次々ととびかかる。
一人…二人…三人…
数を頭の中で数えながら次々と打ち倒してゆく。
敵に反撃のすきを与えぬすさまじいスピード。
そして…
七人…
最後の一人を捉え、カカシはその胸元をつかんで木に叩きつける。
「最後だ」
低く…冷たく放たれた言葉と振り上げられた右手を見て、敵が「ひっ」と小さく息を吸い込んだ。
しかし、その手が敵を貫く寸前…
「木遁、大樹林の術!」
ヤマトの腕から伸びた木のうねりがカカシの腕を包みこみ、その動きを封じた。
だが、構わずカカシは強引に腕を突きだす。
「やめろ!カカシ!」
ガイがその右手をつかんで止めた。
バヂッと雷切がガイの手を焼く音に、カカシはハッとして術を消す。
と同時に、ガイの手刀で敵は意識を失い倒れ込んだ。
「ヤマト!」
ガイに呼ばれ、ヤマトが敵を拘束する。
ガイはカカシの手をつかんだまま厳しい声で言った。
「カカシ…貴重な情報源をすべて消すつもりか…」
彼らの背後には、カカシの雷切で息絶えた敵が6人…。
「お前、何をやっとるんだ。
しっかりしろ!」
勝手な行動に対してのその叱責にも、カカシはいまだ苛立ちをおさえられず、ガイの手を強引に振り払った。
そしてヤマトの視線に気づき、気まずさを感じて無言で歩き出す。
「おい!待て!」
その声に止まらぬまま一瞬振り返ったカカシの目を見て、ヤマトとガイが息を飲む。
冷たく…闇を携えたその色…
その目を、二人は見たことがあった…
「あいつ…あれではまるで…」
「あの頃の…ですね…」
二人はカカシの背を見ながら、思い出していた。
オビトとリンを失った頃の、怒りと悲しみに染まっていたカカシの目を…。
その後、3人は言葉を交わすことなく任務を終えた。
そして、里へ帰る途中森で野宿することとなり、カカシは二人から離れて一人国境のほうを見つめていた。
…サスケを追うな…
また綱手の言葉がよみがえる。
近くにいるかもしれないのに…!
「サスケ…」
グッとこぶしを握りしめたカカシの瞳が恐ろしいほど厳しく色づいてゆく。
「なるほど」
「………っ」
不意に飛んできたヤマトの声に、カカシはまた顔をそらす。
「どうりで僕が呼ばれるわけですね」
「…どういう意味だ?」
カカシの隣に立ち、ヤマトは息を一つ吐く。
「気付いてないんですか?その目」
「目?」
「あの頃と同じ目をしてますよ」
カカシはハッとする。
「僕がこの任務に参加したのは、ある人物からの推薦があったからですよ。
先輩なら、それが誰かわかるんじゃないですか?」
暗部を動かせるのは火影だけだ…
綱手様…
いや…違うな…
カカシはしばし間を置き答えた。
「自来也様…か…」
「ご名答。
おそらく、先輩があの頃に戻ってしまわないように…歯止めですかね…僕は」
「余計なお世話だ…」
苛立った声で言う。
「でも、一応役目は果たしてると思いますけどね」
小さく笑みを見せる。
…暗部にいたころのカカシは、仲間を失ったことで自責の念に駆られ、心を閉ざしていた。
任務においても躊躇なく敵の命を奪う『冷血カカシ』との異名を持つほど、戦いの場では心が凍りついていた。
その過去と、そこから抜け出した両方の自分を知るヤマトがいたことで、無意識ではあったが、同じ姿を見せまい…見られたくない…という歯止めが確かにかかっていた。
「ま、僕もあまりおせっかいなことは嫌いなんで、これ以上は言いませんけど…ね」
含みを持たせた言い方をして背を向ける。
「先に休ませてもらいますよ。
火の当番お願いしますね。どうせ眠れないでしょうから」
その皮肉に意を突かれ、カカシは少し冷静を取り戻したような気がした。
そして、過去に自来也から言われた言葉を思い出す。
自分の怒りをぶつけて戦うな
その先に求める物は得られない…
同じ勝利でも、何のために戦うかで得るものは違ってくる…
あの時も今のように、自分のせいで仲間を失ったという、自分への怒りに飲み込まれていた…。
でも、それでは何も得られないと…あの時気付いたはずだった…
「また…オレは繰り返すところだったな…」
カカシは自分の中に溜まっていた、怒りや苛立ちを吐き出すように大きく息を吐いた。
そして、ガイとヤマトのもとへ戻る。
ヤマトはすっかり眠っているようだったが、ガイはまだ火の前に座っていた。
「ガイ、オレが火を見る…」
先ほどのこともあり、少し気まずい様子でカカシはガイの正面を外して座る。
ガイは火の中の枝をつつきながらフッと笑った。
「構わん。オレは眠くない。
お前は少し休め」
カカシはしばらく黙りこみ、包帯のまかれたガイの手を見て小さく咳ばらいをした。
「悪かった…」
「ん?」
ガイはその視線が自分の手に向いていることに気付き、また笑う。
「お前の雷切なんぞ効かん。
ヤマトがうるさく手当しに来ただけだ」
「そうか」
「そうだ」
それきりガイは何も言わなかった。
カカシも…
二人ともそのまま眠らず時間を過ごす…
何も言わずそこにいてくれたガイの存在に救われ、カカシの心は落ち着いていった…。
だが、カカシには分かっていた…
自身へと向けた怒りと苛立ち…それが消えた後に襲い来る物の正体が…
過去にも同じ経験をしている…
それは、大切なものを失ったことへの『喪失感』
そこから抜け出すことが容易ではないことも嫌というほどわかっている。
…またあれと向き合うのか…
カカシの心は再び重く、苦しくなってゆく…
夜が明けて、里へと帰る道中。
カカシは一言も話さなかった。
その目は生気を失い、昨日までとはまた違う冷たさを見せていた。