【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

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束博士が渾身のカスタムを加えた専用機を手に入れた小鳥遊彩羽は、いつものように楽しく空を舞っていた。そこに、束博士から、一つの連絡が入るのであった。


空飛べ桜

「・・・模擬戦、ですか?」

 

『うん、そう模擬戦模擬戦!』

 

 私がその連絡を受けたのは、束博士から新しい機体を貰ってから1ヶ月がたった日のことであった。

 

『たっちゃんの操縦技術は確かにすごい。誰にも真似できないし、誰にも追いつけないと思う。でも、それはあくまで操縦技術だけ。』

 

 確かにそうかもしれない。零式32型には武装もないし、誰かと戦うわけでもない。私自身も、気持よく空を舞い、機体を調整し、整備を手伝っているだけである。とはいっても、私はそれだけで十二分に満足はしているのである。

 

『・・・正直に言うと、たっちゃんのIS適正と、たっちゃんの機体。いつかは公表しないと行けない時期が来ると思う。

 でも、そうすると、たっちゃんを狙っていろいろな組織がやってくると思う。その時のためにも、模擬戦をして有事の経験を積んだほうがいいって、束さんは思うんだ。』

 

「なるほど・・・。確かに、私自身もその懸念はありました。何より、最近零戦乗り時代から付いてきている記者さんから、ISについて教えて下さいと申し込みがあったりしているんです。」

 

 そう、初めてISを乗った時に付いてきた記者たちの動きが少し不穏なのである。とはいえ、それはしかたのないことだ。三菱重工の中で行われているISの実験については、ほとんどが表に出ていないのだから。

 

「それにしても模擬戦、ですか。私自身は賛成ですが、三菱の許可を取らないと。」

 

『あぁ!それについてはもうチーフと社長に許可をとってあるから、安心してね!』

 

 ・・・流石束博士だ。

 

「把握しました。流石ですね。」

 

『ふふふ、ほめても何もでないよー?あ、あとお相手はたっちゃんに最適な人物を用意しておいたからね!』

 

「最適な人物、ですか?」

 

『うん!たっちゃんの動きについていけて、客観的にアドバイスが出来る人!それじゃ、がんばってねー!』

 

 束博士はそういうと、一方的に連絡をたった。それにしても、まさかの模擬戦かぁ。32型には武装が一切無いんだけど、束博士は一体どうするつもりなんだろう・・・?

 

 

 桜、というものを見れば、私はついつい、ある句を思い出してしまう。

 

「錨に生きた若桜 残る桜も散る桜」

 

 これは、橿原神宮にある瑞鶴の慰霊碑に刻んである句だ。・・・うん、私の前世では、確かに、私より若い人々がパタパタと消えていった。最初の僚機であったあいつも、慣れ親しんだ整備兵のあいつも、炊事係のあいつも、家族と女とこの国の未来を話しながら、タバコと酒を分け合った、あいつも。

 私が最後に見た瑞鶴は、被弾なく、煙突から力強く石炭の煙を、勢い良く空へと吹き上げていたものだ。だがまぁ、慰霊碑があるということは、やはり、加賀や赤城と同じように、藻屑と消えてしまったのだろうな。

 私自身も結局は、空に消えてしまった。戦争の記憶を持つものも、もう殆どが残っては居ない。・・・句の通り、残る桜も結局は散ってしまうのであろう。だが、私個人としては、散る桜を見て後に続く花があれば、それでいいのだ。桜になれとは言わない。薔薇でも、ひまわりでも、名の知らぬ花でも良い。後ろに続いていく花があれば、私が空を飛び、戦った意味があると、信じている。

 

 ・・・・思いっきり話がそれてしまった。どうもいけない。時々、どうしようもなく前世に引っ張られてしまう時があるのだ。特に、前世に関連するような名前や物を見た時に、どうしようもなく、思い出して感傷に浸ってしまう。

 

 まぁその、実際は半分程度、現実逃避の意味もあるのだが。

 

 私はいつものように、零式をまとっている。場所はいつもの三菱のテストアリーナだ。いつもの研究員に、いつもの機械。見慣れた状況である。だが、一つだけ、一つだけ、大きな違いがある。

 

「・・・どうした?気分でも悪いか?彩羽。」

 

「いえ、大丈夫、大丈夫です。千冬。」

 

 その違い、それは、目の前に「暮桜」をまとった世界最強「織斑千冬」が静かに佇んでいるのである。束博士、確かに、彼女は最高の人材です。ですが、専用機すら持ち込んで私と対峠しているこの状況は、無いと思うのです。

 

「そうか?気分が悪いようなら、今日の模擬戦はやめておくか?」

 

「い、いえ。気分が悪いというより、千冬と模擬戦をするということで、緊張しているだけです。・・・手加減はしていただけるのですよね?」

 

「はは、冗談を言うな。お前のデータを見たが、私を超える能力じゃないか、なぁ?・・・私も久方ぶりに本気で闘いたくてな。」

 

 千冬はそう言うと、近接ブレード「雪片」を展開していた。っていうか、眼がマジである。あれは私の上官であった菅野直を思い出す眼だ。勘弁願いたい。

 

「それに、だ。お前はそのペイントボールを私に当てさえすれば勝ちなんだ。私は雪片の零落白夜を使わずに、お前のシールドエネルギーを削りきらなければならない。相当なハンデだと思うんだがな?」

 

 模擬戦としては破格の条件だ。相手が世界最強とはいえ、零落白夜を使わず、物理ブレードの雪片だけで私のシールドエネルギーを削り切る。対して私は、コンビニなどでよく見る「ペイントボール」を暮桜のどこかしらに当てれば良いのだ。・・・確かに、この条件で断っては、前世の男としての部分が廃る。

 

「・・・う、判りました。がんばります。ただ、やるからには、こちらも被弾なしを目指します・・・!」

 

「ほぉ・・・!小娘、大きく出たな。曲がりなりにも私は世界最強だぞ?」

 

「だからこそです、目標は高くいかせて頂きます。・・・あ、そうだ、千冬。模擬戦に負けたほうが、今日のごはんをおごるというのは、如何でしょうか?」

 

「それはいいな。その条件を飲もう。私はそうだな、旨い魚でも食わせてもらおうか。いい店を知ってるんだよ。」

 

 私の言葉を受けてか、千冬はにやりと口角を上げていた。・・・ありゃ、絶対に私にお昼を奢らせる気だ。間違いない。

 

「それであれば、私は、叙々苑で焼き肉を要望します。一番高い奴!」

 

「いいだろう。」

 

 私と千冬はお互いに口角を上げていた。私は勿論、負けるつもりは一切ない。私はこれでも、前世において本物の命のやり取りをしているのだ。前世と今世の私の年齢を足せば、きっと千冬よりも年上である。余計に負けるわけにもいかないのだ!

 そして、なにより!テレビでよく見る、美味しいと噂の焼き肉、叙々苑を必ず頂く!

 

 

「千冬さん、彩羽さん、準備はいいですね?それでは、模擬戦を開始します。」

 

 チーフが開始の号令を、千冬と彩羽へと出していた。そして、暮桜と零式32型という、束博士渾身の専用機の戦いであるからか、三菱重工はこの日すべての機材を動員して、2機の稼働データを解析しようとしていた。

 

「2人をこう並べると・・・やっぱり異常だよ、たっちゃん。なんでちーちゃんよりも適合率が高いのさ。おかしい、おかしい・・・。」

 

 その横では、2機のISの作成者である篠ノ之束も静かにモニターを見つめていた。表情は固く、頭をガリガリと掻いているあたり、かなり不機嫌そうである。

 

「束博士でもはやりそうお思いになるのですね。データは毎回お渡ししているので愚問かと思いますが、間違いなく彼女はある意味での天災です。頭脳面の天災が貴女であれば、肉体面の天災は小鳥遊彩羽です。」

 

「凡人である君に言われなくてもわかってる。静かにしててくれない・・・・」

 

 棘のある言葉を発していた束博士であったが、はっとした顔をすると、申し訳無さそうにチーフを見て、口を開いた。

 

「・・・ごめん、思い通りにいかずに苛々してた。」

 

「はは、私自身もよくあることですから、お気になさらずに。」

 

 チーフは気にせずに言葉を返していた。チーフからしてみれば、小娘から多少なり文句を言われても、気にはならないのである。

 

「それにしても束博士がイライラするほどの事ですか。私からすれば、彼女たちは良い研究対象といったところなのですがね。」

 

「うん、確かにそうなんだけど・・・。理論上、ちーちゃんが一番適性が出るように作ってあるんだ。元々ちーちゃんに適用するように、コアを作ったからね。」

 

「・・・それは初耳です。」

 

「あれ、言ってなかったっけ?まぁいいや!

 でも、そういうことなんだ。本来はちーちゃんが一番、適性がなくちゃいけない。だからたっちゃんは「本来はありえない存在」なんだ。だから細胞の一つまで解体して解析したいんだよねぇ・・・だめ?」

 

「だめです。そうなったら我が三菱が全力を持って阻止させていただきます。」

 

「だっよねー!ま、だからこれからも、よろしくお願いね。・・・チーフ。」

 

「えぇ、こちらこそ。ま、末永く、よろしくお願いいたしますね。・・・束博士。」

 

 くくくく、と束博士とチーフは黒い笑みを浮かべていた。世界の頭脳である束博士と、三菱重工IS部門をまとめ上げるブレインがつくり上げる空間に、周りの研究員は若干どころではなく、ドン引きである。

 

「それにしても、束博士の話が本当だとすると、小鳥遊彩羽のデータの収集と解析をより進めなくてはいけませんね。」

 

 チーフはそこまで言った所で、表情を固くさせ、束博士を見ながら口を開いていた。

 

「博士もしや、この模擬戦の目的は・・・。」

 

 束博士は、にこにことした笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「やっと気づいた?ただ単に実戦経験を積むっていうだけなら、わざわざちーちゃんを呼びはしないよ。

 ・・・本来のISの適合者であるちーちゃんと、イレギュラーのたっちゃん。2人を闘わせたら・・・もしかしたら、とんでもないデータがとれるかもしれないよ?」

 

 そういう束博士は、顔は笑っていたがその眼は、鋭く空中を舞う千冬と彩羽を見つめていた。

 

(さぁって。これが吉と出るか凶と出るか、それとも何も出ないのか。私の予想の上を往くのか、さて、さて、どういう物を見せてくれるのかな。たっちゃん!)

 

 

 瞬間加速によるフェイント合戦。

 

 私と千冬の模擬戦は、お互いに間合いを図りながらの機動戦から始まった。千冬は雪片、私はペイントボールと、私のほうが多少間合いは長いが、お互いに近距離の武装しか装備していない。それ故に、お互いに飛び込むタイミングを図っている段階だ。

 

 瞬間加速をするにしても、相手に飛び込むという愚行はしない。機体の向きこそ相手に向いているが、加速する方向は軸をずらしてあさっての方向へと向かう。相手の視線を自機から外そうとフェイントを仕掛けあっているのである。

 

(・・・流石の世界最強。舐めてかかっては私がやられるな。これは、実戦闘の体験の有無などといった「驕り」は取っ払わないと負けるな。)

 

 普通の相手であればおそらく引っかかるであろう瞬間加速の後の急激な方向転換、地上スレスレから四方八方へと繰り出す瞬間加速。この遠距離においての武器はブーストの向きと、お互いに交錯する眼光である。

 

--右へ行くのか?であればその隙をついて接近してやる--

--フェイントです。左ですよ!隙ありです!--

--ちっ、小娘が。ついてこい!--

--うわっ、無茶を・・・待てこのっ!--

 

 言葉にはしないが、眼はお互いの一喜一憂を、確実に物語っていた。そして、戦況は先程までのフェイント合戦から、近距離戦へとシフトしていった。

 

--逃げると思ったか・・・まずは一発だ、喰らえ--

--あぶなっ!そうそう喰らいませんよ!ほらペイントボールです!--

--甘いっ--

 

 逃げる千冬を追いかけた私は、おもわずその反撃を受けてしまう。というか、やっぱり千冬はバケモノだ。瞬間加速のスピードのまま180度向きを変えて接近するなんて、人間業じゃない。いくらISの保護機能があるとはいえ、普通、体のどこかを痛めるはずはずなのだが、涼しい顔をして雪片を振るってくる。

 

 だが、私もタダでは喰らわない。カスタムウィングの片翼だけの展開装甲を逆展開させて、コマのように一瞬だけ機体を回して千冬の一刀を回避する。そして、私の目の前を通りすぎようとした千冬の背中に、ペイントボールを投げる。

 

 決まったか?と思った矢先、千冬の鋭い眼光が此方を射抜いていた。あぁ、これは回避されて追撃をうけるパターンか。私はそう思うと同時に、カスタムウィングと各展開装甲の推力を前面に集中し、後方へと一気に下がる。と同時に、ペイントボールを避けた千冬の雪片が、私の居た場所を切り上げていた。

 

(あっぶなぁ!っていうか、背中を狙ったのに避けられるなんて・・・って、そういえばハイパーセンサーで背中の動きまで全部見えるんだった。)

 

 私はそう思いながら、改めて距離をとる。千冬も同じようにブースターを前面にふかして、距離をとっていた。

 

「・・・ふぅ。やるな、彩羽。」

 

「千冬も流石です。世界最強は伊達じゃないですね。」

 

「それはそうだ。伊達では世界最強にはなれんよ。ま、そういう意味では、世界最強にあっさりついてくる彩羽こそ、伊達の強さではないな。」

 

「・・・零戦の練度が役に立っているだけです。ついていくだけで、必死です。」

 

「はは、謙遜はよせ。彩羽は相当強いぞ。練習さえ積めば、世界最強も夢ではないかもな。」

 

 千冬は気持ちの良い笑みを浮かべていた。が、次の瞬間、表情を引き締めると、少しだけ低い声で、呟くように言葉を発する。

 

「ウォーミングアップは終わりだ。ここからは本気で行くぞ。」

 

 うん、迫力満点だ。本当に千冬は女性なのだろうか。

 

「判りました・・・では、私も必死にもがいて一矢報いて見せましょう。」

 

「やれるものなら・・・やってみろ!」

 

 千冬はそう言うと、今までとは比べ物にならない速度で移動を開始していた。あれは間違いなく、本気であろう。・・・・それであれば、私も久しぶりに本気を出そう。

 

---目を閉じる。そして深く、息を吸う---

 

千冬のISのブースターの音が一瞬遠ざかる。

 

--無駄な思考は切り捨てろ。

 

--私は零式だ。私は零式だ。私は、零式だ--

 

--・・・否、私「が」零式だ--

 

深呼吸をやめ、ゆっくりと目を開ける。

 

零式の指先は、私の指先。

零式のつま先は、私のつま先。

零式のカスタムウィングは、私の腕。

・・・難しいが、感覚は、繋がった。

 

--さぁ、行こうか、零式、相手は世界最強だ!全力を出すぞっ--

 

『貴方の心の成すままに』

 

「・・・ん?」

 

 何か最後に聞こえたような気がしたが、きっと気のせいであろう。私は改めて操縦レバーを握り、イメージを整える。そうしているさなかにも、千冬は目にも留まらぬ速さで、此方に突っ込んできているではないか。

 

「いきますよ・・・世界最強っ!」

 

 私も負けじと瞬間加速と展開装甲を使用しながら、体を左右に振り、千冬へと突っ込んでいった。

 

「はっ・・・来い、小娘!」

 

 千冬はコンパクトに、かつ素早く雪片を降る。私は体を反らせて、紙一重でそれを避けきる。そして、姿勢を戻す勢いを使って、頭突きを千冬へと繰り出していた。

 

「おらぁっ!」

 

「なっ!?ぐっ」

 

 まさか頭突きを繰り出すとは思っていなかったのか、千冬は私の頭突きをもろに食らってバランスを崩していた。その隙を見逃すほど、私は甘くはない!




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-コアナンバー017より、コアナンバー001へ。勝つ気でいるならやってみろ。私の主は、ものすごく強いんだぞ!断固、拒否する-


某所でこんなやりとりがあったとか、無かったとか。

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