Killzone Behind of Shadow 作:Whitepump
寝室に1つしかない窓、その仕切りの隙間から細い日差しがベッドに横たわる俺の腹を横切る。鉄錆と土の臭いの豊満な部屋で過ごしているせいか、少しずつ五感が鈍ってきそうだ……とりわけ嗅覚が。
「デイル?ジェイスだよ、入るね?」
あの甲板で、ベノワとの死闘から早8年。30を上回った俺は今やダナーではなく、デイルで。そしてあの頃から自分をひたすら追っかけてきた赤フードの少年、ジャスタスはジェイスという名で過ごしている。
ヘルガストのドロップシップの燃料切れが起きた先に着陸し、少しずつ情報を偽装しながらあちこちで野宿を続けた。そして情報を全て隠蔽できた頃に、ある廃れた村に住み着いた。情報面で色んな手続きを施してくれたのはあの闇商売人、ブラックジャックだが。
「……まーだ寝てたの?体が鈍るってあれほど言ってるのに。」
赤フードの少年はいまや18歳。子供の面影を残しながらも立派な青年に育った。時間って奴にはいつも驚かされる。
「ほらデイル、今日もジャックから暗号通信届く日だよ。急いで支度して、」
まるで俺の幼き日の母親だ。ジェイスが母親似で、大人になるにつれ女性っぽい顔になったせいだろうか。
「代わりに行ってくれないか?こっちも用事があるんだ。」
「へー?珍しいね、どんな?」
気になることには構わず食いつくこの態度も昔と変わらない。
「あの連中がまた来るらしい、久々の食材調達だ。」
俺たちがいる町はなんでも揃っているわけではない。むしろほとんど揃ってない。
そんな中で定期的にあっちこっちを移動しながら商売を行う連中がいる。食料や日常品は彼らからでしか入手できない。
「それなら僕が行くよ。商人との取引は僕が得意だし。」
「暗号解読、教えたでしょ?この機にやってみれば?」
「じゃあ、デイルが先に解読してから僕にやらせてよ、それでも十分でしょ?」
「……やれ、わかったよ。きいつけろよ?」
「はいはい、顔は上斜めには上げない、歩幅は小さく、肩は窄めてゆっくり歩く、もう慣れたよ。」
以前から教えた言わば「大勢の人の中で目立たない歩き方」だ。
「やり過ぎると余計目立つからな?」
「わかってるって!そっちこそまた朝食抜きはやめてね?せっかく作ってあげてるんだから。」
「おー、ありがとな。」
かれこれ長年こういったつまらない生活だが、俺らはそれで満足している。指名手配書があちこち出回る中、見つかって連れていかれるの方がごめんだ。
ただ、青年になって尚更、ジェイスはなんらかの刺激が欲しい頃だ。どうにかして解消してあげられるならいいが。
* * *
「……長い……」
いつも通りに村の小さな郵便局で、受付で処理を済ませ、片隅のFAXから情報を印刷してもらってる。が、商売に忙しい彼のいつもの
「None」
という一言を期待してたところに届いたのは、胡麻なみにちっさい字で埋もれた長ったらしい暗号文と、幾つかの衛生写真とグラフ。そしてその長文のトップには赤文字でこう記されていた。
「Watch your head」
だ。頭を伏せろ、か。なんだかんだで心配性な彼がこんなメッセージときたら……本当にあまり良くない状況かもしれない。
インク切れのFAXに蓋をした。この平和な日々も幕を閉じるか、としみじみ思うところだ。
* * *
「えーと……これってさ、間違いなく『気をつけろ』って意味だよね?」
家に帰るなり、長ったらしい紙から写真とグラフを切り取り、文章はジェイスに渡した。まだ暗号文に慣れない彼は別の用紙に翻訳した文を綴ろうとしている。タイトルから早速慌てだしたが……
「そうだよ……どうした、それ以上訳せない?」
「違う、そうじゃなくて!なんでそう呑気にいられるんだよ?いつも一言で済ますジャックでしょ?なのにいきなりこんな……」
「いいから、全部訳して見せてくれ。俺も軽く目を通しただけだが、どうも悪い知らせばっかだ。」
「ああくそ!」
カリカリとペンを走らせる彼の背中を横目に、切り取った写真を一つ一つめくる。俺とジェイスが今駐屯する惑星、地域、何か見慣れない女性2人の写真、最新装備で武装したISA兵士、そして……ベノワ。
これまでのブラックジャックからの情報の中、まずベノワとの激闘が終了後のすぐ次の年に、ヘルガストとヴェクタンの終戦があったとの知らせがあった。それからヘルガストの生き残りがヴェクタンに吸い込まれる形で停戦協定が結ばれ、事態は丸く収まったはず。そんな調子でかれこれ5、6年は経つのだが……
「ねえ、ダナー……」
「デイルだ、」
「ああ、ごめん。それでさ、」
「どうした?」
「前にいた傭兵会社の名前って、『ファントム-タロン』で合ってる?」
「ああ、そうだ……どうかしたか?」
どうやら俺の古巣に関わる情報も入ってるみたいだ。
「……あのさ、戦争が終わったら……傭兵はどうなるの?」
「稼ぎ口を失う?」
「他には?」
「後はその会社がどんな制度を取るかで、情報隠蔽のために構成員が殺されるかどうか……」
「……そうなんだ……」
「……おい、どうしたんだよ?」
嫌な予感がしてきた。まさか……潰れたのか?
「以前の会社の指導者はベノワだったでしょ?」
「ああ。」
「彼が死んだ後、組織内で勢力争いが出たらしいんだ。」
「次の頭に誰を立てるか、とかで?」
「そう、それで今回は……女性……兵士を……推した?」
「……なるほど、男性兵士でダメだったから今度はそっちということか……で?」
女性2人が映った写真をもう一度眺めた。どっちも茶色髪の白人だ。
「ごめん、もうちょい待って。」
彼の利き手が忙しく紙の上の走る。
勢力争い……確かに、個体色の強い連中ばかりが揃ってたあの傭兵組織で、指導者が必要になるのも当然。何せ、俺とは合わなかったにせよ、ベノワを気に入ってた連中もいたそうだし、彼が亡くなった今、その空席がいかに大きいかも頷ける。
だけど、何を8年も経った今更……
「……できた!」
ジェイスが完成した紙を高く掲げてみせた。
「じゃあ、続けるね?」
「おう、頼む。」
写真を置き、今回はグラフを眺める。
「……勢力は大きく2つに分かれた。片方はベノワを慕っていたが、そのままダナーを恨む羽目になった連中、もう一方はベノワが気に入らず、組織内クーデターを起こそうとした連中。」
「なるほど、これは首がいくらあっても足りなさそうだ。」
一つはファントム-タロン社の収入の状況、そしてブラックジャックの闇市場の売り上げによる、ISAとヘルガストの武器の普及具合。
「それで……重要なのはここから。この2つの勢力はついにれっきとした2つのグループに分かれ、組織分裂をもたらした。片方は'アンダース姉妹'の姉が引っ張る、'ブルーアンタレス'というグループ。」
「ブルー(青の)……アンタレス(蠍)……」
アンダース、アンダース……どこかで聞いたことが……。
「そしてもう一方は妹側が預かる、'レッドスパイダー'。」
「レッドスパイダー(赤の蜘蛛)……」
「……なんかつまんない名前だね?」
「シンプルで覚えやすいと思うけど?」
「そうかな……まあ、続けるよ。ブルーアンタレスはアラン-ダナーを目の敵にする側、レッドスパイダーは逆に支持する側、そんな感じらしい。」
「そのアンダース姉妹って、仲悪いのか?」
「どうかな……ここには特に深く書かれてないよ。」
「姉妹喧嘩が戦争にまで拡大したら、それこそ笑い物だけど?」
「続きがある。それで……この2人は今……必死でアラン-ダナーの捜索にあたっているとのこと、しかも……多分明日か明後日あたりにこの周辺も捜索範囲に入るらしい。」
「……は?嘘だろ、捜索開始から何日経ってるんだよ?」
「ジャックも急に武器流通が活発になったせいでバタバタしてたせいで連絡が遅れたって……」
「だから、何日目なんだよ?」
「今日入れると……13日目。」
早すぎる。少なくとも惑星ヘルガーンでの最終任務が終わった後はヴェクタンではなく、そのさらに外側の惑星までわざわざ移ったのだが……それでも2週間足らずで発見されるって……
「それで、ここからはジャックからの個人メッセージだけど、」
「続けてくれ。」
「『連絡が遅れてしまい申し訳ない、彼らが君たちの住む惑星に足を運んだのはつい昨日のことで、しかも俺も尋問されてしまい連絡を取る暇がなかった。代わりと言っちゃなんだが……2人が脱出できる確率を高めるためにこのメールの4時間後に、最新式の武装一式を手配する。君たちがあっさり蠍たちにに取られたらそこで事件終了だが、妹に取られたらあるいは……。』って、もう戦うの確定なのかよ、僕たちって?」
「お前はともかく俺は元傭兵だ、いつかこうなることはわかってたけど……相変わらず酷い状況の真っ只中からのスタートだな。それで?」
「えーと……『一つ注意をするとしたら、ファントム-タロンも、ヴェクタンもヘルガストも、君が活躍してたあの頃とはかなり変わってしまっている。同じやり方が通用するとは思わないこと』ってさ。」
「8年の月日は伊達じゃないのか……」
「どうするの……その……ダナー……」
さっき指摘したばかりだが、またあの名前で呼んでくるジェイスだ。俺以上に困惑してるに違いない。
「……お前はどうしたい?」
「へ?」
「……すまないが俺は戦争でしか自分の価値を示せない。それは昔も今も変わらん。でもジェイス……いや、ジャスタス、お前は違う。」
「ぼ、僕だってこの8年間銃器訓練とか色々やったんだよ?実戦で使う機会こそなかったけど……」
「そこだよ。お前はまだ殺人チェリーなんだよ。そんな状態で無理に俺についてきたら、それこそお前が先に死ぬ。」
「……それは……」
「だから聞いてるんだ。俺は……逃げるさ。殺されるのはまっぴらごめんだから。」
「……」
「でもお前なら……投降しても命は取られないでしょう?」
「じゃあ……それで僕は幸せになれるのかな?」
「……」
そう言われ、今まで彼が背負ってきたものを改めて認識した。ヴェクタンとヘルガストのハーフの息子として不穏な立場。家族と親しかったボディガードの死を目の当たりにし、人がどうやって死ぬのかを見すぎてしまったその目。それを忘れられない賢すぎる頭。かつ、今となっては無用だが、惑星一つを潰せるほどの凶悪ウィルスを作動させる生体物質をその身に宿す体。
親がいて、学校があって、友達がいて……そんな人情あふれる生活を送るべきだった彼は……血を流す死人と銃声と火薬の匂いに囲まれた……孤独な人生で少年期を飾った。
「なら……俺となら幸せか?お前は、」
「幸せかどうかは分からない。でもあの日、血まみれの両親を目の前に崩れかけた僕を助けてくれたのはダナーだよ。だから……なんていうか……」
「……」
「助かったと思ったよ。だからその恩を返したいって……」
……恩なんて着せたつもりなんてなかった。そいつを護衛して脱出しろ、そしたら金になる。ただの護衛任務で、他にも何人もの守ってきた中で、彼だけが勝手に興味を示してこっちに近づいてきた。だからあえて追い返しもしなかった。
だから全てが終わった後も、彼はどこにも行かず俺の後を追ってきた。彼が今こうなったのは親代わりのポジションにいた俺の怠慢の結果だ。
「ダナー……?」
ずっと黙り込んだからか、ジェイスが心配してきた。
「恩返しか?」
「……そう!」
「どんな風に?」
「……今回狙われてるのは僕じゃない、デイルだ。だから、あいつらに捕まらないように僕が守る!」
「……くっ、あははは!」
既に俺を超えた背丈にして、あの頑丈な体つきにして、それでもなおあの頃のまっすぐな子供っぽい眼差しはそのまま。中身だけ10年前とすり替わったみたいだ。理想的な大人への成長だ。
「な、なんだよ……僕は真剣に、」
「ああ、真剣だね。」
「……え?」
まっすぐで純粋で……それでも決して誰かに甘えない10年前のジャスタスは今日も俺の前にいる。
「……どうせ止めても無理やり付いてくるんでしょう?」
「うっ、ばれた……」
「そんくらいわかるさ、」
「えと、それじゃ……」
「勝手にしろよ、」
「……わかった!」
嬉しそうな顔くらい隠せるようになれよ、まったく。こんな奴がこれから人を指一本で人を殺せる武器を持つことになると思うと……残念なような、怖いような……
「ほら、郵便局行くぞ?」
「え、また?」
「そこに書いてあったじゃん?手紙出してから4時間後に武装が届くように手配するって。」
「……そうだね。」
「……置いていくぞ?」
「ああ、待って!」
慌ててフード付きのジャンパーを羽織るジェイスを後に、玄関ドアを開いた。
ダナーとジャスタスの登場です!(・ω・)ノ
あえて偽名にして大人に成長させながらも、ジャスタスの元の性格は温存したい一心で書かせていただきました!
やっぱジャスタスはいい子だよぉ……