艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
「全く、この鎮守府はよく深海棲艦がやってくるわね、
「本当にねー」
マックスと暁がダルそうにぼやきながら接近してくる深海棲艦を見据える、鎮守府の防衛電探が深海棲艦の接近を察知し、海原は迎撃のため緊急出撃を命じた。
今回も2チームに分かれて迎撃戦を行う、沖へ出て戦闘を行うのは暁、マックス、雪風、ハチ、大鳳、そして鎮守府に残って防衛を行うのは吹雪、大鯨、篝、三日月だ。
「ほら、敵さんが来ましたよ、無駄なおしゃべりはそこまでです」
雪風が敵を肉眼で発見し、
「分かったわ、司令官に通信入れるわね」
暁はインカムのマイクに口を近づけ、会敵の状況を海原に伝えた。
◇
『こちら海上戦闘部隊
提督室の海原はインカム越しに聞こえてくる暁の報告を聞きながら艦隊指揮の手はずを整える。
「こらこら暁、敵の戦力を過小評価するのは危険だっていつも言ってるだろ?
『了解、それじゃみんな!戦闘開始!』
暁の号令と共に部隊全員が雄叫びをあげ、砲や得物を撃ち合う音がインカム越しに鳴り響く。
「さてと、あとは鎮守府敷地周辺を見回ってる吹雪たちだな」
海原は無線回線を吹雪たちのインカムに切り替える。
「吹雪、そっちはどうだ?」
『はい、こちら鎮守府敷地哨戒部隊
「そうか、暁たちなら海岸まで敵の接近を許すことは無いだろうが、空母棲艦の艦載機なんかにも気を配りながら哨戒を続けてくれ、くれぐれも油断するんじゃないぞ」
『了解しました!』
両者の報告を聞き終わると、ふう…と息を吐いて椅子にもたれ掛かる。
「とりあえずは今のところ順調だな」
「このまま何もなく終わってくれればいいんですけどねぇ」
海原の隣で控えているオペレーター役の大鯨が緊張感など微塵も感じさせないおっとりとした口調で言う。
「俺もそうあってほしいと思うが、何が起こるか分からないのが艦隊戦だ、待機するこちらも気を抜かずにいよう」
「そうですね、では私はそんな緊張感を解すためにお茶を淹れますねぇ」
「お前俺の話聞いてた?」
海原のつっこみなどどこ吹く風といったように大鯨はお茶を淹れはじめる。
『……………』
そんな一連のやり取りを眺めながら夕月は提督室のソファに座って思い詰めるように考えていた、許せないなら許さなくてもいい、リーザに言われたその言葉がさっきからずっと頭の中をぐるぐると回っている、自分はそれに対してどんな答えを出せばいいのだろうか、どんな答えを出したいのだろうか、そんな事をずっと考えていた。
『司令殿…』
大鯨を通じて何か話をしようか、そんな事を考えていたとき…
『こちら鎮守府敷地哨戒部隊
「どうした!?」
『敷地内の排水路から駆逐戦車が進軍してきました!数は5体!現在交戦中ですが、そのうちの1体が鎮守府の建物に向かって進撃中!』
「何だと!?」
その報告に海原は思わず立ち上がった、大鯨も吹雪の耳を疑うような報告に驚いてこちらを見ている。
『こちらは今いる4体を相手取るので手一杯です!司令官は大至急建物から避難してください!』
「分かった!夕月!大鯨!聞いての通りだ!逃げるぞ!」
「了解です!」
『し、司令殿!?駆逐戦車とは何だ!?』
「陸上での歩行移動が可能な駆逐棲艦ですよ、かなり強いです」
『そ、そんなヤツがいるのか!?』
自分の知らない間に出現した新種の敵に驚きつつ、夕月は大鯨に手を引かれて走り出す。
「提督…先に行ってて…いいですよぉ…!」
しかし走り出して十数秒で大鯨がバテはじめてしまった、走る体力など皆無の大鯨には短距離でも猛ダッシュは身体に堪える。
「んなわけいくか!」
海原は大鯨をおんぶすると、左手で夕月の手を取って走り出す。
「別に置いていってもいいんですよぉ?道なら分かりますし、最低限の自衛なら出来ますしぃ…」
「バカ野郎!それで大鯨が駆逐戦車にやられちまったら俺はどうなる!?もう二度と俺のせいで仲間を失いたくないんだよ!」
それくらい分かれ!と背中越しに大鯨を怒鳴りつけると、夕月の手を引きながら階段を駆け降りる。
「…ごめんなさい、ありがとうございます」
大鯨はほんのり顔を赤らめると、海原の背中に身を預ける、こんな欠陥を抱えた自分でも海原は“仲間”だと言ってくれる、見捨てずに守ろうとしてくれる、この人のもとへ来れて良かったと、大鯨はこの瞬間の幸せをしっかりと噛みしめていた。
『………』
夕月はそんな大鯨の姿を、どこか羨ましそうに見つめていた。
『…“俺のせい”…か』
そして海原のその言葉を聞いて、夕月は人知れず胸を痛めていた。
◇
「…よし、駆逐戦車はいないようだな」
建物の正面玄関から外に出た海原は周りを見渡すが、駆逐戦車の姿は無かった。
『こちら海上戦闘部隊
「暁か!助かった、頼むぞ!」
『了解!』
海原はインカムを胸ポケットに戻すと、再び夕月の手を取って走り出す。
「なっ…!?」
しかしその時、正面にあった物資備蓄用の倉庫の物影から駆逐戦車が姿を現した。
「しまった…!物影に隠れてたから見えなかったのか!」
駆逐戦車は海原たちの姿を認識すると、口と頭部、左右両脇腹の計4機の主砲をこちらに向け、発射準備に入る。
「させません!」
それを見るなり大鯨が海原の背中から降りると、ライフルとククリ、そして腕に小型の盾を装備して駆逐戦車と対峙する。
「提督は逃げてください!ここは私が食い止めます!」
「待てよ大鯨!お前単騎での戦闘は苦手だろ!」
「駆逐戦車程度なら私でも相手できます!だから早く!」
大鯨はそう言ってライフルで駆逐戦車を狙撃する、今この駆逐戦車を相手に戦えるのは大鯨だけだ、そして海原は深海棲艦とは戦えない、つまり…
「くっ…!絶対に死ぬなよ!」
今の海原に出来ることは、駆逐戦車を戦闘力の弱い大鯨に任せ、無様に逃げ出すことだけだ。
「結局俺は何も出来ねぇのかよ…!仲間がこんなに頑張ってんのに、俺は一番戦闘が苦手な大鯨にすら敵を押し付けて、こうして逃げることしか出来ねぇってのかよ!」
海原はそう叫びながら夕月の手を引いて走り出す。
『司令殿…』
唇を噛みしめて悔しさに顔を歪ませる海原を見て、夕月は再びズキンと胸が痛むのを感じる、なぜ海原がそこまで苦しむ必要があるのだろうか、提督は深海棲艦と戦うことは出来ない、提督室で艦娘に指示を出すことが提督である海原の仕事だ、なのになぜ海原はこれほど自分たちのことを…。
そう考えるほど夕月の胸の痛みは大きくなっていく。
「っ!!」
その時、ひときわ大きな爆発音が後方で鳴り、海原は足を止めて大鯨の方を見る。
「っ!?大鯨…!」
そこには、駆逐戦車の砲撃を食らって大破相当のダメージを受けて倒れている大鯨の姿があった、深海棲器の盾でも大鯨の防御力の低さをカバーしきれず、大ダメージを受けてしまった。
(やっぱり大鯨1体じゃ無茶だったんだ…!)
大鯨を脅威の対象と見なさなくなったのか、駆逐戦車は攻撃対象を大鯨から海原たちにチェンジし、砲口をこちらに向ける。
「やば…!」
海原は夕月の手を取って猛ダッシュで走り出す、大鯨を置いていく事に後ろ髪を引かれる思いがあったが、ターゲットをこちらに変えたのでこれ以上駆逐戦車に狙われる事は無いだろう。
「思った以上に早いじゃねぇか…!」
駆逐戦車の移動速度が思った以上に早かった、ゆっくり漕いだ自転車くらいは出ているのではないだろうか。
このままではいずれ追い付かれてしまう、何か策を考えなければいけないと海原が頭を悩ませていたとき、駆逐戦車が全ての主砲から砲撃をしてきた、弾丸が海原たちのもとへ容赦なく降ってくる。
『マズい…!』
このままでは海原の命が危ない、夕月は深海棲艦の艤装を展開させて弾丸を撃ち落とそうとしたが…
「夕月危ねええええぇぇぇぇ!!!!!!」
弾丸が当たる直前に海原が夕月を抱きかかえて横へ転がる。
刹那、弾丸が炸薬の効果で爆発し、爆炎と砕けたコンクリ片をあたりに撒き散らす。
「ぐっ…!」
海原は何とか夕月を庇うため、爆発地点に背中を向けて夕月の盾になるように転がった、そのせいでコンクリ片や爆炎が容赦なく海原の背中を襲う。
『司令殿!!大丈夫ですか!?』
夕月はぐったりしている海原の身体を揺する、そして見てしまった。
『っ!!司令殿…』
制服の背中部分が焼け落ち、露出した背中の皮膚は火傷で爛れ、砕けた小さなコンクリ片が突き刺さっている海原の痛々しい背中を…
『なぜ、なぜそこまでして私を…!』
自分は海原に許さないと言った、その後も声をかけられるたびに冷たい態度で接し続け、海原から差し伸べられた手を全て払いのけた、なのになぜ海原はこんなになってまで自分を助けてくれるのだろうか…。
「何だ…夕月、何で助けたのかって…聞きたそうな顔を…してる…な?」
爆発の衝撃で身体中が痛む海原は小さな声で絶え絶えと言葉を紡ぐ、海原のその問いに夕月は首を縦に振ってそれを肯定する。
「…今度…こそ、守りたかったん…だよ、俺の…嘘のせいで…お前たちは轟沈しちまった…からな、だから…どうしてもお前を…守りたかった、それが…提督である俺の…役目だ…」
本当は声を出すのもやっとのはずなのに、海原は力なく笑ってそう言った。
『…あぁ、そうだ、そうだった、貴方は、いつだってそうだった…』
この時、夕月はようやく気付いた、海原はあの時から何も変わっていなかった、最初こそ深海棲艦に復讐するためには手段を選ばない暴君のような人間ではあったが、深海棲艦襲撃事件以降は艦娘に対する認識を改め、自分たちを本当の家族のように扱ってくれるようになった。
提督の癖に上下関係に厳しくなく、そのくせ艦娘の命に関わる事になると上官命令をこれでもかと言うほど強調し、艦娘の安全を第一に考えてくれていた。
他の何よりも艦娘を大切にしてくれる海原に、夕月は何時しか惹かれていた、自分たちを守ろうとしてくれたように、夕月も海原を、海原が待つ鎮守府を守るために戦いたいと思うようになっていった。
そしてだからこそ、あの時嘘を吐いた海原が許せなかった、もしあの時海原が正直に轟沈してしまうと言っても、夕月は戦うことを拒まなかった、海原のために戦って、海原のために死ねるのであればそれこそ夕月の本望だからだ、だから
『まぁそれこそ、司令殿には出来ないことだろうな』
そう言いながら夕月は愛おしそうに海原の頬を指でなぞると、艤装を展開させて駆逐戦車を見据える。
『貴様、よくも司令殿を傷つけてくれたな、そんなに死にたいのなら手伝ってやろう』
対する駆逐戦車は弾丸の装填を終え、眼前の夕月を“敵”と認識して攻撃態勢に入る。
正直に言って海原の事はやはりまだ許せそうにない、それでも自分は前に進んでいこうと思う、海原が今までずっと自分たちの事を想い続けてくれたように、今度は自分がこの先ずっと海原を想い、そして護り続けていこうと思う。
それでヒビが埋まっていくかは夕月自身も分からないが、海原が自分を想いづけてくれる限り、自分もそれに応え続けていきたい、それが今の夕月が出せる“答え”だ。
『司令殿にはこれ以上指一本弾丸一発触れさせない!司令殿は…私が護る!』
夕月の目には、確かな決意の色が浮かんでいた。
次回「月下二舞ウ
貴方の側で何時までも…