艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
思った以上に長くなってしまった…
『辞令、海原充司令官に、台場鎮守府への異動を命ずる』
一週間後、海原は軍法会議の結果を聞かされるために再び大本営に呼び出されていた、正直バックレてやろうと思っていたのだが、もう室蘭鎮守府は自分の居場所ではなくなってしまっているので行くしかなかった、そして南雲に渡されたのがこの辞令である。
「…台場鎮守府?」
初めて聞く名前の鎮守府に海原は首を傾げる、また新規の鎮守府でも建てたのだろうか。
「問題を起こした司令官を飛ばすための鎮守府だ、いわゆる島流しだな」
「…海軍の特命係って事ですか」
そんな認識でいいぞ、と南雲は言う。
「初めに言っておくが、台場鎮守府に艦娘はいない、工廠の機能も凍結させてあるから建造も出来ん、お前ひとりで過ごしてもらうことになる」
(なるほど、世間体があるからそう簡単に首を切れない、だから何もない場所に軟禁して辞職させようってハラか…)
だんだんと南雲の目的が分かってきた海原はあっけらかんとする、極刑も覚悟の上でこの場所に来たが、まさかこんな無期限休暇のような扱いを受けるとは思ってもいなかった。
「…なぜそんな鎮守府に俺を?俺を蹴落としたいのなら普通に除隊させれば済む話では?」
「確かにお前の優秀さはオレにとっては障害以外の何物でもない、だがそんな優秀な人材をおいそれと手放してしまうのはあまりにももったいないからな」
簡単に言えば都合の良いときにだけ使う駒、そう言うことである。
「流石は俺を陥れた元帥殿だ、そのお考えも格が違う」
「ふん、
元帥は尚もとぼけながら海原の皮肉を受け流す。
「話は以上だ、お前にはさっさと台場鎮守府に移ってもらう」
海原は何も言わずに元帥室から出て行こうとするが、南雲に止められた。
「最後に言っておくが、台場鎮守府近海でも深海棲艦の出没報告がある、艦娘がいないお前では身を守る手段は無いぞ、死なないよう精々頑張ることだな」
海原は少しの間止まって南雲の話を聞いていたが、すぐに扉を閉めてその場を立ち去った。
◇
「…ここが台場鎮守府か」
翌日、海原は大本営の役人の案内で台場鎮守府へとやってきた、昔はテーマパークやらテレビ局やらニューシャトルやらがあちこちにあって賑わっていたのだが、深海棲艦の襲撃やそれに対する迎撃などでほぼ全て壊滅してしまっており今は新地になっている。
門の中に入って敷地内を確認するが、人間どころか艦娘の気配すらない。
「まさに陸の孤島って感じだな、流刑先としてはこれ以上ない場所って事だ」
海原は自嘲めいた笑いを浮かべると、台場鎮守府の提督室へと足を運ぶ。
「…意外ときれいなんだな」
提督室を見て海原は素直にそう思う、自分が来るまでは半年ほど人はいなかったと聞いていたが、その割に中は埃も無く片づいていた。
「まぁ、無期限の休暇を貰えたって考えれば決して悪い話じゃないな」
びっくりするほどのプラス思考で海原は椅子に座る。
「これからは毎日退屈しそうだ、なぁ三日月?」
つい、元秘書艦の名前を呼んでしまったが、その声に答える主はもういない、この世のどこにも。
海原は何も言わずに提督室のドアを見つめる、あの日からいつも感じている三日月たちの面影、今すぐにでもドアを開けて司令官!と三日月たちが入ってくるような気がするが、もうその時は永遠にやってこない。
「…あれ、何で…俺…」
そこまで考えたとき、海原は初めて自分が泣いている事に気づく。
大切な人が亡くなって悲しくなるのは、その人が亡くなった時ではなく、その後の何気ない日常の中で“その人はもういない”と自覚した瞬間だ。
昔そんな話を誰かから聞いた気がした、その時は言葉の意味がよく分からなかったが、今なら痛いほど分かる、三日月たちはもういない、その姿を見ることはもう二度と叶わない。
「…三日月、雪風、秋月、夏潮、夕月…」
海原は泣きながら彼女たちの名前を呼んだが、それに対する返事が帰ってくることは、ついに無かった。
次回から通常の三日月編に戻ります。
…まだ後少し続きます。