日付が変わるか変わらないかぐらいの時間。
輝は1人足早に事務所に向かっていた。
本来は仕事後直帰の予定だったが、明日の仕事のスケジュールが少し曖昧だったので、
確認するため事務所に寄る事にした。
夏が近付いているせいか、最近は夜になってもそんなに冷えない。
ふと、足を止めた。
誰かが事務所の前で立ち話をしている。
――報道?…いや、違うな、プロデューサー?
よく見ると、話しているのはプロデューサーと知らない男性。
プロデューサーは何度も頭を下げているようだった。
街灯の灯は思ったより薄暗く、男性の顔は確認出来ない。
輝がボーッと様子を見ていると、会話は終わったらしく、2人は別れを告げていた。
男性がこちらに歩いてくる。
輝は何となく男性を目で追い続けた。
すれ違い様に2人の視線がぶつかる。
プロデューサーと話していたその男性は、輝を見てニコッと笑った。
身長は輝より高め。深い青い目。スラッとした痩せ形の体型。
綺麗な顔だ。芸能関係の人だろうか。
輝はほぼ反射的に男性に会釈を返すと、再び事務所に向かって歩き出した。
男性を見送っていたプロデューサーが、天道さん!?と驚きの声を上げる。
今の男性、プロデューサーの何なのだろうか。
こんな夜中に2人で会ったりして…。
「お疲れ様です」
「おぅ、お疲れさん」
プロデューサーは変わらない笑顔で輝に挨拶をした。
「今の人、プロデューサーの……友達?」
「いいえ、さっき電車内で知りあったばっかりなんです」
――電車?プロデューサーの移動手段って基本車じゃなかったか?
「プロデューサーって電車乗ってたっけ?」
「私も電車くらい乗りますよ」
フフと右手を口に当ててプロデューサーは笑った。
「今日は仕事の関係者と飲み会があったんです」
言われてみれば、プロデューサーからほんのりお酒の匂いがする。
なるほど、さっきの男性はプロデューサーを事務所まで送ってあげたのか。
「んじゃあ、今の人もプロデューサーの仕事仲間なんだな。
桜庭に負けず劣らずのイケメンだったから、芸能関係の人かと思ったぜ」
「あ…いや、彼は帰りの電車で知り合っただけなんです」
「え?」
――そういえば、最初にそんな事言ってたような。
電車で知り合ったってどんなシチュエーションだ?
たまたま隣に座って、話しかけられて、仲良くなって、ココまで送って貰った…って事か?
飲みの後、プロデューサーがわざわざ事務所に来た理由は分からないが、普通の女性ならば家に帰るだろう。
つまり、家の目の前まで付いて来たって事になる。
それ、普通に危険じゃないか?
「知り合った?」
「は、はい…」
プロデューサーは下を向き、続きを語ろうとはしなかった。
「…?」
何かあったのだろうか?
「天道さんは、事務所に用事ですか?」
再び顔を上げると、綺麗に話題をそらしてきた。
電車で何かあったのだろうか。気になる。
あの男性はプロデューサーとどうやって知り合ったんだ?
これっきりの関係なのか?
自分に言えないような事なのか?
聞きたい事がとめどなく輝の頭の中を巡っていたが、とりあえずプロデューサーの話題に乗ることにした。
「……そんなところだな。プロデューサーも?」
「はい。明日必要な書類を整理しようかと思いまして」
――相変わらず仕事熱心なこった。
「飲みの後に仕事ねぇ…。無理するなよ?」
「ありがとうございます。夜も遅いですし、ひとまず事務所に入りましょう」
おぅ、と天道はプロデューサーに続いて事務所へ向かった。
少し古い扉を開けて、2人は事務所に入った。
いつも騒がしい印象の事務所だが、さすがに夜中は静まり返っている。
プロデューサーは自分のデスクに直行し、パソコンを立ちあげながら、書類を広げ出した。
飲み会の後なのに、何故キビキビ動けるのだろう。
輝には理解出来なかった。
きっと、一生理解出来ないだろう。
「手伝える事あったら言うんだぞ」
「ありがとうございます。すぐに終わりますから、大丈夫ですよ」
なら良かったと、輝は置きっ放しにしていた自分のバッグを回収した。
――これこれ、レッスン着はさすがに洗濯しとかないとなぁ。
輝は何気なくプロデューサーを見た。
デスク上には予想以上の書類が広がっている。
どう見てもすぐに終わる雰囲気では無いのだが。
「プロデューサー…」
「あ、天道さん、先に帰っても大丈夫ですよ。今日は私がお酒を飲んでいるので、送れなくて申し訳ないです」
「プロデューサーがタクシーにちゃーんと乗るまで見送るぜ。こんな時間、女性1人じゃ危ないだろ?」
プロデューサーは書類を整理している手を止め、輝を見た。
「お気遣いありがとうございます」
ニコッと笑う姿に少しドキッとした。
――よく考えたら、これって結構まずい状況?
深夜に女性と男性が2人きり…。
何を考えてるんだと、輝は激しく首を横に振った。
「……? どうかしましたか?」
「いやいや、なんでもない!」