先日S.O.N.G.内でほんの一時騒がれた【風鳴翼消失事件】。その何事も無かったかのようにあっさりとした幕引きから、早2週間が経過していた。
ウルトラマン80こと矢的猛も翼の帰還に呼応したかのように回復を見せ、秋桜祭から数日で職場復帰となるに至った。
学校や生徒たちには、不審者を追った時に事故に遭ってしまい、検査入院として休んでいたと説明。かくして彼の休みの真相を知るものは、リディアン生徒兼タスクフォースの一員であるシンフォギア装者らと、その協力者である小日向未来のみに留まることとなった。
今ではまた、彼は元気にその教鞭を振るっている。
そんなある日。昼食前の授業が終わり、生徒たちがみな賑やかに教室から出て行き一人で片付けに勤しむ猛に向かって声がかけられた。
「手伝うよ、センセイ」
声に反応して振り向く猛。そこには小柄ながらも女性としての部分が発育している美しい銀髪の少女…猛と一体化しているパートナー、雪音クリスが居た。
「あぁ、助かるよ雪音さん。じゃあそこのプリント、整理してもらえるかな」
「あいよ」
軽く返し、プリントを手早く整理していくクリス。一方で猛は黒板を綺麗に消し、黒板消しを専用の清掃器に入れて起動させた。
僅かな音を鳴らしながら、微細な振動でチョークの粉を振り落とすと言う便利な代物だ。
そんな最新機器を用いている割に、授業の際には今でも黒板とチョークを用いるのは、何処かミスマッチに感じられるかもしれない。
だがそれが、猛にとっては懐かしくも嬉しく思うものだった。
「便利になったもんだ。私が教師になりたてだった頃は、もっとデカい音を鳴らしてたんだがな。その割には吸い込む力が弱く、結局窓の外で叩いて落とすのが一番綺麗になるんだっけ」
「へー、そんなんだったんだな」
些細な猛の言葉に、なんとなくで相槌を打つクリス。別にそこから話が広がるわけではなく、ただ淡々とした空気がそこにはあった。
互いに作業を終え、二人並んで教員室に向かう。その間も特に話すことはなく、歩みはすぐに教員室へ到着していった。
クリスに持ってもらっていた荷物を預かり、軽く「ありがとう」と感謝の言葉を述べる猛。その時、背後からクリスの名を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、いた!雪音さーん!」
振り向くクリスと猛。二人の目線の先には、クリスのクラスメイトの少女ら三人が手を振っていた。時間も時間だ、昼食に誘おうと言う事なのだろう。
見上げるように猛に目線を向けるクリス。彼は変わらず、優しい笑顔で見つめ返していた。
「助かったよ雪音さん。さ、行ってらっしゃい」
「……ん」
なんとも煮え切らない返事で去っていくクリス。どうにも、怪我が回復してからと言うもののクリスにあのような難しい態度を取られているのは自覚していた。
あの時は自分の勝手さが原因であんな事態にしてしまった。それは理解っていることだ。だがクリスはこっちに文句こそ言えど、こうも着かず離れずの悩ましい距離でいられると収まりが悪い。
それが思春期の少女特有のものなのかは、猛にもまだ理解できない。いや、おそらくはあと1000年かけても理解できないかもしれない。
ただこれを解決しない事には前に進めないのだろうという確信はあった。自分にとっても、大事なパートナーにとっても。
食堂へ向かって歩いていく中、クリスはこのクラスメイト達の話に対しても着かず離れずの距離を維持していた。
話が嫌いなんじゃないし、彼女たちが嫌だというわけでもない。最初に比べれば幾分かは慣れたし、ちょっと前までは普通に話もしてた。……なのに。
「ゆーきーねっさん?」
「ひぇ!?わ、悪いボーっとしてた…」
「最近そういうの多くない?大丈夫?」
「大丈夫だって。そんな大したことしてねぇしさ」
クリスの返答に責めるような目線で返す友人たち。心配をしてくれているのだろうか。だとすると申し訳ないことをしていると、ついそんなことを考えてしまう。
だが一人の少女の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
「……雪音さん、貴方もしかして……」
「な、なんだよ……!」
隠し事……その中でも最も重大な秘密である、自身がシンフォギア装者だという事を知ったのだろうか。
だとすれば非常に危険なことだ。最悪記憶処理が発生してしまう可能性だって有り得る。
そこまで考えを巡らせるクリスだったが、放たれた言葉はそういう事とは全くベクトルの違う話だった。
「――矢的先生のこと、好きなの?」
静寂。次いで言語の内容認識。得られた回答は――
「……はぁッ!!?な、な、なに言ってんだよッ!!!」
「そうそう無いってー。矢的先生は確かに優しくて頼り甲斐もあってスゴく良い先生だけど、やっぱオジサンじゃん」
「むしろあの、秋桜祭の時に一緒にいた風鳴先輩のマネージャー代理さん!あの人なんじゃないのかなぁ?」
「ワイルドなイケメンだったもんねー。私としては雪音さんの保護者の小父様、あの人も良いと思うなー」
「で!で!雪音さんとしては誰が本命なの!?」
「そ、そ……そんなんあるかぁーッ!!!」
繰り出された女子トークに、クリスは未だ対応の術を得ていない。如何せんそういうのに疎い連中をよくつるむのだ、学ぶ機会が無さすぎる。
だから今も、クリスは顔を赤く染めてがなり立てるように否定を言葉にすることしかできなかった。
対面の彼女たちはそれも織り込み済みなのか、クリスの可愛らしい反応を見てただ楽しそうに笑うだけだった。
「~~~……笑ってんじゃねぇよ……!」
「ふふ、ごめんね雪音さん。でも、こういうことももうすぐ終わりなんだなって思うとね…」
「寂しくなるよねー…。リディアンに通えるのも、もう少しだけだなんて」
少し寂しそうな顔で呟く。冬も近くなり月が替わろうとする中で、彼女たち最上級生は嫌が応にも『卒業』の二文字を意識せざるを得なくなる。
このリディアンの学び舎とも、残すは僅かしかないのだ。
「東京に大きなお城が出て来た事件以降ノイズはだいぶ収まったらしいけど、それに続いての怪獣騒ぎ…。その中で受験勉強までしなきゃいけないんだから大変だよね私たち」
「ほんとー。もう勉強したくないよー」
「進学するなら試験さえ乗り越えれば良いだけじゃない。私は就職試験だよ…。自分で決めたことだから仕方ないけど、怪獣騒ぎで話が流れるなんて事になったらお先真っ暗」
「雪音さんは進路どうするの?」
「え、っと……アタシ、は……」
「雪音さん成績良いもんねー。好きなところ、選びたい放題じゃないの?」
確かにクリスの成績は、学年でも上から数えた方が早いぐらいには優秀だ。
学校生活そのものに幸せを感じていたからだろうか、周囲が彼女に抱くイメージ以上に学業には真剣に、そして楽しく取り組んでいた。それが結果となって表れたに過ぎないのだ。
だが、楽しかったからこそ……”その後”に続く何かを考えることは、クリスにはしてこれなかったのである。
(……卒業……進路……アタシは、一体……)
同刻、教員室でも猛はクリスの担任から相談を受けていた。奇しくもその内容は、進路指導についてであった。
「ふぅ…一体彼女、何を考えているんでしょうね。成績優秀で容姿も申し分ない。進学でも就職でも芸能界デビューでも、彼女が望めばどんな路も拓けるはずなんですが…」
担任の女性教師が漏らした愚痴。細いその指に挟まれていたのは、クリスの進路希望調査書だった。
三つの希望欄が空いているのだが、クリスの名前が書かれたその用紙には何も書き込まれていない白紙のまま。
何かを消した後すら見えないのは、存在そのものを忘れていたか思案の結果手が付かなかったかの何方かだ。
学業を真面目にこなすクリスの性格を考える以上、それは後者以外有り得ない。そう猛は確信した。
「私も、一度彼女と話してみます。進路指導も、私の役目の一つですから」
「そうですか?では、申し訳ありませんがお願いします…」
「はい。ただ、彼女にとっては私も異性の一人…言い難いことも出るかもしれません。その時は…」
「ええ、その時は私が話を代わります。お任せください」
教師二人、互いに生徒を思いやっての話を進める。
思惑はそれぞれあるやもしれぬが、どちらにとってもクリスの将来を考えていることに違いはないのだから。
EPISODE16
【涙の味、旅路へ進む勇気の歌に変えて】
タスクフォース移動本部内。
休日毎の日課となった全体訓練を終えた装者たちが、簡易身体検査を兼ねてメディカルルームへ集合していた。
思い思いの話をする中で、翼がおもむろにクリスの隣に腰を下ろし声を掛けた。
「どうした雪音。調子でも悪いのか?」
「先輩…。……なんで、そんな事を?」
「動きのキレがいつもより若干悪く感じたから、かな。何かあったのか?」
よく見てくれている先輩に対し、感嘆の意を込めて大きく息を吐く。
先日の消失事件以降、なんだか余計に大きく見える翼の姿には安心と諦観が混ざったような感覚に陥ってしまうが、今はその安心感がありがたかった。
「……じゃあ、聞いてもいい、かな……?」
「ああ、何でも来い。私に答えられることであれば、な」
「――……それじゃあ……」
「それで、マトモなことは何も言ってやれなかったって事か」
「不覚でした……。雪音の悩み、ちゃんと受け止めてあげるべきだと言うのに……」
移動本部内の一室で、翼とマリアが弦十郎と話をしていた。先ほどのクリスからの話だ。
「思い返してみれば、確かに私は何もかもを決められた上で進んできました。今其処に不満を持つ訳ではありませんが、如何しても自分が正道より外れた存在だったと思い知らされます……」
「……マリアくんたちは勿論、響くんでもコレはフォローは出来なかったんだろうな」
「ええ……お察しの通り」
メディカルルームには全員が残っていた。それはつまり、クリスにとってこの話は全員が知っていて良い話だったとも言える。
だが、その誰もがクリスに対してちゃんとした答えは出せないでいたのだ。
マリア、調、切歌の三人は元々FISの研究機関にいたこともありクリスの求める回答は得られなかった。それに、響もまた過去の痛みの影響でリディアンへの入学を待ち望むと同時に中学からはすぐにでも離れたい気持ちが強かった。
その旨をややぼかして伝えたことで、やはりクリスは悩みを解消させるには至らなかったのだ。
「風鳴司令も確か、クリスの保護者として三者面談に出席されたんですよね?」
「ああ、名目上はあの子の後見人だからな。だが、自分のやりたい事をやって、行きたい道に進んで行けるのが一番だと俺は思う。あの場でもそういう話もしてきたんだが……」
「こればかりは、私たちが勝手に決めて良い問題ではないですしね……。何か手助けは出来ても、結局は雪音自身が決めるしかないことですし……」
三人の結論もそこに行きついてしまった。そうすることがクリスの為だと信じるが故に。
『難しいこと悩んでんなぁ。まぁ俺が言えたクチじゃねぇけどよ』
「お前は物心付いた時から戦士だったものな」
『ったりめぇよ。こちとら由緒正しきウルトラマンだぜ?男系、特に赤い肉体を持つレッド族は勇士となるべく育てられるからな。
まぁ俺はレッド族の親父だけでなく、強靭な肉体を持つ労働階級と呼ばれるブルー族とのハーフでもあるけどな』
「ウルトラマンにも色々あるんだな。だとするならば、ゼロと同郷の北斗さんや矢的先生はどうなるんだ?」
『エース先輩も80先生もどっちもシルバー族に属してる。シルバーは知識階級と言われるが、実際は戦士も科学者も多くいるな』
「なるほどな。だがそれでは、生まれた種族で生き方をある程度決められてしまうのではないのか?」
『そうでもないさ。ウルトラマンヒカリはブルー族でありながら、高い戦闘力を持つ戦士と光の国でトップクラスの科学者の二つの面を持っている。
他にもユリアンやベスといった、女系でありながら俺らと変わらないぐらい最前線で戦う戦士もいるしな。さっき翼が自分で言っただろ、ウルトラマンにも色々いるんだよ』
他愛ない談笑をしていく翼とゼロの姿に、弦十郎はどこか安堵していた。
先日の報告書では怪獣の影響で過去にタイムスリップし、そこで交戦。ウルトラギアの発動に成功して勝利を収めたのだと。
だがウルトラギア発動成功に伴う高レベルのユナイト…心象同化の影響が、何かしら出ている可能性もあるとエルフナインとエックスから言われていた。だが、見たところそのような事は無さそうだ。
だから今は、クリスの悩みに注視しても問題はなかろうと思うのだった。
「……色々あるからこそ、見えなくなるのかもしれんな」
弦十郎の小さな呟きに、その場の誰からの返答はなかった。
移動本部からの帰路。クリスと並んで響、調、切歌が歩いていた。その空気はほんの少しばかり重ためだ。
「……クリスちゃん。…その、ゴメンね?」
「んぁ?なにがだよ」
「いや、さっきの……。せっかく悩みを話してくれたのに、力に、なれなくってさ……」
「私たちも、その……」
「なんと言いますデスか……」
どう見ても皆がこちらを気にしている。それはクリスでもすぐに理解ることだ。
それが善意から来ていることだって事も理解る。だからせめて、自分はコイツらの前ではちゃんと”先輩”で居なきゃいけないのだ。
それを示すべく、溜め息一つ吐いて彼女らの代表として響の頭を手刀で軽く小突いた。
「えぇぅっ!?な、何するのクリスちゃぁん…!」
「ばーか。お前らみんなばーか。ンなことで一々気ィ使ってんじゃねぇよ」
「で、でもクリス先輩……」
「わざわざアタシたちにも話してくれるってことは、それって結構重大なことなんじゃないんデスか……?」
心配そうな顔を崩さないまま後輩たちに問われるクリス。その問いに、出来るだけ平然とした顔で答えてやる。
「そりゃそれなりに重大なことかもしれねぇ。まぁでもいずれ来る事だってのは知ってたしな。
それにたかが学校、行かなくなって死ぬわけでもなければ装者としての任がある以上否が応でもお前らと顔つき合わせなきゃいけねぇ。
それよか、アタシが居なくなった後のお前らがちゃんとやれんのかどうかが心配さ。ちゃんと宿題とか出来んのかってな」
「そ、それは大変な事態デェス…!」
「が、頑張ろう切ちゃん……!」
小さく覚悟を決める調と切歌。それを微笑み眺めながら、クリスもまた帰路の歩を進める。そこに自然と、隣に響が並びまた声をかけてきた。
「クリスちゃん、大丈夫だからね」
「な、何がだよ突然」
「クリスちゃんなら絶対、ちゃんと見つけられるから」
ハッキリと断言するように言う響。きっと、悩みを払拭してくれる何かって事なのだろう。彼女にはそれが何かは分からないし自分ではそれになれる訳でもない。
だが無条件に友達であるクリスを信じて止まない響だからこそ、真っ直ぐとそんな言葉を届けられるのだ。
そんなどうしようもない馬鹿なのに、その言葉を通して色んなものを繋げてきた響だから、信じたくなるのも無理はなかった。
だからクリスも思わず笑顔で返事をする。……いつの間に、こんなに笑顔を出せるようになったのかなと思いながら。
「――そう、だな」
…その夜。
就寝準備を終えたクリスが、両親の眠る仏壇の前に座っていた。
名前だけが刻まれた二つの位牌を前に、楽に座ってはいるもののただそこを見つめている。まるで、遠景と消えた両親の顔を思い出すかのように。
やがてゆっくりと、その口を開き呟きだした。
「…もうすぐ、卒業なんだ。学校は楽しかったよ。勉強も頑張れたし、友達付き合いも…最初よりかだいぶ慣れた。
行けばみんながいて、アタシを迎え入れてくれたりアタシが誰かを迎えたり……。あそこが、アタシの居て良い場所なんだって思えたんだ。
……でも、そこから出なきゃいけなくなるんだよね。いつまでも同じところに居られない。それは理解ってるんだ。でも、さ……」
眼前の無機質な位牌は何も答えない。クリスの脳裏にも、何一つ聞こえてくることはない。ただそこに座しているだけだ。
最後に一言、何処か縋るように、彼女が声を振り絞った。
「……パパ、ママ……。二人なら、アタシになんて言ってくれるのかな……?」
その翌日。
滞りなく終わった一日ではあったが、登校していた生徒の数が減っていることに調と切歌が気付いていた。
それを不審に思い、響の元に参じていた。
「…ということなんです」
「響センパイは、どう思うデスか?」
「うーん……たぶん心配ないと思うよ。確か今日は、三年生は模試の最終受験日だから数が少ないんだと思う」
「”もし”ってなんなんデス?」
「外で受ける学力テストみたいなものだよ。自分の進路を決めたりするのにみんな受けていくの」
同席していた未来からの説明…特に”学力テスト”という部分に思わず恐れを抱いてしまう調と切歌。どちらかと言うと勉強が苦手な彼女らにとって、それはあまり考えたくないところだった。
「た、大変なんデスねセンパイ方は……」
「いやぁー、私もホントどうなることやら……。課題はレポートでどうにかしてもらってたところはあるけど、模試はねぇ……」
「あっちで忙しくなるのも理解るけど、ちゃんと勉強もしなきゃね」
「はぁい……。だから未来、また勉強教えて!」
「響が途中で居眠りしなきゃねー。そういう所は調ちゃんの方が教え甲斐ありそう」
「私、ですか……?」
「うんっ。調ちゃんはそういうのしっかりしてそうだし」
未来に優しい笑顔でそう言われ、嬉しそうに少し赤面しながら微笑む調。それに乗りかかるように切歌も声を上げた。
「未来センパーイ!アタシにも一緒に教えてほしいデェス!」
「私が教えられる範囲なら良いけど、響みたいに居眠りは駄目だからね?」
「が、頑張るデス!」
「うぅー未来が調ちゃんと切歌ちゃんばっかり甘やかすぅー…」
「響はそろそろ手がかからないようになってくれないと困りますー。…そりゃ、頼まれなくなったらそれはそれで寂しいけど…」
「えへへー、やっぱり持つべきものは親友だねぇ。まだまだいっぱい頼るんだからね♪」
「もぅ、調子いいんだから……」
疑念は談笑と共に消え去り、起こらなくなる。
終業のチャイムは既に鳴り終わっているのだ、あとはまた放課後を思い思いに過ごすだけである。
その余暇の時間の中、人の少ない三年生の学棟をクリスが一人で歩いていた。
進む先にあったのは、小さな進路指導室だった。
「失礼しまーす」
「やあ、来たね雪音さん」
簡素な作りの小さな机を中央に並べたその部屋に、彼女を迎え入れるように、いつもの優しい笑顔で矢的猛が座っていた。
今日彼女を呼びつけたのは、他でもない彼だ。着席するなりクリスの前に差し出される空欄の連なる進路希望調査書。
呼ばれた場所も相まって、何処かそんな予感はしていた。
「……コイツが、話ですか」
「そうだね。雪音さんがどう考えているのか、聞きたくてね」
猛は笑みを崩さない。対するクリスは感情を表に出さないように何処か憮然とした態度をとっていた。
「進路、どうするんだい?担任の先生は、君の成績と持っているものを使えばどんな道も拓けられると言っていたよ」
「そうかい、ありがたいこった」
「…はぐらかさない。私に言い難い事ならば担任に代わろう。それも嫌ならば、他に誰でも…君が話せる人に代わる。翼でも、響でも、風鳴指令でも」
笑みを崩し、少しばかり真剣な顔で猛が言う。その顔に、少しだけ圧されてしまった。
「……別に、誰が良いとかダメとかってんじゃ……」
「だったら話してくれ。望むのであれば可能な限り口外しない。もちろん学校に関与する部分でもあるから全てと言う訳には行かないが、君の心情に関わるところは守ってみせる」
「…いいよそんなの。結局はアタシの問題なんだろ?ならアタシの手で解決してやるさ…!」
「良くはない!みんなクリスの未来を想っている。君のやりたい事をやれるように、みんなが力を貸してくれる。だと言うのに……」
「――……る……か……!」
続く猛の言葉に、クリスの顔が徐々に歪んでくる。奥歯を嚙み締め、軋りながら…溜め込まれた感情は、すぐに爆発した。
「理解るもんかッ!!アンタらに…センセイみたいになんでも出来る人に、アタシなんかのことがッ!!」
机を殴りつけて立ち上がり激昂を吐いたクリスの顔は、怒りに歪んでいた。だがその眼は、どこか涙に潤んでいるようにも見えた。
「どいつもこいつもお人好しで、いつでもアタシのやりたい事を助けてくれる!力になってくれる!守護ってくれる!!それぐらい理解ってんだよッ!!
だけど、いつまでもそれじゃいけねぇんだ!此処から出るのも、行き先を決めるのも、アタシがやんなきゃいけねぇんだッ!!
先輩や、あのバカや、アイツらみたいにッ!!だけど……だってのに……!!」
クリスの激昂が途切れた時、その異変が起きた。
彼女の周囲を渦巻く瘴気。僅かに震える学校。眼前の猛はそれがなんであるか、すぐに気付いていた。
「マイナスエネルギー…!?クリス、落ち着いて!しっかりするんだ!」
「……アタシは……アタシはァ…ッ!!」
涙が一粒床に落ちた時、膨れ上がったマイナスエネルギーが解き放たれた。
瞬間力を失い崩れ落ちるクリス。彼女を受け止めすぐに窓の外を見る。そこには、何処か悲しげにも聞こえる鳴き声を上げる、怪獣の姿が生まれていた。
「またもリディアン周辺に怪獣だとォッ!?」
『アレは…ホーか!』
エックスの呟きと共に、エルフナインの眼前のモニターに情報が展開され、すぐにそれを読み上げる。
「矢的先生からのデータバンクにありました!硫酸怪獣ホー、マイナスエネルギーによって生まれた怪獣だそうで、眼から硫酸の涙をこぼし口から怪光線を発射する怪獣です!」
「現在響ちゃん、調ちゃん、切歌ちゃんが向かっています!」
「三人とも聞こえたな!調くんと切歌くんは周辺避難と人命救助に当たってくれ!響くんはあの怪獣を抑えるんだ!」
『『『了解ッ!!』』デス!』
「司令、私たちは!」
「翼とマリアくんは待機!あの場だとエース、80の両ウルトラマンも即時変身可能だ。だからこそ、他の地点でも何かが起こる可能性だってある。万事を備え、いつでも動けるようにしていてくれ!」
「了解!」
弦十郎の指示を受け、すぐにそれぞれが分かれて行動する。
調と切歌はシェルターの場所を確認し、逃げ始める人をそこへ向かうように声を上げる。そして響は、避難誘導と同時に人をかき分けてホーに近付いていく。
人もはけ、周囲の目が無いところまでを確認したところでエスプレンダーを右手に掴んだ。
一呼吸を置いて意識を集中させる。右手を左胸の前に構え、心を決めたと同時にそれを天へ突き出し叫んだ。
「ガぁイアアアアアアぁぁぁぁッ!!!」
放たれる赤い輝き。花開くように消えた光の中からウルトラマンガイアが光臨し、大地を揺るがせ砂塵を巻き上げながら着地した。
掛け声と共に力強く構えるガイア。それが自分と敵対するものであると判断したホーがガイアに向けて敵意を向けだした。
(……マイナスエネルギーの怪獣、なんだよね…?)
『そうです響さん!周辺被害にだけ気を付けてもらえれば、そのまま倒してもらって大丈夫です!』
エルフナインの声を受け、小さく首肯するガイア。
互いにじりじりと距離を測りつつ、ホーが鳴きながらガイアに襲い掛かる。叩き付ける一撃を受け止め弾き、すかさずその身体を捕まえとらえた。
そのまま郊外へ向けて押し込み走るガイア。戦場を市街地から変える算段だ。
やがて山間部に辿り着いたところでホーを突き飛ばし構えなおす。ホーはというとすぐに起き上がり周囲を見回した後、またも泣き出すかのように鳴き声を上げ市街地に向けて走り出した。
(なんでそうまでして街へッ!)
力強く組み合う両者。暴れるようにガイアの背を叩くホーは、何処かがむしゃらに感じられた。
一方的な攻撃にもガイアは怯むことなく、勢い良く突き飛ばして一定の距離を取り反撃に打って出た。
空中からの手刀、拳の連撃、最後に大振りの右を叩き込むガイア。重撃によろめき下がるホーが、今度は口から怪光線を発射した。
「グアアアッ!!」
腹部から胸部にかけて直撃を受け吹き飛ばされる。すぐに立ち上がるも、またもホーは街に向かって走り出していた。
背後から捕まえて逆に投げ返すガイア。戦意はあるのだろうがそれ以上の何かを感じた響は、どうにもやり辛さを覚えていた。
(一体、なにを考えて……)
鳴き声を上げるホーが、今度はハッキリとガイアを狙って突進してきた。何度も邪魔をする眼前の相手を先に排除しようと思ったのだろう。
そのまま全身を使った飛び込みでガイアを押し倒し、マウントポジションをとる。そこから両腕で力任せに叩き付けていく。
同時に顔が揺れる中で目から硫酸の涙が零れ、溶解音を上げながら周囲の地面もろともガイアの胸部にも零しダメージを与えていった。
一方リディアンでは、意識を失ったクリスがようやく目を覚ましていた。現在は猛に背負われながらグラウンドの方へ出たところだ。
「ぅ……せ、センセイ……?」
「クリス、気が付いたか!大丈夫か!?」
「あ、あぁ……。でも、急に何が……」
猛の身体を支えに上体を起こし、そのままゆっくりと地面に足をつける。まだ力は回復しきれず、思わず足をよろめかせてしまう。
なんとか体制を整えながら周囲を見回すと、そこには怪獣ホーと、それと戦うウルトラマンガイアの姿が見えてきた。
「クッ…!怪獣が現れてんじゃねぇか!センセイ、アタシたちも!」
「落ち着けクリス!響が戦っている、大丈夫だ!私たちも避難誘導に当たろう!」
「眠てぇこと言ってんなよ!被害を拡げない為にも、一緒になって倒した方が早いじゃねぇかッ!」
「馬鹿を言うな!さっきまで意識を失っていて体力も戻っていない君を、戦わせるワケにはいかないだろッ!」
「アタシはもう大丈夫だ!だからッ!!」
ふとした事で意見が割れてしまうクリスと猛。どちらが正しいというわけでもなく、だからこそ譲り合えなくなってしまっていた。
つい睨みあってしまう両者。ガイアとホーの戦いの音が響く中、西に傾いた太陽に照らされながら、何者かの足音が、声が聞こえてきた。
「――だからぁ?どうするってんだよ」
カツカツという高い音。クリスと猛の前に姿を見せたその人物は、肌に密着したライトグレーのインナーで下半身を覆い、上半身には歪な形をした銀色の外殻。
両肩から前にかけて半円形の装具が付けられており、そこからは発光する淡い紫色の水晶体が連なり伸びている。
そしてその顔は半分を覆い隠すバイザーマスクを装備しており、西日で照らされる雪のように優しい色の髪は後ろで細く二股に分かれていた。
猛は気付いた。その姿は、よく見知っていたから。
クリスは気付いた。その姿は、他の誰でもないのだから。
ただただ驚愕と戦慄に息を飲む二人。
現れたその姿は、二人にとって一番予想の付かなかったものだった。それは――
「ネフシュタンの、鎧……ッ!!」
「クリス、なのか……ッ!?」
「――戯れ合おうぜ、お二人さん」
獰猛な笑みを浮かべ、”ネフシュタンの鎧を纏う少女”…【雪音クリス】が、紫水晶の刃鞭を打ち放った。