絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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Another side EPISODE 05【君と繋がる為に】

 バラルの呪詛に侵され、様々な思惑と共に戦いを繰り広げて来た世界。

 其処へ突如現れた異次元からの侵略者、ヤプールとエタルガー。

 それを追うように現れた、宇宙に蔓延る悪意からの守護者である光の巨人、ウルトラマン。

 少女らの歌と光の巨人たちが交錯し合う中で始まった此度の事変は、マイナスエネルギーにより黄泉還ったキャロル・マールス・ディーンハイムと超時空魔神エタルガーが世界各地に召喚した魔王獣と共に万象黙示録の再演を為そうとする、まさに佳境へと至っていた。

 

 そしてそれと同刻――。

 とある”もう一つの世界”もまた、小さな動きを見せていた。

 その動きが彼の世界における最後の鍵になると知る者は居ない。

 

 

 

 閑話の最後を締め括るのは、この最後の鍵にまつわるものとなる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球防衛機構UNVER管轄実働部隊Xio日本支部。

 この世界における怪獣を含む超常災害や、地球に眠るオーパーツである怪獣の魂を宿した義体のスパークドールズの研究や管理を行っている。またこの日本支部では、かつてウルトラマンと共に大きな戦いを乗り越えてきた。

 この世界においての15年前……太陽から放たれた強大な『ウルトラフレア』を発端とし、地球に眠っていたスパークドールズが覚醒、怪獣としての復活を遂げる事件が発生した。

 そして現在、Xio日本支部ラボチームの一員である大空大地隊員が偶然にも自らの肉体を失った電子生命体とユナイト……一体化することで、彼は未知なる光の巨人、ウルトラマンエックスに変身。共に世界の平穏を守護り、大地は己が夢への路を拓くため、彼らは戦い抜いてきた。

 次元を超えて現れた邪悪な侵略者、グア軍団、ウルトラフレアの原因でもありエックスの宿敵でもある虚空怪獣グリーザ、芭羅慈(ばらじ)遺跡に封印されていた世界を地獄に変える閻魔獣ザイゴーグ、異世界のウルトラマンと共に戦った宇宙怪獣デザストロ……。

 それら強敵との戦いを、エックスは大地と、そしてかけがえのない仲間たちと共に乗り越え、絆を結び育んでいった。

 

 

 

 一つの戦いを終えた後の平穏。そんなある日のことだった。

 次元を超えてやってきた異世界の戦友……ウルトラマンゼロ。彼が大地とエックスにコンタクトを取ってきたのだ。

 

「私に協力依頼とは……一体何があったんだ、ゼロ?」

「異次元超人ヤプール……厄介な悪党がまた蘇りやがって別の世界にちょっかいかけようとしてるんだけどな。俺や先輩方にお呼びがかかったんだが、どうやら事態はそう簡単じゃないらしい」

「どういうことだ?」

 

 エックスの問いに、口元を押さえ一寸考えるゼロ。言葉を選んでいたのだろうか、僅かな間を置いて状況を語り出した。

 

「まず、ヤプールが狙いを定めた世界は、俺たちのような”ウルトラマン”が存在しない世界だ。メビウスから聞いた話じゃ、一応その世界にも危機に立ち向かう力はあるらしい。だが、その力だけでヤプールの送り込む超獣どもに叶うとは思えねぇそうだ。

 そしてあの世界にも悪意が形をとった存在も居るらしい。曰く、命を否定するヤツだそうだ。そんなヤツに油断するつもりはさらさらねーが、未知の敵に後れを取る訳にもいかねぇ。

 そこでエックス、お前にはあっちの世界の人間とコンタクトをとって、あっちの世界の敵についてやそれに対抗する人間たちの情報を集めてもらおうってわけだ」

「ふむ、なるほど……。電子生体に変化出来る私にとっては、それは得意とするところだな。だが、その間此方の世界は……」

 

 自らがずっと仲間と共に守護って来たこの世界。それを離れることは、エックスにとって容易い選択では無かった。だがその背を押すように声をかけてきたのは、彼とその身を一つにしている大地だった。

 

「大丈夫だよエックス。こっちには俺やゴモラ、Xioの仲間たちが居る。もしこっちに何かあっても、俺たちが絶対に守護り切ってみせる。

 だから、エックスはゼロと一緒に、その世界の人たちを守護る為に行ってくれ」

「大地……」

 

 共に在る者の心強い言葉に後押しされ、エックスは決意を固めていった。

 そして一度地球に戻ったエックスとゼロはその旨を神木隊長率いるXioのメンバーに伝え、快く送り出される運びとなる。その際にエックスは、彼らに頼み事をしていた。

 いま大地の手に握られているのは、エックスのスパークドールズ。彼の肉体そのものだ。それが自らの手の中にあることを不思議に思い、大地はエクスデバイザーに声をかけていった。

 

「エックス、コレは……」

『私の身体だ。大地、そしてXioのみんなにこれを預けておく』

「そんな事をして大丈夫なのか?」

『大丈夫だ、神木隊長。私は電子生体のままゼロと共に他世界へ行き、そちらでの任務を全うする。だがその中で、Xioのみんなの力を借りる時が来るかもしれない。その為に預けさせてもらうんだ』

「イージスの力を使えばこっちの世界へ戻ってくることも出来るしな。最悪エックスだけでも送り返せば、俺様のアーマーの力で向こうの世界に行けるんだろ?」

 

 一応の納得を見せる神木隊長をはじめとしたXioの隊員たち。

 その直後エクスデバイザーから青い光が漏れ出し、ゼロの左腕に装備されているウルティメイトブレスレットへと吸い込まれていった。

 

「それじゃ、ちょっとエックス借りていくぜッ! ジュワッ!!」

 

 即座にその場から飛び立つゼロ。自らの纏うウルティメイトイージスの力で次元のゲートを開き、歪な光の渦の中へ消えていく。

「ゼロ様行っちゃった……」

「エックスも……自分の身体を置いて行って大丈夫なんスかね……」

 

 不安げに呟くルイとマモルに言葉に、大地はもちろん他の誰からも返せる言葉は無い。

 飛び立つゼロの姿を見送りながら、Xioの隊員たちは少し複雑な顔を続けていた。異世界の事とは言え、未知なる脅威に対して知ってしまった自分たちがなにか出来る事はないのだろうかと考えざるを得なかったのだ。

 彼らもまた世界の……生命の平和を守護を任とする者たちなのだから。

 

 

 

 こうしてエックスは大地や仲間たちと離れ、ゼロと共に別の世界へと転移した。

 其処は欠けた月から齎されるバラルの呪詛が統一言語を奪い、人々の相互理解を妨げている世界。ノイズと呼ばれる人を塵芥へと帰する、神代よりの対人殺戮兵器が存在する世界である。

 その世界の宇宙――月よりも遠い宙域には既にヤプールの遣わした超獣が迫ってきており、ゼロは単身でそれを迎撃。エックスは当初の目的通り、電子生体である事を活かしてこの世界でコンタクト可能な存在を探知、文面での接触を開始した。

 可能ならば大空大地のような知恵者であり、心の清い人間であれば理想的だ。だがそういった者を容易く選別できるとは限らない。ならばせめてと、事前にゼロから聞いていたこの世界の防衛組織……そこへ暗号化されたメッセージを送信した。

 そこから暗号を解き明かした人物……『アルケミースター』と名乗った者との文通が始まり、エックスは見知らぬこの世界との関わりを持っていく――。

 

 

 

 

 

 時は、そこから数か月が経過していた。

 不測の事態によりウルトラマンゼロはウルティメイトイージスを消失。地球に侵攻の手を伸ばしたヤプールに対抗する為に、その命を懸けて邪悪へと戦いを挑んだ少女の一人である風鳴翼と一体化を果たす。

 その世界にはゼロと同郷のウルトラマンが二人、先んじて派遣されていた。ウルトラマンエースとウルトラマン80……二人が地球人の姿になって、それぞれが自らの立場を確立した上でヤプールの魔の手から人々を守護れるよう準備を整えてきた。

 その中で彼らもまた、翼と同じ”歌の力”を持つ少女と一体化を為す。80は雪音クリスと、エースは月読調と暁切歌の二人と。

 そして地球に侵攻するヤプールと、出現した光の巨人ウルトラマン。彼らの戦いが巻き起こす運命の伝播は、彼女たちだけに留まらなかった。ヤプールが差し向けた刺客との戦いの中、瀕死の重傷を負った立花響。遠方にて謎の怪生物――後にスペースビーストと判明する――との戦いで窮地に陥るマリア・カデンツァヴナ・イヴ。響は地球意志と接触したことでその力を拝借し、ウルトラマンガイアに変身し、マリアはゼロから離れその身に内包していたウルティメイトイージスの力が目覚めることでウルトラマンネクサスへの変身を為すに至る。

 こうしてこの世界の地球は、歌の力を持つ少女らと5人のウルトラマンたちによって悪の魔の手から守護っていくこととなる。

 

 だがそこで、エックスは自らの認識と予測の甘さを強く後悔していた。肉体無きこの身は、皆と肩を並べて戦うことが出来ない。共に守護ることが出来ない。光の巨人(ウルトラマン)として、自分は一体何の為に此処に居るのかと……。

 だが、そんな想いを秘めていたエックスの眼に映っていたのは、自らが選び共に在ろうとした少女……アルケミースターを名乗り、自身と交信していたエルフナインという少女の懸命な姿だった。

 彼女は戦う力がない。しかしそんな中でも、彼女は皆と世界を守護るため、必死で戦っていた。知識を総動員し、発想を形に変えながら。時に失敗しても、決してめげる事無く成功と確定の道筋を僅かずつでも歩み進んでいた。

 彼女のその姿にエックスは、残してきた友――大地の姿を何処か重ね見ていた。そこで初めて、エックスは何故彼女と呼び合うように繋がれたのか理解ったような気がした。

 そこからは前線で戦えない者同士、二人は共通する自らの分野で戦場に赴く装者とウルトラマンたちをサポートするようになる。その叡智で装者らとウルトラマンたちの後方支援を行い、何度も彼女たちの戦いを助け勝利への路を盤石なものにしていった。

 やがて光の巨人たちは装者の奏でる歌で励起する聖遺物の力を鎧と変えて身にまとうようになり、エックスとエルフナインの二人もまた有事に備えた決戦案を組み上げ、そして二人にとっての大きな戦いの時が近付いていた……。

 

 

 

 

 

 その時、彼ら――ウルトラマンエックスが所在していた世界では。

 

「エックス、帰ってこないねー……」

「それどころか連絡も無し、と来たもんだ」

「一体どうしているのやら……」

 

 Xio日本支部。そのオペレーションルームにて、三人の隊員が力なく話していた。頬杖をしながら溜め息を吐く者、椅子の背もたれに体重をかける者、デスクに上半身を預ける者。それぞれが自分の時間を過ごしながらも遥か彼方へ向かった戦友を想っていた。

 山瀬アスナ、風間ワタル、貴島ハヤト。Xio日本支部が誇る精鋭たちだ。彼らもまたエックスと共に死線を潜り抜けて来た、紛う事無き彼の仲間と言える存在。異世界への任務へ赴いたエックスからの便りが無い事を、彼らもまた心配していた。

 

「幸いこっちには大きな事件は無いし……」

「宇宙人絡みの軽犯罪や、スパークドールズからの怪獣覚醒が数件……か」

「どれも俺たちの力だけで対処可能だったのは、良かったと言うべきなのかね」

 

 言いながら三人が揃って溜め息を吐く。どうにも不安が自分たちの心を蝕んでいると、何処かで理解していた。

 正しく別離したのならともかく、遠く離れたとはいえ仲間が窮地に陥っているのではないか。そう考えると身動きの取れぬこの身が何処かもどかしかったのだ。

 

「……大地、大丈夫かな」

 

 アスナの口から洩れたのは、同じく戦友の一人でありXioラボチームの一員でもあり、そしてこの世界でウルトラマンエックスと一体化――ユナイトした人間である大空大地のことだった。

 Xioメンバーの中では誰よりもエックスと時を長く過ごし、心を繋いだ彼のことだ。連絡の無いエックスを心配し、何か行動を起こすやもしれない……。そんな危うさを、アスナは気にかけていた。

 そんな彼女の言葉に答える声は無い。皆似たような思いを抱えながらも、何か行動が起きてしまうとそれはすぐに全員へ伝播拡散される。それが組織と言うものだ。

 三人はもう一度、深呼吸にも似た溜め息を吐く。何かが起きるわけでもない、平穏を表示し続けるモニターを眺めながらこの世界に居ない仲間をただ考えていた。

 

 

 

 件の大空大地は、Xio日本支部の屋上に居た。自らが作り出した宇宙電波受信器と母の遺物である愛用のヘッドホンを繋ぎ、無音を聴きながら広げたサマーベッドの上でくつろぐように集中していた。まるで、どんな小さな声でも聞き逃さんとするように。

 そんな彼の下に一人の女性がやって来た。Xioの行動部隊の指揮や隊長のサポートを行う役割を担う、橘さゆり副隊長だ。

 

「大地」

 

 と、彼女の呼ぶ声に反応してヘッドホンを外しながら起き上がる大地。橘の姿を見るや否や、姿勢を正し敬礼をとった。それを片手で制し、姿勢を崩していいと言う風に微笑む橘副隊長。そこで言われた通りに姿勢を楽にし、彼女と向かい合う。

 

「なにか聴こえたのかしら?」

「いいえ、なにも。……エックスからの声、少しでも拾えるかなと思ったんですけど、やっぱり無理ですね。次元を超えて捉えるには、もっと別の改造が必要かもしれません」

「そう……。何事も無ければいいけどね」

「そうですね……。それより、副隊長は何故ここに?」

「ええ、ちょっとね……」

 

 大地からの問いに、胸元に手を当てて深呼吸する橘副隊長。まるでそれは、自分の鼓動から何かを感じようとしているように、大地は感じていた。一拍置いた後、橘副隊長が再度大地と向き合い口を開ける。放たれた言葉は、理知的で誠実な彼女には少し不似合いな曖昧とした言葉だった。

 

「……数日前に、夢を見た。そこで、何かを感じたの」

「夢……?」

「ええ。白銀の装束を纏う女性が、私の目の前に居た気がする。私の隣には、人種や性別の違う数多の人々が居た気がする。”私たち”はただ”彼女”を見つめていた。あの光から貰った言葉……『諦めるな』と、眼前の”彼女”に向けて何度も心の中で呟きながら。

 そして眼前の”彼女”は、足掻きもがきながらもその力を手にした。――かつて一瞬だけ私に力を貸してくれた、ウルトラマンネクサスの真の力を」

「ウルトラマン、ネクサス――ッ!?」

 

 頷く橘副隊長から出て来たその言葉に、大地は驚きを隠せなかった。かつて虚空怪獣グリーザの襲来の直前、それを予期するかのように彼女……橘さゆりは奇しくも適能者(デュナミスト)として覚醒。たった一日ほどに過ぎなかったが、彼女は間違いなくウルトラマンとしてこの世界に現界した経緯があったのだ。

 その彼女からまたもネクサスの話をされるとは、大地も予想していなかった。だが橘副隊長はそれも見越していたのか、大地に話を続けていく。

 

「その夢を見て以来、なんだか胸騒ぎが絶えないの。ウルトラマンの力を得た彼女が、なにか強大な敵と戦っているような……そんな気がして仕方ない。

 そして、彼女が戦っているその世界は――」

「エックスがゼロと一緒に向かった世界……と言う事ですか」

 

 再度首を縦に頷く橘副隊長。二人の顔は、やがて真剣な表情に強張らせていく。次の瞬間、大地の愛用していた宇宙電波受信機がなにかの信号を受け取っていた。

 

「副隊長、これは……ッ!」

「すぐに解析をッ!」

「了解ッ!」

 

 そこからの動きは早く、大地はラボへと受信機を持ち込み、橘副隊長は神木隊長へこの事を報せに走った。

 

 

「博士、マモル、ルイルイ、手伝ってッ!」

「ダイくん!?」

「きゅ、急にどうしたッスか!?」

 

 ラボチームの仲間を呼びながらラボに戻った大地は、すぐさま自らの持つ機器に繋いでいき、受信したモノの解析を開始する。慌てるようにそこへ集まっていくラボチームの三日月マモル、高田ルイ、ファントン星人のグルマン博士。大地の行動を見つめていると、繋いだスピーカーから突如異常なノイズが鳴り響いた。

 

「グウッ!?」

「な、なんスかこの音ッ!?」

「うー! うるさぁーい!!」

 

 思わず耳を塞ぎながらスピーカーの音量を下げる大地。皆がその雑音に顔をしかめながら、グルマン博士が感じたことを述べていった。

 

「これは一体……。どこか怪獣の鳴き声にも聞こえるが、何かよく無いモノが混ざり合っているような感覚を受けるな」

「でも、なんで急にこんな宇宙電波を拾って来たんだ……!?」

 

 大地からのもっともな問いに、グルマン博士は口に手を当て考え込む。だが考え込むだけでは答えに至らないと思ったのか、自らのデータバンクでもある大型PCの前に座り操作を開始した。

 しばし解析を続けていると、何かを得心したのか大きく首を縦に頷き始めた。

 

「……そういう事か。みんな、これを見てくれ」

 

 博士に呼ばれ集まる大地とルイとマモル。眼にしたモニターには3つの波形が描かれていた。

 

「博士、これは?」

「依然に計測していた、特殊生体が放つエネルギーの波形を比べてみたものだ。みんな知っての通り、グリーザの放っていたダークサンダーエナジーは虚無……振れ幅が何もない、”無”の波形となっている。

 それを中庸とし、プラス方向に高く上がっているのがエックス。このデータでは正確にはエクシードエックスだな。そしてマイナス方向に大きく振れているのが、ザイゴーグ。つまりザイゴーグはこの……そうだな、言うなれば【マイナスエネルギー】が異常に高まっているのが見て取れる」

 

 淡々と語り続けるグルマン博士の言葉に相槌を打つこともなく頷く大地たち。そこへモニターにもう一つ、新たな波形が映り込んできた。

 

「博士、こっちは……」

「大地の受信機が受信した宇宙電波だ。その波形を比べて見る、と……」

 

 先に表示されている波形と重ね合わせていく。その形は正しく――

 

「マイナスエネルギー!? 完全に一致してるじゃないッスか!!」

「博士ぇ、これってどういうことなの……?」

「何処かで異常発生されたマイナスエネルギーが、時空の(ひず)みから漏れ出してきたと考えられる。それが何処の世界か、なぜ我々の世界に来たのかは速やかに調査する必要があるが……」

 

 その言葉を聞き、おもむろにエクスデバイザーを取り出す大地。エックスが居ない今、何も映らぬはずのデバイザーのモニターには不規則なノイズが走っていた。ただその不規則性は、まるで受信したマイナスエネルギーの波形と合致しているようにも見えてきた。

 思考が深まると視野が狭まる。それは大地の欠点でもあるが、今はその不確定さを確信に変えて、言葉にして解き放った。

 

「――エックスだ。きっと、エックスの行った世界で何かが起きたんだ。マイナスエネルギーが暴走するような、何かが……」

「大地、君がエックスを心配する気持ちはよく理解る。だが、これをそう言い切れる根拠はあるのか?」

 

 グルマン博士からの非情とも取れる言葉に思わず歯を食いしばる大地。自分の中の確信は周囲から見れば余りにも不確かで、現実的と言うには情報量が足りなさ過ぎる。憶測だけで事象を確定させられないのは、科学の分野で生きる彼にとって必然とも言えた。

 マモルもルイも、二人のどちらに肩入れすることも出来ずにただ黙り切ってしまっていた。そんな静寂を破るかのように、オペレーションルームからラボへ通信が入り込んできた。召集の合図だ。

 

「召集……」

「隊長からだな。ほれ、みんな行くぞ」

 

 博士の言葉を筆頭に、皆でオペレーションルームへと向かう。

 開いた扉の先には、最奥の席にXio日本支部隊長である神木正太郎、その隣に副隊長である橘さゆり、行動隊員であるアスナ、ワタル、ハヤトの姿もある。正に全員集合という形だった。

 

「揃ったな。では緊急会議を始める。議題は、我々の下に届いた異常な宇宙電波に対し如何なる対処をすべきか、だ。

 博士、ラボチームの方では件の異常電波について何か掴めたのでしょうか?」

「話が急すぎるな神木隊長。我々もまだ、この宇宙電波の波形を便宜上マイナスエネルギーと呼ぶことにした、と言うぐらいしか掴めてはおらんよ。何をそんなに急くことがある?」

 

 グルマン博士の言葉に大地以外の隊員はその通りだと言わんばかりに頷いていく。其処へ口を挟んだのは、険しい顔を続けていた橘副隊長だった。

 

「この事例への対処を進言したのは私です。原因は私がここ数日の間ずっと感じていた胸騒ぎ……直感に寄るもの。それを非現実的と一笑に伏せられるのも覚悟の上で進言しました」

「なんで、そこまで……?」

 

 アスナの言葉にワタルもハヤトも首肯と共に疑問の声を上げる。それに対して橘副隊長は、一切退くことなく真っ直ぐに彼らの問いに答えていった。

 

「……私は視たから。受け継がれ往く光――ウルトラマンネクサスの新たな担い手と、その者が相対するあまりにも巨大で邪悪な影の姿を」

「邪悪な、影……」

「俄かには信じ難い話だというのは私も重々承知だ。だが副隊長もこんな事を冗句として話すような人じゃないことは、皆も知っているだろう。

 だが状況の整理は多面的に行うべきだ。そこで大地、今度は君の意見を聞かせてもらいたい」

 

 突然話を振られて少しばかり困惑する大地だったが、未だノイズの止まらぬエクスデバイザーを見ることで気持ちを強く固めていった。

 

「……俺も、副隊長と同じ考えです。きっと今、エックスが向かった他世界では大きな危機が起こっている。エックスもゼロも、そこに生きる人々もきっと必死で戦っている。

 その余波がこのマイナスエネルギーなのだとしたら……俺は、助けに行きたい。放ってはおけないです」

「そうだね、そうだよね!」

 

 大地の言葉に強く肯定するアスナ。ワタルもそれに感化されたのか大地と肩を組み、ハヤトも微笑みながら大地の背を軽く叩きながら同意を示していった。

 彼らの心は決まっていった。大切な仲間――エックスを助けるというその一点に置いて。しかしそこに水を差すような形で意見を述べたのは、冷静な目で事態を推し量れるハヤトだった。考えに同調したからとは言え、現実的な問題はハッキリさせておくべきだとの考えが彼の中にあったのだ。

 

「だが一体どうする。エックスを助けたい気持ちは俺たちも一緒だけど、俺たちにエックスの居るところまで行くなんて出来るのか……?」

「そんなもん気合と根性でッ!」

「どうにか出来る、なんて都合の良い事はないよね……」

「次元を超える力、か……」

 

 皆で頭を悩ませる。そこに声を上げたのはルイだった。

 

「そういえばさ、ダイくんは何回かエックスとそう言う事やってたよね? ほら、私がナックル星人に捕まった時に助けに来てくれた時とか」

「そういえばそうだね。ウルトラマンギンガのヒカルやウルトラマンビクトリーのショウ、二人の仲間のアリサを送っていくときにも次元を越えたりしてたんだよね」

「あとデザストロとの戦いの時もだな。あの時は二人してどっか行っちまって大変だったけど、帰ってきた後にオーブっていう別のウルトラマンも加勢に来てくれたんだよな」

「それらに共通している部分……俺とエックスが次元を超えてきた力……。……そうだ、ウルティメイトゼロのサイバーカード!」

 

 隊員たちの眼がハッと見開き光が灯る。グルマン博士が生み出した、彼自身が最高傑作の一つとも自負する技術の結晶だ。そのカードに内包されたデータをエックスとユナイトすれば、ゼロの装備するウルティメイトイージスに酷似したウルティメイトゼロアーマーと化し、エックス自身の能力拡張も併せて彼に次元跳躍の能力を与えるのである。

 

「それじゃあそのサイバーカードを使えばエックスのところに行けるって事か! 隊長、早速行きましょう!」

「落ち着けワタル。博士、今の話を総括して、我々はエックスの元へ行くことが出来ると思うか?」

 

 神木隊長の言葉と共に、全員の視線がグルマン博士に注がれる。注目を浴びること自体は慣れているが、彼の現実的かつ優秀な思考は隊長からの問いに迷うことなく返答をしていった。

 

「ふむ、率直に言おう。それは不可能と言うべき程に低い確率だ」

「そんな、なんでぇ!?」

「まず第一に、次元跳躍と言う行為そのものが非常に難解な……人智を超えたものだという事がある。

 マルチバース理論に即して考えると、無限とも言える数多の異世界からエックスの向かった世界を割り出すのは人為的には不可能に近い。可能になるまで何十年何百年……いや、何十世紀とかかるかもしれん。それは、砂漠の何処かに在る特定の砂粒一つを探し当てるよりも難解だ。

 ウルティメイトゼロアーマーは、エックスが纏い彼の人智を超えた能力とユナイトすることで、初めて正確な次元跳躍を可能としたのだ。

 次に、我々にウルトラマンのサイバーカードは使えない。正確には今のXioの装備では、というところだな。

 ウルトラマンのサイバーカードは怪獣たちのサイバーカードとはまた違う。怪獣たちのサイバーカードは怪獣それぞれの特性や能力を解析、プログラムで再現し電子化で固着させたものだ。マモルもルイルイも、それは理解っているな?」

「はいッス……。僕たちXioの科学技術班の力で生み出した、僕たちの力……」

「そうだ。それはつまり、Xioの規格に則り生み出されたモノであり、そのため我々の装備と適応し力を発揮、扱う事が可能となる。

 だが、ウルトラマンたちのサイバーカードはその規格に則っていないモノ……。大地とエックスに力を貸す為に、彼らから分け与えられた力の一片なのだ。私が作り上げたウルティメイトゼロのカードも例外ではない。飽くまでも”エックスがその力を使う事”を前提として組み上げ完成させたモノだ。Xioの中で運用する為に作ったものではない」

 

 冷淡とも言える博士の言葉に声を失う隊員たち。代わりに質問を投げかけたのは橘副隊長だった。

 

「もしその力を我々の装備で使えばどうなりますか?」

「力に耐え切れず機能の停止を招くか、最悪エネルギーの暴走により爆散するだろうな」

「そんな……」

 

 折角見えた光明が、すぐに消え失せた気分だった。其処へグルマン博士が更に言葉を重ねていく。

 

「もう一つ、ウルトラマンのサイバーカードが使えない理由がある。それは、人間たちがこの力を悪用しないためだ」

「そんなッ! 俺たちは、そんな真似は絶対にしませんッ!!」

 

 声を荒げて即座に否定した大地だったが、博士はなおも現実を突きつけていく。”科学者”として……そして、地球外を出身とする”異星人”として。

 

「君たちはそうだろう。私もそれは思うし、君たちXio日本支部のみんなには信用も信頼もしている。

 だが、その上部組織であるUNVERはどうだ? Xioの他国支部は? スパークドールズを多く保有し、ウルトラマンとの接触と共闘のケースが最も多かった日本支部に対して何も思う事は無いのか? ”君たちだけ”が持つ力に対し、他の皆はただ指を咥えて見ているだけなのか?

 君たちが君たち自身の力でウルトラマンのサイバーカードを制御使用した場合、そこから波及するのはその力の複製と転用だろう。勿論それは世界の未来を照らす光にも成り得るが、世界の未来を自ら閉ざす闇にも成り得る力だ。

 ……私は、愛しいこの星がそのような哀しい未来になって欲しくはない」

 

 まるで独白とも思えるグルマン博士の言葉は、そこで終えた。綺麗事だけで済ませられぬ世界の未来を見据えた彼の言葉に、反論はおろか真っ当に答えられる者も居ない。どう在る事が正しいのか、どう動くのが正しいのか……博士から告げられた悪しき可能性の未来像は、逸る彼らの思考を一気に冷却、停滞させていった。

 沈痛な面持ちでの静寂の中、強く己が掌を握り締める者が居た。割れんばかりに歯を食いしばる者が居た。思考を満足にまとめられていないものの、彼は……大地は強く顔を上げて強く絞めていた口を開き想いを静かに発していった。

 

「――それでも……それでも俺はエックスを助けに行きたい。どんな綺麗事でも、俺の夢を理解して後押ししてくれた大事な存在なんだ。何もせずに居るなんて、出来やしない……ッ!」

 

 重々しく発する大地の言葉に、俯いていた隊員たちが顔を上げていく。皆の目には光が灯っていた。そんな皆の心を代弁するかのように、大地は更に言葉を続けていく。

 

「確かに博士の言う通り、ウルトラマンたちのサイバーカードが悪用されることで混乱が起きるかもしれない。だけど、そうさせない選択だって……そう出来る未来だって必ずあるッ! それを実現してみせるッ!

 今度は俺たち地球に生きる人々が、エックスを……ウルトラマンを助けることでッ!」

 

 大地の言葉に皆が奮起するのを感じられた。神木隊長は皆のその姿を満足そうな微笑みと共に見回し、グルマン博士へと話し出した。

 

「そういうことだ、博士。貴方の危惧はもっともな事であるし、力を持つ者、行使する者として我々はその責務を負わなければならない。

 だが同時に、仲間の危機に対して何もせずに黙っていることも出来ない。例えその方法が禁忌に触れるものであろうとも、我々は進まなければならないんだ。いつか、争いも悲しみもない世界にするために」

「今一度力を貸してください、グルマン博士。私たちには、貴方の力が必要なのです」

 

 神木隊長と橘副隊長の言葉を受け、一瞬悩む素振りをしたもののすぐに大きな口から派手な溜め息を吐くグルマン博士。そうして皆の姿を見回し、少しばかり申し訳なさそうな笑顔で博士がまた地球人よりも遥かに大きな口を開いていった。

 

「やれやれ、私が信を置くみんなはとんでもない挑戦者だ。世を乱す可能性を孕みつつも、それをモノともせずに前へ進む選択をするのだからな。

 ――あぁ、だから気に入ったッ!」

 

 喜びとも取れる言葉を発しながらモニターに何かを映し出すグルマン博士。それは、Xioの持つ装備であるジオマスケッティの一つ……宇宙戦闘機スペースマスケッティと同じ外観を持つ灰色の円盤だった。

 

「博士、これは……」

「うむ、ウルティメイトゼロのカードを作った後に秘かに設計していた、次元間航行型のマスケッティシステム。名付けて、ディメンジョンマスケッティだッ!

 ウルティメイトゼロの力で次元を跳躍する為に、従来のスペースマスケッティよりもハイパードライブの推力や機体の装甲強度を大幅に増し、次元突入及び脱出時の負荷にも耐えられるように設計していたものだ。だがその為に武装面に関しては大幅に削らざるを得なくなってしまったが、構想していた用途を考えれば最小限に収めるべきとも判断してな。

 ……しかし先程も言ったように、我々が能動的に他次元への航行を可能にするという事は、我々自身が侵略者に成り得る可能性もあると考えた。よってこの計画は見送り、私一人の胸の内に秘めておこうとしたんだ。

 だが私も心を決めた。皆と共にエックスを助けるため、このディメンジョンマスケッティを解放しようッ!」

「やったぁー! ありがとう博士ぇ!!」

 

 感極まって抱き着くルイを笑いながら受け止めるグルマン博士。本来のファントン星人らしい、朗らかな姿だった。

 エックス救援の糸口が見つかったことで沸き立つ場を少し抑え込むように、気を引き締めるように神木隊長が声を上げる。

 

「喜ぶのは良いが、まだこれからだ。博士、そのディメンジョンマスケッティは完成までにどれぐらいの時間がかかる?」

「スペースマスケッティとジオアラミスの予備機を流用、改造すれば、最短で48時間といったところか。装甲の変更とハイパードライブの調整で理論上は何とかなるはずだ」

「マモル、ルイ、博士と一緒に調整の方を任せる。アスナ、ハヤト、ワタルは整備スタッフと協力してスペースマスケッティとジオアラミスの改造に参加するんだ。

 そして大地、エックスの救援に向かうのはお前の単独任務とする。武装所持もジオブラスターとウルトライザーに限定する」

「そんな、どうしてですか!?」

 

 神木隊長の言葉に思わず反論するアスナ。皆でエックスを助けようと息巻いていたところでの指示なのだ、 無理もない。だが隊長も、努めて冷静にその理由を説明していった。

 

「まず、我々の目的がウルトラマンエックスと彼が今戦っている世界への救援である事は皆が理解している事だと思う。だがUNVER上層部はそれだけで我々の行動を認可することは無いだろう」

「相応のお題目が必要、って事か……」

「ハヤトの言う通りだ。名目上、我々は今回改良型スペースマスケッティの運用実験と称して行動する。大地のみを選出したのも、その名目故にデータ収集を行えるラボチームの一員であり行動部隊も兼任する彼が適任だと判断した、というところだ。時空異常による原因不明の消失は初めてでもないしな。

 実際のところは、もし他世界でエックスと共に戦うのであれば大地1人の方が行動しやすいだろう。そして他世界の生命体に不必要な危害を加えない為に……我々が侵略者でないことを示すために、武装も護身用のみとするんだ」

「それじゃあジオバズーカなんかも駄目って事になるのか……」

「それだけじゃない。俺たちがいつも力を借りている、ゴモラやキングジョーやエレキング……怪獣たちのサイバーカードも使えないってことだ」

 

 ワタルとハヤトの言葉に頷く神木隊長。そのまま大地に顔を向け、話を続けていく。

 

「やれるか、大地。我々も最大限のバックアップはするが、正直なところ何処まで手が回るかは予測が付かん。それでも――」

「やります。俺と……俺たちみんなとエックスとの絆があれば、不可能なことはありませんッ!」

 

 揺るぎなく燃える大地の瞳。それを真っ直ぐ見据え、神木隊長も力強く頷き大地の肩を叩く。

 この瞬間、一組織にとって在ってはならない程に無謀な、それでいて彼らとしては決して譲る事も失敗することも出来ない作戦の決行が決まったのだった。

 

「各員行動開始ッ! 48時間後、ディメンジョンマスケッティ……いや、改良型スペースマスケッティの宙間試験飛行を行うッ!!」

「了解ッ!!」

 

 各隊員らが敬礼と共に行動を開始する。

 迅速な動きでオペレーションルームを離れる隊員たち。1分としない間に、其処に残されていたのは神木隊長と橘副隊長の二人になっていた。

 

「隊長、今回の私の任務は……」

「……すまん。副隊長には、UNVERへ提出する仕様報告書と始末書の作成を手伝ってもらいたい」

 

 真面目な顔で情けないお願いをしてくる神木隊長に、その鉄仮面からも思わず笑顔が漏れる。

 とはいえどちらも必要なものだ。ディメンジョンマスケッティを改良型スペースマスケッティと偽るためにも、『試験飛行中に時空の歪みが生じ、スペースマスケッティ及びその搭乗員である大空大地隊員が調査中に時空の歪みに接触してしまい消失した』と言う偽りの事件をより確固たるものとして上層部に信用させるためにも。

 これは、職務に対し常に真剣に取り組むことで上層部からの信用を得てきた橘さゆりという人物にしか出来ない事だった。彼女自身もそれを理解していたからこそ、返す言葉は一つだった。

 

「了解です、隊長」

 

 

 

 

 そこから始まった激動の48時間。整備員たちは外装の改修を全力で進め、マモルとルイを始めとするラボチームと技術部はハイパードライブの強化を可能な限り迅速かつ確実に進めていた。一方で大地はその48時間のうち半分をラボチームの協力に当て、残りの時間を準備と休養に当てていた。万全の状態で任務に臨むのも、隊員としての心構えの一つなのである。

 ただそれを理解していながらも、眠るべき時とは言えそう簡単に眠れるものではない。未だ小さくノイズが走り続けるエクスデバイザーを見つめながら、大地は此処から離れた戦友を想っていた。

 

「……無事でいてくれるよな、エックス」

 

 呟きに答える者は居ない。何時も答えてくれた”彼”は其処に居ない。だが、だからこそ行かなくてはならないと決意したのだ。彼の友として……彼と心を繋いだ(ユナイトした)者として。

 そんな大地が独り休むラボラトリーの扉が開き、見慣れた橙色の巨躯がゆっくりと入って来た。

 

「博士、どうしたんです?」

「なんだ大地、まだ起きてたのか。ワシは小休止だ。やると言った手前休んでいる訳にはいかないが、皆が休めとうるさくてな。

 ……まぁ、ちょうど良い」

 

 そう言いながら大地の元に近寄るグルマン博士。上体を起こして彼の方を向いた大地に、博士は何かを差し出した。

 

「こいつも持っていけ。きっと、大地とエックスの力になってくれる」

「ウルトラマンたちの、サイバーカード……」

 

 おぼろげに青く輝く数枚の硬質カード。それはこれまで大地とエックスに絆を結び、力を貸してくれたウルトラマンたちが残した力の一部、サイバーカードだった。

 

「良いんですか? ゴモラたちは駄目だって言われてるのに……」

「こっちで持っていても使い道が無いからな。ディメンジョンマスケッティはウルティメイトゼロのカードに秘められた次元跳躍の力を使うためだけに設計したものだ。他のウルトラマンのカードはリードしてもエラーが生じ、何も起きん。

 ……だが、そのカードには奇跡を呼ぶ力が秘められている。ザイゴーグとの戦いの時も、このカードたちが触媒になって異世界のウルトラマンたちを呼び寄せてくれた。一緒に戦ってくれたんだ」

 

 そう語りながら大地の手にウルトラマンたちのサイバーカードを握らせるグルマン博士。彼の手を上から優しく包み込みながら、背を押すように声をかけていく。

 

「信じているぞ大地。エックスを……彼の戦いを助け、新たな絆を紡いで彼と共に帰ってくることを」

「――はい」

 

 優しく、だが確固たる意志を持って握り返す大地。彼の瞳に映る輝きに、博士は何処か満足そうに微笑んで大地から手を離した。

 試験飛行という名目の作戦開始時刻まで、残り10時間を切っていた。

 

 

 

 

 ……そして、その時は来た。

 

「準備は良いか、大地ッ!」

『ハイ、いつでも行けますッ!』

「よし、カウント30から開始する。カウント開始ッ!」

「開始しますッ!」

 

 無機質な電子音と共に、コクピットと化しているジオアラミスに付けられたエクスデバイザーの数字が切り替わっていく。

 カウントダウンが進み、残り10秒になろうとしたところでアスナがモニターの前へ飛び出し大地に向けて手を突き出しながら声を張り上げた。

 

「大地ッ!! ……行ってらっしゃいッ!!」

 

 サムズアップする彼女の右手に握られていたのは、大地のもう一人の親友でもある古代怪獣ゴモラ……そのスパークドールズだった。見守る仲間たちや声をかけたアスナはもちろん、物言わぬ義体であるはずのゴモラのスパークドールズまでもが、大地に向けて激励しているように見えた。共に行けぬからこそ、力強く彼の背を押すような想いを、確かに受け取っていた。

 

『……ありがとうッ! 改良型スペースマスケッティ宙間試験飛行実験、開始しますッ!!』

「実験開始ッ! スペースマスケッティ、テイクオフッ!!」

 

 神木隊長の声と共に車体後部のハイパードライブを点火させる。爆炎と共に青白い炎が放出され、基地屋上の滑走路を加速、そのままの勢いで天空へと飛び立ち、速度を保ちながら大気圏を突破。母なる星を後にした。

 

 

「引力圏からの離脱成功。これより周回コースに入ります」

 

 ――と、ここまでは台本通り。マスケッティを自動操縦モードに切り替え、大地はすぐにエクスデバイザーでマイナスエネルギーのノイズが何処から発生しているのか探りだした。

 時空の歪み、綻び……受信した以上、何処からか漏れているのは明らかだ。それを探し当てるように、広大な宇宙に向けてソナーを発しながら航行していた。

 

 ……結果は、意外なほど早くそれは見つかった。漏れ出したマイナスエネルギーの発生地点、それは月だった。月の南半球、地球側から見て前面東側。大地が見る限り、其処にはなにも無かった(・・・・・・・)

 変わらぬ球形、太陽の光を反射して美しく輝くいつもの月。だがそのソナーが探知した一帯は、まるでその部分が欠けている(・・・・・)ようにも見えていた。

 

「あんなところからマイナスエネルギーが……。でも、何故……?」

 

 理解できぬのも無理はない。次元の先の世界で発生している新たな万象黙示録による、5つの闇の楔と魔王獣を用いた地球解剖……そして邪悪なる超時空魔神復活の余波がこのような状況を生み出しているなど、誰一人として把握できなかったのだから。

 ただ一つ、大地には確信があった。この改良型スペースマスケッティ……いや、時空を飛び越える力を解き放つべく生まれたディメンジョンマスケッティ。未知の彼方へと向かうための門は、あの場所以外在り得ないと。その確信を、大地はすぐに通信先へと投げかけていく。

 

「隊長、月面より未確認のエネルギー反応を確認! 調査を開始しますッ!」

『了解した。……気を付けろよ、大地』

「ハイッ!」

 

 その声を最後に通信が遮断される。Xioのオペレーションルームでは、皆が無言で祈るように月へ向かう大地の姿を見続けていた。

 月面まで4,000km辺りのところで、突如機体が不安定に揺れ出している。異常事態かと思い全員がすぐに大地へと声をかけるが返事はない。だが次の瞬間、スペースマスケッティの眼前に異次元空間が広がり、マスケッティは其処へ吸い込まれていった。

 それを見届け、Xioの隊員たちがそれぞれ溜め息を吐く。一つ目の関門は、どうやら無事に潜り抜けられたようだ。それを確認し、神木隊長が隊員たちに指示を出していく。

 

「大地の行方を調査探索する。総員出動ッ!」

「「「了解ッ!!」」」

 

 異次元へ消えた仲間を探すために、Xio日本支部の隊員たちが走り出す。例えそれが、自作自演で織り成された舞台の上だとしても。その心の内は、消えた彼への応援と激励で埋め尽くされていようとも。

 

 

 

 

 

 一方で、次元の穴の中を突き進むスペース……否、ディメンジョンマスケッティ。大地の眼前ではエクスデバイザーに装填されたウルティメイトゼロカードが強く輝いている。

 成功した。大地は一先ずそれを確認し、ハイパードライブを更に加速させていく。マイナスエネルギーの反応は進むごとに強くなっていった。

 

「きっと、このまま行けば……!」

 

 強くなる反応に向かって飛ぶディメンジョンマスケッティ。延々と過ぎ去る虚無にして極彩色の景色。その中をしばらく飛んでいた時、エクスデバイザーから更に強く光を発していることに気付いた。

 

「何が起きてるんだ、なんて考えてる暇はないよな……」

 

 考えてみれば、ウルトラマンの力を借りているとは言え人間単独での次元跳躍は自らの世界にとっても大地自身としても初めての体験だ。エックスとユナイトしている時にやった時とは違い、今は自分一人しかいない。何が起きても不思議ではないのだ。

 そんな中、大地の耳に聞こえてくるものがあった。マイナスエネルギーの発するノイズではなく……例えるならそれは、角笛のように重く深く遥か深淵まで鳴り響き渡る音のようだった。

 すぐにエクスデバイザーでこの音を解析しようとする大地。だがデバイザーには何の反応も得ることも出来ず、ただ一つだけその音と共振しているような反応を見せているものがあった。

 デバイザーに手をかざすと、虹色の電子光球が大地の掌に現れ、脈動しているかのように角笛の音と共振していた。

 

「エクス、ラッガー……?」

 

 呟く大地。彼の手に在った虹色の光球は、カタチになる前のエクスラッガーの電子データだ。だがその状態でも理解る。この奇跡を齎すアイテムは、次元を跨ぐこの音色に反応しているのだと。

 大地にとってその理由は終ぞ理解することは無かったが、これは異界の完全聖遺物同士が齎した共振反応と言える。

 だがエクスラッガーが反応を見せた【それ】がなんであるかを知る前に、大地の眼前におぼろげな黒い影が佇んでいた。

 

「君は……ッ!?」

 

 影は答えない。絶えず突き進んでいるはずのマスケッティでも、その影にはまるで追いつけない。それは、自分の影を追うかのような感覚に大地は陥っていた。

 

「待ってッ! 君は一体、なんなんだッ!?」

 

 大地の必死な声に、影はついに大地へ言葉を返した。質問に対する回答ではないが、間違いなくその闇から言葉を発したのだ。

 

『――君は、此処に在るべきではない存在だ。

 この先に待つのは終焉の地。万象を噛み砕く黙示録の発現。黄金の魔神が起こした負の無限連鎖。滅び逝く地に、君は必要ない』

 

 冷淡に言い渡される。だが大地とて、その程度で止まれるはずがなかった。

 

「……それでも俺は行く。この先には俺にとってかけがえのない仲間がいて、後ろには俺の無茶を聞いて背を押してくれた大切な仲間たちがいるから」

 

 大地の決意は固い。眼前に待ち受ける未来が死としてもなお、彼はその仲間たちの想いを受けて今此処に在り、破滅が近付く世界へ踏み入ろうとしていた。

 そんな大地の姿を見ても黒い影は特に興味を示すこともなく、変わらず一定の距離を保っている。

 

「其処を通してくれ。俺は、エックスのところに行くんだ」

 

 やはり無言を貫く黒い影。大地の心に焦りが生まれるが、それすらも影に見透かされているような感覚だった。些細な一挙手一投足も、思考の動きも、揺れようとする心でさえも。そんな影と相対し、一体どれだけの時間が経っただろう。時間の流れが曖昧な次元の狭間で、大地は決してなにかに呑まれぬように、黒い影を睨み続けていた。

 

 

 

 平行線を走る人と影。やがて両者は次元の狭間で静止した。

 大地としては妙な感覚だった。計器類は間違いなく前へと進むよう設定されており、各数値の増減もまた前進を表している。だが大地の五感の全ては、今この場で静止していると認識していた。

 不可解な状況。……そして、黒い影は問い掛けた。

 

『もし今、とある世界が滅び未来が無くなろうとしているとき……君は、誰かを守護り助ける勇気と力を持っていられるかね?』

 

 思わぬ問いに驚く大地。だが一瞬考えた後、その答えは笑顔と共に放たれた。

 

「……一人では、難しいのかもしれない。進むことも動くことも出来ず、立ち竦んでしまう時もあるだろう。だけど……いや、だから信じるんだ。一緒に居てくれた彼と共に、彼が信じてくれた自分自身を信じて。

 ――未来(あす)を、掴むために」

 

 大地のその回答を聞き終えた黒い影は煙のように消滅した。まるで、彼の答えに理解を得たかのように。

 それを見届け、何処か不思議な感情に苛まれながらも大地は再度ハイパードライブを加速させる。今度は自分の感覚でも前進していることを理解していた。

 

 時間の感覚は未だ戻らぬ中、大地はただ進んで行く。角笛の音が強くなっていくと共に空間が変化していき、色彩が黒へと変わっていく。出口が近い。大地はただ直感でそれを感じていた。

 

 

 

 

 

 空間が漆黒に染まった瞬間、角笛の音は止み代わりにか細く小さな……だが確かにその耳に、少女の涙ながらの声が聞こえてきた。

 

 

(……もうこれ以上、”ボク”の……”オレ”の……”私”の想い出を、踏み躙らないで……。

 

 ――お願い、だれか……)

 

 

 あの向こうで、誰かが助けを求めていた。

 其処に何を得たのかは分からない。

 だが防衛隊員としての使命なのか、ウルトラマンと共に在る者の責任感なのか、人としての正義感なのか……それは理解らなくとも大地はただ想いを強く固めていた。

「すぐに助けに向かう。」 たったそれだけを胸に秘めて。

 

 ただ一つ、大地が理解っていることは、「エックスなら絶対にこの声を見捨てはしない」という事だった。

 この先に彼が居るかなど理解らない。だけど、それでも――

 

 

 

 

 門と言うには歪な空間の穴が開き、ディメンジョンマスケッティは其処を通り抜けることで目指した本来の役目を果たした。大地の眼下に広がる光景は、何処か自分が知っているようで違う世界。間違いなく、異世界だった。

 

 

 このあと大空大地は、この世界に迫る未曽有の危機に、自らも知ることが無かった技術体系で戦う少女たちと共に対処していくこととなる。

 信じあえる心と力を交錯し、胸の高鳴りを重ね合わせ、手と手を繋ぎ合わせて皆で未来を掴むために――。

 

 

 

 

 end.


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