「こうして、勇者イーヴァルディは、幸せに暮らしたのでした」
アーハンブラ城の一室。そこにタバサはいた。
彼女の目の前には、物を言わぬ人形となった母がいる。
夫を失い、心を殺す毒を盛られた母は、胸元に小さな人形、シャルロットを抱いている。
元々タバサという名は、タバサ自身がこの人形につけていた名前だ。だが、今母はこの人形を娘のシャルロットだと思い、自分をジョセフの刺客だと認識している。今は寝ているが、起きていると、自分を攻撃し、一度殺されかけたことがある。
娘に手を出すな、と人形を庇い、本当の娘を殺そうとする母親。何とも滑稽じゃないか。
そう思いながら、震える手を押し殺すタバサ。
明日、薬が完成次第自分も母と同じ薬を飲まされ消える。消えるといっても、心だけだが、人形のようにあろうとした自分が、本当に心を失うというのも皮肉である。
後悔はない。と言ったら嘘になるが、大切なものを理不尽に奪われる悲しみと苦しみと怒り。それを味わってきた自分が、彼から何かを奪うというのは、どうしても出来なかった。
ポタリ、と手に雫が落ちる。
怖い。恐ろしい。自分が消えて無くなる感覚。震えが止まらない。吐き気が収まらない。何より、涙が止まらない。
こんなことを声に出しても仕方がない。そんなことは分かっている。わかっているのだが、それでも、
「助けて、勇者様」
ずっと幼少の頃から憧れてきた、勇者イーヴァルディ。誰かの危機に颯爽と駆けつけ、助けてくれる英雄譚。
そんなものはお話の中だけだ。分かっている。そんなことは分かっている。
それでも、それに縋り付くように、タバサは涙を流すのだった。
「知ってるか?城の噂」
「あぁ、何か不気味な奴らが出入りしてるって話だろ?」
アーハンブラ城の城下町では、兵士達がそんな話をしていた。
「その話。詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「え?」
兵士達の元に現れたのはキュルケ。胸元を出して強調し、扇情的な笑みを浮かべる。
「あ、あぁ。最近変な男女が城を出入りしててな。しかも城への出入りまで禁止されてよ。向こうにジョセフ王直筆のサインが入った書類がなければなぁ」
「その男女は何をしてるの?」
「何か聞いた話だと、誰かを幽閉してるって話だぜ?まぁ直接見たわけじゃねぇから何とも言えないけど」
そ、ありがとう。とキュルケは言って店を出ると、
「間違いなくいるわねっとただ兵士達は全員城を出されたみたい」
「成程」
現在、闘夜達はアーハンブラ城の城下町まできていた。オストタント号は、街から少し離れた森の中に、魔法で姿を隠してある。
「じゃあ城に突入しますか」
「いや、昼間では目立つ。日が暮れてからにしよう」
闘夜の提案に、コルベールは待ったをかけた。
「ここまでくれば、確実に行こう」
日が暮れて、暗くなってから侵入する。何せ、相手にはエルフもいるのだ。正面切って戦うのは得策じゃない。
「今回の戦いは基本隠密だ。だが、もしエルフと戦う事になる覚悟もしておくんだ」
「え、エルフかぁ。ま、まぁトーヤがいるしね!」
しかし闘夜は、渋い顔をして、
「男女の出入り。でしたよね」
「えぇ」
男女の出入り。男は恐らくエルフのことを言っているのだろう。つまり、もう一人の女は、
「シェフィールドかもしれない……か」
「確かミス・タバサと戦う前に、君が戦った刺客だね?」
「はい。エルフの強さは分かりませんが、シェフィールドもいるとしたら、かなり厄介です」
それを聞き、ギーシュは顔色が悪くなる。
「じゃ、じゃあもしかして……」
「えぇ、もしかしたらエルフだけに専念できないかも」
ギーシュはそれを聞き、ムンクの叫びのような顔をする。
「まぁ何もなく、出し抜けれることを祈るしかないわね」
ルイズがそう言い、皆が頷く中日が暮れていき……
「こっちだ」
城に侵入した闘夜達は、夜闇に紛れて動く。
「まずはタバサがどこにいるかよね」
城壁を外から眺めただけでは、タバサがどこにいるのかはわからない。そこで、闘夜の鼻の出番だ。侵入し、タバサの匂いを探してたどる。それが作戦だ。だが、
「侵入者か」
『っ!』
闘夜達は、突然の声に身構える。すると、その当人はあっさり顔を出した。
「エルフ」
コルベールが息を呑み、相手を見る。
金髪に長い耳。そして切れ長の目。間違いなかった。
「もうバレたのか」
「この城一帯には、人の出入りを感知する魔法を掛けてある。その為に城から兵士を追い出したのだ」
成程。と闘夜は鉄閃牙とデルフリンガーの柄を握る。
「タバサ様はどこだ!」
「何処だろうと関係ないだろう。今頃は女が薬を飲ませにいっているはずだ。もう遅い」
「っ!」
闘夜はギリっと歯を噛みしめる。すると、
「トーヤ!行くのよ!」
「え?」
ルイズの指示に、闘夜は驚きで振り返りと、
「まだ間に合うかもしれない。急いで!」
「はいっ!」
弾かれるように、闘夜は走り出すと、エルフの男を飛び越える。
「行かせると思うか?」
「エクスプロージョン!」
エルフが何かをしようとすると、ルイズのエクスプロージョンが炸裂し爆発。その間に闘夜は中にはいっていった。すると、
「蛮族の女よ」
『っ!』
ゾクリとするほど、エルフから発せられた殺意に、全員の背筋が凍る。
「貴様。その力を……悪魔の力を受け継いでいるのか」
「な、何を言っているの?」
良く分からず、ルイズは困惑するとエルフは、
「良かろう。貴様はここで始末する。このビダーシャルがな」
「っ!」
突然の大きな音に、タバサは驚いて立ち上がる。だが鉄格子がついた窓では、外を確認できない。そこに、
「ネズミが入っただけよ」
「シェフィールド」
タバサは憎々しげにシェフィールドを見るが、相手は一瞬でタバサの間合いに入り、首を掴む。
「私もさっさと仕事を終わらせたいの。薬を飲みなさい」
「い、いや!」
タバサは抵抗するが、そもそもの腕力に差があるためか、意味はない。
「あら、人形みたいな子だと思ってたけど、意外とまだ心が残ってたのね。まぁ、どうせそれももう無くなるわ。安心しなさい。もう怖いという感情すら無くなってしまうのだからね」
シェフィールドはそう言って強引に飲ませようとした時、
『っ!』
ガン!っと凄まじい音と共に、扉が吹き飛びタバサとシェフィールドがそちらを見る。そして、扉の向こう側から飛び込んできた影は、シェフィールドの顔面をぶん殴った。
「がはっ!」
「え?」
シェフィールドは吹き飛び、壁に叩きつけられ、タバサを影はキャッチする。
「トーヤ?」
「お待たせしました。怪我はありませんか?薬は飲まされてませんか?」
大丈夫だけど、と言いつつ、タバサは何でここに?と困惑していた。
「ルイズ様とキュルケ様とコルベール先生にギーシュ様とシルフィードの皆で助けに来ました」
「な、何で!」
分からない。あの時、ルイズを誘拐しようとした自分を、何故助けに来たのか。そう問うタバサを下ろし、
「助けなきゃって思ったんです」
「それだけ?」
「はい。でも、助けるに理由はいらないじゃないですか」
ニッと闘夜は笑いながら、鉄閃牙とデルフリンガーを抜く。
その後ろ姿と言葉は、まるで自分が今まで思い描いた、勇者様そのものだ。
そしてシェフィールドも既に立っており、ナイフを抜いた。
「今頃他の面子は、ビダーシャルと戦ってるのかしら?」
「っ!」
タバサは、驚愕して目を見開く。だが闘夜は、
「それが何だ。向こうには他の皆がいる」
「貴方はエルフを知らないのね」
「あぁ、知らねぇな。だが知ってることもある」
へぇ?何かしら?とシェフィールドは聞くと、
「コルベール先生もキュルケ様もギーシュ様もシルフィードも、そしてルイズ様も。皆すげぇって事だ!」
闘夜はそう叫びながら、シェフィールドに向かって走り出すのだった。