春日市の郊外に、自然公園がある。青々と芝が生え、木々が立ち並び、所々に木製のベンチとテーブルが設置されている。休日には春日市の人々で活気付く、市民の人気スポットの一つである。
その一角、開けた原っぱで、黒い街灯に身を包んだ男が胡座をかいて、不機嫌そうな顔でぶつくさ呟いていた。その隣では、巨大な図体の男が、今にもはちきれそうなTシャツを着てハンバーガーをもりもり食べている。シェイとアーチャーだ。
「また無駄な出費が…」
シェイが文句を垂れていたのは、アーチャーの食事に関する問題についてだった。本来、霊体であるサーヴァントにとって飲食は必要のない行為だ。しかしこの弓兵は違う。那覇空港で、シェイの食事ついでに食わせたハンバーガーにハマってから、事あるごとに食事代を強請ってくるようになったのである。
安価なチェーン店のハンバーガーだ。単価は決して高くない。しかし一度に食べる量が多すぎる。この聖杯戦争はシェイにとって魔術協会から与えられた”任務”であるため、出費が全て”経費”で落ちるのが唯一の救いだった。最も、それも”サーヴァントの飲食費”と報告していい顔をされるわけがないのだが。
「なぜ協会はこんなサーヴァントを寄越したんだ」
隣の本人に聞こえないように小声で言う。その間にも、大量のハンバーガーが次々と丸まった紙クズへ変わっていく。憂鬱だ。しかし文句ばかりも言っていられない。春日教会で琴音に言われた通り、神秘秘匿のためにバーサーカーを討伐しなければならないのだから。
「時にマスターよ」
横からアーチャーが話しかけてくる。きちんとハンバーガーを咀嚼して飲み込んでから喋っているようだ。粗暴なようでいて、意外と細かいマナーはしっかりしているんだよな、とシェイはそんなことを考える。
「なんだ」
「お前、あの修道女と以前に何かあったのか?」
「なに」
思わず眉をひそめる。なにを言い出すのだ、こいつは。しかしどうやら冗談の類ではないようで、アーチャーは此方を見据えて返答を促してくる。
「どうなんだ」
「どうもなにも……」
あるわけがない。第一、神内 琴音とはこの聖杯戦争で初めて顔を合わせたのだ。事前に”魔術師上がりの代行者”であることや、20年ほど前に冬木市で起きた火災で夫を無くしていることは調査してある。ただ、シェイの性質上、記憶しているのは”神内 琴音が代行者である”という情報のみだった。
そんなわけで、シェイにとっては顔をあわせるどころか、一週間前まではほぼ見ず知らずだったのが神内 琴音である。そんな人間に対して何かあったのか、と聞かれても答えようがない。
「なんでそんなことを聞くんだ」
ハンバーガーを一つ奪い取りながら聞き返す。アーチャーは大罪人を見るような目つきで此方を睨んでくるが、その山はまだ相当な高さがあった。一つぐらいとっても良いだろう。元はと言えばシェイが買ったものだ。
「お前…」
「文句あるか。俺の金だぞ」
魔術協会の金である。決してシェイの持ち金ではない。かと言って自分で買ったわけではないのだから、アーチャーは強気に言い返すこともできない。シェイはもぐもぐと口を動かした。
「話を続けろ」
「--ああ。さっきもそうだが、お主があの修道女と接するときはどうも冷静さを欠いているように見えてな。なんというか、苦手意識でもあるのか?」
「は?」
「自覚して無かったのか」
アーチャーは呆れてしまう。通りで琴音に、ああも容易く弄ばれてしまうわけだ。もう気軽に教会へ出向くわけにはいかない。アーチャーがそう決心したところでシェイは合点がいったのか、頷きながらこう言い返してきた。
「バーサーカー討伐のことを言っているのか。あの時あの女に言われて初めて情報を知ったが、魂喰いは確かに神秘秘匿を危うくする。一般人にも被害が出るしな。それに、そもそも引き受けたのお前だろ」
「それは、あれ以上教会にいても収穫がないと思ったからだ。別に狂戦士如きに負ける気もしないしな」
「俺がいくまでセイバーにボコボコにやられていたくせに、その自信はどこから来るんだ」
「そ、それとこれとは関係ないだろう!!」
アーチャーが唾を飛ばして反論してくる。外套の襟でそれを拭きながら、シェイは笑う。
「どうだかな。だがバーサーカーの件はともかく、セイバーとそのマスターはやはり怪しい。逃したとしか思えん」
グシャリ、と紙が潰される音がした。アーチャーが空を睨みつけて拳を握りしめている。その手のひらの中では、二つのハンバーガーが犠牲になっている。
「そう、そのことだ。なのにあっさりと話題を逸らされおって」
「ぐ……」
シェイは反論できなかった。確かに、冷静になっている今から思い返してみれば、自分は肝心の話題を煙に巻かれて厄介ごとを押し付けられただけだ。
苦手意識についてはシェイの自覚するところでは無かった。しかし会話がしづらいというか、なんとなくテンポをずらされているような気がしていたのは事実である。認めるのは癪だがアーチャーの言う通りなのだろう。自分は神内 琴音を、無意識に苦手としているのだ。
「わかった。俺の落ち度だと認めよう。だが、今更バーサーカーのことを逃す気もないぞ。セイバーはその後にもう一度倒すだけだ」
「俺が言いたいのはそういうことではない」
「なんだと」
では何を言いたいのか。
「思うに、あいつはランサーのマスターではないのか」
「いきなりなんだ、お前」
唐突過ぎる話題に喉が詰まった。ハンバーガーで窒息死とは笑えない。
「思い出してみろ。大学であの女が俺たちに撤退を命じた時、ランサーもあの場にいたのだぞ。なのに、まるでいたのは俺たちだけのような扱いだった。ランサーも、俺の霊体化に合わせるようなことはしなかった。不思議だと思わないか」
「アホか。考えすぎだ。第一、奴には令呪が無かった。令呪も無しにサーヴァントを御するなど愚の骨頂だろう」
「お前、それをサーヴァントである俺の前で言うのか」
あまりに悲哀な目でこちらを見て来るアーチャー。シェイが特に気にする様子はない。
「お前のことだって別に信頼しているわけじゃない。そもそもサーヴァントとマスターは利害一致で付き合っているだけだからな。令呪無しでもサーヴァントが言うことを聞くと思っている奴は、傲慢にもほどがあるだろ」
「それはそうだがな」
確かに、とアーチャーは納得してしまう。夢も希望もない話だが、事実だ。サーヴァントにとってマスターは、本来なら魔力供給さえしてくれれば良い存在である。絶対命令権である令呪の存在無しにマスターの命令を聞くなど、よほどのお人好しか、他の理由で縛られているかのどちらかだろう。
「と言うか、今までの話とそれ関係ないじゃないか」
「いや、ランサーのマスターとして何かを企んでいるなら、今までの怪しい行動にも辻褄が合うかと思ったんだが…どうやら考えすぎのようだな」
そう言ってアーチャーはまた、ハンバーガーを食べる作業に戻った。どうやら深い意味はなく、ただなんとなく思いついたことを口にしただけのようだ。シェイとしても、そんな突飛な発想にいちいち付き合う暇もないので、自然に会話は途切れる。
今回のシェイの仕事のメインはあくまで”架空元素・無の監視”であり、それ以外を積極的に行う気は無い。だからこそ、バーサーカーを探すこともなく、こうして自然公園でのんびりとしているわけだ。使い魔である鳩からの映像を眺めながら、シェイは計画の立て直しを模索する。