艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
「着いたぞ、ここが生成室だ」
ベアトリスに連れられて吹雪は生成室へとやってきた。
「ここが…」
その部屋は学校の教室を一回りほど広くしたような場所だった、部屋の右側には人の身長の3倍はあろうかという大きさの正方形の箱…魚の養殖などで使われる生け簀のような装置が並んでおり、左側には人の身長ほどの大きさをしたカプセル状の装置が並んでいる。
そして部屋の中央にはそれらの装置とケーブルで繋がれているコンピューターのような大きな端末が設置されており、その手前には手術室にあるような簡素な手術台が置かれていた。
「右側のデカいやつは
ベアトリスは部屋にあるモノについて簡単に説明する、造船所にある艦娘を建造する部屋に似ている、と吹雪は思いながら部屋を見渡す。
「これが建造中の深海棲艦…」
右側の大きな生け簀型の装置を見ながら吹雪はそう零す、中ではホオジロザメにカジキが持つ角のようなモノが伸びた深海棲艦が薄緑色の液体に浸かっていた、見た目で言えば駆逐棲艦あたりだろうか?。
「そいつは今生成中の
「…ポーン?」
「ヒュースの識別名だ、ヒューマノイド・ソルジャーは既存の生物の遺伝子情報を複数掛け合わせて生み出される、だから1体1体戦闘力なんかの
「…何でチェス?」
「七海様が榊原様とよく遊んでいたから、というのが理由みたいだ」
「へぇー、深海側の本名がちゃんとあったんだね」
吹雪は半ば感心しながら
駆逐棲艦=
軽巡棲艦&雷巡棲艦=
重巡棲艦=
軽母棲艦=
戦艦棲艦=
空母棲艦=
潜水棲艦=
輸送棲艦=
…このような分類になっているらしい、余談だが
「……………」
ベアトリスの講義を聞いている間、吹雪はこの部屋の光景にある違和感を感じていた、別に今更この部屋の様子を異常だとは思ったりしない、もっと別の何か、既視感のような…
(…そうだ、私…この場所を知ってる)
しかしそれは
(でも…その時自分に何があったのか、どうしても思い出せない)
いったい自分はどのように彼女たちに改造され、そしてリーザを内に宿した失敗作となったのだろうか…?。
「…さて、授業はこのくらいにして、いよいよメインイベントといくか」
その言葉にハッとする吹雪をよそにベアトリスは部屋の正面の壁側に置かれている業務用冷蔵庫のような棚を開ける。
「っ!?」
その中身を見た吹雪はぎょっとする、中に入っていたのは駆逐艦の艦娘だった、全身に激しい裂傷などの傷を負い、左腕と右足が欠損している。
「ついさっきメアリーとマーガレットが回収してきたんだ、今は薬で眠っている」
そう言ってベアトリスはその艦娘をベッドに寝かせ、残っている手足を拘束する。
「そして登場するのがこいつだ」
ベアトリスが取り出したのは黒い液体の入ったアンプルだった、一見すると黒い絵の具を溶かした水に見えなくも無いが、その正体がそんな穏やかなモノでない事は予想がついていた。
「これはヒュースの遺伝子情報が入った特別な薬品だ、榊原様のヒュース開発技術を七海様がアレンジして作ったものだ、これを艦娘の身体に摂取させる事で遺伝子情報が上書きされ、肉体的、精神的に侵食されることになる」
ベアトリスはアンプルを注射器に取り付けながら淡々と説明しているが、それを聞いている吹雪は身体を小さく震わせていた、これを注射されただけで艦娘は精神と肉体を深海棲艦へと改造される、そんなとんでもない代物を七海は開発していたのだ。
「…最後に聞くが、本当に見るのか?」
注射器の針を駆逐艦娘の腕に刺す寸前の所でベアトリスは吹雪に最後の確認をする。
「うん、私だって一度はこれをやられた身だし、知る義務がある」
吹雪の変わらない決心を聞くと、ベアトリスは注射針を駆逐艦娘の腕に刺し、ピストンを押して薬品を流し込んでいく。
「………………っ!?」
それから変化が起こったのは薬品を流されてから10秒程が経ったときだった、針を刺した部分を起点として、皮膚の内側が黒く染まっていく、それは吹雪の反転とほぼ同じような変化であった。
「っぁあっ!!」
侵蝕が右腕全体に広がった辺りで駆逐艦娘が意識を取り戻す、しかしその様子は自然な目覚めではなく、強い刺激により無理やり覚醒させられたそれだった。
「ああああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!がああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
目を覚ました駆逐艦娘は拘束されたベッドの上で断末魔とも言える悲鳴を上げながら身悶えていた、それは侵蝕が身体全体に広がっていくごとに激しさを増していき、身体の右半分が黒く染まる頃には激しく血を吐きながら苦痛の叫びを上げていた。
それを間近で見ていた吹雪にとっては目と耳を覆いたくなるモノだったが、駆逐艦娘に起きた驚くべき変化に吹雪は目が釘付けになった。
「再生していく…」
欠損した手や足が侵蝕が届くのと同時に再生していく、いや、再生というよりは侵蝕部分から新たに生えてきていると言った方が正しいかもしれない。
そうして侵蝕は身体全体に広がると、首を伝って顔を覆い、そして最後はその瞳の光さえも飲み込んで…
「…改造施術終了、新たなヒュースの出来上がりだ」
そう言うとベアトリスはベッドの拘束具を外し、駆逐艦娘だったモノを起き上がらせる。
「…これがヒューマノイド・ソルジャー」
新たに出来上がったヒュースを吹雪はまじまじと見つめる、全身黒く染まった皮膚に白い髪、そして深海棲艦の特徴でもある緑色の瞳、まさに出撃中に遭遇する人型の駆逐棲艦そのものだった。
「…この子、ずっと虚ろな目でぼーっとしてるけど、艦娘だったときの記憶は残ってないの?
「いや、人格や記憶は残ってるよ、侵蝕と言っても記憶を消して新たに書き込む上書きをする訳じゃない、既にある艦娘の記憶や人格を下の階層に追いやり、ヒュースの情報をその上に書き加えて蓋をするって所だな、ここに来る途中にお前が言っていた“面影”は上書きされて下の階層に追いやられた艦娘の記憶や人格をお前が視覚的に認識したもの、
ベアトリスはそう解説するが、艦娘の
しかし今までの経験から考えるとあらゆる事に合点がいく、深海痕にしたってそうだ、あれは深海棲艦だったときの名残と言うよりは、欠損部分を補うために新たに生えてきたヒュースの一部なのだろう、つまりDeep Sea Fleetの艦娘たちは轟沈した際に深海痕があった部分を失っている事になる。
「それでベアトリス、もう一つ聞きたいんだけど…」
「お前自身の事、だよな?」
吹雪の質問を先回りしたベアトリスに吹雪は頷いて答える。
「今のを見て私もこれと同じ事をされたのは想像がつく、でも私はこうして艦娘の状態を保てているし、目覚めた時に海岸に倒れていた事を考えると
「…そうだな、話せばそれなりに長くはなるんだが…」
ベアトリスはそう言うと、記憶の糸を解くように当時のことを話し始めた。
◇
『おぉ!これは中々の上物を拾ってきたな!」
そう嬉々とした表情のベアトリスの視線の先には、先程
『どうするの?この艦娘、傷酷いようだし殺す?』
エリザベートが吹雪の身体の様子を観察しながら言う。
『馬鹿、まずは七海様に相談しないとダメよ』
そう言ってベアトリスは七海を呼びに一度部屋を後にする。
『しっかし、ベアトリス先輩はこんなボロ雑巾みたいな艦娘のどこを見て上物だなんて判断したのかしら…』
どこか腑に落ちないと言った様子で、エリザベートは引き続き吹雪の基礎データを取っていく。
◇
『へぇ、確かにこれは上物ね』
ベアトリスに呼ばれて部屋にやってきた七海は吹雪を見るなりベアトリスと同じ評価を下す。
『これならヒューマノイド・ソルジャーにも最適よ』
そう言って七海は吹雪の顎を軽く掴んでこちらを向かせる、吹雪は虚ろな半開きの目をこちらに向けているが、意識は無いはずなので自分の姿は認識できていないだろう。
エリザベートのデータ採取が終わると、早速吹雪のヒュース改造施術が開始された、注射器によって注入されたヒュースの特殊薬品が吹雪の身体を侵蝕している、初めは何の反応も無かった吹雪だが…
『っぐぁ…!?』
身体の7割程が侵蝕された辺りで吹雪の意識が覚醒、侵蝕の苦痛に苦しみ悶えながら声にならない声を上げている、そして侵蝕が身体全体を覆い尽くそうとしたまさにその時…
『っ!?』
『これは…!?』
身体を覆っていた侵蝕が見る見るうちに引いていき、元の肌色へと戻っていく、さらには欠損により侵蝕で生えてきた手足さえも元の肌色へと戻っていくのだ。
1分もしない内に吹雪は元の姿に戻り、何事も無かったかのように眠りについた。
『今のは…』
『何が…起きたんだ…?』
不可思議な現象を目の当たりにした七海たちは、眠り続ける吹雪をただ呆然と見ていることしか出来なかった。
◇
「…とまぁ、これがお前の改造施術中に起きた出来事だ」
ベアトリスから一通りの説明を聞いた吹雪は呆然としながらこれまでの事を思い返す、他のDeep Sea Fleetと比べて侵蝕率が高かったこと、リーザという別人格を保持していること、出撃中に腕を持って行かれたとき、自分の肉が黒かったこと、それら全ては吹雪だけが持つ特異性だと思っていたが、それは当たり前の事だった。
吹雪は最初から
「…予想通り過ぎて笑いも起きないや」
そう言って乾いた笑いを浮かべる吹雪だったが、自分が他のDeep Sea Fleetとは似ているが全く別の存在である事実を突きつけられ、流石に動揺を隠せずにいた。
次回「仲間を信じて」
長くなったので分けます。
ベアトリスの回想の内容は88話に少しだけ伏線としてあったりします。