お久しぶりです
今回からいよいよ、独自の道を歩んでいきます
彼らは闇に潜む者。
闇と共にあり、闇に生きる。
主に仕え、駒として死ぬ。
たったそれだけ。
たったそれだけの人生の中で。
彼らは、人の身を捨てるのだ。
*
「---始めるか」
気だるげな声で男が立ち上がる。ここは首里城跡。闇夜に映えるグスクの中に月の光が差し込む。
他に人の気配は無く、辺りは一面の黒に覆われている。月光だけが、スポットライトのように男の目の前を、チョークで描かれた魔方陣を柔らかく照らしていた。
本来ならば立ち入れない、遺跡の内部。風の音だけが聞こえる静寂の中に一人、男が立っている。
鷹のような眼をしている男だった。スーツの袖から覗く手はゴツゴツと節くれ立っており、その身は鍛えあげられている。言い表すならば、鞘に包まれた日本刀だ。そこに”ある”だけで存在感を放ち、見る者を竦ませる。
彼は吸っていた煙草を投げ捨て足で踏み消すと、そばに置いてあったアタッシュケースに手を伸ばした。中から取り出したのは、一欠片の錆びた鏃だ。
彼はその鏃を大切そうに、そっと魔法陣の中央に置いた。
---しばし沈黙。
「で、この後はどうするんだ?」
手帳を取り出し、次の手順を確認する。
この男は確かに聖杯戦争の参加者である。しかし、彼は英霊召喚の儀式すら知識にないのだ
。否、”記憶していない”という方が正解だろうか。彼が自分で覚えていることといえば、わずかな一般常識とルーン魔術、そして効率的に人間を殺す方法のみなのだから。
封印指定執行者。それが彼の職業名だ。魔術協会が希少な能力をもっていると判断した魔術師が暴走行為を続け、聖堂教会に消されかねない場合に駆り出される戦闘集団である。
執行者の普段の任務は、封印指定の魔術師を強制的に確保して神秘の秘匿を行うことだ。だが今回彼に与えられた命令はそれではない。
”封印指定候補の魔術師を監視、場合により無力化し時計塔に連行せよ”。
春日で行われる聖杯戦争に、協会から封印指定候補とされる魔術師が参加する可能性が大きい。戦争中にコロッと死んでしまえば魔術の世界的に大損害、というわけだ。
通常ならばその程度のことで執行者は動員されない。しかし。
「それにしても、無属性持ちとは。厄介なのを背負ったものだ」
彼が開いた手帳のページには、一人の人間の写真が挟まれている。今回の監視対象だ。憐れみのこもった視線で数秒、写真の像を見据える。
覚えることなどしない。どうせ手帳を閉じたら忘れている。彼が写真の中の人間を憐れむのは、相手のこれからの人生を想像してのことだ。
全部で7つ存在する魔術属性の中で最も稀少な属性、架空元素・無。
未だ”まとも”に操っている魔術師は確認されていないほど稀有な属性だ。監視対象も、もちろん使いこなせてはいない。危険視されているのは"これから"である。
「聖杯戦争中に属性の開花が見られた場合、適切な処理をせよ。か」
処理せよ。彼の呟いた言葉が、監視対象の扱いそのものを物語っていると言えるだろう。
存在そのものが封印指定に値する。それが"経過観察"という異例の事態に繋がっているのだ。
「---さて」
手帳から視線をずらし、目の前の魔方陣を捉える。相変わらず辺りは暗く、明かりと呼べそうなものは月光のみだ。腕時計で時間を確認する。
およそ午前二時。
準備は整った。
「ふむ…。素に銀と鉄。礎に医師と契約の大公。降り立つ風には壁を。四門は閉じ。王冠より出で。王国に至る三叉路は巡回せよ」
先ほどまでの気だるげな調子は失せ、場の空気も張り詰めたものに変わる。そう、まるで刀身が鞘から抜き放たれたように。
「
「告げる」
魔方陣が輝き始めた。月の光が増したのか、と錯覚する程度の僅かな光ではあるが。
「告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
魔方陣の光が周囲の闇を照らし始める。溢れ出る魔力を全身で受け止め、彼は淡々と詠唱を続ける。
「誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者。我は常世全ての悪を敷く者」
魔方陣の輝きは更に増し、魔力の流れは強風とも呼べる程になっている。
しかし彼は表情一つ変えず、右手を魔方陣にかざし、左手に持った手帳に書かれた呪文を機械的に読み続ける。
「汝、三代の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ----」
吹き荒れる風に手帳のページがはためき、周囲が閃光に包まれた。だがやはり彼は瞬き一つせず、ただ目の前を見つめている。
風と光が止んだそこにいるはずの、一人の英霊を見据えているのだ。
本土にて蛮勇を奮い、この琉球に辿り着いた英雄を。
*
世界を知った。
己が儚く、まことに小さい存在であることを知った。
その時、彼は。
高らかに笑ったのだ。
ああ、そうだ。
人生はこんなにも面白い。
*
静寂。
向かい合う二人の男。
最初に口を開いたのは、魔方陣の中に立つ男の方だった。
「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。で、貴様が俺の”ますたぁ”ということで良いか?」
巨大な男だった。向かい合うもう一方の男も、背丈はむしろ高いほうだろう。しかし、その相手が小柄に見えるほどの肉体の持ち主なのだ。
まず身長。春日の聖杯戦争で召喚されるのは、聖杯の術式に組み込まれた陰陽道に所縁のある”日本”出身の英霊のみだ。だが、到底そうとは信じられないような背丈をしている。
天にそびえ立つ。そんな例えがふさわしい長身だった。
加えて体格が凄まじい。言い表すならば金剛力士の像である。丸太のような、というより丸太そのものの荒らしく強靭そうな腕。地に根をはる巨木のような足。それら四肢に見劣りしない分厚い胴体。
そして一際目を惹く特徴が---ー左右で異なる腕の長さだ。左腕の方が、若干長い。
凡そ手の平一つ分だろうか。直立の姿勢のおかげで尚更目立っている。
この英霊こそ、魔術協会が彼に与えた最高の力だ。
故に、巨人と向かい合う彼はこう答える。
「その通り。俺はお前を従えるマスターだ…これからお前は、俺の仕事のために働いてもらう」
それは、対する弓兵にとっては最悪の返答だった。生来から権力にもタダでは従わず、あくまで我を貫いた英雄に、たかが現代の魔術師が”利用する”と面と向かって言い放ったのだから。
万死に値する無礼。後にこんな言葉を付け加えなければ、だが。
「働いてもらう、と言ってもこちらが何か命令をするわけじゃない。好きに暴れてもらって構わない…というかむしろそうしてくれ。聖杯から多少の知識は与えられているだろうから言うが、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントはどれも強敵だ。お前を退屈させたりはしないだろうさ」
”好きに暴れて良い”。生きている間はついぞ言われたことのない言葉に、アーチャーは戸惑った。
確かに利用されるような言われ方は気に入らない。だが己の好きに戦って良い、それも相手は強敵揃いということであればーーー話は別だ。
アーチャーは口角を思い切り上げ、満面の笑みを浮かべて言った。
「ほう、そうかそうか。ならば話は早い。早速、戦場に向かおうとも。貴様も貴様の言い分も全く気に食わんが暴れて良いならば我慢してやろう。だがな…!!」
豪快な笑顔から一転、相手に肉薄。
「金輪際、俺のことを”お前”などと呼ぶな。次にそう呼べばこの刃が貴様を細切れにするからな」
明確な殺意を持って、己がマスターに向けて刀を突き付ける。今にも串刺しにしそうな勢いだ。
しかし刀を向けられた側は平然と、元の気だるげな目でアーチャーを見上げている。
「そうか、それはすまなかった。ではなんと呼べばいい?」
しばしの沈黙が流れる。アーチャーは、自分のマスターをどう始末するか算段をつけているようだった。当然のことだ。言葉だけの謝罪など、されない方がマシである。
だが考えを改めたのか、やがて刀を納めて仏頂面で歩き始めた。
「アーチャーだ。それ以外で呼ぶな」
日本刀から解放されたことで、彼も荷物を集めて撤収の準備にかかる。そこでふと足を止め、思い出したようにサーヴァントを呼びつける。
「あ、そうだアーチャー」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「言い忘れていたが、向こうでこいつに出会ったらとりあえず殺すな。それ以外は好きに戦っていい。どんなことをしても後始末はこちらで済ませる。だからこいつだけは我慢しろ」
手帳に挟まれた監視対象の写真。それを見せながら言った。眉をひそめて写真をまじまじと眺めるアーチャー。
「ふむ、何かあるのか?」
「俺の仕事の対象だ。わかったか?」
相手は渋々といった様子で頷いた。まあそのくらいはな、などと独り言を呟いている。
「わかったならば撤収だ。夜が明けないうちにここを出るぞ。飛行機のチケットは取ってある」
休んでいる暇はない。彼はさっさと歩き始める。それを、今度はアーチャーが呼び止めた。
「おい待て」
「何だ。まだ何かあるのか」
「貴様の名を聞いていない」
彼はため息をついた。そんなものが必要だというのか。何とでも呼べばいい。
「シェイだ。行くぞ」
ファーストネームだけ口にして足早に城跡を出た。外を見ると、東の空はもう白んで来ている。
午前7時30分。シェイとアーチャーは春日に向けて旅立った。
*
彼女は伝承である。
真の姿で呼べはしない。
当たり前だ。
彼女は地球のモノではない。
ふとした気まぐれで降り立ったそのわずかな時間。
それが彼女を”彼女”たらしめている。
だから呼ばれたのは彼女ではない。
彼女の形をした伝承なのだ。
*
「…ここか」
同日の昼下がり。シャイは手帳を片手に春日教会の前に立っていた。
後ろにはどこで買ったのか、「Dead cow carrying a snake scales」という意味不明の英文が書かれたTシャツを着たアーチャー。その太い両腕には、山のようにハンバーガーが抱えられている。
「そこの
「ええ、そうです。どういったご用事でーーー」
シェイに話しかけられた神内 琴音(じんない ことね)は教会周りの花壇への水やりを止め、答えながら優しい笑顔を向け。表情を、変えた。
「聖杯戦争ですか」
シェイはただ頷く。余計な言葉は必要無い。
「どうぞこちらへ」
水やりを中止し、そそくさと教会内に入っていく。シェイとアーチャーは後を追う。
「ようこそお越しくださいました。霊基盤を見るに、貴方がたが一番最初のようですね。それでご用件は…」
「いや、協会の連中から、"監督役には一度でいいから顔を見せておけ"と言われただけだ。特に大した用事もない」
シェイの言葉は素っ気無い。むしろ敵意とも言える刺々しさを持って琴音に接している。
当の琴音は鈍感なのか、微笑みながら返す。
「そうですか、魔術協会からの…。では、協会側から少しばかりのサポートが得られると考えてよろしいのでしょうか?」
なにぶん不慣れなもので、と安堵する琴音を尻目に、シェイは手帳に視線を向ける。
確かに、魔術協会からも"不慣れな教会側の者に恩を売っておけ"と言われていた。
もちろん協会の利益の為だけでは無いだろう。常日頃、険悪な関係とは言え神秘の秘匿は魔術協会と聖堂教会の双方が絶対としているものなのだから。どちらかと言えばそちらを重要視してのことだと言える。
しかしシェイは、この任務に着いて初めて、自らの意思を持って明確な拒絶の言葉を口にした。
「そのつもりだったし協会からもそう言われている。だが気が変わった。此方は此方のやりたいようにやらせてもらう」
「と、言いますと?」
「元・代行者の女に語る義理などない」
時が止まる。
空気が変わった。
シェイと琴音、二人の間は今、一瞬で張り詰めた雰囲気に変化する。
代行者と執行者。この関係をそのまま体現しているともいえよう。互いに”神秘の秘匿”を目的としていながら、対極の組織に属する武闘派たちだ。
停戦協定が交わされている中でも記録には残らない形で密かに何度も交戦してきた歴史が、上層部の命令一つで解消されるわけがない。
グラスの縁ギリギリまで注がれた水のように、何かのきっかけで溢れかねない静寂。誰かが水を捨てなければ、永遠に二人は睨み合ったままかもしれない。そう思えてしまうような緊迫感だった。
そこに、バンッと。教会の長椅子に大きな掌を叩きつけるその音に、シェイと琴音が驚いて振り向く。
つまらなそうにアーチャーが口を開いた。
「飽きた。帰るぞ」
水を減らすのではなく、グラスを破壊するかのような行動だった。山のようにあったハンバーガーは残らず包み紙となっている。
シェイもこれ以上得るものは何もないと判断したのか、サーヴァントの言葉に釣られるように席を立った。
「話は以上だ。協力はしない。神秘の漏洩が危ぶまれた場合はこちらで勝手に”処理”をする」
琴音の返答など待たず、捨台詞を置いてシェイはそのまま教会を出ようとする。アーチャーはそれに追従する形で立ち上がる。
「ゴミはお持ち帰りくださいね」
扉を開きかけたシェイの手が止まる。
再び静寂。半開きの戸外から、どこかの飼い犬の鳴き声が聞こえてくる。
「…‥……」
シェイは振り向き、アーチャーを睨みつけると早歩きでハンバーガーの包み紙を回収した。くしゃくしゃに丸め、苛立たしげにポケットに全て突っ込む。
今度は何も言わずに教会から出て行った。
そういえば、かなりのラストの方なんですが"先駆者(エルダー)"という名のエクストラクラスを出す予定です
予定は未定、ですが……