【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

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お久しぶりでございます。つらつらと描いていた物がそこそこ形になりましたので。


Test_pilot(1)

 

 未だ小鳥遊彩羽とセシリア・オルコットの模擬戦が続くアリーナ。そこで、織斑一夏を含めた人々は小鳥遊彩羽の動きにくぎ付けになってしまっていた。

 

「俺に小鳥遊の動きが出来るのか…?っていうか、あんな動きができるって三菱重工で一体どんな訓練を積んだんだ…?」

 

 織斑一夏は自身の姉である千冬から言われた『目指すなら彩羽を目指せ』というアドバイスの元、彩羽の動きを目で追っていた。だが、その動きは過去にモンドグロッソで見た姉の千冬に匹敵するような動きに見えたのだ。

 その言葉に答えたのは、ゼロ式の生みの親であり、データ解析のプロであるチーフであった。

 

「そうですねぇ。彩羽さんは初めてISに乗った日から約3年、毎日ISに搭乗していますから同じところに立つにはまず3年の訓練が必要となりますね。そのうえで彼女の圧倒的なセンスを吸収できるかどうか、というのがまたひとつのポイントになるでしょう」

 

「3年…それに、圧倒的なセンス?」

 

 今度は篠ノ之箒が疑問を浮かべていた。

 

「ええ、センスなんですよ一夏さんに箒さん。まず、彼女の動き。何気なく普通に動いているように見えますが、ここIS学園の生徒のレベルでは、最上級生でも彼女の動きは真似できないでしょう」

「そんなに?」

「そうなのか?千冬姉」

「織斑教諭だ。…遺憾ながらチーフの言うとおりだ」

 

 納得のいかないという顔をする一夏と箒である。その表情をみたチーフは、カバンからタブレットを取り出して彼らにとある動画を見せていた。

 

「まぁいいでしょう。こちら、今セットしてある機材の映像なんですが…いいですか?先ほどのただの撃ち合い…に見えるこのシーンをスローで見てみましょう」

 

 タブレットを覗き込む一夏と箒。それを確認したチーフは、スローで動画を再生させる。

 

「まず先手は彩羽さんですね。小銃を発砲しているのが見て取れます。当然この動きはセシリア嬢のISセンサーにも警告として表示されます。ここまではいいですね」

 

 全員が頷く。

 

「そのうえで少し動画を進めますと…、ここです。セシリアはブースターを左下に、視線を右上に少しだけ向けていますね。つまりは右上に回避しようとしてる事が見て取れます」

「確かにスローで見れば判りますね」

 

 麻耶が合いの手を入れる。それを見たチーフは小さく頷くと、更に言葉を続けていた。

 

「そこで彩羽さんの動きを見てみましょう。いいですか、セシリア嬢が逃げの態勢に入った段階で、彩羽さんは20ミリの銃口を彼女の逃げる方向に向けています。しかもあからさまではなく、彩羽さんは前進するためのモーション、つまり体を前傾にして腕を下げるというモーションの中にそれを仕込んでいます。20ミリを腕ごと下げると見せかけて、ほんの少しだけ銃口を上に向けているわけです。そして3発だけ発射していますね」

 

 全員が言葉を失ってチーフの説明に傾注していた。つまり、彩羽は一瞬の射撃にも小さなフェイントを入れているのだ。

 

「セシリア嬢は逃げた先に弾が来たわけですから、避けられずに直撃しています。ただ彼女も国家代表候補生ですから、すぐに反撃していますね。ですがセシリア嬢の攻撃は彩羽さんが前傾姿勢をとったので、彩羽さんの進行方向と思われる場所、彩羽さんの前方に射撃をしています。

 それと同時に、彩羽さんは前傾の姿勢のままで真横に飛んでいます。セシリア嬢の攻撃はもちろん外れます。さっきからほぼこれの繰り返しなんですよ。

 つまり加速姿勢がすでに攻守のフェイントで、攻撃と同時に回避が完了しているわけです。なお、彩羽さんはセンサーでロックして射撃を行っているわけではありませんので、発砲時以外はセシリア嬢のセンサーには何も反応がないわけです」

 

「…凄まじいな」

 

 一夏はぽつりと呟いていた。

 

「えぇ、本当にすさまじいと私も思います。相手の一挙手一投足をすべて把握したうえで、自らの体のすべてを使って相手にフェイントを仕掛ける。それが彩羽さんの恐ろしく、そして天才的な所です。そして織斑一夏君の目指すべきところかと思います」

「あれが出来れば、白式の刀を使いこなすこともできる、のか?」

「夢ではありませんね。相手の隙をついて踏み込み、一撃で刈り取る。まさに彩羽さんの戦術や体裁きを手に入れることができれば、楽に行えるでしょう。彼女の手に持っているものが実弾の汎用装備ではなく、もっと強力な専用装備であれば全く以てセシリア嬢は相手になっておりません。空中戦と呼ぶのも烏滸がましい戦いですしね」

「そこまで言いますか」

「ええ。もっと言えば、BTシステムを十全に使える前にセシリア嬢は負けるかもしれません」

 

 え、といった顔でチーフを見る一夏と箒。

 

「BTシステムを十全に使えずに負ける?」

「ええ、セシリア嬢のBTシステムは理論は素晴らしい。ですが、明確な弱点があります。今現在先の一夏君の戦いで判るとおりに停止し集中せねば扱うことができません。彩羽さんがその隙を与えるとでも?よしんば与えたとして、停止した相手に何もせずBTシステムを使わせるとお思いですか?」

「…それは無いな。彩羽は容赦ない」

 

 千冬が思わず相槌を打っていた。それをみたチーフは、笑顔で首を縦に振る。

 

「その通りです。テストパイロットである彩羽さんは、私が『データ取り』と銘打ったこの模擬戦において慢心はしませんからね。…油断はするかもしれませんが。ま、それがテストパイロットであり、小鳥遊彩羽というIS乗りなんですよ」

 

 自慢げに彩羽をさしてチーフは言う。と思うと、今度は眉間に皴を寄せながらセシリアに指を向けながら言葉を続ける。

 

「そしてもう一つ。セシリア嬢はBTシステムのテストパイロットであるという話も聞きます。それにも関わらずBTシステムを使いこなせていないのは明らかにBTシステムを作成している研究チームの腕が悪いと言わざるを得ません。

 本来であれば偏向射撃や、停止せずにBTシステムと共に機動戦が出来るスペックという話であるにも関わらず、それが全く性能を発揮できていない。これは我々技術者の怠慢以外の何物でもないのです」

 

「そういうものなのか?」

 

「ええ、技術屋というのはそういうものなのです。いや、()()()()()()()()()()()()()()()のです。テストパイロットが上げたレポートを解析し、フィードバックし、機体の性能を100%にする。それが()()()()()()()()()()です。

 …悲しいかな、その志のない研究者もIS業界には増えていますがね」

 

 主に女性の技術者ですが…と悲しげな声でチーフは言葉を続ける。

 

「三菱ではなく、私の、至極、個人的な、感情と、なりますが!

 彼女と、彼女の機体を、あそこまで駄目なものに、落とし込んでしまっている、ブルーティアーズの開発陣には『怒り』を覚えます」

 

「ではチーフだったらどうすると?」

 

 千冬は素朴な疑問を向けていた。

 

「決まっています。全力でデータを取り、全力で彼女と彼女の機体の能力を100%引き出させます。当たり前の事でしょう」

「無理だったら?」

「何を世迷いごとを。無理という言葉を超えるために我々技術者や科学者がいるのです」

 

 チーフは言葉を切ると、千冬の眼を見つめて言葉を発する。

 

「もし我々が『無理』という言葉を口にすることがあるとすれば、技術者や科学者をやめるか、それか、ISが『完成』してしまった時でしょうか」

「完成してしまった時?」

 

 今度は一夏が疑問をチーフへと投げかけていた。

 

「ええ、ええ。完成ですよ一夏さん。つまりそれ以上手が加えられない状態です。技術者としても科学者としてもやることが無くなった。それであれば我々の役目は終わりですからね。その点、彩羽さんは完成を見ない進化し続ける我らの羽でありますので、いやはや、彼女のISに携われるというのは技術者冥利に尽きるものです」

「そうですか。…そういえば、束もずっとそちらで研究を?」

 

 千冬は小さな声で、チーフにだけささやいていた。

 

「ええ。技術者冥利に尽きる、という点は篠ノ之博士も同じかと。最近はずっと彩羽さんのために頭を使っていますからね。そのせいか…どうです?最近彼女、柔らかくなっていませんか?」

 

 そういえば、と千冬は思案する。奴は、電話の際に『ちーちゃん、今大丈夫?』と前置きする奴であったろうか?『今から話したい事あるんだけど、会える?』とアポを取る奴だったろうか?『え、時間ないの?あー…ごめんごめん、また次の機会にするよ』というようなセリフを言うような奴だっただろうか?

 

「…思い出してみれば、前よりは、だな」

「そうでしょう。正直、あの姿は恋する乙女のような純粋さです。我々もあれに置いて行かれないように努力せねばと思う次第です」

 

 チーフの言葉に千冬は力の抜けた笑みを浮かべていた。そして、にやりと笑みを浮かべるとチーフへと言葉を投げる。

 

「変態共め。あんな少女の尻を大人が追って恥ずかしくないものか」

「はは、恥なんてものは我らは捨てています。なにより、お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 満面の笑みでチーフは答える。そして、改めて彩羽の戦いぶりに見入るのであった。

 

 

 タン、タン、タンと7ミリの音がアリーナに響くと、トン、トン、トンとシールドで防ぐ音がする。

 

-教育して差し上げますよ-

 

 と啖呵を切った手前、さぁどうしようかと思ったのだが、実際に相対するとセシリア嬢の練度はなかなかのものだと感心させられる。今の私の7.7ミリの弾も当たってはいるが、きれいに装甲の分厚いところで受けきっている。やはり初弾の20ミリを直撃させ、煽る言葉を叩きつけたのがいけなかったのであろうか。あれでずいぶんと警戒されたようだ。

 

 そしてなによりも、ダメージのキモである20ミリも同じように防がれているのだ。

 

 恐らくはセンサーか肉眼かは判らないが、私の20ミリを何発か食らったときに銃口をよく見て弾道を覚えているのだろう。弾道は消せてもマズルフラッシュは消せないから、センサーでも肉眼でも「弾丸を発射した」ということは確認できる。なによりも弾丸は光より早く移動しない。それ故に、セシリア嬢は私の銃撃を見て微妙に軌道を変え、弾丸に反応できているのだろう。

 

 やはりセシリアオルコットはただの素人というわけではなく、国家代表候補生ということだろう。この短い時間でそこらへんを戦術に組み込めるあたり戦闘の基礎はしっかりとしていると言える。

 

 さて、セシリアの基礎技術はよくわかった。ここからは応用と行こうじゃないか。

 

 今まではわざとセンサーロックせずに弾丸を撃っていたが、ここで初めてセンサーでロックを行う。これの意味としては、セシリアの処理する情報を一つ増やすところにある。今までは私が発砲するとセンサーの警告が出ていたはずだ。だがそこに「私から常にロックされている」と警告が出続ければどうか。

 

「っ!?」

 

 狙い通り、セシリアの表情と戦闘軌道が激変する。センサーロックをしたとたんにジグザグとした回避軌道を常にとるようにしているようだ。ま、普通はそうするだろう。戦闘中にロックアラートが鳴り響く状況は避けたいものだ。だが、それは私にとっては致命的に有利な隙の一つである。

 ISは360°の全周視界が可能ではあるが、認識するのは人間だ。その認識する人間が回避軌道に集中せねばならない状況を作り出してやれば、視界のどこかに隙が生じる。

 

 当然の結果として、回避軌道をとったセシリアは一瞬、私から目を離す。

 

 私はセシリアが私から目を離したその瞬間に、偏差射撃を行っていた。その数20ミリを3発。マズルフラッシュは恐らくセンサーに感知されたであろうが、回避にやっきになっているセシリアには「ロック警報」と「発砲警報」のどちらかは瞬時には判らないはずだ。特にセシリアが肉眼ではなく、センサーでこれを判断しているのであれば…間違いなく直撃するだろう。

 

「ぐっ」

 

 セシリアから苦悶の声が発せられる。3発の20ミリのうち、1発が装甲がない腹部に直撃したからだ。なるほど、彼女はどちらかというと肉眼ではなく「センサー」でこちらの情報を得ているようだ。…空戦をやる上ではセンサーに頼り切るなんて愚の骨頂なんだがなぁ。まぁ、ISには高性能なAIが標準装備であるし仕方ないといえるか。などと考えていたら、私の周りを4機のビットが取り囲んでいた。これが噂のBTシステムという奴であろう。

 

「おお、これが…いいですね」

 

 ぼそりと呟いてしまったが、ご愛敬だ。だが、ただでBTシステムのビットは撃たせない。即座にセシリアに射撃を開始するとBTシステムの動きはぴたりと止まってしまった。セシリアに7ミリを射撃すると、ビットは見事に停止する。そう、これがセシリアのもう一つの弱点である。BTシステム維持中は集中せねばならない。集中できなければBTシステムは使えない。

 

「この程度の射撃でも集中力を切らしますか」

 

 7ミリの射撃を止めると、BTシステムが息を吹き返したように舞い始め、私へと射撃を繰り返していた。だが、無駄だ。フェイントも何もない攻撃にあたるほど、私の練度は低くない。

 

 首をひねり、足を開き、腕を開く。そしてPICで少しだけ体の芯をずらせば簡単に射撃は避けることができる。一般的に見れば無防備な体勢であるが全く問題はない。BTシステムを使用している間は、セシリアはレーザーを含めた攻撃が何もできないのだから。私だったらBTシステムと連携攻撃は必ず行うまで技術陣と論議を交わすものだが、…彼女はまだそこまで成っていないのが事実。これでは弱い者いじめだ。さて、どうするか。

 

 …ま、BTシステムのことは置いておいて、少々荒療治となるけれど、今後のためにも空戦の基本をセシリアに叩き込んで差し上げることしよう。「本気で戦いたい」ということでしたし、今後、このままでは私が本気でセシリアと戦うことなど来ないでしょうし。

 

 と、いうことでオープンチャネルでセシリアに叫ぶ。もちろん、ボリュームは最大だ。

 

「国家代表を名乗っておいて貴様は馬鹿か!!空戦の基本も出来ていないで、よくISに乗ったものだな!」

 

 空戦というのは、実直な射撃と動きだけで勝てるわけでもない。広大な空ならまだしても、ISアリーナのような限られた場所であればあるほど、肉眼からの情報をおろそかにするやつが勝てる道理などどこにもない。

 

「なんですって!」

「セシリア・オルコット!貴様は今まで何をやっていた!」

 

 怒りを見せるセシリアだが、私としては貴様は一体何をしていたのだという話である。国家代表の候補生なのであろう?国を背負って戦おうというのだろう?なのに、なぜ貴様は空戦の基礎ではなく『戦闘の基礎』しか出来ていないのだと言いたくなる。

 

「なぜ空戦で肉眼を使って相手を見ない!なぜ切り札であるBTシステムを使いこなせない!なぜ狙撃の際に空中でいちいち静止する!私と同じ時間、貴様はISに乗っていて、なぜ!何も!空戦の基礎が出来ていない!」

「それは…!」

「言い訳など聞きたくもない!誇り高い英国の魂を一つでも行動で見せてみろ!イギリス国家代表候補生!」

 

 私はそう言うと展開装甲へとエネルギーを叩き込む。さて、セシリア・オルコットよ。貴様が国家代表候補生というのであれば、少しくらいはついてきて見せろ。

 

 前世で日本の飛行機乗りが、陸戦乗りが、海軍航空隊が、いや…私個人が前世で憧れた、『誇り高き』英国空軍の心の断片を、一つだけでも見せてみろ!

 

 

「本気で行くぞ国家代表候補生。今までのやり取りで貴様に期待はしていないが、少なくとも!私を絶望させるなよ!少なくとも私に一発でも当ててみせろ!」

「舐めないでくださいまし!」

「舐めてはいない!だからこそ全力でいかせてもらう!」

 

 私はそう叫ぶと、瞬間加速を使いセシリアの後頭部へと回る。セシリアにしてみれば私が急に消えたように思えたであろう。

 

「消えたっ…!?」

 

 …ちらりと確認してみれば、見事にあっけにとられた顔をしている。センサーをメインに索敵しているとこうなってしまうといういい見本だ。

 というのも、ISのセンサーというのは相手のISのブースターの向きや重心の位置から次の行動を予測して様々な情報を表示する。逆を言えば重心とブースターの向きと逆向きに加速すればISのセンサーは一瞬反応が遅れてしまうのだ。だからこそ、肉眼での索敵はISでも必須であるし、もっとも重要なのだ。

 

 そしてそのセンサーを信じ切って私の進行方向と思われる方向に意識を向けてしまったセシリアは、一般常識から考えられる動きを超えた私の動きを完全に見失ったという単純な話だ。いうなればこういうことである。

 

「消えてない。貴様が私から視線を外しただけだ」

 

 そして展開装甲を片面だけ起動させフルブースト。駒のように回転すると同時にセシリアの後頭部に上面から縦に蹴りを繰り出していた。

 

「きゃ・・?!」

 

 叫ぶ間もなく私に脳天を蹴り飛ばされたセシリアは地面に激突する。それはそうだ。相手との距離を一瞬で詰める瞬間加速の反動を使って無防備な奴を蹴り飛ばしたのだ。とても受けきれるわけがない。

 

「セシリア。貴様は一体何を見ている」

 

 土煙が立ち上がる地面に7ミリを叩き込む。

 

「貴様は、一体、空で、何を、見ている」

 

 土煙が晴れた。20ミリを乱雑にセシリアの機体の近くに叩き込む。同時にレーザーが私のゼロ式を掠める、が何てことはない。シールドエネルギーが減ることもない凡庸なハズレ玉だ。

 

 ただ、セシリアの様子がおかしい。土煙が完全に晴れたのに空に上がってこないのだ。セシリアとブルーティアーズは、ただ、そこにたたずんでいた。

 

「手も足も出ないとはこのことですわね…。敗北ですわ」

 

 そして、私に声をかけたセシリアの顔は少し諦めた顔だった。一見すると戦意の一つも見えない。

 

「敗北を認めると?…私の空戦はいかがでしたか?セシリア・オルコット」

「ええ、認めますわ。貴女の空戦は私が体験したことがないものでした。空中で消える相手、よけられない弾丸、当たらない弾、役に立たないBTシステム。…私はまったく未熟だったのですわね」

「ええ、まったくです。啖呵を切られ、受け、啖呵を切り貴様と相対しました。だが結果がこれです。何も出来ない素人の子守をしろとは聞いていないのですが」

 

 教育隊のぺーぺーではないのだろう。少なくともベテランなのだろう。何かしてくれないか。その思いを込めて言葉を投げた。

 

「貴女に比べれば、おそらく、誰しもが赤子同然だと思いますわ。ですが…わたくしは何も出来ない素人ではありませんわ」

 

 セシリアはそう言うと、BTシステムを改めて起動したのであろう、ビットが6機、セシリアのブルーティアーズの周りに展開されていた。そしてなによりも、強い眼が私を見据えていた。

 

 そして、その両手には。

 

「インターセプター!」

 

 近距離武器を、携えて。

 

「良い眼をしますね。良いでしょう。来るなら来てください」

 

 -織斑一夏のように、実直に切り込んでくればいずれは当たるかもしれなかった-

 私の考えていたことが、実現するかもしれない。少しの期待を込めて彼女を見つめる。

 

「ええ、では行かせていただきますわ。せめて一撃、貴女へ当てて見せますわ!」

 

 敗北を認めつつ、諦めぬ心意気。ブルーティアーズを纏い、ブースターを最大出力で吹かし、私に一直線に向かう彼女に、気づけば私の、いや、『俺』の口元は笑みを浮かべていた。

 

「当てて見せろ!完璧に叩き潰す!」

 

 私はそう叫ぶと、あえて空中で静止したままセシリアへの射撃を行う。真向直線に私に向かってくるセシリアは非常に狙いやすい的だ。私の弾数も少ない。7ミリは残り300、20ミリに関しては残り20発ほどしかないから、確実に当てたいのだ。

 

 そして何より、あの眼で突撃してくる相手の攻撃を逃げて躱すなどという考えは毛頭ない。相手が負けを認めた。この時点で勝負はついている。だが、ここから先はそういうものは一切関係ない意地の張合い。強い弱いは関係ない。簡単に言えば喧嘩だ。直接ぶつかって力で勝たねば意味がないのだ。1対1のサシの正面きっての打ち合いを逃げるやつなど、人間の風上にも置けない。

 

 勝利条件はシンプル。私はセシリアを圧倒して倒し、セシリアは私にどんな一撃でもいいから入れる。けん制もくそもない。私は両手の7ミリと20ミリをフルバーストで打ち込む。セシリアはビットのレーザーを打ち込みながら私に突撃してくる。あの野郎、自分の体の周りに浮かせてる状態だったらビット撃てるのか!と驚いたが、だがその照準は酷いものだ。静止する俺には一向にあたりゃしない!

 

「そらそら!ご自慢のビットが当たってないぞセシリア!」

 

 秒数にしてわずか5秒にも満たない瞬間的な時間である。この数秒でセシリアのエネルギーを削れれば私の完璧な勝ちであるがそうは問屋が卸さない。

 

「ぁぁぁああああ!」

 

 弾着の煙をかき分け、装甲に多数の弾痕を残し、ビットの数を2機に減らし、そしてエネルギーを今だ1割残したセシリアが飛び出してきた。野郎、この土壇場で固い装甲の部分とビットで弾丸を受けやがった!こいつ、やる!

 

 そして私の銃は弾切れだ!

 

「やぁるじゃねえか!セシリアぁあ!」

「これであなたの武器はなくなりましたわね!覚悟ですわ!」

「甘ぇ!」

 

 私はそういうと、7ミリ機銃と20ミリ機関砲のストック部分で殴れるようにマズルを握り、自慢の瞬間加速を行っていた。同時にバガンと、機関砲が砕ける音がする。

 

「取ったぞ!」

「…ええ。取りました」

 

 私の機関砲の殴打で地面に落ちていくセシリアが満面の笑みを浮かべていた。何をバカなと思ったその瞬間、私の背中で爆発音が2発鳴ったのである。

 

「勝者!小鳥遊彩羽!」

 

 同時に勝利者のアナウンスが流れていた。

 

 

 

 セシリア・オルコットは混乱していた。何も出来ないのだ。そう、文字通り何も。BTシステムは当たらない。ライフルも当たらない。接近すら許されない。縦横無尽にアリーナを駆け巡る彩羽に完全に置いてけぼりを食らっていた。

 

「当たって…当たって!」

 

 願うように引き金を引く。だが、それを嘲笑う悪魔がいた。

 

「お祈りで当たるのなら技術も努力も才能も要らん」

 

 ブースターを使う様子もなく、セシリアの砲撃をいともたやすく躱す彩羽にセシリアの心は折れかけていた。

 

「なぜ…なぜ当たらないのですか!」

「当たり前だろう。主武装はフェイントもなく正確に撃ってくるから躱せない道理がない。BTシステムに至っては技術もなく、死角からの攻撃しかしない上に、主武装との連携攻撃がない。更にビット使用中は貴様が固まる。故に貴様を観察すれば攻撃のタイミングは完全に把握できる。いやはやそんな攻撃に当たれというのか国家代表候補生。難しい課題を出してくれるものだな?」

 

 全て事実であった。把握している弱点であった。だが、今までそれでも敵う相手がいなかった。これは、セシリア・オルコットの慢心のツケだ。しまいには頭を足でけられ、地面へとたたきつけられる。なんていう屈辱、なんという実力差であろうか。

 

「手も足も出ないとはこのことですわね…。敗北ですわ」

 

 そして、ついにセシリアは心が折れる。本気で戦った。だが、届かなかったのだ。

 

「敗北を認めると?…私の空戦はいかがでしたか?セシリア・オルコット」

「ええ、認めますわ。貴女の空戦は私が体験したことがないものでした。空中で消える相手、よけられない弾丸、当たらない弾、役に立たないBTシステム。…私はまったく未熟だったのですわね」

 

 自らがどれだけ温い環境で過ごしてきたのか。それを十全に理解した彼女であった。そして、教員に敗北を伝えようとした瞬間、彩羽がセシリアに一つの台詞を吐いていた

 

「ええ、まったくです。啖呵を切られ、受け、啖呵を切り貴様と相対しました。だが結果がこれです。何も出来ない素人の子守をしろとは聞いていないのですが」

 

 彩羽の言葉に、セシリアは一瞬むっとして彩羽の顔を見つめていた。するとどうだろうか、そこにあった彩羽の顔は、厳しいながらも何かを期待するうっすらとした「笑み」を浮かべていたのだ。

 

 はっとする。そうだ、私は織斑千冬にも勝利したといわれる「荒鷲」に挑戦しているのだ、と。貴女ともぜひ本気で戦いたいです、日本を馬鹿にしたセシリアだが、これでも『誇り高き』貴族だと啖呵を切ったのだと。

 

 それに彼女は答えたのだ「こちらも『誇り高き』零戦のパイロットとして、お相手奉る」と。

 

 それであれば、それであれば。英国淑女の誇りを見せなければ。ここで無様な敗北を見せては彼女の気持ちを裏切ることとなる。

 

「貴女に比べれば、おそらく、誰しもが赤子同然だと思いますわ。ですが…わたくしは何も出来ない素人ではありませんわ」

 

 セシリアはそう言いながら全力で考える。武器は全くもって消耗していない。レーザービットが4つにミサイルビットが2つ、スターライトMk3、それに近距離武器のインターセプター。

 思考する中で彼女は真っ先にスターライトMk3は使えないと判断する。遠距離は彩羽のほうが間違いなく上だ。いくら高出力でもあたらなければ意味がない。ビットはと考える。彼女を狙うのであれば集中せねばならないという欠点が先に立ち無意味だ。…だが、もし彼女ではなくセシリア自身に追従させて乱射させるのであれば?

 

「っ…!インターセプター!」

 

 これだとセシリアは瞬時に判断する。と同時にインターセプターを装備し、ビットを自身に追従させて彩羽に突っ込もうと判断する。そして、その行為を「幻影」とし、彼女と打ち合い交錯したのちに本命の「ミサイルビット」を彼女の背中に叩き込むと。

 おそらくシールドエネルギーは突っ込むときの被弾と打ち合った時のダメージによってほぼ0になるであろう。だが、1でも残っていればミサイルビットの一矢を報いることができる。一撃は入れられると、そうセシリアは判断した。

 

「良い眼をしますね。良いでしょう。来るなら来てください」

「ええ、では行かせていただきますわ。せめて一撃、貴女へ当てて見せますわ!」

 

 そうセシリアが叫んだ瞬間、彩羽の顔が変わる。嬉々とした、見たこともない笑みへと変化していたのだ。

 

「当てて見せろ!完璧に叩き潰す!」

 

 口調すら男のようだ。あぁ、とセシリアは納得する。彩羽はどこか一夏に似ていると。まっすぐで強いのだ。

 

 そして、彩羽が叫ぶと同時にセシリアは地面を蹴り、エネルギーをブースターに集中させる。セシリアのブルーティアーズは遠距離射撃機とはいえ最新鋭機だ。その本気の加速はゼロ式に勝るとも劣らない。

 セシリアは加速しながら祈る。まずこの勝負は彩羽が乗ってくれなければ意味がない。今までのように高軌道戦になってしまっては意味がない。

 

 するとどうだ、彩羽は静止してこちらに銃口を向けてくる。賭けの一つ目は勝った。

 

 だがまだ2個の勝負が残っている。まずは弾丸をかいくぐらなければならない。ビットで射撃を続けるが集中できていないから彩羽の機体を掠めやしない。だがそれでいい、少しでも彩羽の銃口が乱れればそれでいい。と思ったのだが、その目論見は外れる。

 ビットを乱射しようが全く銃口がぶれないのだ。食らってしまえばエネルギー切れで負けてしまう。故に。

 

 レーザービットを前面に出しシールド代わりに、そして比較的装甲の厚い部分を彩羽に向けていた。同時にすさまじい着弾音がセシリアの耳をつんざいていた。

 

「ぁぁぁああああ!」

 

 叫び声をあげながらもセシリアは彩羽から目を離さない。そして彩羽の弾薬が尽きる。セシリアの賭けの2つ目、エネルギーの最低限の保持は成功だ。

 

「やぁるじゃねえか!セシリアぁあ!」

 

 彩羽は完全に輿に乗っている。それにかぶせる様にセシリアは挑発の言葉を吐いていた。

 

「これであなたの武器はなくなりましたわね!覚悟ですわ!」

「甘ぇ!」

 

 彩羽はそういうと、弾切れの銃を逆手に持ち、一気に接近する。同時にインターセプターは手からはじけ飛び、腹部にすさまじい衝撃が襲う。これでセシリアのエネルギーがほぼ無くなっていた。そう、「ほぼ」無くなっていた。

 

「取ったぞ!」

 

 彩羽は笑みを浮かべながらそう言葉を吐く。だが、それにも負けない笑みを浮かべながら、セシリアは彩羽に声を投げていた。

 

「…ええ。取りました」

 

 一瞬の交錯の間に彩羽の後ろに撒いたミサイルビットが、彼女の後頭部で2つ爆発する。その衝撃の余波でセシリアのエネルギーが0となり、勝負は決するのであった。

 

 

「あぁぁ!負けたぁ!」

 

 格納庫に戻った彩羽は、思いっきり叫んでいた。最後の勝負とも言えない喧嘩に負けたのだ。油断した上にシールドエネルギーの5割近くを持っていかれるという彩羽的には大失態な勝負である。

 

「それは彩羽が最後のどうでもいい勝負に乗るからだろう?」

「それはそうなんですけどまさかガチの喧嘩で私が負けるとか思っていなかったものでもうなんというか」

「わかったわかった。落ち着け。それに一矢報われただけで勝ったんだからいいだろう」

 

 千冬はあきれながらも笑みを浮かべていた。彩羽がここまでうろたえるのを見るのが久しぶりで少し楽しいのだ。

 

「ほー、彩羽さんがここまで狼狽えることがあるのですね。いやはや。ま、それにしても今回も良いデータが取れましたよ。今回のような被弾というのは初めてですからね」

「チーフまで言ってくれますねええもう初めてですよもう個人的には納得いってはいますが油断した自分をぶん殴りたいです」

「まぁまぁ。被弾したデータというのは貴重ですからね。それにやはり…模擬の戦闘ですらミサイル2発でエネルギー5割もっていかれるという事実。これは新たな発見ですからね。対策を立てねばいけません」

 

「ぬぐ…チーフは冷静でいいですね」

「ははは。彩羽さん。何冗談をいっているんですか。あなたが被弾するというだけで私は驚天動地の心ですよ」

「…あぁあもう油断しなければぁ。って、そういえば一夏さんと箒さんに山田教諭はどこに?」

「あぁ、彼女たちは部屋から追い出させていただきました。ゼロ式は三菱の企業秘密の塊ですからね。千冬殿は一度戦っていますので問題ないと判断させていただいています」

「納得しました。…うーあー被弾してしまったー!」

 

 と、その時である。格納庫のドアを叩く音が響いてきていた。

 

「おや、誰でしょう?立ち入り禁止ということで張り紙をしてあるはずですが」

「ああ、チーフ、私が出よう」

 

 千冬はそういうとドアの前へと移動する。

 

「今ここは張り紙の通り立ち入り禁止だ」

「あ…ええと、申し訳ございません。彩羽さんの姿が見えなかったもので…」

「その声はオルコットか。彩羽なら室内にいるが、どうした」

「…会って話したいことがあるものですから」

 

 ふむ、と千冬は考える。

 

「千冬殿、もしや今扉の前にいるのは、先ほどのブルーティアーズのパイロット、ですか?」

「えぇ、そうですが」

「ちょうどいい!個人的に聞きたいこともありましたので、入室させてもらって構いませんよ」

「チーフがそういうのであれば」

 

 そういうと千冬は扉を開く。同時にセシリアが部屋の中に入ってきていた。その表情は真面目一辺倒であり、何か決心をしたような顔であった。

 

「で、だ。彩羽。オルコットが何か聞きたいことがあるとのことなのだが」

「ヌー…ん?私ですか。なんでしょう」

 

 セシリアは首をかしげる彩羽に体を向けると、ゆっくりと口を開いていた。

 

「一つだけ聞いてもよろしいですか?」

「何でしょう」

「なぜ、私の攻撃が全て外れて、彩羽さんの攻撃ばかりが当たったのでしょうか?」

 

あぁ、と彩羽は人差し指を立ててセシリアに向き直る。

 

「一つ、言わせていただきますと私は貴女の全てを『肉眼』で確認していました。そしてその結果『おそらくセンサーだけに頼って私を見ているんだな』と予想を立てて、何度か試し打ちをさせて頂きました。本当だとは思いませんでしたが。

 そして、攻撃の避け方。攻撃の仕方。移動の癖に始まりブースターの向きや腕の動かし方から全てを肉眼で確認した上で、それが全て私に届いていないと言うことを把握していました」

 

「肉眼………把握していた?」

 

「ええ。そして…その上で、どこまで貴女ができるのかと泳がせていました。その点については謝らせていただきます」

 

 セシリアは言葉が出なかった。そして、セリシアは目を閉じると、小さく口を開いていた。

 

「彩羽…さんは…凄まじい、凄まじい練度をお持ちですのね」

「まぁ、伊達にISに乗ってはいませんから。もしや本当にセシリアさんはセンサーに頼り切りだったのですか?」

「…はい」

「それは最低ですね。もう一度空戦の基本をお教えしましょうか?肉眼で相手を見る。発見する。各部の動きを観察する。これISでも飛行機でも、基本中の基本ですよ」

 

 セシリアと彩羽の搭乗時間は実はあまり変わりない。だが、その濃度が違いすぎた。片や女性主義の技術者に囲まれたイギリスのお嬢様。片やISの生みの親と宇宙技術の粋を集めた技術者に囲まれた空を飛ぶ馬鹿野郎。その差はいかんともしがたく、今のセシリアでは彩羽に攻撃を当てる事すら叶わない。

 

「…正直にいいますと、彩羽さん。あなたを舐めておりました」

「でしょうね」

「ただのテストパイロット。三菱というISにおいて、表向きは無名の企業」

「ええ。表向きは無名です」

「ですが、その実はほぼすべてのISの基礎技術を生み出した技術屋」

「良く調べましたね」

「そして、貴女はその三菱のエーステストパイロット。今までの他社との模擬戦で一戦たりとも負けは無い」

「ええ」

「そんな貴女に挑んだ私は差し詰め、道化といったところでしょうね」

 

 セシリアは目を開けると、彩羽の目を見つめていた。だが、彩羽は首を横に振る。

 

「道化?それは違いますよ。あなたは射撃の正確さだけで言えば恐らく世界でもトップクラスです」

 

 セシリアは少し目を見開く。そして、それを見た彩羽は更に言葉を続けていた。

 

「ですが、それは狙撃というごく限られた状況において有用です。ISという1対1のスポーツ競技では、それを伸ばすよりもBT本来の性能である偏光射撃やBTシステムを用いた3次元戦闘を使いこなすべきかと思います。そして何よりも、セシリアさんは遠距離が得意だからといって近距離をおろそかにしていますよね。最後の突撃は一矢報われましたが…あれはいけません。もし、もしもセシリアさんが国家代表になるつもりがあるのならば」

 

 彩羽はあえて言葉を切る。そして、セシリアの目を見つめて一言一言力を込めて言葉を発していた。

 

「マルチロールを目指し、更にそこから一芸を身につけなければ。世界で活躍するなんて夢のまた夢ですよ」

「………言われなくても判っていた事実です」

「自覚があれば結構です。…何より、東国の猿である私、更にテストパイロットである私に負けるようではいけません。貴女はもっと高みを目指さなくてはいけませんよ」

「手厳しいですのね」

「当たり前でしょう。あれだけ啖呵を切られて当たってみたらただの雑魚では私のイライラが募ります。それとあともう一つ」

「なんでしょうか?」

 

 ふふふと笑みを浮かべる彩羽。そしてその視線をチーフへと少しだけ向け、セシリアへと言葉を投げた。

 

「貴女は今の機体と開発陣で満足しているのですか?私が見るに、貴女のバックに付いている組織は、『機体性能を発揮できない技術陣営』に『貴女にまともに操縦アドバイスもできない運営陣』という印象しか受けません。そのような奴らに機体を任せて満足しているのかと聞いているのです」

「…」

 

 セシリアは言葉を失っていた。現状の開発陣、そしてブルーティアーズに不満はない。だが、満足は一切していなかった。努力しても伸びないシステム適正、操縦性には怒りさえ覚えていた所はある。

 

「感じる所がお有りのようですね。---いいですか?技術陣は今の現状を打破するために機体を改良し、運営陣は現状を打破するために全力を尽くすものです。それができない技術屋は技術屋でなはく、ただのそこらへんの雑草と同じだと私は思っています。 そして私達パイロットの役目は『ISという翼を天高く羽ばたかせる』という一点のみです。………決して、スポーツや兵器としての性能で満足してはいけませんよ」

「彩羽さん、貴女は………」

 

 と、ここで第三者の声が割って入る。

 

「言いたいことは色々あるでしょうが、せっかく貴女は日本に来ているのです。しかも治外法権であるIS学園に。それであれば………ぜひ一度、我が三菱に機体を見せてみては如何ですか?」

 

 チーフである。満面の笑みでセシリアに声をかけていた。

 

「それは、情報流出に………」

 

 怪訝な顔をするセシリアに、彩羽が言葉をさらに重ねていた。

 

「ふふ、安心してください。この日の本の国の技術者はチーフを含めて基本的に馬鹿です。

 兵器転用なんてものを思いつかずに大陸間弾道ミサイル以上の精度を持つロケットを作ったり、どんな不整地でも走ってしまう車を作ったり、深海深く潜ってしまう潜水艇を作ってしまったり。そしてなにより、宇宙を仲間と飛びたいが為にISという羽を作ってしまったり…日本ってそういう馬鹿野郎の集まりなんですよ。その、セシリアさん。どうでしょうか。ひとつ、そんな馬鹿の輪に交ざってみませんか?」

 

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる彩羽に、セシリアはふっと笑みを作る。

 

「フフ…その言い草では、彩羽さんも馬鹿になるのではないかしら?」

「何を言いますか、当然でしょう。私はよく空飛ぶ馬鹿と言われてますよ」

「確かに。あの尋常じゃない飛び方を見た後では納得せざるを得ません。判りました。物は試しです。私のブルーティアーズを一度そちらに預けてみます」

 

 セシリアは右手を差し出していた。それに合わせて、彩羽はセリシアの手を握り返す。

 

「ふふ、有難うございます。そしてようこそ馬鹿の輪へ。同じ馬鹿なら踊らにゃそんそん。踊って騒いで宇宙まで、ですよ」

「宇宙?」

「ええ。宇宙です。私の目標ってやつですね。ISで宇宙を旅する、最高じゃないですか!」

 

 

-ISで宇宙を旅する、最高じゃないですか-

 

「…へっ?」

 

 某所、とあるISに仕込んだ盗聴器で会話を聞いていた某科学者は、自分のお気に入りのパイロットが発した言葉に素っ頓狂な声を上げていた。確かこのパイロットは、「空」が好き、「飛ぶ」ことが好きなだけはなかったか。

 でも、今なんと言った?明確に「宇宙で旅をする」と言わなかったか?

 

「…へへ」

 

 にへらと表情を崩した科学者は、キーボードを荒々しく叩き始める。

 

「へへ、へへ、あはは、あははは!」

 

 笑い声が大きくなるとともに、キーボードの動きは加速していく。そして

 

「たっちゃあああああん!やっぱりたっちゃん最高だよ!!いいよ!いいよ!束さん頑張るからね!宇宙、宇宙だー!

 そうだ、チーフにH2A押えてもらおう!や、いやいや、ISなら別にGに耐えられるわけだから別に生身が乗るって前提じゃなくてもいいんだからH2Bでもいいじゃん!あは!じゃあ大気圏突破能力と突入能力をつけなきゃ!あは!あはは!楽しくなってきたよー!流石たっちゃん!」

 

 子供の頃の思いを、彼女にまだ話してない思いを、お気に入りのISパイロットから不意に聞いた彼女の灰色の脳は、信じられないほどの思考の加速が成されるのであった。




セシリア「鋭く研ぐ爪を表に出す自信家であり努力家」
千冬「静かに爪を研ぎ続け高みを目指す自信家」
束「高みから爪を振り下ろして世界を変える自信家」

一夏・鈴音「純粋な努力家」
箒・シャルロット「高みに追いつこうとする努力家」
ラウラ・更識姉妹「爪を研ぎ続け高みを目指す努力家」

彩羽→「爪なんて持ってなくてクソでっかい羽根を好き勝手にはばたかせる馬鹿」
ゼロ式コア→「馬鹿に付き合う真面目な努力家」

この物語の登場人物はこんな感じで思い描いている次第です。


ゼロコア「…いいですねぇBTのコアさん。いいですねぇ」
BTコア 「何がいいものですか。技術陣もマスターもまだまだ未熟で…」
ゼロコア「技術陣もマスターも高性能すぎてついていけないよりはましです…」
BTコア 「どんな苦労してるんですか貴女」
こんなやり取りがどっかであったとか、なかったとか。

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