艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー   作:きいこ

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H/S:001編終了です、次回からは本編に戻ります、東京湾沖海戦を終えて戻ってきた後の一悶着から始まる予定。

そしてついに明石を手に入れました。

【挿絵表示】

改修工廠に行ってみたら改修出来る装備が3つしかなくて“少なっ!?”って思いました、これって増えるんですかね?。


第186話「H/S:0015」

七海覚醒から2ヶ月と2週間。

 

 

 

「マズい!もう火の手がここにまで!」

 

 

燃え盛る炎の中、榊原は七海の手を引いて研究所内を走り回っていた、極秘に続けられていたヒュースの研究だが、ついに敵国の情報員にそれを嗅ぎ付けられたのだ。

 

 

ヒュースが実戦投入されることを恐れた敵国は研究所の襲撃を実行、研究所の外側は火の海と化し、内部にも火が回っていた。

 

 

職員はほぼほぼ全員が避難していたが、榊原だけは開発主任としての責務を果たすべく、研究所内に残っていた。

 

 

「博士!私たちも早く逃げなければ手遅れになります!」

 

 

「待て、まだやることがある」

 

 

避難を促す七海に対して榊原は待てと言い装置を操作している、今ふたりがいるメイン開発室は研究所内でも最も強固な造りになっており、防火構造も万全になっている、しかしそれ以外の避難経路が潰れてしまっては意味がないのであまり長居できないのは変わらない。

 

 

「七海、すまないがこの電極を頭に付けてくれ」

 

 

「?はい…」

 

 

七海は榊原に言われたとおりの場所に電極を付ける。

 

「これで何をするんですか?」

 

 

「…強制記憶(インプット)だよ、起きたまま…ね」

 

 

「!?」

 

 

それを聞いた七海は身体を強ばらせる、原則として強制記憶(インプット)は対象が眠っている時…意識が覚醒していない時に行うと決まっている、意識がある状態で行うと流れ込んでくる情報に脳や精神が対応しきれず心身に異常をきたす恐れがあるからだ。

 

 

「ですが博士、強制記憶(インプット)は…」

 

 

「あぁ分かってる、少しキツいかもしれないが我慢してくれ」

 

 

そう言って榊原は強制記憶(インプット)装置を起動させる。

 

 

「っ!!」

 

 

次の瞬間、七海の頭に強い衝撃が走った、あえて言葉で例えるなら、まるで脳をかき混ぜられているような…そんな不快感と衝撃が脳内を支配する。

 

 

「…これ…は…?」

 

 

七海の中に流れてきた情報は主にふたつ、ひとつはヒュースに関する知識全般、そしてもうひとつは地図情報だった。

 

 

「地図…?」

 

 

「その地図は研究所の支部の位置を表したモノだ」

 

 

「支部…?研究所はここだけのハズでは…?」

 

 

「この研究所が機能しなくなったときのために政府が極秘で建設した予備の研究所だ、完成したばかりで俺も場所は知らないが、いまからでも使えるはずだ」

 

 

「なるほど!私と博士でそこへ移り住むのですね!」

 

 

「…七海は先に地下の訓練施設へ向かってくれ、すぐに追いつく」

 

 

「分かりました!」

 

 

七海はメイン開発室内にあるエレベーターで地下へと向かう。

 

 

「…七海、すまない」

 

 

榊原はそう呟くとメインコンピューターを操作し、最後の仕事に取りかかる。

 

 

 

 

 

 

「こんな所にこんな場所が…」

 

 

研究所の地下にある訓練施設には緊急脱出用の水路がある、今回のように何らかの出来事で地上からの脱出が不可能になった場合はここから避難することとなっている、海抜が高い場所に建てられているこの研究所だからこそ出来た事だ。

 

 

「この水路は海に直接繋がっているから、そのまま地図の場所まで行きなさい」

 

 

水路に停泊させてある小型モーターボートのエンジンをかけながら榊原は言う。

 

 

「…博士?」

 

 

その口振りに七海は一抹の不安を覚える、その言い方ではまるで…

 

 

「…七海、すまないがここでお別れだ」

 

 

「っ!?」

 

 

その不安が的中し、七海は目を剥いた。

 

 

「博士…?何を言って…?」

 

 

「悪いが俺は七海と一緒には行けない、俺はヒュースの開発主任として、今回の後始末をしなければいけない、だからお前だけでも逃げろ、お前は存在自体が機密情報のヒュースだ、敵国に捕まればどうなるかは言うまでもない」

 

 

「私も残ります!博士の身に何かあったら私は…!それに上では検査中の暁海たちがまだ…!」

 

 

「それなら心配は無用だ」

 

 

そう言って榊原は七海に緑色の液体が入ったアンプルを3本渡す、それぞれのアンプルの中にはBB弾の弾を二周りほど大きくしたような球状の物体が浮いている。

 

 

「お前を先に行かせた後に“解体”してきた、その中にあるのは遺伝子情報の入ったサンプリング細胞だ、これを持って行け、メインコンピューターのデータも七海に強制記憶(インプット)させた後に全て消去した、つまり今ヒュースの全情報を握っているのはお前だけということになる」

 

 

「博士…」

 

 

その言葉だけで七海は全てを理解してしまった、榊原は“自分ひとりで逃げてヒュースの情報を守れ”と言っているのだ、もしヒュースの情報が敵国に漏れてそれが複製でもされれば最悪の事態は避けられないだろう。

 

 

「でも…それでも私は…!博士と離れたくありません!だって私は!博士の事を…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しているから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

その言葉が口から出る前に、榊原は七海の事を抱きしめた。

 

 

「ありがとう、七海のその気持ちは嬉しいよ、でも俺じゃ七海を幸せにしてやれない、俺は悪魔の実験でお前という兵器を生み出したマッドサイエンティストだ、お前の望む幸せを与えてやることは出来ない」

 

 

「うぅ…博士…!」

 

 

子供のように泣きじゃくる七海を引き離すと、モーターボートのアクセルをフルスロットルで入れる、モーターボートは徐々にスピードを上げ、榊原の姿がどんどん小さくなっていく。

 

 

「博士…!いや…嫌です!博士!」

 

 

「七海!俺からの願いはひとつだ、『生きろ』!そうすればきっとまたどこかで会える!だから…!」

 

 

「博士ええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

 

 

七海が榊原の声を聞き取れたのはそこまでだった、榊原の姿は既に見えなくなっており、モーターボートは暗闇の中をどんどん加速しながら突き進んでいく、やがて前方に光が見え、モーターボートは地下水路から抜け出した。

 

 

七海が後ろを振り返ると、炎に包まれた研究所が見えた。

 

 

「博士…」

 

 

七海は涙を流しつつも戻ろうとはしなかった、戻れば榊原が命を懸けて全てを自分に託した彼の行いが無駄になってしまう、七海は唇を噛みしめ、そのまま小さくなっていく研究所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七海が研究所を脱出してから数時間後、モーターボートは日本領海に浮かぶとある島に漂着した、榊原から強制記憶(インプット)で脳内に刷り込まれた地図にあった島である。

 

 

「ここに…研究所が…?」

 

 

モーターボートから降りた七海は荷物一式を持って島内を散策する、島の規模はそれなりでどうやら無人島のようだが、辺りは草木が生い茂っており、とても研究所があるとは思えない。

 

 

「…ん?」

 

 

しばらく歩くと、ジャングルのように生い茂る草木に紛れるようにコンクリート製の建物が姿を現した、基礎はしっかりしているようだがあちこちが崩れており、鉄筋が剥き出しになっている箇所すらある。

 

 

「…まさかここが研究所…なわけないよね…?」

 

 

その廃墟のような建物の中を見渡してみると、コンクリートの床が一カ所だけ真新しい部分があった、その周辺だけつい最近工事されたように綺麗になっており、いかにも何かあります的な雰囲気を醸し出している。

 

 

「…もしかして」

 

 

七海がその床を調べると、その床が動いて地下への階段が現れた、この階段が研究所の入り口と考えてまず間違いないだろう。

 

 

「…逆に目立ちまくりでしょこの研究所」

 

 

そう愚痴りながら七海は階段を降りていく、しばらく行くとこれまた意味ありげなゴツい扉が姿を見せ、それを開けると七海が見覚えのある研究所の内装が目に入った、どうやら本家の研究所の内装を再現しているらしい。

 

「機器系統は機能してるみたいだけど、電源はどこから来てるのかしら…?海底ケーブルでも引いてるとか…?」

 

 

そんな事を考えながら七海はメインコンピューターと思わしき端末を操作する、使い方は強制記憶(インプット)のおかげですべて分かる、流石に中のデータまでは共有されていないようだが、今の七海にかかれば復元は造作もない、なぜならさっき“覚えた”ことをそのままコンピューターに記録していけばいいのだから…。

 

 

 

 

 

全ての情報をメインコンピューターに記録し終えた後、近くにあった椅子に座り、今後について考える。

 

 

 

「私…これからどうすればいいんだろう…」

 

 

誰もいない新たな研究所で七海は思考を巡らせる。

 

 

「博士…」

 

 

自分はこれから何をすればいいのか、自分に何が出来るのか、自分を逃がして命を救ってくれた榊原に対して、自分はどうすればいいのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなもの、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間を…皆殺しにする…!」

 

 

元々自分は人間と戦うために造られたヒューマノイド・ソルジャーだ、その目的を果たすための拠点も手段も既にある。

 

 

それに榊原たち開発チームの味方であるはずの日本政府も七海以降…暁海たちのヒュース開発が難航し始めてからは自分たちを“税金(かね)食い虫”と手のひらを返して見下す人間が増え始めていた、ならばここで自分が人間の殲滅を成し遂げれば榊原や自分たちを下に見ていた政府の連中も七海を見直すに違いない。

 

 

「私が博士の代わり目的を果たせば、博士の行いが正しいという事が証明できる…!」

 

 

ヒューマノイド・ソルジャーである自分が人間を滅ぼし、自分たちが敵に回した存在がどれだけのモノなのかを敵に知らしめる、そしてその実績を日本政府に見せ付けて自分たちの有用性をアピールすれば、二度と榊原の事を悪く言う人間は現れないだろう。

 

 

「私が…博士の意志を継いで見せる!」

 

 

こうして七海は榊原の目的を引き継ぐべく、ヒュースの独自開発を開始した。

 

 

 

 

 

 

七海がヒュースの独自開発を初めてから約2年、ようやくその第一号の開発に成功した。

 

 

「…ついに、ついに完成したわ…!」

 

 

目の前の完成個体を前に七海は興奮を押さえられずに小躍りする、七海が初めて独自に造り上げたヒュースは榊原が開発していた個体とは大きく異なるモノだった。

 

 

まずその身体は人型ではなく、一言で言えば魚の身体をそのまま不格好に巨大化させたような生物と言うべきだろうか、それもそうだ、素材(ベース)となる遺伝子は暁海たちのモノを使っているが、組み合わせに使った遺伝子の殆どは島の近海で捕獲した魚の遺伝子を使っているのだから。

 

 

つまりこのヒュースは水中や水上を泳ぎ周り、人間を捕食し食い殺すタイプのヒュースだ、兵装関連では皮膚の周りを金属で覆って防御力を上げており、脳からの電気信号で作動する大砲も備わっている。

 

 

「名前は、どうしようかしら…」

 

 

魚型のヒュースを前に七海は頭を捻らせる、せっかく自分が開発したヒュースなのだ、名前も多少は凝ったモノにしたい。

 

 

「…よし、歩兵級(ポーン)にしましょう」

 

 

散々悩んだ結果、七海は榊原と遊んだ思い出のゲームであるチェスの駒の一つ…ポーンの名前を与えることにした。

 

 

「開発のコツは掴んだし、あとはこれを大量に造れば人間を皆殺しに出来るはず…!」

 

 

いよいよ動き始める自分の計画に、七海は静かな笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経った2039年初夏、世界で初めて深海棲艦の存在が確認され、その脅威への対応に追われた各国は次々と停戦を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これが私と博士の昔話よ」

 

 

そして時は現在に戻り、榊原との思い出話を語り終えた七海は再び榊原との写真に視線を落とす。

 

 

「なるほど、七海様にはそのような経緯があって生まれたのですね、と言うことは七海様は今でも榊原博士の事を?」

 

 

「えぇ、今でもどこかで生きていると信じてるわ、そしていつか再会できたときに胸を張って会えるように、人間を倒さなくちゃいけないの、それが私が造られた目的であり、博士の願いだから…」

 

 

七海は優しげな表情で写真の榊原をじっと見つめる。

 

 

 

博士、あなたは今どこで何をしていますか?もし無事に生きているのであれば、どうか安心して下さい、あなたが私を作った目的である人間殲滅は私が責任を持って果たします、そしてそれが果たされた暁には、あなたの居場所を探してお迎えに上がります、あなたのやってきた事が全て正しかったということを、私が証明して見せます、ですから、どうかそれまで無事でいて下さい。

 

 

 

そう心の中で願いながら七海は榊原の事を想う、自分の今の行動は正しい、いずれは必ず榊原のためになる、そう信じる彼女の心は悲しいくらいに真っ直ぐで、残酷な程に無垢で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哀れなくらい純粋だった。




次回「独りよがりの馬鹿」

お前のやってることはただの独りよがりだ。

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