真凍 春は考える。目の前には一人の英霊。三騎士の一角、
一つは、先ほどアーチャーに向けて使用した攻撃魔術をぶつけることだ。自分の中で最大の魔力を練り上げ、ペットボトルの中の水を”砲撃”する。アーチャーの時とは違う。今度は、わずか2mほどの槍を隔てた近距離だ。上手くいけば、そのまま返り討ちにもできるかもしれない。
(…いや、ダメだ)
あれは”奇襲”だから成功したのである。サーヴァントは、並みの人間では遠く及ばぬような能力を持っているのだ。相対したこの状況で、”ペットボトルを取り出す”などという行為が、見逃されるはずはない。
春は”二つ目”を選択した。
令呪の使用。英霊の瞬間転移、という魔法にも等しい行為への
「来なさいッ、キャスター!!」
魔力の放出が、物理的な風となって吹き荒れる。ふわり、と。春たちとランサーの間に立つように、艶やかな女性が現れる。少女と美女が対峙した。
「な、春ちゃん令呪を!」
碓氷 燈が驚愕の声を上げる。彼とて、聖杯戦争における令呪の重要性は頭で理解していた。自らのサーヴァントへの、3回の絶対命令権。そのうち一回をまさか、今のタイミングで消費してしまうとは。
「そうよマスター。大事な令呪をこ--」
こんな男のために、と言いかけてキャスターは慌てて口を閉じた。言えば、春が即座に二画目の令呪を消費していただろう。その瞬間、キャスターの聖杯戦争は終わりだ。
「ちょっとあなたは前の敵を見て--」
「ねえ、あたしのこと無視しないでよ」
殺気。明確な殺気を全身から迸らせ、ランサーがキャスターへ飛び掛る。別に、無視されたからというわけでもないだろうが、彼女の台詞と行動を合わせてみると、やはり自分が軽んじられたからとしか見えない。燈は、きっと根はいいやつなんだろうな、という呑気な感想を抱いていた。
敵に背を向けるキャスターと、その隙を狙うランサー。明確なピンチであるにも関わらず、燈が落ち着いて見られていたのは、恐らくキャスターの持つ雰囲気のせいだろう。見た目は只の超絶美人というだけだが、どこか人間離れした空気を纏っている。
予想通り、というべきだろうか。敵の振るった刃が彼女に届くことはなかった。槍が、何かで縛られたように動かなくなったのだ。少女は顔をしかめ、引き戻そうとするがそれも叶わない。完全に、空中で固定されてしまっている。
「あなたのその槍ずいぶん面白いわね。すっごく大きい魔力を持っているのに、濁っている。不純物、とでも言うのかしら? もしかして、偽物?」
「なっ…!!??」
槍から手は離さず、驚愕の表情でキャスターを見返す。揺れ動くその瞳は、キャスターの言葉が真実であることを表しているのだろう。妖艶に微笑み、彼女は言葉を続けた。
「私、あなたの
「黙れッ!!」
可憐な顔を歪め、ランサーは拳を振りかざす。しかし、やはり当たることはなかった。キャスターの体に当たる直前、またも見えない力で動きを封じられたのだ。今度は自分の肉体であるから、まともに動くことすらできない。不可思議すぎるその能力に、ランサーは嫌悪の表情を浮かべる。
「なんで….」
すっかり追い詰められた敵の様子から、先ほどまでの焦燥感が嘘のように無くなり、燈と春は安堵の表情を浮かべた。
気持ちが落ち着いてきたところで、二人は思い出す。そう、アーチャーの存在だ。背後から追ってきているであろう、あの巨漢サーヴァント。それが、いつまでたっても追いついてくる様子がない。
「そうだ、後ろのアイツは--」
振り返ったところを、黒い塊が掠めていく。背後で爆発のような音がした。黒い塊。人間の目でも、ギリギリ捉えることができた。人影だ。視線を元の方向へ移した先で、黒ずくめの細身の男がゆっくりと立ち上がる。音の割に大した衝撃ではなかったのか、随分と余裕があった。左手に握った小刀のようなものを、大事そうに撫でている。
「ははは。軽い、軽いな貴様ァ。実は大したことないな?」
勝ち誇った笑い声と共に、力強い足音が響いてきた。春と燈は振り向かない。いや、振り向けない。そこにいるのが誰かはもう、わかっている。
先ほど黒い男が飛んできた時にキャスターの気が緩んだのだろう。いつの間にか、ランサーの拘束も解けている。前門には槍兵の少女、後門には巨人の弓兵、というわけだ。謎の第四の英霊も、まさか味方なわけはない。二人は、まさに絶体絶命の状況に陥っていた。
*
(….不覚)
黒き暗殺者は、心の中でそう呟いた。死角からの強力な拳の一撃だった。右の日本刀にばかり気を取られたせいだ。全身の骨が、悲痛な叫びを上げている。だが、今考えるべきはそこではないだろう。アサシンは周囲を睨め回した。
(一、二、三、四、五)
捉えるのは”敵”の数。確実に仕留めるために。考えるのは敵の順番。最適解を導き出す。呼吸を整え、脱力した。クナイを握り直す。そして----
「『
その場で跳ねる。着地。空間が歪む。アサシンが移動する。”真凍 春を殺害した未来”へと。
(まず、二人--)
この場で明らかに"マスター"であろう者は、彼女だけだった。隣にいる青年は、先ほどアーチャーに襲われていた時、ただ立ち竦んでいた事から、自らのサーヴァントは未召喚状態である。そう考えての行動だった。”マスター殺し”として恐れられる暗殺者のクラスらしい、無駄のない思考と言えるだろう。しかしそれは、あくまで”成功すれば”の話である。
(……?)
アサシンは異変に気がついた。体に違和感を感じる。とうに切り裂いているはずの真凍 春の首は、傷一つないままだ。愛用のクナイが、春の首の手前でピタリと固定されていた。
(これは……呪術か)
キャスターが、自分のマスターに施していたのだ。呪術はアサシンが自力でどうにかできるようなものではない。宝具が”対象を殺害する直前”で止まっているのはそのためだろう。しかし、かけられた術は強力だが応急処置的なものであるようで、固定されているのは肉体ではなく手持ちの武器だった。これならば抜け出すことは可能である。
クナイから手を離し、距離をとった。ちょうど良いタイミングで、マスターから声が届く。
『アサシン、そろそろ戻りなさい。今、そちらにもう一人サーヴァントが向かっています。おそらくセイバーです。マスターも一緒にいます』
『そうか。ではすぐにでも帰還しよう』
『はい、ここまでくればあなた自身が戦闘を行うこともないでしょう。アーチャーのマスターもじき来るかと』
『承知した』
念話が切断される。今回の任務は完了だ。周りの者たちは何が起こったのかもわからなかったのだろう。呆気にとられている五人の目の前で、アサシンは飛び去った。
*
アサシンと入れ替わりになるような形で現れたのは神内 琴音だった。燈にとっては見慣れた修道服のままで現れた彼女は、キョトンとした顔で五人を順繰りに眺めた。
「あら、もう終わってしまったのですか」
なぜか残念そうな声を出す琴音に、燈は走り寄る。
「琴音さん! さっきアーチャーに襲われたんです。教会で匿ってください!!」
情けないのは百も承知だ。だが、こんなところで死にたくない、という気持ちの方が優っていた。アサシンという相手を失ったアーチャーは、すぐにでも標的を戻すだろう。自分はまだサーヴァントを召喚してすらいないのだ。安全圏に避難して、命の保証をされなければ心が休まらない。しかし、琴音の反応は冷たいものだった。
「はあ、そう言われましても。碓氷さんは聖杯戦争に参加しているわけでも、従霊を失ったマスターでもありません。教会で匿う理由はないのです」
「なっ…」
「ほお。ならば安心して殺せるというわけだな」
話を聞いていたアーチャーが、凶悪な笑みを浮かべて燈に歩み寄って行く。恐怖の再来だ。燈は、自分の呼吸が荒くなっていくのを感じた。
「ちょっと、そいつはあたしの獲物なんだけど?」
意外や意外、二人の間に割って入ったのはランサーだった。言っていることから察するに、別に燈を助ける目的ではないようだが。春とキャスターといえば、ランサーとアーチャーのどちらを牽制すれば良いのか決めかねている。助けてくれることはありがたいが、最弱と名高いクラスが三騎士を相手にいつまで保つだろうか。
「みなさん、ここは一般の大学です。今の状況でさえ神秘の秘匿に重い影響を及ぼしています。どうか日中および人口密集地での戦闘はお控え頂きたいですが」
「それもそうね。今日のところはこれくらいにしようかしら」
「……キャスター。ありがとう、もういいわ」
「あら、いいのマスター。敵のこと信用しちゃって」
監督役の言葉に、女性三人は素直に従った。だが一人、首を縦に振らない男がいる。
「なあ、監督役の女よ。要するに戦闘しなければ良いのだろう」
不穏なことを口にした。
「だからまあ、こいつらもこう言って武器を下したわけだしな。サクッと殺せば問題なかろう」
空気が凍る、とはこういうことを言うのだろう。慌てて構える三人だったが、もう間に合わない。その瞬間が、燈にはひどくスローに思えた。
「『
だからこそ、”その一撃”に反応できたのかもしれない。神をも屠る、破壊の閃光に。
「ははははははははッ。いいぞ。殺せ、セイバー!!」
耳障りな笑い声と共に、最強が舞台の壇上へと。
【CLASS】アサシン
【マスター】相良 日向
【性別】男
【身長・体重】172cm・68kg
【属性】秩序・悪
【ステータス】
筋力 C
耐久 D
敏捷 A
魔力 E
幸運 D
宝具 C
【クラス別スキル】
気配遮断 A+
【固有スキル】
影灯籠 B
無辜の怪物 A
忍者 A+++
【宝具】
『迅身無我(アラヤシキ)』
ランク:- 種別:対人奥義
超高速移動。千分の一秒の世界への侵入。魔術ではなく、ただ”早く動く”ことを極めたがために生まれた、第五魔法にも迫る神域の技。”宝具”ではなく”奥義”であり、彼以外は持ち得ない”技術”である。決まった動作なしで使用できるが、一度その場で跳ねるのが精神的スイッチとなっている。
理論的には自力で”早く動いている”だけのため固有時制御とは異なり、世界からの修正力は受けない。しかし、人間の限界以上の動きを無限に行える理由はなく、使い続けると霊核が破損する。