【済】IS 零を冠する翼   作:灯火011

8 / 18
小鳥遊彩羽は、新しい羽である
インフィニット・ストラトスを手に入れる。

その名を「零式 21型」。
小鳥遊彩羽は、この新しいツバサを以って
これから、自分の物語を、進めていく事となる。


マニュアル

 数日前に行われた、羽田空港での展示飛行を終えた私は、三菱重工の宿舎で、インフィニット・ストラトスについての基礎知識のマニュアルを、熟読していた。

 

 なぜ私が三菱重工の宿舎にいるのか、といえば、今私は、三菱重工社製、「零式21型」の専任パイロットとして、正式に契約を交わしたからである。

 本来であれば、宿舎なんかでマニュアルを読まずに、データ取りや試験飛行を行わなくてはならない、らしいのだが織斑千冬曰く、

 

「いろはは操縦技術については申し分ない。だから今は、基礎知識を叩き込んでおけ。」

 

 とのことで、私は今、目の前の資料達と、格闘をしているのだ。

 

 まず、目の前にあるIS基礎知識マニュアル。すでにこれだけで、電話帳数冊分の分厚さである。

 そして、ちらりと横に視線を向ければ、「IS法令集」「IS規則」「IS整備マニュアル」「IS法令集改定版」「三菱重工IS心得」「専任パイロット規則・心得」などなど・・・。 それこそ、電話帳・広辞苑、そんなレベルの書物がゴロゴロと部屋中に転がっていた。

 

「・・・赤とんぼ飛ばした時ですら、こんなに教本というか・・・、憶えることはなかったよなぁ。」

 

 私はそうぼやきながらも、右手にはシャープペンを持ち、左手で広辞苑のようなマニュアルをめくりながら、知識を詰め込む。

 そういえば、今世に生まれ変わってからというもの、技術の進歩には驚かされ放しである。このシャープペンシル一つをとってもそうだ。ペンの尻を押しこむだけで、同じ太さの芯が飛び出すのだ。

 鉛筆のように、ナイフで芯を削りださずとも、筆記を続けられるというのは革新的すぎるであろう。手をナイフで切ってしまう心配もない。

 更に、こちらの消しゴムも性能が良い。以前私が使っていた製品は、多少なりとも黒く文字が残ってしまっていた。だが、この消しゴムはどうであろう。わずか100円の価格にして、少しこすればシャープペンシルで描いた文字が完全に消えるのだ。

 

 世の中、本当に便利に、快適になったものだ。

 

 いけないいけない。思考が逸れた。今は一秒たりとも時間を無駄には出来ないのだ。

 

「ぬぅ。ぴー・あい・しー・・・。ぱっしぶいんなーきゃんせらー・・・? インフィニット・ストラトスの基本骨子を構成するシステム?」

 

 どこかで見たような言葉だなぁ、と思った時、展示飛行で乗った時の光景が、思い出された。

 確か、あれは展示飛行中に、どうもISの動きがおかしい、と思った時のことだ。「PICマニュアル操作への切り替えを行いますか?」と、確かハイパーセンサーに表示されていたはずだ。

 

「そういえば、PICマニュアル操作ってどういう意味なんだろうなぁ?」

 

 私はPICの項目を、よく熟読する。PICとは慣性を・・・・云々。重力を無視した機動が・・・云々。

 

「お、この項目かな?ええと、なになに。『ISの基本設定においては、姿勢制御、加速、停止を制御するPIC、連動するブースターや推進翼は、制御が難しいため、自動操縦となっている。

 PIC及び連動する装置をマニュアルで操作すれば、より鋭い動きが可能になるが、PIC、ブースター、推進翼、全て意識しながら操作しなければならないため、熟練者でなければ操作は難しい。』」

 

 項目を読みながら、私は首をかしげていた。確か私は、PICをマニュアルにしますか?と表示された時、YES、つまりはPICをマニュアルに変更したはずだ。

 

「むぅ・・?マニュアル操作は難しい?そうだっけなぁ・・・?」

 

 PICがマニュアルに設定されていた零式は、本来コントロールが難しい状態であったはずである。だが、私は、このPICマニュアルの設定で、最初こそバランスを崩したものの、結構自由に空を舞ったはずだ。

 

「うん、今思い出しても、やっぱりISは最高だったなぁ・・・。」

 

 私はそう呟きながらも、我ながらとんでもないことを、行ったのではないのかなーと思い始めていた。

 

 状況を整理しつつ、客観的に私の行動を見てみよう。

 

 私は搭乗時間0、正真正銘のIS初心者である。

 

 普通であれば、歩行訓練や武装訓練といった地上での訓練を十二分に行い、その後、PICオートで、空をゆっくりと舞いながら、ISを操る感覚を体に叩き込んでいくのであろう。

 そんな初心者が、いきなり空を飛び、様々な空中機動を描いたわけだ。更に、その最中にPICをマニュアルに切り替えて、これまた様々な空中機動を描きながら、空を縦横無尽に動き回っていた。

 

 つまりこれは、私の前世の時代で言えば、赤とんぼ、つまり訓練機にも載っていない入隊仕立てのペーペーが、零戦のコックピットに座らせた瞬間、普通に零戦を離陸させるどころか、あまつさえ戦闘機動を描き、さらに空母への着艦もしてしまった、という感じであろうか。そんな馬鹿な。

 

 だが、そう考えれば、展示飛行から戻った時に、千冬達が私を見て、若干引いていた事には納得がいく。

 

「なるほど、私は、彼女たちIS乗りにとって、全く『あり得ない』存在なわけなんかぁ・・・。」

 

 本来であれば血の滲むような訓練を、数ヶ月、それこそ数年行い、初めて出来るような事を、私は僅か数時間で全てこなしてしまったのだ。これを異常と言わず、何という。

 私は資料を読み進めながら、頭をポリポリと書いていた。これは、非常にめんどくさいことになりそうである。

 

「とはいっても、まぁ、前世の零戦の経験で、空中機動は得意ではあるし・・・。なにより、電気補助のない零戦からしてみれば、マニュアル操作といいつつ、全周視点・水平維持・生命維持とかの機能がついてるISって、私にとっちゃ、簡単すぎるっちゃ、簡単すぎるんだよなぁ。」

 

 言い訳じみた事を呟きながら、私は次のページヘと手を伸ばす。すると、PICマニュアル操作について、こんな補足が付けられていた。

 

『PICマニュアル操作には、高い操縦技術と高い三次元把握能力、そして、洗練されたイメージが必要となる。だが、逆を言えば、基本操作が行え、空を翔ぶイメージが十分に自分の中で練れていて、極めて高い三次元把握能力を備えていれば、搭乗時間が少なくともPICマニュアル操作は十分に可能である。』と。

 

 なるほど、確かにそれならば、戦闘機動を頭のなかで描ける私にとっては、マニュアル操作はラクなのかもしれない。

 

 ・・・さて、それはそうとしておいて。

 

 まずはこの、目の前に積み上がった分厚い教本を片さなければ。確かに私はIS乗りとしては異常なのだろうが、ISの知識は全く無い。これは非常にまずい状況なのだ。空中にあるときだけ好きに動いて、機体の知識が無いということは、空を飛ぶ者としては最大の恥である。

 

 気合を入れねば。

 

 私は顔をピシャリと叩く。そして、教本のページを改めてめくり始めたのである。

 

◆ 

 

 日本の重工業を支える一つの企業である、三菱重工。

 

 過去、零式艦上戦闘機を始めとした航空機から大型の軍艦、戦車などを設計、建造し、歴史に残る多数の兵器を作り上げた日本最大の機械メーカーである。ISの登場により、兵器の概念が変化した今現在でも、日本最大の機械メーカーであることは変わらない。

 いくらISが優秀でも、数が限られている限り、ある程度は現存の兵器を揃えなければならないのだ。

 

 一部の女性活動家などは「ISがあれば戦力は大丈夫」などと戯言を抜かしているが、所詮は戦いは数である。

 そして何より、ISの兵器としての有用性に注目が行き過ぎて誰も彼もが忘れているが、本来はISは「宇宙開発」の道具なのだ。

 

 さて、話が少しズレたが、宇宙開発の分野においても三菱重工は多数の功績を納めていた。特に、H2-Aを始めとした宇宙開発用のロケットは、JAXAと共に、三菱重工が設計、製造を担当しているのだ。

 そんな彼らが、ISのコアを持ち、開発した時、果たしてそれは、兵器になりうるのか。

 

「零式であれだけ空を飛んでくれるとは。しかも、マニュアル操作で稼働率8割を叩き出している。小鳥遊彩羽、彼女とならば・・・・。」

 

 IS研究室で一人呟く男性。そして、目の前にあるパソコンには、小鳥遊彩羽のIS稼働データが表示されていた。

 

『彼女となら、確かに宇宙を目指せるかも。ふふふふ。これは私も気合をいれないとねー。』

 

 そして、そのパソコンの小窓には、通信用の窓が開かれていた。

 

『いきなりISに乗って稼働率8割なんて、ちーちゃんよりもすごいもん。正直、こんな人間はあり得ない。本来なら、細胞単位で解剖したいんだけどー・・・。』

 

「それは勘弁して頂きたい。彼女は我が社のテストパイロットであり、希望です。我々は彼女を通して、ISを本来の目的へと、戻す。貴女と利害が一致しているからこそ、我々は貴女を援助するのです。」

 

『わかってるってー。冗談だよ、冗談。・・・小鳥遊彩羽、そうだなぁー。いーちゃんじゃいっくんとかぶるしー。たっちゃん、そう、たっちゃんって呼ぼう!ふふふ、たっちゃん。君は、これから、どんな羽を私に。私達に見せてくれるのかなー?』

 

「そうですね。それに、彼女はI()S()()()()()()()()()()()()節があります。正しいISの姿である、空を翔ぶ道具として、見ているようなのです。彼女はこのまま進んでくれれば、我々を宇宙に導く羽になるでしょう。それではそろそろ。彼女のデータ取りがありますので。また後ほど。

 篠ノ之束博士。」

 

『わかったー。じゃっ。データ、すぐにまた送ってねー。』

 

 通信用の小窓が閉じる。

 そして、研究員は流れ作業で、小鳥遊彩羽の稼働データを保存すると、パソコンの電源を切り、小鳥遊彩羽が待つ、アリーナへと足を向ける。

 

 小鳥遊彩羽。彼女の知らない所で、彼女の処遇は決まり始めていた。

 

 三菱重工と篠ノ之束。

 小鳥遊彩羽を通して、彼ら、彼女らは、ISの本来の目的である宇宙開発を目指し始めているのかもしれない。

 

 

「いやっふぅううう!」

 

 ここは、三菱重工の試験アリーナだ。

 

---勉学だけでは辛いでしょう。ISのデータ取りをお願いしたいんですがね。---

 

 という、研究員の計らいで、私はISを操りながら空中を自由自在に舞っていた。

 

(気持ちいいなぁ!やっぱり、空はいいなぁ!)

 

 もちろん、PICマニュアル操作である。左手のレバーで出力、右手のレバーで制動である。それに加えて、空を舞うイメージをしっかりと持つ。

 

 高空から一気にスラスターを噴かしながら低空に落下。そして、補助翼を動かしつつ、スラスターを偏向させ、地面に触れるか触れないかの所を最高速で駆け抜ける。

 

 ハイパーセンサーには地面との距離も表示される。今現在は10センチだ。できればこれを半分にまでは持って行きたい。

 

 私はそう思いながら、今度は一気に上昇するイメージを持つ。そして出力を最大に、制動レバーも一気に引き起こす。・・・と、ただ上昇するだけでは詰まらない。これは早速、先ほど教えていただいた技を実践しようではないか。

 

 確か、やり方は・・・・・。後部のスラスターからエネルギーを放出して、だ。でそれを・・・取り込む?難しいな。むむ。イメージすら難しい。

 

(確か、背中を一気に押されて加速する感覚と言っていたな・・・?・・・あれか?もしかして、新米の頃に前世で一度だけ加賀で体験した、蒸気式離陸装置みたいなものか?)

 

 確かに蒸気式離陸装置は、エンジン出力だけでは出せない加速度と共に、離陸速度まで達せたが、あの加速度は正直慣れたものではない。それにアノ時は結局、射出の勢いに耐えられずに、乗っていた95式艦戦がバラバラになったのだ。今思いだしても、我ながら、良く生きていたものだなぁ・・・。

 

 ・・・まあいい!とりあえずは実践だ!アレ(加賀の蒸気式離陸装置)と違って、失敗しても怪我もしなければ死にもせん!

 

「ままよっ・・・!」

 

 小さく叫ぶと、蒸気式離陸装置で押し出された感覚をイメージする。通常のスラスターを噴きながら、同時にスラスターから余剰エネルギーを放出、そして余剰エネルギーを再度吸収し、圧縮する。

 

(これはなかなか・・・!難しいっ!)

 

 地面すれすれを飛びながら、エネルギー管理を行いながらも、自分の行き先を見る。なかなかにこれは難易度の高い技だ。左手の出力レバーを細かく操作せねば、おそらくは直に墜落してしまうだろう。

 

 だが、そのかいあってか、スラスターには十分すぎるエネルギーが蓄積されたようである。・・・一瞬、脳裏にはバラバラになった機体と、投げ出される私の姿が思い浮かんだ。

 

(違う。ここは加賀ではない。蒸気式離陸装置なんてない。私が乗るのは人類の英知たるISだ。大丈夫だ。)

 

 そう、ここまできて、この技をやらないわけにはいかない。ISの性能を、最大限に引っ張りだすのだ。

 

「死なばもろともぉ!」

 

 私はそう叫ぶと、溜まりに溜まったエネルギーを、一気に放出させる。すると、前世で感じた、蒸気式離陸装置以上の力を背中に感じながら、インフィニット・ストラトス「零式21型」は、文字通り天高く舞い上がったのである。

 

 

 空を舞う小鳥遊彩羽を見ながら、三菱重工の社員は、言葉を無くしていた。

 

 それはもちろん、初心者であるにもかかわらず、PICマニュアル操作で、空を自由自在に飛んでいる非常識な少女の仕業だ。

 更に彼女は、地面すれすれの、熟練者ですら制動が難しい飛行を行いながら、零式21型が出せる最大速度の瞬間加速を行ったのだ。

 

「・・・彼女、化け物ですね。」

 

「あぁ、しかも見てみろ。このデータを。」

 

 研究員達は、モニターに表示されている小鳥遊彩羽のパーソナルデータを覗き込む。

 

「信じがたいが、彼女は零式21型の性能をほぼ引き出し尽くしている。最高速度、制動距離、加速度、旋回半径、馬力、全てにおいてだ。更に、瞬間加速に関してはその性能の10割を引き出しているんだ。彼女のIS乗りとしての適性は、底が知れない。」

 

---只し、非武装の上、対戦相手もいないから、参考値だけどね。---

 

と、研究員は続けるものの、その目は好奇心で満ち溢れていた。

 

「チーフ、一つ聞き忘れていました。彼女のIS適性は?」

 

「あぁ、そういえば伝え忘れていましたか。簡易的なところですが、彼女の適性は『測定不能』です。後日詳細な検査をしますが、ま、「適性がなさすぎる」か、「適性がありすぎる」のどちらかですね。」

 

 チーフと呼ばれた研究員は、飄々と答えながらも、空を翔ぶ小鳥遊彩羽を見つめ続けていた。




小鳥遊彩羽の全く知らないところで進行する計画。

そして、当の本人は気にせずに空を舞う。
この少女、やっぱり空が好き。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。