あの頃の楽しい時間は、光のように早く過ぎた。終わらないはずのパーティは終わった。私、西木野真姫はそんな状況を薄々と感じていた。もう、μ'sの時代は終わったと。
終わりのないものなどない、そんな言葉を聞いたことがある。医療に例えるならば、不老不死など絶対に無理だというのが良い例だ。総合病院の院長の娘だから分かる。永遠なんてものは結局存在しない。医者は生きる者の寿命を伸ばすことしかできない。
思えば、私達がラブライブに優勝してからだ。あの頃から、どこか衰退していくようなものが見えた気がする。皆がμ'sに釘付けになっていたのはその後の私達を見れば一目瞭然だ。だが、結局それはキャンプファイヤーみたいなもので、一時的に盛んに燃えていただけに過ぎないのかもしれない。
確かに、優勝した時、一気にファンが増え、外に出るのをためらうくらいにはなった。秋葉原なんかには絶対に行けない。アイドルファンたちからサイン攻めされるからだ。
でも、その人気にも陰りが見え始め、今それが消えようとしている。
あと半年もすれば、私も秋葉原を普通に歩ける日が来るのではないか。誰にも声をかけられないことは嬉しいことなのかもしれないが、どこか寂しい。
仮に私がμ'sで食べていくような人であれば、人気の陰りを過剰に気にするだろう。だが、μ'sが解散した今、普通の女の子になった私は、μ'sで食べていかない私は人気の陰りなんて気にする必要はない。
でも、おかしい。μ'sの思い出は過去のもので、今はμ'sのことを気にしなくて良いはずなのに。良いはずなのに。どこか涙が出てしまう。
終わらないパーティだったら良かった。でも、終わらないパーティだったら幸せだっただろうか。
どこかの誰かが「終わらない夏休みは苦行でしかない」と言っていた。確かにそうである。仮に私達がスクールアイドルからただのアイドルになったとして、いずれ私たちは老いる。望まなくても老いる。人の宿命だ。老いれば激しいダンスができなくなるかもしれない。身体のどこかに異常が出るかもしれない。声がおかしくなるかもしれない。どんなに頑張っても高校生の時のような可愛さを保てないかもしれない。いずれできなくなる。
終わらないパーティ、終わりなき思い出、いつか消える栄光。
寂しさに負けず、私たちは前に進むしかない。それがどんな道であっても、私たちは進むしかないのかもしれない。そう私はμ'sの時代の終わりに一人で感じた。