艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
ヴェールヌイの秋刀魚祭りグラを見て「えっ?ウツギ?」と思わず呟いてしまった(主にジャケットを見て)
「処分って…どういう…?」
榊原の言葉に頭の理解が付いて行けず、絵菜はつい聞き返してしまう。
「言葉通りの意味だよ、解体処分…つまりは殺処分だ」
トドメと言わんばかりの榊原の言葉に絵菜は戦慄する、ここに来るまで艦娘というのは人間に危害を加える忌諱すべき存在、自分の夫を殺した憎むべき存在だと思っていた、しかし実際にこうして薬物の副作用で苦しむ艦娘を見て、さっきまでの憎しみは頭の中で霧散してしまう、今絵菜の目に映っている艦娘たちは殺人兵器ではなく、年端もいかない少女そのものだった。
「所長、設備とクスリの準備が出来ました」
すると先ほど奥の方へ消えていった風音が部屋に入ってきた、手には注射器と透明の液体が入ったアンプルが握られている。
「よし、それじゃあ始めよう」
榊原は部屋の隅にある放送機器らしき機械の電源を入れ、マイクを掴んで話し始める。
「所長の榊原だ、山風、浜風の2体にこれからクスリの投与を行う」
「「っ!?」」
榊原がそう言うと山風と浜風は即座にその言葉に反応し、部屋の天井のスピーカーに向かって支離滅裂な言葉をマシンガンのように吐き出した。
「クスリ…!私に…ちゅーて、ちゅーてして!」
「私にも…おちゅーって…!」
スピーカーを見上げながらクスリを求める山風たちの姿は餓死寸前の物乞いのようであった。
「分かった、今から行くから大人しく待ってるんだよ、もし暴れたらクスリは無しだからね」
山風と浜風は勢いよく頷くと、部屋の真ん中に直立不動で立って待っている。
「…さて、俺たちも行こうか」
「…本当にクスリを投与するんですか?」
「まぁ、クスリと言えばクスリだね」
絵菜の疑問を意味深な言い方ではぐらかした榊原は風音と絵菜を連れて山風たちのいる部屋に入る。
「あぁ…クスリ…クスリ…早く…」
「ちょうだい…ちょうだい…」
山風たちは左右で焦点の合っていない双眸でこちらを見ながらクスリをねだる、先ほどから開けっ放しになっている口からは涎が垂れ流しになって2体の胸元を濡らしており、クスリの副作用に耐えるためなのか爪を皮膚に突き立てたり指を噛み砕いたりしている。
「それじゃあ少しチクッとするけど我慢してね」
榊原は山風と浜風の2体にクスリを注射する、すると注射された2体は10秒も経たない内に倒れ込んでしまった。
「…所長、これは…?」
「即効性の睡眠薬だよ、解体されると知って暴れられたら困るからね」
「クスリを与えるというのはそのための嘘だったんですね」
「睡眠薬だってクスリだよ、ただそれが艦娘の望んでいる
榊原はひょうひょうとした態度でそう言うと眠った山風を抱きかかえ、風音に浜風を抱えさせて移動する。
「…ここは?」
次にやってきたのはさっきの取調室よりも広い部屋だった、二つの部屋がガラスのはまった壁で区切られており、漫画に出てくる隔離実験室のようだった、この部屋は以前小説にも登場した艦娘の解体室だ。
「艦娘の解体室だよ、今からここでこの2体を解体処分する」
榊原はそう言って風音と共に奥の部屋に山風と浜風を寝かせてまたこちらに戻ってくる。
「………」
これから殺処分されることなど何も知らずに眠っている山風たちを見て、絵菜は胸が締め付けられるような気分になる、どうしてこんな気持ちになるのかは絵菜自身にも分からなかった、この艦娘たちに情が湧いたのか、はたまた自分にもこの艦娘と同い年くらいの娘がいるから、それと重なるのか、全て合っているようで全て違っているような、そんな言葉にし難い感覚だ。
「良かったら、君が解体してみるかい?」
「…えっ?」
榊原がとんでもないことを言い出したので思わずあっけらかんとしてしまう。
「このボタンを押せば艦娘の解体が行われる、今日は特別にやってみてもいいよ」
「…私にあの子たちを殺せと言うんですか?」
「君が艦娘を憎んでいるならその機会を与えてもいいと言ってるんだ、どうするかは君の自由だよ」
榊原はそう言って解体装置のボタンから半歩ズレて絵菜に道を譲る、その目はこちらを試すようなモノで、まるでこちらの考えを見透かしているような印象だ。
「………」
絵菜は恐る恐るといった足取りでボタンの前に立つ、これを押せばあの2体の艦娘は解体されて死ぬ、これを押すだけで…
「…………」
絵菜はここで初めて自分の身体が震えていることに気付いた、艦娘は人間を傷つける危険な存在、自分の最愛の人である夫を殺した忌むべき存在、さっきまでそう思っていたはずなのに…
「……………………私には、出来ません…」
絵菜の手がボタンに触れることは無かった、どうしても身体が動かなかったのだ。
絵菜はボタンからゆっくり後ずさる、それを榊原は初めから分かっていたような顔で見ると、今度は自分がボタンの前に立つ。
「…無理そうなら出ても構わないよ」
最終確認のために榊原が絵菜の方を見て言うが、絵菜は首を横に振る、ここまで来て逃げることは出来ないし許されない、自分から首を突っ込んだからには最後まで見守る義務がある。
「解体…開始」
絵菜の意志を確認した榊原はボタンに手をかけ、押した。
その直後、天井が開いて緑色の液体…高速解体材が山風と浜風に降りかかる。
皮膚が溶け、肉が溶け、骨が溶け、
ついには全てが無に帰した。
「…解体終了、担当班は残骸の回収と処分を」
榊原がそう指示すると、真っ白い衛生服を着た職員が部屋が手早く山風と浜風だったモノをバケツに放り入れ、ダストシュートに放り込んだ。
「…………」
その一部始終を見て、絵菜は何も言わずに俯くことしか出来なかった。
次回「移動要塞型特殊歩行兵装」
大地に降り立つ姿はまさに要塞の如く…