「……!……!…あぁ、頼むぞ雪音!」
言葉早く連絡を切る。あおいが話をしていてくれたおかげで、装者たちもすぐに対ノイズ殲滅行動に入れそうだった。
『見事な手並みだな』
「茶化すな。ゼロ、日本までどれくらいの時間がかかる?」
『翼の身体に負担がかからない範囲で出せる最高速で、2時間ってところか。イージスがありゃ一瞬なんだがな』
「無い物強請りは出来まい。出動許可が下り次第、可能な限り速く行こう」
『応よ!』
一方日本で、連絡を受けたクリス、響、調と切歌が其々奔走していた。互いに通信機で連絡を取り合いながら、最寄りで待機している移動用ヘリへ向かっていた。
「まさか三箇所バラバラにノイズを出してくるとはな…!」
『クリスちゃん、到着したよ!』
「分かった、先に行け!一番遠いA地点だ!」
『オッケー!』
迷うことなく響へ指示を出すクリス。彼女が一番先にヘリへ到着してくれた事に僅かに安堵していた。A地点は東北、日本のライフラインの一部を担う発電施設が近くにある場所。もし万が一そこが壊されでもすれば、どんな大惨事が待ち受けているか火を見るより明らかだ。
アームドギアが重火器を主体とするクリスは勿論、誤って破壊する可能性で言えば回転自在鋸の調や可変式大鎌の切歌のギアも十分危ない。それに引き換え、風鳴弦十郎直伝のトンデモ格闘術を操る響ならば、そう誤ることも無いだろう…そんな判断だった。
『クリスセンパイ、アタシたちももうすぐデス!』
「だったらアタシが一番遅くなりそうだな。お前ら二人はB地点!アタシはCで行く!」
『了解デース!!』
B地点は中国地方、C地点は関東地方。どちらの選出も距離で選んだに過ぎないが、図らずもクリスが一番人口の密集している場所で戦う羽目になっていた。ほんの一瞬だけその選択を間違ったかと思ったが、後輩たちに任せるより自分でやる方が性に合っていると考えを改めた。
信用も信頼もしている。だが、それよりも心配が勝ってしまっている。任されたのだから、自分が誰よりもしっかりしていなければならないのだと。
そんな考えを抱きながら繁華街を走って行くクリス。そのとある交差点から、人影が現れた。思わず踏ん張りブレーキをかけたからかぶつかったりコケることは無かったが、焦りの中でこのハプニングについ声を荒げてしまった。
「ぅわぁっ!っぶねぇな!何処見て歩いてんだ!!」
「あぁ、イタタ…いや申し訳ない…。って、雪音さんか?」
逆に尻餅をついてしまった男が立ち上がりながら彼女の名前を呼んだ。
見覚えのある姿に聞き覚えのある声。今が緊急事態でなければある種ロマンチックな光景だったのかもしれないが、余裕のないクリスはただ困ったように顔を歪めるしかなかった。
「矢的、センセー…!?な、なんでこんなところに…」
「非行防止の見回りだよ。しかし、雪音さんはそんなに急いで何処へ?夜間外出は、あまり褒められたものではないぞ?」
飽くまで優しく諭すように言う猛に、クリスの焦りは一層募ってしまう。だが、わざわざ真実を告げることも無い。シンフォギア装者である事が知れてしまうのは色々厄介だからだ。
「あ、アタシは…あー…その、後輩がハラ壊したって言ってきたからその見舞いに、だな…」
見え見えの嘘だ。こんな嘘に引っかかるようなヤツは、どっかのスクリューボールといい勝負が出来るよっぽどな馬鹿だ。ましてや相手は教師、分からないはずがない。そう思ったとしてもつい口から出て来てしまったのだ。今更口に戻せるはずがない。
そんな少々バツの悪い顔で猛を見ていると、彼はいつもの温和な笑顔で切り返した。
「…そうか、なら早く行ってあげないと。でもあんまり急ぎ過ぎて、雪音さんまで怪我してはいけないからね。気を付けて、行くんだよ」
「――…ありがと、センセー」
理由は分からなかったが、彼は何も聞かず、問わず、ただクリスに道を開けた。
「あぁそうだ、雪音さん」
「なっ、なんだよ!?」
走り抜けようとするクリスを、擦れ違いざまに猛が呼び止める。急いでいるのに、とつい焦りが前面に出てしまっていた。
「これを、持っていくと良い」
そう言ってクリスに差し出した物は、小さな赤と銀の2色で織られた御守だった。健康祈願か交通安全か、その効果も意図も知る由はないが、願掛けで不条理が覆されれば安いものだ。
世の中そんな甘くはない。だが彼の気持ちを無碍にする訳にもいかないし、第一コレについて物申している時間すら惜しかった。
「なんかよく分からねぇけど感謝しとくよ。じゃ、本当に急いでるから!」
「あぁ、呼び止めてすまなかった。
…雪音さん、覚えておいてくれ。悪い想いは誰にでも存在する。だが、それに負けて流されてはいけない」
去り際の彼女の小さな背中にそれだけ言っておいた。その言葉に気付き振り向くクリスだったが、そこにはさっきまで居たはずの猛の姿は無い。
少しだけ不思議に思うものの、見回りの再開をしたのだろうと結論付けて気にせずに走って行った。
少し時間を戻し、クリスにもうすぐ到着すると報告した調と切歌。見慣れたcafeACEの角を曲がればすぐだが、その角では閉店準備をしている星司の姿があった。
「あっ、星司おじさん…!」
「お、調ちゃんと切歌ちゃん。こんな夜にどうしたんだ?駄目だぞー、夜遊びは大人になってからやるもんだ」
明るく笑いながら二人に寄って話す星司。普段なら無邪気に話を広げるようなところだが、今はそうも行かない。
「あ、あのデスねぇ…」
「…ごめんなさい北斗さん。響さんが体調を崩したって言ってて、お見舞いに行こうと…」
「そっ、そうなのデス!だからその、ちょっと急いでるんデスよ!アハハハ!」
奇しくもクリスと似たような言い訳で切り抜けようとする二人。だがその言い訳に使うエサが響だと言うのは、先輩の教育の賜物だろうか。
無論星司もそれは気付いていたし、何か別の理由で急いでいるのも理解は出来る。だが、彼の性分は嘘を許せるものではなかった。
「…二人とも、嘘は駄目だぞ。あの切歌ちゃんより元気が取り柄そうな娘が、そう簡単に体調を崩すことなんかないだろう。
それに、それだけでなら急ぐ理由でもないはずだ」
完全に論破された。だが時間が迫っているのも事実。これは遊びや些細な待ち合わせではない、戦場への出陣なのだ。
「ごめんなさいデス…。でも、急がなきゃいけないのはウソじゃないんデスよ!」
「詳しいことは言えないけど…私たちが行かなきゃ、いけないことなの」
「…それは本当に、君たちじゃなきゃいけないことか?」
星司の問いかけに怯みも迷いも無く首を縦に振る調と切歌。その眼はとても真っ直ぐで、本気だった。その二人の眼を見て、星司も一つ心を決めた。
「そういうことなら、詳しくは聞かないことにしよう。ただし、ちゃんと帰ってきたらまたウチのパンを食べに来ること。それが条件だ」
元気な笑顔に戻った星司の言葉に、調と切歌も笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます、北斗さん…」
「ありがとうデース!あ、どうせだから売れ残りのパンとかあったりしないデスか?腹ごしらえに食べておきたいデス!」
「なぁにぃ!?そんなこと言ってるとロクな大人になれんぞ!ったく、ちょっと待ってろ」
激を言っておきながらすぐに店に戻って紙袋に残ったパン数個を詰め込んでいく星司。その光景を見ながら、調と切歌も顔を見合わせて笑い合うのだった。
ものの数分も立たぬうちに、店から出て来てパンパンに詰まった紙袋を手渡す星司。受け取った二人の眼は、少しばかり輝いていた。
「ありがとうデスおじさん!これで元気100倍デェス!!」
「あっ、お代は…」
「帰ってからでいいよ。…でもな、調ちゃん、切歌ちゃん」
星司が両の手を二人の頭に優しく乗せる。大人の大きな手が、二人の小さな頭を包み込んだ。
そこから出された星司の声は、今まで聞いたことが無いぐらい、優しい声だった。
「――俺は二人の味方だからな。先輩らにも頼れず、本当に困った時はいつでも呼んでくれていい。助けてほしいと願ったなら、どこからでも飛んで行くからね」
それはまるで父のような…いや、歳の差からしてみれば祖父とも言えるだろうか。どちらにしても、調と切歌にとってそれは、今までほとんど触れたことのない父性というものだった。
どこか理解し難い、暖かくてくすぐったい感情に触れられて困ったような嬉しいような、不思議な感覚だった。それが、とても心地良い。
だがそれに浸る間も無く、星司の掌は二人の背を少し強く叩いた。
「さぁ、頑張って行って来い!」
「ハイデス!」「行ってきます!」
激励の言葉と共に駆け出す調と切歌。星司はただ、見えなくなるまでその小さすぎる背中を見守っていた。
そして時間を現在に戻し、乗り込んだヘリの中で調と切歌が貰ったパンを頬張っていた。
「さすが星司おじさんのパン、冷めてても美味しいデス」
「元気、貰ったもんね。頑張らなきゃ」
「もっちろんデス!ノイズなんぞザババっと切り刻んで、明日は焼きたてパンを食べに行くデスよ♪」
笑顔が絶えぬ二人。と、その袋の中にまた別の小さな紙袋が入っていることに調が気付いた。不思議そうに取り出し開けてみると、中から簡単な手紙と小さなペアリングが出て来た。
「調、それは?」
「北斗さんからの手紙…。『二人を魔の手から守ってくれるお守りだよ』って書いてある」
指輪ではあるがそれはあまりにも装飾の無い簡素なもので、中央には一応ともとれる小ささの宝石が埋め込まれている。まじまじと見つめてみると、内側に不思議な記号と共に英語の筆記体で【Shirabe】【Kirika】と書かれていた。
「つまりこっちはアタシで、そっちは調のモノってワケデスね!ではせっかくのおじさんからの贈り物、付けてあげなきゃデス!」
もっともなことを言いつつ早速右手の中指にリングを通す切歌。過去の経緯はどうであれやはり女の子、こういうアクセサリーは嬉しいのだろう。それを見て調は、さも当然のように左手の中指にリングを通した。
「あれ、調はそっちに付けたんデスね」
「うん。こうすれば切ちゃんと手を繋いだ時に合わせられるから」
ナチュラルに手を握りながら言う調。いつも通りで特別照れや恥じらいがある訳でもなく、ただお互いが顔を合わせて笑いあった。
「そろそろ到着します、準備を!」
「「了解!」」「デース!」
…そして、それぞれの地点に装者が到着。遠く離れた地にある指令室でも、状況は把握していた。
「3箇所同時とはな…。藤尭、避難の方はどうなっている?」
「全地点順調に…と思いたいですね。怪獣が出て来た時にこれで済むかどうかは分かったもんじゃないですから」
「エルフナインくん、ノイズと各装者の状況は?」
「は、はい!現在のノイズ発生規模は自然発生時と大した差はありません。響さん、クリスさん、調さんと切歌さん、それぞれ殲滅を開始しています」
「翼は?」
「翼さんは現在、日本に向かって航行中の大陸間高速移送機の中で出撃待機中です。時空振動が怪獣出現レベルにまで増加すれば、ゼロさんにお願いすることになるかと…」
「了解だ。だがここから日本まで、ウルトラマンの力でも2時間はかかるらしいからな、チェックは怠らないように」
「はいっ!」
友里あおいを欠き、普段より一人少ない状態で回している司令部。必然的に藤尭とエルフナインの仕事量が多くなっているが、文句を言ってはいられない。
「ヤプールめ…一体何を企んでいる…?」
その呟きに答える者はいない中で、弦十郎は色々と思考を巡らせていった。
あれほど大規模な宣戦布告をしてきた存在だ。その気になれば各国同時侵攻も可能ではないのか。そうせずに日本へと集中した理由は。単純に戦力が整っていないのか、それとも…
『…我々の戦力を測ろうとしているのか、ですね』
電脳意識体として端末に居座っているエックスが、弦十郎の思考を代弁するように声を出した。エックスの言う通り、考えられるもう一つのケースはそれだ。国連軍機動部隊、シンフォギア装者、そしてウルトラマン…。これらを相手にすると考えれば、まず戦力の規模、その効果範囲を知ることが重要となる。
「…その為の少数規模での侵攻だとでも言うのか…?」
『オッサン、こちらC地点だ。見える範囲のノイズは全部片付けたはずだけど、どうだ?』
と入電してくるクリス。すぐに状況を確認すると、彼女の言う通りC地点に存在していたノイズは殲滅が完了していた。他のA、B両地点でもほとんどのノイズが倒されている。驚くほどに何事もなく順調だ。
やがてそうしている間にノイズの反応は消失し、状況は収束したかのように思えた。
『…なるほどな。シンフォギア…その力、とくと見させてもらったぞ…!』
突如として響き渡る、重圧を孕んだヤプールの声。先日と同じその声に、聞き入る者全てが反応してしまっていた。
「司令!B地点及びC地点で時空振動の増大を確認!怪獣出現が予測されます!!」
「翼の現在位置と日本までの到着予想時間はッ!!」
「ハワイを通過しました!現在の航行速度で行けばあと2時間で日本近海に到着します!」
「クリスくん!調くん!切歌くん!君たちの地点で怪獣が出現する可能性が高い!市民の避難と被害を食い止めることを最優先として動いてくれ!くれぐれも、無茶だけはするなッ!!」
『師匠、私は…!?』
「ヘリを向かわせるから、C地点でクリスくんと合流してくれ!」
『了解ッ!』
指示を一通り出した後、思わず弦十郎は歯軋りした。こうまで後手に出るしか出来ないのが、歯痒くて仕方なかったのだ。
戦力分散目的の多点同時襲撃。そこのカバーを動かした事でそれまで守っていた部分が手薄になり、その穴を突かれることも在り得る。それは、何よりも最悪なシナリオだった。
『貴様らにも教えてやろう小娘ども…。歌などで、世界は救えぬと言う事をッ!フッハッハッハッハッ!!!』
装者たちどころか世界全土に届くような高笑いを叫ぶヤプール。クリスはビルの屋上で、響は人気の無くなった町の中で、調と切歌は小さく灯りが点された港で、それぞれがその声を聞いていた。
「下卑た下劣な笑い声がウザッてぇ…!」
苛立ちを露わにしながら空を見上げるクリス。サイレンが鳴り響き警察や消防が避難勧告を出しているにも拘らず目下の街…ビルの中や裏通りにはまだ避難していない人がいる。事の重大さを理解していないのか野次馬根性なのか、到底理解のしようがなかった。
こいつらはこのまま死にたいのか、なら好きにさせてりゃいいんじゃないか…。そんな知らぬ者の愚鈍さに思わず舌打ちしてしまう。それが、知っている者の傲慢さであるとも気付かずに。
(…今更迷ってんじゃねぇよ。コイツは、誰かを護るための力なんだ…。選り好みとかやっていいヤツじゃない…。死んでいい命なんか、あるはずない…!)
悪い思考に支配されそうになった時、不意にさっき往きあった教師の言葉を思い出した。ギアの一部を開き、小さな御守を取り出す。何故だかその時、あの無害で温和な笑顔が浮かんできて、なんだか嫌な気分が晴れてきた。
赤い銃把と共に猛から貰った御守を握りながら気持ちを固め落ち着かせる。目を閉じて深呼吸一回すると、余分な思いは隅へ追いやることが出来、目の前に集中出来るようになっていた。
「…まったく本当に…感謝するよ、センセ」
B地点では海の上に広がり続ける暗雲を、調と切歌の二人が身構えながらジッと眺めていた。
「ホントにやっぱり、出てきちゃうんデスかねぇ…」
「…怖い、切ちゃん?」
「アハハ…正直なところすんごいビビリ入ってるデス。調は、怖くないデスか?」
「……怖い、かな。でも、隣に切ちゃんが居てくれるし、お揃いのお守りも貰ったから」
言いながら左手の中指に嵌めてあるリングを見せる。それは、星司が渡したペアリングの片方だ。暗雲の夜が起こす暗闇にも負けず輝く中央の小さな宝石に、切歌も嬉しくなってつい自分のリングを嵌めた右手を調の左手とタッチさせた。
「確かに、調の言う通りデス。二人一緒だし、星司おじさんも応援してくれてるデスよ♪」
明るい切歌の笑顔に釣られ、調も優しく口元を上げて応えた。恐怖はあっても、それを越えれる想いの強さはたくさん貰って来たはずなのだから。
「頑張ろうね、切ちゃん」
「勿論デス!ワタシたち、まだ二人揃って一人前いくかどうかデスけど…」
「二人なら、独りより伸ばせる手は長くなるから…!」
「「ここは、守ってみせる!」」「デェス!」
どちらからともなく手と手を握り合い、恐怖以上の明るさを秘めながら暗雲と対峙する二人の少女。力はともかくとしても、その心は間違いなく一人前のそれだった。
ヘリの中でクリスの待つC地点に向かう響、都心近郊の繁華街と沿岸部の其々で暗雲を睨み付けるクリス、調、切歌。高速移送機の中で如何なる状況にも対処する心構えを固める翼。それぞれが各々の想いを固めながら、次の戦いが始まろうとしていた。
『さぁ現れろ超獣よ!!この世界に、慟哭と絶望をくれてやれぇッ!!』
高鳴るヤプールの叫び声。そしてまた暗雲に紅黒の亀裂が走り、漏れ出すように形容しがたい獣の猛り声が鳴り渡った。
EPISODE03 end...