7人の人間
7騎の英霊
全部が違うが何かは同じ
さあ、聖杯戦争を始めよう
11月21日① prologue ありえた世界の話
其国にて。
彼ほど知られし者は無く、彼ほど強き者も無し。
獣と共に怪異を討ち、後の世の語り継がれし大英雄。
だが、彼が語られるのは”それだけ”だ。
幾ら名が知れ渡ろうと、彼の”その後”を知る者はいない。
*
「聖杯戦争…ですか」
静かな教会内に、青年ーー碓氷 燈(うすい あかり)の声が響いた。平日なこともあってか燈ともう一人、この教会の修道女である神内 琴音(じんない ことね)以外の人影は無い。
「ええ、聖杯戦争。さっきも言ったけど、もうすぐこの地で行われる
「はあ」
気の抜けた返事をする燈。琴音の話はこうだ。
近々、ここ春日市において”聖杯戦争”が行われる。未だどのような者が参加するのかもわかっていないため、監督役を務める聖堂教会側としては是非、この地の
ちなみに”管理者”というのは、魔術協会から霊地の管理を任された名門の魔導の家系・魔術師のことだ。春日市では碓氷家がそれにあたる。
しかし現当主である燈の母は、現在魔術教会の本拠地の一つであるロンドンの時計塔に出向いており、協力を頼むことはできない。それゆえ、日本に一人残って大学生活を送る彼に白羽の矢がたったのである。
平たく言えば「聖杯戦争で危ぶまれる”神秘の秘匿”を行うのはこっちの仕事だけど、不安だから協力して」ということだ。管理者という立場ゆえ、聖堂教会とは常日頃から好意的な関係を築いてきた碓氷だが、今回ばかりは簡単に首を縦に振ることはできなかった。現当主である母がこの場にいないからだ。
聖杯戦争というのは文字通り、万能の願望器である”聖杯”を奪い合う戦いのことだ。現代の魔術師の間では主に日本の”冬木の聖杯戦争”のことを指すのだが、先ほどの会話に出てきた”聖杯戦争”はそれではない。
ここ春日市で行われる、冬木の聖杯戦争を模倣したもののことだ。人類史における英雄たちを七騎、
母から「私がいない間の教会からの頼みごとの承諾は自己判断でいいわよ」と言われてはいるのだが、何しろ自分の生死がかかっている。すぐに返事が出来るわけはない。そう渋る燈に、琴音は微笑んだ。
「ちなみに、これはあなたのお母様からの指示でもあります」
「……」
逃げ道を潰された形だ。それなら仕方ないか、と思いかけた燈だがふと思い出す。聖杯戦争はその名の通り殺し合いなのだ。母は、自身の息子を戦場に送るつもりなのである。やはり母もまた魔術師なのだな、と燈は思い出す。
死ぬことが確定したわけではないが、燈の魔術師としての能力は決して高くない。勝ち抜くのは絶望的と言えた。せめてもの救いは、教会からのサポートを受けられることだろうか。
聖杯戦争の監督役を務める聖堂教会ーー第八秘蹟会には、神秘の秘匿の他にもう一つ仕事がある。それが、サーヴァントを失ったマスターの保護だ。敗北したマスターは、聖杯戦争が終わるまでの間だけ教会に匿ってもらうことができるのである。教会からの協力要請となれば、多少なりともその辺は優遇されるだろう。
「まあ、いいですよ。どうせ断れないんでしょ」
「ええ、よくわかってますね」
恐ろしい修道女だ。微笑んでいるが、目が笑っていない。どうやら初めから、燈が聖杯戦争に参加することは強制するつもりだったようである。
「はい、でも二、三質問が」
それぐらいは許されるべきだろう。琴音の返事を待たずに、彼は言葉を続けた。
「まず一つ、僕に令呪が宿る確証はあるんですか?そもそも僕に令呪が宿らなかったら、協力も何もないですよね」
「その点については心配いりません。冬木の地で”始まりの御三家”に優先的に令呪が割り振られたように、模倣物である春日の聖杯にも同様のことができるとされています。遠坂家と同じく土地の『管理者』である碓氷の者ならば、確実に令呪が宿るでしょう」
また一つ退路が絶たれた気分だった。
ーーどう足掻いても参加する羽目になるのか…
燈は溜息を吐いて言葉を続ける。
「じゃあ二つ目。その聖杯にはどのくらい"力"があるんですか?」
これは、参戦してくるであろう魔術師のレベルを予想するためでもあった。聖杯の力が弱ければ、わざわざ命を賭けてまで得ようとする者は当然少なくなる。
藁にもすがりたいような状態の没落した家系や、地位向上を狙う歴史の浅い一族程度であれば自分でも大丈夫だと、彼は考えていた。能力が低いとは言え『管理者』の次期当主の名は伊達ではない。
「それについても心配は及びません。教会の方から”贋作”と言われてはいますが、大聖杯の炉心に使用されているのは冬木と同じ"アインツベルンのホムンクルス”です。あちらには及ばずとも、能力としては充分かと」
やめたい、と彼は思った。アインツベルンのホムンクルス、と言えば魔術師の中では高性能で有名だ。優れた魔術回路を持つそれが炉心に使われているなら、確かに聖杯としては申し分ないだろう。
つまり、その分聖杯を求める魔術師も多くなるということだ。力のある者も当然、増えることになる。遠ざかったと思った死が、一瞬でまた距離を縮めてきたことで燈は気分が重くなった。しかし、今更断ることもできないのだ
。観念した燈は、最後の質問を口にする。本来聞こうと思っていたこととは異なる問いだが、ふと思いついたのだ。
「じゃあ最後。さっきの質問に似たようなことですけど、その聖杯は”死者を蘇らせる”ことはできますか?」
不可能だ。燈はわかっていた。死者の完全な蘇生など不可能である。即答されると思われた質問に、修道女は答えなかった。彼女の瞳が揺れたことに、燈は気づかない。
短い静寂の後、琴音が言った。
「本家冬木の聖杯でもそれは不可能でした。死者は蘇らない。なくした物は戻りません。いかな奇跡といえど、変革できるものは、今を生きるものに限られるのです」
予想通りの答えである。燈への答え、というよりは自分へ言い聞かせるような口調だったことで彼も思い出す。琴音もまた、大切な人を亡くしているのだ。
「あ、あの。すいません、なんか変なこと言っちゃって」
「いえ、お気になさらず。質問は以上ですか?でしたらこの話は終わりですが…」
神内 雄人(じんない ゆうと)。今は亡き、彼女の夫の名前だ。昔はそこそこ実力のある魔術師だった琴音は、とある事故で彼を亡くして以来魔術の探求をやめ、教会入りしたのだという。
もっともそちらの方が天職だったようで、一時は”代行者”に名を連ねるほどの強さだったーーということを、燈は母親から聞いていた。
「はい。何かあればLIN…じゃなかった、使い魔を飛ばしてください。すぐ向かいますから」
そう伝えて立ち上がり、出口の方まで歩いていく。ドアノブに手をかけた時に、後ろから声がした。
「あ、そういえば。今回の聖杯は従来の聖杯のシステムに加え、陰陽道の術式がアレンジされているそうです。召喚されるのはこの国の英霊だけだそうですよ」
ーーそういうことは、一番初めに言うべきではないのか。
燈はおもわず突っ込んだが、口には出さなかった。
*
「始めよ」
「はい」
深夜一時。和風の屋敷の中。部屋の一角。老人のしわがれた声に促され、スキンヘッドの青年がスッと右手を前に出した。その甲には赤い紋章のような痣ーー”令呪”が刻まれている。
聖杯戦争に参加するマスターの一人なのだろう。青年の前には、簡易的な魔法陣と仰々しい祭壇がある。畳作りの部屋には不釣り合いな祭壇の上には、一振りの刀が置かれている。鞘に収められてはいるがどこか不吉な、見るものを不安にさせるような雰囲気の刀だった。
「お主には最高の触媒を用意してやった。此度の聖杯戦争、存分に力を振るうが良い」
「光栄です。お祖父様」
背後の老人へ礼を言いながら、青年は口を開いた。英霊召喚に必要な詠唱だ。しかしその間には、本来ならば存在しない文句も混ざっていた。この家系由来の呪文である。
「一魂清浄・二魂清浄・三魂清浄・四魂清浄・五魂清浄・ 六魂清浄・七魂清浄・八魂清浄・九魂清浄・十魂清浄―――」
『ーーれーよ』
雑音。青年はそれを認識しない。
魔法陣が輝きを放ち、詠唱は続く。
「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば答えよ―――」
『我をーー入れーー』
再び
青年はそれを認識しない。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ。天秤の、守り手よーー!」
『我を受け入れよ!!』
三度目の、頭に直接響く”声”。青年はハッと顔を上げる。目に付いたのはあの祭壇だ。祭壇の上に乗せられた、あの日本刀。禍々しいそれが、自分を呼んでいる。
「どうした零観よ。まさか失敗したのではーー」
祖父の声など聞こえてはいなかった。青年は、土御門 零観(つちみかど れいかん)は、吸い寄せられるかのように刀の元へ歩み寄る。
『そうだ、我を持て。我に触れよ。我を受け入れるのだ!』
脳内に響く声の言うがまま、彼は刀を手に取った。柄に手をかけ、思い切り鞘を引き抜くーー途端、彼の体に激痛が走った。自分ではない”ナニカ”が、内から己を喰らってくる感覚。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
青年は叫ぶ。その痛みが快感に変わった時、彼の身は彼のモノでは無くなった。彼の精神は混沌に飲まれていった。刀を両手で握りしめた彼はもう、土御門 零観ではない別の”ナニカ”となっている。
「ーーほう」
”彼”が、肉体の使い心地を確かめるように首を回すーーー背後から放たれた呪術弾を刀で弾いた。
「なんだ?」
気だるげに振り返った先には老人が立っていた。毅然とした表情で”彼”に向けて指先を構えている。
「貴様、零観ではないな…何者じゃ」
問いかけられた”彼”は老人を嘲笑した。刃先を向け、近寄っていく。
「く、ふはは。ふはははは!何者、だと?それはお前が一番よく知っているだろう!」
「お前のようなものは知らん。そもそも貴様は英霊ではないだろう」
”彼”は呆気にとられたように老人を見る。一体何を言っているのだ?と。そしてーーー
地を蹴った。
「英霊ではない?そうだなぁ、まさしくその通りだ。そも、俺は人ならざるもの。強いて言うならばそう…反英霊というやつだ」
一刺し。人間離れした速さで、一瞬にして老人の背後に回り込み心臓を突く。刀に何かを吸い上げられていくように、老人の肉体が干からびていく。まるでミイラのようになった老人の肉体を蹴り飛ばし、”彼”はもう一度首を回した。
「んっん〜…実に、実に気分がいいぞ。この肉体は扱いやすい…」
白濁した目、幾人もの人間が同時に喋っているようなブレた声。全身からドス黒い魔力を迸らせ、”彼”は高らかに笑った。
*
「俺は選ばれているんだよ」というのが山内 将悟(やまうち しょうご)の口癖だった。
幼い頃から成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。。成人後も、大手のメーカーに入社。直後から営業成績はトップで、上司の不正を暴き出し、異例の速さで部長に昇進。社長に気に入られ、一人娘と結婚し、将来は決まったも同然。
それが山内 将悟という男である。
だから、親が死んで実家の整理に行った時、謎の古文書が出てきた時も驚かなかった。凡庸な親は見下していたが、”この俺”を生み出したからには何かあるだろうと思っていたからだ。
そこに記されていたのは何かの儀式工程の記述だった。使い魔を使役して殺し合い、勝者が”聖杯”を得るという儀式。彼は初めから疑うことをしなかった。
いや、もしかしたら半信半疑だったのかもしれない。とりあえず使い魔召喚の儀式だけはしてみようか…そんな気まぐれのような調子だった。右腕に令呪が宿ったのはそんな時だ。
ーーやはり俺は選ばれている。
令呪のことももちろん、その書物には記載されていた。儀式が本物であることを確信した彼は、すぐさま儀式を開始した。己が死ぬ事など微塵も考えてはいない。なぜなら自分は選ばれしものなのだから。
そしてーーー
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した」
最優と称される使い魔を引き当てたのだ。魔術など知らない。奴らの戦いに部外者である自分が、最優を連れて参戦する。それだけで彼は笑いが止まらなかった。本当に俺は神に選ばれているのだ、と何度目かわからない確信をした。
だが、彼は知らない。”最優”が”最強”と同義ではないことを。魔術師という生き物がどういう存在なのかを。
多分この後、幾つか加筆すると思われます