「マスター。この行為に意味があるとは思えない」
「うるさい。黙ってろ!」
将悟からの暴言に、セイバーは素直に従った。傲慢、不遜、自己中心。まだ出会って間もないが、主人の性格は理解していた。憂鬱な気分のまま、車の助手席から流れてゆく景色を眺める続きに戻る。
セイバーと将悟は今、春日市内を車で周り、手当たり次第にバーサーカーを探しているのだ。魔術師の術を持たず、英霊探知の手段を持ち合わせない将悟には、このくらいしかできることがないのである。
「クソ…どこにいるんだ」
バーサーカーは地下を移動している。見つかるはずがない。そんなことに気がつくわけもない将悟は、延々と車を走らせ続けているのだった。
「マスター、そもそもなぜそこまでバーサーカーを求める? バーサーカーと出会えば戦闘になることは必至だ。魔術師でないマスターにとっては、今こうして俺を維持するだけでも辛いはずだが」
セイバーは霊体化の許可すら与えられていない。霊体化を単なる透明化と捉えている将悟は、セイバーが反逆することを恐れて常に目の届く位置に置こうとしているのだった。
「黙ってろ…」
車内に重い空気が満ちる。セイバーの言葉が事実であるだけに、将悟は苛立ちが募った。平日の昼間なので車の流れが止まらないことだけが救いだ。今の空気に加えて渋滞まで起きたら、もはやどうなるかの予想すらつかない。
「ところでマスター」
「なんだ」
刺々しい響きだが、セイバーはもう気にしない。
「一つ意見しても良いだろうか」
余計なことをこの男に言ってはいけない、と自分の本能が告げていた。しかし、せめて進言の是非を問うことくらいは許されて欲しい、とセイバーは狭い車内で考える。
「…なんだ」
「……」
「なんだと聞いているんだ、早く話せ!」
ダメ元で聞いたので返答は期待していなかった。まさかこの男が他人の意見に耳を傾けるとは、と驚きながらセイバーは口を開く。
「以前も話したかもしれないが、聖杯戦争を始めとする神秘の類は本来秘匿されるべきものだ。当然それらを扱う魔術師も、目立たぬように世間からは身をひそめる」
横目で将悟の反応を伺う。彼はまっすぐ前を睨みつけたままだ。聞いているのか聞いていないのかも分からない。しかし話すことをやめろとも言われないので、セイバーは言葉を続ける。
「魔術師の多くはこのように人目の集まる中心部ではなく、物静かな郊外を好む。バーサーカーを探すなら、そのような場所を探した方が確率は高いのではないだろうか」
返事がない。やはり無視されたようだ。信号が青に変わる。車が動く様子はない。どうやら前の方で渋滞が発生しているようだった。ふと視線を感じたので、運転席の方を向く。将悟がこちらを見ていた。睨むというよりは呆けているようで、セイバーは戸惑った。
「どうしたマスター…」
渋滞であることが幸いだ。一体どうしたというのか。どうやら何かを呟いているようだった。
「…き….え」
「は?」
「先に言え!!」
将悟がアクセルを勢いよく踏み込んだ。車が急発進する。前方では渋滞が発生しているにも関わらず、だ。案の定、前の車に衝突してしまう。将悟とセイバーは、思い切りダッシュボードに額をぶつけた。
「痛…」
セイバーの言葉とは裏腹に、凹んでいるのはダッシュボードの方だった。それを見た将悟は、改めてサーヴァントという存在の恐ろしさを思い知る。
「クソ…」
苛立ちが募る。何としても自分は令呪を取り戻さなくてはならない。自分は他者とは違う特別な存在のはずだ。なのに今は、ただの渋滞ごときに阻まれている。
「マスター…」
セイバーの呼びかけと同時に、コンコンと窓ガラスを叩く音がする。将悟は音のした方、つまり窓の外を向いた。
そこには、目を疑うような美女がいた。絹のように白い髪、真紅の目、吸い込まれるようなその雰囲気に、引き寄せられていく感じがする。
美女は、手を動かして何かジェスチャーをしている。どうやら窓を開けろと言っているようだった。セイバーはそれで納得する。恐らくこの美女は、前の車の運転手だ。
言われるがまま、将悟は窓を開ける。いや、普段なら人の言うことなど聞くはずがない。だが、自分でも不思議なことに、気がついたときには窓を開けていた。
美女が口を開く。美しい吐息が漏れる。その僅かな音だけでも、どこか扇情的なものがあった。
「あなた方は…セイバーとそのマスターね?」
何故、それを。言おうとしたセイバーは気がついた。身体が凍りついたように動かない。動かせない。同時に何か違和感を感じる。何かがおかしい。ここはどこだ。何かが欠けてはいないか。
致命的な欠陥があることに気が付いている。欠陥があることには気がついているが、それが何だかわからない。情報を探せ。考えろ。
とうに女の虜となっている将悟は、固まったまま動かない。セイバー自身も、高ランクの対魔力によってようやく、思考と眼球の動きのみが可能となっている。
セイバーは必死に目を動かす。女がそのあと口を開く様子はない。視界が窓の外へ向く。誰もいない。
「あ…」
絞り出す。自分が気がついたことを自覚するために。そうでもしなければ、直ぐにでもこの意識すら持って行かれそうだった。
「人が…」
人が、いない。誰も何処にも。車が走っている様子もない。まるで世界が女と、セイバーと、将悟だけになってしまったように。静寂となっているのだ。
「セイバー…あなたはまだ"保って"いるのね。そう、三騎士の対魔力は伊達じゃないってところ?」
真紅の瞳をした白い女が、こちらを見て笑った。