【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

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戦時中の機体を保管、整備、展示飛行まで行う一族の一つの家系である小鳥遊家。
そして、そこに生まれ落ちた、戦時中の記憶を持つ、小鳥遊彩羽。

彼女は展示飛行でISの操縦者、織斑千冬と出会い、
小鳥遊彩羽操る、旧式の零式艦上戦闘機21型は、
織斑千冬操る新型IS零式は、空を共に飛んだ。



零戦 それは、平和な空を目指した過去の翼。
IS それは、平和な宇宙を目指している翼。



初めてのインフィニット・ストラトス

 展示飛行の後、地上に降りて何をするのかといえば、もちろん、一般参加者向けの、地上展示会が控えている。

 

 今現在、羽田空港のヤードには、展示飛行を終えた戦時中の戦闘機が、所狭しと、多数並べられている。

 

 その種類たるや日本の零戦から始まり、ドイツのフォッケウルフ、イギリスのスピットファイア、アメリカのマスタングなどなど、多数の名機が所狭しと並んでいるのだ。

 そして、幻の戦闘機として伝えられていた、烈風や震電なんかも特設コーナーに展示されていた。もちろん、それらの戦闘機も動態保存である。

 

 そして、ヤードに並ぶ私の零戦21型、A6M2は、「修復された」と注約はつくものの、オリジナルの栄エンジンが使用されている、現存しているのが珍しい零戦である。

 

 更に、私の記憶通りであれば、これは私が最後の瞬間まで搭乗していたはずの零戦を修繕したものだ。計器周りに数発残っている弾痕はまさしく、記憶の中の弾痕と一致する。

 正直、毎度毎度コックピットに座るたびに弾痕が目に入り、自分の棺桶に入る気分にはなるものの、この零戦は自分の手足のように動かせる機体だ。

 

 今の私の仕事である「飛行士」、特に展示飛行を行う際において、このことは非常に強みになる。何せ、今、小鳥遊家において私が一番、零戦を扱えるのだ。

 

「彩羽、ごくろうさま。いい飛行でした。さ、あとは私たちに任せて、好きにしていなさい。」

 

 零戦を前に、考えに浸っていると、聞きなれた声が耳に入ってきていた。

 

「母さん。ありがとう。判りました。あとはお任せします。」

 

 私は母の顔を見ながら、礼をする。今のところ私の仕事は、展示飛行までなのだ。若手である私や父が零戦で飛び、機体の解説、歴史などの解説は、父母、祖母、祖父などの大人が行うのが昔からの小鳥遊家の伝統だ。

 

 正直言えば、前世で零戦を操っていた私が一番説明できると思うのだが「前世で零戦に乗ってました」なんて家族に言えるわけもなく、私は静かに、大人たちに任せることにしている。

 

「3時からまた展示飛行がありますから、 忘れずに戻ってきてくださいね。彩羽。」

 

「はーい。それじゃあ、少し行ってきます。」

 

 私は零戦を横目に見ながら、足早に移動を開始していた。どこに移動するのかといえば、それは、チフユ達がいるインフィニットストラトスのブースだ。

 

 私にだってそこそこのプライドがある。ミッドウェー、レイテ。地獄のような戦場で生き残ったのだ。その技術を総動員しても振り切れなかったIS。気になって気になってしょうがなかったのだ。

 

(あわよくば触れたり…乗れたりしないかなぁ…?)

 

 

織斑千冬。

 

どこかで聞いたことがある名前だなぁと思っていたら。

 

「なるほど、チフユはインフィニットストラトス世界大会の第一回覇者、ブリュンヒルデの織斑千冬だったのですね。」

 

「不本意ながら、な。おかげでこのような場にも、国からの依頼が来る始末だよ。」

 

「なるほど、なぜ織斑千冬が専用機で来ていないか合点が行きましたよ。国からの依頼で、零式にのっていたのですね。」

 

「あぁ、記念式典に、歴史的価値のある零戦と共に 最新鋭の兵器であるIS、そして最強のパイロットを呼ぶ。これによって日本に力があると、示したいのだろうよ。」

 

「はぁ。世界最強もいろいろあるのですねぇ。」

 

 今、私は織斑千冬と共に、ISのブース内にあるカフェに来ていた。というのも、ISのブースに来てみたら、織斑千冬が私のことを出迎えてくれたのだ。

 

---素晴らしい軌道だった。見たことのないほどのな。どうだ、イロハ。飲み物でも一緒に飲みながら、お互いの自己紹介といかないか?---

 

---ぜひ!お願いします!---

 

 簡単にチフユについていってしまったわけであるが、席に着き、お互いにコーヒーを頼んだ後で、お互いのプロフィールを紹介したときにチフユが「ブリュンヒルデの織斑千冬」だということに気付かされたのだ。

 

 チフユ、と呼び捨てにしてしまったが、失礼だっただろうか?まぁ、今更呼びなおすのも恥ずかしいので、このままの呼び方で会話することにしよう。

 

「そうだ、イロハ。少し聞きたいことがあるんだが。」

 

「なんでしょう?」

 

「イロハは今年で何歳になるんだ?」

 

「今年で12歳ですねー。中学生です。」

 

 目の前で千冬ははぁ、と大きなため息をついていた。

 

「そうか、12歳か。12歳で戦闘機をあれだけ操れるのか。」

 

「あー。私の家系が特殊なだけですよ。10歳になる前からコックピットに座らせて、零戦のスペシャリストを育てるんです。」

 

「スペシャリスト?」

 

 これはちょっと説明がいるかな?私は指を立てつつ、チフユへと言葉を投げる。

 

「えぇ。目をつぶってても計器の位置が判り、零戦を飛ばせるようなスペシャリストを養成していくんです。私自身も幼いころから訓練を受けています。」

 

 説明を聞いたチフユは、少しだけ苦い顔をしていた。どうしたのだろうと疑問を浮かべていると、チフユはゆっくりと口を開く。

 

「辛くは、無かったのか?」

 

 あぁ、そういうことですか。小学生が訓練ばかりして辛いのでは、という。一般的な小学生ならば確かに辛いであろう。だが、私は一度大人を体験した経験者だ。特に軍にいたころの訓練に比べれば、小鳥遊家の訓練なんて屁の河童である。

 

「いえ、まったく。

 歴史を守る一族に生まれたわけですし、そのための責務、ともよく言われています。私自身もそう思いますから、辛くはないです。」

 

「なるほどな。それにしてもイロハはしっかりしている。我が愚弟にも少しは見習ってほしいものだが…。」

 

 チフユはすこしだけ頭を抱えていた。弟さんかぁ。一般人と一緒にされても、比べられた人が可哀想である。これはちょっと、フォローを入れておこう。

 

「うーん、私を基準にされては弟さんが可哀想ですよ。私が特殊なんです。幼いころから訓練を受けていますし、それに…」

 

 私はそこで言葉を区切る。そして、蒼い空を見ながら、言葉をつづける。

 

「空を飛ぶのが大好きなんです。何もない、平和な空を思いっきり飛ぶのが。だから、私は零戦に乗るんです。だから、私は操縦技術を磨くんです。もっと、もっと気持ちよく空を飛ぶために。 

 自分がもっと、羽ばたけるように。」

 

 私は何を言っているんだろう。

 そう思いながらも、口から勝手に言葉が出てきていた。でも、私の本心はこれだ。もっと気持ちよく、もっと高く、もっと早く。零戦で空を飛ぶ。

 

 戦わなくていい空で、のんびりと自由に空を飛ぶのだ。

 

「なるほどな。いろは。お前がなんであんな綺麗な空中機動を取れるのかが判った気がするよ。好きなんだな、空が。」

 

「えぇ、大好きです。とっても。」

 

 私は笑顔をチフユに見せていた。さて、いい雰囲気にもなってきたところで、私がここにきた本来の目的を、チフユに投げてみようと思う。

 

「あ、それでねチフユ。お願いが一つあったんだけど。」

 

「ん?なんだ、言ってみろ。」

 

「チフユが使っていたインフィニットストラトス。触らせてもらうことってできる?」

 

「ほう、ISに興味があるのか。いいぞ、いいものを見せてもらったしな。せっかくなら、装着して少し飛んでみるか?」

 

チフユからの申し出に、私は思わず即答していた。

 

「ぜひ!試してみたいです!零戦に追いつける機動性!どんな気分で空を飛べるのか!あぁ、きっと最高なんだろうなぁ…!…あ。」

 

 いかん。テンションが上がりすぎた。いらん本音まで口から出てきてた。

 

 やばい、と思いながら恐る恐るチフユの顔を見るとクククと、笑いをこらえながら、苦笑を浮かべていた。

 

「…それが本音か。ま、いいさ。好きなだけ触ってくれていい。零戦を扱っているということは、三菱とも関係あるのだろうしな。ま、もし三菱から許可が下りなくても、私の責任で許可するよ。」

 

「…いいんですか?」

 

「ああ。こういう時にこそ使えるのさ。世界最強って肩書は。」

 

 チフユはそういうと、飲み物を一気に嚥下していた。私もそれに続き、飲み物をぐいっと飲み干すのであった。

 

 

 ISブースに戻った私とチフユは、早速、三菱の試作IS、零式21型の前へと向かう。

 

「さてと、いろは。このISの説明は必要か?」

 

「はい、ぜひお願いします。それに、世界最強の講義っていうのも魅力的だしね。」

 

「はは、遠慮のない奴だ。いいだろう。といっても、私も又聞きの話だがな。」

 

 んんっ、とチフユは咳ばらいをすると、真剣な顔で私を正面に見る。そして、IS零式21型の説明を始めた。

 

「インフィニットストラトス、三菱零式は、三菱重工製が初めて作成した試作ISだ。

 設計理念は極めて単純。徹底した軽量化を行い、少ないエネルギーで高い速度と機動性を確保する。そのために、内部構造の材質から、パーツ形状まで徹底した軽量化が行われている。更には空気抵抗を考えて、曲面装甲を採用し、さらなる高機動化を狙っている。といったところか。」

 

「どこかで聞いたような設計理念ですね。」

 

「あぁ、まさに、イロハが乗る零式艦上戦闘機の設計理念そのものだな。だが、その設計理念のかいあってか、私が乗っても、気持ち良いぐらい動けたな。

 もしもの話にはなるが、暮桜がなければ、おそらく零式に乗っていただろう、と言わせるぐらいの機体ではあるな。」

 

 それほどの機体か、と私は改めて零式21型を見る。なるほど確かに、我が愛機、零戦21型と同じ深緑迷彩に、同じような曲線装甲を持っている。

 

「チフユがそういうのであれば、相当良い出来のISなんですね。まずい、すっごく、乗りたくなってきたなぁ…!」

 

「慌てるな。せっかく乗るなら、まず更衣室にいって、ISスーツに着替えてこい。用意されているのは汎用品だが、お前に合うサイズのものがあるはずだ。」

 

「はーい。それじゃあ早速着替えてきます!」

 

 足早に更衣室に向かう。さぁっ!楽しみだ。まさか、とは思ったが、今日、自由な羽で空を飛べるのだ!待ってろインフィニットストラトス!

 

 小鳥遊彩羽の背中を見送りながら、山田と千冬は、ぼそぼそ小声でと会話を始めていた。

 

「すごいですね彼女…。千冬さん相手に物怖じしないなんて。」

 

「あぁ。普通の人間であれば、私の肩書にびびって腰が引けるというのにな。 まったく、なかなか見どころのある奴だよ。」

 

 小鳥遊彩羽。

 

 千冬は、今回の展示飛行の仕事を受けた際、彼女の概要だけは聞いていた。

 

「話に聞いた通り、零戦の操作の腕を持ち、肩書の付いている人にも物怖じしない精神。さらに空を飛ぶという目標すら明確だ。」 

 

 齢10数歳にして、零式戦闘機を手足のように操る天才。生まれる年代が年代であれば、間違いなくエースパイロットであろう逸材。周囲の人間から、そう評される彼女の腕は、確かに間違いなく、素晴らしいものであった。

 

 千冬も山田も、小鳥遊彩羽の零戦の後ろを追従するだけで、空を飛ぶ楽しさが、風を切る素晴らしさを感じることができる。そしてなにより、千冬は彼女の零戦が輝いて見えたのだ。

 

「はぁー。すごいんですね、彼女。そういえば、私も彼女の後ろを飛んでいて、なんだか、すごく楽しかったです。」

 

 きっと小鳥遊彩羽は化ける。千冬や山田にそう思わせるほどに、彼女の飛行は魅力的であったのだ。

 

「私もだよ。それに、だ。レシプロ戦闘機であれだけの軌道を見せたんだ。 インフィニットストラトスを駆り始めれば、小鳥遊彩羽は、おそらく、化けるぞ。」

 

 千冬はそう言いながら、にやりと笑みを浮かべていた。




小鳥遊彩羽。
読み方は「たかなし いろは」

たかなし→アメリカの国鳥がハクトウワシ(鷹)→アメリカ(敵)が居ない。
いろは→彩羽→彩のある羽→何種類もの飛行軌道を描く羽。

平和な空を自由に飛ぶ。

そんな単純な願いを込め、彼女の父母は名付けた、のかもしれない。

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