「っかぁ〜……あと少しだ……」
ホウキを杖代わりに一息入れるカズナリ――窓から覗く太陽の位置は、もう真上に近くなっていた。
埃まみれだった棚――執拗なまでに拭き上げられ本来の木目が表出。
様々な塵や破片が散らかっていた床――あらゆる
整然と配置された道具の数々――破損の酷い物は一切合切廃棄/使用に耐え得る物を厳選して清掃。
カズナリの奮闘により見違えて綺麗になった納屋――雑然とした空間が数時間で清潔感漂う様相へ一転/残すは廃棄すべきか否かを独断するのが難しいあるひとつの品のみ。
山積みになっていた道具の中から見つけた、思わず処分を躊躇してしまう物――それはハンターの防具だった。
「……何の素材でできてんだこれ」
独りごちながら謎の防具をじっくり観察――フルフェイス仕様の
ムーファ飼いになる以前、リーベルもまたハンターだったと本人の口から聞いた記憶がある――モンスターや武具の扱いに関する知識、今まで受けてきた指南の的確さを鑑みると、それなりに長くハンター業に就いており、尚かつ相当に腕の立つハンターだったのだろうと推測され――ならば未だ下位ハンターから抜け出せない自分が知らないモンスターの素材で武具を作成していたとしても何ら不思議はない。
リーベルさんはこういう立派な防具と武器で、
ふと右腕に違和感を覚える/視線を落として見る――豹変した右腕=黒い鱗の並んだ腕――
驚いて
首を捻る――幻覚と言うにはあまりに些細な見間違え――疲れてんのかな、オレ。
んーっ、と伸びをして座り込んでいた床から起立――この防具をどうするか尋ねて納屋掃除を終わらせるべく、持ち主のもとへ足を運ぶことにした。
納屋を出て表の牧場へ――籠に積まれた大量の毛/今朝とは打って変わってやたらスリムになったムーファたち/毛の絡まったハサミ――丁度毛刈りを終えたと
「リーベルさーん」
呼び掛けて柵へ近付く。
カズナリに気付いたリーベル――一頭の仔ムーファを抱えてカズナリの方へ/他の仔ムーファたちも彼の足元をちょこまかと走り回りながら追随/柵の隙間から顔を出しカズナリの足元で鼻をひくつかせる――あまりに愛らしいその姿に、疲労感が洗い流されるような心地になった。
「どうした、顔が溶けてるぞ?」
仔ムーファに魅了されていたカズナリの意識をリーベルが引き戻す。
「え? ああ、悪い。えっと……そうそう、防具はどうしたらいいんだ? まだ全然使えそうなんだけど」
「うん? 防具なんて置いてたか?」
眉をひそめるリーベル=どうやら防具の存在を忘れていた模様。
「飛竜っぽい、黒い素材でできたやつだけど――」
口にした途端、それまでにこやかだったリーベルの表情が一瞬にして凍りついた。
「リーベルさん?」
眉をひそめて呼び掛ける。
「ん? あ、ああ」
ハッとなるリーベル=すぐいつもと同じ快活な笑顔へ。
「そうだな……その防具は俺の方で片付けるから大丈夫だ。そのままにしておいてくれ」
「え? ああ、わかった」
朗らかなリーベルの言葉に何故か有無を言わせない雰囲気を感じ取り大人しく従う。
ハンターにとって命とも言うべき武具には、同じハンターであっても他人には不用意に触られたくない――ハンター業界ではそのようなこだわりを持つ者が少なくない。
もしかしたらリーベルさんもそっち派なのかもしれないな――ひとりで勝手に解釈/納得。
「じゃあ、納屋掃除は終わりだな」
「もう終わったのか! いやぁ助かった。ありがとうな、カズ」
「それはいいんだけども、またオレを呼ばずに済むように普段から綺麗に使ってくれよ?」
じっとり睨むカズナリ――さすがに2度も3度も片付けをさせられるのは勘弁願いたかった。
「あー……努力はする」
無事に
「お邪魔しまーっす」とくぐった玄関の先に広がる光景――納屋ほどではないもののやや散らかった
「今茶を淹れる。適当に座って待っててくれ」
そんな不安に駆られるカズナリをよそに、いそいそとキッチンに引っ込むリーベル――大人しく席について待機していると、やがてティーカップが2つ運ばれてきた。
白い器に囲まれた小さな水面から
「変わった香りだな」
「受付の嬢ちゃんから貰ったんだ。特産ゼンマイティーの試作品なんだと」
「特産ゼンマイティー?」
「新しく考案した村の特産品候補らしい」
「へー」
納品依頼を受けて古代林を駆け巡り特産ゼンマイを集め回っていた、新人ハンターだった当時を回想し、期待に満ちながら一口含む――特産ゼンマイ独特の香りが鼻腔をくすぐるその実態=苦味が全面に押し出され、その背後ではコクと渋みのニ者が絶妙すぎてはっきりしない不協和を引き起こし、名状し難い後味を残して喉を下った。
「……うん」
あまりの微妙さに語るものも語れずカップを置く――そんなカズナリの様子を怪訝に思ったリーベルが一口/すぐに神妙な顔になってカップを置いた。
「……こいつは……ちょっと微妙だな」
リーベルの率直な感想に、カズナリも頷いた。
「美味しいわけでもなく……かと言って不味いわけでもなく……それ以前に苦味が強すぎて何とも……」
「香りと味のバランスをもうちょいどうにかできればなぁ……」難しい顔で腕を組むリーベル。「まあ、嬢ちゃんには正直な感想を伝えよう。それが今後のためになるだろうしな」
毒味をさせられたに等しいにも関わらずこの
それからしばらくの間、他愛もない世間話やお互いの近況を交わし、ゼンマイティーに沈んでいたカップの底が
「あ、ヤッベ。オレそろそろ帰るわ……いって!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる/拍子に椅子の脚の角でふくらはぎを殴打=打撲箇所をさすりながら小さく悶絶。
「なんだ、用事でもあるのか?」
「いってー……や、今ウチに泊まってる相方が二日酔いで」
打撲のダメージから回復――そして、恐らく今頃は頭痛と空腹のダブルコンボに参っているに違いないヒューゴの姿が、容易に想像できた。
「そうか。そりゃ長々と引き止めちまって悪かったな」リーベルも起立=立ち去るカズナリをご丁寧に玄関先まで見送り。「今日は助かった。ありがとうな」
「いいって。じゃあまたな、リーベルさん」
小さく手を振るリーベルにカズナリも手を振り返し、リーベル宅を後にした。
歩き出してしばらく――不意に立ち止まる/背後を振り返る――リーベルのムーファ牧場にも/その奥に広がる草原にも/更に遠くに連なる山脈にも――何も見当たらない。
気のせいかと思い直し、自宅へ向けて再び足を動かす。
だがしかし――耳にこびりついた