アラクニドっぽい何か   作:タランチュラの末裔

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蜘蛛の排撃

足高蜘蛛とは、アシダカグモ科に属する徘徊性の蜘蛛の一種である。

 

その名の通り脚が長く、その気味の悪い見た目から、他の蜘蛛と同様に嫌う人間も多いだろう

 

しかしその正体は、人間の生活に脅かせる衛生害虫を食い殺し、なおかつ人間自体に害は無い『益虫』と呼ばれる存在

 

速度は昆虫界トップクラスのゴキブリをも凌ぎ、ハエのような飛翔する害虫すらも捉えてしまう、成熟後には鼠のような小動物を捕食する姿が目撃されている

 

つまり足高蜘蛛は『蟲』の中でも数少ない、人間に対して直接的かつ有益な働きをする『害虫退治のプロ』である

 

 

 

「あら 誰かと思えば・・・懐かしい顔が出てきたわね、足高蜘蛛」

 

蠍が不敵に微笑んで言う

 

 

 

「蜘蛛が死んだ気分はどうかしら?」

 

「・・・・・」

 

足高蜘蛛は、蠍の挑発を無視した

 

何故なら、今 気になっているのは目の前の蠍ではなく、その横に寝かされている有栖であったからだ

 

有栖の腕に繋がれているチューブに流れる微かに色のついた点滴液、蠍の毒である事は一目で分かった

 

見た感じ死に至る猛毒ではないようだが、有栖が黙って寝かされているところを見ると、強力な神経毒である事は明白であった

 

 

 

「(どうする・・・蠍は百戦錬磨の蟲、一筋縄ではいかないのは分かっている・・・それに)」

 

不安そうな表情の足高蜘蛛は、首と目だけを少しだけ動かし、後ろで驚いた様子の田嶋を見た

 

 

 

「(もし、一般人の女子が狙われたら・・・)」

 

足高蜘蛛の脳裏に最悪のビジョンが浮かび上がる

 

蠍を倒しに来たのはいいが、動けない有栖と、ただの一般人の二人を守りながら戦うのは、足高蜘蛛の実力ではほぼ不可能に近かった

 

 

 

「な・・・何コレ」

 

今起きている事態の整理が出来ていない田嶋が、困惑した表情で言う

 

そして、硬直して寝かされている有栖を見て、顔色が徐々に悪くなっていった

 

 

 

「ちょっとアリス・・・アンタなんでそんな格好・・・」

 

「待て」

 

有栖の方へ歩く田嶋を、足高蜘蛛が腕で遮る

 

 

 

「死にたくないなら、今は俺の傍を離れるな」

 

「は・・はぁ? お前、何言って―――」

 

「分かったな?」

 

足高蜘蛛が威圧的な声で田嶋に問いかける

 

それを聞いた田嶋は、足高蜘蛛のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、素直にゆっくりと首を縦に振った

 

 

 

「それで、何しに来たの? ・・・って、聞くまでも無いか」

 

そう言った蠍がポケットから一本の注射器を取り出す

 

その中には血を少し薄めたような赤色の液体が入っていた

 

 

 

「何の事情かは知らないけど・・・この娘、アンタと関係あるんでしょ?」

 

「・・・!」

 

その液体を見た足高蜘蛛は、思わず生唾を飲む

 

 

 

「アンタの相手をするのは面倒だから・・・『致死蠍毒(フェイタルトキシン・スコルピオ)』で即殺す事にしたわ」

 

「(即効性の猛毒か・・・!)」

 

毒に注意を払いながら、足高蜘蛛は田嶋を一歩後ろに下がらせる

 

蠍は田嶋の後退に合わせ、一歩だけ足高蜘蛛達に近づく

 

すると、蠍の背後から鋭利な刃物が飛び出し、蠍の腕に刺さった

 

 

 

「あ・・・?」

 

蠍は眉をしかめて、鋭い目つきで背後を振り向く

 

刃が刺さった蠍の腕からは鮮血が静かに流れていた

 

 

 

「まだ目玉と、指先程度しか動かせないはずが・・・どういうこと?」

 

「!!」

 

足高蜘蛛と田嶋は、目の前の光景を驚いた様子で見つめる

 

二人の目に映っているのは、先ほどまで声すら出せずに横たわっていた有栖が、片膝立ちで蜘蛛糸の刃を飛ばしている姿だった

 

 

 

「ア・・・アリス?」

 

田嶋が怪訝な表情で有栖を見る

 

 

 

「フゥー・・・フゥー・・・」

 

息切れしながらも、蠍を睨みつける有栖

 

 

 

「(これは・・・!!)」

 

足高蜘蛛は、下半身だけ下着一枚の有栖に若干の抵抗を覚えつつも、有栖の身体に巻きついている糸を見た

 

糸は有栖の全身に巻きついており、天井にまで伸びていた

 

 

 

「(指に巻きつけた糸で指そのものを動かすだけじゃなく・・・全身に糸を絡ませ、指先の動きだけで全身を操っているのか!!)」

 

足高蜘蛛は有栖の所業に驚くあまり全身が硬直する

 

 

 

「(信じられない・・・単純な動作だけならともかく・・・指だけでどうやって、そんな複雑な操作を・・・)」

 

蠍もまた、足高蜘蛛と同じく驚いていた

 

糸を使って指先だけで自分の全身を操るなど、生前の「蜘蛛」でさえ遣って退けた事のない行為であった

 

 

 

何故そんな事が可能なのか・・・

 

 

サソリが毒を注入するための専門の器官を持つように、蜘蛛もまた糸を操る為の専門の器官を持っているのである

 

蜘蛛には元々、歩脚の先に二本の爪があるが、巣網を張るタイプの蜘蛛にはその他に・・・糸を操る為に発達した『第三の爪』を持つ

 

歯の無い極小の爪と櫛状になった剛毛との連携が、μm単位の糸の操作を可能にしている

 

すなわち蜘蛛はその指先だけで複雑なパターンから成る精巧な罠を編み上げているのである

 

 

この技は、生前の「蜘蛛」以上に、蜘蛛としての素質を持つ有栖だからこそ出来る技であった

 

 

 

「フゥーン・・・なるほどね」

 

蠍は納得したような表情を浮かべる

 

そして腕に刺さった蜘蛛糸の刃を無理やり引き抜くと、注射器をポケットに仕舞った

 

 

 

「ま・・・そろそろ毒の効果も切れるし、「蜘蛛」二匹相手に平手でやる程、私は馬鹿じゃない」

 

そう言った蠍は足高蜘蛛の横側を通り抜けると、保健室の入り口まで歩いたところで足を止めた

 

 

 

「お互い次までに罠を張っておきましょ、じゃあね」

 

楽しそうな声で、足高蜘蛛たちに目配せした蠍は、静かに保健室の外へ出た

 

保健室の中にいた足高蜘蛛を含める三人は、全員言葉を詰まらせている

 

蠍の足跡が遠ざかるまで警戒を解かない足高蜘蛛、一難去ってひとまず安堵の表情を浮かべる有栖、何が起こっているのか把握できていない田嶋頼子

 

それぞれ思う事があるだろうが、三人に一致している感情はただ一つ、これから自分の身に振りかかろうとしている「危機」への不安感であった

 

 

 

「これで、ひとまずは大丈夫だろう・・・どこか痛む箇所はないか、有栖」

 

保健室の中に漂う沈黙を最初に破ったのは足高蜘蛛であった

 

足高蜘蛛は蠍の足跡が消えたのを確認すると、有栖に近づいて、その身体を支えた

 

有栖は力無く頷くと、身体中の糸を仕舞った後脱力し、静かに足高蜘蛛へと身を預ける

 

 

 

「ちょ・・アリス、大丈夫!? ねえ!!」

 

田嶋は慌てた様子で有栖の顔を覗き込む

 

 

 

「心配するな、死ぬ事はない・・・どうやらこの蠍の毒は、証拠を残さぬよう時間が経てば完全に分解されるよう調合されている・・・有栖の身体に毒が残る事は無いだろう」

 

「ア、 アンタ・・・一体何者・・・なんでアリスの事知ってんの?」

 

田嶋が真剣な眼差しで足高蜘蛛に問う

 

問われた足高蜘蛛が口を開こうとした瞬間、有栖の腹の虫が鳴った

 

足高蜘蛛と田嶋の目線は、同時に有栖の方へ向く

 

 

 

「オナカ・・・空いちゃった・・・」

 

ひどく疲れた様子の有栖が弱々しい声で言った

 

 

 

「そうか・・・まいったな・・・オレは金持ってないし」

 

「・・・し、仕方ねえな」

 

田嶋が呆れた様子で二人を見ながら呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室の一件から少し時間が経ち、放課後のチャイムが鳴った頃

 

足高蜘蛛と有栖と田嶋の三人は、人のいる様子の無い階段近くで食事を取っていた

 

 

 

「・・・ったく」

 

菓子パンに齧り付く有栖を見て、田嶋は呆れ果てた表情を浮かべる

 

同時に、有栖と同じ菓子パンを手にした足高蜘蛛が田嶋に声をかけた

 

 

 

「田嶋って言ったな・・・ありがとう、飯代出してもらって」

 

「ホント・・・パン買う金もないとか、どんだけビンボーなのよ!」

 

「すみません、お金は必ず返しますから・・・」

 

有栖が申し訳なさそうに言う

 

 

 

「アンタらの話・・・とても正気とは思えないし、全然信じられないけど・・・見た以上、事実よね・・・」

 

有栖から保健室の女の正体と、「組織」の話を聞いた田嶋は複雑な表情で呟く

 

 

 

「・・・・・」

 

そんな田嶋の姿を、足高蜘蛛と有栖は黙って見つめる

 

三人はしばらく言葉を発しなかったが、少し経つと有栖が田嶋に声をかけた

 

 

 

「あ、あの・・・なんで保健室に来てくれたんですか・・・私、田嶋さんに酷い事言っちゃったのに・・・」

 

「・・・別に」

 

田嶋は有栖の問いに対して、あっけらかんとした態度で答える

 

 

 

「何か隠し事してっから、問い詰めてやろうと思っただけよ・・・知ってると思うけど、私しつこい性格だから」

 

有栖の目を見て、田嶋はそう言った

 

 

 

「あ・・・ありがとうございます」

 

有栖はその場から立ち上がり、深々と頭を下げて言った

 

すると田嶋は足高蜘蛛の方に視線を移す

 

 

 

「で、結局お前は何なんだよ・・・何でアリスの事を知ってる? お前もその「組織」ってのに関係あるのか?」

 

「・・・・・」

 

田嶋の質問に対し、有栖は困った顔を浮かべる

 

一方で質問にあっている足高蜘蛛は、眉ひとつ動かさず答えた

 

 

 

「組織と関係が無いわけじゃないが、訳あって有栖と一緒に行動している・・・まだ詳しくは話せないけどハッキリと言える事は二つ・・・俺と保健室の女は「組織」の関係者だが、仲間同士ではないって事と―――」

 

足高蜘蛛が田嶋の目を見て言い切る

 

 

 

「俺は有栖の味方って事だ」

 

その言葉を聞いた有栖の、曇っていた表情が明るくなる

 

 

 

「まぁ、アンタが保健室にいたアリスをあの女から助けたのは事実だし・・・信じてやってもいいわ・・・」

 

そう言った田嶋は、立ち上がりながら足高蜘蛛と有栖を交互に見て話す

 

 

 

「それよりもアンタら今日から、私ん家に止まるのよ」

 

「・・・へ?」

 

田嶋の提案に有栖が呆けた声を出す

 

 

 

「どうせ行くトコ無いんでしょ、問題ある?」

 

「い、いえ・・・むしろあの・・・ありがたいんですけど・・・なんで?」

 

「なんで? じゃねーよ」

 

有栖の質問に対し、田嶋は顔を近づけて言う

 

 

 

「あのイカレ女がいつ私を狙うか分からないじゃない、アンタのせいで巻き込まれたんだから少なくとも事態が収拾されるまでは・・・24時間私を護衛するのが当然でしょ、違う!?」

 

「い、いえ・・・違いません」

 

「フン、分かればいいのよ」

 

半ば強引に有栖と話をつけた田嶋は、足高蜘蛛の方を向いて言う

 

 

 

「アンタもだからね、強そうだし・・・24時間私を護衛するのよ」

 

「分かった」

 

足高蜘蛛は静かに頷く

 

そして階段を降りながら付け足すように言った

 

 

 

「だけど最初に言っておく・・・俺の目的はあくまでも有栖を守る事だ、もしお前と有栖の両方が危険な目に会った時・・・お前には悪いけど、俺は迷わず有栖を優先して助けるぞ」

 

足高蜘蛛はそう言い捨てると、学校内を歩き始めた

 

他に蠍のような危険な蟲が居ないか探しにいったのだろう

 

 

 

「・・・・・」

 

そんな足高蜘蛛の後ろ姿を見守るように見つめる有栖

 

すると横から田嶋の声がかかった

 

 

 

「アリスの癖に良い御身分じゃない、あいつと付き合ってんの?」

 

「えっ!? そ、そういうのじゃないですよ・・・!!」

 

有栖は顔を赤くして焦った様子で否定する

 

 

 

「あの人は付き合うとか、そういう関係じゃ無くて・・・でも一緒にいると安心出来る、家族みたいな・・・そんな人なんです」

 

殺し屋とは思えない、年相応の柔らかい笑顔を浮かべた有栖が言う

 

 

 

「まっ、そういう事にしといてあげるわ」

 

「ほ、本当です! 本当なんですッ!!」

 

からかう様に言って退ける田嶋に、有栖は更に顔を赤くする

 

その後有栖は田嶋と共に階段を降り、田嶋の家へと足を運んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、有栖の教室である1-D

 

夕暮れの光が差し込む教室に一人の少女らしき影が映る

 

少女の息は荒く、手には他人の体操着が力強く握り締められていた

 

 

 

「フゥーーー・・・ンぶぅーーー・・・」

 

少女は体操着に自分の顔を押し付けると、深く深く呼吸する

 

押し付けられた体操着の左胸元には藤井 有栖という文字が書かれていた

 

 

 

「あー・・イイ匂い・・・藤井さんの体操着・・・たまりませんわぁー・・・」

 

少女がねっとりとした声でそう言う

 

口からは一筋の涎が流れていた

 

 

 

「私がこんな事してるなんて知ったら、藤井さんもきっと嫌がりますわねー・・・でも、その嫌悪感に歪んだその顔を・・・踏みつけて捻じ伏せて嬲り尽くすのが最高なんですのよね・・・」

 

一人しかいない教室の中、延々と喋り続ける少女

 

そして満足そうな顔で言った

 

 

 

「あー・・・嫌われ者でよかったですわァー・・・」

 

 

 

 

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