【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

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零戦乗りの小鳥遊彩羽は
展示飛行で共に飛んだ織斑千冬に導かれ
インフィニットストラトスに触れる。

新たな羽を得た彼女は、天高く、空を翔ぶ。


空を翔ぶ

 第二次世界大戦が始まる前。

 赤とんぼでの研修を終え、配属先で初めて零戦に乗った時は、体の奥底から震え上がるほど、その性能に驚いた。

 

 馬力のあるエンジン、300キロを超える巡航速度。ロールは遅いが、とてつもなく上昇性能がよく、なるほどこれなら後方を取られても直に敵機の後ろにつけるなと、操縦桿を握りながら、赤とんぼとは全く違うのだな、と感動を覚えたものだ。

 

 さて、なぜ私がこんなことを考えているのかといえば、戦闘機とインフィニットストラトスという違いこそあれど新型の羽を触れる、という当時と全く同じ状況にいるからである。

 

 そう、はじめてのインフィニットストラトスだ。気持ちが昂ぶらないわけがない。

 

 ただ、いくつか弊害が存在する。ます専用のスーツは、言ってしまえば水着であり、それを纏わなくてはいけないというのは、少々こっ恥ずかしい。そして、我ながら齢12にしては悪くない発育をしているために胸や尻の曲線が、艶めかしくスーツに現れているのだ。

 

 何より脇出し、足出しである。

 

 時代が変わり、服装に寛容になった世の中とはいえ、女子にこのような格好をさせるのは如何なものか。

 

 そしてもう一つの弊害といえば、零戦乗りがISに乗る。という情報をどこからかききつけて、記者達が多数ISブースに乗り込んできていることだ。別に写真を取られたり、取材を受けることは、現代の零戦パイロット特集などでよく行っているため、吝かではない。

 

 だが、今は状況が違うのだ。自分のブースではなく、ISのブースにこれだけの人数が集まってしまってはIS関係者達に迷惑がかかる。

 そしてなにより、今日は飛行服ではなく水着のようなISスーツである。この写真が、雑誌や新聞に乗るのは、少々気が引ける。…とはいえ、無碍に断るわけにはいかないので「どうしましょう?」と意志を込めて、千冬へと目配せを行う。

 

 すると千冬は、「別に我々は構わんさ。好きにすれば良い。」とは直接言わなかったものの、苦笑しながら首を縦に振っていた。

 

 まあ、ISブースの責任者…なのかな?世界最強のISの乗りである織斑千冬がそういうのであれば、いつものように記者達の質問に応えるとしよう。ただし。

 

「すいません…ISスーツ姿の写真の掲載はお断りします。流石に恥ずかしいので…。」

 

 私がそういうと、記者達から少しの笑い声が聞こえるのであった。

 

 

 記者達の質問攻めも一段落し、私はISへと乗り込む。…乗り込むというのかな?これは。ISの脚部に足をつっこみ、腕部に腕をつっこみ、ISの胴体部分に背中を預ける。

 

「それではISを起動させる。異常があったらすぐに言えよ。」

 

 私が無事、ISに乗り込んだことを確認した千冬が、そういいつつ、コンソールを操作し始めた。

 

 すると、ISの各部装甲が、ガシリ、ガシリと音をたてつつ体へと纏わり付いていく。足から腰、腰から胸、胸から腕と、少し圧迫感を感じるものの「なるほどこれは悪く無い」と思わせる装着感である。

 

 そして起動最後に、ハイパーセンサーが動作した時に、私の世界は一変する。

 

「…これはっ…!?」

 

 話には聞いていた。

 ハイパーセンサーとは、360度をすべて見渡せる、全方位視界接続というやつだ。更に、なぜか遠くの物体の細部まで理解できる。織斑千冬に視線を集中すれば、顔の毛穴の一つまで、くっきりと見ることが出来た。

 

「…これは…素晴らしい…!」

 

 あぁ、なんて素晴らしい技術か。目視で360度、詳細に見ることが出来る。私が前世で、零戦に乗っている時から欲しかった技術だ。能力だ。

 

 何せ大戦中の戦闘機というのは、電探…レーダーが無い。そのため、基本的に索敵は目視になる。ということは、相手より先に敵機を自分の目で見つけられれば、優位に立てるのだ。

 

 1キロ先、ひいては10キロ先の敵を見つけ、先に仕掛けるのが理想的だ。だが、戦闘機とはせいぜい10メーター程度の乗り物である。それを数キロ先から目視のみで見つけるのは、非常に困難なのだ。

 

 例えば数キロ先に敵機がいたとして、コックピットから見える敵機の姿は、ゴマ粒にも等しいのだ。

 

 更には索敵には平面的だけではなく、立体的な能力も求められる。前だけをみてれば良いわけではない。前、後ろ、上、下、右、左。全部に100%気を…いや、150%の気を張らねばいけないのだ。

 

 かの零戦乗りの坂井三郎も、配属先で開催された講習会の中で語っていたことがある。「前方2に後方9、意識を集中させるのだ。」と。只々このセリフを聴いた奴の中には、「なんで合計で11なんだ?合計は10だろう。ボケているのか」などと馬鹿にした奴もいる。

 

 だが、坂井三郎の言葉は真実だ。100%の警戒動作では、敵機に間違いなく落とされる。生き残るためには、最低でも120%程度の、敵を落とそうと思えば、それこそ200%近くの警戒動作をしなくてはならないのだ。

 

 物量が乏しかった日本軍では、特にである。

 

 だから私は、前世では常に気を張り続けていた。死にたくないから。そして、生き残って、敵を撃墜し、日本を守りたかったから。ま、とはいえ情けない話、結局は警戒不足で、上空からマスタングの機銃掃射を食らってしまったわけだが。

 

 …こういう体験をした私からしてみれば、このISのハイパーセンサーは、本当に求めたものであるのだ。

 

 全周を見渡せ、数キロ先の物体までくっきりと見える。だから、

 

「あぁ、これが、アノ時代にあれば…まだ、まだ私は飛べたかもしれないのになぁ…。」

 

 ぼそりと呟いてしまった私は、悪くないはずだ。

 

 

 大きな駆動音を響かせながら、私が乗るISは、確実に一歩一歩と、大地を踏みしめていく。

 

「よっ…ほっ…」

 

 ガシリ、ガシリ。

 ISの脚部装甲と、滑走路のアスファルトが当たる音と振動が心地よい。とはいえ、ハイパーセンサーには特に違和感はなかったものの、実際に動かし、歩行を行うとなるとやはり、思うようには行かなかった。

 

「あっ…!?」

 

ガシャリ!

 

 大きな音を立てて、私の乗るISは、地面へと倒れこむ。なれないパワーサポートに、足を縺れさせ転んでしまったのだ。

 

「大丈夫か?いろは。」

 

 千冬が私の姿を心配そうに、見つめていた。私はISの手を振り、「大丈夫です。」と意志だけを伝える。

 

「よっ…!」

 

 そして、掛け声とともに、立ち上がり、改めて歩行を開始する。それにしても、ハイパーセンサーはいいものだ。今、この不安定な状況ではどうやったって前しか向けないのにも関わらず、真後ろについてきている記者達の人数どころか、一喜一憂の表情まで読み取れるのだ。

 

 というか記者達よ。少女の尻を追いかけて楽しいのか。

 

 …余計な思考はさておきつつも、未だ歩行にはなれずに居る。千冬からはイメージが大切、とのアドバイスを頂いたがこれがどうして、なかなかに難しい。

 

 右足を出して、左足を出して、自然に、自然に。

 

 そう思いながら歩行を続けるも、どうしてもカックンカックンと、不自然な動きになってしまう。私がそんなことをしていると、見るに見かねた千冬が、苦笑しながら口を開いた。

 

「先ほども言ったが、イメージすることが大切なんだ。いいか?零戦もISも本来は空の乗り物だ。なぁ、いろは。お前は零戦乗りだろう?零戦で地上を移動するときは、どういうことをしているんだ?」

 

 どういうこと…。そりゃあ、エンジンスロットルを少しだけ開いて、ブレーキをリリースして、ゆっくりと…。と、私がここまでイメージしたところで、ISの動きが変わる。どういうわけか、スムーズに歩行することができはじめたのだ。

 

「そらみろ。ISはイメージが大切なんだよ。そのイメージは各々で変わる。いろはが得意なのは零戦なのだから、零戦での動きをイメージしてやれば、ISはそれに付いて来るのさ。」

 

「なるほど…。理解しました。」

 

 私はイメージを保持したまま、ISで滑走路を歩く。先程までのかっくかくした動きから、スムーズに、背筋を伸ばして。すると、後方からついてきていた記者達から、歓声と拍手が上がった。

 

「おお、おめでとう。」

「いろはちゃんはやっぱりデキる子だ!」

「あとでお父さんたちにも伝えておくからね!」

 

 …記者であるあなた達には、零戦保存の資金集めとかで、よくお世話になっていますが、一つだけ言わせて頂きたい。あなた達は私の親か!

 

 …と、罵倒するわけにもいかないので、ISをその場でターンさせて、おじぎをする。

 

「ありがとうございます。なんとなーく操作感がつかめてきました。」

 

 私は記者に向かってそう言ってから、機体の向きを変え、千冬に向かって口を開く。

 

「チフユ。そろそろ飛んでみてもいいでしょうか?」

 

「あぁ、かまわん。いいか?イメージをしっかり持てよ。零戦に乗っているつもりで飛べば、まず大丈夫なはずだ。…山田君、一応彼女のサポートを。」

 

 千冬がそう言うと、山田がISを纏って、私の隣へと付けた。

 

「よろしくお願いします。」

 

「えぇ、こちらこそ。それにしてもいろはちゃん、すごいですねー。少しのアドバイスで、ここまでISを操れるなんて。」

 

「貴方がたの教え方がすごく上手いんです。」

 

私がそう言うと、山田と千冬は笑顔を浮かべていた。

 

「さ、って。それじゃあ早速飛んでみます。 山田さん。サポート、お願い致します。」

 

「はい。えーっと、操作はゆっくり、ゆっくり。あせらないで行ってくださいね。

 えぇと、さっきレクチャーは受けたと思いますが左手のレバーが出力関係メイン、右手のレバーが操作関係メインになります。このふたつのレバーと、イメージを使って、好きなように飛んでみて下さい。」

 

 山田のアドバイスは的確だ。ISで飛んだことのない私でも、飛べるんじゃないか、という気にさせてくれる。

 

 さて…,確か、左のレバーが出力、右のレバーが操縦、だっけ?…流石零戦の名を冠するISだ。操縦系も似ているな。

 

 私はそう思いながら、イメージを行う。

 

 左のレバーは…エンジンスロットルだ。

 

 右のレバーは…操縦桿。

 

 翔ぶにはどうするか?

 

 決まっている。エンジンスロットルを離床出力まで上げ、フラップを下げ、それでいてエンジンのトルクを、カウンター気味にラダーで殺しながら、操縦桿をゆっくりと手前に引けばいい。

 

 イメージだ。イメージ。

 

 私はISを零戦にイメージする。早速、ISのブースターの出力を上げる。

 

 全身が浮く感覚があった。

 

(なるほどそうか、滑走はいらないのか。)

 

 イメージを修正する。

 滑走はいらない。エンジン出力を上げれば一気に空に飛び上がれる。そして、どうやらトルクもない。ラダー操作も必要ない。

 

 であれば。

 

(操縦桿を握り、機体がブレないように押えながら…。

 スロットルレバーを押しこめば、きっと飛べる!)

 

 私は勢い良くブースターの出力を上げた。すると、私のISは、イメージ通り地上を離れ、一気に1000フィートまで、上昇したのである。

 

 そして、そこからは我ながら私の独壇場であった。

 

 困惑する山田を横目に、私はISを好きなように滑らせる。

 

 まずは手始めにインメルマンターン。ぐるりと空を回りながら、ほほに感じる風が気持ちよい。そしてなにより、360度見渡せるこの視界、なんて素晴しい!機体下面から敵機が来るという心配をしなくていい!

 

 そして、次は高度を取り、そこから一撃離脱のイメージを行う。一撃離脱は、単純に行ってしまえば、ピンポンダッシュだ。高速で相手の死角から侵入し、敵を攻撃。

 撃墜したしないに関わらずに、速力を活かしてそのまま敵から離れ、次の攻撃態勢に入る。

 

 零戦は他の戦闘機に比べ、速度が低い。特に速度が2倍以上違うマスタングなんかに一撃離脱をやられてしまっては、こちらにしてみては、全く手が出る状況ではなくなるのだ。

 ・・・と、話が逸れたが、私は一気に地上へと加速を始める。そして、地上ギリギリを滑空し、ブースタをふかし、一気に上昇。

 

「やっばい楽しいぃいいい!」

 

 それこそ縦横無尽に、思いの通り動くISに、私はハマッてしまっていた。そして乗っていてわかる。確かにこの機動性があれば、零戦に追いついてこれるわけである。

 

 だが、ここにきて少し機体に違和感を感じた。何やら、少々動きが思い通りにならないのだ。限界機動まで操作をしようとすると、自動で安全圏まで戻されるようなイメージである。

 

(はて。なんだろう、この違和感は…?何か制限かけてない?このIS。)

 

 インフィニットストラトスとは便利なものだ。私が違和感を感じ、思考をしていると、ハイパーセンサーの画面上に、

 

「PICマニュアル操作に切り替えますか?Y/N。現在の設定は、自動操縦です。」

 

 との表示が出るではないか。これは!と私は迷うこと無く、マニュアル操作への切り替えを選んだのである。

 

 今、ISブースでは、誰一人、声を上げていない。というのも、小鳥遊彩羽の異常性に、皆声を失っていたのだ。

 

 何せ、「零戦乗り」という肩書はあるものの、インフィニット・ストラトスに関しては、搭乗時間0の、ただの中学生である。そんな彼女が、あれよあれよというまに空中で自由自在にISを動かしているのだ。

空中で自由自在にISを動かしているのだ。

 

 おそらく、小鳥遊彩羽は自分の零戦の軌道を描いているだけなのであろう。インメルマン、スプリットS、左ねじり込み、一撃離脱。だが、この動きは、IS初心者がしていい動きではない。

 

「小鳥遊彩羽。やはりISに乗せたのは正しかったようだな。」

 

 その動きは、千冬ですら見とれる軌道である。だが、オペレーターの次の言葉で、千冬の表情が一変する。

 

「…原因不明ですが、零式21型のPICがマニュアルに切り替えられました。」

 

「なにっ…!?」

 

 PICマニュアル操作。この言葉が意味するのは、機体操作に繊細な技術が必要になった、ということだ。

 しかも、空を高速で飛行中に切り替わってしまえば、それこそ、国家代表候補生レベルの操縦技術がなければ、どう足掻いても墜落してしまう。

 それを裏付けるかのように、小鳥遊彩羽操る零式21型はふらりと、空中でバランスを崩しかけていた。

 

「山田君!いろはの機体のPICがマニュアルに入った!墜落の可能性がある、フォローしろ!」

 

 千冬が大声で山田に指示を飛ばし、山田は瞬間加速を使いながら、小鳥遊彩羽のフォローに入ろうとした。が、その時である。

 

 バランスを崩そうとしていた小鳥遊彩羽の機体が、とんでもない軌道を描きながらも、空を再度舞い始めたのだ。

 

 ロールしながらの鋭いインメルマン。装甲に雲を引きながらのハイ・ヨー・ヨー。そして、その姿に困惑し、直線軌道を獲る山田のISを中心に、ぐるぐると回るコーク・スクリュー。

 

 更に言えば、それらの技を決めながら

 

『いやっほおおおおおおおおおお!』

 

 と、彼女の歓喜の叫び声が時折聞こえていた。

 

 織斑千冬は、空中で描かれる非常識な光景を見ながら、苦笑を浮かべつつ口を開く。

 

「初めて乗ったISを、マニュアル操作であそこまで動かすか。あの操縦技術は…。才能…という言葉では片付けられないな。天災、とでも言うべきか。あれは。」

 

 その視線の先では、未だ、喜びの声を上げながら、空中を縦横無尽に飛び回る、小鳥遊彩羽操るISの姿があった。




妄想捗りました。

小鳥遊彩羽「空気持ちえぇ!もっと翔ぶ!もっと翔ぶ!」

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