艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
前々からやろうと思っていた架空艦編です。
…あと最初に言います、今回は艦娘や今までのDSFのキャラは一切出ません。
平日の冬の朝ほど布団から出たくないものである。
学生、社会人問わず誰もが思っている事だろう、何なら格言として世界に広げてもいい。
そんな事を考えながらベッドの中で丸まっている少女…
「ぐぼぉ!」
突然わき腹のあたりにものすごい衝撃と激痛が走り、夜衣はのたうち回りながらベッドから転げ落ちる。
「何が…!?」
気がつけば目の前には母親が立っていた。
「あんたね、いつまで寝てるのよ!いい加減にしないとかかと落とし食らわすわよ!」
「もう食らわせてたよねぇ!?」
完全な事後報告に夜衣は全力でつっこむ。
◇
「あーもー、まだあばら骨が痛い…」
学校について何分も経っていないのにすでに満身創痍なこの状況はいったい何なのだろうか、とあばら骨をさすりながらボヤく。
「おはよ、元気ないけど何かあった?」
すると、隣の席の友人、
「朝起きるのを渋ってたらお母さんにかかと落とし食らわされた」
「アクティブなお母さんだね…」
楓が苦笑しながら席に座ると、HR開始のチャイムが鳴って担任教師が入ってくる。
「今日は開始一発目から重要な話をする、すでにニュースを見ている人もいるかもしれんが、隣町の通り魔がこの近くに来ているらしい」
それを聞いた途端、朝ののほほんムードだった教室に緊張が走った、通り魔はここ連日ニュースになっている連続殺人犯だ。
人気のない夜の時間帯を狙って背後から刃物で命を狙う…という手口で何人もの人を殺害している、ここ一週間のニュース番組のトップを独占している話題だ。
「夜間の外出は極力避け、やむを得ず外出する場合はふたり以上で外出するように」
他にも諸々の細かい注意事項を話し、朝のHRは終わった。
「そうだ天使、今日の放課後に頼みたいことがあるんだ、職員室に来てくれ」
「ふぇ?あっはい、分かりました」
元々クラス委員長の夜衣は担任から様々な頼まれ事をする機会があったが、今回もその類だろう。
「じゃ、よろしくな~」
それを伝えると担任教師は教室を後にした。
◇
「あぁ…疲れた…」
その日の放課後、夜衣は身体全身に“疲労感”というモノを纏わせているかのような様子で下校道を歩いていた。
すぐに終わるような雑用程度だと思っていた担任教師からの頼まれ事は、ほぼ物置同然となっていた資料室の片付けという、放課後にやるにはかなりの大イベントだった。
散らかり放題だった資料室の片付けは終わるまでにかなりの時間が掛かってしまい、終わる頃には午後7時を回っていた、今は1月なのでこの時間になれば辺りは真っ暗である。
「通り魔に気をつけろとか言っときながらこんな時間まで残す先生もなかなか鬼畜よね、多分襲われるようなことにはならないと思うけど…」
そう呟きながら夜衣は自分の周りを見渡す、右を見れば田園風景、左を見れば家がぽつりぽつりと建っているだけの住宅街、こんな片田舎に通り魔が好んで寄り付くとは夜衣にはいささか思えなかった、人気のない場所だからこそ寄りつくのかも知れないが。
「深海棲艦とか言う怪物が海で暴れてるこのご時世に通り魔とか、逆に平和そうに感じちゃうのがすごいわよね」
深海棲艦や艦娘の事は当然夜衣も知るところではあったが、彼女が住んでいるのは内陸部の方なので正直あまり実感がわいていなかった。
「………早く帰ろう」
街灯も少ないこの夜道にちょっと怖くなった夜衣は足を速める。
「だから夜は嫌いなのよ…」
夜衣はその名前とは裏腹に夜や暗いところが嫌いな質の人間だった、本人もよく分かっていないのだが、どういうわけか暗い場所に対して必要以上の恐怖心を感じてしまうのだ、だから寝るときは豆球だけでは落ち着かず、ベッドの脇にスタンドライトを暗めに調整して付けているし、こういった夜間などは得体の知れない不安と恐怖心で身が呑まれそうになる。
試しに両親に相談してみたところ、幼少期の頃にお仕置きとして夜衣を床下収納に押し込んだことがあるらしく、そのトラウマなのでは?というとんでもない返答が返ってきた。
しかし自分にそんな記憶は全く無い、単に忘れているだけかもしれないが、もしそれが本当だとすれば迷惑きわまりない話である。
「私の夜嫌いがそんな覚えてもいない出来事のせいなんて、笑い話にもならない…」
その時の事を思い出してムカついてきた夜衣だったが、急に背中に何かが当たるような感触がした、はて何だろうと思い背中に手を回してみる。
「…へ」
包丁が刺さっていることが分かった。
一体何が起きたのか分からなかった、なぜ包丁が刺さっているのか、そもそも誰が刺したのか、いや、誰が刺したかは想像に難くなかった。
(通り魔…!?)
夜衣は巷で話題の通り魔殺人犯の標的にされたのだ。
それを理解した瞬間、背中を始点に凄まじい痛みが全身を駆け回る、出来れば気付きたくなかったが、一度気づいてしまった神経に気づかなかったフリなど出来るわけもなく、全身全霊の神経による痛覚アピールを全身全霊で受けるハメになる。
夜衣は喉が潰れるほどの声量で叫び声を上げるハズだったが、それは叶わなかった、夜衣の背中を刺した何者かが背中から引き抜いた包丁で喉を声帯ごと切り裂いていたからだ。
夜衣の首から赤黒い血液が噴き出すように流れ出る、頸動脈が傷付いたようだ。
一気にパニックになった夜衣は首と背中から血を流しながら全速力で走り出す。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
脳の髄まで恐怖で塗りつぶされた夜衣は傷の痛みも忘れて必死に走る、そして通り魔は夜衣の恐怖心をわざと掻き立てるように足音を立てながら追いかけてくる、それが夜衣のパニックをより増幅させるものとなった。
しかし、そんな流れ出るような出血を放置したままで走り続ければどうなるか、想像しなくても分かる。
「あっ…!」
足がもつれて夜衣が転んでしまう、すぐに立ち上がろうとするが、出血多量によるショック症状で身体が痙攣してしまいうまく立ち上がれない。
それでも逃げようと夜衣は這いずって動こうとするが、自分の真後ろに人の気配がした。
(っ!?)
次の瞬間、うつ伏せになった夜衣の上に通り魔がのし掛かってくる、何とかどかそうとしてみるが、女子高生の夜衣が成人男性の体重に敵うわけがない。
(ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!)
通り魔が夜衣の背中に包丁でもう一撃入れる、再び身体に激痛が走り、脳がスパークするような感覚を覚える。
(…ヤバい、意識が…)
血が減りすぎて意識が段々と朦朧としてくる、それは否応なく自分の死期が近づいていることを意味していた。
(嫌だ…!こんな所で死にたくない、誰か助けて…!)
夜衣はそう叫ぼうとするが、声帯をやられているのでそれは叶わなかった。
通り魔は夜衣の背中に一撃食らわせた後、夜衣の身体をごろんと転がして仰向けにする、そして夜衣の心臓に包丁を何の躊躇もなく突き刺した。
(があっ…!)
三度目の激痛に襲われた夜衣だが、その刺激でも意識がはっきりする事はなく、どんどん目の前が暗くなっていく。
夜なんて、大嫌いだ。
この状況に不似合いな悪態を最期に、天使夜衣は意識を手放し…命を落とした。
次回「秋の鎮守府」
今回の話は篝編の前日譚のようなものだと思ってください。
…ぶっちゃけ本編と絡む事はほぼ無いですが。