最強。最も、強い。単純なその言葉を、これほどまでに体現した男がいるだろうか。わずか100mほどの距離にいる剣を構えたその男の纏った空気は、あのアーチャーが霞みかねないほどの重圧となって燈を襲う。アーチャーが自らを”殺す”者だとすれば、セイバーは”死”そのものだ。もはや「殺されたくない」という感情すら浮かんでこない。
「セ、イバー….」
セイバー。聖杯戦争で最優と称されるクラス。高い能力と、三騎士ゆえの高潔な精神ゆえ、優秀なクラスとされている。だがそれは、最強と同義の言葉ではないのだ。あくまで、優秀。しかし目の前のセイバーは、強者としか例えようがない、威厳のようなものがあった。英雄、というのはきっとこんな存在を言うのだろう。
「おいセイバー。お前手を抜いたのか? 一人しか倒せてないぞ」
そう、だからこその疑問が生じた。宝具に威力が無さすぎたのだ。琴音、燈、アーチャー、ランサー、春、キャスター。六人がほぼ直線上に並び、仕留めるのには絶好のチャンスだったはずだ。だが、直撃を受けたのはアーチャーのみ。
春はキャスターの展開した結界に守られて無事だ。ランサーに至っては、擦り傷すら負っていない。むしろあの少女に到達する直前に、宝具の威力が極端に弱まった気さえした。セイバーの本気の攻撃が、槍で弾く程度で済むとは考え難い。
「………」
セイバーは答えない。マスターである男も、返答があることを期待したわけではないようだ。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる二人に、燈はそのまま死を錯覚した。他の四人にしても同様だ。最強の気迫に、動けないでいる。かろうじて口を開いたのは琴音だった。
「将悟さん。先ほども言いましたが、ここは一般の大学です。戦闘行為は夜間か目立たぬ場所でのみ----」
「黙れ」
将悟は憎しみのこもった目で琴音を睨んだ。燈にはその理由はわからない。というより、琴音を含む全員が理解できなかったようだ。予想もしていなかった刺々しい声に、修道女の肩はびくりと跳ねた。
「この俺を軽く見た貴様の言葉など、聞くと思うか!?」
あざ笑うように声を上げる。
「軽く見たことなど‥」
「ほざけ。殺せ、セイバー!!」
将悟の怒鳴る声が聞こえる。燈は風を感じた。目を向けたそこには--すでにセイバーがいる。
「え」
視界から琴音が消えた。セイバーの拳が前に突き出されている。拳の先には、ボロ切れのようになった人間の姿が。もはやその機能を果たすことはないであろう黒色の生地から、それが琴音であることがわかる。燈は遅れて気がついた。セイバーが正拳突きを放ったのだ。
「あ、あ‥‥」
次はお前だ、とでもいうかのように燈に目を移す。脆弱な一大学生を見下ろすその瞳は、どこか淀んだ空虚な色だった。拳が再び握り締められる。剣を持つ手とは逆、右の一撃が--燈に見舞われることはなかった。
金属音。左手に持った剣で、セイバーが何かを弾いたのだ。頭上、くるくると回る巨大な矢。
「‥‥‥‥」
セイバーは陰鬱なその目を、矢が飛んできた方向に向ける。その先には鎧がはだけた巨人の姿。そう、アーチャーだ。
宝具の直撃を受け、その体を覆っていた鎧は跡形もなく消し飛んでいる。金剛力士のような上半身を露わにして、弓を構えているのだ。
いや、それは弓と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。五人張りの弓。その武器には、剛弓という称号すら生ぬるい。武人であるアーチャーが持ってなお損なわれぬ迫力は、まさに宝具と呼ぶにふさわしいだろう。真の力を解放せんと、その弦が限界まで引き絞られている。
その場の全員が、何も言わずとも分かってしまう。この弓兵は今、”奥の手”を使うつもりだと。矢先に魔力が集中していく。しかしすぐにそれが放たれる様子はない。アーチャーは、何かを待っているようだった。
燈は、すぐ横に立つセイバーに目を戻す。その時、彼の口持ちがふわりと持ち上がった気がした。最強の剣士はゆっくりと剣を鞘に戻し、腰を落とした。肩を回し柄に手をかける。抜刀術の構えだ。
合図など出していない。それでも彼らは、全く同じタイミングで自らの宝具の名を口にする。
「
相対する2人の雄。風が荒れる。まるで地球が呼応するかのように、魔力と自然の力が2人の中心で渦となって登っていく。
燈たちはただ、傍観するしかない。今この2人の間に入っていく者など、文字通り自殺志願者でしかないだろう。空気が震える。アーチャーとセイバーは、互いに最も力が溜まるその瞬間を待ち構えているようだった。まるで、今ここで勝負は決する、と言わんばかりに。
そして、その時が--来る。
「
撃ち出されるは、津波にも等しい破壊の水流。対して放たれるのは、太陽を錯覚させる光の奔流。太古に生きた英雄同士の、ただお互いを破壊するための全力の一撃。
水流が巨大な龍へと変化し、光線に喰らいかかる。
----閃光と衝撃が彼らの目を眩ませた。
更新が遅くなり申し訳ありません
明日も投稿出来たらいいなぁ…