吸血鬼殺しの吸血鬼   作:阿弥行

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それでははりきって、どうぞ


02.吸血鬼の妹

 気づけば、私が生まれてから二年程の月日が流れていた。少し、現状を自分なりに整理してみる。

 私の外見はと言うと、髪の毛も羽も珍しいらしかった。髪の毛の色は、全体的には薄い銀色なのだが、毛先から流れに逆らうかのように、鴇色というか淡紅藤色というか桜色というか、そんな感じの色を引き延ばしたかのようなグラデーションで彩られている。羽も他の吸血鬼とは異なる。周りの吸血鬼が蝙蝠の羽のようなのに対して、私のは蝙蝠ではなく、ドラゴンの黒翼を連想させるような見目形となっている。瞳は例に漏れず、紅を宿した瞳なのだが。

 私の境遇を簡潔にまとめると、お前は今から違う家の娘だ、そこで家族として暮らせ、なんて言われたような物である。

当然、かなりの混迷や狼狽えを抱えることになると思っていたのだが。どういうわけか私はすんなりとこの状況を受け入れている。

 その成因もなんとなくだが把握している。私には、”フレーティア・スカーレット”としてこの世に生まれ落ちる前―言うならば前世とでも名付けるべきか―その記憶がある。

これは喩え話だが、ある初老の男性がいきなり幼児として生誕し、その記憶を完全に保持して生活するのは困難からの始まりとなるはずだ。理由は簡単だ。これまで、初老男性として生活を営んできており、その自身の振る舞いや所作、容貌も頭に覚えこまれているはずである。それを今度は幼児としての立ち振る舞いをしろ、と言われる。そして、顔貌も体格も生活環境も自分の理解の範疇の外側にある人間として成り代われと。おいそれと受け入れられる物ではないのは、至極当然であろう。

 私も似たような状態にあるのだが、決定的に違う所があった。前世の自身に関連する事柄がひどく曖昧なのである。私―フレーティア・スカーレットが居るのは、西洋のとある地域に構えられた洋館であり、年代的には16世紀程となっている。対して前世の何者かであった私は、住んでいたのは日本だし、21世紀で過ごしていた。そこでは、街を歩けば馬車ではなく自動車が嘶いており、様々な電子機器が存在し、役目を全うしていた。建物はビルやマンションが殆どを占めており、夜になれば星々や月の明かりではなく、人工的な照明の明かりが爛々と輝いていた。そのようなことは覚えているのだ。しかし、自分がどのような職に就いていただとか、どのような人間関係を築き上げていたのかだとか、もっと至要たるところでいくと、自分の性別を覚えていない。男性だったのか、女性だったのか。年齢については、おおよそ10代後半から20代前半ほどであったと、そのようなところは覚えていた。逆に言えば、自身のことであるのに、そのように朧気にしか記憶していないという事なのだが。

 このような、曖昧模糊とした有様であったため、スカーレット家の次女、"フレーティア・スカーレット"として生きることとなっても、特に抗拒なく受容することができた。

吸血鬼として、であってもである。とはいえ、問題が無かったわけではない。先ほども述べた通り、前世の私は分類するならば、若者、といった年代であった。その人格が、生後まだ間もない幼女の魂として存在しているのだ。生まれてからしばらくしても、私は歳相応のように何かあればすぐに泣き叫ぶようなことがなく、良く言えば極めて慎ましやかであったのだが、自分らの子供である私を見た心配症な両親からは、そうは見えなかったらしい。何か良からぬことが身にあるのでは、と思ったらしく、事あれば使用人と共に私を過保護なほどに世話していた。

 私の座る椅子の傍に控えているメイドもその過保護な例の一つである。

 

「どうか致しましたか?お嬢様」

「いいえ、なんでもないわ。すこし、めがつかれただけ」

 

 私の視線に気がついたのか、一人のメイドが話しかけてきた。少し目線を向けただけなのだが。

 私は現在、この屋敷―紅魔館にある図書館で読書に励んでいる最中なのだが、ついさっき私と会話した吸血鬼メイドと、それより少し離れた場所で同じように私を見守る吸血鬼メイド二人と一緒である。

 先ほどは、自分の身の上話に傾注していたために忘れていたが、このスカーレット家は吸血鬼の中でも力を持っている一族であり、屋敷の中には使用人が複数人存在する。吸血鬼の屋敷なので、使用人もさも当たり前かのように吸血鬼だ。だが、使用人を雇っているとはいえ、ただ読書をしている娘一人に二人もメイドを割り振るほど数が雇われている訳ではない。それなのにこうした事になっているのは、やはり両親が私に過保護っぷりを発揮した結果だろう。

 別にこうした使用人達が、不快というわけではないのだが、何となく興が削がれてしまった私は、読書を終わりにすることにした。

 私が本を閉じ、席を立とうとすると、吸血鬼メイドがすかさず呼び止めてくる。

 

「どちらへ行かれるのですか?」

「ちょっと、おねえさまのところへ」

「それでは、お近くまでお付き添い致します」

 

 流石に姉のいるところまでは必要ないだろう、との判断である。付き添いのメイド達に、前までは、事あるごとに鬱陶しいと思っていたのだが、それも慣れた。むしろ、両親の私への愛情からくる不安の表れかと思うと、心地良くもなってくる。

一歩後ろを同じ歩幅で歩くメイド二人を一瞥して、私は我が姉のところへと足を運んだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「おねえさま、いる?」

 

 私の姉―レミリア・スカーレットの部屋の前に到着した私は、ノックをしながら姉の返事を待つ。

しばらくと経たない内に、扉の中から足音が聞こえたと思うと、目の前のドアが半分ほど開いた。

 

「フレーティアね。はいっていいわよ?」

 

 ドアから顔を覗かせて、私を招き入れたのは、言うまでもなくこの部屋の主、レミリアお姉様である。勿忘草色の透き通るような髪の毛に、紅き眼、背中には蝙蝠の羽のような翼、頭には紅いリボンをあしらったナイトキャップを身に着けている。いつからかは定かでないのだが、お姉様は私に対して少し冷たいような、一線引いたような態度をとっている気がする。あくまでも気がするだけだが。

 私がこの部屋に来るのは初めてのことではなく、暇を見つければ度々訪れている。特にこれといった理由はないが、強いていうなら一番落ち着くから、だろうか。私のこの身体は不思議なところがあり、中身の年齢に反して、歳相応の女の子のように誰かに甘えたい欲求のようなものが溢れ出てくる事が少なくはないのだ。人肌恋しいとでも言うのだろうか。吸血鬼は人ではない、とういうのは置いておく。

 

「おじゃまします」

 そう言うと私は、少し早足になりつつ、この部屋の窓際に位置するベッドに盛大に身体をダイブさせる。この部屋に来た時の習慣のようになっている。

 私が何者であったかを事細かに覚えていたのなら、絶対に誰かに甘えるなんて行為をするはずがない。だが、中途半端に記憶があるというか、自己の情報がなくなっている所為で、私は生まれて二歳の女の子である、ということに違和感を覚えること無く順応していた。というより、私は元々、二年前に生まれた"フレーティア・スカーレット"だったと言われても今となっては疑問が出てこないくらいに馴染んでいる。ただ、直接親に甘えに行くのは何か違う気がしたし、対象をお姉様に変えたとしても受け入れてくれるかどうか―おそらく優しいお姉様

なら受け入れてくれるだろうが―私にはそこまでの関係になったという自信がなかった。そんな訳で、自分の中で出した結論が、姉のベッドで眠りにつくまで過ごすという行為なのである。

 

「あなた、じぶんの部屋にベッドがちゃんとあるでしょ?」

「うん」

 

 お姉様が、ベッドから近くも遠くもない距離にある椅子に座りながら言う。その通り、自分の部屋にベッドがあるなら自分の部屋のベッドを使え、というのは非の打ち所がない正論である。だからと言って私としても理由がないのではない。ただ、お姉様のベッドにいると寂しさを紛らわすことができるから、なんて事は言えない。そんな気持ちを代弁するかのような、短い返答をお姉様に返した。ちなみに、お姉様は私が

そのまま何も言わず、柔らかい枕に顔を埋めていた私を見て諦めたのか、お姉様はわずかに溜息を吐く。

 

「まあいいわ。今にはじまったことじゃないものね」

 

 呆れた顔を浮かべたお姉様は、私から視線を外すと、窓の外に顔を向けた。つられて、私も体を起こし、顔を上げて外の景色を見遣る。すると、これでもかと自身の大きさを主張する衛星が、光を放射している。

 

「まんげつ。きれい」

 

 思わずそう呟いてしまう。夜空に浮かぶ満月を見て、その絢爛たる輝きに感動を覚えるのはおかしなことではないが、私の瞳には、なおさら綺麗に映った。なぜなら。

 

 私の知っている満月は、こんなに綺麗なものではないから。

 

 自己に関する記憶は無いに等しいが、私の住んでいた場所では、こんなに美しい満月が夜空に浮かんでいたことなどなかったのだ。これははっきりと覚えている、断言できる。夜空の輝きは、消えることのない街の明かりで、掻き消されていた。

 夜の空を目に入れたことは、ここに生まれてから何度もあった。その輝きを認識して、自分は自分のいた世界とは場所も年代も違うところに来たのだなあ、と理解していた。いや、本当は、つもりだったのかもしれない。この満月の光を見たせいで、混乱が生まれてしまった。自分が自分でわからなくて。ここは、スイッチを押せば電気がついたり、つまみを回せばガスがでて火がつくような、自分の知っていた常識など通用しなくて。

 こうして、嫌でも、自分が違う世界に来てしまったのだと認識させられる。どうして今まで平常を装って生活できていたのか。むしろ、今までが異様だったのかもしれない。

 突然、自分が何もない闇の世界に、一人ぼっちで放り出されたような錯覚に陥る。どうしようもない寂しさが襲い掛かってくる。自分の甘えたいような欲求というのは、この寂しさを、気にしないでいたつもりだった感情を、誰かに紛らわして欲しかったんじゃないか。この感情は"フレーティア・スカーレット"のものなのか、それとも"前世の自分"のものなのか。おそらくは、そのどちらもだろう。何度も思っていた事だが、この身体は歪なのだ。人格としては前世の自分に近いのだろう、それ故に、吸血鬼であると言えども、二歳の女の子にしては落ち着きすぎた振る舞いや思考能力が備わっている。ただ時折、二歳の女の子らしく、誰かを困らせてやろうだとか、親や姉に、何も考えず甘えたいといった心の動きをすることがある。中身の私はそんな年齢ではないから、これが自分ではない、というのもまた違うのだ。この心の動きも、同じ自分であると、力強く肯定することができる。両方、自分なのだ。だから、心の均衡が崩れてぐちゃぐちゃになっている今は、様々な感情が濁流のように胸に押し寄せてきて、いつものようにおとなしい自分でいることができない。自分はどうすればいいのか、どうしようもなく不安だった。

 

「……っあぅ……」

 

 気づけば、何か液体が私の頬を伝って滑り落ちる。一瞬、これが何なのかわからなかった。私は赤ん坊の時を除いて、この家で生まれたから、一度足りともこのような現象に出会ったことがなかったから。

 私は、涙を流している。泣いているのだ。一気に押し寄せてきた、どうしようもない寂寥感に、私は耐え切ることができなかったのだ。

 心のダムが決壊した、というのがしっくりくるのだろうか。でも、これの治し方を私は、知らない。

 

 「フレーティア?……フレーティア!?」

 

 誰かの私を呼ぶ声が聞こえた。思考と感情の激流に飲み込まれていて、すぐには反応できない。いや、姉、"レミリア・スカーレット"という現実を直視するのが怖いのだ。

では、どうしたらいいのか。頭のなかが無秩序と化していて、何をすればいいのかわからない。ちょっと目にゴミが入ったとでも、稚拙な苦しい言い訳をする余裕も無い。

 

「フレーティア?」

 

 先程よりも近くで声が聞こえる。ベッドが僅かの軋みをあげた。近くに体温を感じる。お姉様が、私のいるベッドに乗り寄せて来たのだ。自分でも、何を思ったのか分からないが、近くに感じる姉の存在に、私は縋るように涙で濡れた両目と共に、顔を向けた。一拍ほど置いて、急に先ほどまで近くにあった体温が、安らかな香りと一緒に、さらに近くへと来たのがわかる。

 何が起きたのか分からなかったが、とても温かかった。心地がよかった。そう感じた後に、理解した。私はお姉様に抱きしめられているのだと。

 

「……おねえ、さま……?」

「ごめんね、フレーティア……!ごめんね……」

 

 お姉様が、何に対して謝っているのかわからなかった。でも、そんなことはすぐに気にならなくなる。お姉様の体温が、私の寂しさを溶かしていくように、身に染み込んできて、とても満ち足りた気分になるから。安らぎという名の繭に包まれているようなのだ。

 気づくと私は、声をあげて号泣していた。そして、無意識のうちに、お姉様の背中に手を回していた。先ほどまで一方的に抱き締められる形だったのが、お互いに抱き合う形になる。そして、閉じ込められた想いが出口を見つけたかのように、言葉となって出てくる。

 

「っぐ、わたしは……えっぐ、おねえさまの、いもうとで、いてもいいの?」

「もちろんよ……フレーティア。あなたは、わたしの……だいじな妹よ」

 

 その言葉は今、この世のどんな物よりも私に響いた。今までの感情が嘘のように、心が晴れやかになる。

 私はお姉様の背中に回していた、腕の力を強めた。それと同時に、お姉様もより力強く私を抱き寄せてくれる。

 

「ありがとうっ……おねえさまっ……!」

「お礼なんて、いらないわ。あなたは……わたしの、妹なんだから」

 

 まだ涙は止まっていなかったが、今流れている涙は、先程のものとは成分が違う。私は嬉しかったのだ。今度は嬉しさのあまり、泣いていた。

この身体に感じる温もりが、耳に届く声が、私を救ってくれた。

 

 

 

 

 どのくらいの時間が経っただろうか。私は未だにお姉様に抱き締められた状態のままだ。腕の力は弱まっていて、抱きついているというよりは、もたれかかっているという方が近い。

泣き疲れた、とでもいうのか、ひどく瞼が重い。でも、眠ってしまうと、この温かさがどこかへ行ってしまう気がして、睡魔へと抵抗したい気持ちが高まる。そんな私の心情を察したのか、お姉様が私に声をかける。

 

「フレーティア、今日はあなたが起きるまで、わたしが一緒にいるわ」

「……うん」

 

 微笑みを浮かべたお姉様は、今の私にとっては聖母のようにも見えた。寝ている間、傍でお姉様が一緒にいてくれる、そう聞くと、心配事は何もなかったかのように、私の意識はだんだんと遠のいていく。

 

「おやすみ……おねえさま」

「おやすみ、フレーティア」

 

 

 

 

この日私は、スカーレット家次女、そしてレミリア・スカーレットの妹、"フレーティア・スカーレット"として生きることを、真に誓った。

 

 

 

 




 誤字脱字等ございましたら、お手数ですがご報告頂けるとものすごい助かります

地の文多すぎかな…?次話はもうちょい会話多めでいきます
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