すっかり寝入っているサスケとは逆に、カカシは何故かなかなか寝付けず、愛読書『いちゃいちゃパラダイス』を手に、ベッドの上に座っていた。
時々サスケに目をやると、何とも気持ちよさそうに寝息を立てている。
その姿を見るたびに、笑みがこぼれた。
このまま、落ち着けばいいんだがな…
そんなことを思っては、本を読む。
そうしてしばらく起きていたが、明日のことを考え、そろそろ無理にでも寝ようかと本を閉じた。
その時。
サスケが小さくつぶやいた…。
「………ろ…」
「サスケ?起きてるのか?」
声をかけるが返事はなく、しばらくしてから「やめろ」と、今度ははっきり言葉を口にする。
「夢を見てるのか?」
ベッドから降り、顔を覗き込む。
サスケは苦しそうに顔をしかめ、うっすら汗をかいていた。
そして、息苦しそうに声を絞り出した…
「う……いた…ち…」
「っ!」
まさか、あの日の…
カカシはそっと腰をかがめ、サスケの肩に手を当てる。
「サスケ、起きろ。サスケ」
何度か肩をゆすられ、サスケは目を開いた。
そしてゆっくりと起き上がり、しばし放心する。
まだ眠りからさめきっていない様子だ。
「大丈夫か」
「カカ…シ」
弱くつぶやきながら、カカシを捉えたうつろなその瞳が、ゆっくりと窓のほうに移動する。
ハッと、嫌な予感を覚え、カカシは慌ててサスケの顔を自分の胸に押し当てた。
「見るな!」
しかし、すでにサスケの瞳は怪しげに輝くあの月を、しっかりと映していた。
ドクンッ!
サスケの体内の血が脈打つ。
カカシにも伝わるほどの激しさで。
「う…くっ…」
胸を押さえてうめき声をあげる。
「サスケ、しっかりしろ!」
しかしその声は届かない…
サスケの頭の中に響いたのは凍てつくような冷たい色を浮かべた、兄の声だった…
-- 愚かなる…弟よ --
ドクンッ!
闇が広がる…
あの日の光景とともに…
「やめろ…」
-- 貴様など殺す価値もない --
ドクンッ!
辺り一面を深い闇が覆い尽くしてゆく
足元には血まみれの父と母
「父さん…母さん…」
-- この俺を殺したくば --
底知れぬ恐怖が空間を支配する…
何度も押し寄せる血のたぎりの合間に、次々と人が殺されてゆくその光景がフラッシュバックする。
「やめてくれ!」
-- 恨め…憎め --
兄、イタチの手には血に濡れた刀…
「来るな!」
-- そして醜く生き延びるがいい --
ドクンッ!
「は…ッ…あぁ…」
瞳が赤く染まる…
-- 逃げて逃げて 生にしがみつくがいい --
「やめろぉぉぉぉ!」
黒い記憶に襲われ、サスケは叫んだ。
あの声がよみがえるたびに、体中が震える。
「やめろ!オレの心に入ってくるなぁっ!」
「サスケ!落ち着け!」
頭を抱えて大きく体を揺らすサスケのその肩を、カカシは必死に抑えた。
まるで幻術にかかったかのように精神ダメージを受けている。
…やはり、あの時!
カカシは先ほど銭湯の前で月を見ていたサスケを思い出していた。
あの時、無意識に心の中の闇がうずいていたのか…
くそ!
カカシは見抜けなかった自分を責めた。
「サスケ!オレを見ろ!サスケ!」
頬を両手で包み込み、無理やりサスケの顔を自分に向ける。
赤く写輪眼となったサスケの瞳からは、涙があふれている。
「っ…」
その表情にカカシは胸が締め付けられた。
「戻ってこい!オレのところに!」
祈るような気持ちでその名を呼ぶ。
「サスケ!」
ビクリッ…と、サスケの体が揺れた。
見開いたその目に、ようやくカカシが映る。
「カカシ…」
ふっと、瞳の色が元に戻り、サスケはそのまま意識を失い、カカシの胸に倒れ込み再び眠った。
カカシはほっと溜息をつき、頭に手を添えてそっと抱きしめる。
「大丈夫だ。大丈夫」
サスケに言ったのか、自分に言ったのか。
何度もそうつぶやいた。
…油断してたな…
今夜の月のせいもあるだろうが、もしかしたらサスケは千鳥を見て、イタチに対抗する手段になると、本能で感じたのかもしれない。
そしてそれが知らぬ間に、闇を引き出したのか。
サスケが力を欲したのは、中忍試験のこともあるが、根底にあるのはやはりイタチへの復讐。
「やめるべきか…」
サスケを寝かせて、布団をかけ直す。
このまま千鳥を教えるべきかカカシは迷っていた。
しかし、先程のサスケの言葉…
『俺の心に入って来るな』
その言葉は、ただ恐怖を感じて言ったものではない事を、カカシは悟っていた。
「サスケ。お前も迷っているな…」
復讐を…
かつてのお前は、人との関わりを避け、孤独に身を置き、復讐を果たすためだけに生きてきた。
それがお前にとっての生きる意味だったんだろう…
だが、今は違う。
ナルトとサクラと出会い、ともにスリーマンセルとして過ごす中で、お前は見つけたんだろ…?
新たな生きる意味を…
無茶苦茶で、いつも無理をするナルト…
頼りないながらも、必死に強くなろうとするサクラ…
そんな二人を見て、お前は『自分が何とかしなければ』と、いつも二人の前を歩き続けてきた。
そして、お前の心は、ナルトとサクラを、守るべき存在として認識している。
きっとお前は気づいてないだろうが、そんなお前はまるで
その反面、両親の…そして一族の仇を取るためにイタチを倒す…という復讐心を捨てきれず…そうすることを許せず…
だが、あの時…
復讐を果たすまでは、死ぬわけにはいかないと言っていたお前がだ。
…勝手に体が動いた…とお前はそう言ったらしいな…
それは、お前が心からあいつを、仲間を大切に思っているからだ…。
「だからオレは…」
お前を信じて、あの術をお前に授けようと、そう思ったんだ。
今のお前なら、千鳥を仲間を守るための力として使ってくれるだろうと、そう思ったんだ。
「なぁサスケ、あいつらにはお前が必要不可欠だ」
頬に涙のあとを残し、眠るサスケを見つめる…
「お前もそうだろ?」
そっと髪を撫で、カカシは窓の向こうで輝く月をにらみつけた。
「こいつを、連れて行かせはしない」
ナルトも、サクラも、サスケも、オレにとって大事な部下であり、仲間だ。
そしてなにより、木の葉の里の、守るべき若葉だ…
「渡すわけにはいかない」
その脳裏には大蛇丸と、イタチの顔が浮かんでいた。
「サスケ、お前はここで生きろ。オレ達と共に…」
カカシの言葉がサスケの夢の中へと溶け込んでいく…
しかし、それは心に届く前に、闇によってかき消された。