海に舞う雪は黒   作:気弱王子

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その鎮守府は……

「本日から配属となりました、特型駆逐艦、吹雪です!」

 

「吹雪、ね……うん。まぁ、頑張って」

 

「ぁ……は、はい!」

 

新しく鎮守府に配属された吹雪(私)を出迎えてくれたのは、50代前半に見える、無精髭を生やした痩せ気味の司令官だった。

愛想が良いわけでも無いが、怖いという感じもしない。なにより、提督の印象が薄れてしまったのだ。

司令官の、その傍ら。雑用をこなしている秘書艦の姿で。

 

ただ、軽作業をこなすように書類の整理をする秘書艦、榛名さんだったと思う。

思う、と表現したのは、艦娘の姿で会ったことがなかったから、そして……。

 

片腕が無く、片目を包帯で覆っていたため、確信が持て無かったから。

血の滲んだ包帯、明らかに存在をしていない左腕。

その姿に、衝撃を受け、言葉も発しないまま、ただ立ち尽くした。

 

「ん?……なんだ、まだいたのか……、行っていいぞ」

 

「ぁ、はい!失礼しました!!」

 

提督の言葉で、ようやく我に返り、まるで逃げ出すように執務室から飛び出した。

 

バタン、と乱暴に閉じた扉の音が、静かな廊下では一際強く響く。

 

静けさの中、思い出す榛名の姿。頭部を覆う包帯は片目を隠し、片腕は存在していなかった。

片腕が無い?入渠をしていないの?それに、あんな酷い怪我を艦娘がするの?

 

そんな考えが頭の中をグルグルと巡っていく。

 

「アンタ、新入り?じゃあ榛名のあれも見たんだ?」

 

考え事に意識を集中し過ぎたからだろうか、声をかけられて、ようやく、隣に立つ艦娘の存在に気が付いた。

オレンジ色の服装にショートの髪。今回は、懐かしい匂いですぐに分かった。川内さんだ。

 

そう、昔は川内さんの第三水雷戦隊が、私の配属先だった。

今は、この鎮守府だけれど。

 

「は、はい……なんで、あんな……修復材もあるのに……」

 

「いや、修復材は無いよ」

 

「えっ?」

 

「修復材は無いの、他の鎮守府に回してるんだってさ」

 

「なんで、そんなことを……?」

 

「さぁ……。でも、私達艦娘と違ってさ、人間って貪欲でお金とか、地位が、名誉が、色々なものが欲しくて欲しくてしょうがないんだってさ」

 

その言葉には人間に対する嘲笑のような笑みが込められていた。

 

「えっと……なら、お金はあるんですよね?それで、榛名さんを治してあげましょうよ!」

 

まるで、子供が親に玩具をねだるみたいに、榛名の姿に固執した吹雪に、川内は小さく頭を横に振った。

少しの沈黙の後、小さく息を吐き出してポケットから一本の煙草を取り出し、それを口に咥えた。

 

「いい?この鎮守府は必要な物を買う余裕も無い、お金は全部提督が持っていっちゃうからね」

 

「そ、そんな……」

 

冷たい表情のまま、くわえた煙草に火をつける川内の横で、吹雪はうつむき、知らされた悲惨な現状を受け入れられずにいた。

 

「それに、榛名だけが特別じゃないんだよ」

 

「え……?」

 

川内の言葉に顔を上げた吹雪の目に飛び込んできたのは、川内がまくった自らの制服の下、青い打撲痕がいくつも刻まれた彼女の体だった。

 

「アタシも、例外じゃない。最低限の整備も受けられないまま海に出たら、榛名みたいになったっておかしくないよ」

 

「そんな……」

 

夢見ていた凛々しく海を駆ける姿とは程遠い現実、目にした榛名は、川内は、艦娘達はあまりにも痛々しかった……。

 

「それでもさ、なんとかやってかなきゃいけないし。こうやってアタシらもアタシらなりにやってるからから、アンタも直ぐに慣れるよ」

 

「川内さん、あの……煙草って……」

 

確か、一部の贅沢品は普通の鎮守府でも中々許可が下りない、煙草もそのはず、提督がお金を渋る鎮守府で、その贅沢品を手にする川内に、自然と違和感を覚えた。

 

「お、察しが良いね。当然、煙草なんて贅沢品、実物は無いよ」

 

「じゃ、じゃあなんで……」

 

「これ、煙草に見えるけど、大麻なんだよね」

 

「な……!?」

 

あまりの衝撃に、言葉が出なかった。だって、大麻は人間の世界じゃ禁止されていて、体にだって害が……。

 

「川内さん、ゃ、やめてください!」

 

川内の身を思い、煙草を取り上げようとした吹雪の手を、川内の手はすり抜けていく。

 

「やめたくてもさ、やめられないんだよ……。整備どころか、入渠も満足にできない、身体の痛みが酷くなるばかりだよ、これがなくちゃ……耐えられたいんだよ……」

 

「そんな……」

 

「これが、アタシのここでのやり方さ。アンタも、早いとこ見つけなよ」

 

そう言うと、川内は煙草を口に咥えたまま、吹雪の頭をポンっと叩いて、廊下の奥へと消えていった。

 

残されたのは、吹雪ただひとり。

彼女は、目の前の現実を受け入れられず、ただ、呆然と立ち尽くしていた。

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