「……」
ルイズは帰ってきてからというもの、ベットの上で転がり続けていた。
胸を支配するのは後悔だ。闘夜に行かせてしまったこと。そして自分の気持ちを伝えれなかったこと。
居なくなって、胸にポッカリ穴が空いたような感覚に襲われ、漸くルイズは闘夜の存在の大きさを知った。
何で素直になれなかったのだろう。結局自分は、年齢だの身分だのと言って、自分の気持ちや闘夜の気持ちと向き合うのから逃げただけだ。
何時だって闘夜は自分を守ってくれた。自分を大切にしてくれた。そんな大切な存在だった。今ならわかる。自分は闘夜に惹かれていたんだと。年下だなんて関係ない。闘夜という存在が、自分にとって大切なものだったんだと。だがそれを傷つけ、否定し挙句の果て死なせた。最低だ。
そうして自己嫌悪に沈んでいき、何もする気が起きなくなっていく。アルビオンからどうやって帰ってきたかもわからず、学園に戻ってからも食欲もなく、飲まず食わずでもう一週間近く、トイレとベットを行き来する生活をし続けていた。このまま餓死でもしてしまえば良いかもしれない。そしたら闘夜のところに行ける気がした。
何て思っていたところに、
「失礼します」
「っ!」
被っていた布団を引っ剥がされ、ルイズがビックリしているとそこに立っていたのはシエスタだ。
「メイド?」
「良かった。まだ死んではいませんでしたね」
そう言ってバスケットをベットに下ろし、魔法瓶に入っているスープを少しだけカップに注いで、スプーンでかき混ぜて冷ましつつ差し出す。
「一週間近くも飲まず食わずでしたっけ?じゃあいきなり固形物入れたら気持ち悪くなるでしょうからまずはスープからどうぞ」
「いらない」
プイっとそっぽを向くルイズだが、
「い・い・か・ら・ど・う・ぞ!」
「モガモガモガ!」
いきなりルイズの頭を掴んだシエスタは、グイッと無理矢理顔を上げさせてスープを口に流し込んできた。
「ゲホッ!ゲホッ!な、何するのよ!」
「あ、少し元気になりましたね」
そう言って2杯目のスープを再びカップに注ぎスプーンでかき混ぜながら、適温に下げていく。
「アンタね!貴族に対してどう言う態度を取ってるわけ!」
ルイズは激怒しながらシエスタに怒鳴ると、シエスタはギロリとルイズを睨みつけ、ルイズはギクっと身体をこわばらせる。それくらい今のシエスタには迫力があった。
「貴族貴族偉そうに。ベットの中でウダウダやってる貴女のどこが貴族ですか!それに私だってさっさと行きたいのにこのままにしといたら帰ってくるまで保たないと思ったからしょうが無く来てるんです!」
「ど、どういうこと?」
シエスタの剣幕に押されながら、ルイズは首を傾げると、
「私明日から暫くお休みいただいてアルビオンに行くんです」
「な?何で?」
なんでって決まってるでしょう。とシエスタは言う。
「トーヤさんを探しに行くんです」
「探しにってアイツは……」
「生きてます」
ルイズの言葉にシエスタは自信満々に答えた。
「と言うか何でミス・ヴァリエールは死んだと思ってるんですか?」
「だ、だって7万の軍隊と戦ったのよ!?助かるわけが……」
でも助かってないという証拠もないですよね?とシエスタは言い、
「だったら私は諦めません。自分の目で確信するまでトーヤさんが死んだなんて認めない。絶対生きてるって信じます。だからそれまで飲まず食わずでいられて餓死なんてされたら、トーヤさんが悲しむじゃないですか。絶対泣きますよ。そして後を追うなんて言うかもしれません。悔しいけど、トーヤさんはミス・ヴァリエールが大好きでしたから」
そういうシエスタに、ルイズは皮肉った笑みを浮かべる。
「いいわねアンタは。そんな風に私は考えられない。怖いもん。生きてるって信じたい。でももし死んでたら……って考えると怖い」
「はぁ。だから今みたいな事になったんじゃないですか?」
え?とルイズはシエスタを見る。彼女は心底呆れたような顔をして、
「そうやって色々考えて、貴族だからだの年下だからだのって面倒くさくして、ホント馬鹿じゃないですか」
「ば、馬鹿ですって!?」
「馬鹿でしょう!?その挙げ句気持ちから逃げ回って言えずじまいになって後悔して今度は寝込むってホント馬鹿みたいです」
シエスタがそう言うと、ルイズは勢いよくベットから飛び出し、シエスタを床に押し倒す。
「好き勝手言わないでよ!私の気持ちなんかわからないくせに!貴族ってのはね、そんな簡単には行かないのよ!」
「じゃあそんなに貴族が大事なら私にトーヤさんくださいよ!」
しかしシエスタも負けずに押し返し、ルイズを睨みつけると、その迫力にルイズは思わず固まった。
「トーヤさんってばずっとルイズ様ルイズ様って言って、ミス・ヴァリエールに何されても一途で、ミス・ヴァリエールなんて可愛くてお金もあって身分もあるのにトーヤさんにそんなに思われて!そんなに貴族が大事なら一つくらい私にくださいよ!」
ポロポロとシエスタは泣いていた。
「メイド……」
「だから私は諦めないって決めたんです。何が何でもトーヤさん見つけて、自分に振り向かせるって。そんなに貴族が大事なら、そこでずっと寝ててください。でも後でまた後悔したって遅いんですから!」
ドクン!とルイズの胸が跳ねた。
(後悔)
その言葉がルイズの心を駆け巡る。
「バカ」
グシャグシャとルイズは自分の髪を掻きむしる。
「ホントバカ。大バカ。スーパーバカ」
逃げて後悔して泣いてると言うのに、今更何を躊躇ってるんだろう。
「私ってどうしようもないウルトラバカだわ」
今の自分に後悔する資格なんてない。落ち込んでいる暇なんてない。諦める余裕なんてない。そんな時間があるなら、闘夜を探し出して伝えなきゃいけないことが山程あるじゃないか。
「私も行くわ」
「ミス・ヴァリエール!」
ルイズは立ち上がり、シエスタの目を見て言うと、シエスタも笑みを浮かべて頷く。
「出発は明日だっけ?」
「はい!」
ならまずは食べて寝て英気を養っとくわ!とルイズは言って、
「あちょ!」
シエスタが止める間もなく、魔法瓶を持ってスープを一気飲み。その結果、
「アッチィイイイイイイイイイイイイ!」
熱々のスープを一気に口に含んだルイズは吹き出した。シエスタは咄嗟に横に移動してたので被害はなかったが、悶えて地面を転がるルイズを見ながら、
「バカっていうか結構ポンコツですよね。貴女って」
「うっさい!」
さてそんなやり取りがあった次の日、
「ハグハグハグハグ!」
『……』
朝の食堂でギーシュ達は呆然と目の前の光景を見ていた。
「おかわりはないの?」
「た、ただいま!」
ルイズは近くの給仕に言うと、給仕の女性は慌ててパイを持ってくる。これはルイズの大好物のクックベリーと言う果実を使って作られたパイだ。
毎朝これと紅茶と言うのがルイズの朝のルーティーンなのだが、今朝は違った。なにせもうルイズが平らげたパイは5枚。これはパイを切り分けて食べた数ではなく、そのまままるごとだ。
それだけじゃない。その前に普段食べない肉やらサラダやらパンやらを大量に食べていた。
ギーシュも大食らいと言うわけじゃないが年頃の男としてそれなりに食べるし、隣のマリコルヌに至っては常人の三人分は食べるタイプだ。だがそれを上回る量をルイズは食べていた。
しかもそれだけじゃない。
「オ、オホン」
「あ、オールド・オスマン学園長!」
ルイズは食べる手を止めて顔をあげると、そこにはオスマンが立っていた。
「ふむ。最近部屋に閉じこもっていたと聞いていたが、元気そうで何よりじゃ。しかしミス・ヴァリエールよ。その格好はどうしたのじゃ?」
ルイズの格好は普段の学園の制服じゃない。動きやすそうな格好といえば少し聞こえはいいが、少しみすぼらしいと言うか、はっきり言ってしまえば貴族が着るような格好じゃない。平民が着るような格好だ。そして椅子にはパンパンに膨らんだリュックサックもある。
「機動性重視です」
「そ、そうか」
オスマンは困惑する。引き籠もっていたルイズが部屋を出たと聞いて、正直ホッとした。勿論教師の端くれとして生徒が元気になったというのはそうだが、ヴァリエール家からは多額の出資をしてもらっている。その関係もあって余り学園生活に問題が出てしまうと、そっちでも大変なことになるのだ。しかし同時に聞こえてきた、ルイズが乱心したという声。一体どういうことかと覗きに来てみれば、確かにおかしくなってしまったのかもしれない。なんて思っていると、ルイズは最後のパイを口に放り込み、
「ちょうど良かったですわ。学園長にお渡ししたいものが」
「なぬ?」
一体なんだろうか。等とオスマンは首を捻りながら紙を受け取ると、
「それでは学園長。私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは取り敢えず一ヶ月ほど休学させていただきます」
『は?』
突然の言葉に、オスマンだけではなく周りの面々もポカンとしてしまった。
しかしそんな状況を気にせずルイズはリュックサックを背負う。
「ど、どういうことじゃ?ていうか取り敢えず一ヶ月ほどって延びるかもしれないという事なのか!?」
「そうですね。場合によっては一ヶ月でも二ヶ月でも半年でも一年でも伸びます」
益々アングリと口を開けて困惑するオスマンだったが、そこにギーシュが、
「どうしたんだいルイズ。そんなに休んでどこに行くんだ?」
「空よ」
空?と皆で上を見上げる。
「厳密にはアルビオンね」
「まさか君」
ギーシュだけはルイズ達との付き合いが濃かったため、そこまで聞けば何となく理由はわかった。
「本気なのかい?」
「冗談に見える?」
見えないな。とギーシュは呆れたような納得したような顔をするが、
「じゃ、じゃがなミス・ヴァリエールよ。流石にそんな長期間の休学を認めるにはまず家に……あいやなんでもない。気をつけていくが良い」
止めようとするオスマンだったが、掌を返して送り出し始めた。
「ありがとうございます」
ルイズはそれだけ言うと、リュックサックを背負って外に飛び出す。すると外にはシエスタが待っていて、
「もう。遅いですよ
「ごめんごめん。それじゃ行くわよ
そう言い合い、二人は学園を出て行くのだった。
「良かったんですか?」
その二人を見送りながら、生徒の一人がオスマンに問いかけると、
「じゃ、じゃって止めようとした時のミス・ヴァリエールの顔を見たか?」
『……』
皆が思わず押し黙る。何せ先程オスマンが止めようとした時のルイズが見せた目。あれは邪魔する者はチリ一つ残さず消し去ると言う確固とした意思を秘めていた。
「アレは邪魔をしたらだめじゃ。下手すれば学園が消し飛ぶ」
『確かに』
なんて言うやり取りがあったとか無かったとか……