アラクニドっぽい何か 作:タランチュラの末裔
大抵の捕食昆虫は『罠を張って待つタイプ』と『素早い動作で機先を制する攻めのタイプ』に分かれている
だが『蟷螂』はそのどちらにも属さない、獲物を視界に捉えた後は「待つ」のでも「攻める」のでもなく、「ゆっくり近づく」のである
昆虫は知覚システムの構造上ある程度素早い動きには反応できるが、ゆっくりとした動作には反応できない
蟷螂がどうやってそれを知り得たのかは定かではない
ただ一つ分かっているのは蟷螂ほど「狩り」に適した昆虫はいないという事である
「死ねっ!!」
蟷螂が袖から飛び出た鋭利な刃物を流れよく振り回す
足高蜘蛛は冷静に蟷螂の動きと刃の軌道を見切り、一振り一振りを丁寧に避ける
「(チッ、左右移動がしにくい狭い玄関じゃ圧倒的に不利か・・・)」
刃を避ける足高蜘蛛は有栖と共に徐々に後ろへ下がっていく
そして広い居間へ飛び出すと、咄嗟にテーブルを片手で持ちあげ蟷螂へと放り投げた
「こんなものが通用するとでも思ったか!!」
蟷螂は片方の鋭い刃で飛んできたテーブルを真っ二つに切り裂くと、もう片方の刃を足高蜘蛛の左腕へと突き刺す
刃が通った左腕からは血が溢れ、足高蜘蛛は表情を少し歪ませた
「足高蜘蛛さんッ!?」
有栖が悲鳴に似た声を上げる
刃を突き刺し相手の動きを止めた蟷螂が余裕の笑みを浮かべて言った
「なァーんだ・・・蜘蛛の一番弟子も大した事ありませんね」
「ぐッ・・・!!」
足高蜘蛛は右手で刃を引き抜き、蟷螂と距離を取る
「まぁ元々、姑息な罠で勝ちを拾う『蜘蛛』と生粋の戦闘種である『蟷螂』とじゃ勝負になりませんけどね・・・」
笑いを浮かべた口から舌を覗かせる蟷螂が刃を構える
すると足高蜘蛛は刺された左腕を左右上下に動かし、正常に動くことを確認すると口元を思いっきり吊り上げた
「残念だけど、足高蜘蛛は姑息な罠なんて使わねェんだよ」
自信ありげに言い放つ足高蜘蛛
「ほざけっ!!」
刃を振り上げて足高蜘蛛へ突進する蟷螂
足高蜘蛛は振り下ろされる蟷螂の刃を避けず、右腕でそれを受け止めた
「何ッ・・・バカな・・・!?」
「!!」
鋭い刃を腕で静止させる足高蜘蛛を驚いた様子で見る蟷螂
後ろで戦いを見ていた有栖も目を開いたまま動かない
「何故・・・私の
「これがオレの武器さ」
足高蜘蛛が服の右袖を引きちぎり、刃を防いだ物の正体を明かす
「こ・・・これはッ!?」
「蜘蛛籠手(スパイダー・ガントレット)」
足高蜘蛛の右腕には、有栖の持つ「蜘蛛糸(スレッド)」より若干太い一本の糸が何重にも巻き避けられていた
その糸が蟷螂の刃を静止させていたのである
「そんな糸を巻きつけただけで・・・私の刃を止めたというのか!?」
たった一本の糸で自慢の刃を防がれた蟷螂が驚愕の表情を浮かべて叫んだ
蜘蛛の糸は同じ太さであれば鋼鉄をも凌ぐ、自然界最強のファイバーである
それを10万本以上束ねて作られた「蜘蛛糸」を操者が身体に巻きつけたならばその部位は「鋼鉄の鎧」と化す
足高蜘蛛が使う糸は「蜘蛛糸」よりも更に多くの糸を束ねて作った特製の物であり、それを巻きつけた「蜘蛛籠手(スパイダー・ガントレット)」は攻守共に優れた戦闘武器である
「こ、この蟷螂が・・・姑息な蜘蛛に負けるわけが・・・!!」
「足高蜘蛛ってのは・・・蜘蛛の中でも異質なのさ」
蟷螂が腕に力を入れるが、蜘蛛糸を巻いた腕を斬り落とすことが出来ない
そんな中で足高蜘蛛は平然とした様子で言う
「糸で罠を張らず・・・獲物を見つけた瞬間、何の細工も無しに飛びかかってその場で捻じ伏せる・・・蜘蛛らしくない蜘蛛だろ? 蟷螂よりも単純で確実な狩り方法さ」
そう言うと鼻で笑いながら蟷螂を見た
「まぁ元々、獲物にこっそり近づく事しかできない『蟷螂』と素早く獲物を捉える『足高蜘蛛』じゃ勝負にならねェか」
「舐めやがってぇ・・・この小僧がッ!!」
蟷螂はもう一方の刃で足高蜘蛛の首を狙う
足高蜘蛛はそれを素早いフットワークでかわすと、拳を構えて言った
「足高蜘蛛は本来、蟷螂を捕獲する事はねえんだ・・・だがこれ以上やるってなら、悪いけど―――」
「死ねッ」
最早、足高蜘蛛の言葉を聞き入れる様子もない蟷螂が力任せに鎌を振るう
「やっぱ退かねえか・・・」
それを避けた足高蜘蛛はため息を一つつくと拳を強く握り締め、腕に力を込める
「蜘蛛の弾丸(スパイダー・ブレッド)」
鎌を見切りって無駄なくかわした足高蜘蛛は、目にも止まらぬ速さで蟷螂の顔面に拳を打ち込む
拳には蜘蛛糸がバンテージのように巻きつけられていて、蟷螂の顔面に鈍い音を立てながら容赦なくめり込む
吹き飛んだ蟷螂が壁に激突する
「あ、あの・・・足高蜘蛛さん・・・」
有栖が後ろから恐る恐る声をかける
血が滴る握り拳を解きながら、足高蜘蛛は倒れて動かなくなった蟷螂を見て言った
「もう大丈夫だ・・・ケリがついた」
「死んじゃったんですか・・・?」
顔面の骨が砕けて、原形を止めていない蟷螂
どうやら壁に激突した際に頭蓋骨や頸椎も深く損傷したらしい
「恐らくな・・・これで生きてたら化け物だろ」
「・・・・・」
足高蜘蛛の平然とした一言に、有栖の表情が若干曇る
一度人を殺した事があっても「死」が訪れた人間を見るのはまだ少し気が引けるらしい
「だが、これでオレ達は完全に「組織」を敵に回した・・・オレはもう「組織」には戻れないし、次の刺客がお前を狙ってくるぞ」
有栖に向かって足高蜘蛛が言う
「すいません・・・私のせいで・・・足高蜘蛛さんまで「組織」の敵に・・・」
申し訳なさそうに有栖が深く頭を下げる
「だからすぐ謝るな、俺は自分の意思に従っただけだ」
少し強めの口調で言い放つ足高蜘蛛
それを聞いた有栖は頭を上げずに驚く
「俺は「組織」の蟲である前に、「蜘蛛」さんの弟子であり家族だ・・・俺が今一番やりたい事は組織で金を稼ぐことでもない、蟲として一生安泰に暮らしていくことでもない」
「・・・・・」
足高蜘蛛の言葉をただ黙って頭を下げながら聞く有栖
「蜘蛛さんの大切な娘であるお前を守り抜く事だ! ・・・分かったら二度とこの話はすんなっ」
自分で言っておいて恥ずかしいのか、顔を少し紅潮させて投げやり口調で言う足高蜘蛛
有栖はようやく顔を上げ、笑顔を作る
「はいッ・・・ありかどうございます!」
そう言った有栖の頬に一筋の涙が伝う、その涙に秘められた感情が「喜び」か「安堵」か、これから先に起こりうる出来事への「恐怖」なのかは定かではない
ただこの時の有栖は心の底から笑っているようだった
笑っている有栖を見て、何故か自然に頬が緩むのを感じていた足高蜘蛛
しかし、そんな二人に迫る一人の男がいた
ニット帽を被り、リュックを背負った初老の男である
「えっ・・・!」
有栖の表情が笑顔から驚愕の色へと変わる
「今回も早いお出ましですね、『死出蟲』さん」
血がついた拳を拭い、現れた男に話しかける足高蜘蛛
死出蟲と呼ばれた男は野太い声で言った
「久々だな、お前の殺しを見るのは・・・相変わらずえぐい死体を作りやがる」
死出蟲はそう言うと、担いでいた細長いケースを降ろして中に蟷螂の死体を入れ始める
「足高蜘蛛さん・・・この人・・・」
有栖が少々慌てた様子で足高蜘蛛に声をかける
「大丈夫だ、この人は「組織」の人間だが殺し屋じゃない・・・言わば「組織」専属の死体回収係ってとこだ」
冷静な様子で言われた有栖はただ黙って死出蟲の仕事を見ていた
「死出蟲さん、『ボス』に伝えておいて下さい・・・蜘蛛を縛ることはできない、これ以上有栖を狙うならこちらも相応の態度を示すと」
「伝えておこう」
蟷螂の死体をケースに入れ終え、立ちあがった死出蟲が言った
「だが、「組織」からもお前たちに伝えることがある・・・ここはお前たちの家じゃない、早々に立ち退け」
「え・・・」
有栖が驚いた様子で口を開く
「驚くような事じゃない、この家は「組織」の所有物・・・「組織」の人間以外の使用は認められない、もちろん「組織」を抜けたお前もだ『足高蜘蛛』」
「分かっています」
「・・・何がお前をそうさせているのかは知らんが、個人が「組織」に歯向かうなど・・・俺に言わせれば自殺と変わらん」
そう言うと死出蟲は足高蜘蛛と有栖に背を向けて歩き出す
「虫籠に入るのが嫌なら自分で巣を造るんだな、『蜘蛛』の子よ」
一言いい残しその場から立ち去る死出蟲
その様子を黙って見つめていた有栖がはっとした様子で言う
「ど・・・どうするんですか足高蜘蛛さん・・・私たち、住む場所が無くなっちゃいますよ」
「・・・仕方がない、「組織」と戦う以上ある程度の苦労は覚悟しないと・・・何とかオレ達自身で生活できる場所を見つけ出すんだ」
「・・・はい」
少し不安げに返事をする有栖
それを見た足高蜘蛛は励ますように有栖の肩を叩いて言った
「心配するな、まったくアテが無いわけじゃない」
「本当ですか!?」
足高蜘蛛の一言に有栖の表情が明るくなる
すると足高蜘蛛はどこからか取り出した毛布を有栖に手渡すと、背を向けて言う
「それよりも、お前は自分の格好を気にする癖をつけろ・・・」
「え・・・?」
有栖は足高蜘蛛に言われて初めて自分の状態に気づいた
蟷螂の刃に斬られて床に落ちているスカート
上に羽織っていたフードは中に着ていたシャツと共に胸元辺りまで裂けている
お陰で初々しい白い下着とお腹にあいている可愛らしいへそが露わになっていた
「あ・・・あの・・・」
あっという間に顔を真っ赤に紅潮させ、口をパクパクと動かす有栖
何やら危険を察知して、有栖に背を向けたままその場を立ち去ろうとする足高蜘蛛
「気づいて・・・いたならッ・・・!!」
有栖が少々かすれた声でそう言うと、足高蜘蛛の右手首に蜘蛛糸(スレッド)が巻きつけられた
足高蜘蛛は思わず顔を強張らせる
「もう少し早く言って欲しかったです!!!!」
次の瞬間、足高蜘蛛の体が宙を舞って玄関先まで投げ飛ばされた