『……』
夜。闘夜は床に座り込んで俯いていた。その光景を見てルイズも思い空気を纏う。
なぜこんな状況かと言うと、事は今から一週間前に遡る。
それは上官の命令で、ダータルネスに向けてゼロ戦で闘夜とルイズは飛んでいた。
それを護衛するのは、先日一緒にお酒を飲んだ少年たち。勿論敵の攻撃は激しく、闘夜達は危機的状況に陥った訳だが、それを少年たちが乗った風竜ごと闘夜たちを庇い、落ちていった。勿論闘夜はそれを助けようとするが、そんなことをすれば皆の覚悟が無駄になるとルイズに止められ、闘夜はやりきれない気持ちのままダータルネスに突入。
その後ルイズの新たな虚無の魔法である、イリュージョンを放ち、その効果である幻を作り出す事で偽物の艦隊を作り出し、見事にダータルネスに敵を引っ張る事に成功。その間にロサイスを落とし、闘夜達は無事に戻ってきた。だが、どうもあの出来事が闘夜にとって衝撃だったらしく、すっかり落ち込んでしまっている。
そりゃあ、目の前で誰かが死んで、ルイズだって何も思わない訳じゃない。だが今は戦争中だ。何より彼らは名誉を胸に散っていった。それだけでも良かったじゃないかと。
だが闘夜はそう思えないらしい。
闘夜は優しい性格だ。それも仕方ないのかもしれない。と思いつつも、どうにかして元気になってほしい。そうルイズは思っていた。
これからも戦いは続くのだ。闘夜には元気でいてもらわねば困る。そう。特に他意はない。無いったら無いのだ。
と自分に言い聞かせ、ルイズは闘夜の背中を見る。
だがどうやって元気付ければ良い?こういう時どうすれば良いのか、ルイズの16年と少しの人生では、学んでこなかった分野だ。
そのためか、ルイズはどう闘夜を元気付ければ良いか非常に悩み所であった。
(でもトーヤは私の事が好きなんでしょ?)
端から聞いたら非常にアレな考えだが、未だに自分の気持ちを認めていない。なので飽くまでも、闘夜が一方的に自分を好き(←ここ重要)としている。なので変に自信をもって、ルイズは立ち上がると、後ろからソッと闘夜を抱き締めた。
「……」
「こういう言い方が正しいのか分からないけど、今はこういう状況だもん。何時までも引きずってたらもたないわよ」
仕方ないっていう考えが分からない訳じゃない。戦場の常だってことくらい戦国時代で生きていた闘夜だ。理解してる。だが理解してることと目の前で、しかも自分を守って死んでいく光景は、中々受け入れられるものじゃなかった。
そんな闘夜を見てルイズは唇を噛む。だがこれ以上どうすれば良いのだろうか……どうしたら闘夜を元気付けることが。そう考えていた時、闘夜が顔を上げた。
「この匂い」
「え?」
そう言いつつ闘夜は立ち上がり、ルイズの手をどかしながら外に向かう。
「ちょ、ちょっと!」
ルイズも慌てて闘夜を追い、一緒に外に出るとそこに、
「あれ?何だ折角驚かせようと思ったのに」
『……はい?』
何故かそこには、自分達を庇って死んだ筈の少年たちが、ピンピンしながら立っていたのだった。
「妖精に助けられたぁ?」
死んだと思っていた少年たちが姿を現し、指令部に報告に行った帰り、闘夜とルイズは少年たちとそれぞれ宛がわれたテントに戻る途中。自分達も何で生きていたのかを聞いていた。
何でも闘夜達を庇って落ちていった後、よく覚えてないらしいのだが、妖精に助けられたとの事。
「薄ぼんやりとした意識の中、顔も覚えていないがとんでもない美人だった」
「何で覚えてない相手の顔を美人と断定できるのよ」
覚えてないけど間違いなく美人だった!と少年達は口々に言い出す。更に、
「これだけは覚えてる!とんでもなく綺麗な金髪だった!まるで宝石だった!この世のものとは思えない神々しさだった!」
「それは僕とどっちが綺麗なんだい?」
『っ!?』
突然背後から声を掛けられ、皆が振り替えると、そこにはブロンド髪の、これまたとんでもないイケメンが立っていた。
「お前の髪の方が綺麗だったと言えば良いのか?ロマリア人?」
「ジュリオ・チェザーレだ。そろそろ覚えて欲しいな。ん?もしかして君が噂の平民の使い魔かい?」
そう言ってジュリオ・チェザーレと名乗った男は、闘夜に握手を求めてくる。
「は、はぁ」
闘夜は握手に応じながら、どうもこの男が気にくわない感覚に襲われた。なんか苦手な雰囲気だ。しかし、
「そして貴方がミス・ヴァリエールですかな?噂通りの美しさだ!」
「っ!」
とジュリオはルイズの手を取り、何と手の甲にキスをする。
その光景に、闘夜の全身に電流が走った。何だかよく分からないドロドロとした、真っ黒い感情が渦巻き、今まで感じたことのない負の感情に、闘夜は自分でも困惑してしまう。
しかも、
「いけない人ね」
なんてルイズは照れていた。その光景に闘夜は知らず知らずの内に拳を握り締めていた。そんな顔を闘夜は知らないし、向けられたことなんてない。実際ちょくちょくしてるのだが、闘夜は気づいておらず、小船の上で言われたことを思い出す。
ルイズは大人っぽくて落ち着いた人が好みで……確かにジュリオはクールだし大人っぽくて落ち着いてる。顔だって闘夜から見てもイケメンだ。そりゃ照れもするだろう。するだろうけど……
(なんだろう。なんか泣きたくなってきた)
「え?ちょ!トーヤ!?」
ルイズは自分の使い魔を呼ぶが、闘夜は振り返らずに走り出すと、そのまま何処かへ行ってしまった。
「な、な……」
アイツ私を無視してどっか行った。とルイズはワナワナと震える。なにも言わず、遂には勝手に逃亡していきやがったと。
庇ってくれた少年たちが生きていた。それをテントに戻って良かったと言いたかったし、これで闘夜が元の元気さを取り戻すと思っていた。なのに……なのに!
(なんで私の呼び掛けを無視するのよ!)
と言うか、これが一番だった。闘夜は今まで聞こえる範囲にいれば、自分の呼び掛けを無視することはしたことがなかった。なのに無視した。ルイズにとって、これは意外と衝撃的だったらしく、余計に混乱していた。
これがジュリオの手の甲のキスに照れたからが理由だとは思っていない。と言うのも、手の甲にキスくらいは公的な場でもある行為だし、ジュリオのような絶世のイケメンが相手だ。少しくらいテレる。だが別にそれ以上じゃないし、 何よりルイズは闘夜は基本的に自身に負の感情を向けてくる相手だと思っていない。余程の事がない限り、怒らないと思っている。実際闘夜はルイズに対して基本的にそうだ。
だが今回は違う。ルイズにフラれ?ている状態で、自分より格上の男との差を目の前で見せ付けられた。その感情の吐き出し方を、闘夜は知らない。
初めて誰かを好きになった、未だに未成熟の精神は、ルイズが思っている以上に繊細で傷つきやすい。ちょっとしたことでも、他人からみた場合対したことがなくても、尋常じゃないダメージを受けてしまうのだ。
それをルイズはまだ知らない。