アラクニドっぽい何か 作:タランチュラの末裔
足高蜘蛛と有栖が組織の勧誘を蹴ったその翌日
有栖が通う高校の制服を身にまとった足高蜘蛛が、一人の女教師と共に校内を歩いていた
「悪いな、急に制服を用意してもらって」
「別に気にしなくていいわよ」
足高蜘蛛が頭を下げてそう言うが、女教師は特に動じた様子もなく答えた
「それにしても・・・急にアンタが学校に通いだすなんて、どういう風の吹きまわし?」
「詳しくは話せないが、色々事情があってな・・・」
組織に逆らった事を隠しながら足高蜘蛛は話す
女教師は気にする様子もなく歩き続け、職員室の前で足を止める
「それじゃ、私は教師としての仕事があるから」
「あぁ・・・色々世話になったな、〝水黽〟」
平然とした態度でそう言ってのける足高蜘蛛
すると水黽と呼ばれた女教師は、足高蜘蛛の口に人差し指を添えると顔をしかめて言った
「この学校では〝高沢先生〟と呼びなさい」
強めの口調の水黽に対し、半ば面倒くさそうな態度をとる足高蜘蛛
やがて小さなため息をつき言った
「分かったよ・・・高沢・・・先生」
慣れない呼び方に若干の抵抗を覚える足高蜘蛛
「よろしい! アンタも校内では一般人のように振舞いなさいよ、〝泉八雲〟くん」
「分かってるよ」
足高蜘蛛の返答に満足した水黽は静かに職員室へと姿を消した
その様子を見届けた足高蜘蛛は、自分の転入したクラスの教室へと足を進める
「組織」の蟲は皆、「組織」から授かった偽名を使用して表社会で生活している
足高蜘蛛も例外ではなく、蟲として「組織」に加入した時に名前と戸籍を奪われ、今は名を名乗るときはいつも偽名を名乗っている
その名が『泉八雲 憐(いずみやくも れん)』
足高蜘蛛が本当の名を取り戻すまで、名乗り続けなければならない名前である
それから時刻は少し過ぎて、もうじき午後に差しかかる
足高蜘蛛は同じクラスの生徒たちに自己紹介を済ませた後、なるべく目立たないように行動していた
現在は四校時目の授業、座学であったが足高蜘蛛の耳には教師の言葉は届いていない
「(有栖と同じクラスになれなかったな・・・まぁ、ここは学校だし・・・人あまり派手な襲撃は無いとは思うが・・・)」
足高蜘蛛は座りながらノートを取るフリをして、有栖の身に起こるありとあらゆる危険と可能性を考えていた
自分が有栖と関わりを持っているという事は隠していた方が都合が良いため、学校潜入の際に力を借りた水黽にもこの事実は打ち明けていない
それ故、有栖と同じクラスになるよう仕組む事は出来ず、結果的に有栖とは違うクラスで授業を受けるようになった
「(蜚蠊や竈馬のように学校の生徒に化けて潜入している蟲がいる可能性もある・・・もしかすると水黽のように教師になって・・・)」
そんな事を考えていた足高蜘蛛だが、すぐに首を左右に振って考え直す
「(いや待て・・・教師として潜入すれば生徒たちの目に触れやすくなって殺しを決行するのは困難になるハズだ・・・だとすると清掃員か非常勤になりすまして・・・)」
延々と考え続ける足高蜘蛛
するとそのすぐ後ろから男子生徒達の私語が耳に入ってきた
「なぁ、お前らの中で今日の保健室に行った事ある奴いる?」
「いねえな、つーか保健室とか行った事ねえ」
「保健室なんて滅多に行く事ないだろ、行っても太ったババアしかいねえし」
ひそひそと教師に聞こえない程度の音量で話す生徒達
しかしその後、一人の生徒の発言に足高蜘蛛が目を光らせた
「それがよぉ、今日の保健室の先生はいつものおばさんじゃねえんだぜ」
「へぇ、どんな人なんだよ」
「それがなんと金髪巨乳美人! あんな先生今まで見た事ないから、きっと非常勤かなんかだぜ」
「マジかよ!? ちょっと保健室行ってこようかな・・・へへっ」
「!!」
ひどい胸騒ぎを感じた足高蜘蛛は、勢いよく席から立ちあがる
そしてクラスの生徒と教師の視線を一斉に浴びながら、「トイレに行ってきます」と一言残すと教室を飛び出した
「(非常勤で・・・しかも金髪の女だって!?)」
足高蜘蛛の脳裏に一人の女の顔が浮かび上がる
その人物は自分の最も苦手とする蟲であり、「蜘蛛」よりも殺しの
もしかすると既に有栖は、そいつに狙われているのかもしれない
「(オレの予想が当たっていれば・・・かなりヤバい事になる・・・!!)」
足高蜘蛛は急いで保健室へと走って行った
足高蜘蛛が教室を出る少し前の時刻
有栖は体育の授業を受けた際に、有栖を虐めている主犯格である黒髪の生徒、田嶋 頼子によって足を負傷させられていた
負傷させた張本人である田嶋はその責任を取らされ、足に怪我を負った有栖と共に保健室へと足を運ぶ
「ねえ、何カマトトぶってんのよ」
田嶋が疑っているような目で有栖を見て言った
「この間みたいに、私をぶっ飛ばせばよかったじゃない」
「・・・・・」
田嶋の言葉に有栖は若干困った表情を浮かべる
そして少し黙りこんだ後、重そうな口を開く
「・・・あ、あの時は・・・必死だったから、私 あんまり覚えてなくて・・・」
有栖の返答を聞いた田嶋が歯を食いしばった
すると有栖を壁際へと追いやり、真剣な表情で言い放つ
「すっとぼけてんじゃないわよ」
田嶋の突然の行動に目を見開いて驚いた様子の有栖
「私、アンタの事警察に言ったのよ・・・クラスメイトが拳銃を持ってる、学校のトイレに弾痕があるからすぐに調べてくれって・・・でも全然本気で取り合ってくれなかった」
田嶋は有栖に返答する暇を与えることなく喋り続ける
「それどころか、まるで何事も無かったかのようにトイレの壁も完全に補修されてた・・・」
普通じゃない出来事を語り続ける田嶋は有栖に顔を近づけ、しっかりと目を合わせて言う
「ねえ、もっかい聞くけど・・・アンタ一体、何なの?」
「・・・・・」
問いかけられた有栖はゆっくりと目を瞑り返答を考えた
一般人である田嶋 頼子に「組織」の事を知られてはならない、しかし自分が以前田嶋に対して行ったことは明らかに常識とは外れていて弁解できる状態ではない
「あの時は本当にどうかしてました・・・ごめんなさい、二度とあんなことは・・・」
有栖は田嶋の質問に答えず誤魔化す事にした
しかし田嶋は鋭い目つきで指摘する
「ちょっと話逸らしてんじゃないわよ、私が聞いてんのは何でアンタが銃なんか持って―――」
「言えません」
田嶋の言葉を遮るように有栖が言った
いつもとは違った目つきの有栖に、田嶋は言葉を失う
「言えば巻き込んでしまいます、危険ですから・・・あまり私に近づかないでください」
そう言い残した有栖は、固まったままの田嶋を置いて、一人で保健室へと向かった。
場所は変わって保健室
綺麗な若い女の養護教諭(養教)が、ベッドの上に横になっている有栖を見つめる
有栖の腕には点滴が打たれていた
「一年D組、藤井アリスと・・・」
養教は軽快にカルテを書き上げると、有栖を見て笑って言った
「可愛い名前ねー」
「ど・・どうも・・・」
褒められるのに慣れていない有栖が、若干照れた様子で会釈する
すると養教は有栖の脇から挟めていた体温計を取り出して数値を確認した
「熱は無いみたいね、寝不足と栄養不足・・・それに脱水症状ね・・・怪我も大したことないわ・・・十分に水分を補給して、午後まで寝てれば良くなるわ」
「あ・・・あの」
有栖が不思議そうな顔で尋ねた
「いつもの先生じゃ・・・ないですよね」
「非常勤! 井坂先生が休みの時だけ私が来るの、よろしくね!」
有栖の問いに養教は陽気に答える
そして寝ている有栖に目一杯顔を近づけて言う
「そんなことよりアリスちゃん・・・何か、悩み事があるんじゃないの?」
有栖の視線が養教のそれと重なる
何もかも見透かされてしまうような、そんな養教の視線を浴びて、有栖の頬に一筋の汗が垂れた
「いくら何でも痩せすぎだわ、過度なストレスが原因としか思えない」
「い・・・いえ・・・大丈夫です」
有栖が養教の視線から逃げるように顔を背ける
心なしか、自身の心拍数が上がっているように感じた
「こら、隠さない! 言いにくい事だろうけど話して頂戴、気がかりなのは進路? それとも男の子?」
養教は、しつこいくらいに有栖のストレスの原因を突き止める
一方の有栖は、頑なに口を開こうとしない。一般の人に組織の事を知られては危険な出来ごとに巻きこんでしまうかも知れない為である
しかしそんな有栖の配慮は、次の養教の一言で無用となった
「それとも、『組織』の事?」
「!!」
養教の一言に、有栖の表情が固まる
「(ま、まさか・・・この人・・・)」
有栖の目が徐々に大きく開かれ、やがて驚愕の表情を浮かべた
自分の今考えられる中で、最悪の状況が頭をよぎる
「そりゃま、ストレスにもなるわよね・・・いつ誰に殺されるか、分からないんだもの」
養教は静かにその場にあった机の引き出しから、銀色に輝くメスを取り出す
そして纏っていた白衣を脱ぎ捨てると有栖のすぐ隣に立った
「でも些細な事よ、世の中には・・・死ぬより辛いことだってあるんだから」
「(学校は人目があるから安全だと思ってたけど、そんな事無い・・・死角なんていっぱいあるんだ・・・どうすればいい? 決まってる・・・)」
有栖が鋭い目つきで、養教を睨みつける
「(殺される前に・・・殺すしか無い)」
養教が更に一歩近づくより先に、有栖は蜘蛛糸を机の脚に巻きつけ、養教に向かって投げつけた
「噂通り、手癖の悪いガキねッ!!」
養教は机を素手で払う
有栖はその隙に養教の頭上へと飛びあがる、手には鋭い鋏が握られていた
「(・・・!?)」
鋏を養教に突き刺そうとした有栖だったが、何もしないでそのまま地面に倒れた
正確に言うならば何もしなかったのではない、何も出来なかったのだ
「(な・・何これ・・・身体が動かない)」
指一本どころか、口すら動かせない有栖が、焦りの表情を浮かべる
「自己紹介が遅れたわね・・・私の名は、蠍」
厭らしい笑みを浮かべて『蠍』と名乗った養教は、動けない有栖を見降ろして言った
「さっきの点滴は『黄色尾太蠍(イエローファットテイル)』を始めとする、北アフリカ原産の強毒サソリ数種の混合毒液、『神経蠍毒(ネウロトキシン・スコルピオ)』」
有栖は、蠍に言われて初めて点滴の液体が入っている袋に視線を移す
よく見るとそこには透明の液体ではなく、色づいた液体が入っていた
「神経細胞の活動電位の発生を持続させ、筋肉の収縮と呼吸不全を促し、人体を急速に麻痺させる」
蠍は、その場に固まって動けない有栖を抱き上げ、ベッドの上に寝せた
サソリと言えば「猛毒を持つ虫」というイメージがあるが、人体に危険を及ぼす程の強力な毒素を有するものは、約1000種中わずか20数種と少ない
だが、その存在は・・・研究者の中でしばしば議論される生物界の「謎」である
サソリの毒は昆虫や小動物の動きを封じるための「神経毒」、人や熊に襲われる可能性のある『蜂』ならばともかく、『餌』でも『敵』でもない哺乳類に対しサソリが有効な毒素を持つ理由など何一つ無い
どういう進化の過程で人を殺傷せしめる程の強毒を持つに至ったのかは、まったく解明されていない、分かっているのは数億年の淘汰を経て練成された彼らの毒が『対人間』の武器として成立しているという事実のみ
「すぐには殺さない」
蠍は有栖の上に跨ると、ゆっくりと有栖の衣服を捲り上げる
「サソリが動けない獲物を細かく千切って食べるように・・・ゆっくりと時間をかけて殺してあげる」
そう言った蠍は、小さな録音機を取り出して、有栖の顔の前に突き付ける
次の瞬間、録音機から甲高い絶叫が流れた
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
有栖はその絶叫を驚きながら、黙って聞いていた
正確には聞いているしかなかった
「死の恐怖を感じながら、まったく声が出せない・・・やがて毒の効果が薄れ、麻痺から解放される瞬間、一気に放出される溜まりに溜まった声・・・それを切り取って蒐集するのが私の趣味なの」
自身の胸の谷間に録音機を押し込み、そう言った蠍
一方で、有栖の表情は徐々に歪み、嫌悪感溢れる視線をサソリに向ける
「(こ、この人・・・狂ってる)」
「あと5分程度で感覚は戻る、あなたはどんな声で鳴いてくれるのかしら・・・」
蠍は期待に胸を膨らませながら、有栖の胸元にメスを近づける
「ここが保健室か」
「おいッ! お前何なんだよ!! いきなり現れて!!」
不意に、保健室のドアの向こうから聞きなれた声が二つ聞こえた
声の高さからして男と女だろう
その声を聞いた蠍は静かに眉を顰める
「(この声は・・・田嶋さんと・・・!?)」
有栖が驚いた様子でドアの方に視線を向けた
聞こえてくる男の声には聞き覚えがある、特に美声と言う訳ではないが、聞いていると妙に安心出来る声だ
「あれ・・・鍵かかってんな」
男は力を込めるが、ドアは開かない
「・・・仕方ねェ」
「何する気だ!?」
ドアを開けるのを諦めたのか、男が気を落としたような小さな声で呟く
反対に、女は妙に焦っている様子で大きな声を上げた
次の瞬間、廊下中に響くような音を立て、保健室のドアが吹き飛んだ
「チッ・・・」
それを見た蠍は小さく舌打ちをした後、ゆっくりと有栖の上から降りる
「さて・・・と」
ドアを吹き飛ばした男が、ゆっくりと保健室の中に足を踏み入れる
そしてベッドの上に寝ている有栖を確認すると、そのすぐ横に立つ蠍を睨みつけた
「害虫退治といきますか」
そう言った男、足高蜘蛛の瞳には純粋な殺意が映っていた
文章の切りどころが分からなくていつもより大分長くなってしまった(汗)