今いるメンバーで、鈴音を救うことは叶わない。人となった魔女とはいえ、やっていることは変わらない。
茉莉達は戦いつつ救う手段を模索しても見つからず、魔女の勢いは増していくばかりだった。花京院はエメラルドスプラッシュで使い魔の数を減らし、ワドルディとピチューは魔王との戦闘で動けない。
「鈴音ちゃん!」
「悲しいけど、こうなった以上戦うしかない…助かる術はもうないのよっ!」
肝心の鎧兵は既に力尽き、死に絶えている。
見ず知らずの魔王ですら、その鎧兵の生き死を感じ取っていた。
もし生き残っているのなら、椿のように今度は鈴音を取り込んで鎧兵の中でまた復活させることも可能だった。
散々騙したインキュベータを鎧兵が葬ったことで、今度はグリーフシードを回収する手段を無くしてしまった。
一つの感情が、結果的に最悪な状況へ導いてしまった。
魔女化した鈴音を葬らなければ、街は彼女の手によって滅ぼされる。ソウルジェムがグリーフシードに変わり、危害を加えている時点で魔女になったと理解するしかない。
倒さねばならない敵だが、心の何処かで助けたいという気持ちもある。茉莉達にも鎧兵に助けられ、救われたことがあったのだから。
殺されそうになった千里。
魔女化しそうになった遥香。
二人を救った鎧兵を、その想い人を心苦しくも殺さなくてはいけないと、全員死んでしまう。
誰もがその魔女に目を向けていた。
予測できない、僅かな奇跡を除いて。
誰かが前に出て、そのまま魔女の元へと突っ込んでいく。
「えっ⁉︎」
「う、嘘でしょ…⁉︎」
その正体に一同が驚く。
死んだはずの鎧兵が復活し、穢れで盾を形成しつつ前進している。
(一体どうやって⁉︎)
誰もが、なぜ鎧兵が復活したか疑問に思っていた。
目を丸くし、生きていたことに驚く。
実際、鎧兵は目の前で活発に動き、炎を防ぎながらも突っ込んでいく。如何にして生き返ったのか、それを考えるよりも先に花京院は託すことを決めた。
(いや、考えるのは後だ‼︎もし鎧兵が生き返っているのなら、彼女を救うことができる…それしか方法はない!)
もしも負を吸い取る力が、椿のように彼女もまた救えるというのであれば。
(魔女になっている彼女を救えるのは…あの魔物に、僕らは賭けるしかない!)
「い、生きてたの?でもだってあの魔王は」
「信じましょう、もし他の方法があるというのであればっ…!」
*****
鎧兵は魔女の体内へ入り込り、彼女の心象に入っていく。
【どうしてなの…】
背後に立っていたのは鈴音だったか、鎧兵から見て何か様子がおかしいと感じ取っていた、異様な空気を漂っていたものの、手を差し伸べる。が、彼女はその手を振り払り、涙を流しながら鎧兵を睨めつける。
【ずっと一緒にいて欲しかった。たとえ人間じゃなくても、一緒にいてくれるだけでも私は幸せだった。
でも…唐突に突き放されて、今度は置いてけぼりにされた】
『…』
鎧兵にも怖いという恐怖があるのは、他の魔物も例外ではない。彼らは欲望に動けば、君主に従って動く忠誠を持つものでも、人間と同じように死への恐怖を抱いたことを。
ソウルジェムは既に真っ黒になっているが、その負をいくら吸い出しても穢れはそのままだった。
【助けに来たとか救うとかなんて今更遅過ぎるよ…魔物だから救うことはできないって言い訳?
それに、言うのが遅すぎるよ。
何で今になって言うの?
あの時、椿がいなくなったあの時に、一人ぼっちだった時にその言葉を言ってもらいたかったっ‼︎】
『…』
彼女の嘆きが心を軋む。淀んだ空気だけではなく、空間に亀裂が入り、穢れは更に勢いを増していく。
【どうして側にいてくれなかったの…なんで私一人を置いて行こうとしたの‼︎】
最悪の記憶を流し込んで自壊しようとしたカガリよりも、鈴音の身体はドス黒く染まっていた。切り裂きさんによって魔法少女を殺し続け、血塗れになっている彼女を止めることはできない。
鈴音の内にある不満がタートナックにぶつけ、タートナックの救うという言葉も信じられないようになっている。
彼女の嘆き、悲しみは止まらない。
【黙ったまま去っていくなんて…私、私は、貴方がずっと一緒にいてくれたら、それだけで救われたのにっ‼︎】
黒い鈴音は、何度もタートナックを殴りつけようとする。魔法少女の拳は、同年代の女子とは比較にならない程に重かった。
タートナックはそれを何度も受け続ける。
【貴方が一緒にいなかったせいで記憶も!心も!何もかも滅茶苦茶にされた!】
椿が魔女になったことがきっかけで、彼女が教育した双子の一人が暴走したこたも。キリサキさんもいう魔法少女狩を誕生させ、鈴音の人生は狂わされた。
【もうあの頃の時みたいに…手を取って、もう笑って繋ぐことすら】
彼女の身体と、両手は赤い血に塗れている。
もう抱きしめることも、手を取ることすらできない。多くの魔法少女を平然とした顔で惨殺し、殺し続けてきた彼女は自己嫌悪になっていく。
【嫌い嫌い嫌い嫌いっ!
みんな大っ嫌いっ‼︎‼︎】
カガリと比較にならないくらいの絶望が、この空間を歪ませた。
彼女の絶望はもう止まらない。
*****
鎧兵は彼女の悲痛な叫びを黙って受け続けるうちに、微かに聞こえる声が聞こえていた。
(もうやめて…)
深い意識に、彼女自身の心があった。
内に秘めた負の感情が一気に鎧兵へとぶつけていく。痛烈な叫びに、鎧兵は何も言えず黙ったまま攻撃を受けていた。
(違う、違う、こんなの私の本心じゃない…こんなこと言いたかったんじゃない)
カガリに嘘っぱちな記憶を見せつけられたせいで多くの魔法少女を傷つけた。別れて以来、鎧兵は鈴音に何も悪いことはしていなかった。
それでも、鈴音自身にある心の闇とソウルジェムが黒い鈴音を生み、憎しみとなって鎧兵にあたる。幼い頃に鎧兵が何も言わずに去ろうとし、付いて行こうとしたら剣を向けられた。
一緒にいたら危険な目にあうことも、鈴音はタートナックにこんな酷いことしたいわけじゃない。
「…コ、ロ、シテっ…」
どれだけ耳を抑えても、やめてと強く願っても、彼女の生み出した黒い鈴音が、彼女の言葉が、魔法少女の力が、鎧兵を傷つける。
友達になるはずだった子も、真意に育ててくれた椿も、復讐に堕ちたカガリも、運命に弄ばれた。
鈴音もまた。心の内にある憎悪で黒く染めたまま絶望を振りまいている。
その前に
ーーー思い人を手にかける前に、殺してと
彼女の周りに使い魔が出現し、鎧兵に襲いかかる。
*****
鈴音の魔女化は余りに異端であった。人の形を保ち、使い魔を呼び出してことに驚きはしたものの暴走は止まらない。
魔女の暴走を抑えきれず、悲しみは続く。
鎧兵が手に持っている大剣で彼女を解放しろと、背後で散っていった魔物がそう囁いているような気がしていた。
最善だというのであれば、これ以上魔女のまま暴れることもなく、その手を血に染めることもこれ以上なくなる。
生命を断つ事が、人としての生命線を終わらせることだと。
その方法は鎧兵にとって救済とは言えない。
別れても、まだ話したいことが沢山あった。
だから、
【決意が鎧兵を強くする】
そんなのは、ゴメンだと。
*****
「ねぇ!本当に大丈夫なのこれ⁉︎」
「悪化してるように思えるけど…」
魔女は苦しみの叫び声をあげ、武器を振り回す。鎧兵を信じて待っても、状況は悪化してばかりだった。花京院が止めて早急に魔女を倒さなかった分、体力が浪費していく。
「いや、何か妙だ…」
「あの顔、ひょっとして」
だが、魔女を殺さずに現状維持を保っていたお陰か徐々に変化が表れている。魔女は動きを、使い魔の増加と行動も止まっていた。
そして
「魔女が…泣いている」
魔女の瞳から涙が零れ落ちていた。
*****
今まで魔法少女の絶望を吸い取ってきた力が、鎧兵の背中を押すかのように助ける。
使い魔の大群が押し寄せると、鎧兵は盾を消した後に亜利沙の鎌を作り出し、使い魔を刈り取る。
【近寄らないでっ‼︎】
鎌の次に遥香の両手剣を作り出す。
黒い鈴音は、迫り来る鎧兵を恐怖した。
拒絶してもなお迫り、武器を持って近づこうとしたことを。
鈴音を殺さんとばかりに。
【こっち来ないでっ‼︎もう消えてよっ‼︎】
恐怖と悲しみに満ちた表情に露わにする。
鎧兵を近づかせまいと焼きつく炎を作り出し、炎の壁を作る。
鎧兵はその壁をこじ開けていく。
【誰も私なんか助けてくれない!貴方を私のせいでたくさん傷つけて殺した!】
鎧は砕かれる事なく、そのまま近づいていく。
そのまま彼女を救わんと前へ進む。また同じ過ちを繰り返し、今度は狂ったまま大事な人を目の前で死なせようとした。
【あっ、あぁ、あぁぁっ…もうやめて…なんで進もうとするの…もうやめてよ】
魔力を使いすぎたことで、鈴音の身体から怪物が露出する。手も顔も衣服も返り血で汚れ、化け物のような姿を見せて拒絶される事に恐怖する。
【こんな姿、見ないで….】
千里の魔法、魔法効果の解除によって鈴音の魔法で負った火傷を治療する。黒い鈴音は、負を吸収されている事で段々と正気を取り戻していく。
ー助ケニ来タ
鎧兵は黒い鈴音をそっと抱きしめる。
彼女は持っていた武器を落とし、その魔物を抱擁した。
【なさい…ごめんなさいっ】
まだ健気な少女だった頃のように、その温もりを感じて。これまで色々とあったせいで、何年ぶりかあった経ったかのように二人は感じていた。
会いたかったという思いが、込み上がっていく。
【つっ……あぁぁぁぁっ‼︎】
彼女は膝をむき、赤子のように号泣した。
絶望で生み出す穢れは、鎧兵が吸収されていく。
そして胸に込められた【決意】が、彼女の闇を照らした。
*****
鈴音の黒く染まっていたソウルジェムは、輝いていく。彼女自身の穢れを鎧兵が全て吸い取り、二人は生還する。使い魔は消えて去り、魔女は泣きながらもまるで後悔のないような笑みを浮かべながらも鈴音の姿へと戻っていく。
「上手くいったの…?」
「鈴音!」
天乃鈴音の目の周りが赤く腫れ上がり、鎧兵を強く抱きしめて離そうとしない。
茉莉達は肩の力を抜き、変身を解除する。
「みんな、無事ですね…残るは」
花京院は周囲を見渡す限り、春香達はかなり疲弊し、ワドルディも、ピチューも動けない。椿は魔法少女の力を失っており、カガリは戦意喪失になっている。
この戦いで動けるのは茉莉だけだった。
(鎧兵のことは色々聞きたいことがありますが…また後にしましょう)
「茉莉さん、ここは僕達が見ておくので君はセイバーさんのところに行ってあげてください」
「で、でも」
「またあの魔王を倒さない限り、安堵はできないわ…だから彼女の元に行ってあげて。
カガリのことは私も見ておくわ」
椿も茉莉に行くように言う。茉莉が鎧兵の方に振り向くも鈴音の安心した顔を見て、鎧兵と一緒なら大丈夫だと頷いて確信した。
「うん、花京院さん!
みんなのことをお願いします!」
彼女はそう言って、ネロの元へと走っていく。
残る障害は、魔王ガノンドロフのみ。
茉莉のサーヴァントとして戦っている皇帝ネロ・クラウディウスに託すしかなかった。