艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
あと初めてVRを体験したんですけど、あれスゴいですね。
インタビュアーの取材…もとい尋問という予想外のイベントもあったが、吹雪たちは無事に台場鎮守府まで帰ることが出来た。
「ひとまずおかえり、と言っておくかな、相互着任会はどうだった?」
「楽しかったですよ、木村司令官とも最終的には和解できましたし」
『最初はとにかくムカつくヤツだったけどね、私の吹雪を散々馬鹿にして…ブツブツ…』
「でも久しぶりに蒼龍さんたちに会えて楽しかったわよね」
「そうですね、武蔵さんも私のことをとても気にしてくれて、会えて良かったです」
吹雪たちが思い思いの感想を口にする、とりあえず結果は上々と言って良いだろう。
「あ、そうだ司令官、帰り際にこんな事があったんですけど…」
吹雪は絵菜との事を海原に報告する。
「…ったくあの女インタビュアー、木村からあしらったって連絡貰ったときは安心したが、まさか直に聞きに来るとはな…」
海原は小さく舌打ちをして不機嫌そうな顔をする。
「と言うことは、台場にも来てたんですか?」
「あぁ、その時は非番の旅行だって言って追い返したが、ありゃ絶対海軍上層部の
「上もロクな事しないわね、まったく恐れ入るわ」
マックスが呆れながらそう言ったとき、大鯨が素朴な疑問を海原にぶつけた。
「そもそもどうして上層部の方たちは提督の所へ絵菜さんを行かせたんでしょうか?普通に考えれば部下に余計なことを言われて海軍のイメージダウンになるような事を避けて自分たちが無難な見解を発表しそうなモノですけど…」
「そこは俺も気になってたんだが、何せ相手はあの元帥やその補佐を始めとする上層部だ、あの連中の考えてることは未だによく分からん」
「ですよねぇ…」
その後は諸々の細かい報告などをして解散となり、相互着任会は本当に終了した。
◇
解散後、明石から深海棲器が出来上がっているので取りに来て欲しいという連絡をもらった曙は明石の工房へ向かった。
「さて、相互着任会ですっかり渡しそびれちゃったけど、モノはすっかり出来上がってるよ」
そう言って明石は出来上がった深海棲器を作業台の上に並べる、今回作成した深海棲器は4つ。
1つ目は『スティレット』
別名ミセリコルデ、短剣の一種だが、刃が無いので主に刺突用に使われる変わった刀剣だ、十字架の長い方の先端を尖らせたモノと言えば分かりやすいだろうか。
2つ目は『
2本1組の
3つ目は『
暁が持っているのと似たような形の深海棲器だが、これはトゲ部分が回転するようになっており、殴ったと同時にヤスリのように相手を高速で引き裂いていくという素敵な改造が加えられている。
そして4つ目は『サブアーム』
艤装に取り付けるいわゆるオプションパーツで、文字通り腕の形をしている、接近してきた敵に打撃でダメージを与える、主砲を持たせて砲撃戦の手数を増やすといったことが出来る、大ざっぱな命令は手元のデバイスで行えるが、細かい操作などは曙が手動で行う必要がある。
「艤装のオプションパーツなんてよく考えついたわね」
「前々から作ってみたいって思ってたからね、これはその第一段階だよ」
「第一段階から既にスゴいんだけど…」
サブアームを軽く動かしながら曙は言う。
◇
所変わってここは造船所の所長室、榊原は一風変わったお客をもてなしていた。
「それでは所長、最近話題になっている艦娘の犯罪行為についてどうお考えでしょうか?」
「いきなり核心を突くような聞き方をするね、その方が答えやすいから嫌いじゃないけど」
一風変わったお客…絵菜の質問に榊原は少しの間考えるような仕草をする、艦娘売買事件は榊原が今最も重要視している案件だ、自分たちが開発した艦娘が悪用され、犯罪の道具にされている、非常に由々しき事態である。
「これはあくまで俺の見解だけど、正直言ってそんな事をする連中には怒りを覚えるよ、本来人を守る目的で生まれてきた艦娘たちが人の悪意によって守るべき人を傷つけている、艦娘たちがかわいそうでならない」
「…やはり艦娘の味方なんですね、この際ですから言わせていただきますが、艦娘の運用を取りやめて別の兵器を作った方がいいのではないですか?」
「誰の味方とかそんなんじゃないよ、ただ俺は艦娘の開発者として思ったことを言ったまで、それに艦娘は深海棲艦に対抗できる唯一の存在だ、取りやめることは出来ないよ」
「…人間に危害を加える可能性があってもですか?」
絵菜がそう問いかけると、榊原は再び考え込むような仕草をして、代わりにこう絵菜に問いかける。
「なら少し視点を変えて話をしよう、ドラマでも現実でも殺人事件の凶器に包丁がよく使われているけど、“包丁を世の中から無くそう”と世間が騒がないのはなぜだと思う?」
「そんなの決まってます、包丁は調理器具であって人殺しの道具じゃありません、それに包丁は料理に必要な道具ですから、誰も無くそうだなんて思いませんよ」
絵菜がそう榊原に食ってかかるが、こう返される事は予想がついていた。
「艦娘もそれと同じなんだよ、彼女たちは深海棲艦から国民を守る唯一の兵器であって人殺しの道具じゃない、それに既存の兵器では深海棲艦は倒せないから艦娘が開発されたんだ、それを無くそうものなら日本は壊滅だよ」
榊原にそう返された絵菜はすぐさま反論しようとしたが出来なかった、榊原の言ったことは筋が通っている、確かに艦娘は本来人間に危害を加える深海棲艦という敵から人間を守る兵器であって人間に危害に加える道具やその手段ではない、まさに今の包丁の例えと同じである。
「…所長、そろそろお時間です」
すると、最初からいたがずっと無言を貫いていた潮風が榊原に耳打ちする。
「おっと、もうそんな時間か、すまないが取材は…」
榊原はそう言って席から立ちかけたが、しばしの間無言になり、言おうと思っていた台詞の一部を変更する。
「先日の銀行強盗団の艦娘の様子を見に行くんだけど、君も来るかい?」
「えっ?よろしいんですか?」
突然そんな事を言われた絵菜は目を丸くする。
「うん、この事件で艦娘の現状がどうなってるかを知って貰うにはちょうどいいからね」
そう言うと榊原は潮風と絵菜を連れて地下の部屋へ向かう。
「(所長、急にどうしたんですか?一般人をあの場所に連れて行こうだなんて)」
「(もし彼女が本当に艦娘の事をただの憎むべき兵器として見ているなら“アレ”を見ても何も感じないだろう、でももしそれ以外に何か思うような所があるなら、彼女は無事ではいられないはずだ)」
「(所長…ひょっとして先ほどの取材で艦娘を叩かれた事根に持ってます?)」
「(そんなんじゃないよ、確かに艦娘は人間じゃないし人権も持たないただの兵器だ、でもそんな艦娘には“ただの兵器”で終わらせてはいけない何かを持っている、それを分かって貰いたいんだ)」
「(それでこんな方法を取るなんて、所長も人が悪いですね)」
「(自覚はしてるよ)」
そんなひそひそ話をしているうちに3人は地下のとある部屋の前までやってくる、入り口の脇には見張りなのか風音が立っていた。
「状態はどう?」
「依然変わらずですね、多少治まりましたが、まだ…」
「そうか…ありがとう、それじゃあ例の準備に入ってくれ」
「分かりました」
そう言うと風音は小走りで歩き出し、廊下の奥へと姿を消してしまった。
「ではご案内します、こちらへどうぞ」
そう言って榊原は今風音が立っていた部屋の隣のドアを開け、絵菜を中へと通す。
「…なんですか?ここは」
部屋の中を見て絵菜は怪訝な顔をする、そこは形で言えば長方形の部屋で、よく刑事ドラマなどで見る取調室の様子を観察するためのマジックミラーが張られている場所に似ていた。
「この壁は特殊な作りになっていてね、隣の部屋からは普通の壁に見えるが、こちらからはガラス越しのように部屋の様子を見ることが出来るんだ、今は暗幕を引いてあるが、これをどかせばすぐに分かる」
榊原は暗幕をゆっくりと開き、隣の部屋の様子が見えるようにする。
「っ!?」
そこに広がっていた光景は、思わず目を疑いたくなるモノであった。
部屋の中には2体の艦娘がいたのだが、その様子は明らかにマトモとは言えない状態だった。
1体目の緑色の髪の艦娘は半狂乱になりながらずっと自身の腕や足などの身体をガリガリと引っ掻いていた、皮膚が裂け中の肉が露出しそこからは鮮血が滴り落ちているが、緑色の髪の艦娘はお構いなしで自分の肉を削っていく、まるで見えない何かを必死で払い落とそうとしているようだった。
もう1体の銀髪の艦娘は言葉にならない何かを叫びながら自身の頭を壁に何度も打ち付けている、そのせいで壁には彼女の血があちこちにこびり付いており、綺麗だったであろう彼女の銀髪も所々赤く染まっている。
「あ、あの…彼女たち…は…?」
絵菜は震える声を絞り出し、やっとの思いで榊原に問いかける。
「強盗団の艦娘は薬物で身も心も調教されていたのは君も知っているよね、彼女たちはその成れの果てってわけさ」
榊原は絵菜にそう説明するが、絵菜はそれどころではなかった、目の前で理性と自我を失って自傷行為を繰り返す艦娘を、絵菜は兵器として見ることが出来なかった。
「今からこの2体を
榊原の口から出たその言葉に、絵菜は今度こそ言葉を失ってしまった。
次回「代わりがいるからこそ」
その選択肢は、残酷で…
○オマケ
192話でハチが出した問題の答え↓
A:タロットのカード番号
・魔術師=1番
・教皇=5番
・恋人=6番
・戦車=7番
・剛毅=8番
・運命=10番
・正義=11番
・刑死者=12番
・悪魔=15番
・塔=16番
・星=17番
・月=18番
・世界=21番
カード番号の数字を使った足し算でした。