艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー   作:きいこ

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夕月編終了です。

北方海域艦隊決戦の道中で榛名をゲットしました、ついに第四艦隊解放です!


第151話「夕月の場合10」

残った駆逐戦車は暁たちが骨も残さず始末し、大鯨と夕月は高速修復材付きでドックへ放り込まれ、海原は三日月による応急手当てを受けた、幸い海原の怪我は命に関わるモノではなく、多少時間はかかるがちゃんと完治するとのことだ。

 

 

『はぁ…』

 

 

夕月は大きなため息を吐いてベッドに座り俯いていた、海原が比較的軽傷で済んだという知らせを聞いたときはホッと胸を撫で下ろしたが、それと同時にどうしようもないくらいの無力感が全身を襲う。

 

 

『…何も、出来なかった』

 

 

夕月は袴の裾をぎゅっと握りしめて唇を噛み締む、自分が海原を護ると豪語しておきながら、実際はほぼ何も出来ずにやられてしまった。

 

 

相手が強かった?そんなものは言い訳だ、やられた理由はただ一つ、自分が弱かったからだ。

 

 

室蘭時代は戦闘の回数が少なかったから練度(レベル)も上がりにくかったので仕方ないと言えば仕方ないのだろうが…

 

 

『…いや、それも言い訳だな、ここの吹雪たちみたいに自主訓練をする機会はいくらでもあったはずだ』

 

 

もしその時にもう少し練度(レベル)を上げていれば、今回の駆逐戦車との戦いも少しは違う結末になったのではないだろうか。

 

 

いや違う、そもそもあの時もっと自主訓練などで練度(レベル)を上げていれば、あの戦いで敵艦隊に打ち勝つくらいの強さを身に付けられていれば、海原が心を痛めずに戦闘続行命令を出せたのではないだろうか、もっと強ければ、そもそも轟沈などせずに、海原が心傷(きず)付く事も無かったのではないだろうか。

 

 

『…私は、何て無力なんだ…!』

 

 

夕月は涙を流しながら己の弱さを呪った、自分は海原を許せないだの何だのと言っているが、それはただの被害妄想で本当は自分が弱かったために海原に辛い決断をさせてしまったのではないだろうか。

 

 

『…分からない、分からないよ…』

 

 

夕月は嗚咽を漏らしながら泣き続ける、本当の真実はどこにあって、何を信じればいいのか、考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 

 

『夕月、入るよ』

 

 

すると吹雪が相変わらずノックもせずに入ってくる。

 

 

『だから入った後に言ったんじゃ意味ないだろ』

 

 

『カタいこと言わない言わない』

 

 

夕月は再度つっこみを入れるが、これもリーザに流される。

 

 

「どうかしたの?司令官は無事だったのに、何を泣いてるの?」

 

 

『…それは…』

 

 

『駆逐戦車にボコボコにされて、自信でも無くした?』

 

 

『っ…!?』

 

 

図星を突かれて夕月は息を詰まらせる。

 

 

『…あいつに負けて、思うんだ、本当は自分が弱かったために司令殿が心傷(きず)ついたんじゃないかって、自分がもっと強ければ、轟沈するような事にはならなかったんじゃ…って』

 

 

『ふーん…随分つまんない事で悩んでるのね』

 

 

「ちょっとリーザ…!」

 

 

真剣に思い詰めている夕月にリーザが一蹴するような発言をしたので吹雪が咎めようとする。

 

 

『司令官が夕月をどう思ってるかなんて、そんなの司令官本人じゃないと分からないわ、いっそのこと直接本人と話せばいいのよ』

 

 

『司令殿と…直接?』

 

 

『良いわよね?さっきからドアの外で待機してる司令官?』

 

 

リーザがそう言うと夕月が驚いた様子でドアの方を見る。

 

 

「…ははは、バレていたのか」

 

 

リーザに見破られた海原は指で頬を掻きながらドアを開けて入ってくる。

 

 

『司令殿…』

 

 

夕月は海原に何と言っていいのか分からず、ただ黙ることしか出来なかった。

 

 

『あとはふたりきりで話した方がいいんじゃないかしら?』

 

 

『しかし、この状態では司令殿に声は…』

 

 

「そんな夕月にこれをあげよう」

 

 

そう言って吹雪が差し出したのはスケッチブックとペンだった。

 

 

「“筆談”って手を使えば言葉が通じなくても話が出来るよ、だから夕月、司令官と本音で話してみて」

 

 

吹雪はそう言って笑うと、いそいそと部屋を出て行こうとする。

 

 

「それでは司令官、あとはよろしくお願いします」

 

それだけ言うと吹雪は部屋を後にした。

 

 

『夕月と司令官だけで大丈夫かしら』

 

 

「大丈夫だよ、それに…ふたりきりだからこそ話し合う意味があるんじゃないかな」

 

 

『ふふっ…違いないわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方ふたりきりで取り残された海原と夕月は何から話し始めたらいいのか分からず、気まずい無言の空間を生み出していた。

 

 

(…いつまでもだんまりじゃダメだよな)

 

 

そう腹を括った夕月はスケッチブックにペンを走らせる、その音に海原が気付いてこちらを見るが、何も言わずに夕月が書き終えるのを待っていた。

 

 

やがて書き終えた夕月はその文面を海原に見せる。

 

 

『護れなくてごめんなさい』

 

 

「…どういう意味だ?」

 

 

しかし海原は夕月の書いたことの意味を理解できず、首を傾げるだけだった、それを見た夕月は更に細かく、詳しく文字を書き込んでいく。

 

 

『私は司令殿を護りたかった、でも私は何も出来ずに敵にやられてしまった、そんな弱い私でごめんなさい』

 

 

「そんな事無いぞ、夕月は俺を守ろうと必死で戦ってくれたんだ、お前が謝る必要なんてどこにもない」

 

 

海原はそう言って笑う、それを見た夕月は思う、やっぱりこの人は変わっていない。

 

 

『今回のことで思う、室蘭時代にもっと鍛えて練度(レベル)を上げておけば、沖ノ鳥島での戦いで轟沈しなくて済んだのかもしれない、司令殿が心を痛めて私たちに戦闘命令を出さずに済んだのかもしれない、本当に悪いのは弱かったために轟沈した自分なのかもしれないと…』

 

 

「それは違う!」

 

 

夕月の文面を読んだ海原はすぐにそれを否定し、夕月の肩を掴む。

 

 

「あの時悪かったのはお前たちじゃない、沈むと分かっていて嘘を吐いた俺だ、だからお前は悪くない」

 

 

『司令殿…』

 

 

「お前が嘘吐きの俺に怒りや恨みを覚えるのは当然のことだ、それらは全て俺が受け止める、どんな恨み辛みの言葉だって受け入れる、だから二度と自分が悪かったなんて言わないでくれ、俺のせいで自分を心傷(きず)つけないでくれ…」

 

 

海原は泣きそうになるのを必死で堪え、縋るように夕月に言った。

 

 

『…やっぱり、貴方は変わってないな、私たちのために自分を犠牲にして、傷付けて、本当に馬鹿な人だ』

夕月はスケッチブックにペンを走らせると、その文面を海原に見せる。

 

 

『ありがとう、そこまで私たちのことを想ってくれて、でも正直私は今でも司令殿を許せるかどうかは分からない、どうしても、心がそれを拒んでしまうんだ』

 

 

「…あぁ、それは当然のことだ、俺は許されるべきじゃない」

 

 

海原は真剣な眼差しで夕月の書いた文面を読む、それを聞いた夕月はスケッチブックのページをめくる。

 

 

『でも、それでも、それでも司令殿が私の事を想い続けてくれるなら、私はそれに応え続けていきたい、それが私の出した答えだ』

 

 

「夕月…」

 

 

『司令殿は、こんな私の事を、まだ想い続けてくれますか?一度は貴方を冷たく突き放した私が、司令殿の側でまたお仕えする事を、許してくれますか?』

 

 

夕月はまたページをめくって文面を海原を見せる、スケッチブックを持つ夕月の手は震えていた、自分は一度海原の手を払いのけてしまった、もしかしたら拒絶されるかもしれない、そう思うと怖くてたまらなかった。

 

 

『っ…!!司令…殿…』

 

 

しかしその不安とは裏腹に、海原は夕月のことを優しく抱き締めていた。

 

 

「…当たり前だ、どんな姿になっても、どんな事になっても、お前は俺の掛け替えのない大切な部下で、仲間で、家族だ」

 

 

『…うっ…!ひぐっ…!』

 

 

限界だった、夕月の目からは止めどなく涙が溢れ出し、嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 

 

夕月は涙を流しながらスケッチブックにペンを走らせた、涙でペンのインクを滲ませながら、自分を想いを伝えるために、ペンの走らせ続けた。

 

 

『ありがとうございます、この私…夕月は、その最期の時まで貴方の側で、貴方のために戦い続ける事を誓います、これからもずっと…ずっとよろしくお願いします』

 

 

夕月はその文面を海原に見せると、左手で海原に敬礼をする。

 

 

「あぁ、こちらこそ、これからもよろしくな」

 

海原も敬礼を返すと、夕月の髪を撫でる。

 

 

 

『ありがとう…司令殿」

 

 

その直後、夕月の艦娘化(ドロップ)が始まり、かつての艦娘としての夕月が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、睦月型駆逐艦12番艦の夕月だ、これからよろしく頼む」

 

 

艦娘化(ドロップ)後、夕月は台場鎮守府のメンバーを前に着任の挨拶を行った。

 

 

「決着がついたみたいだね、司令官と」

 

 

「…まだ決着がついたかどうかは自分でも微妙なところだが、自分の答えはしっかり出したつもりだ」

 

 

「…うん、それが出せればこれから十分やっていけるよ、これからよろしくね、夕月」

 

 

「あぁ、よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に深海棲器を持つの?」

 

 

「もちろんだ、私はもっと強くなければいけない、今度こそあの戦車に一泡吹かせてやるんだ」

 

 

夕月はそう言って武器庫に並ぶ深海棲器を眺めて吟味する、今回夕月は3種類の深海棲器を持つ事を選んだ、まずは武器庫から1種類を選び、残りの2種類は明石に特注で作ってもらう。

 

 

「…よし、これに決めた」

 

 

夕月が手に取ったのは2本の脇差だ、海原が護身用に持っていたモノとほぼ同じ長さの刀である。

 

 

「おぉ、結構サマになってるね、どこぞの女侍みたいだよ」

 

 

「そ、そうか…?」

 

 

吹雪にそう言われた夕月は照れた顔をして頬を赤らめる。

 

 

「…あ、明石さんから深海棲器の開発が終わったってメールが来たよ」

 

 

「随分と早いな!?」

 

 

「なんか張り切ったみたいだよ、じゃあ明石さんの工房へ行こうか」

 

 

「張り切ったで済ませてしまうのか…」

 

 

釈然としない気分を胸に仕舞いつつ、2体は明石の工房へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!これが夕月の深海棲器だよ」

 

 

今回明石が夕月のために開発した深海棲器はふたつ。

 

 

ひとつめは『鉄扇』

 

骨組みから紙の部分まで全て深海棲器で出来ている、言わば鋼鉄の扇子だ、おまけに扇の部分は鋭い刃になっており、打撃に加えて最低限の斬撃も出来る設計になっている。

 

 

 

ふたつめは『ショーテル』

 

三日月状に大きく湾曲した片手剣の深海棲器で、相手が盾を構えていても攻撃の命中が見込める、形が変わっているため普通の刀剣より扱いが難しいが、武器としては優秀だ。

 

 

「鉄扇って…かなり使い道が限定されそうな武器だな」

 

 

「いや~、夕月のその格好見たらこれを作んなきゃって思ってね、これは使命だよ使命」

 

 

「どんな使命だ…」

 

 

「あ、そうそう、あと深海棲器じゃないけど、これも作ってみたよ」

 

 

そう言って明石が持ってきたのは、3種類の仮面だった。

 

 

「仮面…?」

 

 

「それを隠すのに必要だと思ってね」

 

 

「…これか」

 

 

明石に指摘されて夕月は自分の顔…正確には顔の右半分に出来た深海痕を指で撫でる。

 

 

夕月も例にもれず深海痕が残っていたのだが、その場所が左足と顔の右半分だったのだ、足ならまだ隠すことが出来るが、流石に顔に出来てはどうしようもないということで、明石が専用の仮面を作ったのだ。

 

 

ちなみにその仮面だが、ひとつは漫画の中二臭いキャラがつけているような、顔の右側だけを覆うタイプのピエロ柄の仮面。

 

もうひとつは西洋のオペラなどで見る、目の周りだけを覆うタイプの青い仮面。

 

さらにもうひとつはお祭りや祭事などで見かける狐のお面だ、白地に赤い着色が施されている、スタンダードなタイプである。

 

 

「しかしなぜ3種類も?」

 

 

「趣味」

 

 

「正直だなお前は!?」

 

 

悪びれもせず答える明石に夕月は思わずつっこんだ。

 

 

「というより、最初のふたつは分かるが最後の狐面は必要か?」

 

 

「え?そりゃあ…普通に被っても良いし、深海痕だけを覆うように半分だけ被っても良いし、とにかく和装には狐面なんだよ!古事記にも書いてあるんだよ!」

 

 

「絶対に嘘だろ貴様!」

 

 

そう言いつつちゃんと三つとも持って帰った夕月だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これが完成形なの?ベアトリス」

 

 

「はい、コードネーム“キメラ”、その完全版です」

 

 

ベアトリスはそう言って培養カプセルの中で液体に浸かっているキメラを少女見せる、そのキメラは奇妙な見てくれをしていた、背丈は駆逐艦娘より少し高いくらいだが、その腰元からは太長い尻尾のようなモノが生えており、その先端は鋭い牙を持つ竜の頭のようになっている。

 

 

「そのキメラの尻尾みたいなのは何なの?」

 

 

「それは駆逐艦の艦娘“夏潮”の脳と体細胞を詰め込んだ部分です、流石にひとつの身体に2体分の脳を入れるのは困難だったので、別の媒体に入れて本体に詰め込んだ駆逐艦娘“秋月”の脳神経と繋げて連動させてるんです」

 

 

「なるほど、それがその尻尾のドラゴンみたいな頭なのね、それにしてもよく拒絶反応が出なかったわね」

 

 

「とんでもない、拒絶反応ありまくりでしたよ、結局どうしても拒絶反応を無くすことが出来なかったんで、これを使うことにしました」

 

 

「…それは?」

 

 

ベアトリスが取り出したのは銀色のチョーカーと、培養カプセルの中に詰まっているのと同じ色の液体が入った小さな瓶だ。

 

 

「これは拒絶反応を抑えるために神経を麻痺させる特別な劇薬です、これをチョーカーの中に充填させて、チョーカーに仕込んだ注射針で絶えず体内に流し込み続けます、今は培養カプセルに詰まってる少し薄めた薬に浸けてるんでどうにかなってますけど、外に出して戦闘させるにはこれが必須になります」

 

 

「中々めんどくさい感じに仕上がっちゃったわね」

 

 

「しかもこの劇薬は副作用が激しくて、神経や体細胞に大きな負担をかけることになります、なので連続して動かすとなると2分くらいが限界ですね」

 

 

「2分…短いわね」

 

 

「それ以上続けると身体の細胞が自立崩壊を起こしてしまいます、つまりこのキメラは“使い捨て”として稼働させるのが前提になってしまいますね」

 

 

ベアトリスの説明を聞いた少女はふむ…と考えるような仕草をする。

 

 

「…分かったわ、キメラの使用を許可します、使い捨てとして使うなら最適なタイミングでね」

 

 

「かしこまりました」

 

 

少女はベアトリスを残して部屋を後にした。

 

 

「さて…と、あなたにはこれからしっかり働いてもらうわよ、ひとたび動き出せば死ぬまで止まれない、最初で最期の、文字通りの死闘でね」

 

 

ベアトリスは薄気味悪い笑みを浮かべながら、カプセルの中で眠るキメラを見つめていた。

 




次回「新戦力」

夕月の深海棲器を考えてくれた皆様、ありがとうございました。

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