獣の啼声が響き渡り、音と言う名の振動波が木々やビル群の窓を大きく震わせていく。ビルの屋上で、その衝撃にクリスはただ耐えていた。自身のギアが生み出したとはいえ、安定のしない上げ底の靴が少し恨めしく感じた。それほどまでに、この威圧感は半端じゃない。
「鳴き声一つでこんなにもかよ…!」
そんな相手にも負けぬ為、歯を食いしばりながら空の裂け目を凝視する。やがて亀裂は大きくなり、まるで窓ガラスを割ったみたいに砕け散る。そこから怪獣…否、ヤプールが生み出した超獣が、その巨体をこちら側の世界へと飛び出させた。
その超獣は黒い巨体に、まるでヒレのように無数に伸びた深紅の突起が後頭部や肩、背中に生え揃っている。その様はまるで珊瑚のようでもあった。そして赤く無機質な目を輝かせて、出現した超獣は己を誇示するかのように更なる啼声を呻らせた。
『さぁ往け!ベロクロンよ!人間どもの街を、焼き尽くしてしまえ!!』
「C地点にて、怪獣の出現を確認!!」
「もう来たか…!クリスくん、無茶はするなよッ!!」
「わぁってるよッ!!」
それが出来ればどんなに良いか、と内心で否定の返答をするクリス。立ち並ぶビル群よりも巨大な威容は、その場に居なければ体感することは難しいだろう。そんな文字通りの化け物を相手にするのだ、無茶をしなければ勝ちの目など見えやしない。
「とりあえずはご挨拶だなッ!」
二挺拳銃のアームドギアを初期状態であるクロスボウ型に変え、初手の一撃を繰り出した。放たれた赤い光の矢はベロクロンへと伸びていき、その顔に命中。意識を向けさせることとなった。
「さぁ来いよデカブツ!この街ブッ壊すってんなら、まずはアタシを倒してからだッ!」
威勢良く叫びながら両手のクロスボウをガトリングガンに形態変化。遠慮も躊躇も無くその引金を握り締める。一丁に付き三連口の砲門が2つ、両方合わせて計4門12口から撃ち放たれる無数の弾丸、クリスが最も愛用する技である【BILLION MAIDEN】である。
ベロクロンの巨体に、吸い込まれるように集中していく弾丸。撃ち続ける中でもクリスはビルからビルへと移動を続けている。怪獣の放つ一撃の重さは先日の翼とマリアが残した戦闘記録からも理解っている。狙いを定められるわけにはいかないのだ。そういった部分を鑑みても、接近戦を必要としない点からも、クリスとイチイバルが怪獣相手には最も適している。その事実を言葉ではなく身体で理解していた。
投げ売りの如くばら撒くは鉛玉。それが意味するものがなんであるか、理解らぬ馬鹿に付ける薬など有りはしない。立ち昇る硝煙と撃ち鳴らされる砲声はまるでカーニバルのようであり、彼女の前に立つ者はまるで暴れ馬のように跳ね踊らされるのみ。
彼女が胸より唄う歌…不器用な思いを苛烈に、銃声にも負けぬ声で歌い上げるクリス。身体に火花を散らせながら深紅の眼を右往左往していくベロクロンに、一方的な攻撃を与え続けていた。だが、この程度じゃ大したダメージになってないってことも相手の状態から見て取れる。
「だったらッ!」
声と共に腰部アーマーを展開。ガトリング斉射を一旦解除して小型のミサイルを一斉に発射した。こちらもクリスが何度も用いてきた技、【MEGA DETH PARTY】だ。
小型ミサイルはベロクロンの顔面に直撃し、爆発が煙幕となってその視界を奪い去る。その煙が晴れぬ間に背後のビルへ立ち、アームドギアを更に展開。大型ミサイル2機を生み出しガラ空きの後頭部目掛けて撃ち出した。高い火力に合わせ移動手段としても応用の効くミサイル弾、【MEGA DETH FUGA】。
クリスの主武装三種を叩き込まれ、ベロクロンの頭が爆発の煙で覆われる。どれ程のダメージになっているかは分からないが、これだけ撃ち込めるのだから所詮は図体だけの木偶の坊か…。
そう、ほんの僅かに気を緩めた瞬間。爆発による煙幕の中から、赤い物体…ベロクロンの持つ突起物が高速でクリスに襲い掛かって来た。
思わず舌打ちしながらその場を蹴り背後へと跳ぶ。彼女が認識したのは、まるで電柱を投げられたような感覚。真っ向から対峙していいモノじゃないが、ただの物理攻撃であれば躱してしまえばいい。
クリスの考えは間違ってなどいなかった。ただ一つの過ち…いや、これはクリスに限ったことではなく、この世界の誰もが【超獣】とはなんであるか、まったく理解出来ていなかったことだ。直撃する突起、瓦解するビルの屋上。そんな予測を凌駕した事象が、発生した。
「なん――」
屋上に直撃した瞬間、突起が輝きを放ち、その場で大爆発を巻き起こした。
『クリスくん!』
『クリスさん!大丈夫ですか!!?』
弦十郎とエルフナイン、二人の声が耳に届く。辛うじて防御出来たからか、大分吹き飛ばされてしまったが幸い意識は問題ないし身体も動く。しかし、こればかりは予想外も良いところだ。
「…まさか、ミサイルなんか積んでるとはなぁ…!」
呻くように呟きながら立ち上がるクリス。その呟きに、タスクフォース指令室も驚愕の色で染まっていた。
「…解析、出ました!あの怪獣の背部にある赤い突起は、全てがミサイルとなってます!」
『すまない、風鳴司令。ヤプールの呼び出した怪獣…いや、超獣のデータは、私だけでは不十分だった…!』
「いや、我々こそ認識が甘かった…!超獣…つまり、怪獣であり戦略兵器でもあると言う事か…!」
思わず唸ってしまう弦十郎。この非常識に直面して初めて、自分の持つ感覚も矮小な人間の物だと痛感させられる。その身一つで振り落ちる巨石を砕けようと、それは所詮人間からほんの僅かにはみ出ただけに過ぎない。
この理不尽な暴力は、まるで人が小石を蹴り飛ばすことと同じ感覚で家屋を踏み壊し、唄を歌うような軽やかさで周囲を火の海に変えるのだろう。そんな地獄絵図が、誰の眼にもありありと浮かび上がってきた。
『…ビビんなよ。らしくねーぜ、オッサン』
「クリスくん…!」
『理不尽が何だ、不条理が何だ。イチイバルは…今のアタシの歌は、そいつをブッ潰す為のものだ。簡単じゃねーか、ミサイルだろうが機関砲だろうが、それを越えてあのデカブツを木っ端微塵にしてやるだけさ…ッ!』
切れた口内に溜まった血を吐き捨て、立ち上がるクリス。眼前の相手は彼女に視線を合わせ、どこか嘲笑っているようにも感じられた。
斯様な巨大な獣にどれ程の知性があるのかは知らない。知ろうとも思わない。だがアレは確実に、この身を焼き潰した上で街を蹂躙する心算だろう。
――嘗めるな、と。そう心で呟きながら胸元のマイクユニットに手をかけた。
「出し惜しみなんざ、してやる謂れもねぇよなぁ…!」
取り外されたマイクユニットを握り掲げる。それは先の魔法少女事変にて、キャロルに対抗するためにエルフナインが錬金術の力を以て生み出したシンフォギアの強化形態。魔剣の呪いと力を宿す、決戦用ブースターユニット。
「――イグナイトモジュール、抜剣ッ!!」
マイクユニットの左右に伸びた突起を押し込むことがスイッチとなり、ギアに秘められた新たな力を解き放つ。ユニットから伸びた棘が胸に突き刺さり、魔剣ダインスレイフの呪力が装者の身を蝕んでいく。
其れが齎すは抑えきれない破壊衝動。これを制御することでギアの出力を爆発的に上昇させ難局を打開する装者達の切札となっているのは間違いなかった。だが半面、そのモジュール起動に伴う破壊衝動を抑え込む為に多大な体力及び精神力が必要となる。先日のシドニーでの戦いにて翼とマリアがコレを使用しなかったのは、その場の状況と言うのもあるだろうが既に受けていた多大なダメージから破壊衝動を抑えられるものではないとの判断もあった。それも解したからこそ、クリスはこの場で用いることを決めたのだろう。
魔剣に蝕まれ侵されたギアは禍々しく獣性を帯び、黒い異形へと形態変化。発せられる歌もどこか歪みを感じるものに変わっていた。そのままその場で下腿部の装飾が伸びてコンクリートの屋上に突き刺さり足を固定する楔となる。
「もってけ、全部だぁッ!!!」
ギアに合わせ異形へと変化した携えた二つのガトリングガン、解放した腰部ミサイルユニットと背部から伸びる4本の巨大ミサイル。不本意ながらも彼女を代表する重火器のその全てをベロクロンに向けて解き放った。瞬間破壊力ならば他の装者にも追随を許さないとまで謳われる、クリスの本領ともいえる技、【MEGA DETH QUARTET】である。
本来ならば使用には長いエネルギーチャージが必要なほどの大技だが、イグナイトによる出力増加の作用が通常よりも高速での展開、発射を可能にしていたのだ。
それと同時にベロクロンもまた口から超高熱火炎と指からレーザー光線を発射。空中でクリスの放った弾丸と交錯、大爆発が広がった。それでも引金を引き絞り続けるクリス。何処か察知していたのだろう。止めたら撃たれるのは自分だと。
『クリスさん!イグナイトモジュールの制限時間が500を切りました!気を付けて下さい!!』
耳に響くエルフナインの声に舌打ちで返す。爆発的にギアの出力を上げ、発動時の痛みと引き換えに全面的な強化を得るイグナイトモジュールだが、そこには装者とギア自身を保護する為の制限時間が設けられていた。カウントにして999。それが切れるとその場でギアが強制的に解除されてしまうこととなり、その仕様こそがイグナイトモジュールを短期決戦用ブースターと位置付けていたのだ。
やがて爆風で炎を掻き消したのを目視し、足を固定したアンカーを解除しすぐに別のビルへと移動した。そこで一度銃撃を止め、動きながらベロクロンの状態を確認する。
やや後ろへふらつく巨大怪獣の姿は、クリスの攻撃が確実に効果があったと言う立証でもあった。それでもまだ気は抜かない。さっきもそれで不意打ちを貰ったのだ、簡単に気など抜いてたまるものか。
薄くなった煙からベロクロンの赤い目の輝きが覗きだし、その巨大な足で器用に踏ん張りとどまった。黒い体表は無数の弾丸で傷付き血液らしき液体が流れだしている。だが、まだ倒せてはいない。
「はぁっ…はぁっ……。…効いてるのは間違いねーんだ…。ならあとは、押し切るだけ――」
息を切らし呟きながらガトリングガンを構えた瞬間、ベロクロンの背中が火を噴いた。後頭部から背部にかけて存在している赤い突起…ミサイル発射口から一斉にミサイルが撃ち放たれたのだ。
「――意趣晴らしとでも言う気かよッ!!」
叫びながら再度ガトリングを斉射するクリス。その眼は黒い尾を引きながら高速で四方八方に向けて飛んで行くミサイル群に向け、忙しなく動き回った。
ただミサイルを撃ち抜くだけならそう難しくはない。が、問題はその量と範囲だ。こうも広範囲にばら撒かれてしまっては、避難指定区域外に漏れても可笑しくはない。
させるものかと駆け回り跳び回りながら空を走る弾丸を狙っては引き金を引く。中空で爆発が連鎖するもターゲットはまだまだ飛び交っていた。やや焦りに支配されながらの移動の途中、ビルの一つに着地した瞬間。眼前に合ったベロクロンの口から、火炎が放たれた。
(コイツ、狙ってやがった…ッ!!)
驚愕のまま炎に包まれるクリス。すぐにビルから脱し、思わず地上まで落ちるように逃げ込んだ。落下時の風で炎はすぐに消えたものの、受けたダメージは予想以上だ。辛うじてまだ戦闘を続けられる状態だと確信できるのは、イグナイトギアによる耐久力上昇の加護だろう。
怒りを露わにしながら見上げると、視界に映ったのは巨大な姿と迫り来るミサイルの雨。既に数発が着弾しており、直撃したビルが爆発と共に壊され瓦礫が雨のように降り注いでくる。そして、そこには数人の人の姿が――
「なにやってんだ馬鹿ッ!!逃げろッ!!」
クリスの叫びに反応したのか、直面する危機に相対したからか腰を抜かしながら走り出す野次馬達。だが瓦礫の落下速度は逃げ惑う人を襲うには十分すぎるものだ。思わず走り出し、ガトリングで瓦礫を撃ち抜き粉々に変えていくクリス。どれだけ憎まれ口を叩いても、人を守りたいと言う意志に嘘偽りなど無いのだから。
その想いを乗せて放たれた弾丸はコンクリートの瓦礫を尽く粉砕していった。死から回避したものの、未だ恐怖の声を上げながら散り散りに逃げる人。クリスに対する感謝や称賛の声は、そこには無かった。
「……よかった…。全員、無事だ…」
逃げた人らを確認した瞬間、その緊張の糸が切れてしまうような感覚が起きた。膝から崩れ落ちその場に座り込んでしまうクリス。そしてそのまま、イグナイトギアが光と共に消失してしまった。
「……時間切れ、か…。やべぇ…動けねぇ…」
『クリスちゃんしっかり!すぐそっち行くからッ!!』
通信機から漏れる響の声。無理なんて言葉は言わず使わず、純粋に励ましているのだろう。アイツは馬鹿だから。だったらすぐに来いって言い返したいが、現実的に無理なのは分かってる。しおらしい言葉でもくれてやるかと思ったが、多分どんな言葉でも関係ない。
(…もしアタシがくたばったら、アイツらは多分泣くんだろうな…。泣いて、悔やんで、また泣いて…)
そこで気付いた。自分の死で泣いてくれるってことは、自分と言う存在はそんなにも愛されているのだろうと。
それを知ったのは死を覚悟したから…否、心の何処かで、まだ生きることを諦めたくなかったから。みんなの愛ってヤツに、応えたかったから。
こんなにも、みんなの事を愛していると気付いたのだから。
「……だからアタシは…まだ、死なねぇ…!まだ…ッ!!」
悪しきに負けない心を支えにして、脚を震わせながら起とうとする。だがそれを嘲笑うかのように、ベロクロンはその炎を吐き出した。
クリスがベロクロンと戦闘を開始したのと時間を同じくして、B地点湾岸地区にて調と切歌の前にも超獣出現の兆しが見えていた。
金切り声が鳴り響き、空気を震わせる。空と同じように海が割れ、赤黒い裂け目から異形が現れ出でる。
鋭い棘が伸び、深紅の目玉がギラついている。そしてその口は、まるで巨大な鋏のようだ。
『暴れろキングクラブよ!お前のその怒りで、人間どもを恐怖に陥れろ!!』
海から出現した大蟹超獣キングクラブ。甲高い鳴き声を上げながら、海を掻き分け港へと近付いてくる。まるで台風の時のような大波が起こり、水飛沫は容赦なく調と切歌の小さな身体を濡らしていった。
「…予想以上だね、切ちゃん」
「マリアと翼センパイは、こんなトンデモに立ち向かったって言うデスか…!」
「クリス先輩も、今一人で頑張ってるみたい。響さんもそっちに向かってるって言ってた」
「ありゃ…これじゃ救援は期待できそうにないデスかね?」
「どうかな…。でも、ここを守らなきゃいけないってことは…」
「変わらないデスね!」
繋いだ手を放し二人その手を勢いよくタッチする。そして二人とも別々に、左右別れて走り出した。
「おまえの相手はアタシ達デスッ!!」
「ここで、食い止める…ッ!」
切歌のシンフォギア、イガリマのアームドギアである翠刃の鎌が3枚に展開。そのまま振るう事でうち2枚の刃を射出。切歌の愛用する【切・呪りeッTぉ】がキングクラブを襲う。またその対側から、調のシンフォギアであるシュルシャガナの頭部に2基装備されたアームドギア、紅刃の鋸が巨大に展開。切歌同様それを撃ち放つ技である【γ式・卍火車】でキングクラブへと攻撃した。
鎌と鋸、二つの斬撃がキングクラブに命中するが、その甲羅のような固い体表には効いてるようには見られない。
「だったら直接ッ!!」
肩アーマーに内蔵されたバーニアを吹かせ、肩口目掛けて突進する切歌。その動きを邪魔されないように、調は格納された小型の鋸を連続射出。【α式・百輪廻】で気を逸らしていく。
煩わしそうにそれを払い除けていると、死角から切歌が襲い掛かって来た。全力で振り落とされた刃は装甲に突き刺さるが、彼女の身体に感じたのは硬いという感覚だけ。つまりは中の肉にまでその刃は到達しなかったという事だ。
驚愕の表情も束の間、身体を大きく捻られ吹き飛ばされる切歌。なんとか空中で体制を立て直し、バーニアで勢いを殺しながら着地する。が、そこにキングクラブが額から炎を撃ち出してきた。
「デ、デェェス!?」
「切ちゃん!!」
即座に調が【非常Σ式・禁月輪】を用いた高速モノホイールで走り抜けながら切歌を回収、炎の直撃を避けた。
「た、助かったデス調ぇ…!」
「まだ、来る!」
調の言う通り、今度は口部鋏の中央から勢いよく細かい泡を噴出したキングクラブ。船や建物、地面に当たると命中部分がどんどん溶解していった。
「さ、さすがにあんなの喰らったらただじゃすまねーデス!!」
「…デロデロの、アイスクリームだね」
「調ってば!こんな時に言うことじゃないすぎるデスよッ!!」
至って真剣な顔で言うモノだから困ったものだ。自分たちがあんな無惨に溶けてしまうだなんて、想像なんかしたくも無い。
禁月輪で逃げ回りながら溶解泡と火炎放射の攻撃を躱していく。スピードではまだ分があるが、如何せん彼女らは一撃が弱すぎる。自分らの未熟さに依るものだと分かってはいたが、これはあまりにももどかし過ぎた。クリスを中心にと言っていたあおいの指示が、あまりにも的確だ。
歯が…否、刃が立たない。想いだけはこんなにも逸っているのに。
「あぁもう…どうしたものかデス…!!」
「…イグナイトモジュールで出力を引き上げて、一か所への集中攻撃かな…」
「頭か首か…一発で仕留められるトコロを狙わなきゃデスね…!」
案としては良いかもしれないが、如何せん現実的ではない。必殺を狙うならば、相手の攻撃部位が集中する頭部を狙わざるを得ないが、それを簡単に許してくれるとも思えない。
それにイグナイトモジュールを用いる以上、短期決戦に持ち込まなくてはならないのは自明の理だ。だが問題は、それでも通用しなかった場合だ。
999のカウントがゼロになるとギアそのものが消失し完全に無防備になってしまう仕様上、倒しきれない事は死に直結する。しかして通常のギアでの戦いも似たようなものだ。多大なダメージを受けてしまった場合もギアが解除されるのは当然のこと。どちらにしろ命の危険性があるのは変わらない。ならば…二人の心はすでに固まっていた。
「いくデスよ、調!」
「いこう、切ちゃん!」
「「イグナイトモジュール!抜剣ッ!!」デェス!!」
クリス同様マイクユニットの横突起を押し込み発動。伸びた紅黒の棘が二人の胸を貫き、魔剣の呪詛が侵食していく。動きを止めたそれを好機と見たのか、額からの火炎で攻撃するキングクラブ。だがそのエネルギーの奔流は、彼女らの身を炎から守るバリヤーにもなっていた。そして変化する二人のギアは、どこか悪魔的な禍々しさを持つ形態となった。
「速攻でキメてやるデスッ!!」
「狙うは首…ッ!」
再度左右に分かれ、キングクラブの頸部目掛けて猛進する。迎撃にと吐き出される溶解泡を高速回転で吹き飛ばし、勢いのまま鎌と鋸が左右の頸部に激突した。
火花を散らしながら少しでも切断しようとするも、その甲羅は簡単に削れるものでもない。また大きく身体を捻り、調と切歌を弾き飛ばすキングクラブ。だが空中制動で体勢を立て直した二人は諦めず特攻した。
「調ッ!!」
「切ちゃんッ!!」
互いに名を呼び合うだけで、それ以上は何もいらない。切歌の肩アーマーが展開し左右からアンカーが射出され、うち数本がキングクラブの首へと巻き付き食い込む。そしてそれとは別に4本が反対側にて禁月輪で走る調へと連結された。標的を中央に合わせ、その両端には断頭台と化した翠刃と高速回転する紅刃。最早外すことなど有り得ない。
二つの小さな身体から解き放たれる歌は強くなると言う決意、強さを求める理由。太陽は明るく月を包み込み、月は太陽の輝きに憧れ守ろうと…。互いに互い無しでは存在し得ない命の共有。本当に互いを想い合う、番いの愛。
高らかなデュエットが鳴り響き、二つの刃がキングクラブの首で交錯する。イグナイトモジュールで高まった女神の双刃が織り成すコンビネーションアーツ、【禁殺邪輪・Zあ破刃エクLィプssSS】である。が…。
((――まだ、硬い…ッ!!))
どれだけ破壊力を増してもキングクラブの甲殻は簡単には斬り抜けない。ある程度分かっていたことだが、現実問題としてこれでも刃が立っていないのだ。
切歌がバーニアを全開にしてなんとか押し込み、調もギアを変形させて連結部分をウインチに変え全力で引き絞る。だがそれでも、両断する力には足りてない。
「いい加減に…しやがるデェェスッ!!!」
駄目押しとばかりに細い両足にありったけの力を入れ込む切歌。次の瞬間、僅かに進んだ刃の部分から深緑色の体液が噴出した。肉に届いたのだ。
だがその痛みからか、金切り声を上げながらキングクラブが大きく体を捻らせ暴れ出す。生物である以上当然の反応ではあるが、如何せんこの巨体は調や切歌の云十倍のサイズだ。全力で振り回されればたまったものではない。固定したはずのアンカーごと無理矢理に振り回され、せっかく入り込んだ刃諸共激しく跳ね飛ばされてしまった。
完全にバランスを崩し地面に叩き付けられる二人。そこへ追い打ちとばかりに火炎放射を撃ち放った。
「ぅわぁぁぁぁ!!」「きゃあぁぁぁぁ!!」
炎に包まれながら、なんとか退避に力を入れる。イグナイトギアの力か、大ダメージには違いないがまだ戦えるだけの力は残されている。その力を振り絞り、回転で炎を掻き分けながら再度合流を果たした。
「調、大丈夫デスか…!?」
「なんとか…。切ちゃんは…?」
「どっこいどっこいデス…。しかし…ホントもうどうしたものかデスよ…!」
口惜しそうに先ほど攻撃を仕掛けた首筋を見る。深緑色の体液が漏れ出しているが、あの程度ではどうにもならない。逆に相手を怒らせてしまっただけだ。
なんとか他に打てる手は無いか考えるが、自分たち二人で出来ることなどたかが知れている。あと出せるとしたら…
「――絶唱…」
「…しかない、デスよね」
絶唱。それはシンフォギア装者に与えられた最大最強の攻撃手段。聖遺物に秘された歌唱にてフォニックゲインを爆発的に増幅、それをアームドギアを介し直接放つことで対象にクリティカルダメージを与える文字通りの必殺技である。
だがそれに伴うバックファイアも絶大なもので、正規適合者である翼とクリスでさえ初使用時はその反動で身体に重篤なダメージを負う程でもあった。フロンティア事変の折に調と切歌自身も絶唱は行っていたが、それも適合率上昇薬であるLiNKERを多重投与した上で可能となった事案。
現在は適合率の上昇に加えイグナイトモジュールという新機能が加わったから絶唱に頼ることは無くなったと言えるが、それでも風鳴司令や周囲の先輩たちからは、自分らがこのような手段を取ることは認めてもらえないだろう。
だが今回は事態が事態。切歌の持つイガリマの絶唱特性である【魂を刈り取る刃】は、彼女らにとって唯一必殺の手段であり最後の切札として残していたのだ。切札を使うには早すぎる気もするが、出し惜しみするのも危険が伴う。どちらにしても賭けなのだ。
ならばやれることは全部やってやろう。そう心に決め、指令室へ通信を繋げた。
「エルフナイン、私達の残りカウントは?」
『は、はい!調さん切歌さん、共に200を切っています!』
「ボヤボヤしてる暇は無いってことデスね…。…司令サン!絶唱を使う許可が欲しいのデス!」
『何を言っているッ!君たちにそんな無茶はさせられんッ!!』
「今こうして怪獣と戦っていること自体が無茶だと思います。それに、イグナイトモジュールも併用します」
『屁理屈を言っている場合かッ!!LiNKERによる効果もどれだけ保つか分からんのだぞッ!!
イグナイトモジュールにしても、絶唱なんか使えば発動中にギアが解除されるのは明々白々だッ!そこからのバックファイアでどれだけダメージを負うかも分からんッ!!命を無駄にしたいのかッ!!!』
弦十郎の怒號めいた激しい叱責が二人の耳に突き刺さる。だがそれでも…調と切歌、二人の気持ちは強く固まっていた。
「でも…」
「それでもデス…!」
「もう簡単に死にたいなんて思ってない…。だけど、決死の覚悟が無いとあんなのとは戦えない…ッ!」
「センパイ達みたいに…マリアみたいに…!アタシ達だって、この力を守護る為に使いたいんデス…ッ!!」
二人の想いと願いは、あまりにも懸命なものだった。ようやく見えはじめた力の使い方。何度も失敗して、叱られて、反省して…二人一緒にその手で掴み始めたもの。誇るには遠いだろうけど、それを否定されることは今まで自分たちを正してくれた人たちへの冒涜でもある。彼女らにとって、此処で退き超獣に街を蹂躙されるのを黙って見ているのは、そう言う事なのだ。
そんな真っ直ぐに想いを訴えられ、弦十郎も思わず歯軋りしてしまう。響や翼、クリスに関してもそうだ。こんなにも真っ直ぐで優しい心を持った娘たちが、何故こうも命の危険と隣り合わせにならなければならないのか。大人である自分らは、何故こうも動けずにいてしまうのか、と。
答えを出せぬまま声に詰まっていると、キングクラブの巨大な金切り声が鳴り響く。埠頭に完全に上陸しながら、その赤い眼は調と切歌を標的として見据えている。そして更に追い込みをかけるべく、口から溶解泡を吐き出した。
「切ちゃんやろう!もう時間が無い!!」
「デス!司令サン、帰ったらいっぱい叱ってくださいデス!!」
『調くん!切歌くん!よすんだッ!!』
溶解泡を斬り抜けて並び立つ二人。互いに見つめ合うその顔は、決意に満ちた強い笑顔だ。スッと息を吸い込み、絶唱を解き放つ聖詠句を口にしようとした。
その刹那。
「「―――あっ」」
視認は同時。それ以上の反応は出来なかった。音も無く這い寄って来た巨大なそれは、瞬く間に調と切歌の身体を覆いこみ、締め付けた。