【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

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セシリアに啖呵を切った小鳥遊彩羽。だが、その心の内は言葉とは少々違うものであった。

※誤字報告まことにありがとうございます。


ゼロ式64型(A6-M8)

 零式艦上戦闘機六四型。私は話にだけ聞いたことがある。

 戦争末期、度重なる改良によって重量が増加し機動性が落ちた零戦に対し、高出力エンジンを搭載した零戦の最終形である。

 私の愛機である二一型に対して、最高速度は約100km/hほど上昇し、武装面・防御面でも充実した「最終改良型」の零戦と言える。

 

 ただ、その性能は空戦で発揮されることは二度とない。何せ、私がこの機体の噂を聞いたのが戦争の末期の末期であったからだ。戦争の常として「この機体があと一年早くあれば」という気持ちがないわけではない。

 実際保存会で保管されている六四型については非常に性能が良いものであるし、まともな数が実戦配備されていたのであれば間違いなく搭乗していたと思う。

 

 などと思いながら…私のIS、ゼロ式64型を整備する。整備と言っても私が出来るのは、エネルギーラインの確認と、各部の損傷・摩耗具合の確認ぐらいだ。というかそれ以外の簡単な損傷はIS自身が回復させてしまうし、ISで回復できないほどの損傷となれば三菱の技術者か、束ぐらいしか直すことができない。

 

 いつだってパイロットである私に整備面でできることは、案外少ないのである。

 

「へぇ~。たっちゃんの機体ってホントすごいね~。無駄なものがなくて洗練されてるっていうか…」

 

 そして、整備をする私の横で呟くのは、私の中で『眠れる獅子』と勝手に名付けた本音である。どうやら本音は整備の腕も優秀らしく、IS学園でさらにその能力を磨き上げたいらしい。

 

「ワンオフのパーツはほとんど使われていないのに、部品の組み合わせでISとして高性能を維持してるのね。当然ほとんどの使用パーツは汎用のものだし、整備性も抜群ときてるし。…お姉さんとしては三菱重工に、私のISを一度見てもらって講評をもらいたいわね」

 

 更にゼロ式をまじまじと見つめながらつぶやくのは、IS学園生徒会長である更識である。彼女はIS学園の生徒会長でありながら、ロシアの国家代表を務める実力者であり、IS学園において織斑一夏の護衛を任されている実力者である。

 生徒に生徒の護衛を任せるのはどうなんだろうか、という疑問は残るものの、ロシアの国家代表という肩書はきっと伊達ではないのであろうということで納得しておく。

 

 なお、彼女らがここにいる理由は、本音の正体を私が一発で見抜いたからだそうだ。ちょっと会話をしてみたくなったらしい。

 最初は明らかに警戒心の塊という感じであったが、とはいえ私は隠すものなどないわけで別に特筆すべきことはない、という感じで腹の内をさらけ出してみたところ、更識も本音も警戒心を解いて打ち解けるに至った次第だ。

 

「汎用パーツが多ければ多いほど整備がしやすくて信頼性がありますからね。それにISといえど新規装備を付けてしまえばそれだけ故障と不具合というリスクが大きくなってしまいます。

 特に今は第三世代、更にその先への世代へとIS開発に世界中が躍起になっていますけれど、私個人的には新進気鋭とはいいつつ、ある程度は枯れた技術も必要だと思いますよ」

 

「なるほどね。そういえばゼロ式も第三世代と聞いたことがあるのだけれど、特に武装が見当たらないわよね」

 

 更識はそう言いながら、コンソロールで私の機体をよく観察していた。確かに見えるような位置には、第三世代としての装備はついていない。

 

「ええ。まぁ、ゼロ式はスポーツ用でも軍事用でもなく、データ取得用のISという意味合いが強いですから。ですがイメージインターフェースは搭載していますので、そういう意味ではれっきとした第三世代ですよ」

 

 そう、ゼロ式はよくシンプルな外見からか、よく「第二世代」と思われることが多い。大型のブースターが目を引くものの、打鉄をベースにラファールの丸みを帯びさせたような深緑の機体だ。束曰く「暮桜にも似ているよ」とのことだ。確かにちょっと似ているかもしれない。

 だが度重なる魔改良によって、その性能は第三世代を超えて第四世代と言ってもいいくらいになっているとは束本人の談だ。

 

「ただ欠点として、三菱からゼロ式は現在の技術ではこれ以上改良ができないとお墨付きを得てしまっています。何か技術革新があるか、セカンドシフトぐらいでしか性能向上が望めないんですよね」

 

 このゼロ式の拡張性については、束ですら頭を抱える問題だ。

 正直に思うところを吐露すれば、機体の製作元である三菱は機体の特性といい拡張性といい、零式艦上戦闘機に似せすぎだと思う。個人的には試作機で技術立証したのちに、次世代型の開発をしたほうが効率が良いと思ったりもするわけで、ゼロ式の次は何か考えているのですか?と聞いてしまったこともある。

 ただ、束曰くそうしてしまうと、今まで積み重ねてきたISとの経験値が零になってしまうらしく、そうなるとフィッティングからカスタムまで一からやり直しという話もあるし、痛し痒しだ。

 

「そうなんだ。でも、スペック上だと私のIS、ミステリアス・レイディを上回っているのだけど、たっちゃんはそれでも足りないの?」

 

 国家代表レベルの最新鋭機よりも高いスペックであるというが、私にはそんなことは関係ない。

 

「えぇ。まだ。まだ足りません。だってISはもっと高く、速く飛べるはずですから」

「うへー…。たっちゃんは向上心の塊だね~。普通は満足しちゃうよ。例えばこのエネルギーラインだけど普通のISの倍以上のキャパシティがあるし、関節周りのアクチュエーターも汎用品ではあるけど、一度ばらしてパーツの精度を高めてから組みなおしてあるし…。できることはすべてやりつくしてる感じだよ~?」

 

 そういいながら本音は私の機体のエネルギーラインを見つめていた。束はそんな細かいことまでしていたのかと思う。でも確かに、行きつくところまで行ったあとは細かい整備と調整による性能調整が大きな意味を持つのは確かである。

 末期の零戦では補給物資がなくできないことではあったが、ネジの一つの取り付けにしてもグリスやゆるみ止めを忘れない細やかな整備が、空戦の一番大事な極限の状態では効いてくるのだ。

 

「本音は凄いですね。一目見ただけでそこまでわかるなんて」

 

 そしてなによりそれを一発で見抜いてしまう本音の眼もまた本物である。普通は全く気が付かないどころか、バラして組みなおすなんて発想が出てこないであろう。

 

「まー…生徒会長の機体を整備させてもらったりもするからね~」

「本音の姉が私の整備士なんだけれど、本音もいい腕をしているからね」

 

 胸を張る本音。なかなか良い関係のようだ。どうせなら私にもこんな整備士…と思ったが、私には三菱と束がいるのだ。これ以上の存在を望んでしまえば罰が当たる事だろう。

 

「うらやましい関係ですね。っと、整備はこんなところでお終いです」

「ありがと~」

「いろいろ見せてくれてありがとうね。たっちゃん。織斑一夏君の護衛は私たちがしっかり行うから、安心してね」

「もちろん。私も一夏さんの幸せを願っている一人、ということがわかっていただけただけで何よりですよ」

 

 私は笑顔を見せながら、ゼロ式の整備を終える。コンソロールを閉じながら道具を片付けていると、更識さんから声をかけられた。

 

「あー…あと、たっちゃん、個人的なお願いなんだけど」

「なんでしょう?」

「零戦を見せてもらっても構わないかしら?」

 

 ゼロ式ではなくて私の零戦を見たいとはまた酔狂な…。でも、見たいというのであれば断る理由はない。

 

「えぇ、かまいませんよ。好きなだけどうぞ」

「会長~。私は仕事があるからここで失礼します~」

「わかったわ」

「じゃあ、またね~。たっちゃん!」

 

 本音はどうやらここで戻るようである。仕事というのはおそらく護衛なのだろうか?

 

「ええ。また。更識さんは戻らなくていいんですか?」

「大丈夫。それに、展示飛行であれだけ魅せてくれた機体、一度は見てみたいじゃない」

 

 態度は変わらないが、更識はきらきらとした目を向けてくる。うん、そんな目をされては、見せるしかないじゃないか。

 

「そういっていただけると光栄です。では、こちらにどうぞ。先ほど整備が終わって組みあがってますので、自由にご覧になってください」

 

 ISが置いてある場所から壁を一枚隔てた格納庫に、私の零戦21型は鎮座している。機体上面は、海面や森林を意識して深緑迷彩を施してある。機体下部は逆に零戦本来の色である乳白色だ。そして美しい丸みを帯びた機体の横に更識は立ち、零戦の外皮に手を当てていた。

 

「へぇ…美しい流線形をしているわね。材質は確か…」

「外皮は基本的にはアルミですね。主翼の内部は超々ジュラルミンが使われています。他には一部布も使われていたりしますよ」

「布、なんて使われているのね。それにしても詳しいわね」

「そりゃもちろんです。自分の機体の事は手足のように判らなければパイロット失格ですからね。一応補足すると、布はこのエルロンとかの稼働部分ですね」

 

 布、という言葉に更識はエルロンを軽く撫でていた。でも、幾重にも折り重なった布と樹脂のおかげで、それが布だと気づくものは少ないであろう。ただ、高速戦闘ではこの布で出来た羽が悪さをするのだ。つまることろ、よくたわむ。そしてたわんで舵が効きにくい状態になってしまうのだ。

 

「そして見てわかるとおりに、外皮は薄くて防御なんてものには目を向けていません。ただ、当時の世界認識としてはパイロットの防御ということは考えていなかったと思います」

「どういうこと?」

「零戦はまともな戦闘のデータを使って作られた戦闘機ではないからです。平和な時代に高性能機を作ろうとして作られた機体ですからね。データは一次大戦時のものですから、基本的に防弾なんて考えていません。それが証拠に、戦時中に開発された改良型の零戦には、防弾装備がしっかりとつけられています」

 

 運動性を犠牲にして、という補足がつくが。と心の中でつぶやく。ただし、本当に最初から防弾装備がしっかりしていれば、いくつかの命は助かったのではないかなどと思ってしまう。

 

「何か、たっちゃんのゼロ式と通じるものがあるわね」

「確かに。私のゼロ式は空を飛ぶ道具ですからね。これを戦闘に使おうと思ったら、武装を取り付けたり、装甲を増厚したりといろいろと改良しなくちゃいけません」

 

 私のISであるゼロ式も確かにかなりの部分を削ってしまっている。その代わりに小回りが利き、運動性が良いのだ。

 

「でもそうなると、セシリアちゃんとの戦いはどうするのかしら?今言った通りに、ゼロ式は武装がないんじゃなかったっけ」

 

 まさにこれが最大の問題点とも言ってよいだろう。機動力と機体性能に全部システムを振った結果の結末だ。だが、後悔は一切していない。

 

「問題ないですよ。外付けの7.7ミリ機銃と、20ミリ機関砲で戦うだけです」

「零戦の装備と一緒ね」

「ええ。使い慣れているのが一番ですからね」

「…倒せるのかしら?」

 

 更識が疑問の声を上げていた。それはそうか。今回はペイントボールを使用した模擬戦ではなく、エネルギーを削り切るタイプの模擬戦だ。7.7ミリ機銃と、20ミリ機関砲だけでは一般的に火力不足ととらえられるであろう。とはいえ、私はセシリアと模擬戦を行うとはいえ別にどうもしない。いつものように全力で飛ぶだけだ。

 

「私は別にセシリアさんを倒そうとは思っていません。ただ…クラスといいますか、この学園に蔓延る『女尊男卑』とセシリアの『差別意識』を変革出来たらいいかなと思っています」

「なかなか難儀なことをしようとしているのね。具体的にはどうしようとしているの?」

 

 疑問の顔を向ける更識。別に大層なことではない。

 

「前者に関しては、織斑一夏さんに頑張ってもらうしかないでしょう。セシリアさんに追いすがってあと一撃!というところまで持っていけば、まずは変革への一歩である楔が打てますから。そのあとはさり気なく支えて実力をつけていただければな、といったところです」

「確かに。そのぐらい一夏君ががんばってくれれば、ちょっとは変わるきっかけになるかもね」

 

 同意を得られたようだ。実際、女ばかりの場所では、どうしても男の意見や男の根性と言ったものに触れる機会なんてものはない。特に『女尊男卑』の世界になってしまってからはそれがより感じられる。そこに織斑一夏という存在が紛れ込んだことは非常に良い影響を与えるものだと信じたい。

 

「後者に関しては、一夏さんとの模擬戦でセシリアさんが何かを感じてもらえば結構。それでも彼女が曲がっているようであれば、私が全力を持って心を折りに行きます。あとは…彼女次第でしょう。このぐらいで腐るならイギリスに帰れと言うだけです」

 

 そして次点。それによってセシリアが変わればまた良い事だと思う。文句は言ったが、私はあくまで前世ある人間だ。若者を導かんでどうする、というのが正直な気持ちである。

 

「自信満々に言うのね。でも、その実弾装備で勝てるのかしら?セシリアちゃんは何を言ってもイギリスの国家代表候補生よ。並大抵の実力ではないと思うわ」

 

 心配そうな顔で更識はこちらに口を開いていた。うん、ぶっちゃけると本当に問題はないのだ。

 

「問題ありませんよ。セシリアさんの今までの模擬戦のデータを見ると、明らかに弱点があります。なぜ誰も指摘しないのか、なぜ本人は直そうとしないのか。そう言える明確な弱点が。そこを狙えば私の装備でも、強いて言えば織斑一夏でも、セシリアに楽に勝つことは可能です」

 

「ふふ、怖いわね、たっちゃんは」

 

 怖いとは失礼な。私からすれば、不敵に笑うあなたが怖いです。

 

 

 更識さんと格納庫での語らいの数日後、零戦の格納庫があるアリーナで執り行われた織斑一夏とセシリア・オルコットの戦いは、白熱するもあと一歩というところで織斑一夏の負けとなった。ただ、内容は勝利と言ってよいものだ。何せ、素人がプロであるセシリアからあと一撃というとシチュエーションを勝ち取ったのだから。

 

 それを私は千冬、篠ノ之箒、山田教諭と一緒に見ていた。正直に言うと、なかなかに白熱した一戦であった。正確な射撃をするセシリアに、掻い潜りながらも一撃を加えようとする織斑一夏。実に、心躍る戦いであった。

 

 だが、そのあとがいけない。肉親である千冬は戦を終えた織斑一夏に対して「成っていない。実力不足」の一言であるし、練習を見ていた幼馴染の篠ノ之箒も叱咤するだけである。それでは人は育たないというのは、我が海軍が米国と戦う前からの常識であろうというのに。

 

 と、言うことで、織斑一夏に息巻いていた千冬と、篠ノ之箒の耳元でちょっとアドバイスをささやく。

 

「千冬さん。『やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば人は動かじ』です」

「ん…?」

「何をいうんだ。私が練習を見ていたのに、一夏は負けたんだぞ」

「千冬さん、一夏さんが早く育たないとこの世界でやっていけないという焦りはわかります。ですが、それを込みでも出来たことに関しては褒めてやらねばいけませんよ。それに篠ノ之さんだって練習を見てあげていたのでしょう?であれば、叱咤だけではなく、できていた部分を褒めてやらねば、道筋を示してやらねば、次に繋がりません」

「あぁ…そうか、本当に彩羽はしっかりしているな…」

「む…確かにそうか…」

 

 ふぅと千冬はため息をつくと、織斑一夏さんに向かって声を張った。

 

「一夏。初めて乗った機体で国家代表候補生に追いすがった事については褒めてやる。だが、こんなものは偶然だ。精進しなければ実力は付かん」

「おう!分かってるよ千冬姉!」

「千冬教諭だ馬鹿者」

 

 真似をするように、篠ノ之箒も織斑一夏に対して口を開いていた。

 

「一夏!追いすがって撃ち込んだ事は褒めてやる!もっと精進しろ!」

「お…おう!箒もありがとな。でも、今度はISも教えてくれ…」

「解っている」

 

 篠ノ之箒は最後にちょっと目が泳いだが、及第点であろう。これで織斑一夏は多少なりとも今後の道筋が見えたはずだ。

 

「それと、だ。一夏。お前は彩羽の戦いを見ろ。そして、目指せ。こいつの動きは別格だ」

 

 …私の動き?

 

「私の動きを見ても勉強にはならないかと」

「小鳥遊の?でも俺は千冬姉の…」

 

 私と織斑一夏の声が重なる。だが、それを見た千冬は優しい笑みを浮かべて、こう話すのであった。

 

「謙遜するな。お前は別格だよ、彩羽。そして一夏、私ではなく彩羽を目指せ」

 

 そう言った千冬を、織斑一夏は納得のいかない顔で見つめていた。私もそうである。個人的な意見ではあるものの、近距離武器を持つ織斑一夏は、私のような射撃武器愛用者ではなく、織斑千冬の動きを真似るべきだと思うのだ。

 

「確かにそれはありかもしれませんねぇ。千冬殿の動きは少々人間離れをしていますからね。彩羽さんの動きはまだ人間の範疇ですから、おすすめですよ」

 

 聞きなれない声に、一夏と箒は声のする方向を向いていた。そこには、スーツを着た30代~40代と思わしき男性が、バッグを片手に立っていた。

 

「あの…どなたでしょうか…?」

 

 思わず声をかけてしまう箒。スーツの男性はその声に答えるように、お辞儀をしながら自己紹介をする。

 

「あぁこれは失礼しました。私、三菱から小鳥遊彩羽のデータ取りにやってまいりましたしがない研究者です。チーフとでもお呼びください。そしてお久しぶりです千冬殿」

 

 チーフと名乗った男性と、千冬は握手をする。あぁ、そういえばチーフと千冬は久しぶりの再会になるんだったっけ。そりゃそうか。あの焼肉以来だもんなぁ。

 

「お久しぶりです。…ということだ。彩羽の力を支える裏方といったところだな。白式の基礎OSに技術提供をしているとも聞いたことがある」

「え、そうなのか!?」

「あぁー。致しましたね。ずいぶんと難物ではありましたが…いかがでしたか?織斑一夏君」

「えーっと…。すごく動かしやすかった。っていう感じです」

「ならばよかった。我々三菱と彩羽さんの研究結果が少しでも役に立っているようでなによりです」

 

 そういいながらチーフは笑みを浮かべると、私へと手を伸ばしていた。

 

「そして彩羽さん。遅れましたがご入学おめでとうございます。いや、すいません。研究結果を纏めるのに半年ほど缶詰でして…」

「忙しいのは分かっていますから大丈夫ですよ。それに彼女の頭についていこうと思ったら、チーフでも苦労することでしょうし」

「ご理解いただいてなによりです。…ということで、今日は久しぶりに直にデータを取らせていただきます。機体に不審な点などありましたら何なりと申し付けてください」

「えぇ、遠慮なく頼りにさせていただきます。よろしくお願いしますね。チーフ」

 

 私はその手を固く握ると、早速、ISを纏いアリーナへと舞う。さて、セシリア・オルコットは織斑一夏との戦いで何か変わっているか。それともそのままなのか。出鱈目勝負いきますかね?

 

 

 アリーナに飛び出した私を待ち受けていたのは、セシリアの意外な姿であった。

 

「申し訳ございません。と先に謝罪だけはさせてくださいな」

 

 一発目にこれだ。

 

「どういう風の吹き回しですか?」

「一夏さんのまっすぐな戦いぶりを見て、日本人とはすばらしいものだと思い知らされたのですわ」

 

 つまり、私の思惑通りに事が進んだということで、織斑一夏はなかなかの日本の男だったようだ。

 

「そう。それならいいわ」

 

 それならば、私が本気を出す必要もないだろう。…ただ、あれだけ啖呵を切ったわけで、それに見合った戦いをすることと致しましょうか。

 

「ですが…貴方ともぜひ本気で戦いたいです。彩羽さん」

 

 セシリア・オルコットはそういうと、先ほどまでの謝罪の雰囲気から一転、真剣な目で此方を見つめてきていた。…ありゃ厄介な目だ。

 

「貴方の事、調べ上げました。三菱重工所属、テストパイロット小鳥遊彩羽さん。別名『荒鷲』さん」

「その名前までとは…驚きですね」

 

 私の別名は、誰が呼んだか荒鷲というらしい。次から次へと模擬戦の相手を負かしていく姿から誰かがそう呼んだらしい。ただ、その名を知るためには裏方の地味な世界を調べなくてはならないのだが…。あれだけ日本人を舐めた言葉を吐いていながら相手の情報をしっかりと収集するあたり、こいつはもしかすると狸かもしれない。

 

「オルコット家の、私の情報網をなめないでくださる?それに、これでも『誇り高き』貴族、ですので」

 

 さわやかな、と形容できる笑みを浮かべるセシリア。…こいつ、もしかしなくても相当な狸かもしれん。確か束からの情報で、両親はすでに死別していると聞いている。その後ISに乗りながら家と財産を守った女傑、と認識を改めたほうが良いのかもしれんな。とはいえ、日本人と男を舐めていたのは事実であろう。そうでなければ初心者である織斑一夏相手にあそこまで追い詰められやしない。

 

「そうですか。…では、こちらも『誇り高き』零戦のパイロットとして、お相手奉る」

 

 私がそう呟いた瞬間、試合開始ブザーが鳴る。と同時に、私は瞬間加速で真横に飛ぶ。コンマ数秒遅れて、私のいた場所をオルコットのレーザーが貫く。だがそれだけだ。オルコットの射撃は正確ゆえに非常に避けやすい。銃口がピタッと止まると撃つのがオルコットの特徴であり弱点の一つである。フェイントがない正確な射撃は、学園のアリーナという限られた場所の、それも1VS1という戦いでは不利のほかの何物でもない。

 

「うまく避けますわね」

「正確に撃ってきてくれてますから、避けやすいですよ」

 

 私はそう言って7.7ミリ機関砲を数発だけセシリアに放つ。当然、セシリアは弾丸を避けようと左右上下前後のどこかに逃げる。ブースターの向きと角度からするに後ろ斜めに飛びのく気であろう。…成っていない、全く成っていない。フェイントも使わずに実直に避けるなんて。

 

「ぐふっ…!?」

 

 苦悶の声はセシリアからだ。7.7ミリで誘導したのち、その誘導先に20ミリ機関砲を一発放っただけで、弾丸がセシリアの腹部に直撃する。流石にシールドバリアがあるとはいえ、直撃すれば人間が文字通り塵となる20ミリの『徹甲榴弾』は、並大抵の威力ではない。そしてどうやらセシリアに直撃した20ミリの弾丸は、ノーマルシールドを貫いて絶対防御を発動させたようだ。

 20ミリ砲弾のダメージに一瞬よろめくも、セシリアはすぐに体勢を立て直していた。ここらへんは流石の国家代表候補性といったところであろう。

 

「すごい衝撃でしたわ。データ通りの実弾装備ですのね」

「えぇ、私にはこれ以上の装備は不要ですから」

 

 私は再度7.7ミリ機銃の銃口をセシリアに向けつつ、移動を再開する。セシリアもそれに合わせてレーザーを撃ち込んでくるが、相も変わらず実直な攻撃だ。…これが近距離武器であれば怖いものがあった。織斑一夏のように、実直に切り込んでくればいずれは当たるかもしれなかった。

 

 だが、セシリア・オルコット。これは空中の射撃戦だ。警戒・視界・視線・速度・高度・機動、そして自身の体や攻撃すらフェイントに使い、全ての動作において幻影と現実を織り交ぜて全身全霊で索敵・攻撃・回避を行わなければいけないのが空中戦なのだ。実直な射撃と動きだけで勝てるほど、空というのは甘くはない。

 

「教育してあげますよ。セシリア・オルコット。…貴女の飛び方は、甘すぎる」

 

 

 7.7mm機銃の音がアリーナに響くと、次の瞬間にはセシリアのシールドエネルギーが少しだけ削られる。だが、彩羽以上の手数をもって攻撃しているはずのセシリアのビームは一切のダメージを彩羽に与えられていない。その光景にアリーナで観戦していた一夏と箒は開いた口が塞がらないでいた。

 

「小鳥遊…なんっていう動きをしているんだ…」

「千冬姉…小鳥遊っていったい」

「言っただろう。あれが目指すべき目標だと。今はまだ遠距離戦しかしていないが、フェイントに荷重移動と、彩羽の動きは私よりか一夏の参考になる」

 

 そうはいっても、というのが一夏の感想であろう。自分があれだけ苦労したセシリアの攻撃をすべて避けて、更に攻撃を一方的に当てるなんて神業が出来るとは思わない。そうしている間にも、セシリアのエネルギーが少しずつ削られていく。

 

「セシリアのエネルギーが減ったってことは、弾丸が当たってるんだよな?でも、銃弾の軌跡とかが見えなかった…なんでだ?」

「ははは。ま、驚くのは無理もないでしょう。彼女の使う弾倉は少々特殊でしてね」

 

 同席していた三菱のチーフが、タブレットを取り出した。そして、手慣れた手つきで一枚の写真をタブレットに表示させる。

 

「これが彼女を使う弾丸の実物の写真です。千冬殿ならばわかりますかね?」

「これは…すべて実弾か!?」

「驚いていただけて何より。そう、全て実弾です」

 

 笑みを浮かべるチーフ、そして驚く千冬に箒と一夏は疑問の表情を浮かべていた。

 

「すべて実弾…?普通ではないんですか?」

「彩羽め、しばらく会わないうちにとんでもない実力を身に着けたものだ」

 

「いいか、篠ノ之、そして一夏。通常、遠距離の実弾武器というのは、弾丸が飛んだ方向がわかるように『曳光弾』と呼ばれる弾丸を仕込む」

「曳光弾?」

「そうだ。入学試験の時、教員のペイント弾も一部光の軌跡を描いていただろう。あれが曳光弾だ」

 

 あぁ、確かに、と納得したように一夏と箒はうなずいていた。それをみた千冬は、説明を続ける。

 

「曳光弾という代物は、弾丸が今飛んでいる方向を撃った本人に知らせる物だ。実際の弾丸の軌道がわかれば、修正も容易だろう?」

「確かにそうだよな。目印があれば無駄弾も打たなくて済む、って事だろ」

「あぁ。一般的にはそうだ。だが、彩羽の使う弾倉にはその曳光弾が一発も無い。つまりは弾道が見て取れないわけだ」

 

 改めてアリーナを飛び回る彩羽を見る。彼女が弾丸を撃つ音は聞こえるものの、その痕跡は一切見て取れない。だが、確実にセシリアのエネルギーを削り取っていた。

 

「わかるか、一夏、篠ノ之。今アリーナで行われていることの意味が。彩羽は自身の武器の弾道を知り尽くしている。曳光弾という目印がなくても弾丸を当て、相手のシールドエネルギーに確実にダメージを与えているんだ。驚異的な練度だよ」

 

 その言葉に、三菱のチーフは満足げな笑みを浮かべていた。

 

「さすがは千冬殿。その通りです。今彼女が持っている7.7ミリ機銃と20ミリ機関砲は、彼女の手足と言っていいほどのものです。特に20ミリ機関砲は威力はあるものの、癖がありすぎて常人ではなかなか扱えません。それを彼女は思う存分振るえてしまう。あぁ、なんて才能なのか!秀才なのか!」

 

 興奮したチーフは両手を掲げながら声を張り上げていた。だが、ふと冷静になったのか、千冬と箒に顔を向けて笑みを作ると、先ほどとは違い冷静な口調で言葉を発した。

 

「とはいっても彼女の本領はそこではありません。一度彼女と戦っている千冬殿であれば、わかるでしょう」

「えぇ、もちろん。彩羽の本領は空で飛ぶことだ。ISという翼を纏い自在に空を飛ぶ姿は誰にも真似できん。無論私でもだ」

「あの、千冬さん。小鳥遊のことに詳しいようですが…彼女とはどのような関係なんですか?」

 

 箒の質問に千冬は一瞬眉間に皴を作る。だが、あきらめたようにため息をつくと、彩羽の機体を見ながら口を開いた。

 

「そうだな…模擬戦という限られた場所ではあるが、不本意ながら私がISで完敗を喫した相手だよ」

「えっ!?」

「千冬姉が!?」

 

 箒と一夏の声が響く。その姿を見た真耶とチーフ、そして千冬はにやりと不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

「懐かしいですね。確か千冬殿が現役の時代でしたっけ?」

「あぁ…暮桜まで出して負けた。懐かしい話だ」

「なつかしいですねー。彼女のISの軌跡をまた見られると思うと、感激ですよ」

「ははは。ぜひ楽しんでください。彼女は今『荒鷲』という通り名を持つぐらいには成長していますからね」

 

 にやりと笑みを浮かべるチーフ。そして、更に言葉を続けていた。

 

「それに未だ、彼女は美しい羽を広げてはおりません。彼女の飛翔はこれからが本番です」

 

 そして彼らの瞳には、セシリアのレーザーをたやすく避けながらも、7.7ミリ機関銃、そして20ミリ機関砲の弾を確実にブルーティアーズに着弾させる小鳥遊彩羽の姿が映っていた。




 小鳥遊彩羽の通名は『荒鷲』。表の晴れやかな世界ではなく、裏方の地味な世界でささやかれるこの通名は奇しくも彼女が生前彼であった時代に仲間とよく歌った歌のままであった。彼女は誰が相手であっても、相手がどの機体に乗っていても、どんな武装をもっていても

「来るなら来てみろ!」

 と言わんばかりにゼロ式を手足のように操り、相手のパイロットと技術陣の心を折るのだ。しかも基本武装はペイントボール。仕方なくシールドエネルギー制の模擬戦をするときは右手に7.7mm機銃、左手に20mm機関砲を携えて、その姿はまさに往年の零式艦上戦闘機のように自由に空を舞うのである。
 誰もが、最初はその姿を馬鹿にしていた。無名の企業の無名のパイロット。だがその中身を紐解けば、前線に出ずっぱりでありながら二次世界大戦の末期まで生き残った海軍航空隊の猛者と、それを支えた航空技術陣の末裔という凶悪タッグである。
 日本の誇りを心に燃やし、ISという夢を飛ばす飛び切りの馬鹿野郎共の前には誰も手が届かなかったのである。

 そしてあれよあれよという間に束の協力の元、小鳥遊と三菱は基礎技術においてIS業界ではトップに躍り出た上に、彼女の技術が多くの機体のOSに使用されているのである。表の世界では知られてはいないが、小鳥遊と三菱はまさにIS業界の開拓者なのである。


---IS技術雑誌より抜粋

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