Fate/beyond another   作:.副会長.

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第一幕 光あれ
11月25日② 集うはその魂


 

「うわっ…」

 

 風が吹いた。両手で抱えているプリントの束が、ハラハラと地面に舞った。

 

「あー、もう!」

 

 苛立ちの声をあげ、しゃがみ込む。プリントに手を伸ばそうとした瞬間----

 

 ----強風が、燈を襲う。

 

「う、うわっ。わぁっ!?」

 

 まるで、思い切り背中を押されたかのような感覚。仰け反って体勢を崩し、地面に転がる。この風は、どう考えても自然なものではなかった。

 

「ふん…幸運なのか不運なのか。気づかぬうちに死んでおけばよかったものを」

 

 哀れに転がる燈を冷ややかな目で見つめ、そういったのはアーチャーだった。大鎧に、日本刀。”大学”という現代の空間とは全く相いれないその姿が、弱々しい青年を見下ろしているのだ。

 

 あまりの威圧感に、燈は錯覚する。ここは彼らが生きる時代で、場違いなのはむしろ大学や自分の方ではないのか。目の前の巨人は間違いなく英霊(サーヴァント)。自分の命など、刀の一振りで消し飛ぶだろう。そんな存在を前に、この碓氷 燈という存在はあまりに儚い。

 

 なぜだ。どうして。僕はまだ聖杯戦争に参加していない。英霊を召喚してもいないのに、右手に令呪が浮かび上がっただけなのに、どうして。

 

 唐突に訪れた死の恐怖。ガチガチと歯を震わせ、目には涙を浮かべる燈の首筋に、アーチャーは刀を添えた。

 

「うちのマスターからは、お前には”絶対に手を出すな”と言われている」

 

「はっ…はっ、え。…えっ?」

 

 死なない。自分はまだ殺されない。恐怖から解放され、燈は涙を溢れさせた。引きつった笑みを浮かべ、号泣しながら巨人を見上げる。ではなぜ、このサーヴァントは自分に刃を向けてくるのだ。

 

「だが、俺は今から貴様を殺す」

 

「      え」

 

 燈は固まった。顔は引き攣り、涙を溢れさせたまま。

 

「え、なんで、だって、今、手を出すなって、なんで、マスターの、命令」

 

 呼吸が荒くなる。心臓は早鐘のようになっている。胃から何かがせり上がってくるのを燈は自覚した。

 

「マスターから命じられながら何故…と言いたいのか? ふん、まあ教えてやろう」

 

 そう言って顔をずい、と寄せる。

 

「面白いからだ」

 

 笑う。燈の顔からは表情が消えた。

 

 面白いから。それだけの理由で、今から自分は死ぬのだ。聖杯戦争に参加もせずに。召喚されるはずの英霊を見ることもなく。碓氷 燈は今日で終わり。

 

 脚本、完成させてなかったな。関係のない、そんなことを考えながら、彼は視線を横に移した。最後の景色が、自分を殺すサーヴァントの顔だというのは嫌だったから。

 

 そこでふと、気がついた。人がいないことに。

 

「…あれ?」

 

 自分が歩いていたのは、この大学内でも人通りが少ない場所だ。だが、それにしても人がいない。いなさすぎる。まるで、そう。人払いでもかけられているかのような。

 

 動くモノなど何もなく、あるのはただ、大学の風景のみ。

 

「何で--」

 

 こんなにも人がいないんだ。そう口にしようとした瞬間、アーチャーが爆音と共に吹き飛んだ。燈の目の前で、その巨体が水切りの石のようにバウンドしていく。

 

「----」

 

「来て!」

 

 言葉を失う燈の手を、誰かが引いた。へたり込んでいた燈は思わず倒れるが、その手は構わずグイグイと引っ張ってくる。

 

「え、ちょ、待って」

 

 その力に引きずられるように立ち上がり、彼はアーチャーが吹き飛んだ背後を見た。遥か遠くで土煙が上がっている。一体、何があの巨体をあそこまで。

 

「早く!」

 

 再び手を引かれる。その声と細い手首から、ようやく燈は気づいた。命を救ってくれたのは女性であるということを。そしてその女性は、自分がよく知っている相手だと。

 

「春ちゃん?」

 

「せ、説明は後ですっ!今はとにかく早く!」

 

 なぜか顔を赤くしながら、春はなおも燈の手を強く引いてくる。一向に目を合わせようとはしないのは不思議だが、とりあえず急いだ方がいいのは確かだ。燈も大人しくされるがままとなった。

 

 後ろを何度も振り返りながら、二人は駅へ続く道を足早に駆けて行く。自分がどこへ連れて行かれるのか、それさえもわからぬまま燈は少女に手を引かれていった。

 ^

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「…ふん」

 

 燈たちが去った少し後、アーチャーはむくりと起き上がった。土を払いながらゆっくり立つ。完全に虚をつかれたのだ。ダメージはないが衝撃はすさまじかった。彼が跳ね飛ばされた跡は、地面が抉られたようになっている。土埃が視界を霞ませる。ゆっくりと肩を回し追跡を開始しようとしたところで、彼は咄嗟に身を引いた。

 

「むっ!?」

 

 煙の隙間を縫って、鼻先を”何か”が掠める。もし気づいていなければ、間違いなく頭蓋に直撃していただろう。先ほどのような攻撃とは違う、必殺を前提とした一投。アーチャーは取り落とした刀を拾い上げ、横薙ぎに振るって靄を払う。その周りには----誰も、いない。

 

「なに?」

 

「アーチャーだな」

 

「…ッ!!」

 

 背後から声がした瞬間、敵めがけ全力をもって刀を振った。しかしその刃は空を切る。首元の、冷たい感触に気がついた。

 

「なっ……」

 

「今、ここで貴様の首を掻き切るのがどれだけ容易いか、分かっていよう。しかし我はそれをしない。二、三尋ねたいことが----」

 

 聞く気など、なかった。体を捻り、回し蹴りを叩きつける。しかしまたも、それが何かに当たることはなかった。同時に軸足の太ももに激痛が走る。思わず片膝をついたアーチャーは、そこで初めて”敵”を見た。いや、確認したというべきか。確かにそこに姿はあるのだが、風景との境目がわからない。まるで風景そのものが敵であり、敵もまた風景であるような----

 

「貴様…なぜ俺がアーチャーだと」

 

 弓は持っていなかったはずだ。真名を明かすことが愚かな行為であることくらい、彼も理解している。それゆえの刀であり、彼を物語る弓は宝具を展開した時のみ顕現するのだ。それなのに、なぜ。

 

「主がお前を見ただけで言い当てた」

 

「….」

 

 アーチャーは生まれて初めて自分の体を呪った。そう、彼の体は現代で見ても非常に巨大なのだ。生前などは言うまでもなかった。それゆえの無敵であり、蛮勇なのだから。しかし彼は、無謀ではない。思考する。ここから脱出、否、応戦する手立てを考える。”敗北”などもってのほかだ。

 

「尋ねたいことがある、と言ったな。いいだろう、聞いてやる」

 

 両膝をつき、脱力した。彼は心の中で苦笑する。マスターを慌てさせるつもりが、こんな目に遭おうとは。状況だけ見ればなかなかに苦しいが、高揚してもいた。今まで、このような相手に出会ったことはなかったからだ。吹けば飛ぶような小僧を殺すことよりも、自分の血が滾る戦いを、彼の体は求めていた。

 

 アーチャーは深く呼吸をして、口の端を歪めて笑った。反撃開始だ。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだあいつは…」

 

 シェイは頭を抱えた。不安に負け、使い魔を放った結果がこれだ。映る光景は爆風、閃光、そして楽しそうに笑うアーチャーの姿。それが郊外の大学内で行なわれている。

 

 神秘の秘匿など微塵も考えられていない様子だった。平日にもかかわらず、周りに人影が見受けられないことから、何者かによって”人払い”はされているのだろう。しかし、どう考えてもそんなもので収まるような戦闘ではないことは確かだった。

 

 そもそも”人払い”は、掛ければ人が来なくなるといった便利な代物ではない。魔術というより”心理学”に近いものなのだ。「あの場所はなんとなく行きづらい」「あそこに行くのは嫌だな」という人々の感情を故意に起こすだけなのである。

 

 好奇心は猫をも殺す、という言葉があるように、人間もまた”好奇心”が勝れば”人払い”は効果を及ぼさなくなる。サーヴァントの戦闘は、普通の人間などでは到底考えられないような激しさを持つのだ。遠くから聞こえる轟音に興味を惹かれる者も多いだろう。

 

「ファック…」

 

 その上アーチャーがいる大学は、”監視対象”が在籍する大学だった。明らかに偶然ではないだろう。

 

「そうか、相手は奴のサーヴァントか」

 

 そう考えれば人払いも納得がいく。どんな英霊なのか全く確認できないが、アーチャーと渡り合うからにはそれなりの力を持っていると考えられた。

 

 不敵に笑い、フィンガーグローブをはめる。硬化のルーンが刻まれた、シェイ専用のものだ。アタッシュケースに手を伸ばし、立ち上がる。体が疼いた。

 

 

「行くか」

 

 彼の名は、シェイ・フラガ・フィッツジェラルド。”猟犬”の異名を持つ、封印指定執行者である。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

『なぜ彼は弓を使わないのですか? アーチャーというからには弓を使うのでは?』

 

『さすがにこの距離で弓は使わないだろう。それに、主の予想が正しければ奴は武士だ。刀の扱いは手馴れたものだろうな』

 

『なるほど。アサシン、そのまま相手を引きつけておいてください。あなたの設置した鳴子に反応がありました。恐らく、別のサーヴァントがこちらに向かってきています』

 

『承知した』

 

 念話でアサシンから返された返事を聞き、彼は双眼鏡を下ろした。横には分厚い本が積まれている。ここは相良 日向(さがら ひなた)が大学から与えられた一室だ。ちょうどよく、アーチャーとアサシンの戦闘を遠目から眺めることができる。

 

「彼のような者も呼べるのですか。それにしてもなぜこのような場所に…魔術師は神秘の秘匿に気を使うと聞いていましたが」

 

 相良は、燈が襲われる場面を見ているわけではなかった。アサシンに声をかけられ、初めて他のサーヴァントの存在に気がついたのだ。その目的は、討伐ではなかった。

 

 彼も、アサシンも、優秀な三騎士クラスの一つであるアーチャーを倒せるとは思っていない。彼らはマスターを炙り出そうとしているのだ。

 

 先ほど相良も口にしたように、魔術師は自らの神秘が世にでることを忌避する。それにも関わらず、平日の大学にノコノコと現れたアーチャーはまさしく”異常事態”だった。恐らくこれは、マスターには予定外の行動である。相良はそう考えたのだ。

 

 ここで大規模な戦闘を起こせば、アーチャーを止める、もしくはこの事態を収拾するために、マスターは必ず現れると彼は踏んでいた。

 

「まさか別の英霊まで現れるとは予定外でしたが。適当なタイミングで呼び戻すとしますか」

 

 そう言って、左腕の令呪を撫でる。裏切る心配がなく、口で言えば素直に自らの首を刎ねるようなアサシンにとって、令呪の効力が必要なのは瞬間的な移動、つまり緊急離脱だけだろう。もし混戦になったとしても、タイミングさえ間違えなければ戦線を離れることができる。

 

「さて、もう一人のサーヴァントは?」

 

 再び双眼鏡を構え、近づいてくる英霊を探した。鳴子が仕掛けられたのは人間が現れない上空、屋根部や屋上のみだ。予想通り、槍を持った女の姿が見えたが、その槍の形状に相良は眉をひそめる。

 

「あの槍は? いや、しかし聖杯の能力上呼べないような存在では」

 

 考えを打ち払うかのように頭を振り、もう一度レンズに映る光景に目を通すが、やはり見えるものは同じだった。

 

 簡素な柄には釣り合わない、仰々しい形の穂先。戦うにはあまりにも佳美な、一種の神々しさを持ったその槍は。

 

天…沼矛(あめのぬぼこ)?」

 

 

 

 

 

 

 ここから、聖杯戦争は加速する。





多分、人払いの設定は独自だと思います 型月以外の作品の設定ではないだろうか

何か不明な部分等ありましたら、答えられる限り答えようと思います
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