勇者によって敗北する様を見ても、悔しいという気持ちはなかった。これで良かったのだろうかというよりも、負けたことが分かったから諦めがついたという方が正しい。
鎧兵という名の魔物、魔法少女という魔女。かつて人々からは心悪しきものと拒絶され、脅威か害悪とみなし、そして虐げられた。
それは昔も、今も変わらない。たとえ人を助けるために善意でやっても、その力を恐れ嫌悪される。
心がある魔物がいてもいいだろう。
心がある魔女もいてもいいだろう。
多くの人を襲い、殺して絶望に陥れる。そういった印象が植え付けられ、故に民から迫害されてきた。
目の前にいるインキュベーターという生物は、どんな手段を使おうとしても彼らは無造作に増え自分のしたことを悔いることもないまま契約を続けるだろう。
*****
カガリのソウルジェムを濁らせ、魔女に変貌するのを阻止した鎧兵に、キュウべぇは計画がバレて失敗したと判断した。
「本当に台無しだよ。まぁ、そこの魔物が死ななかっただけまだ取引材料にはなるかな」
「なにそれ…椿が…椿がまだ生きてることを、黙ってたくせにっ。私と契約する前から知ってたんでしょ…」
「その方がエネルギーを効率的に回収できるからだよ。
鎧兵のおかげで彼女は生きてるなんて言ったら、茉莉はともかく、真実を知った君が僕と契約だなんて絶対にしてくれないからね」
仮にキュウべぇがそんな話をしたら、彼女は契約する前に、躊躇していたかもしれない。鎧兵が助けたなんてお伽話を信じるも信じないも、見てもない真実を彼女自身の心に止めることが精一杯だった。
言っていれば睨むこともなく、本当のことだったと自分を責めているが、キュウべぇは自分の利益の為にあえて言わなかった。計画がタートナックという鎧兵の介入によって救済活動を続けていたのなら、その約束が破られてしまうことを考慮して。
だから、カガリは死んだことを言わずに隠蔽していたキュウべぇを恨んでいる。
「うそ、つきっ…」
「君だってそうだ、カガリ。魔女になるって約束なのに結局魔女にならなかったね」
鈴音の記憶消去と改竄も、キリサキサンという噂も、魔法少女の殺害も。全てはキュウべぇが仕組んだものだった。
結果的に偽りの情報を与えられたカガリは魔法少女となり、偽りの記憶を植え付けれた鈴音は魔法少女を殺していく殺人者となった。
まるで鈴音もカガリ、二人が【嘘だらけの物語】に踊らされているかのようだった。
「タートナックを通じて感じてました。私が魔女化し、すずねを一人にさせてしまったことも。何度も叫んで、苦しんでました。
他の魔法少女を助け、茉莉と仲良くなったこと。鈴音にも、カガリにも、こうなってしまったのは私のせいでもあったわ…だから、だから…本当にごめんなさい」
椿は泣いていた。かつて育んでいた三人がこうして魔法少女同士の抗争に巻き込まれて殺し合っている。
かつて椿は茉莉とカガリの姉妹を巻き込ませないようにしたのに、二人ともキュウべぇと出会った。茉莉は目を取り戻したが、カガリは鈴音を選んだ事実を知ってしまったことからこうして魔法少女になってしまったことも。
三人の運命が、椿を中心にここまで残酷な未来へと紡がれてしまったのだ。今の椿は数ヶ月鎧兵の体内にいたことで魔法少女の力を失い、元の人間に戻っている。
キュウべぇは、鎧兵の秘められた力を理解した。
【魔女になった魔法少女を救済することができるのなら、才能ある魔法少女を魔女化させてそのサイクルを繰り返すことで宇宙エネルギーを確保できるのではないのかと】
「カガリ、僕は約束が守らなかったとしても別にそこまで気にしていないんだ。
僕に提案があるんだけどさ、取引しないかい?」
「提案って…今度は何を」
ここにいるみんなが嫌な予感がした。約束を破ったことを気にしていないというのであれば、鎧兵を使って何か企むことは間違いなかった。
「君が現れ出てきた魔女を次から次へと解放して、それからまた再契約していくというのはどうかな?特に一番才能を持っている子を魔女化させてた後に、また普通の人間にする。
再契約ができるかどうかは分からないけど…
それが可能なら。もし人間に戻れば、また魔法少女にと…サイクルを繰り返していけばいい」
世界にいる魔法少女の中から一番素質のある人だけを助けて、それ以外のないものを切り捨てれば効率的にエネルギーを回収できると判断した。鎧兵の力が、魔女になった魔法少女を救う力を秘めているならそれを利用しない手はない。
「…他の魔法少女はどうするの?」
「諦めて魔女のまま放置かな。それが嫌なら、その鎧兵が複数の魔法少女を吸収できるようにしないといけないね?」
インキュベーターは、結局のところ鎧兵も物扱いとしか見ていなかった。異端とはいえ、自分達にとって新たに都合の良い存在が出てきたのなら、彼女らの心情を無視して話を進めている。
「私達や、タートナックは物なんかじゃない‼︎」
「…協力してくれるならと思っていたんだけどね。でも鎧兵は、魔女になった誰かを助ける為にその力を今後も使っていくと思うよ?
それにその力をバラされたら、君達以外の魔法少女が鎧兵を奪いにくるだろうね?」
鈴音はそう叫んでいるが、キュウべぇの返答は正論だった。鎧兵の力が魔法少女を救う手段として、もしその事実を大勢の魔法少女達に知られたら、その力を保持する為に鎧兵を手にする為に今度は争奪戦が始まる可能性が高い。カガリの復讐が終えても、今度は多数の魔法少女から【真実を知った上での、自らの救済】の為に奪おうとしてくる。
穢れを吸収し、魔女になる心配もならなければ、最悪一人が魔女になっても助けることができる。そんな理想的な存在がこの世にいることに歓喜し、魔法の力をもってして略奪するだろう。
*****
ずっと話を聞いていた鎧兵は、心底複雑な気持ちでいた。
鈴音の記憶が元に戻ったことを嬉しく思い、彼女の記憶を有耶無耶にさせ、鈴音を殺人鬼に変えたカガリも本来憎むべきなはずだが、彼女も被害者だった。
まず、前半にあった魔法少女に関してはどうにもならなかったこと。その理由は、その生物から幾多もの奇跡のおかげで彼女らは懸命に生きることができただろう。少女達が魔法少女になる前まで、契約のきっかけになるものがあったのかは分からない。
キュウべぇにだって目的があったから、前々からそういうシステムを作ったのも理解した。
何故なら、魔法少女というものがなければ、彼女らと会うことは絶対になかった。
しかし、鎧兵が許せるのは【前半】だけ。
一番問題な後半は、その生物が求めていたものが、とどのつまりは自己利益なだけで、無関心なまま少女達を騙し続けてきたことだ。
戦いに敗れてソウルジェムが砕かれて死ぬことも、ソウルジェムが真っ黒になって、化け物になることも分かった上で。自分の体内にある負は魔法少女の怒り、憎しみ、悲しみ、それらの【絶望】からエネルギーを搾取していたのだから。
ご都合主義のような、都合の良い救済も、軽いハッピーエンドもない。もしそんなものが実在するのであれば、奇跡を留めるか或いはなかったことにするのかという二択の契約破棄を行えることも可能だった。
だが、その生物が少女達を考慮するようなことを考えてるわけがない。仮に取引をしたところで宇宙エネルギーもどれくらい貯めれば良いのかも知らず、鎧兵に不備が起きても保険なんてかけるわけがない。精々、魔法少女を集めて奇跡の力でまた再復活させて動かせるということぐらいだ。
それすらも教えない。
不利益なのだから教えるわけがない。
キュウべぇに取引を提案されたとしても、鎧兵の答えは当然NOだった。何故なら
・魔女になることも教えずに、信頼関係を得ようとしてあえて近づいた。
全ては自己利益の為に
・更には椿が育てていた二人の子と、その友達まで陥れようとした。
・そして今でも自分を取引として、今後とも宇宙エネルギーとやらの為に道具になってほしいという暴論を述べている。他の魔法少女達に略奪されたくなかったら、取引に乗れと
そして何よりも一番許せなかったのが
【鈴音や椿といままで一緒にいたというのに、平然とその二人の信頼と命をも侮辱したこと】
それが、何よりもやってはいけないことだった。
この生物は確かに、鎧兵にとって彼女らとの出会いのきっかけでもあっただろう。
だが、そもそもの話、本当のことをこの子達が知っていれば、こんな魔法少女同士での殺し合いで命の危機に苛まれることはなかった。
この悲劇を生ませた大元の元凶であるキュウベェが、さも何とも思わずに自分の都合で彼女達を踊らせていることに全く心を痛む様子はない。
どんな悲劇が起きようと、理不尽に命を落とそうと知ったことじゃないと。
そして今でも、鈴音をカガリを、椿をも巻き込んでいることに。
それは、彼らの口から発する良心を土足で踏み躙る言葉とその愚行の数々を聞て、鎧兵は憤慨した。
空気は重く、鎧兵の周囲には覇気が発している。
叫んで激昂するわけでもなければ、そのまま暴れてキュウベェを叩き潰そうとしない。
だが、全く冷静では無かった、何故ならーーーー
心の底から湧き上がるこの憎悪は、無口どころか言葉にすらならないほどの殺意の感情が込み上がっていたのだから
この生物は今後も、そうやって無感情なまま平然とした態度で騙していくのだろう。利益の為に、報復されたところで少女達には卓越したシステムに平伏させるように仕向け、願いは叶えてやるからその後は諦めて潔く屈服しろと。
そして鎧兵は、【決意】を抱いた。
ーーーこの生物は、魔物以上の邪悪な存在であり、忌むべき敵だと。
*****
「ダメだよっ…そんなことさせたら鎧兵さんが!」
「取引をする以上、鎧兵の状態変化はこちらから報告するよ。安全の保証は、そこの魔物次第だけどね?」
穢れを吸収するのは可能だったが、魔女になった椿に試しただけでも、鎧兵自身負担は大きかった。それを他の魔法少女に、複数やろうとしたら鎧兵の負担は凄まじいことになる。
鎧兵は、そのままキュウべぇに近づこうとする。
「よ、鎧兵さんっ…⁉︎」
「何…やってるの?」
沢山の穢れを取り込み、キュウべぇと相対した。まだ身体がボロボロな状態なのに鎧兵が前に出て、そへでも何かやろうとしていたことに嫌な予感がした。
*****
このまま生きつづければ、いつかみんなは酷い目にあう。生きていたとしてもやはり魔物という理由で虐げられ、今度は救済の道具として命を狙われる。
もう長い間ずっと戦って、命もあまり長くない。
ならばここが潮時だと、キュウべぇの言葉通りの運命ならばーーーー
ここで魔法少女の運命に決着を付けると。
鈴音、カガリ、茉莉にあるソウルジェムの穢れを吸収し、鎧よりも先に大剣を出現させる。鎧兵は大剣を振り下ろし、宇宙から来たインキュベーターの頭を粉砕した。その魔物はかつて負を取り込み、抗力と霧状に移動するしか持ち合わせてなかったのが、今では鈴音との出会いで成長している。
どんなに攻撃を受けても、不屈の身体を手にしていた。カガリに剣で刺されても、黒魔道士に魔弾を受けても生きている。
「無駄だよ、いくら僕を潰そうとても代わりはいくらでもいる」
しかし、キュウべぇそのものに物理的な攻撃で解決できるのなら、他の魔法少女もそうしている。そんな方法では、彼らを消すことはできない。
鎧兵は霧を放出してカリギュラに伝える。
できるだけ、遠くに行かせるようにと
その言葉を聞いてカリギュラは察した。
鎧兵が一体何をするのかを。
「⁉︎皆下がるぞ!叔父上の宝具に巻き込まれるぞ‼︎出来るだけ遠くに移動するのだ‼︎」
「宝具…?」
カリギュラとネロは、動けない椿とカガリを掴んで遠くへと移動する。鈴音と茉莉はまだ動けるため、二人についていくことしかできなかった。
(やっと…やっと会えた。話したいことが沢山あるのに…)
キュウべぇは、一体何をする気なのか全くわからない。取引は完全に潰れ、今度は何をする気なのか。
「オオオオオオッ‼︎」
カリギュラが放つその宝具は、人が食らえば精神的な部分をやられてしまう。特に魔法少女は絶望し、ソウルジェムは黒く染まる。
一斉に魔女になってしまうだろう。
『
キュウべぇの影になった鎧兵自身もそれを受けて何が起こっているのかわからなくなっている。
「一体何を企んでいるか分からないけど…僕に負のエネルギーを押し付けて感情を持たせようって魂胆なら、そんなことをしても無駄だ」
鎧兵は、そのまま受けた大量の負の感情をQBに流し込んだ。
(なんだっ…これは⁉︎)
宝具による穢れを溜め込むことによって、流し出すことを覚えた。意識があるかどうかも分からないのに、行動に移している。
(そ、そんなっ…僕の身体に集中して…制御しきれない⁉︎それに…一体何がしたいんだこいつは)
たとえ感情を与えてそこから繁殖しようとしても、そのインキュベーターを1個体として切り離されてしまった。
「ハァッハァッ…それで僕に感情を与えたのかいっ!
感情を与えても無意味だよっ!そんなことをしても、他のインキュベーターから切り離されるだけだ!これで僕はもう1個体でしかない…よくもやってくれたなぁ!」
まず、キュウべぇに抱いた感情は怒りだった。生物の言葉からその怒りを鎧兵にぶつけている。
感情を入れられることも考慮して、彼らインキュベーター達が何の対策もするわけがなかった。
しかし、【インキュベーターの対策そのもの】がまさか命取りになるはずもない。作動させてしまった時点で、すでに勝敗を決した。
「ほら…別のインキュベーターに話しかけてみなよ。無駄だって答えてくれるから」
本当の目的が果たされ、他の全インキュベータが、カリギュラの宝具によって感情を持ってしまったのだから。
「…えっ?なんだ、何がどうなっているんだ」
至る場所でインキュベーターが次から次へと宝具の影響で発狂している。キュウべぇが感情を手に入れたことによって絶望によるエネルギーが増えてゆく。ネットワークように感情を持った一個体だけを切り離せばいい話なのに、
「なんで…なんでみんな狂化されている。どうして、僕と同じように感情を持ってるんだ⁉︎どういうことだ、タートナック、答えろ!
君は僕に何を仕掛けた!なんなんだ君はぁ⁉︎」
鎧兵は何も言わず、口もしない。
そのことに、今度は【恐怖】を感じた。自動的に切り離したインキュベーター全体に発狂と精神汚染が内部で加速する。
「ま、まさか、まさか君が…君自身が爆弾になったとでもいうのかっ⁉︎」
そもそも1個体を切り離そうという操作事態が、まず間違いだった。インキュベーターを生かして捕らえ、カリギュラの効力を受けたタートナックは『切り離す』という操作を行った時点で勝負はついた。
ウィルスは、全インキュベーターの行動に応じて拡散されていく。条件が満たされたことでカリギュラの宝具による影響は、タートナックが対象としたインキュベーター以外を除いた全インキュベーターに流し込まれている。
狂化されてゆき、精神汚染は止まらない。
全てではなく個別個別に切り離せれば繁殖はまだ防げたものの、一斉で1個体にリンクをインキュベーター側が切り離したことが原因により、タートナックがかけたきゅうベェ以外の個体はカリギュラの宝具にやられている。
「な、なんてことだ…それじゃあ、僕を除いた全員に…条件が満たされたことで感染が拡大したっていうのか⁉︎」
タートナックによって全インキュベーターが感情を持つようになってしまった。 ドミノ倒しのように、次から次へとインキュベーターが数匹、数百万といった大量の数が汚染されていく。
自分の命をトロイの木馬とし、脅威性の高いウィルスを抱えたままインキュベーターそのものをを陥れる。
だが鎧兵も、英霊でもない者が宝具を食らってまともにいられるわけがない。その負を吸い取り、史上最悪なウィルスを抱えたままインキュベーターを陥れる策など自殺行為だった。
「君は、死ぬことを分かっていた上でっ…そんな馬鹿なっ⁉︎あり得ない⁉︎
なんで、なんでそんなことができるんだ‼︎」
タートナックが生み出した害悪を取り除かない限り、インキュベーターで感情を消すことができない。
「理解できない…全くっ、理解できないっ‼︎‼︎そんなこと出来るわけがないっ‼︎‼︎‼︎」
大量のインキュベーターが耐えられない狂化と共に死んでゆく、雪崩のように次から次へと持ってしまった感情と狂い乱される感情に耐え切れなくなってコロンと息を引き取るものもいる。
魔物が最期に残した大逆転だった。
インキュベーターに契約し魔法少女になった彼女達の最期は、悲惨なものだった。
ソウルジェムが壊れ、無念を残して死んでいった者。
真実を知って絶望し、魔女に変貌した者。
全てのインキュベーターはタートナック自身をウィルスに耐えきれず、次から次へと死んでいく。感情を捨てようとしても、カリギュラの宝具が余りにも強力すぎるせいでもうどうにも止まりない。
細胞分裂みたいに切り離せすというトリガーを作動させたことで増殖し、連鎖が止まることがない。
だがそんな博打みたいな大きい賭けを行うこと自体体が持つわけがなく、タートナックは立つ力さえも無くなって倒れ伏せていた。
*****
鎧兵は倒れながらも、意識だけは取り戻ひた。もう穢れを吸収して回復することもままならず、本当なら鈴音とその友達と沢山話したいこともあった。出来ることなら、命を絶つ前に彼女達を取り込んで魔法少女の戦いもどうにかしたかったと後悔する。
鈴音達は、カリギュラの宝具が終えた後に鎧兵の元へと戻ってきた。道中、宝具の影響でキュウべぇの死体が転がっており、 鎧兵を見つけた時は既に倒れ伏せている。
「いやだ、いやだっ!」
鎧兵の身体は穢れの消失と共に意識も朦朧としていく。こうして命を賭けてキュウべぇに一矢報えたのは、その魔物に『決意』があってこそできたことだった。
これでもう、その生物に騙されることも、誰かを傷つけられることもない。
「ねぇ、起きてよ!こんなの嫌だよ!」
鎧兵にとって心残りだったのは、彼女達も救えなかったこと。そのまま生き残っていれば、鈴音達に魔法少女の最期を背負わせることもなかった。
「やっと終わって…記憶も取り戻した。一緒に、一緒にいて欲しかったのに…死なないで!死なないでっ‼︎」
鈴音は泣き叫んでいた。二人の頬を触り、魔物の命が尽きる。今まで救ってくれた鎧兵の死に、少女達は泣くのをやめない。
ずっと無口だった鎧兵は、鈴音にこう伝えた。
ーー今まで、ありがとう。
最後に会えて良かった
「いやだ、嫌だぁぁぁぁっ‼︎」
そう叫んでも微動だに動かない、そこにあったのはただの魔物の遺体が残されていた。椿も、カガリも、茉莉も、ネロとカリギュラも鎧兵の死に悲しんでいる。
自分の命があと僅かであるのに、鎧兵はその元凶を潰した。
邪悪な魔物としてではなく、多くの少女を救った勇敢な者として。
だが、これで終わるわけがない。
「⁉︎あんた達、何やってんやってんの!早くそこから逃げてっ‼︎」
亜里沙と春香、千里の三人が後から鈴音達の方にたどり着く。鎧兵が死んだことを知らなかったとはいえ、黒魔道士が召喚した魔王が恐ろしく強いせいで必死になっている。
事情を聞くどころではない。
「そこの少女よ、そうまでしてなぜ泣く必要がある?」
インキュベーターは精神的な部分がやられたせいでほぼ死滅し、残る障害はブラックマジシャンが召喚した魔王、ガノンドロフのみとなった。ワドルディとピチューは蹴りだけで再起不能になり、花京院もなんとか逃げつつ移動していたおかげで致命傷は避けたものの、それでもボロボロになっている。
「逃げて、下さいっ…その男は、危険すぎるっ!」
「まぁ、どれだけ強くなったところで魔物も魔物。仕方ないか。
所詮、出来損ないの【捨て駒】だったな」
ガノンドロフは鈴音に近づいていた。
椿と鈴音を守るようにカガリと茉莉が前に出て、最前線にはカリギュラとネロがいる。一斉に戦闘態勢に入るが、まだ魔王は何もしない。
「なんてっ…いったの…」
「聞こえなかったのか、捨て駒だといったんだ。
既にさっきの膨大な負の力に押しつぶされても、まだ遺体が残ってるとはな。
魔物を率いていた私が断言して言わせてもらうぞ。魔物が大量の負を纏ってまともにいられるわけがない。そこの残骸をいくら揺すっても微動だに動かん。
死んだ、ということだ」
魔王でさえも、魔物の身体を見て限界があることは既に把握していた。それでも長生きしていること自体が奇跡で、カガリとの戦闘の時点でいつ死んでもおかしくなかった。
「私は…私はただ、謝りたかった。
人殺しになっても、それでも鎧兵さんは…私のことを許してくれた。
だから私も、もう一度、一緒にいてほしいって。なのに…こんなの、嫌だよ…ひとりにしないでよ」
「一緒に居たかった?それは叶わん願いだ
小娘。なぜあの魔物が死んだか分からないのか?それは貴様ら魔法少女達と出会ったが故に死んだ。でなければ命をかける必要などないだろ?」
「わ、たし?なんで…」
「鈴音!聞いてはダメっ‼︎」
鎧兵の死に絶望した鈴音に魔王は容赦無くトドメの言葉を突きつける。
魔物と共存すること自体が愚かであると。
そして、魔物も、鈴音自身も互いが互いを陥れていたという事実を口にした。
『何も記憶にない貴様がその汚れた手で大事な魔物を殺そうとし、復讐者の標的にされ、あんな風に地獄に落とした。
貴様の存在が、奴を苦しめた。魔物も身の程を弁えずに高望みしなければ、こんな自分の首を絞める結果にならずに済んだものを…だが貴様がその力で殺し、目の前で消えてしまった。
跡形もなくな。当然の結果だろう?
そもそも魔法少女とやらに関わらなければこんな無様な死に様をせずに済んだというのにな。全ては、奴が魔物だったこととお前の愚かさから始まったことだろう?
【お前のせい】で、死んだのだから』
(ピシッ)
鈴音のソウルジェムは一気に黒く濁り、鈴音の姿は魔女へと変貌しようとした。
が、彼女の姿はおかしかった。
化け物にはならないまま人の原形をとどめ、大人へと身体が成長し、胸の中心には黒く濁りきっていたソウルジェムが埋め込められている。
(あぁ、そっか…私のせいで)
「鈴音ちゃん!」
(タートナックをあんな風にしたんだ)
彼女の背後には、魔女になるはずの怪物が出現している。
彼女の目は正気を失っていた。
(ごめん…ごめんね…ナック)
かつて彼女がまだ幼かった頃、鎧兵に肩車していた時に言ったあだ名を口にする。意識は虚になり、深い闇へと取り込まれていく。
魔女の結界も、使い魔も出現しない。鈴音は【魔女という怪物】としてではなく、【人間の姿を保った魔女】として変貌する。鈴音も鎧兵と同様に、鎧兵が残した武器の破片を取り込んだことで変異していた。
彼女は、ずっと守ってくれた鎧兵を自らの手で陥れてしまった自分を呪っている。
その目には、涙が流れていた。