艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー   作:きいこ

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第94話「雪風の場合13」

三日月と雪風の戦闘が始まった、まずは互いが前に飛び出して間合いを詰める。

 

 

その合間に雪風が艤装の主砲から砲弾を打ち出す、その狙いは的確で、こちらの急所を確実に狙ってくるモノであった。

 

 

三日月はそれらを騎兵軍刀(サーベル)で全て真っ二つに切り裂き道を作る、雪風は驚いた顔をして目を剥くが、三日月はそれを無視して騎兵軍刀(サーベル)を構える。

 

 

 

「せいやあぁっ!」

 

 

三日月が雪風の右肩から左腰にかけて袈裟切りを繰り出し、さらに刀をひっくり返して逆袈裟切りを繰り出す。

 

 

『っ!』

 

 

三日月の連撃を受けた雪風は怯むが、峰打ちなので雪風に直接的なダメージは無い、会話する時間を稼ぐためというのが目的だが、あまりダメージを与えて本当に死なれては困るというのも大きい。

 

 

…まぁ、死ななければ喜んで星球鎚矛(モーニングスター)を何度も頭に叩きつけるくらいは平気でやる三日月なので、この状況は雪風にとってはある意味良かったのかもしれないが。

 

『だあああぁぁぁ!』

 

 

その峰打ちを雪風がどう捉えたのかは分からないが、雄叫びを上げながら雪風は砲撃を再開、腕と背中の主砲から砲弾を次々連射していく。

 

 

「うぐぅっ!!」

 

 

騎兵軍刀(サーベル)で何とか捌きながら弾を避けていくが、何発かが三日月に命中、深海棲艦化の影響なのか一発一発の威力が高く、こちらに確実にダメージを与えてくる。

 

 

「雪風!私よ、三日月よ!海原司令官と一緒に室蘭鎮守府で過ごした、三日月よ!」

 

 

『うがあアアアアアああぁァァァァァァァぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!黙れ!!!黙レ!!!!黙れ!黙れ!黙れ!黙レ!黙れ!!!黙れええええエエエえエエエぇぇぇ!!!!!!』

 

 

雪風は一心不乱に頭をガシガシと掻き毟りながら悶え、再び壁に頭を叩きつける、ベチャッ、ベチョッ、と粘っこい水音とともにコンクリの壁に紅い花が描かれていく。

 

 

その様子を見ながら三日月は考える、今の雪風の状態はマックスが深海棲艦だったときと似たようなモノなのだろう、深海棲艦となってしまった自我が前に出ている時に艦娘としての記憶や自我がそれに抵抗して前に出ようとしている、今回はその互いの自我のせめぎ合いが激しいから雪風があんなに心を乱している。

 

 

「これは骨が折れそうね、僚艦の私じゃ、雪風の自我を起こす事は出来ない…か」

 

 

やはり海馬の奥底にいる海原でないと雪風の自我を起こす事は出来ないのだろうか、しかし彼はここにはいない、そんな考えを巡らせていると…

 

 

「三日月!」

 

 

駆逐戦車との戦闘を終えた吹雪が三日月に何かを投げる。

 

「…Pit?」

 

 

それは吹雪のPitだった、画面を見ると通話中と表示される。

 

 

『三日月!俺だ!海原だ!』

 

 

「司令官!?」

 

 

Pitを耳に当てると、そこからは海原の声が聞こえてきた、吹雪が海原のPitに電話を繋いだのだろう。

 

 

『事情は吹雪から聞いている、そのPitを使え!俺が、雪風を起こしてみせる!』

 

 

「…了解です!」

 

 

それだけで全てを察した三日月はハンズフリーをONにして雪風に向ける。

 

『雪風ぇ!俺だ、海原だ!聞こえるかぁ!』

 

 

海原はPit越しに雪風に呼びかける、一見するとカッコイい光景だが、海原側から見れば電話越しに意味不明な事を叫んでいる怪しい男…という絵面なのだからなんともかわいそうな事である。

 

 

『…シレい…カン…?』

 

 

海原の声に反応したのか、雪風は自傷行為を止めると三日月の…彼女の持つPitを見る、すでに額の皮膚は完全に削がれており、白い頭蓋骨が露出していた、そこからとめどなく流れる血液の赤が嫌に栄えていたのは三日月の記憶にこびり付くことになった。

 

 

「司令官、雪風が反応しています!」

 

 

『よし、このままトライだ! 』

 

 

手応えを掴んだ海原は続けて雪風に話しかける。

 

 

『シレ…いか……ん…うぎぃ!』

 

 

雪風は引き続き海原の声に反応する様子を見せ、艦娘の自我を表に出していく、しかしその度に深海棲艦の自我が邪魔をする。

 

 

『あ…ガき…グギぎガ…シレ…イカ…ン…ぐぎぎぃ!』

 

 

雪風は左手で頭を押さえながら右手の人差し指を口に入れると、それを躊躇なく噛み砕く、バリバリと骨の砕ける音が鳴り、雪風の口の端から血が垂れ落ちる。

 

 

フーッ…フーッ…と浅く息を吐くと、多少落ち着きを取り戻したように頭から左手を離す、自傷行為で痛覚などの五感を刺激していないと艦娘の自我を保つのが難しいようだ。

 

 

 

「だいぶ利いてきてますね、あともう一押しといった所でしょうか」

 

 

『よし、なら三日月、今から…』

 

 

海原から伝えられた作戦を聞いた三日月は少し驚いたような顔をしていたが、やがて口の端を吊り上げる。

 

 

「了解しました、司令官もなかなか罪なお人ですね」

 

 

『うっせ、自覚はあるわ』

 

 

互いに軽口を叩き合うと、三日月はPitを持って雪風に向かって突っ込む、雪風はそれに反応できず対応が一瞬遅れる。

 

 

「雪風!」

 

 

三日月はその一瞬を突き、雪風に思い切り抱き付く。

 

 

『グぎゃア!?』

 

 

「雪風、またこうやって会える日を楽しみにしてたのよ?あなたは違うの?」

 

 

『ア…ガぁ…!黙……れ…!』

 

 

雪風は三日月を拒むように引き剥がそうとするが、三日月はそれに抵抗して雪風にしがみつく。

 

 

「…うっ!」

 

 

雪風が三日月の肩に噛み付いた、マックスの時もそうだったが、深海棲艦は抱きつかれると肩に噛み付く習性でもあるのだろうか、服を血に染めながら三日月はそんな事を考える。

 

「さぁ雪風、司令官からのラブコールよ、心して聞きなさい!」

 

 

そう言うと三日月はPitを雪風の耳に押し当てる。

 

 

『…雪風、本当にすまなかった』

 

 

『ガ……!?』

 

 

その瞬間、あれだけ暴れていた雪風がぴたりと大人しくなり、その動きを止めてしまった。

 

 

『俺の作戦のせいでお前たちが轟沈するような事になって、こうして今お前が苦しんでいる、こうなったのも全て俺のせいだ』

 

 

海原は自らの過去を雪風に詫びながら聞かせる、雪風は何も言わなかったが、その顔を微かに左右に動かしていたのを三日月は確かに感じた。

 

 

『今更こんなこと言うのも虫がよすぎるかもしれないけど、俺にはどうしてもお前が必要なんだよ』

 

女たらしのような台詞だという自覚を持ちつつ海原は続ける、途中雪風の身体が微かに震えているのに三日月が気づいた、抱きつくような体勢なので顔は分からないが、おそらく泣いているのだろう。

 

 

『だから雪風、帰ってきてくれ、そして、また俺の部下に…仲間に…家族になってくれ』

 

 

真剣そのものな声色で海原はPitの向こうにいる雪風に語りかける、自分のせいで雪風が轟沈した事を彼女自身がどう感じているのかは分からない、でも、雪風には帰ってきてほしい、その一心で雪風に訴えかけた。

 

 

話を聞き終えた雪風は三日月からそっと離れると、彼女の手に握られていたPitを受け取り…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ありがとうございます司令官、この雪風、いつまでも司令官のお側におります」

 

 

目尻に涙を溜めながら言った雪風の言葉は、海原の耳にもしっかりと届いていた。




次回「バトル・エアフィールド」

雪風の艦娘化(ドロップ)に成功しましたが、雪風編はここからが本番です。

ちなみに次回予告のタイトルはテキトーなのでその通りになるとは限りません、あまり期待しないでください。

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